シードガンダム――王道を往く者達――   作:スターゲイザー

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第5話 サイレント・ランニング

 

 戦艦。軍艦の艦種の一つ。大砲を主要兵器とする軍艦のうち、最大のものを指す。軍艦の中で最も強大な艦砲射撃の火力と、敵艦からの艦砲射撃に耐えうる堅牢な防御力を兼ね備えている。

 軍艦の艦種としての戦艦は、その強大な艦砲による火力と堅牢な防御力により、敵艦船の撃滅を主任務とした。多数の大口径砲を搭載し、自己の主砲弾と同等の砲弾が命中しても耐える甲鈑を装備した。そのため、船型は大型になっている。

 宇宙に出てもその歴史は変わらないがプラントが要するザフトのモビルスーツが戦場に出てくると、対艦を目的とした既存の概念による戦術の下に作られた戦艦では対応しきれなくなっている。地球連合軍は対モビルスーツを想定しての戦艦が必要になっていた。今まで以上の頑強さと火力、機動力に優れるモビルスーツを迎撃できる戦艦が。

 独自にモビルスーツを開発していた地球連合軍は対モビルスーツ用の戦艦を自軍のモビルスーツの母艦にもすることを考えた。そして作りだされたのが地球連合の最初のモビルスーツ搭載の宇宙戦艦となった大西洋連邦所属の強襲機動特装艦アークエンジェル。

 モビルスーツの運用実績などないに等しいアークエンジェルの艦長に求められた資格は尋常なものではなかった。

 問題があるとすれば地球連合の新型機動兵器の開発と並行して行われた本計画は大西洋連邦は独自に行ったもので、同じ地球連合のユーラシア連邦らにも秘密にする徹底ぶりのところにあった。

 自ずと人材は大西洋連邦のみに限られ、ザフトとの最初の主戦場になった宇宙戦艦となれば人材は限られてくる。

 G計画の発案者にして責任者であるデュエイン・ハルバートンは自らが指揮する地球連合軍第8艦隊の中から実績と信用が釣り合った艦長と、そして嘗ての教え子であり現部下で最も信用のおけるマリュー・ラミアスを副長に押したのである。その他のクルーにしても厳選に厳選を加え、能力と人格が釣り合う者達が選ばれた。

 しかし、ザフトに「知将」と称される彼をしても艦長を含む殆どのクルーが艦の出航前に死亡するとは考えていなかっただろう。でなければ艦を運用した実績のない大尉のマリューが艦長をやらされるはずもない。

 戦艦の艦長は基本的には大佐が務めることになっているがザフトとの戦争の折で上の階級の者が戦死してしまい、新しい者が軍に入っても育つには時間がかかる。

 C.E.71年入った現在では中佐が戦艦の艦長をやっているのも珍しくはなかった。低くても少佐で、マリューのように尉官で艦長をやるなど戦時でも普通はありえない。

 戦時中であっても大尉から少佐に昇進する時に特別な専門教育を受ける。これは少佐以上の階級の軍人は、一つの作戦単位の指揮官となることを求められるからである。そのため能力の不十分な大尉は、少佐に昇進することができないまま除隊することが多い。

 上官の下につき、現場での直接指揮をする役割を担う。つまり、個人での能力以外に、「現場での集団への指揮能力」を認められた者に与えられる役職であると言える。

 大尉のマリューはこの特別な専門教育を受けてはいたが、アークエンジェルで実技を艦長の下で学ぶはずだった。この時の彼女はまだ実際に戦艦の運用したことない、知識でしか知らない一尉官に過ぎなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 C.E.71年1月25日。この日、ヘリオポリスは崩壊した。

 ヘリオポリス崩壊の現場に最も間近で立ち会った一人であるキラ・ヤマトは、地球連合軍の新型機動兵器であるストライクのコクピットで崩壊したコロニーの残骸が散乱しているのを呆けた目で見ていた。

 

『X105ストライク、応答せよ! X105ストライク、聞こえているか? 応答せよ! X105ストライク、応答せよ!』

 

 キラが協力している地球連合軍の新造戦艦アークエンジェルから、正規クルーを失って管制官の椅子に座っているナタル・バジルール少尉の金切り声がコクピット中に響いているが、当のキラの頭の中には入ってきてはいなかった。

 

『こうまで簡単に壊れるとは』

 

 無線の向こうからムウ・ラ・フラガと名乗っていた男の声が聞こえて来て、キラもまた同じ気持ちを抱いた。

 コロニーや月面都市でしか暮らしたことのないキラはコロニー等の盤石さを無根拠に信じていた。ユニウスセブンを例に挙げれば分かるのに、自分が暮らしている場所が安全であると思いたい無意識が働いていたのだとしても誰に責められよう。

 ユニウスセブンの悲劇でその価値観が揺るがされようとも、核爆弾の所為だと思えば理由のすり替えが出来る。

 

「ヘリオポリスが……壊れた?」

 

 目が泳ぐようにモニターの向こうで散乱するコロニーの残骸を見遣る。

 構造体の破片、どこかの店の看板、ぶつけたのかフロント部分を破損しているエレカー。数え上げたらきりがないほどの瓦礫に囲まれたストライクは操縦者のキラの思いを映し出すかのように無事な左眼に光を失って残骸達と共に彷徨う。

 半日前までは当たり前だった日常の風景がこうも呆気なく壊れ、二度と同じ形に戻らないと知りながらも未だに現実を受け止められなかった。エネルギーを殆ど失ってフェイズシフト装甲を展開できなくなったストライクに、カツンカツンと崩壊時の慣性で動き続ける残骸達が当たる音がキラを責め立てるようだった。

 キラにとっての救いは、漂う残骸の中に人の姿がなかったことだ。

 殆どの人がシェルターに避難を完了させていたお蔭で、宇宙空間を生身で彷徨う人の姿を見ずにすんだ。もし、人の姿があったのならキラは発狂していたことだろう。

 

「どうして……」

 

 操縦桿を握る手がどうしようもなく震えていることすらも分からない。人が漂う姿がないことは慰めにはなっても、日常がここまで完膚なきまでに破壊された空間に直面するにはキラ・ヤマトの精神は凡庸で一般人でありすぎた。

 

『X105ストライク! X105ストライク!』

 

 自分の乗っているストライクの名はまだキラの中で馴染んではいない。幾ら呼びかけられようとも今の精神状況を呼び戻すほどの力はない。

 

『…………キラ・ヤマト! 聞こえていたなら、無事なら応答しろ!!』

 

 ナタルは返事の返ってこないキラに、モビルスーツの名前ではなく操縦者本人の名前を呼んだ。

 自分の名前を呼ばれて、キラは悪い夢から覚めたかのように自失から戻った。だが、現実は何も変わらない。悪夢は現実としてキラの眼前にあった。

 

「こちらX105ストライク、キラです」

 

 馴染みのないモビルスーツの名前を答えたキラは、自分の口から出た声が震えているのが分かった。 

 

『無事か?』

「はい」

 

 通信の向こうで相手が安心したのを感じて、なにを以て無事とするのかという判断基準が自分の中で壊れているのを自覚した。

 ヘリオポリスが、日常が壊れたのに無事も何もあったものではないと、頭の中のごく小さな冷静な部分が囁いていたが少数派に位置する思考は表に出て来ることはなかった。

 

『こちらの位置は分かるか?』

「はい」

『なら帰投しろ。戻れるな?』

「はい……」

 

 ナタルの問いに機械的に口が勝手に答える。

 嘘ではない。母艦登録をしてあるアークエンジェルの位置はストライクのモニターに表示されている。素人のキラであっても帰還することは出来る。

 

「母さん……無事だよな……」

 

 唯一の家族の無事を祈って強く目を閉じる。コロニーの崩壊に巻き込まれず、シェルターに避難できたと信じたい。が、一度思考の上に上がれば不安だけが雪だるまを坂の上から転がすように大きくなっていく。

 宇宙空間に密閉してあるモビルスーツのコクピットであろうとノーマルスーツを着ずにいることに、身内を思うのとは別の命の危険を感じ取って目を開いた。

 こんな時に家族よりも自分の心配をしている自分に自嘲したキラの目の前を小さな物が横切った。反射的に手を動かして、目の前を過った小さな物を掴んだ。

 

「なんだ、これ? 開くのか?」

 

 鎖のついた使い古されたペンダントのような物は、中に写真か何かを入れられるロケットペンダントのようだった。

 

「え、もしかしてこれって……」

 

 ロケットを開くと中にはムウとよく似たパイロットスーツを着た見覚えのない若い男が映った写真があった。

 このロケットペンダントはキラの物ではない。ストライクを開発した地球連合の誰かがコクピットに落としたりして、無重力になってコクピットの中に浮かび上がったと考えるのが自然だろう。

 誰の物かを深く考える前に、コクピットに警報音が鳴り響く。

 またザフトのモビルスーツかと怯えて体を固くしたキラだったが、警報音を発する対象を拡大したモニターには別の物が映っていた。

 

「あれは……ヘリオポリスの救命ポット!?」

 

 鳴り響く警報音は、シェルターがヘリオポリス崩壊時にパージされて救命ポットなって発する救難信号だった。

 

「母さん!」

 

 もしかしたら母が乗っているかもしれない、と考えたら見捨てることも放置することも出来るはずもない。キラはストライクを救命ポットに向けて進ませた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 アークエンジェルのブリッジもまたキラと同じく衝撃の中にあった。

 中立のコロニーであるヘリオポリスで新型の機動兵器を持ち込んでザフトの攻撃を誘発させた罪悪感があったからこそ、単純な衝撃の強さでいえばキラを上回っていたかもしれない。

 その中にあって、直接Gの開発を指揮して民間人のキラ・ヤマトを巻き込んだと自責の念を抱いていたマリュー・ラミアス大尉の衝撃が最も大きいのかもしれない。

 艦長席に座ってガラス越しに漂うコロニーの残骸を見つめる顔からは色が抜け落ちていた。

 

「………マリュー? マリュー、聞いてる?」

「えっ? あ、ああ。ごめんなさい」

 

