シードガンダム――王道を往く者達――   作:スターゲイザー

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第7話 ハゲタカの巣

 

 ユーラシア連邦は地球連合の中では軍事面の他、大西洋連邦や東アジア共和国と同じく地球連合内部での中心的な発言権を持つ国家である。

 アルテミスはそのユーラシア連邦が保有する宇宙要塞の一つ。

 要塞周辺に「アルテミスの傘」と呼ばれる全方位光波防御帯を発生させる事で高い防御力を誇り、それによりザフトから身を守って来たのが所以である。

 実際の所、アルテミスがザフトの攻撃を寄せ付けなかったのは「アルテミスの傘」を突破する方法がなかったのに加え、戦略的に重要な地点ではなかったため事実上放置されていたためであることは有名無実と化していた事実だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 アークエンジェルとの戦闘後、ヴェサリウスはデブリに隠れてその身を休めていた。ムウ・ラ・フラガ大尉のメビウス・ゼロとアークエンジェルの陽電子砲ローエングリーンを受けて被弾し、自力航行は可能だがとても戦闘には耐えられなくなっている。

 ミゲル・アイマン、オロール・クーデンベルグ、マシュー・オッケンワインの三人を失ったヴェサリウスの空気はお世辞にも良いものではなかった。中立のオーブのコロニー「ヘリオポリス」の崩壊も合わさって士気はどん底まで落ち込んでいる。

 ザフトたる彼らが地球連合と戦う動機の一つでもあるユニウスセブンの悲劇。核爆弾によって逃げようもなく死んでいったユニウスセブンと比べて、シェルターに逃げ込める時間が十分にあったのだから人的被害は少ないといっても、コロニー崩壊を引き起こしたのは自分達であると理解しているから苦しむ。

 沈む艦内であってもするべきことはある。生き残ったモビルスーツは全てガモフに帰投してくれたとはいえ、被弾した箇所の修理にクルーはてんてこ舞い。怪我人、死者も多数出ていて静かにはならない。

 

「マシューめ、死に急ぎおって」

 

 艦長席に座るフレドリック・アデスは急ぎ上がってくる情報から指示を出し終え、先の戦闘で死者に魂を引かれて逝ってしまった部下を想って手で顔を覆う。早すぎる。あまりにも早すぎる死だった。ミゲルもオロールもマシュ―も、まだまだ若くこれからのザフトを引っ張って行く人材になるはずだったのに。

 顔を覆っていた手を下ろして顔を上げる。無機質な天井があるだけで胸の奥で痛み続ける心の傷は癒えてはくれない。どれだけの戦場を渡り歩こうと、どれだけの仲間の死を見て来ようとも、知る人間が亡くなることは何時まで経っても慣れない。

 

「慣れたいとも思わんが」

 

 慣れてしまった時が人間性を失った時であるとアデスは考える。

 軍人ではあるが好んで人を殺したいと思わない。ナチュラルだから安易に死すべしとする差別主義とも馴染めない。敵だから戦う。職業軍人としての責務として自らを律しているアデスはザフトの中でも珍しいのかもしれない。だからこそ、敵であれば容赦しないクルーゼとも馬を合わせられるし、多少の暴走を受け入れられる寛容さもある。

 チラリ、と天井を見上げていた顔を下ろしたアデスは悟られないようにしながら近くに座っているクルーゼを見た。

 

(この人は本当に分からん)

 

 指揮官としてもモビルスーツ乗りとしても他の追随を許さないほどの能力があることは認める。時にこちらがゾクリとするほど残酷になることがあっても、ザフトとしてこれほどの人間はいないとアデスは胸を張って言える。

 副官であるアデスですら理解できない人間性を覗かせることのあるクルーゼは歴戦の戦士である部下達を失ったばかりにも関わらず、顔の上半分を完全に覆い隠す仮面の所為で表情から感情を読み取れない。記憶を紐解いても地球連合のモビルアーマーに攻撃を受ける前と後にアデスですら魂を飲み込まれそうな憎悪を発したぐらいで、今は席について何かを考えているようだった。

 アデスはミゲル達が死んだことをどう思っているのか無性に問いたい衝動に駆られた。

 少なくともGを奪取した段階でプラントに戻っていれば三人とも死なせずにすみ、コロニーが崩壊することも無かった。結果論であるとも分かっていても大切な部下を失った痛みが普段ならば絶対に取らせない行動を取らせようとしていた。

 口を開きかけたアデスの前でブリッジクルーの動いた。

 

「クルーゼ隊長、本国から電信であります」

 

 オペレーターの報告にアデスは開きかけた口を閉じて前を見た。

 クルーゼが椅子から立ち上がり、オペレータから電信を受け取って不機嫌そうに鼻を鳴らした。

 

(評議会からの出頭命令か)

 

 用件は言われるまでもなく分かる。

 指揮官独断での中立国コロニーへの侵入、攻撃して崩壊させた。地球連合軍がヘリオポリスで新型機動兵器を作っていたとしても許されることではない。血のバレンタインを連想させるコロニー崩壊などという一大事となれば民衆も黙ってはいないだろう。

 

(罷免ですめばいいが。いや、最悪は極刑もありうる。出来ればクルーだけは守ってやりたいが)

 

 作戦に賛成し、クルーゼを止めなかったことは副官のアデスの失策だ。アデスは間違いなく艦長の職を失い、ザフトの軍人としての立場も負われることになるだろう。それだけの罪を犯した自覚と大事な仲間を失った自責の念があった。

 家族のいない無能な副官の首だけで済ませられるならば喜んで捧げよう、とアデスは覚悟を決める。

 

「評議会の出頭命令だ。ヘリオポリス崩壊の件で議会は今頃てんやわんやといったところだろう。まぁ仕方ない。あれはガモフを残して、引き続き追わせよう」

 

 モニターに映るアルテミスを見たクルーゼはアデスが心に決めた覚悟など知る由もなく、ただ淡々と今後の行動を決める。

 

「まだ追わせるつもりですか?」

 

 多くの仲間を失い、もはや戦力が奪った機体だけとなったガモフには荷が重いと思ったアデスの懸念は部隊を動かす上で当然のものだった。

 

「ここまで追い詰めたのだ。仕留めなければなるまい。でなければ死んだミゲル達が浮かばれるまいよ」

 

 またこちらが言い返せないように理屈をこねるクルーゼに腹の底から怒気が湧き上がったアデスだったが、若者たちを死なせた自分もまた同罪だと唐突に思い至った。

 アデスにクルーゼを非難する資格はない。奪取したGの有用性、新造戦艦の能力、言い訳はいくらでもあるだろうが後々の禍根の芽を潰えさせる為に止める立場にいながら唯々諾々と従って若者を戦地に赴かせ、死なせてしまった咎がアデスを責め立てる。

 Gを奪取した時点で帰還していればと、もはや取り戻せぬ過去の過ちに後悔を抱くことこそが罪の意識を忘れることだとアデスは気付かない。

 

「ガモフにいるアスランを帰投させろ。修理が終わり次第、ヴェサリウスは本国へ向かう」

 

 まだザラ国防委員長にゴマをする気かと思ったがアデスは懸命にも口に出すことはなかった。

 深く艦長席に身を沈めて制帽を深く被ったアデスの顔には諦めがあった。旧世紀にあったという断頭台に上る死刑囚のようだったと、後にブリッジクルーの一人はこの時のアデスの様子をプラントにいる友人と飲みに行った時にそう漏らしたいう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 アークエンジェルはアルテミスを前にして立往生をしていた。

 目的地であるアルテミスは全方位光波防御帯を発生させていて、強靭な防御力を持つアークエンジェルとはいえ突破できるか怪しい。もしかしたらできるかもしれないが命を担保にして試す気にはなれない。

 背後のどこかにいるザフト艦を気にしなければならないブリッジでは戦闘態勢を解除しながらも緊張感が張りつめ続けていた。

 

「アルテミスより本艦の受け入れ要請を了承。臨検官を送る、とのことです」

「分かったわ、ありがとう」

 

 ロメロ・パル伍長の報告に艦長席に座るマリュー・ラミアス大尉は安堵して緊張で強張っていた肩から力を抜いた。

 

「良かったわ、アルテミスが受け入れてくれて」

 

 アルテミスの傘の一部が解除されてアークエンジェルへ誘導ビーコンが射出されるのを見て、積み重なった心労から頭痛がし始めた頭を振ったマリュー。

 

「追い返されたらどうしようかと思いました」

「本当に」

 

 アルテミス寄港の提案者であるナタル・バジルール少尉も万が一の事態に不安を覚えていたのだろう、その声には強い安堵が感じられた。ようやく友軍に辿り着けた安堵にマリューは返す自らの言葉が自然に和らぐのを感じた。

 

「うわぁ~」

 

 視線を前に向ければ副操縦席に座るトール・ケーニヒが見た目だけは綺麗に見える全方位光波防御帯に感心の声を上げていた。

 

