シードガンダム――王道を往く者達――   作:スターゲイザー

6 / 12
第6話 愚者となりて

 

 宇宙には上下の区別がつかない。

 地球上では空が上であり地面が下であるが、宇宙には上下を判断できる目印がない。重力もないので生身で宇宙に出て上下左右が分からなくなってしまったら自身がいる場所や向いている方向すら不明になる。

 宇宙は広大で果てがない。地球上のような目印は無い。

 地球上で似たような環境は水の中だろう。深い水の中で溺れると上下左右の感覚を失い、水面を目指しているつもりでも下に向かって沈んでいることもある。

 宇宙では空気もないので距離感覚すらもあやふやになる。

 近いと思ったら遠く、遠いと思っていたら直ぐ傍にあるなど、どこまでも地球とは違うのだ。

 宇宙での戦闘では重力に左右にされず、地上では出来ない動きも可能になる。その代わり、距離感覚や上下左右の感覚も当てにならない。

 地上とはまた違うセンスを要求される。それが宇宙での戦闘のコツだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ヘリオポリス崩壊から数時間後、味方のユーラシア連邦所属の要塞アルテミスを目指していたアークエンジェル。ザフト側に気取られない為にデコイを発射した瞬間にアルテミスへの航路を修正した後は艦内機器類を停止し、慣性飛行する潜水艦戦術の一つであるサイレント・ランニングを行なっていたが頭を敵艦ヴェサリウスに抑えられた。後方にはガモフがいる。

 

「まさしく前門の虎に後門の狼というわけね」

 

 報告を受けた艦長のマリュー・ラミアス大尉は、昔の故事が好きでやたらと引用したがる上司の言葉を引き合いに出して落ち着こうとしながら唾を飲み込んだ。

 目的のアルテミスへの航路は最新鋭艦のアークエンジェルと同等のスピードを持つだろうナスカ級ヴェサリウスに前方を塞がれている。逃げようにも後方にはナスカ級には劣るものの火力に秀でているローラシア級ガモフがいる。

 

「隊長はあのクルーゼらしいけど忌まわしい男」

 

 状況が詰んでいることは素人でも分かる。艦の命運を左右しなければならないマリューは、敵将の優秀さに歯噛みする。

 速度で勝る艦に頭を抑えられ、後方を火力に優れた艦が忍び寄っている現状では逃げの一手に出るのは用兵に優れたわけではないマリューでも分かる悪手。

 

「頼みます、大尉」

 

 艦の前で敵を待ち受けている機体は二つのみ。ストライクとアストレイ・グリーンフレームだけで、その中にムウ・ラ・フラガ大尉が乗るメビウス・ゼロの姿はない。頭を抑えられたと分かった時にムウ自身が立てた作戦に則って少し前のアークエンジェルと同じく慣性飛行で先行しており、彼の成果如何で艦の命運が決まる。

 

「後方より接近する熱源3、距離67、モビルスーツです!」

「対モビルスーツ戦闘、用意! ミサイル発射管、13番から24番、コリントス装填、リニアカノン、バリアント、両舷起動! 目標データ入力、急げ!」

 

 CICの統括を務めるナタル・バジルール少尉の覇気に満ちた声は、戦闘に委縮しかけるブリッジの空気を引っ張ってくれる。

 戦術シュミレーションで優秀な成績を残しているナタルが生き残ってくれたことは、数奇な運命で艦長を務めることになったマリューにとって数少ない幸運であった。

 

「来たわね」

 

 ダリダ・ローラハ・チャンドラⅡ世伍長の叫びに来るべき時が来たのだと大きく深呼吸をして、戦う気持ちを作りだそうとした。だが、その気持ちは続いた報告に揺るがされることになることをマリューは知らなかった。

 

「機種特定…………これはXナンバー、デュエル、バスター、ブリッツです!」

「何ぃ!?」

「え!?」

 

 続いたチャンドラⅡ世の報告にナタルとマリューの驚愕の声が重なった。

 勝敗を左右する天秤がまるで恣意的にアークエンジェルの命運を潰そうとするかのように凶報が続く。

 

「前方からも接近する熱源2、これもXナンバー、イージスです! もう一機はジン? 装備が違う?」

 

 前面モニターに接近する機影が映された。右側に後方から迫る三機のGが、左側にイージスと無骨な装甲を全身に纏ったジンがバーニアを吹かしながらやってくる。

 

「奪ったGを全て実戦に投入してくるなんて」

 

 あまりにも早すぎる、とマリューは続く言葉を心中で呟いた。

 先の戦闘でミゲル・アイマンのカスタムジンをユイのアストレイ・グリーンフレームが、D装備のジン一機をアークエンジェルがそれぞれ墜としている。その前の戦闘で隊長のラウ・ル・クルーゼが乗っていた思われるシグーも四肢の半分を失っている。ストライクの起動時にもジンを一機自爆にまで追い込んだ。

 4機もの機体を消失、または戦闘不能に追い込んで、Gを4機も収容しているのだから艦載機の余裕はそれほどないはずと見ていた。戦えるとしたらD装備をしていたもう一機のジンと、多くても二機か三機のジンと考えられた。

 対するこちらの戦力は名付きを墜としたユイのグリーンフレームと、実体兵器には無類の強さを誇るフェイズシフト装甲を持つストライク。そして対モビルスーツ戦闘を主眼として現行の艦を遥かに凌駕する機動性と防御力、攻撃力を兼ね備えたアークエンジェル。

 キラが素人でも、これだけの陣営で負けは無いと判断したからこそマリューはムウの作戦を認めたのに前提条件を覆された。だが、何時までも歯噛みばかりしてもいられない。

 

「ナタル、攻撃を任せるわ。フェイズシフトに実体弾は効かないから注意して」

「はっ、了解です。主砲、レーザー連動。焦点拡散!」

「ノイマン、回避任せるわ」

「任せて下さい。ですが、少々荒っぽくもなりますが構いませんか?」

 

 能力の至らなさを知っているマリューには、艦長としてみっともないと分かっていても他のクルーに頼るしかないが、ナタルとノイマンのハキハキとした答えに頼もしさを感じて頷く。

 

「艦内全員に手近な所に捕まって体を固定するように通達して。怪我人のベルト着用も忘れないで」

 

 指示を与えてそれぞれ動き出したブリッジの中でマリューは前面モニターに映るG4機と特殊装備を纏っているジンを睨み付けた。

 

「本当に頼みますよ、大尉」

 

 敵の戦力は少なく見積もってもこちらの数倍。途端に苦しくなった状況に酸素が無くなったような苦しさを感じながら、先行するムウに一縷の希望を託した。

 数奇な運命によってストライクに乗ったキラ・ヤマトもまたコクピットに鳴り響く警報音で敵の接近を理解していた。

 

「二機! 一機はイージス? まさかアスランなの!?」

 

 実際の距離はまだ遠く離れているものの、接近を感知したセンサーがモニターに拡大した姿を映し出す。

 ストライクやグリーンフレームに似た意匠の赤いモビルスーツは、ヘリオポリス崩壊時に目の前に現れた機体そのものだった。僅かに繋がった通信で交わした会話からイージスに乗っているだろうパイロットは三年前に別れた親友の可能性が高い。

 

「後方からG三機接近との通信あり。前は任せます」

「え? ちょっと!?」

 

 横に並走していたユイから通信が入り、キラが返事を返す前にグリーンフレームが踵を返した。

 止める間もなく、通信に返事も返ってこないままアークエンジェルの後方から接近している敵機に向かってバーニアを吹かして行ってしまった。

 

「任せるったって言われても……」

 

 後方からアークエンジェルに接近しているのがG三機はストライクと同じビーム兵装を持っていて、前方から来る二機の内の一機はジンなので実弾が主なはず。素人のキラでも後方から来るG三機の相手をする方が大変で危険であることは承知している。対して前方はビーム兵装を持つイージスがいるといっても実弾武器が主なジン相手なら無敵なストライクの方が適任。

 

「やれるの、僕に?」

 