 目の前にミスズの端正な顔が現れて、マリューはようやく自分が呆然自失としていることに気づいて、恐らく何かを話しかけてきたのだろうから反射的に無視していたことを謝っていた。

 

「疲れてるんじゃないの? あなたも休んだ方が良いわよ」

 

 気遣しげなミスズの声に確かな心配を感じ取って、その気持ちに無性に甘えたくなった。

 最早、戦艦の艦長となった彼女は無様な姿や頼りない姿勢をクルーに見せることは出来なくなった。特にコロニーが崩壊して安住の大地を失った流浪の時に、艦のトップたるマリューが揺らげば進退にも影響を及ぼす。この重圧は同格であっても一パイロットでしかないムウ・ラ・フラガや、階級が下のナタル・バジルールには背負えないものだ。だが、艦の命令系統の外にいるミスズ・アマカワならば例外になる。

 彼女ならば無様な姿を晒そうが、揺らごうがクルーではないから進退には何の問題もない。純粋に彼女がオーブの一技術者であったならば、だ。

 今のミスズはアークエンジェル内の異分子であるオーブの技術者達を纏めるリーダーである。

 場合によっては不穏分子になりかねないミスズに頼り切ることは出来ない。アークエンジェルという小さな世界で、今のマリューは地球連合の代表であり、ミスズはオーブの代表なのだ。

 

「大丈夫です」 

 

 彼女の気持ちを有難くは思えど、寄りかかってはいけないと自らを戒める。これだけの事態に肩に力が入り過ぎているのが分かっていてもどうすることも出来ない。この荷物は誰とも分かち合うことは出来ないのだから。

 

「肩は大丈夫なのか? 銃で撃たれたんだろ」

「私も軍人の端くれでです。このぐらいはへっちゃらです」

 

 戦闘は終わったのでCICの席から出てきたムウの心配も引き攣っていると自覚している笑顔を返すしかない。

 始めて乗った戦艦で戦闘をしたり、少数ながらも乗り込んでいる難民となってしまった民間人を抱えたりと肩に圧し掛かる重圧は多い。まして、初めての艦長任務となれば気苦労も多い。

 

「どちらかというと、今こうして艦長をやっている方が私にとっては重いです」

 

 ポツリ、と本音を吐露してしまうのがマリューの弱さだった。

 ムウとミスズが外からこちらを向くのを察して、マリューは縋りつくように胸元を握った。

 この戦争の初期に戦死したモビルアーマーの恋人の写真が入っているロケットペンダント。挫けそうな時、苦しい時に助けてくれるロケットを握ろうとした。だが、胸元を探る手に固い感触が返ってこない。何時も肌に離さず身に着けているロケットはなかった。

 

「え?」

 

 人前でなければ軍服を脱いで確認するほどの、コロニーが崩壊した時とは別の衝撃がマリューを襲った。

 

(どこに行っちゃったのかしら。絶対失くすはずないのに。何時も身に着けてたから落とすはずないし、置き忘れたりするはずないし)

 

 軍服を着た時に付けていたかどうか、何時も身に着けているだけに記憶に残っていない。

 右手が当てもなく胸元を触って、それをムウが鼻の下を伸ばした好色そうな目で見ていることにも気がつかない。ムウが胸元のポケットに仕込んでいる小型カメラを取り出そうしたのをミスズが強烈な視線で射竦めたことにもまた。

 ようやく周りの空気の異変に気づいて、それが自分が不安を口にしたことや黙ったことにあると思ったマリューは慌てた。

 

「ごめんなさい。艦長の私がこんなじゃ、クルーが不安になってしまいますよね。今の話、秘密にしておいて下さい」

 

 真実を知らないことは何時の世も人にとっての幸福なのだろう。

 

『アストレイ・グリーンフレーム、帰投します』

 

 ブリッジにこのような事態になっても冷静そのものの声が響いた。マリューが顔を上げると正面ガラスの向こうに無傷のアストレイ・グリーンフレームがアークエンジェルの直近にまで近づいていた。

 

「ご苦労様、ユイ。怪我とかしてない?」

 

 今まで聞いたことのない安堵したような声に横を向けば、ミスズが深く息を吐きながらインカムに話しかけているところだった。

 

『機体に損傷はありません』

「そういうことを聞いてるんじゃないんだけど…………まあ、無事ならいいわ」

 

 どこかずれた回答をするユイに苦笑を浮かべながらも、やはりこの人も母親なのだなと肩から力を抜いているミスズの横顔を見て、マリューはそんな思いを抱いた。

 視線を前に戻し、右舷のカタパルトデッキが開いて着艦しようとしているアストレイ・グリーンフレームを見る。

 

「無傷、か。クルーゼ隊と戦って凄いもんだね、彼女は」

 

 ミスズとはマリューを挟んで反対方向にいるムウが戦慄とも安堵とも言えないどっちつかずの声で言ったのに、マリューもまた同じ思いを抱いた。

 

「あんな子供が戦場に出て、混乱のどさくさとはいえ黄昏の魔弾を墜としたんだ。敵でなくて良かったぜ」

 

 見た目でキラ以下の年齢と分かるユイ・アマカワを戦場に送り出した罪深さは誰もが背負っている。だが、ユイが名付きのエースを仕留められるほどのパイロットであることは味方であったことを喜ぶべきか、それとも遠くない未来に戦うかもしれない敵を発見してしまったことに慄けばいいのか分からなかった。

 それぞれの感情で、着艦しようとしているモビルスーツを眺める中でミスズだけがあるはずのない物に気づいた。

 

「ん? 何か持ってるの、ユイ?」

 

 ミスズの問いにグリーンフレームは着艦を一時止めて右手を掲げた。

 右手に掲げているのは黄昏の魔弾を仕留めたツインソードライフルではない。もっと別の、巨大な人の手の形をした何かだった。

 

『ストライクの右手です。拾いました』

「は?」

 

 その時、マリューだけではなくブリッジの思いは一つになった。

 

『いらないのなら捨てますが』

「い、いえ、回収ありがとう。そのまま持ち帰ってくれる?」

『了解』

 

 ミスズからどうするのかと視線を向けられて、捨てられては叶わないと回収を頼む。

 やり取りをして、ストライクの手を握ったまま着艦するグリーンフレームが見えなくなるまでみたマリューは、ユイをちょっとずれた子だと認識を新たにして艦長席に背凭れに背を預けた。 

 

「じゃ、私はあの子を様子を見て来るわ。なにかあったら呼んでちょうだい」

「分かりました」

 

 ミスズが言ってブリッジを出て行くのを見送って、ようやく一息つけたマリューはこのまま眠りにつきたい衝動が湧き上がってくるが艦長となった彼女にはまだこれからのことを考える義務がある。

 先のことを考えると頭が痛くなった。

 

「で、これからどうするんだ?」

 

 マリューの思考を先読みするようにムウが問いかけて来る。

 人に聞く前に自分で考えてほしいと思うも、最終決定権と指針を示すのが艦長の仕事となれば放り出すわけにもいかない。

 

「本艦はまだ戦闘中です。ザフト艦の動き掴める?」

「無理です。残骸の中には熱を持つものも多く、これではレーダーも熱探知も……」

 

 重い体を動かしてムウの問いに対する返答の為に情報を集めようと背後のロメロ・パルを振り返りながら問いかければ、予想はしていても新米艦長には重すぎる状況に、責任も重圧も投げ出したくて仕方なかった。

 

「向こうも同じと思うがね。追撃があると?」

「あると想定して動くべきです。尤も今攻撃を受けたら、こちらに勝ち目はありません」

 

 もしかしたら目的はストライクやアークエンジェルではなくアストレイになっているかもしれない、とはGの開発を行っていたマリューだからこそ口に出来なかった。

 エンデュミオンの鷹が倒すことも出来なかった黄昏の魔弾を仕留めたモビルスーツ。アークエンジェルやストライクと行動を共にしていたのだからグリーンフレームも地球連合が作った新型と思うだろう。真実はオーブが作ったのだと気づきもせず。

 

「だな。こっちには、あの嬢ちゃんが乗る虎の子のモビルスーツと、ボロボロのストライクと俺のゼロのみだ。艦もこの陣容じゃあ、戦闘はなぁ。最大戦速で振り切るかい? かなりの高速艦なんだろ? こいつは」

 

 ムウもまたストライクよりもグリーンフレームを頼りにしているのを感じて暗澹とした。

 データ上での性能ではストライクの方が総合的に上回っている。グリーンフレームがGの中でも高い完成度のストライクよりも優れている部分は、基礎フレームの違いからなる運動性とコクピット周りだけの衝撃を感知した時だけ発動するフェイズシフト装甲によってエネルギーが長時間持つことの二点ぐらい。なのに、グリーンフレームはジン二機を相手にして圧倒し、キラが操るストライクを圧倒したカスタムジンを撃墜している。

 しかもストライクに乗っているのはコーディネイターの少年だ。機体性能ではなくパイロットの差だと思いたいが、先の戦いを見れば百人に聞いても百人ともグリーンフレームの方を頼る。マリューもそう思う。

 

(ユイさんはどうやってあれだけの操縦技術を……)

 

 あの年齢でどうやって黄昏の魔弾を撃墜するだけの操縦技術を手に入れたのか気になるところではあった。何故、個人にセッティングしてあるといっても彼女がコーディネイター用のOSを扱えるのか疑問も絶えない。

 聞けるミスズが今はブリッジから出て行ってくれたことが有難かった。いたらどんな言葉を吐いたか分からなかったから。今は目の前の心配をするべき時に、仲間になってくれる人達との間に不協和音を生み出さずにすむ。

 

「向こうにも高速艦のナスカ級が居ます。振り切れるかどうかの保証はありません」

「なら素直に投降するか?」

「え?」

 

 逃げれ切れるとは思えないと考え、どうするべきかと思考していたマリューの頭はムウの発言に真っ白になった。

 ザフトに投降するなんて選択肢はマリューには一欠けらもなかった。だからこそ、ムウの発言はマリューの思考を停止するだけの力があった。

 言葉の意味を理解したマリューの脳裏にGを護る為に犠牲になった部下のハマナやブライアン、他の多くの仲間達の死が冒涜されたように感じて我知らずに視線がきつくなった。

 