「光波防御帯って言うんだ。別名アルテミスの傘。レーザーも通さない絶対防御兵器なんだぞ」

「良かった。これでもう俺達、助かるんですよね」

「ああ」

 

 以外に面倒身が良いらしいアーノルド・ノイマン曹長にCICの統括席から浮かび上がってきて艦長席に手をかけたナタルが感心したような息を漏らすのを聞いて、女性らしく恋話が好きなマリューは悩まされる頭痛も忘れた。

 民間人であるトールとも仲良く話すノイマンと彼の背中を見るナタルの二人を見比べて、一人でほくそ笑んだ。

 

 

 

 

 

 ユーラシア連邦の軍事要塞アルテミスに今まさに入らんとしているアークエンジェルのモビルスーツデッキで、ストライクのコクピットから出てきたミスズ・アマカワは深い溜息を漏らした。

 今回は被弾のなかったストライクのチェックを終えたコジロー・マードックがその姿を見咎めて近寄った。

 

「どうかしたんですかい?」

 

 今日出会ったばかりの才女が憂鬱そうに溜息を漏らしたので、なにか不味い事であったのかと聞かずにはいられなかった。

 憔悴しきったキラを連れて行ったユイ達を見送るとストライクの調整が出来るのがミスズしかいなかったので、調整を頼んだのは失敗だったかと思ったのはマードックだけの秘密である。

 

「まさか、よりにもよってユーラシアの軍事要塞に行くって思うと溜息も出したくなるのよ」

「なんでまた」

「女には色々とあるのよ」

 

 暗に聞くなと言っているのだろうかと考えたマードックは、ミスズが「あの蛸坊主が」などとブツブツと小さな声で呟いていたのでツッコミはしなかった。伊達でアークエンジェルの最年長軍人をやっているわけでもなく、年齢に見合った人生経験を持っているマードックはいらないことを言って人を怒らせはしない。

 触らぬ神に祟りなし。女には聞かれたくないことの一つや二つはあると離れようとしたマードックの前をオーブの技術者の一人が横切る。

 

「アマカワ博士」

「何?」

 

 キャットウォークに立つミスズに声をかけた技術者は、ギロリと音がしそうなほどキツイ目で睨み付けられて露骨に腰を引いた。それでも職責を思い出したのか、はたまま慣れているのかへっぴり腰のまま手に持つ書類を手渡した。

 

「アストレイの状態報告です」

 

 手渡された書類を反射的に受け取ったミスズの表情がガラリと変わった。

 

「あら、早いじゃない」

 

 先程と打って変わって普通に戻ったミスズにマードックは、女って奴は変わり身が早いものだと別れた女房のことを思い出して少し切なくなった。

 あいつは今どうしているかと、機械弄りに精を出し過ぎて愛想をつかして出て行った女房が気になった。

 元気にやっているといいが、と考えているマードックの感傷を知ることもなく、ミスズは渡された書類を本当に読んでいるのかと疑いたくなる速さで捲っていく。

 

「アストレイは私と博士しか知らないパスワードでシステムのロックは完了しました。ストライクの方は?」

「終わったわよ。ついでにシステムの調整もね」

 

 ペラペラと本当に読んでいるのかとマードックは胡乱気な視線を向けた。

 しかもコーディネイターのキラが弄りまくって原型を留めていないシステムの調整をしたというのだから、ミスズ・アマカワという技術者の能力は果てしないものに思えた。

 

「やはり損傷は酷いものです。右手は肘から先が全損。左半身は手足が欠損して装甲が炭化しています。正直に言ってしまえば新しく作り直した方が早いかと」

 

 マードックがストライクの隣のメンテナスヘッドにワイヤーで固定されている話題のアストレイ・グリーンフレームを見れば、技術者の気持ちも分からなくもない。

 右手は肘から先をビームライフルで撃ち抜かれ、左半身もビームで焼かれて手足は消失して装甲の炭化が激しい。ここまでの損傷を負ってしまえば欠損した四肢をつけて装甲を付け替えるよりも新しい機体を組み直した方が楽で済むように思えた。

 

「て、言ってもね。アークエンジェルの中じゃ、物資も持ち込んだ分しかないから作り直すなんてこと出来ないことは分かってるわよね?」

「今ある中で直せと仰るのは分かっています。言ってみただけです」

「なら、よろし」

 

 コントのようなやり取りだが、これが彼らにとっての日常なのだろうと外様にいるマードックにも察せられた。

 ヘリオポリス脱出直後の損傷したストライク修理にも手伝ってもらったオーブの技術者達の能力の高さには目を見張るものがある。現場に理解のある上司がいれば働きやすくなり、能率も上がるものだと過去からの経験から知っているマードックもそのやり方を習ってみようと思った。

 

「とはいえ、ただ直すだけじゃ面白くないわね。なにか一つか二つはアクセントが欲しいところだわ」

「と、言いますと?」

「そうね……」

 

 読み終えたらしい資料を技術者に渡しながら、チャシャ猫のような悪戯っぽい笑みを浮かべるミスズを見たマードックはストライクに教育コンピュータを艦上層部に内緒で組み込むのを頼みに来た時と同じ本能的な嫌な予感を感じ取って離脱しようとしたが遅かった。

 

「丁度いいところにいましたね、マードック軍曹」

 

 気がつくと傍にミスズが立っていて肩に手が置かれていた。先ほどまで彼女の隣に立っていたオーブの技術者が目を丸くしていている。数メートルは離れていたはずなのに、どうやって移動したのだろうか。

 

「なんでございますでしょうか?」

 

 自分でも変な敬語だと思いながら引き攣っている自覚のある顔で問いかける。

 

「ちょっと手伝ってくれるかしら」

 

 問いかけではなく既に手伝うことが前提になっている言い方に、女王様に逆らうことが出来ない子分のような気持ちになっているマードックに逆らうことが出来るはずもなかった。

 ミスズに詰め寄られているマードックをアストレイ・グリーンフレームに取り付いているオーブの技術者やマードックの部下が気の毒そうに見ていたりもする。触らぬ神に祟りなしと誰も近づこうとしなかった。

 

「この薄情者――っ!!」

 

 助けを求めた全員に裏切られてミスズに連れて行かれるマードックの姿は、売られていく子牛のようだったと後に整備員の一人はキラに語ったそうな。

 

 

 

 

 

 ストライクのコクピットから出てきたキラは一人では碌に歩くことも出来ないほど疲れ切っていた。無重力空間なので歩く必要はないのだが、今のキラでは漂うだけで目的地に向かって進むことが出来ない。

 無理もない、とキラに肩を貸しながら歩くユイは思った。

 コーディネイターであってもキラは自分と違って軍事教練など受けたことのない一般人だと聞いている。アークエンジェルと合流してからの戦闘前にミスズとしていた通信を聞いていたユイは、キラが始めて乗ったモビルスーツを何故動かせたのかを知っていた。だが、モビルスーツを動かせるからといって戦うことが出来るかと言われれば否とユイは答える。

 人には向き不向きがあり、ユイから見てキラ・ヤマトという少年は闘争に似つかわしくないタイプの人間だった。誰かを傷つけることを厭い、それでも大切な人が脅かせるならば戦ってしまうお人好し。

 

『立て、ユイ!』

 

 ふと、同じように普段は物静かでありながら他人が苦しんでいるところに手を差し伸ばさずにはいられなかった少年の声が耳に響いた。

 本物のはずがない。幻聴だ。 スナイパーとしての腕を買われたユイが別の訓練施設に移ったことで、少年と共に地獄と思える訓練は過ごしたのは本当に短い期間だった。あの星が好きな少年の名前はなんといったか。確か……。

 

「スウェン……」

 

 少年の名前を思い出せたことにユイは感謝した。

 ほぼ無重力空間を進むために肩を貸しているので、ユイの小さな呟きはキラの耳にも入った。

 

「え、なに?」

「なんでもない」

 

 ハッキリとは聞こえなかったようで問いかけるくるキラにユイは顔を背けた。どうにもユイが少年に感情移入してしまうのは過去が原因らしい。スウェンと似た部分を感じて感傷的になっている。どうせもうスウェンは生きていないだろうに。

 考えてみれば道具たる己が感傷に浸るのも変な話だ。ミスズの影響はユイが思うほどに大きかったということか。

 

「大丈夫?」

 

 肩に担ぐ少年の体調を気にする内面の変化は、機械仕掛けのロボットでしかなかった自分が変わっていくことは、悪い気分ではなかった。

 

「うん、もう一人で歩けるから」

「そう」

 

 コクピットから出た直後のような血が抜けた真っ青な顔も少しはマシになっていることを確認してから体を離す。

 体が離れたことで肉の温もりが遠ざかり、キラ・ヤマトは唐突に世界にたった一人で取り残されたような気持ちになった。なんてことはない。人を殺した罪も他者を感じさせてくれる肉の温もりがある時だけは責めて来なかったからだ。