 頭の理解と戦闘に畏れを抱く感情は別物。ヘリオポリスでキラが戦ったオレンジ色に塗装されたジンは、敵の地球連合でも名が広く知られているエースパイロットと後で聞いた話であった。相手は実弾兵装しかなかったのに手玉に取られた記憶はまだ新しい。

 スペック上ではジンの数倍近い性能を有しているストライクに乗っていても、そのストライクで相手にして何も出来なかったのだ。モビルスーツに上手く乗れても戦争が出来るわけではないのだからキラ・ヤマトには出来ると判断できる材料が欠片もなかった。

 

「来る!」

 

 ピーピー、とセンサーが鳴らす接近警報に操縦桿を握る手に力が篭る。

 ザフトが開発していた第1世代MS用強化パーツ「アサルトシュラウド」を纏っているジンに搭乗するマシュー・オッケンワインは、昏い瞳でモニターに映るストライクを見つめる。

 

「お前じゃない……」

 

 似てはいるが違うと切り捨て、脚、足先、背部等のパーツに備えられているスラスターを全開に吹かす。

 瞬く間にストライクに近づき、ビームライフルを腰にマウントしてビームサーベルを取り出したのを目にしてもマシューの目は前だけを見つめ続けていた。

 ストライクとジン、機体が一瞬だけ交錯する。

 身構えたストライクの直ぐ横を通って、何もすることなくジンは通り過ぎて行った。

 ストライクに乗っているキラは思わず目を瞑ってしまったことに気づきもせず、通り過ぎって行ったジンを不審に思いながらも安堵した。

 

「なんで? …………まさかアークエンジェルを狙って!?」

 

 モビルスーツ同士は戦うのだと先入観があって気づくのが遅れたが、母艦がなくなれば戦闘を続ける意味がなくなる。帰る場所がなくなればモビルスーツに乗っていようがエネルギーが切れてしまったら補給も出来ず、宇宙を彷徨う巨大な監獄に成り果てる。

 遅らせながらそのことに気づいたキラはストライクを反転させて通り過ぎって行ったジンを追おうとした。

 

「キラ!」

「!?」

 

 コクピットに響いた懐かしいと感じる古い友の声に、動き出そうとしたストライクの動きが止まった。

 一際近い接近警報が鳴り響いた直後、コクピットを激震が襲う。

 

「うわぁ!?」

 

 ガクン、と揺れたがパイロットスーツのお蔭でヘリオポリスの時ほどには振り回されなかった。揺れた視界で前面モニターを見れば赤いモビルスーツが取り付いていた。先ほどの激震はイージスが掴みかかってきた衝撃のようだった。

 G同士だからか、それとも接触回線を用いてか、通信相手を映し出す上部のモニターにキラと同じようにシートに座った赤いパイロットスーツを纏った人を映し出す。その相手が三年前に別れた友アスラン・ザラであることは信じたくない現実だった。

 

「アスラン!」

 

 ストライクはビームサーベルを持つ右手と盾を持つ左手の、人間でいえば上腕に当たる部分を掴まれて身動きを封じられていた。だが、はたしてキラはストライクの右手を捕まえられていなかったとしてもアスランが乗るイージスにビームサーベルを向けられただろうか。

 

「やめろ、キラ! 俺達は敵じゃない、そうだろ!」

 

 間違いなくアスランと分かる声を聞いてるだけで懐かしさと嬉しさでキラは泣きたくなった。

 

「同じコーディネイターのお前が、何故が俺達と戦わなくちゃならないんだ!」

 

 アスランの声にはこうなってしまった運命に対する抑えようのない怒りが込められていた。キラもまた同じ気持ちだった。

 三年前に別れた最も親しかった友と、何故戦場で再会して殺し合わなければならないのだろうか、とキラもまたこうなってしまった運命を呪った。

 

 

 

 

 

 アークエンジェルからレーザー照準されたスレッジハンマーが放たれ、後方から接近しようとしていた奪取したばかりのGに乗るザフトの赤服達は機体を散開させた。

 

「ヴェサリウスからはもうアスランが出ている。後れを取るなよ!」

 

 Gの一機で、シリーズの中でも最初に完成したMSであり、将来の主力MSの基本形として要求性能をバランスよく備えた汎用機というコンセプトで開発されたX102デュエルに乗るイザーク・ジュールは、普段から敵視しているアスラン・ザラが先に出撃していることを聞いていたので闘志を燃やしていた。

 イザークが乗るデュエルにX103バスターが追従する。

 

「へいへい、お熱いことで」

 

 闘志を燃やすイザークとは対照的などこか冷めた視線で戦場を見渡すディアッカ・エルスマンは、雨霰の如く降り注ぐスレッジハンマーの弾丸を両肩に装備されている220mm径6連装ミサイルポッドで迎撃していく。

 スレッジハンマーと220mm径6連装ミサイルポッドの激突によって次々と爆発の花が咲き上がっていく。その爆炎の隙間を縫うように、宇宙では目立たない黒い機体が飛び出す。

 

「これで!」

 

 X207ブリッツに乗るニコル・アマルフィが吠える。

 ドイツ語で電撃とコードネームの通り、敵陣深くへの電撃侵攻を目的として開発されたコンセプトを皮肉にも開発元の地球連合に見せつけるかのように突撃。しかし、敵もそこまで甘くはない。

 艦尾両舷に備え付けられているバリアントMk.8が超えた爆炎の向こうから迫っていた。

 

「チィッ!」

 

 攻盾システム「トリケロス」に備え付けられている50mmレーザーライフルを放とうとしていたところを無理矢理に回避動作に移させる。

 あわやというところで直撃することを回避したブリッツのコクピットで、ニコルは背中に流れる冷や汗を実感せずにはいられなかった。

 

「実戦と訓練は違うというわけですか」

 

 イーゲルシュテルンとヘルダートを併用して一段と弾幕を厚くされて、アークエンジェルに接近できない。ニコルは今までしてきたシュミレーションや実機訓練では得られない緊張感に体が強張るのを感じた。

 ブリッツが下がっていくのを見てイザークは激昂した。

 

「臆したか、この臆病者め!」

 

 果敢に突進していくデュエルに乗るイザークの叫びがコクピットに響いて、ニコルはヘルメットに覆われた顔を紅潮させた。

 

「僕は臆病者なんかじゃありません!」

 

 下げていた操縦桿を今度は一気に前へ倒す。

 ブリッツは先を行くデュエルに追いつき、追い越せとばかりに弾幕の山を掻い潜り、頭部バルカンのイーゲルシュテルンやトリケロスのレーザーライフルで迎撃し、時にはフェイズシフト装甲を信頼して特攻する。

 

「訂正してください!」

「させてみろ!」

 

 二機は時には並び、自機を盾として味方を守りながらアークエンジェルへの距離を詰めていく。

 

「熱いねぇ。激情家と坊やは」

 

 突進する二機とは違って、後方から援護するディアッカは戦場には不似合いな笑みを浮かべた。

 右腰アームに接続される電磁レールガン「350mmガンランチャー」と左腰アームに接続される大型ビームライフル「94mm高エネルギー収束火線ライフル」で援護して、突進する二機の進路をクリアにする作業は骨が折れる。

 

「さて、年長者は若者を助けねぇとな。だから、年寄りの分まで頑張れよ若人ども」

 

 イザークが一年、ニコルとは二年の違いでしかないが、二人はディアッカの年下なのだ。

 同年代だったラスティ・マッケンジーがG奪取作戦で死んだ痛みは彼の中にもある。赤服五人の中で調整役だった彼なくしては、残ったディアッカには纏めるような役割は出来ないので以前のような関係に戻ることはないだろう。惜しくも思いながらこの気持ちを目の前に敵にぶつけようと考えたディアッカの目に何かが引っ掛かった。

 

「なんだ?」

 

 アカデミーでは五人の中で最もモビルスーツ戦の成績は低かったディアッカだったが、こと砲撃戦においては一位のアスラン・ザラすら歯牙にもかけなかった彼の勘が警鐘を鳴らしている。