「そんなに睨まないでくれ。投降することも一つの手だって教えたかっただけだ」

 

 怖い怖い、と両手を上げて言いながらもムウの表情は真剣そのものだった。おどける仕草で場を和ませながらも、本当に艦の人員の為を思うならザフトに投降するのが最善だと分かってやっているのだ。

 言われてきつくなっていた視線を逸らし、良く考えれば艦の人員の安全を対価にストライクとグリーンフレーム、アークエンジェルを渡すことが最も危険から遠ざける方法なのだと分かる。犠牲になった者達、艦に乗っている者達、どちらが大切などと比べるべきではないと分かっているのに、マリューは両者を天秤に乗せてしまった。

 死者と生者、いない者といる者、両者を比べてはいけないと分かる良心はまだマリューの中にあったが進退を考えるにはどちらかの秤を傾けなければならない。死んだ者の思いの無駄にするか、生きている者を危険に晒して犠牲にするのか、キラに軍人をやるには優しすぎると称されたマリューには酷な作業だった。

 

「なんだと! ちょっと待て! 誰がそんなことを許可した!」

 

 マリューを救ったのはナタルの困惑が籠った怒声だった。

 

「何か?」

「ストライク帰投しました。ですが、救命ポッドを一隻保持してきています」

 

 振り返りながら下層を見ると、こちらを仰ぎ見るオペレーター席に座るナタルの現状に対する困惑に包まれていた。

 

「えっ!?」

 

 ムウと顔を見合わせたマリューは更なる難題を目の前の男に全てを押し付けたい衝動に駆られた。

 暫くすると、右手の肘から先がないので左手の脇で救命ポットを抱えたストライクの姿が見えてきた。

 

『認められない!? 認められないってどういうことです! 推進部が壊れて漂流してたんですよ? それをまたこのまま放り出せとでも言うんですか!? 避難した人達が乗ってるんですよ!?』

 

 キラの論理は軍人には稚拙といえど、ヘリオポリスに住んでいた住人としては真っ当な言いようだった。聞いているマリューだって、もしかしたら自分の身内が乗っていると考えれば放り出す仕打ちなんて出来やしない。

 救命ポットには数日の分の食料や酸素があるといっても、軍人以外ならば受け入れるのが当然の考えだ。

 

「すぐに救援艦が来る! アークエンジェルは今戦闘中だぞ! 避難民の受け入れなど出来るわけが」

「いいわ、許可します」

 

 隣に浮き上がって叫ぶナタルの言いようもまた正しいと思いながらも、気持ち的にはキラに近いマリューは受け入れの許可を出した。

 救命ポットを捨てておけるナタルの方が軍人としての論理を実践できる。互いに存在を知りながらも親しくしていたわけではないこの同僚の方が自分よりも艦長に相応しいのではないかと思いがマリューの中に浮かび上がった。

 

「艦長?」

「これからザフトと戦うかもしれないのにストライクを操縦できる彼の機嫌を損ねるわけにはいかないでしょ。収容急いで」

「………分かりました、艦長」

 

 避難民の受け入れ許可を出したことに訝しげな顔を向けて来るナタルに、言い返しようのない論理を突きつけた自分もまた人としては間違っていると自覚せずにはいられなかった。

 ストライクが着艦した後に考えるのはこれからのことだ。

 

「状況が厳しいのは分かっています。でも、投降するつもりはありません。この艦とストライクは絶対にザフトには渡せません。我々は何としても、これを無事に大西洋連邦司令部へ持ち帰らねばなりません」

 

 生きて情報を持ち買える。これが死者と生者を秤にかけてマリューが出した結論だった。

 

(そしてコーディネイターを殺すの?)

 

 自分に問いかける。Gを大西洋連邦司令部に渡すことが出来れば地球連合の戦力は格段に増すことだろう。延いてはプラントを護ろうとするザフトのコーディネイターを殺すことに繋がる。守ろうとする行為が誰かを殺す行為に繋がる欺瞞だとマリューは自覚していた。

 カタパルトデッキに入って行ったストライクに乗る少年の幼い姿が脳裏にちらついて、重い溜息を漏らす。

 知識でしか知らなかったコーディネイターは実際に会ってみればどこも自分と変わらない人間だった。キラだけが特別ということはあるまい。遠く感じていた敵の姿の一端を垣間見たマリューは自らの行為に迷いを抱いていた。

 

「艦長、私はアルテミスへの入港を具申致します」

 

 マリューの悩みを知ってか知らずか、心労の色の重い艦長席に座るマリューの横でナタルが発言した。

 アルテミス、と言われて重い瞼をピクリと痙攣させたマリューは記憶を漁った。

 

「アルテミス? ユーラシアの軍事要塞でしょ?」

「傘のアルテミスか?」

 

 ユーラシア連邦は地球連合の中では軍事面の他、大西洋連邦や東アジア共和国と同じく地球連合内部での中心的な発言権を持つ国家である。アルテミスはそのユーラシア連邦が保有する宇宙要塞。

 ムウが「傘」と言ったのは、要塞周辺に「アルテミスの傘」と呼ばれる全方位光波防御帯を発生させる事で高い防御力を誇り、それによりザフトから身を守って来たのが所以である。

 実際の所、アルテミスがザフトの攻撃を寄せ付けなかったのは「アルテミスの傘」を突破する方法がなかったのに加え、戦略的に重要な地点ではなかったため事実上放置されていたためであることは有名無実と化していた事実だった。

 

「現在、本艦の位置から最も取りやすいコースにある友軍です」

 

 ナタルが頷きながらマリューに一言言ってから艦長席のコンソールで航宙図を出す。確かにアルテミスが最も近い友軍で、目的地である月はかなり遠いことが分かる。

 

「でも、Gもこの艦も、友軍の認識コードすら持っていない状態よ? それをユーラシアが受け入れてくれるかしら?」

 

 ナタルの言いようが大いに良く解るが、マリューは彼女ほど楽観的には考えられなかった。

 同じ地球連合でありながらなにかと張り合うことの多い大西洋連邦とユーラシア連邦の間柄を上司から耳が蛸になるほど強く言い聞かされて、Gの開発に携わってきた間に多くの内偵が入り込んでいたかを知っているだけに懸念は消えなかった。

 

「アークエンジェルとストライクは、我が大西洋連邦の極秘機密だと言うことは、無論私とて承知しております。ですが、このまま月に進路を取ったとて、途中戦闘もなくすんなり行けるとは、まさかお思いではありますまい。オーブ側が大量の物資を運んでくれましたが余裕があるとは言えないまま発進した我々にはどちらの道、補給はどこかで必要です」

「…………分かってるわ。オーブに借りを作り過ぎると後が不味いものね」

 

 マリューの本音としてはアルテミスに寄らずに月に一直線に向かいたいところだが、ナタルが言うように戦闘なしで行けるとは思えない。オーブ側が物資を運んでくれたが後でどのような要求をされるか分からないので出来るだけ使わないですませたい気持ちもある。

 

「事態は、ユーラシアにも理解してもらえるものと思います。現状はなるべく戦闘を避け、アルテミスに入って補給を受け、そこで月本部との連絡を図るのが、今、最も現実的な策かと思いますが」

「アルテミスねぇ。そうこちらの思惑通りにいくかな?」

 

 ムウの言う通り、こちらの思惑通りのことが運べば何も言うことはない。ユーラシア連邦が友軍の認識コードがないことをいいことにGやアークエンジェルを我が物にしようとすることは十分に考えられる。

 マリューとしては最悪の方の考えばかりに思考がいってしまうがナタルは違うのだろうかと考える。

 

「でも、今は確かにそれしか手はなさそうね」

 

 図らずとも避難民を抱えてしまったのなら安全策を取るしかない。味方かもしれないユーラシア連邦を疑うよりも明確な敵であるザフトを警戒している方が建設的だ。思考停止していると言われても目の前に危難に立ち向かうことが新米艦長マリューの精一杯だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 アークエンジェルに着艦したキラは、救命ポットをモビルスーツデッキに下ろしてストライクをメンテナスヘッドに固定して、ようやく一息をつけた。

 モニターに映るモビルスーツデッキに出撃前と殆ど変化はない。

 変化といえば、ボロボロのストライクと違って、隣に立つ無傷のアストレイ・グリーンフレームがメンテナンスヘッドの規格が合わなくてワイヤーで固定されているぐらいか。

 視界に映るグリーンフレームの無傷の姿を見て、自分が乗るストライクのボロボロな有様を比較する。

 

「プロと素人の差、か」

 

 戦闘中に際立っていたユイの操縦とは反対に何も出来なかった自らを恥じていたキラは、そう思うことで自分を慰めようとした。

 

「馬鹿か、僕は。何を情けないことを言ってるんだ」

 

 未だに怯えて震えている手を拳の形にして頭に叩きつける。痛みがキラを慰めてくれる。 

 コロニーを崩壊させた一端を担ったかもしれない自分には相応しい罰だと思う事態が許されないのだと考えながらも、痛みを罰とすれば心の痛みが小さくなるのだから救えない。

 頭を抱えようとして、額に異物感が触った。

 

「さっきのロケット………誰のだろう」

 

 一番知っていそうなマリューに後で聞こうとズボンのポケットに入れて、何時までもコクピットの中にいるわけにもいかないので外へ出ようとした。

 ストライクが着艦した後に空気を入れたのは、眼下で動き回る作業服を着た整備員達がノーマルスーツを着ていないことから分かる。コクピットハッチを開いて外へ出る。無重力なので体が浮かび上がるのを支えながら外に顔を覗かせると、丁度救命ポットからヘリオポリスからの難民がアークエンジェルの整備員の一人に引っ張り上げられるところだった。

 引っ張り上げられた燃えるような紅い髪の少女に、キラは見覚えがあった。

 

「あっ!?」

 