 自分よりも遥かに過酷な戦いを乗り越えてきた女の子に守られ、今また支えられていた。そして離れながらも求めようとする己の惰弱さ。情けない、とキラは自らを卑下した。

 

『うおぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!?』

 

 増加装甲を纏ったジンの胴体をビームサーベルで貫いた時にコクピットに響いた怨嗟に満ちた叫びが耳から離れずに呪いのようにキラを縛り付ける。意識だけが地獄に突き落とされたかのような孤独感と痛み。両者を和らげてくれるのは他者を感じさせてくれる肉の温もりだけ。

 

(最低だ、僕)

 

 コクピットの時と同じ、自分は卑しいのだと結論だけが出る。

 罪を感じていたくないと縋りつきたい衝動だけが今のキラの中にある。故にこそ、最低だと自らを卑下する。

 

「どうしたの?」

「いや……」

 

 言葉少なに問いかけながらも真摯な目で見つめられると返す言葉がない。

 モビルスーツデッキから進み続けて、居住区の近くで話せる話題を二人は持っていなかった。

 

「うっうっ……」

 

 通路の先で聞き覚えがあるはずなのにどこか知らない世界にいる人の声が聞こえて来て、知らずに下げていた顔を上げて前を見た。

 そこにいたのは赤い少女だった。情熱の赤、熟したイチゴや血液のような色。赤と表現するしかない少女――――フレイ・アルスターが目の前にいるというのに、キラの心には細波ほどの感情の流れも浮かばなかった。

 

「サイのバカ! バカバカバカ! 怖かった、凄く怖かったのよ! 私。船が凄く揺れるし、私一人で……」

「………………」

 

 地球連合の軍服を纏ったサイ・アーガイルにフレイは甘えるようにその胸に縋りつく。

 たった一日前までは淡い思いを抱いていた少女が他の男へ縋りつく姿を見ても、人を殺したキラ・ヤマトには遠い異世界の住人にしか見えなかった。

 近くの部屋を見れば避難民達が微笑ましい目で困ったように頭を掻くサイと甘えるフレイを見ている。

 

「どうして、僕は……」

「キラ?」

 

 隣にいるユイの声も聞こえなかった。

 僕達が殺し合いをしているのだから君達の平穏も壊れてしまえ、と心の片隅であっても考えた己に吐き気を覚えた。

 

「キラ!?」

「え?」

 

 立ち尽くすキラの存在に気づいたサイが顔を上げ、フレイも振り返る。

 二人の顔から色が抜け落ちていくのをキラは他人事のように無感動に眺めていた。

 サイとフレイは、キラのあまりの変容に驚いていたのだ。頬は何ヶ月も碌に食事していないようにゲッソリとこけ、目の下には疲労からか黒い隈が出来ていて、力なく立ち尽くす体。なのに、目だけは異様な光を放っている。

 一日で別人のようになってしまったキラ・ヤマト。

 一日で世界が変わってしまったキラ・ヤマト。

 当たり前の日常の延長にいるフレイ達避難民と、結果的にせよ戦争に加担してしまったキラとではもう住む世界が違ってしまったこと思い知らされるような変わりようだった。

 人も世界も、全てがキラを置いてゆく。傍にいてくれるユイだけがキラを常世の世界に引き止めてくれることを有難いと思った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 まだアークエンジェルとザフトが戦っていた頃まで時は少しだけ遡る。

 小さな灯りだけが薄らと光る暗い一室には男が一人だけいた。モニターの灯りが小さいこともあって男の顔や特徴は判別がつかない。分かるのは男がマリューやムウ達も来ている地球連合の制服を着ているということだけ。

 ただ、その制服も少しだけマリュー達と違うところがあった。それは色だ。マリュー達が白を基調としているのに対して男が着ている軍服は白というよりグレーにや薄い紺ともいえる色合いをしている。

 これは男がユーラシア連邦に所属していることを示している。

 同じ地球連合でも大西洋連邦とユーラシア連邦では軍服の色が微妙に違った。

 大西洋連邦は白、ユーラシア連邦はグレーや薄い紺のような少し違った色合い。これはザフトと戦うために結成した地球連合でもありながら、表面上だけでの繋がりで水面下で対立している両者の違いをハッキリと分ける為に決められたとも言われている。真偽は誰にも分からない。

 ユーラシア連邦所属を示す軍服に身を包む男はモニターに映る、アルテミスの直ぐ外で行われている戦いを観戦していた。

 

「大西洋連邦極秘のG計画。その成果が共に相争うか」

 

 まるで我らのようだ、と現在の地球連合の在り方を指して男は笑う。

 

「ヘリオポリスからの救難信号。その直後に現れた彼ら。よもやG計画にヘリオポリスが噛んでいるという噂は本当だったようだ」

 

 楽しげに、本当に楽しげに男は笑う。

 

「これは奇運だ。いや、これこそが運命か」

 

 モニターの前に座る男は光で照らされる口元を薄らと綻ばせた。

 眺めているモニターでは被弾したザフト艦を突破した新造戦艦が真っ直ぐにアルテミスに向かってくる。

 

『ガルシア少将、ご報告が』

「こちらでも外の様子はモニターしている。あの戦艦のことなのだろう?」

 

 見ていたモニターの横に通信が繋がって部下の姿が浮かび上がるのを見て気分を害した男――――ジェラード・ガルシア少将は、手元のボタンを操作してサウンドだけにしながら答えは分かっていると言った。

 

『はっ、向こうは大西洋連邦の所属を名乗っておりますが船籍登録は無く、我が軍の識別コードも有しておりません』

 

 声だけになった部下からの報告に、ガルシアは内心で笑いを抑えられずにいた。

 まだ進水式すら終えていない新造戦艦なのだから仕方あるまい、と言いたい衝動に駆られたが部下に言ったところで分かるものではない。

 

『どう致しますか? 追い返しますか?』

「いや、入れてやれ。向こうから鴨がネギを背負ってわざわざ来てくれたのだ。歓迎せねば礼儀に欠ける」

『は?』

 

 馬鹿のように聞き返してくる察しの悪い部下であったがガルシアは気にしなかった。

 彼の胸中には喜びだけが溢れている。この気持ちを馬鹿な部下に察せよと言う方が無理があった。寛容な気持ちで許してやるのも上司の仕事の一つであると、向こうに顔が映らぬことをいいことに見下す視線を露骨に浮かべる。

 

「入れて構わんと司令官の私が言っているのだ。君は逆らうのかね?」

『いえ、とんでもありません!』

「では、受け入れの準備をしたまえ」

 

 折角の気持ちの良いところを邪魔されるのは気にくわんと横暴に考えたガルシアは、震えた声で通信を切った部下をどこの辺境に飛ばそうかと考えて直ぐにどうでも良くなって忘れた。

 今切った通信とは別の相手に繋ぐ。相手は直ぐに出た。

 

「ビダルフ少佐、特命だ」

『はっ』

 

 モニターの向こうにいる壮年の男――――ビダルフ少佐は鯱った姿勢で敬礼してくる。

 正面モニターでは、今まさにアルテミスの中に入って行くアークエンジェルの姿が映っているので、元より長ったらしい前説を好まないガルシアはいきなり本題に入ることにした。

 

「このアルテミスに戦艦が入って来る」

『拿捕するのですか?』

「結論を急ぎすぎるのは貴様の悪い癖だぞ、ビダルフ」

『申し訳ありません』

 

 謝りながらも敬礼を崩さぬ男をガルシアは重宝していた。首を突っ込み過ぎず、かといって臆病にも引き下がりもしない。命令に忠実で、どこまでもこちらの手駒に徹しようとする姿勢は扱いやすさでいえば右に出る者はいない。

 だからこそ、このような時もガルシアは真っ先にビダルフを使う。

 

「大事な客人を丁重にお迎えしろ。くれぐれも失礼のないように」

『銃口を持って、でありましょうか』

「判断は貴様に任せる」

 

 自分は嫌らしい笑みを浮かべているな、と自覚しながらビダルフが了承したのを確認して通信を切る。すると、手元にアークエンジェルから送られてきた船員名簿や艦載機のリストが届いた。

 何重ものウィルスチェックを経て司令室のガルシアのパソコンまで送られてきたリストを見るともなしに眺める。

 

「あのモビルアーマーはエンデュミオンの鷹が操るメビウス・ゼロであったか」

 

 やはり気になるのは艦載機の欄。そこに乗っていたムウ・ラ・フラガ大尉の名前に、先程戦っていたメビウス・ゼロが異名も高き男が扱っていたのだと知ってガルシアは笑った。

 

「X105ストライク。唯一奪われなかった機体。果たしてパイロットは誰かな。少なくとも現在メビウス・ゼロを唯一扱えるムウ・ラ・フラガではあるまい。これほどの機動となれば或いは偶然乗り合わせたコーディネイターか」

 

 先程の戦いを録画していた映像を出して、人に近い機体のパイロットが誰かを考えるだけでも胸が躍るのを抑えきれない。

 

「極めつけはこれか」

 