 アカデミーをトップクラスの成績で卒業し、有名なクルーゼ隊に赤服で配属されることを知っての自信。模擬戦でクルーゼには赤服五人で挑んだにも関わらず掠り傷さえ与えられず、名付きのミゲルにはあっという間に撃墜され、他のパイロットにも一対一では勝てなかった。自信も驕りも狭い箱庭で得ただけの価値のないものだと思い知らされた完膚なきまでに敗北。

 0からの出発を誓い、見どころがあると言われた砲撃戦の腕を磨こうとした。奪取したGが近接戦闘を排して砲撃に特化した機体だと知った時は天命だとすら思った。

 未熟ながらもスナイパーとしての道を歩み始めたディアッカの勘が、目から感じ取った微かな異変を危険と判断した。

 

「避けろイザーク! ニコル!」

 

 二人が乗るデュエルとブリッツが従ってくれるかどうかを確認する前に、バスターに回避動作を取らせる。

 バーニアを全開に吹かせて上昇したバスターの足下を緑色のビームが通り過ぎた。回避動作に入らなければ胴体部分、つまりはコクピットに直撃したであろう一撃にディアッカの背筋が総毛立った。

 危なかったではなく助かった。勘に従って動いていなければ死んでいたと直感させた肉体が冷たい汗を流させる。

 自らの命がまだ残っていることを信じてもいない神に感謝したところで僚機の存在を思い出した。

 

「二人は………無事か」

 

 視線を向ければ、センサーが二機の無事を教えてくれた。弾幕の中にいたことが外にいて狙われたバスターほどには正確な狙いではなかったようで、二機とも足を止めていたが損傷はないようだった。

 

「なんだ、今のは!?」

 

 深く重い息を吐いて、二人の無事に安堵しているとディアッカの耳に畏れを潜ませたイザークの叫びが届いた。

 

「ミゲルやオロールを墜とした奴だろうぜ。ほら、来た!」

 

 ヘリオポリスで戦って唯一生きて帰ってきたマシューの話を思い出しながらイザークに答えを返し、何時でも動けるように操縦桿に込められがち力を緩めてモニターに目を凝らすと左方向から何かが光った。

 操縦桿を全力で動かすバスターの直ぐ近くを緑色のビームが通り過ぎる。

 

「避けられた?」

 

 ストライクから離れてアークエンジェルの左舷を大きく回り込んたアストレイ・グリーンフレーム。パイロットの特性を理解してセンサー類がGよりも数段強化されている機体に乗るユイは、攻撃が躱されたことに怪訝そうに眉を一ミリだけ顰めた。

 照準スコープを覗きながらもロックオンをせずに勘だけで撃ったビームが外れるのは当然なのだが、彼女にとってはこれが普通である。こちらの存在を認識しているならともかく、普通なら認識不可のこの距離で撃って避けられた経験は二度しかない。

 

「これで避けられたのは三度目」

 

 二度目はヘリオポリスでシグーの右足を撃ち抜いた時だ。完全に避けられはしなかったが確実に墜とせると確信したタイミングだったので、ユイの中では避けられたのと同じだった。

 

「拳神と同じ?」

 

 ユイの脳裏にとある背中が思い浮かぶ。

 オーブ本国から宇宙に渡ってヘリオポリスに向かう際に宇宙海賊に襲われ、運航艦を守る為に単身で敵の船に侵入すると既に一人の格闘家によって制圧された後だった。だが、状況は宇宙海賊の中にザフトの軍人崩れがいてジンを持ち出したことで悪化した。

 成す術もないと思われたが格闘家はあろうことか海賊船にあったもう一機のジンを持ち出した。ユイが運航艦に積まれていた地球連合の払い下げのミストラルを持ち出した頃には格闘家はジンを倒していた。

 滅多に人に興味を覚えないユイがミスズの悪戯心に影響されたのか、格闘家が乗るジンに銃口を向けたその時だった。ロックオンもせずにただ撃つと考えたその時だった。格闘家が乗るジンが回避行動に出たのは。

 後になって話を聞けば自分に向けられた敵意をセンサーに頼らずに察知できるらしいとのこと。

 格闘家とは途中の中継ステーションで別れたが、この話をミスズにすると「拳神」と爆笑しながら渾名をつけた。お互いに名前も聞かなかったのでユイも拳神と呼ぶことにしていた。

 

「違う。あの機体は私と同類」

 

 一昔前のスナイパーなら互いを目視した瞬間には敵と気づいたという。同類の匂いとでも呼ぶべきか、ユイもまたバスターのパイロットに自分と同じ匂いをかぎ取った。

 

「危険。ここで墜とす」

 

 放っておけば後々の禍根になるとバスターを標的に定めてバーニアを吹かす。

 遠距離戦に特化しているバスター相手に砲撃勝負をするつもりはない。一気に距離を詰めて勝負を決めるつもりだった。しかし、バスターとの距離を半分に詰めたところでユイの感覚に触れるものがあった。

 続いてセンサーが後方から接近する機影を捉える。

 

「ジン? 装備が違う」

 

 何よりもジンから発散されている気が異様の一言につきた。ユイの少ない経験で合致するのは鬼気や怨念のような物騒な言葉ばかりが思い浮かぶ。

 背中を見せればやられると感じ取ったバスターに向けていた機体を反転させた。

 グリーンフレームが戦うつもりであることを見て取ったアサルトシュラウド装備のジンに搭乗するマシュー・オッケンワインは昏い笑みを浮かべた。

 

「ようやく見つけたぞ、紛い物」

 

 地獄の底から蘇ってきた悪魔のように低い声で呟いたマシューは、乗っているジンアサルトが両手に持つ重突撃機銃をグリーンフレームに向ける。

 バーニアを全開に吹かして急接近する。体がコクピットに叩きつけられる衝撃でも構わなかった。

 

「ミゲルと、なによりもオロールの仇を討たせてもらうぞ!!」

 

 いなくなった死者の魂に引き摺られたマシューが怨念の塊となってユイに襲い掛かる。

 

「くっ!」

 

 発散される気迫に呑まれていると感じ取ったユイは迷わずに逃げの一手を選択する。このまま戦えば機体性能の差を埋めかねないほどの気迫に、真っ向から戦えば不利と察したが故の行動だった。

 一度距離を開けて時間をおけば、怯んだ精神も元に戻るが状況がユイに余裕を与えてくれなかった。

 

「!?」

 

 背後からの気配に咄嗟に反転しながらシールドを掲げる。直後、コクピットを閃光が支配して機体を揺らす。あまりの破壊力にシールドを掲げながらも踏ん張れずに機体が後方に流される。

 閃光に咄嗟に目を閉じてしまったユイが視界を取り戻すと、左右のアームに接続されている電磁レールガンと大型ビームライフルを連結させて超高インパルス長射程狙撃ライフルを構えているバスターの姿があった。

 今のでグリーンフレームを仕留めきれなかったと見て取ったバスターは連結を解除して、両腕のアームに武器を保持しながら銃口を向けて来る。

 

「2機が相手」

 

 同類と認めたバスターと油断ならない気を発するジンアサルト。2機同時に相手出来ないほどではない、とユイは冷静に判断する。

 2機相手に勝てるとは言わないが、今のキラにジンアサルトの相手は頼めない。殺意を向けられているのはユイだけのようだが、地球連合に協力しておいてオーブ所属や民間人であるなど信じはしないだろうから何時矛先が向くか分からない。

 キラがイージスの相手をしていることは通信で知っているので、アークエンジェルには残ったブリッツとデュエルの相手をしてもらうしかないとユイが考えたその時だった。

 コクピットに新たな接近警報が鳴り響く。

 

「ブリッツとデュエルも?」

 

 黒い機体とストライクに似た色合いの機体もグリーンフレームを目標にしているようだった。でなければアークエンジェルから離れるはずがない。

 ザフトの指揮官であるラウ・ル・クルーゼがグリーンフレームがアークエンジェルよりも優先的に狙うように命令していることをユイは知らない。クルーゼの乗るシグーに損傷を与え、黄昏の魔弾の名を異名を持つミゲル・アイマンを墜とした機体を野放しにするはずがない。

 

「これは厳しいかもしれません」 

 