 遠くからでも見間違えるはずない少女――――キラが淡い思いを抱いているフレイ・アルスターの姿が見えた瞬間、どこからか「トリィ」と聞き覚えのある鳴き声が耳に届いた。視線を動かせばアスランから貰ったペットロボット・トリィがフレイの下へと飛んで行くのが見える。

 整備員に引っ張り上げられたところで肩に止まったトリィにフレイが全身を震わせたが、肩の上で首を傾けているのがペットロボットと分かると途端に安心した顔を見せた。

 再び、トリィが羽ばたく。今度はフレイを見た衝撃でストライクから離れて中空へ浮かぶキラへと向かって。

 トリィを追ったフレイの視線と彼女を見るキラの視線が、トリィを中心として混じり合う。

 

「ああ、あなた! ミリアリアの友達の……!」

 

 キラを見たフレイは殆ど会話をしたことがなくても互いに顔と名前を知っている。知り合いを見つけて、よほど不安だったのだろう救命ポットを蹴って飛び上がった。

 好いている相手が向こうから飛びこんでくる現実にキラの頭はオーバーヒート寸前だった。

 

「フ、フレイっ! うわっ、ホントにフレイ・アルスター!? このポッドに乗ってたなんて!」

 

 胸元に飛びこんできた温かく柔らかい感触にキラは完全に有頂天になっていた。

 キラを求めて強く抱きしめてくれる腕の感触、花のようなこちらの精神をリラックスさせてくれる優しい匂い。何よりも腹に無防備に当たる想像以上に柔らかく大きい胸がキラの性を刺激する。

 物語の中なら危機に陥った姫を助けた騎士か、と目の前に喜びに浸って崩壊したヘリオポリスのことは頭の隅に追いやられていた。

 

「ねえ、どうしたのヘリオポリス! どうしちゃったの? 一体何があったの?」

 

 当のフレイ本人に横に避けていた現実を突きつけられ、キラは喉の奥をゴクリと鳴らした。

 だが、それでもキラの刺激されている性の衝動は消えない。目の前にある宝石のように輝かせる濡れた瞳を持つフレイがいるから。

 

「あたし、あたし……フローレンスのお店でジェシカとミーシャにはぐれて、一人でシェルターに逃げ、そしたら……」

 

 話半分で聞いているキラの頭にはお花畑が咲いていた。彼女を自分だけの物に出来たなら、と思わずにはいられない。暗い衝動を抑えるのにキラは全精力をつぎ込まなければならなかった。

 

「これザフトの船なんでしょ? あたし達どうなるの? なんであなたこんなところに居るの?」

「こ、これは地球軍の船だよ」

 

 今度こそ現実に引き戻されて、それどころか冷水を背中から浴びせられたような面持ちでフレイをゆっくりと離した。直接触れて熱を感じていては何時までも理性を保つ自信がなかった。

 

「うそっ!? だってモビルスーツが!」

「あ、いやぁ、だからあれも地球軍ので」

「……え」

 

 理解できないと目を丸くするフレイもまた可愛いと感じて要領をえない自分の馬鹿さ加減に頭を叩き潰したい気分になった。

 

「で、でも良かった。ここには、ミリアリアも居るんだ。もう大丈夫だから」

 

 サイの名前を出さなかったのは付き合っていると聞いた彼に対する嫉妬か、それとも別の感情かはキラ本人にも分からなかった。

 トール達がいるであろう居住区に向かうためにフレイの手を握ったキラは、もう死んでも良いと青少年の惑いが生み出した勘違いの快感の末に思った。

 まだ避難民の大半はモビルスーツデッキに留まっていて、アークエンジェルの通路を進んでいる民間人はキラ達だけだった。途中で軍服を着た人間が何人かすれ違ったが、彼らはキラのことを知っているようで特に誰何されることもなかった。その途中ですれ違ったミスズがインカムで誰かと頻繁に連絡を取り合っているのを見ても特に気にならなかった。

 ただ、何人かはキラがコーディネイターであることを知っているようで誰もが好意的なわけではなかった。好意的な方が圧倒的に少ない状況に普段のキラなら暗澹とした気持ちを抱いただろうが、今の彼は淡い思いを抱いている少女の手を握っている。今限定でキラは無敵だった。

 途中、食堂を通りかかったので覗いてみたが他に緊急避難的に乗り込んだ民間人達が暗い雰囲気を振り撒いているだけでトール達の姿はない。やはり居住区の方かと思って通り過ぎる。

 キラの考え通り、居住区に来ると少ないながらも人の気配が感じられた。

 カトウゼミの学生達が過ごしていた部屋に近づくと微かに人の声が聞こえる。間違いなくトール達だ。

 

「サイ!」

 

 声の中にサイがいることを聞きとったフレイがキラの手を離して先に部屋に踏み込んだ。離された手に残る熱を惜しみながら、キラも遅れて部屋に入る。

 部屋に入ったキラが見たものは、抱き合うサイとフレイの姿だった。キラの胸に鈍い痛みが走る。

 

「フ、フレイ!? どうしてここに」

「私、私の乗ってたポッドのエンジンが壊れて………。そしたらモビルスーツに拾われて、ザフトかと思ったら地球軍だって言われて」

 

 キラと違ってフレイはサイの首筋に抱き付いていた。話す声も訴える姿勢も違う。それが向けられている想いの違いだと突きつけられているようで目を背けたかった。

 

「ま、まあ。落ち着きなよ。確かにこれは地球軍の船だからもう心配いらないよ」

「ホント? 本当なのね?」

 

 いるはずのない少女の突然の登場に困惑しているサイと違って、フレイは甘えるように何度も確認する。

 

「本当だよ」

 

 フレイを見下ろすサイの目にも確かな愛情を見て取って、キラは遂に見ていられずに目を逸らした。

 

「良かったぁ。でも、なんでサイ達も乗ってるの? 私みたいにポッドを拾われたの?」

「ちょっと違う。俺達は成り行きで最初から乗っちゃったのさ」

 

 二人の仲睦ましげな様子にキラは居たたまれなくなった。どうにかして離れる理由はないかと考えたが何も思いつかなかった。

 そこへ別の足音がして反射的に視線を前に戻すと、目前にトールが立っていた。

 

「おい、大丈夫か? 顔色悪いぞ。どっか怪我してんのか?」

 

 キラの目の前で手を横に振ったのに反応しないことに業を煮やしたトールは、どこかに怪我をしているからと推測して体中を触って来る。怪我を心配して優しいタッチで触って来るのが擽ったくてキラは何故か安心した。

 

「大丈夫だよ。怪我なんてしてないから」

「でもさ、顔色が良くないぜ」

「疲れてるのよ、キラは」

 

 上手く笑えたかは自信ないが、同じように近づいてきたミリアリアが理由を作ってくれたので頷くとトールは納得がいってない様子ながらもそれ以上の追及はしてこなかった。

 キラが無事と分かると場の注目は別に移る。

 

「なぁ、ミリィ。サイとフレイって付き合ってんの?」

 

 仲睦まげに見詰め合うサイとフレイをトールは訝しげに見て、隣に立つミリアリアに問うた。男衆ではそのような話は一切なかったので、この中では一番フレイに近いミリアリアならあの親密さの理由を知っていると思ったのだ。

 トールの推測通りミリアリアは知っていた。キラの一番欲しくない答えを。

 

「噂じゃ親同士が決めた婚約者らしいわよ」

 

 ミリアリアはあっさりとした口調で言い切った。別段、秘密にしておく必要もないと考えたのだろう。

 

「えっ! そうなの?」

(……………そうか、フレイとサイは付き合ってるんだ)

 

 トールは純粋に驚いていたが、キラはサイに裏切られたような気持ちを抱いていた。

 勝手な気持ちだと理解していても、恋心だけはどうしようもない。それは知性に優れていると言われるコーディネイターであっても同じだった。とても祝福は出来そうにない。それが今のキラの精一杯だった。

 

「良かったわね、フレイ」

「ミリアリア! それにみんなも…………。良かったぁ、これでもう安心ね」

 

 旧知の友達に無防備に男に抱き付いているところを冷やかされているように感じたのか、慌ててサイから離れたフレイだったがミリアリアの姿を上から下まで見て、また感極まったのか今度は彼女に抱き付いた。

 

「ええ、もう安心よ」

 

 ミリアリアがフレイにそう言っていても、キラは全く安心できなかった。

 脳裏に過るのは幼き日に別れ、硝煙と爆炎、そしてモビルスーツ越しに再会した親友の姿がちらつく。

 

(アスラン……)

 

 3年前に別れたアスラン・ザラはザフトにいてモビルスーツに乗っていた。キラもまた運命に導かれるようにモビルスーツに乗っている。

 また出会えるだろうか、と記憶に残る桜が舞い散る中で別れた幼き姿のアスラン・ザラに問いかけた。答えは当然ながら返ってこなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 アークエンジェルのモビルスーツデッキでは二人の男が言い争いをしていた。正確には言い争いというより、作業服を着た中年の男にまだ若い男が詰め寄っている形である。

 

「直ぐにコイツとストライクを直せって言うですかい!? んな無茶な!」

 

 若い男に詰め寄られている作業服を着た中年の男――――コジロー・マードック軍曹は、損傷しているストライクの頭部部分の修復の指示を出しながら叫んだ。

 カスタムジンの重突撃機銃の全弾フルバーストを受けてツインアイとブレードアンテナの損傷だけで済んでいるのはフェイズシフト装甲のお蔭である。だが、同時にそれは修復するにもフェイズシフト装甲を付けねばならないことから修復は難航していた。

 同じように右腕も損傷していたが、こちらはアストレイ・グリーンフレームが右腕を持ち帰ってくれたので駆動部を取り換えるだけですんでいる。まだ作業には取りかかっていないが。

 その最中で更に男は別の機体の修理もしろと言っているのからマードックといえども叫びたくもなる。

 

「無理は承知だよ。だが戦闘になったら修理中の看板出して敵に待ってもらうわけにはいかないだろ? それに俺はMA乗りだぜ。ハニーに乗れないと落ち着かないんだよ!」

「ハニーって……」

 