 ストライクの映像を小さくして横に移し、代わりに映し出されたのはアストレイ・グリーンフレーム。

 

「ジンの亜種と奪われたG3機相手にしながら生き残った地球連合とは違う機体。ふふ、オーブが作った機体か。興味はつきないぞ、こちらの機体もパイロットも」

 

 データにはない機体を造ったのはどこだと、今度は船員名簿を見ていく。

 当然ながら殆ど知らない名前であったし、特別に興味を引くようなものも少ない。だが、一覧を見るともなしに眺めていたガルシアの右目が眇められた。

 

「アマカワ?」

 

 その名はガルシアの記憶に深く刻みつけられた人物を思い起こさせる。

 

「ふ………………っく、はははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははは!!!!!」

 

 ミスズ・アマカワ、と記された船員名簿を何度も確かめたガルシアは、これは笑わずにはいられないとツルリと禿げ上がった頭を叩いて破顔した。

 直ぐに笑いの衝動を抑えながらも、胸に付けられた特務部隊のバッチを触って心を落ち着ける。

 

「一度は逃した魚を再び捕まえる時が来た。この運命には感謝せねばなるまい」

 

 数年前に苦い思いを盛大に味合わされた女傑に対しての復讐も兼ねて、私怨と虚栄心に突き動かされたガルシアは爛々とモニターで光で目を輝かせる。その視線には罠とも知らずにアルテミスのドッグに固定されて、ようやく羽を休める場所を見つけた大天使の姿があった。そこが獲物を狙うハゲタカの巣とも知らずに。

 

「ようこそアルテミスへ、アークエンジェル。我々は君達を歓迎しよう。だが、二度とここから抜け出すことの出来ないと知るがいい」

 

 背中に生える美しい翼を残さず剥ぎ取るハゲタカのように獰猛に笑ったジェラード・ガルシア少将は標的を大天使に定めた。

 大天使は腕に傷ついた少年を抱きながら、ガルシアの悪意を恐れるようにエンジンを止めたはずの船体を僅かに揺らした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ヘリオポリス崩壊から数時間後。キラ・ヤマトが工業カレッジの授業を終えて公園で教授の課題をしていた時から半日程度しか経っていない。

 ザフトの襲撃が始まり、ストライクに乗ってアークエンジェルに合流、後に交戦したことによってヘリオポリスは崩壊。アルテミスへ向けてのサイレント・ランニングを試みるもラウ・ル・クルーゼに見破られたが前を塞ぐザフト艦をたった一機で攻めたムウ・ラ・フラガ大尉や守り続けたモビルスーツパイロット達の尽力、機会を待ち続けたブリッジの根気によって潜り抜けた。

 始めて乗る艦、始めて会った仲間、素人のパイロット、信用できるか怪しいモルゲンレーテの技術者達、強大過ぎるザフト。

 ユーラシア連邦のアルテミスのドックに入港したアークエンジェルの艦長席に座るマリュー・ラミアス大尉は、潜り抜けた危難と苦労を思って息を吐いた。

 

「ようやく辿り着いた」

 

 小さく呟かれた声は意外にもブリッジに響いたが誰も何も言わなかった。気持ちの上では同じだったからだ。

 ヘリオポリスにいた地球連合の軍人は全て大西洋連邦の所属である。ユーラシア連邦が完全な味方とは言えなくても、友軍であることには変わりない。ブリッジに弛緩した空気が流れても副長兼CICの統括を務めるナタル・バジルール少尉も咎めはしなかった。

 

「長かった。半日がこんなにも長く感じたのは初めてだ」

「僕もです」

 

 艦長席の後ろにある通信席に座るロメロ・パル伍長とヘリオポリスの学生であるカズィ・バスカークは顔を見ることなく忍び笑いを漏らす。

 恐らく艦内の至る所で似たような会話が交わされているだろうことを艦長席に身を沈めながら考えたマリューは、何も考えずにこのまま眠りたい衝動に駆られた。

 

(疲れた)

 

 とっくの昔にマリュー・ラミアスは限界を迎えている。

 艦長職も、多数の人の命を背負うことも、限りなく分の悪い実戦を繰り返すことも、キラに軍人に向いていないと思わせた優しい感性を持つマリュー・ラミアスに向いていることではなかった。

 

(普通なら寝る時間ですものね)

 

 勿論、軍人であるのだから二、三日の徹夜ぐらいは出来る。地球連合の希望たれと望まれて希望を持って関わってきたGの大半を奪われ、新造戦艦の艦長を任され、多くの命を肩に背負い、運命の悪戯に翻弄された半日。これほどまでの危難を潜り抜けた疲労は重く、肉体は今すぐにでも休息を必要としている。精神も言わずもがな。

 気を抜いてしまえば意識を失ってしまいそうな疲労感に襲われながらも、まだ艦長のマリューに休息は許されない。

 

「艦長、臨検官が到着しました」

 

 パル伍長の声に安心から閉じかけていた瞼を強引に開く。後少しで寝てしまうところだった。

 臨検とは法規に基づく行為で、軍艦が特定の国籍の船ないし出入りする船に対して強制的に立ち入り警察・経済・軍事活動することを指す。アークエンジェルには船籍登録や識別コードが無いのだから仕方のない事なのかもしれないが友軍に査察されるのはあまり気持ちの良いものではない。思い入れの強いGやアークエンジェルが関わっているとなれば特に。

 

「分かったわ、ありがとう」

 

 部下となったブリッジクルーを前にしてそんな気持ちをおくびにも出すわけにはいかない。報告してくれたパルに緩く笑んで席を立つ。船籍登録も識別コードも無い怪しい艦を受け入れてくれたユーラシア連邦の人間に礼を逸することは出来ないから、艦長であるマリューが出向くのが最良である。

 

「ナタル」

「はい」

 

 CIC統括席に座るナタルの名を呼べば彼女も分かったもの。頷き一つを返して耳元のインカムを外して席に固定し、制帽を改めて被り直して立ち上がる。

 臨検官を艦長と副長の二人で出迎えると言わずと察してくれるのは有難い。ナタルだけではない。頼りない艦長についてきてくれたクルーや協力してくれたヘリオポリスの学生、合流したオーブの技術者達も頑張ってくれた。

 ようやく休ませてやれると希望を持ったその時だった。

 

「艦長!」

 

 ブリッジから出ようとしたマリューとナタルを引き止めるパル伍長の叫び。明らかに何かがあったっと思わせる狼狽が込められた声だった。

 

「何事だ!」

 

 ザフトがアルテミスの傘を突破したかと考えて顔を蒼褪めながらナタルと共に振り返ったマリューは、ブリッジ前方のガラスの向こうに映る無数のノーマルスーツ達が群れを成してアークエンジェルを囲むのが見えた。

 その手には遠目からでもハッキリと銃器と分かる物が見えた。

 

「艦内に入った臨検官が銃を持ってクルーに降伏を求めていると……」

 

 視界の端に映るパル伍長が蒼褪めるのを通り越して真っ白になった顔で、泣きそうな声で言うのをどこか遠い世界の出来事のように感じていた。

 

 

 

 

 

 銃を持ったノーマルスーツ達と共にブリッジに来たのはそれから数分後の出来事だった。

 状況を受け止めきれずに呆然と立ち尽くすことしか出来ないブリッジクルーを手に持つ銃で威嚇するノーマルスーツの集団。彼らか少し遅れて、同じ地球連合でありながら大西洋連邦所属のマリュー達とは違う、ユーラシア連邦を示すグレーの色を来た軍服を着た男が現れた。

 制帽を目深に被った40~50歳ぐらいの男は、ブリッジに入って来ると全体を見渡した。

 

「艦長は誰か?」

 

 低く、威嚇的とも取れる声で訊ねた。

 男が現れただけで倍は重くなった空気に全身を支配されながらも、マリューは毅然として顔を上げた。

 

「私です」

「ほう、君か」

 

 答えたマリューに、しかし男は言葉面ほど感心した様子は見せなかった。逆にマリューの方が男と目があってそのあまりの冷たさに背筋に走る悪寒を止めることが出来なかった。

 男は入り口から無重力であることを利用して跳躍。天井に手とついて降りて来る。そのまま艦長席の背凭れを掴んでマリューに向かい合った。

 

「貴艦の臨検官を務めるユーラシア連邦所属アイル・ビダルフ少佐である」

「大西洋連邦所属マリュー・ラミアス大尉です」

「同じくナタル・バジルール少尉です」

 

 名乗られたのならば名乗り返すのが礼儀。特に階級は向こうが上なので敬礼も交えて名乗ったが、ビダルフは顔をピクリとも動かさない。鉄面皮を地で行くビダルフを好きにはなれそうにない相手だと直感的に感じ取った。

 ビダルフは名乗ったマリューとナタルを見て、そして更にブリッジクルーを再度見渡す。その視線の先は顔ではなく顔ではなく軍服、正確には肩の階級章だった。

 

「階級から察するに君達が艦長と副長か」

「「はっ」」

 

