シードガンダム――王道を往く者達――   作:スターゲイザー

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第4話 楽園追放

 

 数で圧倒的に劣るプラントが地球連合と互角に戦えているのには理由があった。

 ザフトの初代制式主力機にして世界初の汎用量産型MSであるZGMF-1017ジンが宇宙での地球連合の主力兵器であるMAを圧倒したのである。

 C.E.69年L5宙域事変において、史上初の戦闘用MSジンを実戦投入したザフトは圧倒的少数でありながらプラント理事国のMA部隊を圧倒し、L5宙域に駐留していた宇宙軍を排除する事で、その有効性を世界に見せ付けた。

 同じ兵器であるモビルスーツとモビルアーマの差があるとすれば、まず第一に圧倒的な運動性の差が挙げられる。

 モビルアーマーは複雑な機動を行うことが出来ず、反対にモビルスーツはまるで羽をつけた人のような動きが出来る。作業機械から発展したモビルスーツはあらゆる状況での活動が求められるため、優れた運動性を持っているのだ。誘導兵器が基本であったモビルアーマーでは、機体自体の運動性がモビルスーツほどに求められていなかった設計構想の差とでもいうべきか。

 もう一つ、兵器としての汎用性の差がある。

 ミッションによって装備をある程度固定された状態で出撃するモビルアーマーと違い、モビルスーツは基本装備で多様なミッションや先頭に対応することが可能であった。専門の武装をパージしたとしても、人型ゆえに戦場で武装を持ち変えることが可能という汎用性の高さもあり、モビルスーツとしての最低限の戦闘能力は失われない。

 もちろん、武装単位での攻撃力の圧倒的な差もあり、また血のバレンタイン事件を起こした核兵器を使えなくさせるために放たれたニュートロンジャマーの副作用によってレーダー兵器の弱体化した状況下においては、身長20メートルの人型兵器が扱う近接武器は大きな脅威となる。

 他にも機体の出力自体の差、モビルアーマーの持つ兵器を無力化する装甲など、プラントが来るべき戦いの為に備えて対モビルアーマーを想定したモビルスーツを開発したのは当然の流れであろう。

 一説にはモビルスーツとモビルアーマのキルレシオ(彼我に発生した損害比率を示す軍事用語)は、1対5とされているが実際の戦場におけるモビルスーツの脅威は、それ以上だったと言わざるを得ない。

 月面エンデュミオン・クレーター上でのグリマルディ戦線において、ザフト軍のジン5機を撃墜して「エンデュミオンの鷹」という異名を持ったムウ・ラ・フラガのような例外を除いて、モビルアーマーでモビルスーツに勝つのは容易な事ではなかった。

 地球連合軍側もザフトに対抗して独自のモビルスーツの開発に乗り出すことは当然の成り行きだった。一つの悲劇と少年の運命を変えることを誰も知らなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ザフトの攻撃によって極端な人手不足に陥った地球軍の新造戦艦アークエンジェルは、副長のナタル・バジルールまでもが管轄外の医務室に乗り込むなど、民間人をも駆り出しての慌ただしい時間は収まって来た。

 とはいってもそれは上の立場、艦のこれからを決める立場の者達がようやくこれからのことを考えられるようになったに過ぎない。

 例えばMSデッキでは、運ばれる物資を次々と艦内に運んでいるので監督する立場にあるコジロー・マードック軍曹などは時間の経過が進むごとに加速度的に仕事が増えててんてこ舞いになっている。

 艦内中が少ないながらも喧騒に包まれているの対して、アークエンジェルの動向を決めるべく幹部会にも似た話し合いをするブリッジは静かなものだった。

 ブリッジにいるのは4人。

 地球連合からは生き残った中で階級が最も高い大尉であるマリュー・ラミアスとムウ・ラ・フラガ、続いて少尉のナタル・バジルールの三人。いずれも大西洋連邦に所属する軍人である。

 残った一人は、先に合流したオーブ側の責任者であるミスズ・アマカワ。地球連合の新型機動兵器Gの開発にも協力していた技術者である。

 ヘリオポリス内の地球連合と脱出し損ねたオーブの話し合いは、なによりも艦を発進できるようにしてからだと同意もあって今の今まで後回しにされていた。

 ようやく時間が取れてブリッジに集まってはいるがまだ話し合いは始まっていない。事実上の艦の最高責任者であるマリューがヘリオポリスのダメージ確認をコントロールセンターに取っているところだった。

 本来ならばオーブ側のミスズがやるべきことなのだが、地球連合と合流してしまったので色々と都合が悪いと彼女がマリューに押し付けた結果だった。なので、話が終わるまではマリュー以外の三人は適当な世間話をしていた。

 話題は勿論、医務室で辣腕を振るったナタルに向けられた。

 

「聞いたぜ、医務室で実に手際良く怪我人の治療をしてたって。艦中の噂にまでなってる」

 

 操舵席に座って回転椅子を回して正面モニターに背を向けたムウは楽しげにナタルを見て賞賛した。

 話の矛先を向けられたナタルはまさか少ないとはいえ艦中の噂になっているとは思わず目を丸くしたが、素直に賞賛を受け入れるには彼女がしたことは軍人としては真っ当とは言い難いのでそれらしい言い訳を考える。

 

「わ、私は艦の安全の為には一人でも多くの人材が必要だからその為に出来ることをしているだけです。からかわないで下さい。博士ですね、そんなことを言ったのは」

 

 噂の発信源らしい艦長席に座るマリューと操舵席に座るムウの間で自分の真向かいに立っているミスズを恨めしそうに見る。

 

「私が医者の真似を出来るって言ったら問答無用で連行した仕返しよ。ええ、本当に酷使してくれたわ」

 

 疲れたわぁ、と顔を紅くしたナタルに鋭い視線を向けられたミスズが右手で左肩を軽くポンポンと叩いた。

 動作も少し鈍くするなど演技が細かい。人をからかうことに命をかけている女はやることが徹底的であった。

 

「うぅ……」

 

 ムウは分かりやすい演技に引っ掛かってナタルが申し訳なさそうに顔を伏せた姿ににやつくミスズを見て、彼女が自分の味方であることを理解した。極上の獲物が無防備にも野原の上を警戒もせずに歩いているのを見つけたハイエナのように目を煌めかせえう。

 

「真っ先に医務室に行って、博士が来るまで一人で頑張っていたじゃないか。なにも気にすることなんかない。寧ろ誇っていい」

「でも、人使いの荒さだけはどうしかしてほしいわね。使われるこっちとしては大変よ」

 

 そこで二人は少し間を開けてナタルの反応を確認する。

 褒めちぎりなムウには顔を赤らめて恥ずかしがり、叱責にも似たミスズには身を小さく縮めていた。

 ナタルの反応を見た二人は言葉を交わさずにアイコンタクトをする。

 

《責めるよりは褒めた方が面白いんじゃない?》

《慣れてないのかね。じゃあ、褒め殺しの方向で》

《了解》

 

 弄り甲斐のある相手を見つけた二人は、ナタルが叱責されて身を縮めるよりも褒められている場合の反応の方が面白いことに気づいた。人に褒められることに慣れていないのか、一々反応が初々しい。反対に責められるのには異様なほどに反応が慣れているように感じ取れた。

 モビルアーマーのパイロットとして多くの戦場を渡り歩き、またそれだけの上司と部下を持ってきたムウだからこそ奇妙にも思えた。

 

「努力は評価する物でしょ? バジルール少尉は仲間思いなだけです。仲間の為に身を粉にして動いてくれた彼女を我々は誇りに思います」

「そこまで言われたら私も無碍には出来ないわね。ゴメンない、バジルール少尉。私、あなたを誤解していたわ」

 

 方針転換をしたミスズが褒める方に加わったことでナタルの顔は耳まで真っ赤になっていた。よくぞここまで赤くなれるものだと思えるほどにナタルの反応は過敏だった。

 

「今は戦闘中ではないのですから副長として手の足りない部署を手助けしただけです! 決して他意はありません!」

 

 表情だけはまともにしても顔を真っ赤にしては説得力が足りない。

 自分でやっておきながらミスズはナタルの、義娘のユイとはまた違った情緒の未成熟さが少し気になった。

 

(もしかして軍人の家系で親が厳しかったとか、そんな口かしら)

 

 ミスズには、部下相手にはキリッとした顔を崩さなかったナタルの今の崩れようを見ているとそう思えた。

 親に褒められるが殆どなく、学校や軍では人間的な部分を褒めることなどあまりないので目上の立場には弱いタイプなのではないかと予測を立てた。

 

(ま、お堅い典型的な軍人タイプかとも思ったけど面白いところもあるじゃない)

 

 もしかしたらこれから長い旅路を共にする連れ合いになるかもしれないのだ。軍人としてではなく、人として好ける部分を出航前に見つけられたことは朗報であろう。ムウにからかわれるナタルを見てミスズはそんなことを想った。

 ナタルのからかいが一段落ついたところで、マリューが深い溜息を吐きながら手元のコンソールに無線機を置いた。

 彼女の通話が終わるのを待っていた三人も話を止めてマリューを見た。特にムウの位置からでは、一段高い位置にある艦長席を見上げなければならない。

 言い難いことであろうと隠せることではないことを知っていたから、三人に視線を向けられたマリューは僅かに怯みながらも口を開いた。

 

「コロニー内の避難はほぼ100%完了していますが、さっきので警報レベルは9に上がったと」

 

 ほぼという辺りがアークエンジェル内にいるオーブ側の技術者たちやキラ達のような偶発的に乗り込んでしまった民間人を除外しての数字なのか、担当の人間に直接話を聞いたマリューにも分からない。

 もし、否定されてしまった時のことを考えて、とてもではないが聞けなかった。

 警報レベルが9に上がったのも、元はと言えばちゃんとキラに「ストライカーパック」の一つであるアグニの特性をきちんと説明していなかった自身にあるとマリューは考えていた。

 いくらモビルスーツを扱えようと、コーディネイターであろうと、キラが軍人でもない一般人なのは変えようのない事実。あの状況では軍人で武装の詳細を把握していながらキラに伝えていなかったマリューに大きな責任がある。

 これでヘリオポリスには一撃だろうと入れるわけにはいかなくなった。警報レベル9は下手な衝撃を与えるだけでもコロニーが壊れかねない危険があることを示している。そしてそれは同時に住民の命綱であるシェルターが内からも外からも開かなくなったことを示している。何時壊れるか分からないコロニーの状況に出入りは危険と機械が判断したためだ。

 アグニで開いた穴はコロニーの自動修復機能で塞がっているようだが、他にもどこで穴が開いているか分からない。住民は今も狭いシェルターの中で怯えていることだろう。どうしようもない自責がマリューの全身を押し潰さんと圧し掛かる。

 

「シェルターは、完全にロックされちまったって訳か。あー、けどそれじゃぁ、あのガキどもはどうすんだ?」

 

 宇宙暮らしをしていればシェルターの存在は必ず知っている。同時に警報レベル9が示す意味もまた。

 モビルアーマーは宇宙専用の兵器である。特にメビウス・ゼロを扱うムウは宇宙暮らしが長い。警報レベル9の意味を正確に理解していた。また同時に気づく。艦内には自分達から合流してきたオーブの技術者たち以外に民間人がいることを。

 

「え?」

 

 ムウの発言はナタルには晴天の霹靂だった。彼女の中では民間人を艦内に留めておくことは確定事項だったからだ。

 

「もう、どっか探して放り込むって訳にも、危なっかしくて出来ないだろ。かといってこれから戦闘する艦に留めておくのもなぁ」

 

 オーブの人間であるミスズならシェルター関連はどうにかできるかもしれないと一縷の望みを託して、ムウは彼女に視線を送ったがどうにもならないようで首を横に振られただけだった。現状で一番安全な場所がこれから戦闘をするかもしれない戦艦であることを理解して、無力感に支配されて操舵席の背凭れに背中を預ける。

 

「お気持ちは分かりますが、少年達は軍の機密を見たためにラミアス大尉が拘束されたのです。このまま解放するわけには……」

 

 ナタルも医務室で仕事を手伝ってくれたミリアリアやトール、コーディネイターということで忌避していたキラが純粋な好意で助けてくれたことを感謝していた。

 先入観で間違った認識を抱いたキラには申し訳なく思っているし、処遇に関してもGが4機も奪われてオーブのモビルスーツまで出て来た中では機密も何もあったものではなく悪い方向にはならないように尽力する気持ちもある。

 私人としては強硬策に出るのが間違っていると理解していても、軍人としては決まった規律を厳守しなければならないと考える。そして軍人としての面が前に出れば私人の面が後ろに引っ込むのがナタルという人間だった。

 

「でも、機密を見たのは博士達も一緒じゃないの?」 

 

 ミスズが連れて来たモルゲンレーテの技術者達も艦に乗り込んでいるストライクを見ている。ムウが言いたいのはモルゲンレーテの人間が良くてキラ達民間人は駄目という理屈が理解できなかったのだ。

 

「民間人と一緒にしないで下さい」

「まあ、私達もある意味で公務員みたいなものだしね」

 

 マリューと共にナタルとムウの話に口を出さなかったミスズが始めて口を開いた。

 

「なんで?」

「モルゲンレーテは国営企業だから社の方針は国策で決まるし、作る物も国から依頼されてる。だから、実質的に国の機関といっても差し支えはないでしょ。ほら、公務員みたいなものじゃない」

「坊主共とは同じ国の人間でも立場が違うってことかよ。嫌だね、そういうのは」

 

 疑問は払拭されたものの、理解は出来ても納得は出来かねるという表情を隠しもしないムウはムッスリとした顔で腕を組んだ。

 

「じゃあ、坊主共にも脱出に付き合ってもらうってのか? 出てきゃぁ、ド派手な戦闘になるぞ」

 

 モビルアーマーのパイロットして戦争が起きてから多くの部下や同僚、仲間を失って来たムウだからこそ巻き込まれただけの民間人の少年少女達を戦場に引き込むことは避けたかった。甘いと言われようとも、この甘さを捨てれば待っているのは人間性を失った機械のような軍人になるだけ。ムウは戦場で次第に摩耗していく一般人としての感性を失いたくはなかった。

 

「ストライクの力も必要になると思うのですけど」

 

 艦内で一番偉い立場のはずなのにマリューが敬語なのは、会ったばかりで同階級のムウがいることと目上と認識してしまっているミスズがいるからだった。

 

「あれをまた実践で使われると!?」

 

 まだ試運転すら碌にすませていない新型を実戦にまた投入することはナタルの想定外だった。

 

「使わなきゃ、脱出は無理でしょ?」

「そうよね。私達も戦力は出すけどそっちも出来る限りのことはしてもらわないと」

 