 G3機とジンアサルトを相手にすることの厳しさを肌で感じ取ったユイは自らの死地がここであることを感じ取っていた。

 呟いた直後、ユイの視界は三方から放たれたビームによって塞がれた。

 

 

 

 

 

 3機のGとジンアサルトによって一方的に翻弄されるグリーンフレームの姿は、アークエンジェルのブリッジからも良く見えた。

 ストライクとグリーンフレームの存在はアークエンジェルにとってなくてはならない存在。艦長のマリューにとってユイは親友のミスズの養女なのだ。本来ならばこれほどの緊急事態でなければ戦闘に出すのも嫌がる子供の危機に黙っていられれるはずがない。

 

「アストレイの援護を!」

「無理です! あれだけ動き回っている中で敵だけに当てるなんて芸当は我々には出来ません!」

 

 マリューの気持ちの前に現実は何時だって無情である。なにもナタルだってオーブに隔意があるからといってユイを助けないなんて思っていない。

 敵に囲まれて一にも二にもなく攻撃を回避するためにこれでもかと動き続けるグリーンフレームは一瞬だって同じ場所に留まっていない。 ジンアサルトが装甲に付加されている各種バーニアを使って追いすがり、ブリッツとデュエルも近づけば接近戦を仕掛けようとする。残ったバスターも機体特性を活かして遠距離から狙ってくるという厭らしい状況。

 

「バスターだけでも狙えないの!」

「この状況で狙えるとお思いですか!」

 

 二人で叫び合っている間にもブリッジに警報音が鳴り響く。

 

「後方のザフト艦より砲撃!」

「面舵40度! 全速!」

 

 ノイマンがマリューの叫びに応えて操縦桿を横に倒す。

 無重力であっても急激な動作に艦内の固定されていない物がついていかない。事前にブリッジから艦内放送で通告があっても信じられない者や中々異変が起こらないことに大丈夫だと安心する者がいる。

 運悪く花摘みに行った直後で廊下のど真ん中にいたフレイ・アルスターなどはその典型だった。

 

「いやぁぁぁぁぁぁ―――――っっ!!」

 

 体を支える物も無くて一直線に飛んで行ったりするなど、珍しいケースはあれど被害は多かった。ヘリオポリスでザフトの襲撃を受けた際に重傷を負った者がベルトで固定されていても過重な動きに耐えられずに呻きの声を漏らす方が多かった。

 

「続いて砲撃来ます!」

「躱して!」

 

 今度は反対方向に体を引っ張られるのを感じながらもマリューの目は前だけを見続ける。

 重傷者の内の誰かが死んだかもしれないと思っても、避けなければ死ぬ自分達を守る為に犠牲を承知の上で口は動き続ける。

 

「ゴットフリート照準、前方のザフト艦。潜水航行中の大尉に当たらないようにずらせよ――――撃てっ!」

 

 ナタルの叫びの直後、艦首両舷に1基ずつ装備されている2連装のビーム砲が火を噴く。

 直進したゴットフリートは前方の障害物を焼き尽くしているだけで命中はしていない。それも当然、これは前方で道を塞いでるザフト艦に向かっているムウのことを気取らせないためのマリューが思いついた苦肉の策。

 

「これじゃアストレイの援護が出来ない」

 

 後方から間断なく艦砲射撃を撃たれては急造クルーのアークエンジェルでじっくり狙わない限り、ストライクのように全身フェイズシフト装甲ではないグリーンフレームでは危なっかしすぎて援護射撃なんて撃てない。

 

「ストライクは何をしているの?」

 

 ムウは何をやっているのだと叫び出したい気持ちを抑える。艦長が冷静さを失えばクルーが動揺する。努めて冷静であろうとするが最強戦力であるグリーンフレームが劣勢であるという事実が彼女を追いこむ。

 

「イージスの相手をしています。掴まれてから振り解けていません」

 

 チャンドラⅡ世の報告にマリューが視線を前面モニターの上の方に上げれれば、どうやらアークエンジェルの直上にいるらしいストライクとイージスが組み合ったまま流れて行っている。

 素人のキラが一機でも抑えていることを良しとするべきか。マリューは判断に迷った。

 

「アストレイが囲まれているのだぞ。ストライクに援護に行かせろ!」

 

 ナタルの叫びに自分が言わなくて助かったと思った自分を最低だとマリューは己を軽蔑した。

 

 

 

 

 

 イージスに組み付かれたまま慣性でアークエンジェルの前方から艦橋の上を通って流れて行くストライクのコクピットに座るキラの顔には迷いがあった。

 戦わなければと思っているのに旧友のアスランを前にしてあるのは迷いばかりだった。

 

「お前が何故地球軍に居る? 何故ナチュラルの味方をするんだ!?」

 

 アスランの声が耳に届くばかりに抵抗の意志が剥がされていく。

 

「僕は地球軍じゃない! けどあの船には仲間が……友達が乗ってるんだ! 君こそ! なんでザフトになんか!? なんで戦争したりするんだ!」

 

 申し訳程度にバーニアを吹かして抵抗しているように見せる自分にキラは嫌気を覚えていた。

 何を言ったとて言い訳にしかない。今のキラは逆らうための理由を論ってアスランに説得されたがっている裏切り者だ。

 

「戦争なんか嫌だって、君だって言ってたじゃないか! その君がどうしてヘリオポリスを…! 」

「血のバレンタインで母も死んだ。だから俺はザフトに入ったっ!」

 

 ハッ、とキラは続いたアスランの言葉に長い夢から醒めたように操縦桿から力を抜いた。

 キラの脳裏に浮かんだのは家の居間で掃除をしていたらしいテレビの前でワイヤレスの掃除機を落して呆然としている母の後ろ姿だった。まだ月のコペルニクスにいた頃で、飛び級をして通っていたハイスクールから帰ってきたキラが知った凶報。何時も気丈だった母が蒼褪めた顔でキラを振り返った姿が昨日の如く蘇る。

 

「ユニウスセブンにおばさんがいたの?」

「そうだ! 核爆弾で破壊されたユニウスセブンにいたんだ!」

 

 キラには認めたくない現実だった。

 ユニウスセブンの被害者の氏名は公表されていない。人数だけで氏名をプラントは公表しようとしなかった。それほどにプラントの人々は憤っていたのだし、後の報復も理解できた。それらはあくまで他人だったからこそ理解できたのだ。当事者であったアスランの気持ちは筆舌にし難い。

 何よりもキラは色々と分からない事や困ったことをアスランの母親に相談して助けてもらったらしい母ほどには面識はない。アスランの母レノア・ザラは家にいないことが多いからアスランは良くキラの家に来ていて、逆は殆どない。キラには親友の母親以上の気持ちを抱けなかった。

 

「お前に分かるか母を失った俺の気持ちが!」

 

 分からない。キラにはアスランの気持ちが分からない。

 ヘリオポリス崩壊時に母の安否が気になっているが、シェルターに入るまでに十分な時間があったはずだから大丈夫だとどこかで思っている。父は写真の中だけの人で母と二人は駆け落ちして結婚したと聞いていて親戚がいるかどうかも知らない。

 キラ・ヤマトは身近な人を失ったことがない。いや、そもそも死を知らないのだ。

 

「気丈な父が母を失った悲しみを埋めるように仕事に没頭する背中を見たことがあるか!」

 

 分からない。父を写真でしか知らないキラにはアスランの気持ちが分からない。

 

「俺と一緒に来い! お前はコーディネイターだ! 俺達の仲間なんだ!」

「違う! 僕は僕はザフトなんかじゃぁ……」

 

 ユニウスセブンに核を放った地球連合に協力することは友達を守るためといえど正しいのだろうかと迷いがキラの中で生まれた。だが、断じてヘリオポリスを崩壊に導いたのはザフトだ。中立の国で機動兵器を作っていた地球連合に思うところは大いにあれど、最初に見た圧倒的な力で蹂躙するザフトを見た所為で拒絶感があった。

 

「いい加減にしろ! キラ! このまま来るんだ。でないと僕は、お前を討たなきゃならなくなるんだぞ!」

 