 敬礼を解かず、ナタルと同時に返事する。

 ジロジロとビダルフの遠慮のない視線が全身に走るのに悪寒は感じれど、そこに男特有の情欲は欠片も無い。あるのは実験動物を眺める科学者のような冷めた視線だ。友軍に向けるどころか、人が人に向けるものではない。

 

「敬礼を下ろしたまえ」

 

 感情があると思えないほど平坦な口調であったが二人は敬礼を解いた。

 この男は何者であるか、目的は何であるかと考えを巡らすマリューの横でナタルが動いた。

 

「ビダルフ少佐! これはどういうことか説明して頂きたい!」

 

 軍人は清廉潔白であるべきと自らを律しているナタルだからこそ、アルテミスの入港は彼女の案ということもあってこの状況は容認出来ることではないだろう。分からなくはないがこの対応で大凡の予想がついて納得まで出来てしまっているマリューには、ナタルの若さ故の行動を馬鹿と罵る資格はなかった。

 

「船籍登録も無く、我が軍の識別コードのない貴艦を受け入れるに当たって当然の保安措置である」

「当然って……!? 我々はザフトの追撃を逃れてようやく辿り着いたのですよ! なのにこの仕打ちは!」

 

 腰の後ろで腕を組んでいるビダルフの言いようにナタルが激昂して叫びながら前に出ようとしたが、それは近くにいるノーマルスーツの集団の一人の銃口で押し留められた。

 ビダルフは周囲の反応を確かめるように辺りを見るが、マリューが見ている限りでもブリッジにいるクルーが同じ気持ちなのは見なくとも分かった。

 

「ビダルフ少佐、艦のコントロールと火器管制のロックが完了しました」

「ご苦労」

 

 操舵席やCICに座るクルーを銃で脅して席を奪ったノーマルスーツの男が報告するとビダルフは言葉少なに頷いた。

 

「理由を教えて下さい。でなければこのような扱い、承服できかねます」

 

 男を一瞬だけ見たビダルフが声を発したマリューを見る。自身を見る目に一瞬だけ嘲りが浮かんだのをマリューは見逃さなかった。

 

「状況などから判断して入港は許可したが残念ながら貴艦を友軍と認めたわけではない」

「しかし、この軍服から分かるように同じ地球連合なのは明白です。銃口を向けられる謂れはないはずです」

「軍服などどうにでも複製できる。ザフトがアルテミスに進行するための作戦とも考えられる状況で用心は当然のことだ」

 

 嘘だ、とマリューは再び感情を感じさせない瞳に戻ったビダルフの言葉から感じ取った。

 

「モビルスーツを扱えるのはコーディネイターのみ。二機が貴艦に帰投しているのも確認している。ザフトが偽装したと考えるのは間違っていると君達は言うのか」

 

 筋道だけは通っているがお為ごかしと感じるのはビダルフが発する全てが空虚だからだ。声も表情も、人に信じさせようという熱が彼からは欠片も無い。もしくは始めからその気がないのか。マリューは後者だと考えた。

 

「少佐殿!」

「お静かに願いたい、艦長殿。我らは手荒なことは望んでいない」

 

 銃口を向けている時点で言える言葉ではない。傲慢な言いように反論しようにも銃口がギラリと光る。

 

「士官には司令室へ出頭してもらう。事情はそこで伺おう」

 

 敵と疑っている相手をアルテミスのトップに会わせるものか、とマリューは言いたくなった。

 辺りにいるノーマルスーツの群れが持つ銃口が言葉を封じ込める。隣にいるナタルがショックのあまりバランスを崩したのを咄嗟に支えながら、マリューの心はどこまでも落ちて行った。

 

「下手な抵抗はしないように。諸君らに懸命な判断を求める」

 

 幾度も死にそうになりながら辿り着いた友軍からマリュー達に向けらたのは、労いの言葉ではなく悪意に満ちた銃口だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 応急処置を終えて自力航行が可能になったヴェサリウスはプラントに向けて発進した。クルーゼ隊の旗艦であるヴェサリウスを見送ったガモフは未だに宙域に留まり続けている。クルーゼから残ったGとGの紛い物、アークエンジェルの討伐を命じられたガモフのブリッジでは作戦会議が行われているところだった。

 作戦会議といっても参加しているのはモビルスーツパイロット達と艦長のぜルマンだけ。人数はたった4人の寂しいものだった。

 

「ユーラシアの軍事要塞。アルテミスの傘は、レーザーも実体弾も通さん。ま、向こうからも同じことだが」

 

 赤を着ているとはいえ、アカデミーを卒業して幾度かしか経っていない若造達を相手にしなければならないことに面倒さを感じながらも、開戦時から艦長席に座っているぜルマンは表情には出さない。

 残っているパイロットが評議員の息子達だけになっていようとも差別も区別しないのがコーディネイターの中でも高齢にあたるぜルマンという男の生き方を現していた。

 出世や立身に興味は無く、守るべき家族もいないので秀でた能力から傲慢に陥りやすいコーディネイターの中で珍しいタイプだった。でなければ一癖も二癖もあるクルーゼ隊に配属されはしない。

 アデスを扱いやすい副官とすれば、ぜルマンは命令に忠実な部下であった。

 

「防御が絶対だから攻撃をする必要ないと」

 

 笑える話だ、と続く言葉を口の中だけに留めたディアッカ・エルスマンのことをぜルマンは嫌いではなかった。

 

「あの傘を突破する手立ては今のところない。さして重要な拠点でもなかったことからこれまで我が軍も手を出す必然性を見い出せずにいたが厄介な所に入り込まれたものだ」

 

 隊長も面倒なことを頼んだものだ、と心の中で続く言葉を呟いた。

 現状では打つ手はなく、出来るのは出て来るのを待つだけ。

 

「出てくるまで待つのが最善というわけですか」

「ふざけるなよディアッカ! お前は戻られた隊長に、何も出来ませんでしたと報告したいのか? それこそいい恥さらしだ!」

 

 こちらの意図を組んで溜息を吐いたディアッカに怒鳴るイザーク・ジュールのことは好きになれるタイプではなかった。

 ナチュラルが想像するようなコーディネイターの性格をしているイザークは、我儘を許容される親の下で育てられたと直ぐに分かる。母親のエザリア・ジュールはきつそうな外見とは裏腹に子煩悩なのだろうかと変な方向に思考が走る。

 

「そうは言うがね、イザーク。近づけば傘が展開されて現状は突破する手段がない。遠くからだと決定打に欠ける。さあ、どうするっていうんだ? 文句を言う前に案を出せよ」

「ぐっ……」

 

 現状を分かりやすく整理して説明するディアッカの前で、イザークは顔を真っ赤にして反論しようとしたがこれ以上ない正論だってので言葉に詰まった。

 

「作戦会議は意見を出す場であって文句を言う場じゃないぞ」

 

 と、いらぬ一言を言ってしまうのはディアッカ・エルスマンがまだまだ若造である証拠。

 イザークが怒気を放ってディアッカに詰め寄るのを意識の外に置いて、ぜルマンは一人で黙ってモニターを見つめるニコル・アマルフィを視線を映した。

 

「傘は、常に開いてるわけではないんですよね?」

 

 ぜルマンに視線を向けられたのを察して顔を上げたニコルの顔はまだ幼い。

 ディアッカの二歳下、イザークの一歳下ということだが、小柄な体格と童顔が相まって更に下に見える。まだディアッカは精神的に大人びている面もあるので大人扱い出来る最低ラインに達しているが、激しやすいイザークや童顔のニコルは子供にしか見えなかった。

 それでもそんな彼らを一端に扱わなければならないのが艦長であるぜルマンの役目の辛いところである。

 

「ああ、周辺に敵のない時まで展開させてはおらん。閉じているところに近づいても、こちらが要塞を射程に入れる前に察知され、展開されてしまう」

 

 内心の気持ちを押し隠すのに伸ばした髭はこういう時に他人に表情を読ませないので役に立つ。口元を隠すように覆っている顎の髭を撫でた。

 何かを考えるようにモニターのアルテミスを見つめるニコルの姿に地球連合との開戦の前に地球に降りた友人のことを思い出した。

 

『ユニウスセブンのこともあってプラントを守りたいって気持ちは分かる。分かるが戦争をするってのはどこか違うと思う』

 

 そんなことをゼルマンに言った友人は戦争の気運が高まるプラントから追い出されるように地球に降りた。その後、友人がどうなったか分からない。開戦してから戦場に出ているゼルマンにそんな余裕はなかったし、当時はゼルマンも気運に呑み込まれていることもあって喧嘩別れのような形だったので、どこに行くかも聞かなかった。 

 

(守るべき若者を戦場に送り出しておいて何様だ、か)

 