 モビルアーマー乗りに関わらず、地上の飛行機乗りや戦車乗りが自らの乗機を恋人のように扱うことは別に珍しいことではないが、目の前の若い男――――ムウ・ラ・フラガ大尉のように「ハニー」などという恥ずかしい呼び方をしている男と出会ったことのないマードックは顔を盛大に引きつらせた。

 

「それぐらい乗機を愛してるってことさ。だから頼む!」

 

 階級が遥かに上のムウが深く頭を下げてきたので、マードックは困りに困った。

 

「んなことは解ってますがねえ。この人数じゃ、とても手が足りませんって」

 

 無精髭をザリザリを擦ってムウが頭を上げて諦めてくれるのを待ったが一向にその気配がない。意地でもマードックが受け入れるまで動かないつもりのようだった。

 正規クルーが少なく、予定の人員よりも遥かに少ない状況。艦を動かしているだけでも奇跡の中にあって、縁の下の力持ちをやらされている整備員は休む暇もない忙しさだ。ストライクの修理だって間に合うか分からないのにメビウス・ゼロの修理が出来るはずもない。

 

「そんなことは俺だって解ってるさ。だからこうしてわざわざ頼みに来てんじゃないか」

 

 人手の少なさは一パイロットでしかないのに艦を動かしている上層部に組み込まれているムウの方がよく解ってる。理解した上で、少ない戦力を向上させなければならないことから恥を承知の上で頼んでいるのである。引けるはずもない。

 先に折れたのはマードックの方だった。時間が足りないのに何時までもムウに時間を取られるわけにはいかないのだ。

 

「もう………大尉には敵わねぇなぁ。ま、なんとかやってみまさぁ。出来ませでした、ですまねえのが俺達の仕事ですからね」

「すまんな」

 

 無理を言っている自覚があるからこそムウは深く感謝する。

 マードックからしても生き残る可能性を上げるためにはムウのメビウス・ゼロが必要なことは解っている。それに整備員を軽視するパイロットよりは敬意を払ってくれる相手の方がなにかとやりやすいのも事実だ。もしかしたらこれから長い間、戦うかもしれないから貸しを作っておくに越したことはない。

 

「ああ、あのキラって学生、こっちに寄越して下さいよ。手が足りねぇんですから、パイロットなら自分の機体ぐらい整備しろって!」

「分かった!」

 

 ブリッジに戻ろうと床を蹴って浮かび上がったムウにマードックが両手を口の周りでメガホンにして叫ぶ。

 叫び返して通路に入ったムウは、少し面食らった。

 通路には救助した避難民も多く歩いているからどことなく軍艦ではないような感じがした。このまま戦闘も無く降ろしてあげればいいのだが、と思いを強くしながら進む。

 軍服を着るムウに様々な視線が向けられる。

 畏怖や嫌悪、どちらかといえば負の感情を向けられることはムウも仕方ないと割り切る。ムウにはどうしようもなかったとはいえ、彼らの所属する軍がヘリオポリスで最新兵器を作り、それが原因でコロニーが崩壊してしまったのだから彼らの感情も理解する。

 

「艦長は気にしそうだがな」

 

 ぽつり、と自らにしか聞こえない小さな声で零した。

 多くの仲間の死を見てきたムウは感情を割り切れる。ナタルは軍人としての責務を表に出すことでなんとかするだろう。だが、マリューだけは一身に背負ってしまうだろうことを、コロニー崩壊後の真っ白になった顔色を思い出して推測した。

 

「どこに行くのかな、この船」

 

 居住区のどこかにいるであろう目的の人物を捜していると、少年の声が耳に入ってきた。

 

「一度、進路変えたよね。まだザフト、居るのかな?」

「この艦と、あのモビルスーツ追ってんだろ? じゃあ、まだ追われてんのかも」

「えー! じゃあなに? これに乗ってる方が危ないってことじゃないの! やだーちょっと!」

 

 緊張感のない会話をする学生達に一瞬怒気が浮かび上がったものの、先程のヘリオポリスの難民のことを思い出せば彼らの感性の方が普通なのだ。

 無重力空間の移動手段であるリフトクリップを離したムウは、その手を自らの顔に当てがった。

 自分の学生だった頃を思い出して果たせず、思い浮かぶのは戦場の記憶ばかりなことに重い息が出た。

 

「壊れた救命ポッドの方がマシだった?」

「そ、そうじゃないけど……」

「親父達も無事だよな?」

「避難命令、全土に出てたし、大丈夫だよ」

 

 ヘリオポリスの、それも避難した人の話をされたら胸に痛いことこの上ない。ムウは止めていた足を進めて居住区に足を踏み入れ、目的の人物を直ぐに見つけた。

 疲れているのだろう、ベッドに横になっている。目は薄らと開いていて眠っている様子はないが眠ろうしても先程の光景はフラッシュバックするのだろう。ムウが新兵の頃に初実戦を終えた時もそうだったから良く解った。

 誰に言われるでもなく少しでも体を休める為に最適の行動を取っている少年に顔を向ける。

 

「キラ・ヤマト!」

「は、はい」

 

 名前を呼ぶと、目的の人物――――キラ・ヤマトがベッドから跳ね起きた。

 出撃前と比べて頬が僅かにこけて、動きにも力がないことを見て取った。少年の重い疲労具合を見ると休ませてやりたいとは思ったが、使える人間を休ませる余裕すら今のアークエンジェルにはない。

 一般人を戦いに駈り出す罪業を肩に背負い、努めて言葉を優しくするようにして口を開いた。

 

「マードック軍曹が、怒ってるぞー。人手が足りないんだ。自分の機体ぐらい自分で整備しろと」

「僕の機体? え、ちょっと僕の機体って……」

 

 分かっていない少年に哀れみを抱きつつも、現実を突きつけねばならない痛みにムウは耐えるしかない。

 

「今はそういうことになってるってことだよ。実際、あれには君しか乗れないんだから、しょうがないだろ。じゃあ、誰がストライクの整備をするんだ?」

「僕は軍人じゃありません。戦う義務はないはずです、モビルスーツを動かせたって戦争が出来る訳じゃありません」

 

 一般人なのだから休ませてやりたいとはムウも思う。だが、一般人でも能力のあるキラを遊ばせておくことは出来ない。

 キラの目の前であからさまな溜息を吐く。本当に年を食って上手くなるのは人を騙すことと、若者を自分が望むとおりに動かすことばかりだと自嘲する。

 

「知っての通り、正規クルーを失ったアークエンジェルはどこも人手不足だ。次の戦闘までに修理が間に合わなければ艦は攻撃を受けて沈む。いずれまた戦闘が始まった時、今度は乗らずに僕は民間人なのにって言いながら死んでいくかい?」

「でも、僕は……」

 

 卑怯な言い方をしていると自覚はある。ストライクに乗ってもらわなければ困るのはアークエンジェルの上層部の総意なのだ。それでも乗らないと言うのであれば人道に外れると分かっていても彼の友達を人質に取ってでも乗せるしかない。

 文句も苦情も生き残って始めて出来ることだ。最も人質を取って戦わせるなんて艦長のマリューが認めるとは思えないが。

 

「今この艦を護れるのは俺とお前、あとオーブの嬢ちゃんだけなんだぜ。君は出来るだけの力を持っているのに女の子に戦わせるのか」

 

 これもまた卑怯な言い方だとムウは自己嫌悪に陥る。本当に上手くなったのはこんなことばかりだと哂いたくなった。

 

「出来るだけの力を持っているなら出来ることをやれよ。そう時間は無いぞ。悩んでいる時間もな」

 

 キラが頷くのに長い時間はかからなかった。

 俺は地獄に堕ちるな、とムウはモビルスーツデッキに向かう少年の背中を見て自分を客観視してそう思った。

 

「え!? なに? 今のどういうこと?あのキラって子、あの……」

 

 頭を掻いてムウがいなくなってから、先のやり取りの意味が解らなかったフレイが隣にいるサイに問いかけた。

 

「君の乗った救命ポッド、モビルスーツに運ばれてきたって言ってたろ。あれを操縦してたの、キラなんだ」

 

 敢えてサイはキラがコーディネイターであることを伝えなかった。

 どこにコーディネイターを排斥しようとするブルーコスモスがいるか分からない。キラから強く口止めされていることもあって口には出さなかった。

 

「えー! でもあの子、なんでモビルスーツなんてどうやって」

 

 自分よりも幼く繊細そうな少年の顔を思い出したらしいフレイは疑っていた。

 モビルスーツの操縦はコーディネイターしか出来ないと言われている。どうやって角の立たない言うべきかサイが頭脳を回転させていた時だった。

 

「キラはコーディネイターだからね。モビルスーツにだって乗れるさ」

「カズィ!」

 

 サイの努力を不意にするようにあっさりと言ってしまったカズィに、トールが腰を下ろしていたベッドから立ち上がった。

 怒気を露わにするトールをチラリと見たカズィだったが、彼だってなにも考えなしに言ったわけではない。

 

「何を言ったって事実は変わらないよ。下手に隠し事をして後で問題なるよりは包み隠さない方がいいと思ったんだ。僕は間違ってるかな?」

 

 カズィの言いようはきつくはあったが正論だった。

 正統性を認めてトールは疲れたように腰を下ろした。ヘリオポリスからこっち疲れるようなことばかりで気の休まる暇もない。無性にラボで馬鹿をやっている時が懐かしくなった。

 

「うん、キラはコーディネイターだ。でもザフトじゃない」

「あたし達の仲間。大事な友達よ」

「そう……」

 

 サイとミリアリアが擁護したが顔を伏せたフレイの真意は探れそうになかった。

 静かに不協和音は彼らの中にも忍び寄ろうとしていた。そのことにまだ誰も気づいていなかった。

 

「キラ、どうするのかな」

「ねぇ、トール。私たちだけこんなところで、いつもキラに頼って守ってもらってていいのかしら」

 