 その拒絶感すらも哀切を滲ませたアスランの前に急速に萎んでいく。

 

「言うことを聞いてくれ、キラ。…………頼むから俺にお前を撃たせないでくれ」

「……アスラン……」

 

 少しテンポが崩れた湿った声は泣いているのだろうか。アスランの気持ちを思ってキラは戦う気力を完全に失った。

 

「頼む。頼むからキラ……」

 

 キラの前で弱い姿を殆ど見せなかったアスランが、何時も頼りになる兄貴分だった少年が、他人から見ればみっともなく聞こえるほど懇願していた。

 

「…………アークエンジェルに乗っている人達の安全を保障してほしい。あの船にはヘリオポリスの避難民や友達が乗ってるんだ」

「キラ!」

 

 瞼を閉じて心中でトール達やマリュー達に謝りながら言った言葉に喜色が籠ったアスランの声が返って来て、これで良かったのだと罪悪感を覚えながら操縦桿から手を離そうとした時だった。

 絡み合う二機とは別の機体が接近する警報音が鳴り響いたのは。

 

 

 

 

 

 ヴェサリウスのブリッジの空気は既に勝ったようなものになっていた。無理もない。敵の虎の子と思われるGの紛い物はガモフから発進したG3機とマシューが乗るジンアサルトに抑え込まれ、残ったストライクもアスランの乗るイージスが捕まえている。

 後方のヴェサリウスと前方のヴェサリウスに挟まれて攻撃されているアークエンジェルの反撃は散発的で、武装の威力には脅威を覚えるが乗っているクルーが不慣れなのか狙いが甘い。

 

「これは勝ちましたかな」

 

 この作戦を最後まで反対していたアデスが安心したように艦長席に身を沈めるのを指揮官のクルーゼも咎める気にはならなかった。

 

「敵、戦艦、距離740に接近! ガモフより入電。本艦においても確認される敵戦力は、モビルスーツ2機のみとのことです」

 

 このオペレータの報告に眉を顰めたのはクルーゼだった。

 

「あのモビルアーマーはまだ出られんということか」

「状況は明らかに向こうの不利です。この劣勢で出て来ないのでは、そう考えて良いのでは?」

 

 珍しく零した心の呟きを聞き届けたアデスの言いようにクルーゼは釈然としないものを感じていた。

 自分を感じ取っているはずのムウ・ラ・フラガが何の策もせず、乗機で出て来ないことにも不審を覚えていた。

 

「諦めたか?」

 

 自分で出した答えにクルーゼは心の中で否と返す。

 現在の状況はそう判断してもおかしくないほどに地球連合は逼迫している。単に乗機が壊れていて出撃できず、策も出せずにいたということだろうか。

 

「敵戦艦、距離700に接近! 間もなく本艦の有効射程距離圏内に入ります!」

「こちらからも砲撃開始だ」

 

 ムウが何か策を練っているなら、アークエンジェルが目的地であるアルテミスの前を陣取っているヴェサリウスを視認できる距離にまで近づいてか、と予測したクルーゼはクルーに指示を出す。

 

「モビルスーツが展開中です! 主砲の発射は……」

「ふっ、我が方のモビルスーツの大半は敵戦艦の後方だ。なによりも友軍の艦砲に当たるような間抜けはいないさ。味方の腕を信じろ」

 

 諌めようとするアデスを逆らい様のない論理で封じ込める。

 反論すれば味方の腕を信じていないと、嫌らしい言い方を自然にするクルーゼの言葉に気づいたアデスは一つ息を吐いて前をしっかりと見た。

 

「主砲発射準備! 照準、敵戦艦!」

「主砲、発射準備! 照準、敵戦艦!」

 

 復唱するクルーにアデスは当たってくれるなよマシューや赤を着ている者達に祈るばかりだった。

 

 

 

 

 

 ターゲットロックされたことは未熟なアークエンジェルもクルーにも直ぐに分かった。

 

「前方ナスカ級より、レーザー照射感あり! 本艦に照準! ロックされます!!」

「…………艦長!」

 

 言われた瞬間、艦長席に座るマリューの背筋を鉄杭が貫いた。

 ナタルの言いたいことは解る。彼女は決断しろといっているのだ。ムウの作戦を放棄して、狙っても当たるかどうか分からない主砲のゴットフリートではなく、この劣勢極まる状況を改善するためにアークエンジェルに搭載されている武装の中で最も強力である陽電子破城砲「ローエングリン」を以て薙ぎ払う。その後、どうにかしてヴェサリウスを突破してアルテミスに入る。

 不慣れな艦を動かすクルーで対艦船をやるなんて危険が高すぎる。それがこの作戦に反対したムウやマリューの言い分だった。

 ことこの事態に陥って、ムウを待つことは出来ない。それがナタルの結論だった。例え進路上にいるムウが犠牲になろうとも。反対にマリューは決断できなかった。ムウが犠牲になる作戦を容認できるはずもない。だが、状況の悪化が分からぬはずがない。だからこそ迷う。

 先に痺れを切らしたのはナタルの方だった。

 

「ローエングリン、発射準備!」

「待って! 大尉のゼロが接近中です! 回避行動を!」

 

 先走るナタルに咄嗟に制動をかけてしまうのはマリューの軍人にしては甘い部分が犠牲が出ることに耐えられなかったからだろう。その甘さは軍人であることを前に出そうとしているナタルが最も唾棄すべき面だった。

 

「危険です! 撃たなければ撃たれる!」

「……くっ!」

 

 ナタルの言いようも危機感も当然のものだった。味方の犠牲者0を目指すマリューの方がおかしいのだ。

 

「後方! ローラシア級! 急速接近!」

 

 ムウの命か、それ以外の艦の全員の命か、マリューは決断しなければならなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 ストライクとイージスに鳴り響く警報音。その正体はX102デュエルだった。

 

「X102デュエル! じゃあこれも!」

 

 ストライクと同じGであり奪取された4機の内の1機であることはモニターに表示されたデータが教えてくれる。

 

「何をモタモタやっている! アスラン!」

「イザークか!?」

 

 何かとライバル視してくる口うるさい女房みたいな仲間の声を聞いて、暫くぶりに意識を外へ向けたアスランは自分達が何時の間にか流されて 敵艦の後方にまで来ていることに気づいた。

 たった数分間ながらも4機の集中砲火に晒されて、何度も攻撃を受けて表面をドロドロに溶かせて罅が入ったシールドを持ちながら、四肢のあちこちがボロボロになりながらも健在だったグリーンフレーム。パイロットのユイもボロボロな機体に負けぬほどの疲労度だったが、デュエルが離れたこの瞬間に微かな勝機を見い出した。

 

「ここ」

 

 ブリッツが右腕に装備された複合武装からビームサーベルを出して接近戦を挑んでくるのを意識の端に留めながら、他の二機に集中する。

 疲労と集中力が極限にまで高まっているからブリッツの攻撃を避けることは容易い。

 長年の乗機であろうジンアサルトには隙はない。実体弾しか持っていなかろうが執念と実力はこの場で最も高い。ユイと同じ射撃感覚を拙いながらも持っているバスターもまた侮れない。隙を見せればやられると二機から目が離せない。 

 ここにデュエルとブリッツが攻撃を仕掛けてくるのだから堪らない。反撃することすら出来ずに只管に回避と防御に専念していた。その甲斐があって見えてきたものがある。

 

「この3機の中で穴はブリッツ」

 

 ジンアサルトは言うまでも無く、ユイと戦うことで射撃力を高めていくバスターも同じ。その2機と比べて乗り慣れていない感が大きいブリッツは唯一狙える隙だ。

 これはパイロットの腕の是非ではなく、単純に乗っている機体に問題があった。

 ブリッツの攻盾システム「トリケロス」は、複合武装で始めて扱うには多大なセンスを必要としている。ユイの見る限りではブリッツのパイロットにセンスを感じるが始めて乗った機体で万全に使いこなせるほどのものではない。

 十全に使いこなせられれば厄介だが今はまだその段階ではない。

 

「タイミングは一度だけ」

 