 開戦して暫くしてザフトに入れる年齢がどんどん低年齢化していくことに、同じ艦長職を務める年齢の近い友人が酒の席で酔いながら言った苦々しい言葉を思い出す。

 子供時代を地球で過ごしたゼルマンのような年齢の人間の基礎はナチュラルの思想とかけ離れてはいない。身体能力や学力が成人年齢に達するのもナチュラルのそれより約5年ほど早いとされていても抵抗を覚えてしまうのだ。

 プラントのやり方が間違っているとは思わないし、今更ナチュラルのやり方に馴染めるとも思えない。

 

(与えられた任務をこなすのみだ)

 

 思考放棄と言われても仕方ないことを分かっていてもゼルマンは考えることを止めた。

 一介の軍艦の艦長が始まってしまった戦争の是非を問うても何の意味もない。若者の戦場投入も、兵士の未熟さも、上官としての矯正すべき範囲のことをしてもそれ以上のことはしてはいけない。

 軍人は軍人の勤めを果たすのみと自らを戒める。軍人が政治にまで口を出してしまったら面倒なことこの上ない。

 

「僕の機体……ブリッツなら上手くやれるかもしれません」

 

 ニコルの声に考え事をしていた思考を打ち切り、何時の間にかモニターを見つめていた顔を上げた。

 子供だ、とニコルの顔を見てもそんな感想しか抱けなかった。赤のザフトの軍服がコスプレ染みているような、服に着られているような印象しか少年には持てなかった。

 これが何度か実戦を潜り抜ければ一端に似合うようになるのだから、戦場は人を変えるという論説も馬鹿にしたものではないと笑い合った艦長仲間は既に故人だ。もしかしたらこの宇宙のどこかに彷徨っているかもしれない。

 嫌な想像だ、と直ぐに頭から追い出す。

 

「あれにはフェイズシフトの他にもう一つ、ちょっと面白い機能があるんです」

 

 良いことを思いついたとばかりに不敵に笑ったニコルの顔を見ても、やはり子供以上の印象を抱くことはゼルマンには出来そうになかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 武器の持ち込みが出来ないように入念にボディチェックされてアルテミスの司令室に入ったアークエンジェルの士官はマリュー・ラミアス、ナタル・バジルール、ムウ・ラ・フラガの三人。

 無駄に広い部屋の奥に大きく重厚な机。その背後のガラスには地球の自然が映し出され、天井には青空。

 アルテミスという一国一城の主ならば問題にはならないだろうが、部屋に入ったムウの印象は決して良いものではなかった。成金趣味の部屋のような嫌悪感を抱くのは、まるで地球の自然を穢されているように感じるからかムウには判断がつかなかった。

 この司令室のトップであるジェラード・ガルシア少将も部屋同様に好きになれるタイプではなかった。目に野心が浮き出し過ぎなのだ。隠そうとすらしないことに悪い予感がさっきから引っ切り無しに脳裏で鳴り響いている。こういう時は他人から羨ましがれる勘の良さが恨めしい。

 

「マリュー・ラミアス大尉、ムウ・ラ・フラガ大尉、ナタル・バジルール少尉か。成程、君達のIDは確かに、大西洋連邦のもののようだな」

「お手間を取らせて、申し訳ありません」

 

 アークエンジェルに乗り込んできたビダルフ少佐とやり合って心が折れかけているマリューやナタルが何かを言う前に、ムウが先に言いたくもない礼を口にした。

 

「輝かしき君の名は、私も耳にしているよ。エンディミオンの鷹殿。クリマルディ戦線には、私も参加していた」

「おや、ではビラード准将の部隊に?」

 

 「エンデュミオンの鷹」と呼ばれることをムウは決して好いてはいなかった。むしろ嫌っているとすら言っていい。戦果は十分に誇れるものであったがエンデュミオン・クレーターでの大敗を隠蔽する為のプロパガンダとして宣伝されたもので英雄などと呼ばれても嬉しくはない。

 

「そうだ。戦局では敗退したが、ジンを5機落とした君の活躍には、我々も随分励まされたものだ」

「ありがとうございます」

 

 戦果に励まされたというのは良く言われたことで、このことに関しては誇っていいと同僚に励まされたのでこちらに関しては本心から気持ちを受け取っていいはずだが、ガルシアの目はムウというよりも戦果の方に向いているように思えた。

 

「しかし、その君が、あんな艦と共に現れるとはな」

 

 笑みを含むガルシアの目が炯々と野心で光る。傍に控える副官らしき男が無表情で立っていることが余計にガルシアの黒い炎を際立たせる。

 

「特務でありますので。残念ながら、子細を申し上げることはできませんが」

「構わん。大方、護衛かその辺りだろ。ああ、答えんでもいい。君がメビウス・ゼロから降りるとも思えんからただの推測だ」

 

 興味があるのは別にあると暗に言っているような言い方に、大体のところはムウにも予想がついた。

 

(ストライクとアストレイだろうな)

 

 野心に燃えている軍人が成り上がるには誰にでも分かる形で戦果が必要だ。既存のモビルアーマーでジンに勝てないことは証明されているので、ジンと同じモビルスーツが必要な事は誰の目にも明らか。

 ムウはまだ愛機であるメビウス・ゼロから降りる気は更々なかったが、クルーゼが乗っていた新型モビルスーツに手も足も出なかったことからその考えを改めなければいけないかとも思っている。

 モビルアーマー乗りのムウがそう思っているのだから上層部でモビルスーツ開発が出たのは当然の流れで、パイロットの護衛の任を与えられた時も別段驚きはしなかった。結果として、残ったGはコーディネイターの少年が乗って始めて真価を発揮することが出来たのは皮肉以外のなんでもない。

 

「さて、何時までも老兵の長話をしているわけにもいくまい。本題に入ろう」

 

 すんなりといかせてくれるとは思えないと戦場で磨かれた直感ではなくとも、ニタリと笑うガルシアの顔を見れば誰にだって分かる。

 

「我々は一刻も早く、月の本部に向かわなければならないのです。まだ、ザフトにも追われておりますので……」

「君達の事情は良く理解している。が、率直に言って補給は難しい」

 

 仲間を信じたいと気持ちが顔に出過ぎているナタルが言うも、ガルシアの答えはあまりにもムウが予想した通りだった。

 

「見たまえ、これが理由だ」

 

 ガルシアが机の上に置いてあるノートパソコンの横にあるボタンの一つを押すと、地球の自然を映し出していた背後の画面が宇宙らしき光景を映し出した。

 正面に映し出された地球連合の船とは全く違った設計思想の船。

 

「ローラシア級!?」

 

 アークエンジェルの後方を塞いでいたザフト艦が映し出されて思わずといった様子でナタルが叫んだ。

 椅子を回転させて後ろを振り向いたガルシアの表情は見えない。

 

「見ての通り、奴等は傘の外をウロウロしているよ。先刻からずっとな。まぁ、あんな艦の1隻や2隻、ここではどうということはない。だがこれでは補給を受けても出られまい」

「奴等が追っているのは我々です!このまま留まり、アルテミスにまで、被害を及ばせては……」

「はっはっはっはっは! 被害だと? このアルテミスが? 奴等は何もできんよ。そして、やがて去る。いつものことだ」

 

 外に出られないのと補給を受けれないのはまた別の理由である。遠回しに断ろうとするムウに、ガルシアはそれ以上の反論を封じるように手を上げた。

 するとドアの所で控えている護衛兵が銃口を向けて来る。

 

「ビダルフも言ったとは思うが手荒な真似はさせないでほしい。我々も友軍に銃を向けるのは心地良いものではない」

「では、向けなければよろしいのでは?」

 

 今まで黙っていたマリューが低い声で言った。

 

「いくら不明艦といっても、この扱いは不当です!」

「そうしたいのは山々だが状況が許してくれそうにない。申し訳ないとは思っているのだがね」

 

 続いたナタルの言葉に、ニヤニヤと下にいる者を見下す視線を隠そうとせずにガルシアはどこまでも囀る。

 一人だけモニターを見ずにムウ達を見つめ続ける副官の男の耳につけられているインカムが受信を現す光が出るのをムウは見ていた。副官の男の役割は司令官であるガルシアの護衛と見ていたのだが連絡役も兼ねていたようだ。

 

「ガルシア少将」

「む、なんだ」

 

 副官の男はムウ達を警戒しながらガルシアの傍に行って、耳元で何かを伝えたようだった。

 

「…………やれやれ、手間をかけさせてくれる」

 

 舌打ちしそうな空気を感じたが抑え込んだようで、厭らしい笑みを浮かべながら椅子を回転させてムウ達の方を向いた。

 

「君達も少し休みたまえ。だいぶお疲れの様子だ。各人に部屋を用意させる。余計に疲れさせるだけかもしれんが勘弁してくれ」

 

 一人で何が楽しいのか笑うガルシアを見て、ミスズにストライクのOSをロックするように頼んだことを思い出したムウは尋問室行きを悟った。

 副官が指示したらしく複数の男達が現れ、ムウから順に後ろ手に手錠がかけられていく。人生で始めて手錠を嵌められて、まるで蜘蛛の巣に捕まってしまったような気分だった。

 