 状況が悪い方悪い方に傾いていっているようで、その中で必死に足掻いているキラの姿を思うとトールはやるせなかった。

 ミリアリアの言葉が先程のムウ・ラ・フラガと名乗ったパイロットの言葉を想起させる。

 

「出来るだけの力を持っているなら出来ることをやれ、かぁ」

 

 何かをする時が来たのだと、呟いたトールは思った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ヘリオポリスの崩壊に巻き込まれぬように距離を取ったザフトの軍艦ヴェサリウスとガモフもまたアークエンジェルと同じく強い心的衝撃を受けていた。

 ユニウスセブンの悲劇から戦争に踏み切った彼らコーディネイターの国であるプラント。プラントの先鋭たるザフトの自分達がコロニー破壊に関わった衝撃は想像以上に打ちのめしていた。ただ一人、隊長のラウ・ル・クルーゼを除いて。

 ヘリオポリス崩壊の瞬間に艦長席から思わず立ち上がってしまったフレデリック・アデスは、その瞬間にも他者に感情を窺わせなかった隊長のクルーゼを見た。

 

「このような事態になろうとは…………。いかがされます? 中立国のコロニーを破壊したとなれば、評議会も……」

 

 正しくこのような事態に卑しくも保身を考えていることを自らの口が証明してしまったことに、アデスは咄嗟に手で口を押えようとしたが既に遅い。これではユニウスセブンに核を撃ちこんだ地球連合を憎む資格はないと自嘲した。自らもまたコロニーを破壊した大罪人になったのだから。

 

「地球軍の新型兵器を製造していたコロニーの、どこが中立だ。言葉に惑わされるな」

「しかし……」

 

 アデスはクルーゼほどには割り切れなかった。その気持ちは不安げに振り返って仰ぎ見て来るクルーの不安に満ちた表情が物語っている。誰もがクルーゼほどに敵と味方に明確なラインを引けるはずもない。

 艦の雰囲気と一度辺りを見渡したクルーゼはせせらおかしいとばかりに鼻で笑った。

 

「住民のほとんどは脱出している。さして問題はないさ。血のバレンタインの悲劇に比べれば」

「!!」

 

 血のバレンタインの悲劇――――クルーゼの言葉がブリッジの空気を凍らせる。

 24万3721名の尊い命が失われた瞬間をこのヴェサリウスで見た光景と、崩壊の間際にパージされていく数えきれないほどの救命ポットを吐き出したヘリオポリスを誰もが無意識に比較する。

 ユニウスセブンに核が撃ちこまれた瞬間には既に逃げる暇もなかった。間近で戦っていたヴェサリウスの艦橋から破壊されたコロニーから溢れ出してくる残骸に紛れて生きながらに宇宙に投げ出された無辜の命が見えた。

 当時のブリッジクルーの中にはそれがトラウマになってしまって精神を病んでしまった者もいる。アデスもまた数日は眠れぬ夜を過ごした。

 血のバレンタインの悲劇と比べれば、住民の殆どが救命ポットで脱出しているヘリオポリスはなにほどのものでもない。地球連合に協力しているのが悪いのだから因果応報なのだという思いが湧き上がった。

 だが、とアデスの中に残る人としての良心が目の前に広がるコロニーの残骸に否と告げる。

 どんな理由があるにせよ、コロニーの民間人の大半はオーブが地球連合に協力していたことを知るはずもない。彼らにとってザフトは無慈悲な襲撃者で、日常を壊した破壊者でしかない。襲撃に巻き込まれて死亡した者やシェルターに入れなかった者もきっといるだろう。完璧などありえない。

 冥福を祈る資格はないと分かっていても、せめて死者が安らかでいられるようにアデスは制帽を脱ぎ、胸元に当てて瞼を閉じる。

 黙祷を捧げるアデスに、ブリッジクルーもまた同じように制帽を脱ぎ右に倣う。沈黙に包まれるブリッジの中でただ一人、クルーゼだけは黙祷を捧げずに崩壊したヘリオポリスに冷笑を向けていた。

 暫しの後、クルーゼは制帽を被り直したアデスの横を通って索敵を担当するクルーの椅子に取り付く。

 

「敵の新造戦艦の位置は掴めるか?」

「いえ、この状況では」

 

 奇しくもアークエンジェルと同じく残骸の中には熱を持つものも多くてレーダーも熱探知も意味を為さなかった。アークエンジェルがザフト軍の位置を掴めぬようにヴェサリウスでもアークエンジェルの位置を特定することは出来なかった。

 敵の位置を尋ねるクルーゼに戦う気があることを察知したアデスは眉を顰めた。

 

「まだ追うつもりですか? こちらには既に残っているモビルスーツは隊長の損傷したシグーとマシューのジンだけです。まさか今のマシューを使うと言うのですか?」

 

 あの気の良いミゲル・アイマンと恰好つけのオロール・クーデンベルグが墜とされたことを思い出してアデスは心が縮まる思いをした。

 二人はアデスがヴェサリウスの艦長になってからの付き合いで、数多の戦場を生き抜いてきたエース達だった。こんな戦いで失っていい命ではなかったはずだ。

 生きて帰してやれなかった二人の遺族に頭を下げねばならないアデスは、遺品だけでも直ぐに持ち帰ってやりたい。

 長年の仲間と相棒を失ったマシューのことも気がかりだった。彼は帰投するなり直ぐにでも追撃をと進言してきて、こちらの言葉も聞かずに同調した整備員と共に何かの作業をしていると報告を聞いている。

 復讐に逸った者は長生きしないことをアデスは良く知っている。せめてマシューだけでも無事に連れて帰りたい。アデスもまた疲れていたから。しかし、クルーゼはアデスの気持ちなど斟酌してくれない。

 

「他にもあるじゃないか。地球軍から奪った4機が」

「あれを投入されると?」

 

 出来ぬ話ではないことは、奪取したばかりの機体で勝手に出撃したアスランのイージスを見ていれば分かる。だが、アデスが言いたいのは戦力云々ではないのだとクルーゼは分かろうとしない。いや、分かった上で戦おうとしているのだと頷きを返すクルーゼを見てアデスは直感した。

 

「しかし、奪還したばかりの機体ですぞ。本国に持ち帰って精密な調査をする機体を実戦に出すなど」

 

 感嘆に承服できるものではない。奪還したばかりの機体で戦闘するなど、無茶が極っている。確かに機体性能は目を瞠るところはあるが直ぐに実践に出すなど正気の沙汰ではない。まして評議会の重鎮の息子達が乗るのだ。万が一でも撃墜されればクルーゼの進退は完全に潰える。それを解っているのだろうか、と目元を仮面で覆っている隊長を見る。

 

「データを取ればもうかまわんさ。アスランが使って問題なかったのだから使わせてもらおう。宙域図を出してくれ。ガモフにも索敵範囲を広げるよう、打電だ」

「奴等はヘリオポリスの崩壊に紛れて、既にこの宙域を離れている可能性はありませんか?」

 

 時に人に対して冷酷どころか無関心とすら感じさせるクルーゼの気質を感じ取ったアデスは一縷の希望を託して問いかけた。

 

「いや、それはないな。どこかでじっと息を殺しているのだろう。網を張るかな」

「網、でありますか?」

 

 後ろのレーダーパネルに移動したクルーゼを追って艦長席から立ち上がったアデスは、クルーが表示した宙域図を前にして考えている男の顔を覗き見た。

 戦闘の詳細はマシューのジンから映像で受け取っている。コロニー崩壊の原因はこの男が下した作戦にもあり、それを止め切れなかった自分にもまた責任の一端があると考えたアデスの肩が落ちる。

 

「ヴェサリウスは先行し、ここで敵艦を待つ。ガモフには、軌道面交差のコースを、索敵を密にしながら追尾させる」

 

 クルーゼが宙域図を指で指した敵の予想進路図を見たアデスはまた驚く。

 

「アルテミスへでありますか? しかしそれでは、月方向へ離脱された場合」

「大型の熱量感知! 解析予想コース、地球スイングバイにて月面、地球軍大西洋連邦本部!」

「…んっ…」

 

 自分の予想した展開を裏付ける情報がクルーが齎され、少なくともこれでまだ地球軍の新造戦艦がいることがハッキリとしてしまい、コロニー崩壊の衝撃を受けているクルーを労わる時間がないことを証明してしまった。

 

「隊長!」

 

 艦の最高責任者は艦長のアデスである。だが、艦をどう動かすかは隊長のクルーゼに一任されている。

 ザフトには地球連合のような階級制度は無い。所詮、副官の黒服では白服のクルーゼに逆らうことは許されない。それでも一筋の希望を託してクルーゼを見る。

 

「そいつは囮だな」

「しかし、念のためガモフに確認を」

「いや、やつらはアルテミスに向かうよ。今ので私はいっそう確信した。ヴェサリウス発進だ! ゼルマンを呼び出せ!」

 

 間違いであってほしいというアデスの小さな願いを切り捨て、白服を靡かせながらクルーゼは指示を出し続ける。

 アデスに出来るのは自軍の被害を最小限にする為にクルーゼと話し合うことだけだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 モビルスーツデッキに来たキラは早速とばかりにマードックにストライクのコクピットに押し込められて未だ粗の残るシステムの調整を行わされた。

 プログラミングを趣味としているだけあってキラのタイピングは早く、何回も調整していていたのでそう時間もかけずに終わった。

 

「マードックさん、調整終わりました」

「ご苦労さん、流石に速いな」

 

 開けっ放しのコクピットハッチから出ると、油まみれの顔を首に巻いている拭いているマードックが感心の返事を返してくれる。

 コーディネイターと知られていることもあって地球連合の兵はどこか余所余所しく、こうやって遠慮なく感情を向けてくれるマードックにキラは好感情を抱いていた。

 コクピットから出て、キャットウォークに立って殆ど修復の終わっているストライクを見上げる。

 

「ストライクか。これが兵器じゃなかったらもっと好きになれたのかな」

 

 キラの工業カレッジでの専攻は機械工学。最近は人型のパワードスーツの研究をしていたので、目の前に立つストライクの凄さが良く解った。平時であるなら、兵器でなかったのなら、時間も忘れて没頭して解析したい代物を前にして小さな研究者の魂が疼く。