 思考は一瞬。判断も一瞬。行動に移すための決断もまた一瞬だった。

 不用意に近づいてきたブリッツのビームサーベルの一撃を躱したグリーンフレームは、バーニアを一瞬だけ吹かして懐に入り込む。

 Gのデータを事前に入手していたミスズが作り上げた対G用のシュミレーションをやり込んでいるユイに出来ない事ではない。今はまだ乗り込んだばかりのザフトのパイロットよりかはGの機体のことを知っている。

 ブリッツの懐に入ることでバスターの射撃を封じた。感覚の外側でバスターが砲撃するのを躊躇うのを感じ取る。

 残るジンアサルトが躊躇わず向かって来ようとするのを感じ取り、ユイは操縦桿を動かした。

 

「うわっ!」

 

 ブリッツのパイロットであるニコルはコクピットがある腹部部分を殴られて激震するコクピットで呻いた。

 フェイズシフト装甲だろうと衝撃までは消しきれない。それは続いて、腹部を殴りつけて空いた空間で振り上げた蹴りの衝撃も消してはくれなかった。

 

「これで」

 

 蹴り飛ばしたブリッツを向かってきていたジンアサルトにぶつけたグリーンフレームは、バスターに向けて牽制の射撃を放って射撃姿勢を崩させて飛ぶ。目指すはストライクとイージスのいる空域。

 

「この状態で命中させるのは難しい」

 

 今のバスターに向けて放った牽制の射撃は出来れば撃墜を狙って放ったのに、ユイが思い描いた軌跡とはかなりずれている。ボロボロのグリーンフレームではその微妙な誤差が狙った軌跡からずれてしまうのだろう。

 状況は何も改善していない。最強戦力のグリーンフレームだけが悪戯に消耗し、損傷を積み重ねていた。それでもユイはストライクを救うのが先決と、自機の損傷を後に回した。

 

 

 

 

 

 慣性飛行でヴェサリウスを目指していたムウのメビウス・ゼロは辛抱強く我慢に我慢を重ねて遂に敵艦を発見した。

 

「うおりゃぁぁ!!」

 

 もはや我慢する必要もなしと、大声を上げてガンバレルを展開させてヴェサリウスに牙を剥いた。

 ヴェサリウスのブリッジで何時、ムウが策を使うのかと思案していたクルーゼの感覚に馴染んだ敵意が届いた。

 

「機関最大! 艦首下げ! ピッチ角60!」

「本艦底部より接近する熱源、モビルアーマーです!」

「ええい! CIWAS作動! 機関最大! 艦首下げピッチ角60!」

 

 叫んでからオペレーターの報告があり、アデスがクルーに指示を出した時点でクルーゼは自らの失策を悟った。クルーゼの直感に直ぐにクルーが反応していれば避けられた攻撃も、戦勝ムードになりかけていたブリッジに対応できるものではない。

 遅すぎるクルーの操作に従ってヴェサリウスが動き出したが、クルーゼは既に遅きに逸っしていると攻撃を放つムウに憎悪を向けていた。

 艦に被弾した激震がブリッジを揺らす。

 

「機関損傷大! 艦の推力低下!」

「敵モビルアーマー離脱!」

 

 オペレータに言われるまでもなく、ブリッジの正面ガラスから悠々と逃げ去って行くメビウス・ゼロの姿がクルーゼの目にも見えていた。

 

「撃ち落とせぇぇ!!」

 

 アデスが自らが艦長を務める艦に傷をつけられて怒り狂っているが、もうメビウス・ゼロに届く距離ではない。そも、ムウならばこの距離だと避ける。エネルギーと弾の無駄だった。

 

「第5ナトリウム壁損傷、火災発生、ダメージコントロール、隔壁閉鎖!」

 

 ヴェサリウスの損傷はもう戦える状態ではない。アデスよりも深い憎悪をムウに抱くクルーゼだからこそ、小癪な策で因縁の相手にやられたままで引けるはずもないことは理解している。それでもラウ・ル・クルーゼは部下を持つ隊長である。彼は目的の為ならば目先の憎悪を横に置いておける優れた理性も持ち合わせていた。

 あくまで横に置いておくだけで決して忘れはしない。溜め込んだ負の感情の一つなってクルーゼを突き動かすエネルギーとなる。

 

「離脱する! アデス! ガモフに打電! 」

 

 ムウに対する尽きない憎悪を腹の底に押し込んで、クルーゼは退却を選択した。

 

 

 

 

 

 劣勢に追い込まれていく状況にようやく光明が差したのは、今まさにマリューがムウを見捨てる決断を下そうとした正にその時だった。

 

「フラガ大尉より入電、作戦成功、これより帰投する!」

 

 トノムラ伍長の報告に最初はどよめきが、次第に歓喜が爆発する。辛い決断を下さなくてすんだマリューは胸を撫で下ろし、強張り過ぎていた肩から力を抜いた。

 

「機を逃さず、前方ナスカ級を討ちます! ナタル!」

「ローエングリン、1番2番、斉射用意!」

 

 ようやく勝ち目の見えてきた戦いにマリューに返すナタルの声にも覇気が戻った。

 

「フラガ大尉に空域離脱を打電! モビルスーツにも射線上から入らないように言って!」

「陽電子バンクチェンバー臨界! マズルチョーク電位安定しました!発射口、開放!」

 

 敗戦間近のムードから俄然に盛り返したブリッジの空気が猛烈に動き出す。

 アークエンジェルの左艦首が開き、既存の砲門を遥かに超えるスケールの砲口が口を開けた。

 これこそがアークエンジェルに搭載されている武装の中で最も強力である陽電子砲「ローエングリン」。その設置場所から、前方の敵に対しての使用が前提となっている。ビームを生み出す陽電子チェンバーの補充に時間を要するため、連射は不可能である。

 試験装備であることとあまりの破壊力に発射指示は艦の最高指揮官が行うことになる。

 

 

 

 

 

 ストライクを捕まえているイージスと距離を詰めていたデュエルのコクピットにヴェサリウスからの通信文が届いた。

 二人はほぼ同時に通信文を見る。

 

「ヴェサリウスが被弾!?」

 

 クルーゼが指揮する母艦が被弾したなど聞いたことがなく、撤退を命令してくる通信文に敵戦力を相手にしていたモビルスーツ隊の一人であるイザークの意識に隙が生まれた。その隙を突くように外部からの力によって機体がイザークの支配を離れる。

 

「何っ!?」

 

 デュエルにビームライフルの攻撃を加えたグリーンフレームに乗るユイは想像以上に機体の状態が悪い事に歯噛みした。

 

「反応も悪いし照準も合わない。邪魔」

 

 先を行くデュエルを狙った一撃は背面の塗装と表面装甲を焼いただけに留まった。当てにならない照準スコープを払いのけて、振り返ったデュエルがビームサーベルを抜いたのを見ても無視して直ぐ傍を駆け抜ける。

 Gよりもセンサー類が強化されているモニターに絡み合うように流れて行くストライクとイージスの姿が映る。

 

「助ける」

 

 守る、とミスズ以外に始めて思った少年の気弱そうな顔を思い出してビームライフルの銃口を向ける。照準スコープはどけてある。

 狙うのはストライクとイージスが向かい合った状態でのイージスの背面側。

 背後から無視されたことを憤って遮二無二ビームライフルを撃ってくるデュエルと、Gを圧倒する気迫を振り撒くジンアサルトがやってくるのを知覚する。だが、敢えて無視した。意識を銃口の向かう先にのみ集中し、アークエンジェルからローエングリンが放たれたのと同時に撃った。

 グリーンフレームから放たれた緑色のビームはイージスの、人間でいえば肩関節に当たる部分を掠める。

 

「うっ!?」

 

 接近を知りながらもロックオンもせずにここまでの機体を掠めた精密射撃に、アスランの手が意識を離れて波打つ。その行動がイージスを動かして掴んでいたストライクを離してしまう。

 

「キラっ!?」

「ユイさん!」

 

 アスランが名前を呼ぶもキラの意識は自分を計らずとも救ったグリーンフレームに向けられていた。

 