 マリューの意見を後押しするようにミスズが揺らぐ地球連合の背を押してくる。

 しかし、ミスズの発言はナタルにはどうにも承服しかねるものだった。

 

「まさか、あんな子供を戦場に出すおつもりですか?」

 

 信じられないというナタルの感情が口調から容易く感じ取れる言葉に、ムウとマリューの脳裏にキラよりも幼い少女の姿が浮かび上がる

 

「仕方ないでしょ。あの子しかアストレイを扱えないんだもの。こういう時に融通が利かないから個人用にセッティングするのも考え物ね」

 

 今後の要改善事項ね、と頬に手を当てて溜息を吐くミスズにナタルだけが怒りを露わにした。

 

「あのユイという子はあなたの娘ではないのですか! なのに戦場に自分から送り込むなんて!」

「戦える者が戦わなくてどうやって生き残るというのかしら? それにキラ君を戦わそうとしているあなた達にだけは言われたくないわ」

「痛いところをついてくる」

 

 感情論で叫んだナタルを、必要だからと切って捨てて感情を感じさせないミスズ。実質的にストライクを戦場に出すと言ったマリューにはミスズの発言は耳に痛いばかりだった。ムウも同様なのか言いながら苦い顔をしていた。それでも茶目っ気を忘れない辺りが彼らしい。

 三者三様の表情を浮かべる三人にミスズは落ち着くための一呼吸を置くようにゆっくりと頬に当てていた手で鼻の上の眼鏡をかけ直した。すると、スイッチが切り替わったように肩から力が抜けた。無表情だった顔にも味が戻って来る。 

 

「ザフトが真っ先に狙うならこのでっかいアークエンジェルでしょ。ユイの操縦技術は良く知っているつもりよ。アストレイの機体性能もあればよほどのことが無い限り落とされることもないから、あの子に何かある前に私の方が死んでるんだから心配するだけ野暮ってものよ」

 

 死んだ後のことまで考える必要がないと無責任にも感じられるミスズの発言であったが、根底にあるのはユイに対する絶対の信頼だった。ミスズと短いながらも濃厚な付き合いのあるマリューにはよく分かった。

 

「信頼されているんですね、ユイさんを」

「勿論、私の娘だもの」

 

 鼻高々に言い切った自信満々なミスズの笑顔に怒りを露わにしていたナタルも毒気を抜かれたような顔をしていた。

 毒気を抜かれて素の表情になったナタルの様子に仲間割れしないですんだことに胸を撫で下ろしたムウは、しかし問題が殆ど片付いていない事も分かっていた。

 

「で、そっちはいいとしてストライクに乗ることにあの坊主は了解してくれてるのか?」

「今度はフラガ大尉が乗られれば……」

 

 元よりナタルの頭の中ではムウがストライクに乗ることになっていた。当のムウがストライクに乗ることを念頭においていないことに少しの失望を覚えた。

 

「おい、無茶言うなよ。あんなもんが俺に扱えるわけないだろ。書き換えたっていうOSのデータ、見てないのか? あんなもんがコーディネイターならともかくナチュラルの俺に扱えるのかよ」

 

 モビルスーツはコーディネイターの能力がないと扱えないと言われている。事実、地球連合が鹵獲したジンを補修して運用しようとしても上手く扱えなかった。

 ナチュラルにはどうやってもモビルスーツを扱えないのは周知の事実だった。だからこそ、マリューらGの開発陣はナチュラル用のOSに苦心したわけだったが、本当の意味でナタルは理解していなかったらしい。

 

「なら、元に戻させて………とにかく民間人を戦場に出すなど……」

「そんでノロくさ出てって、的になって死ねっての?」

 

 ユイを戦場に出すのにキラは駄目では理屈に合わない。元の不完全なナチュラル用のOSに戻してムウが乗ったとしても機体性能を発揮できずに動かないよりかはマシ程度の的にしかならない。

 生き残る為の最善の手はキラに乗ってもらうことだと、ナタルも分からないはずがない。だが、それでも軍人としての面が否と叫び続ける。

 自分の裡で煩悶し続けるナタルにムウも困ったように頭を掻いた。

 

「俺が乗って来たゼロは壊れちまってるし、ここに来る前にMSデッキに寄ってマードック軍曹に聞いた限りじゃ今日一日は無理だって話だ。ストライクを整備した方が建設的だって後回しにされちまってる。次の攻撃には間に合わないだろう」

「フラガ大尉はザフトが今日中に襲撃してくると?」

 

 危急にあるヘリオポリスに救援が来るのはオーブか地球連合かは分からないが最低でも一日以上はかかる。ザフトがどれだけの時間をかけてくるか分からないがムウの言い方は今日中に襲撃があると確信している者のそれだ。マリューにはそれが気になった。

 

「勘だがね。理由はない。でも恐らく悠長に待ってくれないのは間違いないだろうぜ」

「へぇ、MA乗りはそんなことも分かるんだ」

「ははは、単にこれまでの経験でそんな気がするってだけだよ。長い間、戦場で過ごすとそういう感覚だけがどんどんこなれていくもんだ」

 

 そのお蔭で生き残れてきたことは事実であっても嬉しくはなさそうなムウに、茶化すように聞いたミスズも失言だったと口を閉じた。

 

「敵はクルーゼ隊だぜ。アイツはしつこいぞ」

 

 ラウ・ル・クルーゼはザフトきってのトップエースとして、宇宙のクルーゼ、地上のバルドフェルドと呼ばれるほどの名将の一人である。ムウはクルーゼとグリマルディ戦線以来の仇敵である。何故か奇妙な交感があることもあってザフトの隊がクルーゼが指揮するものであると直感していた。

 

「クルーゼ? そう、あの仮面野郎が外にいるというの」

 

 ムウの言葉にミスズが奇妙な受け止め方をした。まるで知っている人間のようにクルーゼのことを話すミスズに三人とも気づいた。

 代表してマリューが問いかける。

 

「もしかして博士はクルーゼを知っているのですか?」

「知っているというか、昔に一度だけ会ったことがあってね」

 

 好む相手には積極的に関わっていくのに、嫌いな相手や興味のない者にはとことん無関心なミスズには珍しい強い嫌悪の混じった口調だった。

 

「特別何かあったとか会話したとかなくて近くをすれ違っただけだけど、本当にそれだけで決して受け入れられる相手じゃないって何故かそう感じたのよ」

 

 強い嫌悪を込めて、だが何故そこまでの嫌悪を抱くのかが自分でも判らずに困惑している様子のミスズに誰も何も言えるはずもなかった。ただふと、マリューはどこでミスズはクルーゼと会ったのだろうかと疑問を胸の片隅で抱いた。

 軽薄に見えて他者の感情に聡いムウは場の雰囲気が暗くなったのを感じ取った。暗い雰囲気が好きではないムウは話題の転換を計った。「マードック軍曹に聞いたんだがな」と続けながら、舞い込んでくる仕事の山に翻弄されて地獄のような慌ただしさの中で話してくれたマードックの中年面を思い出す。

 

「あの坊主がOSを書き換えたからGのマニュアルのデータ収録プログラムとフォーマットが合わなくなってるんだと。おやっさんはキラにやらせろって聞かねぇしな。どっちの道、付き合わせなけりゃならんだろ」

 

 どんな形でも戦うことを厭うて中立国にいる民間人を争いに巻き込む己ら軍人のどうしようもない罪深さを自覚して、ムウは戦争が始まってから何度も味わってきた無力感を今また味わっていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 手伝いを終えてアークエンジェルの居住区に戻って来たトール達は、また狭い一室の住人と化していた。黙っていては空気は重くなる一方。ムードメーカーであるトールは話題があったこともあって率先して口を開いた。

 

「しっかし、疲れた。人手不足って本当みたいだな。怪我人を捜して艦内中を歩いたのに殆ど人を見かけなかった」

「うん、俺達もマードック軍曹って人にモビルスーツのマニュアルがないとかで艦内中を捜し回されたけど、いる所にはいるけどそれ以外の所はさっぱり」

 

 ベッドの二段に上がる為の梯子に背を預けたトールの発言に、床に直に座って片膝を抱えていたサイが顔を上げて後ろのベッドに腰掛けているカズィと頷き合って同意する。

 

「色んなところを歩き回ってたら迷子になりそうになるぐらい広いから余計にそう感じるのかもしれない」

「この船、モルゲンレーテの本部ビル並みに広いのにどこにも案内とか地図みたいなのが書いてないんだよ」

 

 サイが苦労を表現するように右肩を回して肩の骨をボキボキと鳴らす。彼と同じように艦内を歩き回されたカズィが不満も露わにしながら憤っていた。

 マニュアルには一から十まで仕様や使い方を書いていないと気になって仕方がない性質のカズィからすれば、不親切なアークエンジェルの艦内はよほどお気に召さなかったようだった。

 

「似たような作りだから実は同じ所をグルグルと回ってるって分かった時は赤面したな」

 

 同じように歩き回されながらもカズィほどには気にしていないサイは真実か嘘かは分からないが失態をジョークとして受け流される寛容さがあった。ここら辺が年長者としての余裕、というよりは単に性格的なものだろう。

 神経質なカズィに付き合うよりかはサイの冗句に付き合っていた方がマシと考えたトールは視線をサイに向けた。

 

「多分、軍艦だから艦内に敵が入って来ても簡単に進めないようにするためじゃないか」

「この艦の人だって迷うんじゃない?」

「偶発的に乗り込んだ俺達みたいなのが例外で、普通は知っている誰かに案内してもらうんだろ。現に迷子になっている人も見かけないし」

 

 トールの理屈で言うと、サイやカズィ達のようにアークエンジェルのクルーも迷うのではないかと考えたミリアリアだったがサイの言いように成程と納得した。戦艦なんかに乗り込んで手伝いをしていようとも自分達が例外だと思い知らされた気分だった。

 

「まぁ、自分の船で迷うな軍人じゃ戦争には勝てないわな」

「それはそうだ」

「男は気楽でいいわね」

 

 感傷にも似た疎外感に襲われたミリアリアと違って笑い合うトールとサイは気楽だった。その気楽さも自分にも分けてほしいとミリアリアは本気で思った。

 笑い合う二人に溜息を漏らすミリアリアという場の中で、カズィは相変わらずの仏頂面を変えていない。

 

「迷った僕はとても軍人にはなれそうにないよ」

 

 細かいところまで気になってしまうカズィでは一日だけで神経が参ってしまう。他人ではなく本人がそう思ってしまうのだから向き不向きで言えば間違いなく向いていないのだろう。仲間内なら誰もが同じことを思うことだろうし、誰も否定しない。が、カズィに対してだけはライバル心を持っているトールだけは別の方向で動く。

 

「体力も根性もないからカズィは」

「トールは頭が足りてないじゃないか。脳筋のくせして」

「なにを」

「止めなさいって」

 

 茶々を入れたトールに言い返すカズィ。言い返されたら頭にきたトールと、何時ものような展開に面倒臭そうにミリアリアが静止する。

 この二人は、と頭が痛そうな表情でこめかみに手を当てたミリアリアはギロリと二人を睨み付けた。睨みつけられた二人は気まずそうに体を小さくして顔を逸らすのみ。この三人の間のヒエラルキーは完全にミリアリアがトップなのだ。

 三人のやり取りを聞いていたのかいないのか、顔を上に向けて色眼鏡越しに天井を見上げて物思いに耽っていたサイはぽつりと独り言を呟くように口を開いた。

 

「俺達の他にもあの博士って人が連れて来たモルゲンレーテの人達もいたけど知っている人は一人もいなかった。誰か一人でもいてくれれば楽になったのに」

 

 サイの独り言に反応したのは、ミリアリアによって蛇に睨まれた蛙状態になっていたトールだった。

 

「そう都合良くにはいかないさ。話を聞いてた限りでは連合にも秘密のプロジェクトに関わっていた人達だぞ? 一般人の俺達と接触の機会なんてないに決まってる。あったって弁座を計ってくれるような価値が俺達にあるとは思えない」

 

 カズィに脳筋扱いされていようと、トールもまた工業カレッジに在籍している秀才である。彼の不幸は同年代と比べれば間違いなく抜きんでているのに、優秀すぎる仲間の中にいることだろう。頭は決して悪くはないのだ。

 

「僕達、何時までここにいなきゃならないんだろう」

 

 深い深い溜息を漏らしたカズィが言ったように、結局は彼らの悩みはそこへ行き着く。

 

「この船が味方と連絡とれないと駄目らしいけど、外にザフトがいるらしいから望み薄だろ」

「一体、何時になることやら」

 

 たった数時間のことなのにあまりにも多くのことが起こり過ぎて、もう何日もこうしているような気分になる。先を見通せないことにトールが不満を漏らして、少しでも空気を明るくしようとしたサイのおどけすらも効果は薄い。

 気になるのは自分達の今後とこれからの展望。そして街の状況と知り合いの安否だった。

 

「街は大丈夫なんだろうか、みんなは……」

「解らない。今の俺達にはみんな無事であることを祈るしかないじゃないか」

 

 不安を口にしたサイに、考えているとドツボに嵌ると自覚しているトールが強い口調で言い切る。

 不安は伝染する。皆を引っ張ってほしいのに弱気になられては下の者達が困ると視線で語るトールに、サイは最年長だからってお前みたいに大人をやれるわけじゃないと視線を逸らした。

 この辺が自然と大人をやれるトールと大人をやろうとするサイの違いなのかもしれない。そんなことをつらつらと考えたミリアリアは、チラリとずっと前から部屋の奥にいる存在に目を向けた。

 

「…………で、アレは何?」

「何って………キラじゃないか」

 

 何言ってんだよ、と視線で言ってくる彼氏にそう言うことを言いたいのではないと怒りかけて、ミリアリアは自分もまた状況に追い詰められて冷静さを少しずつ削り取らているのをようやく自覚した。

 

「キラは分かってるわよ。なんであんなにダウナーになっているのかって私は言いたいわけ」

 

 ミリアリアの視線の先、奥のベッドの角で壁に向かって布団のマットに腰を下ろして両脚の膝を立てて踵を揃え、両腕は両膝を抱え込むスタイルで背中に暗雲を背負っているキラ・ヤマトの姿があった。

 

「久しぶりに見たね。キラの壁に向かっての三角座り」

「前は何でああなったんだっけ?」

「教授がうっかりキラが一ヶ月もかけて完成させたプログラムを間違えて消しちゃった時じゃなかったか」

「ああ、教授がキラに全力で土下座したあれね」

 