 キラがキャットウォークでストライクの人間に近い顔を見上げていると、マードックが近づいてきた。

 

「どうした、坊主? ストライクを見て」

「いえ、なんとなく。僕、工業カレッジの学生なんで純粋に機械に興味があって」

 

 視線をマードックに一瞬だけ向けても、キラの視線はやはり磁石のS極とN極のようにストライクに引き寄せられる。

 

「なんだ、坊主は機械弄りが好きなのか」

 

 整備員をしているだけに根っからの技術者屋なのだろう。マードックが同類を見つけたように嬉しそうな声を出した。

 

「ええ、教授がモルゲンレーテに協力してましたからパワードスーツを借りて制御プログラムを作ってたんでストライクの凄さがよく解るんです。これだけの機体を動かす動力と、それをバランス良く配分する技術。設計は大変だったと思います」

「ははは、一丁前に技術者らしい意見だな」

「気分を損ねたらすみません」

 

 本職に偉そうに講釈を垂れるだけの経験も技術も持っていないのに一端を気取ったことに機嫌を損ねたかと考えて謝った。それでも視線はストライクに吸い寄せられたままだったが。

 

「でも、始めて作ったロボットは友達との合作だったんですけど立ち上がって動いた時は自分の子供が動いたぐらいに、とても嬉しかったのを今でも覚えています。で、でも僕に子供はいませんからね!」

 

 変な勘違いをされては堪らないと、言ってて気づいたキラは慌てて否定した。しかし、マードックはキラの動揺にも気づいた様子も無く一人で頷いていた。

 

「成程、技術者にとっては子供、パイロットにとっては恋人か……」

「恋人……?」

 

 技術者にとっては子供、というのはよく解る気持ちだったが、パイロットにとっては恋人というのはキラには良く解らない理屈だった。

 

「パイロットが自分の機体を彼女のように愛するって言うだろ? フラガ大尉は自分の機体をハニーなんて呼んでたからな」

「い、いえ、良く知らなくて……」

 

 ハニー、ってと思わなくもないが、軍人には一般人に解らない感性があるのだろうということで無理に理解しようとしたが実感が湧かない。キラにとって二度乗ったストライクは扱いやすい機体であったが恋人と思うことはどうしても出来ない。やはり一般人と軍人では考え方が違うのかと考える。

 

「なんでぇ、聞いたことないのか? 自分の命を預ける物だぞ。ネジ一本まで彼女のように愛するのは当然だろうに」

「え? あ、あの………その、恋人とか良く解らなくて」

 

 彼女いない歴=年齢のキラには、彼女のように愛すると言われても分かる理屈ではない。命を預けるのだから大切にするとは理解しても、ネジ一本まで愛することはとてもできそうにない。

 

「坊主にはまだ早かったかな。がはははははっ!」

 

 笑われたが特にキラは不快には感じなかった。

 笑い方に品がないが人に嫌悪感を抱かせない不思議な魅力がマードックにはあった。軍曹と決して高くはない階級のマードックに整備員が全員従っているのは彼の人柄にあるものらしいとキラも感じ取った。

 

「あら、キラ君じゃない」

「っ……、ミスズさん」

 

 戦艦の中とは思えないほどリラックスしていたキラは背中側から声をかけられて、ビクリと体を震わせながら振り向いた。その先には相変わらずの白衣を纏ったミスズ・アイカワの姿があった。

 白衣のポケットに両手を突っ込んでいる彼女は、キラに惜しげな一瞥をくれるとマードックを見た。

 

「どう、うちの職員は?」

「助かってますぁ。お蔭でなんとか間に合いそうです」

「なら良かった」

 

 ミスズの言いようにキラはモビルスーツデッキ中を見渡して、ようやく地球連合の作業服を着た者の中にモルゲンレーテの作業服を着た者達が混じっていることに気づいた。

 両者は互いの領分を冒さないように気を付けながら分担して作業をしているらしく、オーブの技術が入っているストライクの整備は殆どモルゲンレーテの技術者達がやったようで、この近くで地球連合側の人間はマードック一人だけだった。

 

「マードック軍曹にちょっと相談があるんだけど」

 

 と、ミスズが意味ありげに視線を向けてきたことを察してキラは自分がこの場にいるべきではないと考えた。

 

「じゃあ、僕はこれで……」

「キラ君はいてね。あなたにも関係のあることだから」

 

 二人に背中を向けたところで、どうやって無重力空間でそこまで早く動くのかと思うほどにキラの体はミスズに捕まえられていた。

 長身のミスズに抱きしめられて、背中に当たる胸の感触にキラの頬が真っ赤に染まる。

 

「え、あ、ちょっと……」

「あなたも死にたくはないでしょ」

 

 混乱するキラを静めたのは耳元で囁くミスズの甘い声だった。背筋にゾクゾクと走るものがあったが、顔を振り上げて顔を見ればミスズは真剣そのものだった。

 勢いに押されるように頷きを返すと掴まえられたままストライクのコクピットに連れ込まれた。先のこともあって少し身の危険を感じたキラだったがミスズは特に何をするでもなくコクピットのモニターの電源を入れて、これは野暮かなと離れかけたマードックを手招きする。

 

「キラ君は何故、ザフトが重力の無い宇宙での戦闘に人型兵器を投入したと思う?」

「な、何故って…………人間の動作をそのまま出来るからですか?」

 

 ミスズの膝の上に座らされたキラは突然の問いに素直に思ったことを答えた。

 

「その通り!」

 

 子供が望んだとおりの答えを言った時の母親のように嬉しそうに肯定したミスズがキラの頭に手を置き、髪の毛をぐしゃぐしゃに掻き回す。

 髪を乱されるのを少し不快に感じながらも、これもまた愛情表現の一つなのだろうと二度目の出撃を決めた時のユイの事を思い出しながら思った。父のいないキラにはこういう力強いスキンシップをしてくれるのはトールぐらいなので少し新鮮でもあった。

 

「人間と同じ骨格を持つということは、人類がこれまで得てきた経験や技術をそのまま生かすことが出来ることを意味しているわ。つまり、銃やサーベルを振り回す以外にも色んな動きが出来るのよ」

「…………ということは蹴ったり殴ったりもプログラムすれば戦闘で使えるってことですか?」

「勿論」

 

 へー、とコクピットハッチの外で感心しているマードック同様に、パワードスーツの研究でそれが如何に難しいかを良く知っているキラは更にストライクの興味を強くした。

 

「オーブが作り上げたアストレイはそこを重視して、限りなく人間に近い動きが可能な柔軟性を持っているのよ。単純な運動性ならGを上回るわ」

 

 ピッ、とミスズがボタンを押すとモニターに、ストライクの左側に立つアストレイ・グリーンフレームが表示された。

 

「で、私が何を言いたいかというと、ユイの強さの秘密を知りたくない?」

「え?」

 

 キラにとってそれはあまりにも予想外の問いだった。

 

「あるんですかい? そんな秘密が」

「あるわよ。その秘策をキラ君に託してもいいわ」

 

 なら是非、と言いかけてキラもようやくこの状況に気がついた。

 ミスズがストライクのコクピットにキラを連れ込んだ意味。それは余人に話を聞かれたくないようにするためではないか。マードックは整備責任者だから抱き込んでおけば誤魔化しもしやすい。

 

「つまり、秘策を受け取るには艦長達には秘密にしろってのが条件ですかい」

「当然。これはオーブの部外秘だもの」

 

 意図を正確に察知して思い悩むマードックと笑みを含んだミスズの視線が交錯する。ミスズの膝の上にいるキラは抜け出すことも出来ずに両者の視線に晒されて居心地の悪い思いを味わっていた。

 先に折れたのはマードックだった。居心地が悪そうにモジモジと体を揺らしているキラを見て視線を逸らして溜息を漏らした。

 

「乗るのは坊主でさ。こいつは死なせるには若すぎる。生き残れる可能性がちょっとでも上がるなら頼みます」

「マードックさん……」

 

 深々と頭を下げるマードックにキラがかけられる言葉などありはしない。

 

「OK。ユイ、聞こえてたわね」

『はい。相変わらずの手口ですね、博士』

 

 ストライクのコクピットにユイの無感動ながらも呆れていると分かる声が響き、露骨に貶されたミスズの肩が落ちた。

 そうこうしている間にグリーンフレームのコクピットハッチが開き、パイロットスーツのままのユイ・アマカワが片手にスーツバックを持ってストライクに向かってくる。

 

「持って来ました」

「ご苦労さん」

 

 マードックが開けた場所からストライクのコクピットの体を突っ込む。下半身は外にあるので身を乗り出す形で手に持つスーツバックを渡そうとしているので、未成熟な肢体をパイロットスーツが強調している所為でキラの顔が火照った。

 

「それは?」

 

 ミスズにスーツバックを渡したユイが引っ込み、彼女の反対側からコクピットを覗いたマードックが問いかける。

 キラもまた目の前にあるスーツバックの中身が気になった。

 

「教育型コンピュータって言って分かるかしら? MSパイロットの訓練時間を短縮するため行動パターンを蓄積し更新できるというプログラム。これはそのソースとデータが入ったコンピューターよ」

 

 ポン、とスーツバックを軽く叩いたミスズの笑みを見たマードックの表情がハッキリと変わった。

 

「なんてこった、そりゃ艦長達には言えねぇわけだ」

「つまり、どういうことなんですか?」

 

 一人で納得して手で目元を覆ったマードックと違ってキラにはよく解らなかった。

 

「これを搭載していれば戦えば戦うほどに強くなる」

「慣熟させた後にデータを移植すれば戦闘慣れをしていないパイロットでも歴戦の相手と互角の戦いをすることも可能になるわ。凄いでしょ」

 

 簡潔に言ったユイの言葉をミスズが補足する。

 ようやくことの重さを理解できたキラの顔から一気に色が抜け落ちた。ストライクだけではない、この教育型コンピュータの存在が今後の歴史すらも動かしかねない爆弾だと気づいたのだ。