「良かった」 

 

 と、ストライクの上部モニターに映るユイの姿が言った直後にぶれた。その理由をキラは直ぐに理解する。

 

「ああっ!?」

 

 背後からビームライフルを連射していたデュエルの攻撃がビームライフルを持っていたグリーンフレームの右腕を吹き飛ばしたのだ。

 ヘリオポリスでの戦いで、誰よりも強く無敵で傷など負わないと勝手な先入観を持っていたキラにはなによりもの衝撃だった。近くにいるイージスが、ようやく友人を取り戻せるところだったのに邪魔をしたグリーンフレームに怒りを覚えてMA形態に可変したことに気づかないほどに。

 

「よくも邪魔をして!」

 

 MA形態で手脚を広げ腹部に装備された580mm複列位相エネルギー砲「スキュラ」を放つ。これに反応したグリーンフレームは対ビームシールドを掲げるが、ボロボロの盾で完全に防げるものではない。

 アストレイ・グリーンフレームは対ビームシールドで傾けて流そうとした。が、スキュラの威力が強すぎて果たせず、対ビームシールドは粉々に砕ける。完全な回避も出来ずに左手と左足が焼き尽くされ、左半身も火傷を負ったように焼かれてしまった。

 完全に制御を失って流れていくアストレイ・グリーンフレーム。事前にイージスから通信を受け取っていたのだろう、デュエルとジンアサルトは射線上から退避していて、瀕死のグリーンフレームを仕留めようと迫っていた。

 

「僕を助ける為に……」 

 

 素人のキラにだってグリーンフレームが攻撃を受けてしまった理由が分からぬはずがない。イージスに捕まえられたストライクを救うために行動したから回避や防御が出来なかったのだ。

 一緒に戦っているユイを、単身で敵艦に向かったムウを、生き残ろうと足掻いているアークエンジェルを、軍の手伝いをしている友達を、全てを裏切ってアスランについていこうとしたキラと違ってみんなが戦っている。裏切ろうとしたキラに助けられる価値なんてないのに。

 

「止めろ――――っ!!!」 

 

 見知った少女が、危機を顧みることなく助けてくれた恩人が目の前で殺されるところを見たくなくて、己の情けなさにキラは我を忘れた。操縦桿を全力で前に倒してバーニアを全開に吹かしてストライクを突っ込ませた。

 グリーンフレームを中心として、ストライクから見て右側にデュエルが、左側に少し遅れてジンアサルトがいる。

 近いデュエルに狙いを定めたキラはストライクに左手に持つ対ビームシールドを投げさせた。

 まさか盾を投げつけるとは思っていなかったデュエルの反応が遅れる。

 

「盾で何が出来る!」

 

 しかし、対ビームシールドに攻撃力がないと分かると焦らずに自らが持つ対ビームシールドで払いのけた。

 対ビームシールドを払いのけた本当に僅か一瞬の間だけ、デュエルに乗るイザークの意識はストライクから逸れた。隙とも言えない間にキラはビームライフルを構えて撃った。

 

「なに!?」

 

 ロックオン警報にイザークが全力でデュエルを動かす。だが、僅かに遅かった。手に持つビームライフルに着弾して爆発する。

 

「うわああああああ!?」

 

 被弾したデュエルにグリーンフレームを狙っている余裕はなかった。機体を揺るがされて制御を失い、激震に揺るがされるコクピットではイザークも行動に移せない。

 無防備な姿を晒すデュエル。殺されるという恐怖がイザークをみっともなく叫ばせた。しかし、幸運にもストライクからの追撃はなかった。

 ストライクは次のジンアサルトに向かっていた。いや、既に攻撃を放っている。

 ジンアサルトの頭部のモノアイに、デュエルに対ビームシールドを投げた後に腰部両脇ホルダーに内蔵されている超硬度金属製の戦闘ナイフ「アーマーシュナイダー」を取り出して投げていた。

 ロックオンなどしていなく、当たればめっけものと思って放たれたアーマーシュナイダーは幸運にもジンアサルトのメインモニターを潰した。

 

「たかが、メインモニターをやられた程度で!」

 

 歴戦の戦士の一人であり、復讐に囚われたマシューがこの程度で動揺するはずもない。直ぐにメインモニターからサブモニターに切り替える。

 切り替わったサブモニターに間近に迫ったストライクのツインアイが光った。

 

「早い!」

 

 一切留まることなく全力で距離を詰めたストライクの機動性はGの中でも群を抜いていた。マシューが予想よりも早いスピードに動揺したのも一瞬、ビームサーベルを振り下ろしてくるストライクの左手を掴んだ。

 

「この程度でやられる俺と思うな!」

 

 ビームサーベルが強力な兵器であることはGのデータを見たマシューも認める。真っ向から戦えばジンアサルトに勝機がないことも。だが、だからといって負ける道理はない。

 ビームサーベルを保持する手を掴んでしまえば、どんな破壊力を持っていようがどうということはない。自分から距離を詰めて機体を接触させる。当てることが目的ではない。この接触状態ならばもう片方の手で持つビームライフルは被弾を恐れて使えないと踏んだのだ。

 その選択は間違ってはいない。マシューにとっての不幸はストライクが人を模していようがモビルスーツであったことだろう。

 ビームサーベルを持つストライクのマニュピュレータが回転する。人にはありえぬ手首が回る動きで保持するビームサーベルが大きな弧を描いた。

 

「!?」

 

 接触状態でコクピット部分に重突撃機銃を全弾フルバーストしようとしていたマシューは、モニターに映るダメージコントロールで右腕が肘で切り離されたことを知った。

 自由になったストライクの左手。手に持つビームサーベル。殆ど触れるような距離。

 背筋に走る盛大に悪寒にマシューが行動を起こすよりも早く、ストライクは手に持つビームサーベルを突き出していた。

 

「うおぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!?」

 

 全てを焼き尽くす灼熱の剣が追加装甲を纏っていようとも意味がないと言わんばかりに、コクピットを突き破って全身を跡形も無く消滅させるその瞬間まで、マシュー・オッケンワインは怨念に満ちた叫びを上げ続けた。

 

「マシュー先輩!?」

 

 コクピットを貫かれたジンアサルトが直ぐ傍にいるストライクを巻き込んで爆散したのを見届けさせられたアスラン。ミゲルとオロールに続いてマシューまで失った心の痛みにイージスのコンソールを握りこぶしで思いっきり叩いた。

 アスランならば奇ばかりを衒った攻撃をするストライクを撃墜することも、キラが乗っていることを考量すれば撃墜はまだしも邪魔することは十分に出来たはずだ。

 キラならばコーディネイターを殺すはずがないと無条件に信用していたツケをマシュー・オッケンワインの命を以て支払わされた。悔やんでも悔やみきれない。失った命は二度と戻らないのだから。

 そうこうしている間にもストライクはズタボロのグリーンフレームに近づこうとしていた。そこへビームライフルを失ってビームサーベルを握ったデュエルと、大分遅れてブリッツとバスターもやってきていた。

 3機と共に地球連合に与する2機を墜とすのが最善とザフトの軍人としての自分が囁き、私人としての自分はこれで理由が出来たのだから下がれと別の自分が言っている。

 判断に迷って動けなくなったアスランを動かしたのはモビルスーツではなかった。

 ビービー、とロックオン警報が鳴って反射的に機体を動かす。そのすぐ近くをアークエンジェルから放たれた艦砲射撃が通り過ぎる。続いて更に新たな接近警報。

 

「ヴェサリウスを被弾させたっていうモビルアーマーもか!」

 

 地球連合の主力兵器メビウスに似たモビルアーマーがタンクに見える物を外して迫って来る。状況から推測すればこのモビルアーマーがヴェサリウスを被弾させたことは分かる。

 メビウス・ゼロの攻撃を回避しつつ戦況を見る。

 デュエルは唯一の飛び道具のビームライフルを失ってビームサーベルを持っているが敵戦艦からの艦砲射撃によって敵モビルスーツに近づけていない。敵と味方で距離が空いているのでアークエンジェルからの艦砲射撃は苛烈極まりない。とてもではないが近づけそうになかった。