 懐かしそうにカズィが暗雲を背負うキラの背中を見つめ、同じような状態になったのは何時だったかと直ぐには思い出せなかったミリアリアに覚えていたサイが記憶を呼び起こしながら言う。サイに触発されて思い出したトールもあれは良い見世物だと笑う。

 その間も壁を見つめ続けるキラは動かない。

 

「今回はなにがあったの? 医務室の手伝いをしていた時はなんともなかったのに」

「俺を見捨てて一人で逃げるくらいだし、何かあったのならその後だろ」

 

 やはりトールはキラがさっさと一人で逃げたことを根に持っていたらしく、仕返しを考えているなと同じように医務室に残されたがそれなりに有意義な時間を過ごしたミリアリアは察していた。

 

「あれ、キラって逃げてきてたの。もう終わったって俺達の方を手伝ってくれたぞ? なぁ、カズィ」

「うん、物凄く暇そうだった」

 

 ビクリ、とサイとカズィの発言に壁を向いていたキラの背中が震えた。何がしか落ち込むような出来事があった割にはちゃんと話は聞いていたようだ。

 そしてその反応をトール達が見逃すはずがない。黙っていたり真面目な話をしているとどうしても話題が暗い方向に行ってしまうことを理解しているので、誰かを弄って少しでも場を明るくしようとしているのだ。

 弄られる側にとっては傍迷惑な話だが隙を見せる方が悪いのがカトウゼミの流儀である。

 壁を見つめるキラの目が盛大に泳ぎ、背後から迫るプレッシャーに押しつぶされそうになったその時だった。地面が、この場合は戦艦が揺らいだ。

 単発ではなく持続性を持って気にしなければ分からないほど微細に揺れている。それはエレカ―のエンジンをかけた直後にも似ていた。

 

「この振動………もしかして戦艦が発進したのか?」

 

 不安を込めたサイの言葉に誰もが同じ想いを抱いていただけに部外者――――戦艦の中ではキラ達の方が部外者なのだが――――が近づくことに気がつくことが遅れた。

 

「まだ発進はしていないわ。臨戦態勢を取る為にエンジンを始動させただけよ」

 

 何時の間にか居住区の入り口に立っていたマリュー・ラミアスと、その後ろにいるムウ・ラ・フラガは両者共に厳しい表情を浮かべている。ムウの隣、マリューの斜め後ろに恐らく野次馬に来たらしいミスズ・アマカワの姿もある。

 戦艦に乗り込んだ時は作業服を着ていたマリューは今は地球連合の軍服を着ている。それはパイロットスーツから着替えているムウも同様だ。

 声に咄嗟に振り向いたキラは先の出来事もあって罪悪感からマリューの顔を直視できなかったが、そうすると胸元を見てしまって余計に意識してしまい、別の所を見ようとすれば軍服が嫌でも目につく。

 軍服や階級章がまるで見知っているマリューを別の誰かに見せているようで、キラには室内の空気がどんどん重くなっていくように感じられた。

 

「マリューさん……」

 

 この忙しい中で艦のトップと分かる者達が話がすると分かる風情で入り口に立っている。部屋の隅で縮こまっていたり、床に座っている場合ではないと馬鹿でも分かった。

 通路は三人も並べば一杯になる。自然に動いた男達がミリアリアを最後尾に下がらせ、彼らが話をしに来たらしいキラが一番前に立ち、その後ろにトールとカズィとサイが立ち塞がる。

 軍人相手だろうと女の子を守ろうとする少年達の心意気にムウは口笛を吹きたいぐらいだったが、状況を考えれば出来るはずもない。斜め前に立って、躊躇いながらも口を開いたマリューの横顔を見る。

 

「改めて伝えておくけど、軍の機密を見てしまったあなた達をこのまま返してあげられなくなったの。本部と連絡が取れてあなた達の処分が決定するまでこの艦に留まってもらいます」

 

 マリューの口調にはストライクのコクピットで肉を近づけた人を感じられる要素はあったものの、奥底には躊躇いと決意を潜ませて固い意志が滲み出ている。キラは露出している肌がビリビリと震えているのを自覚した。

 空気を重くする軍服の威圧感をカトウゼミの学生達も感じ取っているのか、仲間内では陽気であった彼らの口も重い。

 

「何時になったら本部と連絡が取れるんですか?」

 

 これだけは聞いておかなければならないとサイが年長者のプライドを振り絞って問いかけた。少し声が掠れていたかもしれないが誰も気にしなかった。

 

「月に地球軍の基地があるのはあなた達も知ってるわね? そこへ行くことになるわ」

「月!? じゃあ、ここから出航するってことですか?」

「そうなるわね。どの道、コロニーは警報レベルが9に上がって避難シェルターにすら入れないのよ。そしてヘリオポリスの外ではまだザフト軍が待機しているはず。何時戦闘になるか分からないわ」

「そんな!?」

 

 マリュー達の言うことを信じるならキラ達には月に行く選択肢しか残されていない。しかもヘリオポリスの外にいるザフトと戦って切り抜けねばならない難題付きでだ。トール達が絶句するのも無理はなかった。

 少年少女が強いショックを受けているのを見て、キラに軍人に向いていないと思わせた優しさを覗かせたマリューは表情を和らげて申し訳なさそうに眉を下ろした。

 

「巻き込んでしまったことは申し訳ないと思ってるわ。処遇に関しても私の出来る範囲でなんとかしてみせる。だから、暫くの間だけ我慢してほしいの。色んな事が片付いたら責任を持ってここへ帰してあげるから」

 

 何の保証もない感情に流された言葉ではあったのかもしれない。マリューは軍を統括する将官どころか佐官でもない尉官である。軍内部では高い階級とは決していえず、キラの置かれた立場を考えれば彼女の地位では何の保証にもならない。

 信用など出来ない。出来るはずもない。だが、だからといってキラ達に他に何が出来るでもない。

 

「降りられないし、断ることも出来ないんですよね?」

「そういうことよ」

 

 キラ達に選択肢など端から存在しない。警報レベル9のコロニー内を彷徨うのは死地と同じ。全てのシェルターにはロックがかかって、キラ達が生き延びるにはアークエンジェルに留まり続ける他ない。

 なまじ頭が良いだけに理解できてしまった学生達は、混乱することなく事実を許容させてしまう。

 

「解り、ました」

 

 苦渋を滲ませながらもサイが了承するのをマリューとムウもまた苦み走った顔で見ていた。彼らにはまだ少年に苦痛を強いる選択を選ばなければならないのだ。そしてその役目は元より副長として艦に乗り込むはずだったマリューに最高責任者を立場を渡したムウでは出来ないものだった。マリューが重い口を開く。

 

「キラ君、お願い。もう一度、ストライクに乗ってくれないかしら?」

 

 来た、とキラは来るべき時が来たのだと悟った。

 キラは自分の能力を過大評価も過小評価もしない。即席で書き換えたOSとはいえ、間違いなくストライクの機体性能を確実に発揮できるしたつもりである。そして生き残るならばもっとも能力の高い状態のストライクを使せたいはず。しかし、書き変えたOSではコーディネイターでない限りはまともに動かせれないピーキーな物になっていると分かっていたのでパイロッとトして要請されることは察しがついていた。気持ち的には当たってほしくない予測ではあった。

 

「僕を戦争に巻き込もうというんですか」

「キラ君……」

 

 つい口から零れ落ちた皮肉にマリューが顔を歪めるのを見たキラはどうしようもなく泣きたくなった。悲しませたい訳じゃない。苦しませたい訳でもない。戦いたくない、奪いたくない、と考える自分の我儘とは思いたくはなかった。

 そこへ鳴り響く重低音のアラート。

 

「こ、これは……?」

 

 辺りを見渡す学生と違って逸早く事態に気づいたムウが近くの壁に埋め込まれているコンソールのスイッチを入れてブリッジに回線を繋いだ。

 

『コロニー全域に電波干渉! ラミアス大尉! ラミアス大尉! 至急ブリッジへ!』

「…………また戦闘になるわ」

 

 キラには名前も分からぬ男の声がコンソールのスピーカーが鳴り響き、マリューが彼女もまた来るべき時が来てしまったと諦観を覗かせる。

 

「トール……」

 

 不吉な調べのようになり続けるアラートにミリアリアが不安そうにトールの服の袖を掴むのがキラの目に見えた。だが、それでも戦うことを忌避するキラの感性は決断を決めかねていた。

 唇を噛み締めるキラよりも状況の逼迫を感じ取っているムウの方が決断は早かった。

 

「仕方ない。ラミアス大尉、ストライクには俺が乗る。上手く動かせるかは分からんが……」

「えっ!?」

 

 ムウの発言に彼を見たマリューだが、彼が乗って来た乗機であるメビウス・ゼロが出せないのは既に知っていたのでCICを頼もうと思っていたからところなので驚いた。

 

「無茶です、大尉!」

「他にこの局面を乗り切れるのか!? アークエンジェルが沈んじまったら元も子もないだろ!? のろくさとしか動かせなくても砲台ぐらいにはなれる! 攻撃オプションは一つでも多い方が良いだろ!」

 

 ムウの言いようにも一利あることを理解してしまって、止めようとしたマリューの方が一瞬言い詰まった。

 オーブ側が出してくれるモビルスーツの力がどれだけのものが分からない以上、戦力は猫の手を借りたいほどに不足している。鈍重極まるムウが操るストライクであってもないよりかはマシな戦力にはると分かってしまった。

 

「直ぐにOSを書き換える」

「でも今からじゃ……」

「坊主に手伝わせる。嫌とは言わせないさ」

 

 キラを蚊帳の外に置きながら、しかし当の本人がいる場でする話ではないと二人は気付かない。まるで責められているようにも感じるキラの気持ちをこの時の誰に理解できようか。

 もしかしたら友達がザフトにいるのではないかという疑念、例え無事にヘリオポリスを脱出しても先の展望が見えない不安、間近に迫ったザフトの襲撃の危機、全てが合わさってキラの許容量は限界を超えた。

 

「卑怯ですよ、その言い方は! ハッキリ言えばいいでしょ! お前が乗って戦えば生き残れると!」

 

 堪忍袋の緒が切れるというのも変な言い方だがこの時のキラの気持ちは正にその通りだった。

 

「キラ君……」

 

 ひっそりと呟かれたマリューの声にもキラの気持ちは収まりを見せなかった。

 

「あのモビルスーツを、ストライクを使えるのは僕だけで、戦わなきゃ守れないってハッキリ言ったらどうです!」

 

 行き場のない憤りを大人達にぶつける。当のキラもまた自分が癇癪を起していることは自覚していた。だが、止められない。住んでいた街が壊され、常識を崩され、一歩先も知れぬ世界に落とされた戦争も知らない平凡な感性を持つ少年に耐えられるものではない。

 キラはまだ子供なのだ。この場にいる誰よりも。なのに、責任と行動の選択肢だけは一際重い。もしかしたら艦長の座を与えられたマリューよりも。キラがストライクに乗って戦うかどうかアークエンジェルの生存確率が激動するから仕方ないとしてもだ。

 癇癪を続けるキラの気持ちの隙間を縫うように存在感の薄い少女が完全に野次馬と化して壁に凭れて腕を組んでいるミスズに近づく。

 

「博士、作業完了しました」

「ん、了解」

 

 パイロットスーツを着てヘルメットを小脇に抱えたユイは、キラを一瞥して奇妙な物を見たように僅かに眉を動かして直ぐにミスズに視線を戻した。

 娘の僅かな挙動の変化に敏感に察知したミスズは、返事を返しながら娘がキラに理由はどうあれ興味を示したのを今の動作だけで感じ取った。後で何があったのかを確認しようと心に決め、それも生きていられたらだと自らを戒める。

 

「アストレイの特徴は分かってるわね? ストライクほどの防御力はないんだから気をつけない」

「機体の特徴は熟知しているつもりです。何も問題ありません」

 

 癖なのかミスズはユイの頭を軽くポンポンと軽く叩いた後に少し乱暴に撫でる。髪の毛を崩されたユイは少し迷惑そうにしながらも直されるのを感じながらも表情を変えない。

 母子の様子にキラもまた気づいた。その会話が意味することもまた。

 

「まさかその子があのモビルスーツに乗って戦うっていうんですか!?」

 

 母が子供を戦場に送り出すなどキラに信じられることではない。信じたくはなかった。

 

「勿論、あれを扱えるのはこの子だけだから。ストライクを扱えるのがあなただけなのと一緒よ」

「博士」

 

 キラはマリュー達に言ったつもりだったが答えたのはミスズだった。

 ブリッジでの焼き増しのような会話にマリューが口を出しかけたのをミスズは手で静止した。同時に向けられた視線が止めかけた彼女を止めた。

 自分よりも小さな、それも女の子が戦場を出るのを止めると思ったマリューが何もしないことにキラは失望を覚えながら視線をユイに向けた。

 

「君はそれでいいの? 戦えば死ぬかもしれないんだよ」

 

 キラが期待した応えはどんなものであれ自分が納得するような返答だった。だが、ユイの返答はキラの期待を裏切る。

 

「良いも悪いもない。私に出来るのは戦うことだけ。戦える力があり、守りたいと思う意志がある。他に何が必要?」

 

 女の子が戦うことしか出来ないと言い、逆に何が必要なのかと問い返されてキラは答えられなかった。

 先程のやり取りを見ていればミスズとユイの間にどんな形であれ愛情があると分かる。彼女が守りたいと思う意志の中にミスズが入っているのは間違いない。そして自ら発した問いと返って来たユイの返答は、計らずともキラを決心させる。

 

「アストレイ・グリーンフレーム、出ます」

「行ってらっしゃい。気をつけて」

 

 近所に買い物に行くように親子は会話を交わし、ユイはMSデッキに向かうのだろう背を向けた。

 

「待って!」

 

 その背中に向けて咄嗟にキラは声をかけていた。

 

「何?」

 

 振り返って無表情に問いかけて来るユイに気圧されそうになりながらも、パイロットスーツ越しにも感じられる少女の幼さにキラの男としてのプライドが目を覚ます。

 答えを知っていた口が自然と動く。

 

「僕も行く」

 

 言って、背に余分に乗っていた重しがどけられたのを感じた。

 

「キラ……」

 

 トールらが名前を呼んでくれて、彼らを失いたくないとまだ揺れていたキラの中で気持ちが完全に定まった。

 ユイの肩から手を離し、振り返ってマリューに向き合う。

 

「女の子が戦おうとしているのに僕だけ何もしないなんて出来ません。ストライクには僕が乗ります」

 

 言ってしまった途端に戻れない道を歩み出した恐怖が全身を襲い掛かって来た。それでも仲間を護れる力と守りたいと思う意志に突き動かされたキラは前に足を踏み出すことを恐れなかった。

 