「良い報告を期待している」

 

 連行されていくという表現が一番正しいムウ達に向けられたガルシアの言葉は、どこまでも言葉だけが上っ面を撫でていくに留まった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 アルテミスのセンサーに引っ掛からないように十分に距離を取ったザフト軍ローラシア級ガモフのモビルスーツデッキ。3機だけの寂しいモビルスーツデッキの左端にあるX207ブリッツに乗るニコル・アマルフィは入念なシステムなチェックを行っていた。

 

『アルテミスとの距離、3500。光波防御帯、依然変化なし』

 

 オペレーターの報告にキーボードタッチを続けていた手を一瞬だけ止め、再び再開する。

 

「ミラージュコロイド、電磁圧チェック、システムオールグリーン。テストもなしの一発勝負か。大丈夫かな」

 

 自分で提案しておきながら臆することに嫌悪を覚えながらも不安は消せない。

 「ブリッツ」のコードネームのとおり、敵陣深くへの電撃侵攻を目的として開発されたモビルスーツ。新機軸の光学迷彩システム「ミラージュコロイド」を搭載する。但し連続使用には85分の限界時間があり、更に展開中はフェイズシフト装甲の併用が不可能となる為、著しく防御力が低下する。

 システム上のチェックは出来ていても実機でのテストはまだ行っていない。ぶっつけ本番で試すのだからニコルでなくても臆しもする。

 

「フェイズシフトが展開できないからって問題なんかない。それが普通なんだ。怯えることなんてない」

 

 言い聞かせるように呟いても心臓の動悸は少しも収まってくれない。

 深く長く深呼吸しても耳に聞こえる血液の脈動の音は呼吸音すら掻き消してしまうほどだった。

 

「僕は臆病者なんかじゃない」

 

 操縦桿から右手を離して心臓がある左胸を叩く。

 戦死したミゲル・アイマン、オロール・クーデンベルグ、マシュー・オッケンワインのことを思い出す。気の良い先輩たちで同期のイザークのように見下すことなく一個人として扱ってくれた彼らのことを。

 

『ブリッツ発進位置へ』

 

 オペレーターの声に機会が自動的にブリッツをカタパルトへと誘導してくれる。

 

「多くの同胞達が死なない為に敵を撃つ、か。これも欺瞞だよね」

 

 ハッチが開かれ、虚空の宇宙が視界に入り込んだ。

 

「ザフトの為に」

 

 戦うと決めた口が自然と開いて先輩達が出撃の度に行っていた言葉がヘルメットの中に響く。

 敵を一人でも多く殺せばそれだけ味方の危険が減る。今なら先輩達の言葉の意味が分かる気がした。

 

『ブリッツ、発進どうぞ』

「ニコル・アマルフィ! ブリッツ出ます!」

 

 ニコルがブリッツは宇宙へと飛び出した。

 バーニアは吹かさない。発進した時の慣性で進み、ニコルはブリッツにしかない特殊機能を発動させた。

 

「ミラージュコロイド生成良好。散布減損率35%。使えるのは、80分が限界か…」

 

 機体の内側からは見えないが外からはブリッツの姿は見えないだろう。目前にも見えるアルテミスへ向けて、ニコルはセンサー類に意識を集中した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 アークエンジェルに乗っている人間は、軍人や民間人の区別なくモビルスーツデッキに集められていた。

 

「全員一カ所に集まれ!」

 

 艦の端から順に捜索され、一人の例外もなくモビルスーツデッキに連行されていく人達の様子は悲壮の一言だった。

 

「何これ…? 何なの? ねぇサイ!」

 

 銃で軽く小突かれて廊下から飛んで集まっている一団の中に押し込まれていく中で、フレイ・アルスターの言葉はアークエンジェルに乗っているアルテミスの人間以外の総意を現していた。

 フレイに問われたサイ・アーガイルにしたって、状況を把握しているわけではない。ブリッジにいて軍服を着ていようと、戦闘後にはフレイの様子を見る為に離れたのだから知っている情報はフレイと大差ないので答えられるはずもない。 

 

「よーし! そのままだ!」

 

 民間人は避難民と合わせて数十人、乗り込んでいた軍人全てを合わせると100人近い人間がモビルスーツデッキに集まっていく。

 

「こんなにも少ないのに、よく戦艦なんて動かしてたよ」

「民間人よりも少ないなんてな」

 

 軍服を着ている者は団結されるのを警戒されているのか、最前列に並ばされていた。その中でカズィが言ったことにトールも同じ気持ちだった。

 こうやって一ヵ所に集まってみれば、軍人よりも民間人の方が多いのがよく解る。こんな人数でアークエンジェルを動かしていたというのだから人手不足だと散々言っていたのも理解できた。拾われた避難民や最初からいた民間人も同じ気持ちなのだろう。そこかしこで似たような会話がされているのがトールの耳に入った。

 トールは民間人を包むように円を描いて並ばされている軍人の列の中に自分がいることに溜息を吐く。

 隣で同じような体勢で震えるミリアリアの存在がトールに折れるなと訴えかけるようだった。とはいえ、それで銃口を向けられている現実が変わるわけでもない。

 僅かに体を動かして隣のミリアリアに当ててこちらを向いた顔に精一杯の笑顔を向けるだけだ。それで少しは震えも収まってくれたのだからミリアリアの中で自分の存在が軽いものでないと確信できてこんな事態なのに少し喜ばしい。

 

「なんだってんだよ! お前達は!」

 

 反対側で聞き覚えのあるだみ声が上がった。その声がコジロー・マードックという整備員の主みたいな人だと知ったのは少し後の事だった。

 

「動くなっ!」

「ふざけるんじゃねぇよっ! 俺達がどんな思いで来たのか分かってるのか!」

 

 トールがいる真反対で繰り広げられている展開を見ることは出来ない。銃口を向けられて腕を頭の後ろで組んで跪かされている状況では下手な動きなど取れるはずもない。振り返ったとしても背後にいる民間人は立ったままなのだから見えるはずもないが。

 

「動くなと言っている!」

「ぐあっ」

 

 激昂した男の声と共に「バキッ」と鈍器で人を殴ったような音と苦痛、女性の叫びが連鎖した。

 

「どうなってるんだ?」

「私達はここで降ろしてもらえるんじゃないのか?」

「どうして何の説明もない……」

 

 ひそひそと横にいる者同士で交わされる会話。無理もないとトールは自分が同じ気持ちを抱いていることを認め、辺りを見た。

 周りには十数人の銃を持った兵士らしきノーマルスーツを着た男達が囲んでいる。全員でかかれば倒せるだろうが大半が犠牲になるだろう。最悪、全員死亡なんてこともある。

 

(キラはどこだ?) 

 

 トールらはブリッジにいたのでモビルスーツデッキに来たのは後の方だった。その時にはキラはいなかったように思うし、後から来た面々の中にも姿はなかった。

 目だけで辺りを見渡してキラの姿を探して見つからなかったので、モビルスーツデッキに繋がる通路の方を見上げた。

 通路から降りて来る人の人数もかなり断続的になっていて、それも捜索を終えたアルテミスの兵隊の方が多くなったように思える。

 今また数人が通路から出てきたが、キラではない。ユーラシア連邦の所属を示すグレーの軍服を纏った態度からして偉そうな男が集団の中にいた。

 トールの近くに降り立った男達の中で偉そうな男は、別にグループを作らされているモルゲンレーテの技術者達の方へと向かって行った。そして白衣を着ている女性ミスズ・アマカワの前で止まった。

 

「お久しぶりです、博士」

 

 ニタニタと笑みを浮かべるジェラード・ガルシア少将は女性としては長身に入るミスズの顔を見上げた。

 

「久しぶりって、直接会ったことはないでしょうが」

「これは失礼。あまりにも写真を見つめすぎて錯覚してしまったようです。実物はお美しい。こんなことならもっと早く会いたかったものです」

「気持ち悪い事を言わないでくれる、蛸坊主の分際で」

 

 心底嫌気が指していると分かる口調のミスズに対して、気にした風もなくガルシアは傍から見ているトールでも嫌に感じる笑みを浮かべている。

 二人の間に何かしらの繋がりがあるのは会話から察しがついた。決して察しの良い方ではないトールですら分かったのだから、この場にいる殆どが気づいていることだろう。

 

「あれほど誘ったというのに無碍にされては意地も悪くなるというものです」

 

 偉そうなガルシアがミスズに対しては敬語で話している。そのことが二人の間にある何かを暗示しているようだった。

 

「犯罪紛いのことをして良く言えたものね」

「凄腕の暗殺者すら送り込んだ大西洋連邦には負けます。オーブに行かれた時はホッとしたら残念やら」

 

 聞いてはいけない暗部の話に入り込んだ二人の会話に、銃を向けるアルテミスの軍人すらギョッとしたように銃口を揺らめかせた。

 

「暗殺者?」

 