 

「ニコル! ディアッカ! エネルギーの残量は!」

 

 イザークはアスランの言うことなんて聞きもしないので、ニコルとディアッカのみに通信を繋ぐ。

 

「あんまりよくないな。このバスターは思ったよりも燃費が悪い」

「こっちもです。あの紛い物相手にエネルギーを使いすぎました」

 

 砲撃戦特化型のバスターは砲撃を良く撃つこともあってエネルギーの消費が早い。砲の多用による短時間でのフェイズシフトダウンを避けるため、専用のサブジェネレーターを別個に搭載している。さらに両膝にも予備電源が設置されており、長時間の運用を可能にしているがグリーンフレームの相手にして燃費を気にする余裕はなかった。

 機体に慣れないニコルもペース配分を気にして戦える余裕はなく、エネルギーが残り乏しいのは同じ。

 

「ここは退くぞ! これ以上の追撃は無理だ!」

 

 マシューを失った精神的ショックも考慮してこれ以上の戦いは悪戯に消耗して危険なだけだと判断したアスランは仲間に向かって叫んだ。

 

「なに!? 腰抜けめ、俺はまだ戦える!」

「待て、イザーク。このまま戦えばエネルギーが持たないぞ」

「3人の言う通りです。ここは退きましょう」

 

 アスランのすることなすことが気に入らないイザークが反発してデュエルを先行させようとしたが、バスターにブリッツが前を遮られた。

 イザークとて状況が分からぬ馬鹿ではない。ストライクが映るモニターを叩いて機体を後退させた。間断なく浴びせ掛かられる艦砲射撃を避けながらどんどん距離を開けていくイージスのコクピットで、アスランは遠ざかるストライクを見つめ続けた。

 

「キラ……」 

 

 ズタボロのGの紛い物に申し訳なさそうに寄り添うストライクの動作に在りし日のキラの姿が重なって、見ていられなくなって目を逸らした。十分に距離を取ってから機体を反転させ、他の機体と共に母艦を目指す。

 イージスはもうストライクを振り返ることはなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 敵をなんとか退けることが出来て安堵に包まれるアークエンジェルに、被弾して四肢の半分を失ったアストレイ・グリーンフレームがストライクに抱えられるようにしてモビルスーツデッキに入ってきた。

 ストライクらG系列の機体と違って純粋なオーブ製のグリーンフレームでは地球連合のメンテナスヘッドに固定できないので、作業員によってワイヤーでグルグル巻きにされていく姿はお世辞にも恰好良いとは言えない。まるで拷問を受けた後の囚人のようにも見えた。

 

「あらら、ひどい有様ね」

 

 空気が注入されたデッキに何時もの白衣のままで現れたミスズ・アマカワは、散々な有様の娘の乗機に苦笑を浮かべた。艦内通路から飛んでデッキを流れる彼女の視線の先でグリーンフレームのコクピットハッチが開き、パイロットのユイが出てきた。

 コクピットハッチに腰を下ろしたユイがヘルメットを脱いで、汗まみれの顔が現れる。雨に濡れた子犬のように顔を横に振って汗を振り払ったユイの顔には明らかな疲労の色があった。何時も人形のような無表情を崩さないユイには珍しい。

 

「ユイ」

「博士?」

 

 ミスズがグリーンフレームの装甲に手をついて声をかけるまで、ユイに気づいた様子はなかった。数メートル以内にいる人の気配はなんとなく察知できるというスキルを持っているのに驚いたように顔を上げるのもまた珍しい事だった。

 

「随分とやられたようね」

 

 ミスズに遅れてグリーンフレームに取り付いてダメージの状態を把握しようとするオーブの技術者達を眺めたユイの目に小さな翳りが過った。

 

「申し訳ありません」

「責めているわけじゃないわ。あなたは良く頑張ったもの」

 

 悄然と頭を下げるユイもまた珍しい。戦いぶりをモニターしていたミスズは、優しい声と表情で労わるように娘の汗で濡れる髪の毛を梳いた。

 

「出来る限りのことをした。やらなければならないからした。そうでしょ?」

「はい」

「なら、責めなんてしないわ。流石は私の娘って褒めてあげる」

「…………ありがとうございます」

「ママンって呼んでいいわよ」

「呼びません」

 

 頬を朱に染めて顔を伏せる姿は、他人にも恥ずかしがっているのだと分かった。オーブの技術者達やストライクや先に着艦していたメビウス・ゼロの整備に当たろうとしていた整備員達が横目に見ていて思わず引き込まれずにはいられない姿だった。

 

「おーい! こらボウズ!」

 

 家族の温かい空気が流れている空間をぶち壊すだみ声が一つ。ストライクの閉じたコクピットハッチの前にいるコジロー・マードック軍曹の声だ。

 

「あ? どうした?」

「いや~、なかなかボウズが出てこねぇえんで……」

 

 メビウス・ゼロから出てきていたムウが丁度近くを通っていたこともあって問いかけた。問われたマードックは困惑した顔で後ろにいるムウを見る。

 

「おやおや。おーい、何やってんだ! こら! キラ・ヤマト!」

 

 マードックと一緒になってムウが中にいるキラに呼びかけているのを見たユイが動き出したのを見て、ミスズも興味を引かれて後を追う。ムウがハッチの近くに在る外部からの操作で開くように設定されているスイッチを押すとコクピットが開いた。

 ムウが覗き込む反対側からユイも同じようにしてコクピットに顔を突っ込む。

 二人が覗き込んだコクピットの中で、白と青を基本としたパイロットスーツに身を包んだ小柄な少年――――キラ・ヤマトが息を荒げていた。

 

「もう終わったんだ。ほら、もう、とっとと出てこいよ。お前も俺も嬢ちゃんも誰も死ななかった、船も無事だ。上出来だったぜ」

 

 新兵が始めて戦場から帰って来た時に陥りやすい症状に、何度も同じ症状を見てきたムウは安心させるように優しく笑みながら、強張って固まっている操縦桿を握る指を一本ずつ外していく。

 操縦桿から離れた手をキラはぼんやりと見て、まだ動く気配はない。ムウは自分の役目は果たしたと場所をユイに明け渡した。

 なんで場所を渡されたのかは理解できないユイだったが何かを言うべきであることは、拙い経験から理解できた。

 

「もう大丈夫」

 

 シートに固定しているベルトを身を乗り出して外して言うと、キラは安堵したようにユイの体にしがみ付いてきた。

 

「ごめん」

「どうして謝るの?」

「…………ごめん」

 

 迷子になった子供が母親を見つけたように抱きしめられたユイは、肩の上で独り言のように何重にも押し潰されて末にようやく吐き出せた謝罪の言葉が理解できなかった。それでもキラはようやく見つけた温もりを離さないようにユイにしがみ付く腕の力を込める。

 ムウやマードックが野暮だと思って離れて行ったっがキラの思いはそんな甘ったるいものではない。

 戦おうとしなかったことも、裏切ろうとしたことも、キラを守る為にユイの機体が多大な損傷をことも、今のキラを苦しめる要素の一つであっても一番大きな物ではなかった。

 

(僕は人を殺した)

 

 ジンアサルトを貫いた感触が、接触回線から響いてきたキラの全てを呪うような怨嗟の叫びが、手に耳に強く残っている。

 安堵した。生きていることに安堵した。死なないことに安堵した。今ほどに生きていることの素晴らしさを実感している時は無い。だからこそ、他者の命を奪った罪業が死にたいと思うほどにキラを責める。

 泣く資格もないのに、バイザーを埋め尽くすほどの涙の粒がキラの罪の数を現しているようだった。

 

「もう大丈夫だから」

 

 勘違いした少女の優しげな囁きと、パイロットスーツの背を撫でる優しい感触に縋りつきたくなる。

 

(最低だ、僕)

 

 キラは気付かなかった。気持ちを見透かすような透徹した視線を向けられていることに。マシュー・オッケンワインの呪いによって心に大きな傷を負ったキラは最後まで気付かなかった。

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定
▲ページの一番上に飛ぶ  X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。