「男だねぇ」

「本当、益々そそられるわ」

 

 純粋に感心しているムウと涎が出そうなほど悦に浸っているミスズといった大人達はどうあれ、キラの決意はトール達の中にも響くものであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 隠れる必要もなくなって岩陰から完全に脱したガモフとヴェサリウス。ヘリオポリスから幾分離れた場所にガモフと共にいるヴェサリウスのモビルスーツデッキは、蜂の巣をつついたような騒ぎが広がっていた。襲撃や損傷したモビルスーツが戻って来たのではない。これから発進する機体の準備で忙しいのだ。

 

「6番コンテナだ!ジンにD装備を!」

 

 あちこちで宇宙服を着た整備員達が無重力空間を利用して飛び回り、パイロットスーツのヘルメットに備え付けられている無線から誰かの叫びが同じようにモビルスーツデッキに浮かぶアスラン・ザラの耳に入った。

 

「D装備だってよ」

「要塞攻略戦でもやるつもりなのかな?クルーゼ隊長は」

「こんなに破壊力のある装備を使ってコロニーに当てたらヘリオポリスが壊れないか?」

 

 横を通り過ぎた作業員の話し声がヘルメット内に反響してくる。

 何時発進の為にカタパルトデッキを開くのか分からない状態なのでモビルスーツデッキからは空気が抜かれている。作業員同士で確認しなければならない事項を離し合いたいのに単一や接触者とだけのお肌の触れ合い回線だけでは不便が多いので無線は常時開いている状態なので、ヘルメットに備え付けられている無線は近くにいる者の話し声を遠慮なく拾ってしまうことが欠点だった。

 

「しょうがないんじゃないか。自業自得だろ。中立とか言って連合に協力してんだからさ」

「そりゃそうだけどさ……」

 

 整備員同士の遠慮のない会話が耳に入って来て、クルーゼはブリーフィングでも可能な限りコロニーにダメージを与えないように厳命していたが誰もが気持ちの上ではオーブ、というよりはヘリオポリスが壊れても仕方ないと思っている。

 アスランとてコロニー内に侵入して連合軍を発見し、Gの存在をこの目で見た時は非難の思いを抱きもした。もし、母レノア・ザラがユニウスセブンで死んでいなかったとしたらアスランも彼らと同じようにコロニーが壊れても仕方ないと思っただろうか。

 

「違う。俺はもう奪わせない為にザフトに入ったんだ」

 

 自らに対する疑念にアスランは首を横に振った。

 アスラン・ザラが戦うことを決意した動機は、今のプラントではきっと有り触れたものなのだろう。多くの若者達がザフトに志願した理由と同じであることは士官アカデミー時代に同期の面々と話した時に知っていた。

 プラントが血のバレンタインの悲劇を取り上げて戦意を煽った面もある。アスランもそのことが悪いとまでは言わない。ただ、一つだけ気になることがあった。

 

(みんな奪われた者のことを考えているのか?)

 

 その言葉は口にすることなくアスランの胸中で呟かれるだけに留まった。もし誰かが聞いたたらお前は何様だ、と憤っただろう。軍人に、それもモビルスーツパイロットになるということは即ち誰かを殺すことに他ならない。

 士官アカデミーで優秀な成績を残したアスランにモビルスーツの適性があったのは言うまでもない。

 本当の意味でのモビルスーツでの実戦を知らないアスラン。核によって一つのコロニーを壊されて母を失ったアスラン。軍人になって奪わせないことに意欲を燃やすアスラン。

 彼もまたコロニーを破壊して誰が悲しむかを想像できない整備員達と同様に軍人になったことが動機と反することに、銃を撃って誰かの大切な者を殺してしまうことにも想像力が足りていなかった。

 乗機は奪って来たイージスなので本当なら待機を命じられているアスランがモビルスーツデッキに来ている目的の人物が目の前を過る。

 

「オロール先輩!」

 

 赤を着ているアスラン達の練習機としてヴェサリウスに積み込まれていたジン(練習機でも武装は本物)に、損傷した自機の代わりに乗り込もうとハッチに取り付いたオロール・クーデンベルグに背中から声をかける。

 パイロットヘルメットの無線からアスランの声が自分を呼ぶのに気づいたオロールが左右を見てから後ろを振り返った。

 

「アスラン?」

 

 アスラン達の士官アカデミーで一期上に当たるオロールは、茶髪のオールバックをヘルメットに押し込んでいる顔で訝しげにアスランの名を呼んだ。

 ジンのコクピットハッチの前で振り返ったオロールにアスランは近くに浮遊していた機材を蹴って飛びつく。ヘルメットを接触させてのお肌の触れ合い回線は会話が他者に漏れることはない。他者に言えない話をする時の常套手段。目的の為にあまり他人に知られずにすませたいアスランの望みのままに。

 

「俺と変わって下さい!」

「いきなりなんだ?」

 

 ヘルメットを壊すような勢いでぶつてきたアスランの開口一番の大声が内部に反響して、大声にオロールは耳鳴りがしていそうな顔をした。

 機嫌を損ねるのは不味いと考えたアスランは声を収めて本題に入る。

 

「ジンに乗るのを俺と変わって下さいって言ってるんです」

 

 ヘルメットを接触すれば互いの顔の距離は極間近になる。

 決意を込めたアスランの表情にただならないものを感じたオロールは赤を着ているとはいえ、本当の意味で実戦を経験していない新米の強い意志が込められた瞳に気圧されるのを感じた。

 オロールも非常に作戦成功率が高く、かつ損害が少ないクルーゼ隊に配属されて戦ってきた歴戦の戦士の一人である。隊長であるラウ・ル・クルーゼや名付きのミゲル・アイマンに比べれば劣るといえども他の隊であれば十分にエースを張れる男だ。

 実戦を知らない新米に気圧されたなど我慢ならず、パイロットスーツを掴んでいるアスランを弾き飛ばした。

 

「クルーゼ隊長のブリーフィングにはお前も出てたんだから分かってるだろ! 乗る機体のない奴は大人しく待機してろ!」

 

 無重力空間の戦闘にも精通しているオロールは容易くアスランを蹴飛ばして、無線で赤のパイロットスーツに向かって怒鳴りながら背後のジンのコクピットハッチを開いて乗り込む。

 

「国防委員長の息子だからってなにをしても許されるとは思うな」

 

 新米に気圧されたのは背後にいるザラ国防委員長の存在があったからだと、ジンのエンジンに火を入れたオロールは呟いた。

 ようやく出撃準備に入ったオロール機の斜め前でカタパルトに移動していたオレンジ色のカスタムジンに乗っているミゲル・アイマンは、アスランが懲りずに今度はマシューに噛みついているのを見て嘆息した。

 

「何やってんだ、アイツ?」

 

 普段は冷戦沈着なアスランが珍しい、と不思議な思いを抱いた。

 クルーゼにコロニーを壊さないように進言したのもアスランと聞いていたので、初対面時にナイフ戦で首筋に押し当てられた鉄の感触を思い出して違和感を抱いた。だが、実戦を前にして仲間の奇妙な行動を気にしていられる余裕はない。

 ヘリオポリスに来る前の作戦でサーペントールと戦った際に失った右腕を、メビウス・ゼロとの戦いで損傷したオロール機から貰い受けた調子を試す。

 

「やはり右腕の反応が鈍い。普通のジンでは調整してもこれが限界か」

 

 そこだけノーマルのジンの色をしている右腕を動かしてみてもミゲルの望む反応よりも2テンポは遅い。

 ミゲル自身の有志で結成された専属チーム「DEFROCK」でチューンした機体なので、普通のジンと比べれば20パーセントのスペック向上を達成している。ジンと互換性はあっても急場凌ぎでは調整も出来ず、当然塗装など出来るはずもない。

 

「塗装もしてないから情けねぇ格好だぜ。しゃあねぇけど」

 

 誇り高いミゲルには我慢ならないことだが、それを押し殺してでも倒さねばならない敵がいる。

 

「ストライクとか言ったか、残った一機は」

 

 揺れ動くカスタムジンの振動がこれから戦うのだと知らせてくれる合図のようでヘルメットの中で獰猛に笑う。

 乗機のカスタムジンではないとはいえ、自らが乗るジンを一蹴してくれた小癪なモビルスーツ。ザフトですら実用化していない新技術を搭載したモビルスーツを破壊しないことには本国には帰れない。

 

「俺の誇りを穢した罪。その命を以て償わせてやる」

 

 カタパルトに接続され、これで何時でもカスタムジンは発進できる。

 出ようとしたミゲルは通信が届いているのに気がついて繋いだ。

 

『ミゲルさん』

 

 通信相手は馴染みの整備員の一人だった。

 

『くれぐれも気を付けて下さい。腕を付けたといっても急ぎでしたので、どんな不具合が出るか分かりません』

 

 ミゲルが無理を言って損傷したオロールの機体からカスタムジンに右腕を移植することを最後まで反対していた整備員だ。

 普通のジン同士ならばともかく、ジンからカスタムジンへの腕の移植など前例がなく、かつこんな短時間では調整も満足に出来ないと訴えたのが彼だ。しかし、ストライクへの誇りの仇討ちに燃えるミゲルの説得に負けて渋々作業を行ってくれた。

 

「大丈夫だ。無茶はしない。俺は死ぬ気なんて更々ない」

 

 心配性な整備員に獰猛な笑みはそのままに戦う決意だけを高める。

 

『我らに天の加護を』

「ザフトの為に」

 

 ザフトで開戦当初から流行っているやり取りをすると整備員も安心したのか、通信が切れた。同時にオペレーターが発進シークエンスを開始した。

 戦意を猛らせていくミゲルの目に、モニターの端でブリッジへ行って隊長のクルーゼに直訴でもするのか諦めた様子もなく急いで動くアスランが見えた。

 

『ミゲル機、発進どうぞ!』

 

 苦笑を浮かべて入り過ぎていた肩の力を抜いて、オペレータの声に合わせるようにカタパルトデッキが開いた。

 それを見届けて、操縦桿を動かした。

 

「ミゲル・アイマン、カスタムジン出るぞっ!」

 

 黄昏の魔弾と称されたオレンジのジンがカタパルトデッキから宇宙空間に躍り出た。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 エンジンに火が入れられていたアークエンジェルが土煙を盛大に巻き上げながら浮上する。アークエンジェルのブリッジで些か窮屈な艦長席に座るマリュー・ラミアス大尉は、浮かび上がっていく景色が不吉なものであるかのように感じた。

 戦うことを厭うて心臓が今にも破裂しそうなほど高まっているのを自覚して、Gを守る為に命を落とした多くの部下や仲間達に申し訳なくて唇を噛み締める。

 即席の艦長として多くの人員の命を背負って戦わなければならない不安。技術将校として殆ど実戦を知らずに知識としか知らない重みに押し潰されそうな恐怖が襲ってきている。

 耐えられない。副長を経験せずに一足飛びに艦長になってしまったマリューはアームレストに置いている手が震えるのを抑えることが出来なかった。

 高まり続ける心臓から送り出される血液が頭に集まってきてマリューの視界が歪む。必死で艦を操舵し、敵の襲来に備え続けるブリッジからマリューだけが遠ざかっていく。

 意識が遠退いて行って、このままでは失神するだけだったマリューの肩に優しい手が乗せられた。

 薄れていきかけた意識を取り戻した手を無意識の内に視線で追って、艦長席の傍らに立つ白衣のくすんだ金髪をした女性が立っているのが見えた。ミスズ・アマカワ、マリューの酒飲み友達でオーブの技術者だった。彼女は片耳にインカムを付けた状態でマリューの肩に手を置いている。

 

「戦闘をする必要はないわ。事前に決めた通り、瓦礫で埋まっている港口を破壊して逃げるのよ」

 

 ひっそりと慣れない分野にも駆り出されて己のことに集中しているクルーに聞こえないような小さな声で倒れそうになる体を支えてくれる。

 ミスズは気付いている。マリューがこれから起きる戦闘を厭うていることを。マリューの気持ちを理解した上で軍人には出来ない退却案をいとも簡単に出して見せる。その気持ちがなによりも有難い。

 

「博士……」

 

 ぐ、と噛み締めすぎて血が流れそうな唇を声を出すことで解放して、長い深呼吸をして身体の奥底に沈殿していた澱を息と共に吐き出す。

 緊張が解けるわけでもない。重みが消えるわけでもない。それでも何も出来ないような心理状況ではなくなった。肉の温もりは、戦うのが一人ではないと思わせてくれる感触は前を向く力をくれる。

 顔を上げたマリューに笑みを浮かべたミスズが手を離す。離れていく肉の感触に惜しさを感じながらもマリューは戦うための気持ちを新たにした。

 

「コロニーを傷つけないように攻撃は迎撃のみに限定する。ザフトのモビルスーツの牽制はストライクとアストレイに任せる。我々はヘリオポリスからの脱出を最優先とする。ルートは事前に示した通り。アークエンジェル前進!」

 

 マリューの艦長命令が通信を通して艦内全域に響き渡る。

 ストライクのコクピットシートに座るキラの耳にも無線を通して聞こえていた。だが、深く考えている余裕は今のキラにはない。即興で組み上げたOSの不備を直すのに必死だった。

 猛烈な勢いで付属のキーボードを連打し、まるで一続きになっているかのようなタイピング音をコクピットに響かせる。

 乗ると決めたのならストライクがどう動けるかがキラにとっての生命線。命を預けるに足る相棒とするのに必要な時間はどれだけあっても足りないぐらいだ。マードックから借り受けた三冊のマニュアルを時間もないので必要な部分だけを読んで、システムを書き換えた時に解らなかった部分に対しての理解を頭に叩き込んでいる。

 なんといっても時間が足りないので完璧には程遠い。ことプログラムに関しては完璧主義なところがあるキラには我慢できないところだったが時間に干渉することは人間に出来ない。ないもの強請りをしても仕方ないと分かっていても、神速タイピングを続けているキラの目は流れ続けていく情報を処理しながらも苛立ちを隠せていないかった。

 粗を捜せば幾らでも見つかるシステムに幾度目かの舌打ちをしたキラの耳に、ブリッジからの通信が入った。

 

『キラ君、聞こえて?』

「なんのようですか、ミスズさん」

 

 普段ならば初対面のこともあって気後れする相手であったが趣味の世界――――自分の命がかかった現状で趣味もないが――――に没頭していたキラに畏れるものなど世界にはたった一つしかない。

 畏れる者――――母相手には趣味の世界に没頭していようとも下手な対応をすれば命に関わることは幼い頃からの経験から染みついている。

 