 

「これにはユイのデータが入ってるからキラ君の助けになってくれるはずよ。でも、くれぐれもこの場にいるメンバー以外への口外はしないでね。私も出来るだけは血生臭い方法は取りたくないし」

 

 呆然とするしかないキラの前で、ユイが黒光りする拳銃を手にしていた。

 

「分かった。分かったから銃なんて抜かないでくれ。艦長達には伝えねぇから、坊主もいいな?」

 

 マードックが必死にそう言うのを聞いてキラが何度も頷くとユイも信頼してくれたのか、拳銃をパイロットスーツに付けられている腰のホルスターに直した。

 

「これを使えばキラ君でもそこそこ戦えるはずよ。予備なんてもうないし、高価だから壊さないでね」

 

 キラとマードックがホッと胸を撫で下ろした時には、言質は取られている。もうこれで誰も引き返せない。

 

「安心して。跡が残らないように地球連合と別れる時には抜き取らせてもらうから、バレることはないわ」

 

 本当にそれならいいが、と色々と思うことにありそうな顔をしているマードックの顔を見たキラは自分が知ってはいけないことが知ってしまうことが増えてきていることに不安を覚えた。

 

「組み込むには時間がかかるし、敵が来るまで私達が持ち込んだMSシミュレーターでもやって少しでもストライクに慣れておくことね。ユイ、シュミレータ―の使い方を教えてあげて」

「はい」

「え、ちょっと待って……自分で行けるから!?」

 

 ユイに手を引かれてコクピットから連れ出されて、頬が真っ赤なまま真下に落ちていくキラを見ながらミスズは頬に手を当てた。

 

「若いっていいわね」

 

 それは何か違う、と残ったマードックは思ったが口には出さなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 アークエンジェルのブリッジに警報音が鳴り響く。

 ザフト側に気取られない為にデコイを発射した瞬間にアルテミスへの航路を修正した後は艦内機器類を停止し慣性飛行していたアークエンジェル。潜水艦戦術の一つであるサイレント・ランニングを行なっていた艦に運はなかったようだ。それとも作戦を見抜いた向こうの指揮官を褒めるべきだろうか。

 

「大型の熱量感知。戦艦のエンジンと思われます。距離200、イエロー3317、マーク02、チャーリー、進路、0シフト0!」

「横か!? 同方向へ向かっている」

 

 索敵席に座るロメロ・パルが示した座標から副操舵席に座るムウがザフトの艦の動きを予測する。

 

「気づかれたの?」

「だがだいぶ遠い。気づかれたにしては動きが変です」

 

 艦長席に座るマリューと席を支えにするナタルは困惑したように顔を見合わせる。

 

「目標、本艦を追い抜きます。艦特定、ナスカ級です」

「チィ! 先回りして、こっちの頭を抑えるつもりだぞ!」

「ローラシア級は?」

「待って下さい。…………本艦の後方300に進行する熱源! いつの間に」

 

 情報が示す物はナタルの作戦失敗を意味していた。敵に作戦を読まれていたのだ。作戦を出したナタルの顔色が真っ青に染まる。自分が出した作戦が艦を危機に陥れてしまったと気づいたからだ。

 

「このままでは、いずれローラシア級に追いつかれるか、逃げようとエンジンを使えば、あっという間にナスカ級が転進してくるぞ。おい! 2番のデータと、宙域図、こっちに出してくれ」

「なにか策が?」

「それは、これから考えるんだよ」

 

 経験豊富なムウならばこの危機的状況を打破できると信じて問いかけたナタルに返ってきたのは、なんとも頼りない返事だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 MSシミュレーターで見事にユイに全敗したキラは疲労困憊で廊下を漂っていた。なんとか居住区に向かおうとしていたキラの耳に艦内中に鳴り響く警報音が届く。

 

『敵影補足、敵影補足、第一戦闘配備、軍籍にあるものは、直ちに全員持ち場に就け! 軍籍にあるものは直ちに……』

「くっそー、ベッドに入ったばっかだってのにー!」

 

 目の前の部屋から癖毛に眼鏡をかけた見覚えのある軍人が出て来て、キラの体は疲れていても咄嗟に反応して避ける。

 これから戦闘があると分かってもキラはその場から動けなかった。ただ、流されるがままに漂う。

 

「ママぁ~」

「大丈夫よ、エル」

「戦闘になるのかこの船…?」

「俺達だって乗ってるのに!」

 

 どうやら食堂付近にまで流されて来たらしい。民間人の話し声が聞こえて来て、キラはどうしてかその輪の中に入っていけなかった。

 軍人ではない。でも、もうただの民間人でもいられないのだとマリューやミスズが顔が脳裏を過ぎって、胸に鋭い痛みが走った。どうしようもなく一線を越えた我が身がどこへ向かうのかと強い不安を感じた。

 

「キラ!」

 

 声がかけられてキラは何時の間にか閉じていた瞼を開いた。

 壁際に凭れていた背中を離して声が聞こえた方向に顔を向ければ、見慣れぬ服に身を包んだトール達の姿があった。

 

「あ! トール、みんな。…………何? どうしたの? その格好?」

「ブリッジに入るなら軍服着ろってさ」

「僕達も艦の仕事を手伝おうかと思って。人手不足なんだろ? 工業カレッジに通ってたんだから普通の人よりは機械やコンピューターの扱いに慣れてるし」

 

 性格通りきっちりと襟まで止めているカズィと、なにかポリシーでもあるのか色眼鏡はつけたままのサイの発言にキラの頭は時を止めた。

 

「軍服はザフトの方が格好いいよなぁ。階級章もねぇからなんか間抜け」

「生意気言うな!」

 

 痛てぇ、と後ろからダリダ・ローラハ・チャンドラII世に頭を叩かれたトールは軍隊の縦割り社会の無情さに涙目を浮かべていた。

 展開についていけないキラはまだ呆然としている。その彼に向ってトールは始めて会った時にキラの手を引いた浮かべた太陽な温かさで笑った。

 

「お前にばっか戦わせて、守ってもらってばっかじゃな」

「こういう状況なんだもの、私たちだって、出来ることをして…」

 

 その気持ちが嬉しかった。十分だった。守りたいと思った人達の思いが胸に熱くてキラは泣きそうだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 戦う決心を固めたキラはパイロットスーツに着替えてストライクのコクピットに収まっていた。

 

「戦いたいわけじゃないけど、僕はみんなが乗っているこの船を守りたい。ストライクガンダム、君も力を貸してくれる?」

 

 ウォォォォン、とまるで返事をするようにストライクのエンジンが高鳴る。

 

「ありがとう」

 

 錯覚だとしても戦うのが一人ではないと感じ取ったキラの胸は一杯だった。

 

『メビウス・ゼロ。フラガ機、リニアカタパルトへ!』

 

 目の前でフラガが乗り込んだメビウス・ゼロがストライクの前を横切って、リニアカタパルトへ移行していく。

 

『嬢ちゃん、坊主。俺が戻ってくるまでアークエンジェルを頼むぜ』

『了解』

「…………僕に出来るか分かりません。全力を尽くします」

 

 即答したユイと違って、パイロットスーツ越しの操縦桿の握りを確かめるキラに言えるのはそこまでだ。この中で一番、弱いのは自分なのだから護るとはとても言えない。全力を尽くす。それが今のキラの精一杯だ。

 

『はっ、無事に守れたら俺の秘蔵の酒を一緒に飲もうぜ』

『私達は未成年です』

『いいんだよ。誰も気になんかしねぇ』

 

 普段通りに話が出来る二人が凄いと思う。肩を並べて戦うこと自体が場違いな気もするが、キラでなければ戦えないのだから発奮しなけれならない。

 

『ムウ・ラ・フラガ、出る! 戻ってくるまで沈むなよ!』

 

 言い残してムウが乗るメビウス・ゼロが発進していった。

 

『3分後にメインエンジン始動! アストレイ・グリーンフレーム発進準備!』

 

 続いて、ストライクの横からアストレイ・グリーンフレームが自力で移動してカタパルトを装着する。

 

『何時でも行けます』

 

 こんな時でも冷静沈着そのもののユイが羨ましかった。その時が来るとなるとキラの手は震えている。

 

『アストレイ・グリーンフレーム発進します!!』

 

 グリーンフレームは前だけを見て発進して行った。

 次はキラの番だ。心臓が早鐘を打って、なにも音が聞こえない。ムウから聞いた作戦も頭の中から抜け落ちている。そのまま発進しても良い的にしかならないだろうキラを救ったのはやはりは仲間だった。

 

『キラ!』

『!? ミリアリア!』

 

 上部に設置されている通信相手の姿を映し出すモニターの先でミリアリア・ハウが手を振っていた。

 何故、と疑問に思ったキラの中に既に答えはあった。先ほどブリッジで手伝うと話していたばかりだ。ミリアリアが管制官をやる可能性は十分にある。

 

『以後、私がモビルスーツ及びモビルアーマーの戦闘管制となります。よろしくね!』

『よろしくお願いします、だよ』

 

 隣にいるらしいジャッキ・トノムラのツッコミが入れられて悪戯をした後のような笑顔を浮かべるミリアリアを見て、キラの口元が自然に笑む。

 笑えている自分に驚いて口元を抑えようとして、ヘルメットを被っていることを忘れている自分にまた笑った。

 

『装備はエールストライカーを。アークエンジェルが吹かしたら、あっという間に敵が来るぞ! いいな!』

「……はい!」

 

 ナタルの問いかけに今度はしっかりと返事を返せたことがキラの中で確かな流れを作る。

 

『キラ・ヤマト! ストライク発進だ!』

『キラ!』

 

 直ぐには返事をせずにキラは一呼吸を置いた。

 やれるか、と自らに問いかけると、やれると返事が返ってきた。

 

「キラ・ヤマト! ストライクガンダム! 行きます!!」

 

 開かれたカタパルトデッキに見える無限の宇宙へと向かって、キラの駆るストライクガンダムは飛び出して行った。

 

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