『あら、用がないと話をしてはいけないのかしら。他のクルーは戦艦の操舵に忙しくて寂しいから連絡したわけじゃないのよ?』

「時と場合によります。そして今は駄目な方です。通信を繋いだも暇だからでしょ」

『冗談が通じないじゃない。無駄に肩に力が入り過ぎよ。必死なのは判るけど、そんな怖い顔をしていたら生き残れるものも生き残れないわよ。ほら、リラックスリラックス』

 

 偶然、ストライクに乗って仲間の安全と傍にいたマリューの為に我武者羅に戦った時とは訳が違う。元々の性格が戦闘に向かないキラに気負うなという方が無理だ。

 マリューの横顔が見えるので艦長席の端末を使っているのだろうミスズに言われようとも肩に入り過ぎている力は抜けるはずもなく、それどころか守らねばならないと気負う優しさが重圧だけを増させる。

 

『あなたの役目はあくまで近づくザフトのモビルスーツに対する牽制。敵の気さえ引いていてくれれば殺す覚悟はしなくてもいいわよ』

 

 気負いすぎている自覚のなかったキラは続いたミスズの言葉にタイピングを続けていた手を止めた。

 下げていた顔を上げてモニターに映るミスズの顔を見る。

 

『アークエンジェルがヘリオポリスから脱出するための時間稼ぎ。誰も敵を殺せなんて言ってないでしょ? 逃げ回っているだけ十分。誰もキラ君にそこまでの期待はしていないから』

「…………そしてあの子に人殺しをさせるっていうんですか?」

 

 ギリッと優しげな微笑みで慰めるミスズの言葉から察したキラは奥歯を強く噛み締めて、モニターの向こうにいる女を睨み付ける。

 キラの指摘に、可愛い玩具と思っていた小さな子犬と遊んでいて指先を噛まれたような顔を一瞬したミスズは直ぐに楽しげに笑んだ。

 極限状況に追い込まれながらも少ない言葉から察して見せた洞察力に、コーディネイターの能力を過信した愚か者でないことを知って嗜好の好みからお気に入りにランクアップした瞬間だった。

 

『ユイには殺すな、とは言っていない。それだけよ。あの子は必要と思ったなら躊躇わない。戦うと決めたのに躊躇っているあなたと違ってね』

「ぐっ……」

 

 ミスズの言うことも最もだった。戦うと選択したのはキラ自身。モビルスーツで敵を倒すということは即ち殺すことを意味している。その時間が近づいていくごとに実感していたキラは、ミスズに言い返せなくて喉の奥で唸り声を上げた。

 キラの唸り声に混じって新たな通信が繋がってモニターに映像が映る。

 

『博士、言葉が過ぎます』

 

 キラを擁護するように、モニターに着替える時間も惜しくて私服のままのキラと違ってパイロットスーツを着込んだユイ・アマカワの姿が映し出される。

 モニターの横面を見ればアークエンジェルでは規格が合わなくて全てを手動で装備を着けている別のモビルスーツ――――アストレイ・グリーンフレームがいる。

 

『あら、ユイ。あなたが人を庇うなんて珍しいわね。本当にキラ君と何があったの?』

 

 ミスズの問いにユイが真実を話すのではないかと止めていたタイピングを続けていたキラは内心で戦々恐々としていた。もし、ユイが真実を話したら生き残れたとしてもキラは墓場に直行しかねない。

 

『……………』

 

 キラの恐怖に反してモニターの向こうにいるユイは黙したまま何も語らなかった。

 ブリッジでも同じ映像を見たミスズは本当に嬉しそうな笑みを浮かべていた。キラには分からかったが、ユイがミスズの問いに答えなかったのはこれが初めてだった。何もなかったのなら否定するし、何かあったのなら肯定している。以前のユイはそんな少女だった。

 ミスズを絶対君主のように従っていたユイの沈黙という変化は彼女にとって喜ばしいものだった。

 

『まあ、いいわ。隠しておきたいことなら別に無理してまで聞かないわ』

『…………すみません』

『謝らなくていいわ。私は喜んでいるんだもの』

 

 気まずそうに顔を逸らすユイにミスズは目の前にいれば盛大に可愛がったであろう笑顔をモニターの向こうで浮かべている。

 何時の間にか蚊帳の外に置かれていたキラだったが、顔を逸らしていたユイがこちらを見て目を合わせたような気がして手を止まった。

 人形染みた少女が確かな感情を覗かせてキラを見つめる。

 

『あなたは死なない。誰も殺さない。戦うのは私。あなたは私が守る』

 

 熱意に似た熱い感情を小さく覗かせて通信が途切れた。

 

『あの子があんなことを言うなんてね。普通の女の子みたいな扱いをされたのがそんなに衝撃的だったのかしら』

 

 狐に化かされた狸のような顔で呆けていたキラは、モニターに映るミスズがにやけているのに気づいて慌てた。

 二人とのやり取りでキラの気負いは完全に取れている。女の子に守ると言われて緊張が解けるのも情けないが事実であることは消しようがない。戦って命を賭けるのが一人ではないのはなんとも頼もしい。

 

『ま、防衛が第一目的だから積極的に殺せとも言ってないし、やれるだけやってみなさい。じゃあね』

「待って下さい!」

 

 これ以上は野暮だと思ったのか、それも間違いではない。だが、通信を切ろうとしたミスズをキラは呼び止めた。

 

『なに? 別に娘さんと交際させて下さいって言うなら大歓迎よ。その場合は私も込みだけど』

「いえ、違います。聞きたいことがあるんです」

 

 さり気に恐ろしいことを言ってのけるミスズに戦慄すれど、キラはモルゲンレーテの技術者でナチュラル用のOSの開発に携わっていたらしい彼女にどうしても聞きたいことがあった。

 戦闘の前のこの時期に不謹慎だとは思っている。だが、この戦闘で命を落とすかもしれないキラにはどうしても確認したいことがあった。

 

『内緒の話のようね。ちょっと待って』

 

 言い方からしてミスズ個人に対する問いだと向こうでも判断したようで、モニターの映像が消えてサウンドオンリーになったことを示す映像が出る。

 

『この回線は私個人の物だから、これでブリッジや誰かが聞く心配はないわよ。お姉さんの3サイズが聞きたかったのなら喜んで教えるわよ。上はね――』

「教授は…………工業カレッジのカトウ教授はモルゲンレーテの仕事を手伝っていました」

 

 興奮した様子で言い募ろうとしたミスズの声を遮って、キラはどうしても消えなかった疑念を口にせずにはいられなかった。

 

「カトウ教授はナチュラル用のOSの開発に協力していたんですか?」

 

 真面目な話と分かったミスズが黙ったその隙間を縫うように、疑念の確信を言ってしまった。

 

『………………』

 

 直ぐに返答はなかった。それが良かったのかどうか、それとも直ぐに返答してもらった方が良かったのか、返答を予測できてしまう明晰な頭脳が答えを出すことを拒む。

 サウンドオンリーだからどのような顔を浮かべているのかもキラには分からない。返答を予測させてしまう材料を与える表情が見えないことは幸運なのだろう。

 

『そう言えばキラ君はカトウゼミに所属していたって言ってたわね。ならば、あなたが始めて乗ったモビルスーツの短時間で書き換えれたのかにも納得が言ったわ』

「答えて下さい! 教授は、教授は兵器を作ることに協力していたんですか!」

 

 認めたも同然のミスズの言葉に、キラは明確な返答があるまでは受け入れることは出来なかった。

 だが、どこまでもミスズは透徹とした真実だけをキラに叩き落とす。

 

『ええ、そうよ。カトウ教授はGの開発に協力していたわ。オーブでサイバネティックスの権威である彼が難航しているOS開発に参画されるのは当然の話でしょう?』

「そんな……」

 

 真実にキラは打ちのめされる一方。始めてストライクに乗ってOSを書き換えた時に知ってしまった事実、ストライクのシステムには一目でカトウの物と分かるプログラミングが搭載されていたのだ。

 カトウのプログラミングには癖が強く、良く知らない者には間違っているとすら思われることすらある。この一年間、間近でカトウの仕事を手伝わされてきたキラのような例外を除いて。

 何よりも少ないながらもこの数ヶ月にキラが教授から課題として仕上げて来たプログラムが幾つかが投入されている。この事実からカトウはキラを欺き、利用したのかと考えてしまう。

 キラは解ってしまうから絶望する。カトウがGの開発に関わっていたのだと、そのお蔭で短時間でOSを書き換えれたとしたとしてもだ。

 

『と、いってもカトウ教授も望んでしたことではないわ。彼の性格はあなたの方が良く知っているでしょ?』

 

 コーディネイターであろうとも能力があれば気にしない無頓着さと、人をこき使って憚ることのない強引さ。言葉面だけなら悪い人間のようだが、それを許してしまう人間性と懐の大きさ、なによりも本当に人が傷つけることを絶対にしない人であることをキラも良く知っている。

 そんなカトウ教授だから兵器の開発に関わっていたのだと知ってキラは傷ついた。

 

『本当ならこれは極秘なんだけどGの開発にはね、オーブの五大氏族一つサハク家――――まぁ、知らないならお偉いさんで覚えておきなさい――――が代表首長ウズミ・ナラ・アスハの関与しないところで独自にモルゲンレーテを通じて地球連合軍への技術協力を受け入れたのが始まりなのよ』

 

 キラが聞いてはいけないレベルの領域に話が及んでいるが、今更聞いていない振りも出来ない。先に足を踏み出したのはキラからなのだから。

 

『代々オーブにおいて軍事部門を影で担ってきたサハク家は手段を選ばないわ。計画への参加を断った教授に何をしたと思う?』

「分かりません。何を、したんですか?」

『人質を取ったのよ。人質を殺されたくなかったら計画に参加しろって。そしてその人質とは家族のいないカトウ教授の大切な者、ゼミに所属するあなた達よ』

「そんな!」

 

 認められる話ではない。では、カトウはキラ達を守る為に望みもしない兵器開発の片棒を担がされたというのか。

 

『カトウ教授のゼミにコーディネイターがいて、十分に使えるとは私も聞いたことがあったし、サハク家は当然、教授の優秀な教え子でもあるあなたにも目を付けていたんでしょうね。だけど、教授はあなたが子供で信頼できないとして拒否した。その所為で極秘裏に課題として知らせぬまま手伝わせる羽目になった教授は苦悩していたけど』

 

 伝えなかったのではない。伝えられなかった。国の思惑に対して逆らう個人で出来ることなどあまりにも少ない。カトウ教授は自らの出来る範囲でキラ達を、特にキラを守ろうとしたが完璧には果たせなかった。しかし、それでも教授がキラを守ろうとした事実に変わりはない。

 今もストライクのシステムを見ていてカトウ教授が関わっていたなら気づいて当然の不具合が数えられないほどにある。

 キラが作ったプログラムにしても普通ならば気づかないようなレベルでプログラム間の繋がりを失くしている。これではキラが作ったプログラム自体に意味がない。ストライクが上手く動くはずもない。

 

『カトウ教授はキラ君を守ろうとした。彼なりにね。それは分かってあげて』

 

 ミスズの言葉が引き金だった。キラは流れる涙を抑えることが出来なかった。

 

「教授……っ!」

 

 カトウは守ってくれた。大きな国の意志から、そしてザフトのモビルスーツからも。完全な初見ではキラですらあれほどの短時間でOSを書き換えることは出来ない。カトウの想いにキラ・ヤマトはどこまでも護られていたのだ。

 今もまた同じで、カトウが作り上げたシステムはストライクという鋼となってキラを守ってくれる。こんなにも心強いことはない。

 

「僕、戦います。誰かを傷つける為じゃなくて、誰かを護る為に。きっとカトウ教授もそう望んでくれると思うから」

 

 どこかのシェルターにいるだろうカトウ教授が作り上げたシステムを搭載するストライクを誰かを傷つける為に使うのではなく、友達や知り合ったばかりの人達を護る為に。

 決意を語るとサウンドオンリーの画面の向こうでミスズが微笑んだような気がした。

 

『頑張れ、男の子』

 

 今のキラには最高の激励となる言葉を残して通信は切れた。

 ストライクに乗り込んでからの緊張はどこかへ消えた。恐怖が無くなったわけではない。今のキラならば背負い、受け入れ、呑み込める。

 深く深呼吸してキータッチを再開したキラの肩からは適度な力と、ほど良い緊張が全身を循環している。無駄な気負いもなく、背負いすぎるプレッシャーも感じていない。ムウが今のキラを見れば瞠目したことだろう。

 とてもこれから始めて戦場に向かう新米の顔とは思えないほど、今のキラは落ち着いている。

 心の閊えが取れたのと、ユイの励ましやカトウの思いを知った今ならば誰と戦っても負けない万能感がキラを支配している。錯覚であっても、新米にありがちな戦意の逸りや焦りに突き動かされていないキラの精神状況はアークエンジェルとって数少ない朗報の一つである。

 この少ない時間で出来る最高のセッティングを終えようとしていたキラの耳に再度の通信を告げる音が聞こえた。

 ラストスパートをしてセッティングを終えたキラは顔を上げて付属のキーボードを直しながら通信を繋いだ。

 通信が繋がってモニターに浮かび上がったのはミスズではない。人手が足りないので管制官をすることになったナタル・バジルール少尉だった。

 ナタルは落ち着いて真っ直ぐと見て来るキラに驚いたような表情を浮かべた。

 

『キラ・ヤマト…………行けるか?』

 

 声の端々に心配を覗かせたナタルに医務室で見せた優しい面が被ってキラは自然に微笑んでいた。

 

「行けます」

 

 ハッキリとした声で表明したキラにモニターの向こうで奇妙な目を向けたナタルは先に通信を繋いでなにやら話していたミスズが何かしたのだろうと、自分を納得させて戦える精神状態になっているなら敢えて気にしないことにした。

 

『…………なら、いい。装備はコロニーを傷つける可能性の低いソードストライクで行ってもらう』

「ソードストライカー…………剣か。分かりました」

 

 システム内を検索してストライカーパックの一つであるソードの項目から、使用する武器がアグニのような遠距離の砲撃戦に特化したストライカーパックではなく、敵艦船に接近して斬撃を加えるための対艦刀「シュベルトゲベール」を用いる近接格闘戦用に開発されたストライカーパックであることに胸を撫で下ろした。

 対艦刀ならば外壁を切り裂いてしまう危険があるが、それこそ攻撃を放つ位置にさえ気をつければコロニーを傷つける心配はない。

 機械によって自動で接続される左肩部の武装を見てホッと肩に入っていた力を抜く。 

 

『君は本来は民間人で戦闘の義務はない。戦わせるのは我ら軍人だ。恨んでくれて構わない』

 

 不器用と分かるナタルの言いように、守る人たちの姿を思い浮かべながらボタンを押してフェイズシフト装甲を展開させ、ストライクを鉛色から色鮮やかなトリコロールに変化させる。

 

「戦うと決めたのは僕です。恨みなんてしません。だからそんなに気にしないで下さい」

 

 ストライクを操作させてカタパルトに足を乗せる。

 

『すまない。頼む』

 

 実直と思っていたナタルが画面の中で頭を下げて頼んでくるのをキラは黙って受け入れた。

 

『武運を祈る。必ず生きて帰れ。ストライク、発進どうぞっ!』 

 

 ナタルの言葉の直後、発進シークエンスが終了してカタパルトデッキが開いて何時でもストライクは出撃できる状態になった。

 一息、息を吸い込んで最後に唾を飲み込んで覚悟を決める。

 キラは不思議だった。連合やオーブの技術者達はストライクの事をGと呼ぶ。最初にストライクに乗った時にOSの立ち上げ画面で太字だった部分の頭文字から取って略称としているのだろうと深読みしたキラは、太字の部分を縦読みしてガンダムと呼んだ。そして機体名がストライクと聞いてから両者は繋げて読むものだと勘違いした。

 

「キラ・ヤマト! ストライクガンダム行きます!」

 

 アークエンジェルからキラの乗る機体が壊滅間近のヘリオポリスの空へと飛び出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ヴェサリウスのブリッジは困惑の空気に包まれていた。その原因は赤を着る資格があるとされる人間にあった。

 

「アデス艦長! 私も出撃させて下さい!」

 

 ミゲルやオロール、マシューが出撃した直後の緊迫していた空気をぶち壊したアスラン・ザラに、艦長席に座るフレドリック・アデスはうんざりとした顔を向ける。

 

「アスラン、今回は譲れと何度も言っている。ミゲル達の悔しさも君に引けは取らん。そもそも君には機体がないだろ」

「ですが!」

 

 尚も食い下がって来るアスランに、アデスは何度目かのやり取りかを考えて頭が痛くなって止めた。

 個人としては今いる赤の中では気分屋や横柄、小心者にお調子者と扱い難い者が揃う中にあってアスランは最も軍人として扱いやすい存在だった。命令に逆らうことはなく、解らないことが素直に聞きに来る姿勢に好感も持っている。なのにこの件に関してアスランは頑なに出撃させろの一点張りだった。

 クルーゼにコロニー内でD装備を止めるように上伸したのも彼の軍に入った経緯を知っているだけに納得もする。だが、ここまで出撃に拘るのは何故かと訝しく思いもする。

 

「艦長!」

 

 諦めを知らないように懇願してくるアスランから顔を背けて、こういう時には頼りにならないクルーではなく助けを求めてクルーゼを見たアデスは盛大な嫌な予感がした。

 クルーゼがアデスの背中に鳥肌を立てさせる嫌な笑みを浮かべていたからだ。こういう表情を浮かべている時は碌な事をしないと今までの経験が言っていた。

 

「いいだろう。アスラン、君の出撃を認めよう」

「隊長!?」

 

 あっさりとアスランの申し出を認めたクルーゼに、勘が当たってしまったことに「ガッデム!」と叫び出したい気分で金髪の美丈夫を見た。

 

「奪取した機体のデータの吸い出しは終わっている。地球軍のモビルスーツ同士の闘いというのも、かえって面白いかもしれん。行きたまえ、アスラン」

「ありがとうございます!」

 

 クルーゼの許しに頭を深く下げてモビルスーツデッキに向かったアスランがブリッジを去った後、彼の背中を楽しげに見送るクルーゼとは裏腹に艦長席に肩を深く落として座るアデスは深々と長い溜息を吐いた。

 苦労性だな、とアデスをチラ見したヴェサリウスのブリッジクルーは思った。クルーゼの副官になってから制帽の下の髪の毛が少なってきていることをクルーは良く知っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ストライクに続いてアストレイ・グリーンフレームが飛び出した直後のアークエンジェルのブリッジに警報音が鳴り響いた。

 ビー、ビー、と不快に感じる音が示すのは敵の接近。ソナーに映る熱源からコンピューターが自動でデータに適合する機種を割り出す。

 

「接近する熱源1。熱紋パターン、ジンです!」

 

 数少ない正規クルーで埋め尽くされたアークエンジェルのブリッジ中に索敵席に座るジャッキー・トノムラ伍長の叫びが木霊する。ザフトは編隊で襲ってくるかと思っていたので、それが一機と分かったブリッジの空気は僅かに弛緩した。

 トノムラの叫びが良く聞こえるCICの席に座るムウ・ラ・フラガの前のモニターには、更に詳細なデータがこちらに接近してくる1機のジンの姿と共に映し出されていた。

 オレンジ色のジンがザフトではD装備と呼称されているゴテゴテとした大きな武装を持たずに、普通のジンが持つ重斬刀や重突撃機銃しか持っていないように見えた。しかし、右肩部には髑髏と骨のパーソナルマーク、左肩部と左脚部には「DEFROCK」というロゴまで書いてあるのを見て取ったムウは盛大に顔を引き攣らせた。

 

「あれは黄昏の魔弾のカスタムジンじゃあねえか! なんであの野郎がこんな所にいやがる!?」

 

 L4にあった地球連合東アジア共和国領の資源衛星「新星」がザフトに奪取され、自軍の防衛用軍事衛星として改装しつつL5まで移送中に何度目かの奪還を試みた地球連合軍の中にムウの姿もあった。

 その時に交戦したザフトの護衛艦隊の中に「黄昏の魔弾」と呼び称されていたミゲル・アイマンがいた。

 あの派手なカラーリングのジンと戦ったムウは結局、撃墜することは叶わなかった。それどころか危うく自分が墜とされる場面も何度かあった。

 ムウが万全の状態で戦って勝てるかどうか分からない相手。流石にクルーゼには劣るようだが腕は間違いなくザフトでもトップクラス。

 黄昏の魔弾の名は地球連合の中でも有名だ。どれだけの猛者達が名を挙げる為に挑んで破れてきたか。単機で万軍にも等しいエースの出現に弛緩していたブリッジの空気が絶望に染まった直後、コロニーを激しい爆音が揺さぶった。

 コロニーの空を現していたミラー部分に新しい穴が空き、そこから二機のジンが侵入してくる。

 

「タンネンバウム地区から更に部隊が侵入!」

 

 モニターで大型のミサイルランチャーや特火重粒子砲を装備したジンを見たムウは盛大に舌打ちをした。

 ザフトの代名詞とも言えるジンの武装についての知識は地球連合に所属している軍人ならば誰もが熟知している。

 ムウの場合は実戦で何度も戦ってきた相手だ。大昔の言葉で「彼を知り己を知れば百戦殆うからず」などと言うが知識不足は死を意味する。敵の武装や情報を知っているか否かで自らの生死が左右されるともなれば必死に覚えもする。

 

「なんてこったい! 拠点攻撃用の、重爆撃装備だぞ! あんなもんをここで使う気かっ!?」

 

 まだ目視できる距離ではないのでCICほどには詳細な情報を得ていなかったブリッジの面々が息を呑んだ。

 

「オレンジのジンがストライクに向かっています!」

 

 トノムラに言われなくても他のジンがアークエンジェルに向かうの対して、カスタムジンが一直線にストライクだけを標的に定めていることが分かる。

 

「ちっ! ストライクを標的にしやがったなあの野郎!」

 

 新型を最初に墜とすのは兵器乗りにとっては最高の名誉だ。ムウは黄昏の魔弾が功名に逸るには動きに敵意が出過ぎていることに奇妙な感じを抱きつつも、ストライクの管制官を務めるナタルがいる席を振り返って叫ぶ。

 

「相手はエースだ! 下手な攻撃をするよりも回避と防御に専念しろって坊主に伝えろ!」

「了解!」

 

 ナタルも黄昏の魔弾にどれだけの味方が殺されてきたかを良く知っているので、ナタルもムウの意見に反対することなくインカムに手をやった。

 

『こちらアークエンジェル。聞こえるか、キラ・ヤマト』

「はい、聞こえます」

 

 背後を航行するアークエンジェルの距離に注意しながらストライクに乗ってヘリオポリスの空を飛ぶキラは、無線から聞こえて来るナタルの声を耳に入れながらも視線はモニターに映る三機のジンに釘付けになっていた。

 

『オレンジ色のジンがそっちへ向かっている。普通のジンとは違う。注意せよ』

「注意しろったって」

 

 耳に聞こえてくるのは忙しない自分の呼吸音と敵機の接近を示すアラートばかりだ。

 ナタルの身にもならない警告に出来たのはストライクにソードパックのメイン武器である対艦刀「シュベルトゲベール」を構えさせることだけだった。

 

『乗っているのはザフトのエースパイロットだ。攻撃は当たらないと思った方がいい。回避と防御に集中しろ』

「エース? 取りあえず強いってことか」

 

 軍人ではないキラにエースパイロットと言われても具体的な強さは想像できない。

 いきなり乗ったモビルスーツでジンを撃退出来たことから、実は同じモビルスーツに対してザフトは強くないのではないかと心の片隅で思っていたキラの思考の隙を突くように一直線にカスタムジンが迫る。

 

「速い!?」

 

 別方向から普通のジン二機と合流したカスタムジンは装備の重量差があるとしてもキラの想像外の速さで重斬刀を振りかぶって向かってくる。

 円形のコロニーは回転することで地表部分に重力を発生させている。つまり、中心部には重力はあってないようなもので、例えるなら月の表面にいるような弱い重力化にある。中心部に近いところにいて重力が限りなく無いエリアにいたストライクをキラは上昇させた。その一瞬後にカスタムジンがストライクの眼下を通過していく。

 カスタムジンに乗るミゲル・アイマンは仇敵に認定したストライクの機敏な動作に獰猛な笑みを浮かべた。敵は強ければ強いほどいい。その敵を倒した後に来る高揚感は何にも勝ると知っていたから。

 

「背中ががら空きだ!」

 

 ミゲルは機体を操作させて反転し、無防備にも背中を見せるストライクの背中に向かって重突撃機銃を撃つ。

 これに反応したストライクが振り返るも回避は出来ない。シュベルトゲベールの刀身の先を下にしてを盾にして銃弾を防ごうとする。

 

「対艦刀を盾にしようが銃弾を全て防げるものかよ!」

 

 ミゲルの言う通り、シュベルトゲベールであってもストライクの全身を隠すことは出来ない。全身をくまなく狙われた銃弾が次々と装甲に着弾する。

 防御に集中していたキラは接近警報にハッと顔を上げた。

 目の前には重斬刀を振りかぶっているカスタムジンの姿があった。

 

「うわぁっ!?」

 

 恐怖に突き動かされて無我夢中でストライクを操作する。

 盾にしていたシュベルトゲベールの刀身の先を足で蹴り上げて振り上げさせる。

 真下から突然襲い掛かって来る対艦刀に、しかしミゲルは焦ることなくカスタムジンを動かし続ける。大上段から振り下ろそうとしていた重斬刀の軌道を変化させて耐艦刀を迎え撃つ。

 下から掬い上げるようなストライクのシュベルトゲベール。上から振り下ろされるカスタムジンの重斬刀。

 勝ったのはストライクのシュベルトゲベールだった。

 

「やはりGの性能は俺のカスタムジンも上回るか!」

 

 不利な体勢であったストライクよりも万全だったカスタムジンが指し示すのは単純な機体性能の差。弾き飛ばされたカスタムジンのコクピットの中でミゲルは機体性能の差を実感せずにはいられなかった。

 

「だが、機体の性能の差が戦力の絶対の差だとは思うな!」

 

 まだストライクはシュベルトゲベールを振り上げた動作から次へと移っていない。スラスターを7割で吹かして弾き飛ばされた機体を上下に反転させて振り返りながら重斬刀を振るう。

 がら空きの腰部に重斬刀が楽々と当たった。

 フェイズシフト装甲を展開しているストライクに重斬刀は利かない。だが、斬撃の衝撃までは完全に殺してはくれず、ストライクのコクピットを激震が襲った。

 

「ぐぅぅぅぅっ!」 

 

 横向きにストライクが弾き出され、コクピットにいるキラも咄嗟に目を瞑って襲ってくる激震に耐える。

 

「隙を見せた!」

 

 弾き飛ばされるに任せるストライクをカスタムジンが足蹴りにする。

 ストライクが蹴られた腹部を中心としてくの字に折れ、コクピットにいるキラを今度は前と後ろに激震する衝撃が襲う。横だけではなく前後の衝撃に強く握っていた操縦桿が汗で滑って手が外れ、体が前に投げ出される。

 

「わぁあああっ!?」

 

 もう少しでコンソールにぶつかるというところで装着していたシートベルトが役目を果たして引き止める。が、今度待っていたのは反動でシートに背中を強打する結果だった。

 コーディネイターといえども体の構造は変わらない。強かに背中を強打して息が肺から一気に抜け出す。一瞬だけ意識が遠退きかけた。しかし、キラの苦難は終わっていない。続く前後の衝撃に踏ん張りというストッパーを失くしたキラの体は何度も前後する。

 ようやく衝撃が弱まって、キラが這う這うの体で操縦桿を握った時には再び機体を激震が襲う。

 

「ああっ!?」

 

 避けるどころか防御すらする暇もなくジンの重突撃機銃がストライクを次々と叩く。

 キラがバーニアを全力で吹かして回避動作を取るも、カスタムジンはまるでストライクが動く方向を知っているかのように蛇の如く追いかけて来る。

 

「どうして僕の避ける方向が分かるの!?」

「経験が違うんだよ経験が!」

 

 どれだけモビルスーツが扱えようと戦闘の素人であるキラの動きは開戦時からのモビルスーツパイロットであるミゲルには丸分かりだった。

 キラは回避に必死になり過ぎてアークエンジェルことが意識の外にいっていることにも気がつかない。

 

「フェイズシフト装甲を持っていようが無敵じゃないんだ。何時かは限界が来るだろ」

 

 物理兵器しか装備していないカスタムジンでは物理攻撃をほぼ無効化してしまうフェイズシフト装甲を持つストライクに損傷を与えることが出来ない。だが、フェイズシフト装甲も無敵ではない。展開し続けるには電力を消費する。言い換えれば電力が無くなれば装甲を展開できなくなる。

 そのことをイージスの調整を行っていたアスラン・ザラから聞いていたミゲルは、敢えてストライクに有効なザフト側のビーム火器である特火重粒子砲を持ってこなかった。

 特火重粒子砲は大口径の割にGよりも威力が低く、大きさに比例して取り回しも悪い。機動力でもジンを上回るストライクを相手にするにはデッドウェイトにしかならないと考えたのだ。

 

「そして……」

 

 我武者羅な機動で逃げ回るストライクを必要最低限の動きで追尾することで機体性能の差を埋めて超えていくミゲルの脳裏に、アスランに見せてもらったイージスのデータが浮かび上がる。

 カスタムジンの上方へと逃げていくストライクに向けて重突撃機銃の弾道を計算して撃ち放ち、今まで抑えていたスラスターのパワーを全開にして先回りする。

 点と点が繋がり、ミゲルが張った罠に追い込まれたストライクが自ら飛びこんでくる。

 

「俺は知っているぞ」

 

 先回りされたことに気づいたストライクがシュベルトゲベールを突き出してくるが、ミゲルからすれば機体性能に頼った攻撃は狙いが甘く避けることは容易かった。

 機体を開いて天を仰ぐように切っ先をやり過ごし、あまりにも極間近過ぎて胸の塗装を削り取りながら外れていく。

 右から左に流れていく対艦刀を冷静な目で見たミゲルは、カスタムジンの右腕をストライクの人間でいえば肘関節に当たる部分に突き上げた。

 

「関節の駆動部まではフェイズシフト装甲じゃないってな!」

 

 突き上がった重斬刀がシュベルトゲベールを持つストライクの右手の肘を貫いた。

 重斬刀はフェイズシフト装甲では覆えない弱点である関節の駆動部を正確に射抜いていた。互いに動き回っている中で正確に一点を突くミゲルの妙技である。

 フェイズシフト装甲に絶対の信頼を置いていたキラにとって、ストライクの右手の肘に重斬刀が突き刺さり、そのまま切り払われて肘先が落とされる光景は晴天の霹靂であった。

 

「そんな!? フェイズシフト装甲なのにどうしてっ!?」

 

 シュベルトゲベールは両手で握っていたので無事な左のお蔭で折角の武器を落とすことはなかったが、両手で握って始めて振り回せる大きさの対艦刀なのに片手を失ってしまえば威力も速度も急激に落ちる。

 左手だけでシュベルトゲベールを振っても既にカスタムジンは離脱している。

 

「こんなに何もさせてくれないなんて、これがエースパイロットの実力なの?」

 

 機体性能では勝っているはずなのに圧倒される。ザフトのエースパイロットの名は伊達ではないのだとキラは流れ落ちる滝のような汗と共に悟る。

 

「片手じゃ他の武器は使えない。対艦刀を捨てる? いや、駄目だ。どうする? どうする!?」

 

 片手を失ってしまったので武装もシュベルトゲベールに限定されてしまった。ビームブーメラン「マイダスメッサー」やロケットアンカー「パンツァーアイゼン」を使うにはシュベルトゲベールを廃棄するか、背中にマウントしなければならない。

 唯一の接近戦用の武器である耐艦刀を手放せるはずもない。キラは手をこまねいていた。

 

「…………おかしい」

 

 追撃をかけてくると思ったのでストライクから距離を離して回避動作を取っていたミゲルは違和感を感じていた。

 次の選択を決めかねているように動こうとしないストライク。見る限り、遠距離攻撃オプションの武装を持っているとは思えないので近接近型の武装なのだろうとは分かるが、行動がイマイチ鈍く戦うことに慣れている軍人の所作とはとても思えなかった。

 

「まさか素人…………いや、そんなはずはない。軍人でなきゃ戦えるはずがないだろ」

 

 ミゲルは自問自答する。

 

「反応だけは良い。咄嗟の機転も悪くない」

 

 先の戦いの中でもコーディネイターであるミゲルを超えるほどの反応速度を見せている。

 脳裏にブリーフィングでのクルーゼの言葉がリフレインする。

 

『オリジナルのOSについては君らも既に知っての通りだ。なのに何故、この機体だけがこんなに動けるのかは分からん』

 

 どうしてナチュラルがモビルスーツを扱えるのか、ブリーフィングに疑問には思った。その答えは極間近にあることにミゲルは今更ながらに気がついた。

 

「もしかしてストライクに乗っているのはコーディネイターなのか?」

 

 ゆっくりと恐れるように呟いた。最初に動きが悪かったのに見違えたのもOSを戦闘中に書き換えたから、ナチュラルが乗っているよりかはよほど信用に値する推測だった。

 ちぐはぐだという思いを胸の中に押し留めたミゲルは、だが敵は敵だという思いを新たにする。

 

「関係ない。敵は倒す。それが誰であろうとだ」

 

 敵を倒す。その思いだけがミゲルを支配していた。

 ミゲルは故郷に母と弟がおり、民間人である彼が軍に入った理由は、年の離れた病気の弟の治療費を稼ぐためだった。治療費は稼ぎ終え、弟は治療の真っ最中なのだ。

 

「ユニウスセブンに核を撃った野蛮なナチュラル共にとって作られたモビルスーツ。貴様の存在は後々の禍根になる。ここでこの俺、ミゲル・アイマンが墜とさせてもらう!」

 

 右手に重斬刀、左手に重突撃機銃を持ち、ミゲル・アイマンは戦い続ける。その道の先にこそ家族が安住に過ごせる世界があると信じて。

 

「このままじゃ……っ!」

 

 カスタムジンから発散されている敵意の塊に気圧されているキラは、もはやアークエンジェルのことも頭から抜け落ちた頭で必死にストライクを操作して機体を動かす。

 迎撃など考えてはいない。一目散に追って来るカスタムジンから逃げ続ける。しかし、戦闘経験値が違いすぎる。

 

「逃げてばかりで!!」

 

 キラの動きは完全に見切られ、進行方向に銃撃が走って足を止めさせられる。

 背後に近づくカスタムジンにキラはストライクを向い合せてシュベルトゲベールを構えさせるしかない。

 

「覚悟を決めたか!!」

 

 ミゲルが言うような覚悟などキラは定めていない。追い込まれた獲物が希望を託して最後の反抗をするようなものだ。

 シュベルトゲベールを持ち上げて、自画自賛するほどの完璧なタイミングでカスタムジンに向けて振り下ろす。ビーム刃の部分で切り裂ければ確実に倒せる。

 未知の兵装といえど、ビームらしき物を刀身に展開していてミゲルが警戒しないはずがない。横殴りに振られた重斬刀に刀身の峰を強打されて弾かれる。

 対艦刀を外に弾かれて体が開かせられた。ストライクは背後に下がりながら頭部バルカンのイーゲルシュテルンを放って距離を稼ごうとする。

 

「やるじゃないか、ええ! だがその手はもう知ってる!」

 

 今まさにイーゲルシュテルンを放とうとしているストライクの顔の前にはカスタムジンが持つ重突撃機銃があった。

 全弾フルバースト。ズガガガガガガ、と頭部を押されてストライクが仰け反った。

 天を仰いだストライクの顔は酷いものだった。頭部にあるメインカメラは破壊され、アンテナも右側が二本とも折れている。特徴的なツインアイも右側が潰れ、特徴的なフェイスマスクにも穴が開いていた。

 全弾フルバーストにも関わらずたったそれだけの損傷に留まっているが流石に無防備を晒すストライク。当然、ミゲルがこの隙を見逃すはずがない。

 歴戦の戦士しての勘で、この一撃が決まればストライクに乗っているパイロットの心が折れて勝敗は決すると悟った。

 

「これで終わりだぁ!!」

 

 脆くなっている頭部に向けて大上段に掲げた重斬刀を振り下ろす。

 もう少しで貫くかというところで、コクピットに走ったロックオン警報に咄嗟にミゲルは機体に回避行動を取らせていた。

 直後、先程までカスタムジンがいた場所に走る緑色の閃光、ビームだ。

 

「なんだっ!?」

 

 ミゲルが見た時にはストライクはまだ体勢を立て直している直後で、そもそも放たれた方向が違う。

 距離を開けて発射源を辿ったミゲルはもう一つの目標である戦艦が大分離れた位置にまで移動していることにようやく気がついた。船体にも殆ど損傷も負わずに。

 

「マシューとオロールは何をやっている!」

 

 機体性能に頼りきりで戦い方も知らないストライクは何時でも料理できると確信したミゲルは、未だに味方が戦艦に取り付けていないのかと憤ってD装備を身に着けた二人の機体に通信を繋ぐ。電波干渉をしていてもこの距離ならば問題はない。

 

「二人とも何をちんたらとやっている。さっさと取り付けないのか!」

『やっている!』

『Gに似たモビルスーツが厄介で取りつけていないんだ!』

 

 ミゲルの叫びに返ってきたのは、焦りと焦燥に満ちたオロールとマシューの叫びだった。

 

「クルーゼ隊長の報告にあったシグーの脚を撃ち抜いたモビルスーツか」

 

 見ている中でも新造戦艦に接近したマシュー機が脚部外側にある円形状ハードポイントに装着される3連装ミサイルポッド「3連装短距離誘導弾発射筒」を発射するがGに似たモビルスーツは機敏な動きで、ミゲルをして見事と言わざるをえないほどに三発全てをビームライフルで撃ち落とした。

 

『さっきからこの調子で邪魔ばかりをしてくる! 突破できない!』

 

 邪魔ばかりをするモビルスーツを先に落とそうと考えたのか、オロール機が特火重粒子砲を向けて躊躇いなく撃った。

 自らを狙うビームにも件のモビルスーツは機敏に反応して手に持つシールドを構えた。

 ビームが着弾。大きな閃光を発するもシールドを撃ち抜けていない。

 シールドをどけたモビルスーツがビームライフルを構えてオロール機に向けて撃った。

 攻撃を放った直後に移動していたオロールは見事に避ける。が、一射と思われたビームは二射されていた。右足を撃ち抜き、片足を失ったオロール機がバランスを崩す。

 

「ぬぅ」

 

 あまりの速さに唸ったミゲルですら反応できるか怪しい早撃ちである。

 止めを刺すようにビームライフルを撃ちかけたモビルスーツは、マシュー機が新造戦艦に向けて短距離誘導弾発射筒――――ミサイルランチャーを撃ったのを見て標的を変えた。

 新造戦艦に当たる前にモビルスーツから放たれたビームライフルがミサイルに当たってコロニーの空に爆発の花を咲かせる。

 

『ミゲルもそっちに構ってないでこっちを手伝え! あのモビルスーツのパイロットは間違いなくエース級だ! 俺達じゃ手に余る!』

「プライドの高いお前がそこまで言うかマシュー。だが、そうだ。奴の相手は俺でなくては無理だ」

 

 もしくは隊長のクルーゼか、とマシューに続きを言わなかったミゲルの背中に寒気が走った。

 悪寒に従って機体を動かすと直前にまでいた場所にビームの光が走る。

 望遠されたモニターを見れば、件のモビルスーツ――――アストレイがビームライフルの銃口をカスタムジンに向けていた。

 

「ロックオンもせずにこの精度だと……!? こいつ、出来る!」

 

 しかもオロールとマシューを相手にしながらミゲルの位置も認識している。信じられない攻撃範囲である。

 新星作戦で交戦したエンデュミオンの鷹と先の戦闘でカスタムジンに損傷を負わせたサーペントール以外にはない敵に抱いた戦慄だった。味方には自分を凌駕する乗り手はいるが敵に戦慄したのはまだ3度目である。

 当のアストレイのコクピットでミゲルの戦慄など知ったものかと言わんばかりに平静な顔でいるユイ・アマカワはストライクに通信を繋いた。

 

「下がって」

 

 ユイは他人と話すのが苦手だ。だから、何時ものように端的な言葉で意志を表現する。

 

『でも……!』

「アークエンジェルから離れすぎ」

 

 抗弁しかけたキラの姿を見ることなく、その目は茫洋とした視線でモニター全体を見渡して敵の姿を捉え続ける。

 フェイズシフト装甲をコクピット周りにしか持たないアストレイ・グリーンフレームは、ストライクよりもエネルギー効率は良いといってもビームを使い続ければいずれエネルギーが尽きる。

 エネルギー残量を計算しながら、節約の為にイーゲルシュテルンで近づこうとしている右足を失ったジンを牽制する。

 

『分か、った』

「それでいい」

 

 モニターに微かに映るほど離れているストライクが転身したのを見て取ったユイは、ジン二機から意識を外さないまま知覚領域を更に広げる。

 

「アークエンジェル。こちらアストレイ・グリーンフレーム、応答せよ」

 

 視界の中でストライクがオレンジ色のジンを引き連れて来るのを見ながら、アークエンジェルのブリッジにも通信を繋いだ。

 

 

 

 

 

 オーブの戦艦を元にしたとはいえ、新造戦艦であるアークエンジェルはGと同じく新機軸の技術を次々に継ぎ込んでいる。Gと同じくアークエンジェルの航行システムもまた本格的に動かした今回になって幾つも異常が出てきた。

 オーブの技術者であるミスズがいたのも異常が出た場合に備えてのこと。でなければ技術者といっても一応は民間人の括りにある彼女が戦闘中のブリッジに入れるはずもない。

 ミスズが持ち込んだパソコンを直結してシステムの異常を直しているアークエンジェルは飛ぶだけの棺桶になっているはずだった。なのに、ブリッジの空気は緊張感に包まれていても今にも死にそうな切迫感はない。限りなくエース級に近い二機のジンの猛攻から護る守り人がいるからだ。

 敵の猛攻に曝されているのにすることもなくCIC席で戦いを見ていたムウ・ラ・フラガは今にも口笛を吹きそうな顔でモニターを見ていた。

 

「あの子、凄ぇな。なんて当て勘だ」

「当て勘?」

 

 唸るような声に振り返ったナタルには分からない単語がムウから出た。

 

「信じられるか? あのユイって子はロックオンもせずに勘だけで撃って黄昏の魔弾を墜としかけたんだ。どうやったらあんなことが出来るのか聞いてみたいもんだ」

 

 装甲が薄いMA乗りは敵の接近やロックオンをされたら回避を選択する。メビウス・ゼロを乗機としているムウだからこそ、ユイがした行為は心胆を冷やさせられた。

 ナチュラルと言われても容易には信じられないセンスを見せるユイに、彼女の母親であるミスズが座り込んで膝の上にノートパソコンを置いて超絶のキーボードタッチでシステムを直している所に視線が集まる。

 ストライクのOSを書き換えたキラ以上のスピードを見せるミスズに艦長席の座るマリューが引いてたりもするが。

 

「ユイの射撃センスは天性のものよ。生身でも凄いわよ。何キロか先に飛んでた鳥を普通の拳銃で撃ち落とした時は流石に引いたわ。どうして当てられるのかって聞いても、なんとくって言うし」

「いるもんだよな、天才って奴は」

「フラガ大尉が言わないで下さい」

「は?」

「理解してないのですか」

 

 パソコンに視線を下ろしながらのミスズの発言に、本来ならばMAでMSを撃ち落とせないのが常識の中で逆に単機で五機のMSを墜としているムウが感心しても嫌味にしかならない。マリューが思わず突っ込んでしまったが、ムウは意味が分からないといった顔をするだけで理解している様子は見受けられない。思わずナタルも呆れてしまった。

 頭が痛くなってきたマリューは身近なところだけを見ていてはいけないことを知っている。前進を続けるアークエンジェルの遥か後方で戦っているキラのことが気になった。

 

「ストライクは?」

「あんまり状況は宜しくない。黄昏の魔弾に押されっぱなしだ」

 

 答えたムウの発言の直後、ピーピーとナタルの席から呼び出し音が聞こえて振り返った。

 ユイが乗るアストレイ・グリーンフレームから通信が繋がって、管制官の席に座っているナタルは思わず機体になにか異常があったのかと考えた。機体に異常が起きても仕方がないほどにユイが乗るグリーンフレームは獅子奮迅の活躍をしていたからだ。

 グリーンフレームが戦えなくなればアークエンジェルは攻撃を受けざるをえない。震える指で通信を繋いだ。

 

『アークエンジェル。こちらアストレイ・グリーンフレーム、応答せよ。異常は直りましたか?』

「終わったわ。これで戦えるわよ」

 

 ナタルは通信を繋いだ直後に続いた冷静そのもの声に肩透かしをくらい、まるでタイミングを合わせたようにミスズがノートパソコンを手に立ち上がったのを見て眉間の奥に頭痛を感じた。

 

『では、ストライクとポジションをチェンジします。このままでは墜とされます』

「少し待て、艦長……」

 

 アークエンジェルを優先するならばこのままのポジションで戦えば無事にヘリオポリスを脱出できる。が、その場合は恐らくカスタムジンによってストライクは墜とされるだろう。どちらを優先するべきか判断を決めかねたナタルはインカムを抑えながら艦長のマリューを見た。

 CICのムウが気を利かして正面モニターに戦闘を続けるストライクが映し出された。

 

「ストライクが……」

 

 思わずマリューが絶句するほどストライクの現状は右肘から先を失い、頭部部分も破損が目立つと酷いものだった。

 

「やはり民間人の少年を乗せるべきではなかったんです!」

「坊主は良くやってる。他の誰が乗ってたとしたらとっくの昔に墜とされてるよ、勿論俺でもな」

 

 新型機動兵器の惨状にナタルが憤慨したがムウの言う通りだった。拡大されたモニターの中で逃げ回っているストライクの動きは、今のアークエンジェルの乗組員では誰も出来ないものだ。MA乗りのムウにだって、動かせるように大幅にランクダウンさせたOSのストライクでは的にしかならないだろう。

 

「バジルール少尉、ユイさんにストライクとポジションを代わるように伝えて。フラガ大尉、艦の防衛を任せます」

「…………了解」

「よし、照準をマニュアルでこっちに寄こせ。本職の腕を見せてやるぜ」

 

 マリューの決定に納得がいっていなさそうなナタルであったがストライクに乗る民間人を護る為に了承し、やる気を見せるムウは隣に座るロメロ・パルに言った。

 

 

 

 

 

 戦艦の方に向けて逃げるストライクを追うカスタムジンのパイロットであるミゲル・アイマンは、戦場の流れが変わってきていることに気づいた。

 

「Gの紛い物が厄介だ。しかし、ストライクは捨て置けない。どうする?」

 

 背後から重突撃機銃を撃たれて機構上、フェイズシフト装甲ではないバーニアを壊されるのを嫌ったストライクが上下左右に機体を振りながら逃げるのを稚拙と思いながら追うミゲルは自らに問いかけた。

 Gの紛い物の狙いがストライクとポジションを交換して自分と戦おうとしていることは察しがついていた。状況を考えれば悪い選択肢ではない。それに任務を優先すらならばこのまま戦艦に近づいていくことも悪い事ではない。Gの紛い物を先に墜とし、ストライクも同様にしてから戦艦の相手をする選択も間違いではない。

 

「決まっている。俺は俺の誇りを穢したストライクを墜とすと決めた。紛い物は後だ」

 

 操縦桿のグリップをギリッと音を立てるほど強く握り締めながら獰猛に笑う。

 ユイやアークエンジェルの誤算があるとしたらそこにあった。戦艦に近づこうとして果たせずに中途半端な距離にいるジン二機とアークエンジェルを背後に護るグリーンフレームの間にストライクが入った。少し遅れてカスタムジンも突入する。

 

「オロール、マシュー! お前達はそいつを引きつけておけ! 俺は先にこいつを墜とす!」

『ミゲル!』

『作戦と違うぞ!』

「うるさい! 誇りを穢されたままで我慢出来るものか!」

 

 繋いでいた通信を一方的に叫んで切り、カスタムジンは妄執にも似た殺意を纏って走り抜けたストライクを追っていく。

 中間を走り抜けていったカスタムジンに始めグリーンフレームは焦りにも似た動揺を垣間見せた。それはコクピットにいるユイが見せた焦りだった。

 

「離れます!」

 

 留まるか、離れるか。ユイの決断は早かった。

 アークエンジェルに一言だけ叫んで、カスタムジンを追ってその場を離れた。

 そして戦艦の守護者だったグリーンフレームが自分からその場を離れたことに、戦っていたジン二機のパイロットの方が困惑した。だが、直ぐに今がチャンスであることにも気がつく。

 

『行くぞ、オロール!』

『応さ!』

 

 だが、二人が行動に移すのは遅すぎた。ミスズが異常を直したアークエンジェルの行動は拙速だった。元よりストライクと共にジン二機の相手をするつもりだったアークエンジェルは敵機を攻撃するための準備を終えていたのだ。

 ジン二機のパイロットが困惑から脱した時には既にアークエンジェルの主砲である艦首両舷に1基ずつ装備されている2連装のビーム砲「ゴットフリートMk.71」の照準が合わされていた。離れた距離にいる二機に、右舷と左舷で分けて照準が合わせられていた。ジン二機のコクピットにロックオン警報が鳴り響く。

 模擬戦でも戦績は五分五分でオロールとマシューにモビルスーツ乗りとしての腕に差はない。

 二人に差を分けるとすれば乗っている機体にある。乗っている機体は両機ともノーマルのジン、兵装も同じD装備。OSも個人のセッティングの違いはあれど、それを込みでの模擬戦の戦績だ。二人の生死を分けたのは、機体の一部を損傷していたかの一点につきた。

 ロックオン警報に反応して同時に離脱しかけたのに、オロール機だけがマシューよりも2テンポは遅れた。それはグリーンフレームによって右足を撃ち抜かれたことによる悪影響だった。

 最大にバーニアを吹かしたことで機体のバランスを一瞬だけ崩して、持ち直した時には全てが遅い。茶髪のオールバックをヘルメットに押し込めたオロールは、死の直前に集中力が劇的に高まって目の前に迫るゴットフリートを笑い泣きのような表情で見つめることしか出来なかった。

 

「あ……」

 

 オロール・クーデンベルグは末期に何も言い残せず、コクピット部分を撃ち抜かれてこの世に肉体の欠片すらも残さず消滅した。

 

「オロール!?」

 

 先に離脱していたマシューはオロールが避けようもなく死んだことに気づいて仲間の名を叫んだ。

 機体の中心部を撃ち抜かれたジンは持っていたD装備の制御を失って、両腕に持つ残っているミサイル一発ずつをが発射された。発射されたミサイルは遮るものもなく直進し、ヘリオポリスを支えるメインシャフトに着弾して爆発する。

 

「しまった!?」

 

 ゴットフリートを機械任せではなく手動で撃ったムウはその結果に愕然とした面持ちを見せた。

 タンネンバウム地区に穴を空けてジンが侵入してから不気味に軋んでいたコロニーの背骨ともいうべきメインシャフトが遂に崩壊を始めた。

 メインシャフトを失った外壁は支えを失くし、重力を生み出すために回転していたコロニーの遠心力に振られて構造体に沿って切り取られるように分解し始めた。まるで繋いでいた糸を失った服のようにコロニーが壊れていく。

 宇宙空間に流出する空気に巻き込まれて建造物や道端に落ちていた物、エレカーや店の看板が外れて飛んで行く。爆発が起こっても空気が抜けていくからンが続きせずに消えていく。

 不安に怯える住民がいるシェルターにも強制退去命令が発令され、次々と救命艇としてパージされていった。

 乱気流がアークエンジェルを襲い、その影響はモビルスーツも襲っていた。カスタムジンから逃げ続けるストライクもまた。

 

「ヘリオポリスが壊れていく!?」

 

 見慣れた街並みだったはずの眼下の光景は構造体が接続を失って分離し、その向こうに漆黒の宇宙を映し出す。

 地上の楽園に穴が開いて、仄暗い地下にある地獄へ落ちるかのように何もかもが抜け落ちていく。

 

『キラ……キラ・ヤマト!』

「アスラン!?」

 

 空気の乱気流に巻き込まれて機体の制御に精一杯のキラの耳に、通信を通して三年前よりは男性らしく低くなっているが聞き間違えるはずのない親友アスラン・ザラと分かる声が入って来た。

 モニターを操作すれば同じように乱気流に巻き込まれながらストライクに近づこうとしている赤いモビルスーツ――――ストライクのデータベースが自動検索してX303イージスと表示された機体がいた。

 

「やはりキラ! キラなのか!?」

 

 クルーゼの許可を貰ってイージスで出撃したアスランの目的はストライクに乗っているのが親友キラ・ヤマトであること確認するためだった。彼の願いは皮肉にも叶えられた。

 

「アスラン! アスラン・ザラ!?」

 

 キラもまた懸念の一つであったことが解消されたが、皮肉な再会に嘆いたり感動する暇はない。

 二人は自らの機体の手を伸ばさせた。乱気流に巻き込まれる中で言いたことは山ほどある。お互いに何故モビルスーツに乗っているのか、疑問はつきない。だが、それよりも何よりも安全に話すための時間と場所が必要だった。

 しかし、その願いは果たされない。

 バーニアを全開にしてイージスの手を伸ばさせるアスランの視界に、ミゲルのカスタムジンの姿が目に入った。

 ミゲルのカスタムジンもまた乱気流に飲まれて機体の制御に精一杯の様子。その背中にGに似たモビルスーツが迫っているのを見て思わず叫んだ。

 

「ミゲル!」

 

 アスランの叫びが届いたのか、カスタムジンは背後を振り向いて件のモビルスーツ――――アストレイ・グリーンフレームに相対した。

 グリーンフレームは愚かにも手に持つビームライフル本体をカスタムジンに叩きつけるかのように振り下ろそうとしている。

 

「はんっ、これだからナチュラルは。そんな距離で当たるはずが……」

 

 しかし、距離が遠い。銃身から少し離れた所を通過すると分かったミゲルのカスタムジンは、万が一を考えて乱気流で流されて届いたとしても大丈夫なように余裕を以て腕を上げて防御した。

 神業的な射撃をしていたモビルスーツが届かない銃身で攻撃しようとしている。どれだけ操縦が上手くても所詮はナチュラルとその油断こそがミゲルの敗因となる。

 グリーンフレームのビームライフルから二筋の光が伸びる。銃身上下にスライド展開式のビームサーベル2基が展開されたのだ。

 

「油断大敵」

 

 笑うでもなく誇るでもなく、狙い通りにツインソードライフルのビームサーベル二基を展開させたユイはヘルメットの中でぽつりと呟く。

 カスタムジンの上げていた左腕が銃身のビームサーベルによって切り裂かれる。そのまま肩に食い込んで上体を切り裂くかと思われたが、ここでミゲルが超絶の反応を示した。

 

「舐め、るな!」

 

 この時のミゲルは命の危機に曝されて自らのリミッターを外してコーディネイターの枠を超えた動きをした。

 操縦桿を動かし、右腕で銃身を捉えようとする。

 もう一つ、ミゲルの敗因を上げるとすれば彼の機体であるカスタムジンが万全でなかったことだろう。もし、カスタムジンが完璧な状態であったならばこの後の出来事は起きなかった。

 コーディネイターの枠すら超えた反応で右腕を操作しようとしたミゲルに答える物はなかった。損傷したオロールの機体から移植した腕はカスタムジン程にミゲルの機体には答えてくれない。

 リミッターが外れて今まで生きていた中で最速で操作するミゲルに対応できるのは全開のカスタムジンだけであった。間に合ったタイミングであっても移植したノーマルのジンの腕は望まれた動きをしてくれない。

 結果として右腕の反応は遅れて間に合わず、ツインソードライフルのビームサーベルが袈裟切りにカスタムジンを切り裂く。

 左肩から右脇腹に抜けたカスタムジンの電気関係がショートして火花を盛大に散らすコクピットの中で、自機が爆発して自身は逃げられないと悟ったミゲルは薄らと口を開いた。

 

『お前は死ぬなよ、アスラン。ライル、母さんを……』

 

 初対面時に言われてひどく印象に残った去り顔だけを残して、頼んだと続いた言葉はアスランの耳には届かなかった。その時にはカスタムジンは爆発していたからだ。

 ストライクに向けていた意識が、末期の声だけを残して爆散したカスタムジンに移る。

 

「ミゲルぅぅぅぅぅぅぅ――――っ!!」

 

 先輩って付けろよ、と今にも言いそうな気障な格好つけのミゲルが死んだことを認めらずにアスランは叫んだ。

 ストライクから爆散したカスタムジンに意識を向けたのは、同時にキラを掴まえる最大に最高の機会をアスランに奪わせるのと同義だった。

 

「あ、うわぁぁぁぁっ――――!! 」

 

 イージスが手を伸ばしきらなかった為にバッテリーが切れたフェイズシフト装甲を展開できなくなったストライクは、気流に巻き込まれて虚空に引きずり込まれていく。

 

「キラ!」

 

 アスランが気づいた時には既に時遅く。ストライクは崩壊を続ける宇宙の深淵へと消えていく。

 まるでそれが地獄へと落ちていくようでイージスを操作して後を追おうとしても、アスランもまた違う気流に巻き込まれて別の箇所から宇宙空間へと引っ張り込まれる。

 

「キラぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっっ――――――――!!!!」

 

 親友を求め、尊敬できる戦友であり先輩を失ったばかりのアスラン・ザラの叫びもまた深淵の虚空へと消えていった。

 C.E.71年1月25日、オーブ連合首長国所有のコロニー「ヘリオポリス」は地球連合とザフトの闘いに巻き込まれて崩壊した。

 

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