 思わず呟いてしまったトールの声は思いがけず大きく響いた。

 声を聞き届けたガルシアがトールの方を向いた。一瞬、視線を向けられただけで心臓が止まりそうになるほど暗い光を見せるガルシアの目に、トールは自分でもよくぞ悲鳴を上げなかったと思った。ガルシアはトールの事などを気にするはずもなく、直ぐに視線を外した。途端、思わず止めていた息を吐き出したトールを笑える者はいない。

 軍人や民間人、はてはモルゲンレーテの技術者を見遣ったガルシアは、彼らが今の話を理解していないことを感じ取って笑みを深める。

 

「この様子ではもしや教えていないのですか?」

「………………」

 

 問われたミスズは何も答えなかった。それが更にガルシアの笑いを誘発したようだった。

 

「それもそうでしょう。でなければ、よりにもよって貴女が地球連合の艦に乗れるはずがない」 

 

 完全に表情を消したミスズの前でガルシアは興奮した様子で喋り続ける。

 

「ミスズ・アマカワでしたか。地球に降りる際に付けた偽名を調べるのに苦労しました」

「ふん、事前に知っていたみたいだけど?」

「これも仕事ですから。貴女の存在は常にマークさせて頂いています。あの白髪の悪鬼に狙われて死んだと言われていたようですが、最近生きていると知った時は年甲斐もなく泣きそうになったものです。最もガードが固くて全然手を出せませんでしたが、こんな機会が巡って来るとは私の運も捨てたものではないようだ」

 

 ミスズの皮肉を受けても、それすら最高の料理にかけるスパイスだと言わんばかりにおどけた仕草を止めない。

 ガルシアは視線をミスズから僅かに外してメンテナスヘッドに固定されているストライクと、四肢の殆どを失ってワイヤーで無様に拘束されているアストレイ・グリーンフレームを見上げた。

 

「それでどちらが貴女の関わったモビルスーツなのですか? 色なしか緑物か、それとも両方ですか?」

「関わったというなら両方でしょうね」

「そうでしょう。そうでしょう。貴女なら両方ともに関わって当然だ。何故なら――」

 

 博士こそがモビルスーツの産みの親なのだから、と続いた言葉に誰もがミスズを見た。

 人質を見張らなければならない兵士、銃口を突きつけられて動けない者達ですら振り返ってミスズを見ているのだから、口をあんぐりと開けてしまったトールと同じく驚愕だけが場を支配していた。

 

「史上初のMS試作第1号ザフトを改良し初の実用機としてC.E.67年に誕生したのがYMF-01Bプロトジン。その開発者であるイタリア系コーディネイターであるジャン・カルロ・マニアーニ技師が女であることはあまり知られていないのは名前の所為ですかな」

「悪かったわね、男っぽい名前で」

「いやいや、何も気にすることはありません。我々共は名前に拘りなどありませんから。能力があるなら性差どころかナチュラルやコーディネイターであっても使いますとも」

 

 いい加減に手を上げているのが疲れたのか、ミスズは手を下ろしたがガルシアは周りの驚愕を楽しんでいて気にした様子もなく笑みを崩さない。だが、その笑みも周囲の驚愕を楽しむように順にモルゲンレーテの技術者を見て、とある少女に辿り着いた瞬間に凍り付いた。

 

「…………くっ、ははははははははは! 成程、そういう絡繰りですか! まさか白髪の悪鬼を手懐けていたとは流石は博士! おっと、折角博士を手に入れる絶好の機会に殺されては堪らない」

 

 狂ったように笑いながらも、跪いて両手を頭の後ろで組んでいるユイ・アマカワから一時たりとも視線を外さないガルシアは慌てたように距離を取った。

 理由は分からずともガルシアの様子から無表情の少女が危険と判断したアルテミスの兵士たちが銃口を向けたが、ガルシアは手を上げて静止した。

 

「ブルーコスモスが作り上げ、数多のコーディネイターを死に至らしめた凄腕のスナイパー『白髪の悪鬼』がまさかこのような子供であることも博士同様に知られていない情報でしたか。いやはや、どうやって手懐けたものかご教授願いたいほどです」

「答えると思っているの?」

 

 一般人では一生関わりのない社会の暗部の一端が語られている。

 耳を削いででも聞くべきではなかった情報だ。民間人には実感のないことだったが守秘義務の厳しさを叩き込まれている軍人達の多くは、己の所属している組織の暗い部分を聞かされて顔を真っ青にしている者すらいた。

 

「これから長い付き合いになるのです。じっくりと待たせて頂きます」

「解放する気はないと言いたいわけね。相変わらずの粘着質だこと」

「大西洋連邦の技術の結晶と長年恋焦がれていた博士をどうして易々と手放すものですか。これだけのチャンス、存分に使わせて頂きましょう。しかし、余計な者達まで聞かれてしまったのは頂けない。私としても心が痛みますが退場願う他ありませんな」

 

 ゾクリ、とトールは背筋に走る悪寒が幾度も走るのを感じた。

 トール達の知らないところでこれからの行動が決められている。神の手ではなく、欲深き野心に燃える男の望むがままに。自分達の命運が今まさに決しようとしていると悟った民間人と、危ういボーダーラインに立たされる軍人全員が等しく顔を真っ青にした。

 ガルシアが言っているのは目撃者の抹殺。

 彼らが必要としているのはモビルスーツの技術者とパイロットと、よくて恭順を誓った軍人ぐらいか。秘密を聞いてしまった民間人など彼らが生かすはずもない。軍服を着ているトールやミリアリアらは微妙なラインだろう。

 死人に口なし。逃げるにしてもノーマルスーツを着ていない彼らでは生身で飛び出すことも出来ない。始めて来た場所で安全な乗り物を選んで逃げ出すなんて天文学的な確率で博打を試せるはずがない。

 その場の意識は完全にガルシアに集まっていた。だから、上から降りて来た人影に気づくのが遅れた。

 

「少将、艦内にいる人間はこいつで最後です。呑気に士官室で寝ていました」

「うぐぅ」

 

 降りて来た人影は三つ。一つは銃を持った兵士と、私服の民間人、民間人の手を後ろで関節を極めて拘束している兵士。

 拘束されている民間人はトールの知り合いだった。

 

「キラ!」

 

 トールが思わず声を上げると、拘束されているキラ・ヤマトは顔を上げてこちらを見た。

 同時にガルシアもまたキラを見た。その顔が驚愕に染まる。

 

「カナード! 貴様が何故ここに……」

 

 キラを見たガルシアは驚きも露わにして違う名前を呼んだが、口を押えて続く言葉を無理矢理に抑え込んだ。

 

「奴は地球で例のを受け取りにいったはずだ。ここにいるはずがない。そいつを離すな馬鹿者が!」

 

 キラを離そうとした兵士を睨み付け、そのまま拘束させてままにして、ブツブツと呟きながらガルシアは拘束されているキラの下へ進む。

 そして間近でキラを見たガルシアは徐に手を伸ばして、髪の毛を掴んで引っ張り上げた。

 

「あぐっ」

「髪の長さも違う。そもそもこんな甘ちゃんの面ではない。何よりも目だ。飢狼のような剥き出しの殺気に染め上げられた目ではない。だが、別人というには似すぎている。まさか貴様――」

 

 顔を近くに寄せて苦痛に歪むキラを気にした様子もなく、脳裏にいる誰かと比較していたガルシアはふと気づいたように顔から表情を消した。

 

「貴様は名は?」

「なんなんですか一体っ」

 

 名前を問いかけられても髪の毛を掴み上げられたキラに応える気がないことはトールにも分かった。その精神的な強さは兄貴分であるトールには嬉しいことだが状況を考えれば悪い方向にしかならない。

 

「名は何だと聞いている。貴様には他に発言を許可していない」

 

 今までの狂騒が嘘のように無表情になったままのガルシアは懐から拳銃を取り出して、真正面からキラに突きつける。そこに一切の虚飾はない。答えなければ撃つと言葉よりも何よりも空気が物語っていた。

 拳銃を眉間に突きつけられているキラに分からぬはずがない。

 

「キ、ラ………ヤマト」

 

 眼の前で混じりけなしの殺意を以て放たれた問いにキラは名前を答える以外の選択肢を持っていなかった。震える声で自らの名前を吐く。

 拳銃を突きつけられて名前を言うだけでもとんでもない勇気がいることだというのに、ガルシアは「キラ、キラ・ヤマト」とキラの名前を何度も繰り返す。そして何かの答えに至って――――途端に笑い出した。

 

「ぐははははははははははははははははははははははははっっ!! これは滑稽だ!! これを滑稽と言わずに何と言おうか!!」

 

 キラに銃を突きつけたまま、ガルシアは狂ったように笑い続ける。

 

「まさか! まさか! オリジナルの君が生きているとは思いもしなかった! ははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははっっっっ!!!」

 

 髪を掴まれて目の前でガルシアの狂騒を目の当たりにさせられたキラは、まるで始めて酒を飲んで飲み潰れた翌日にやってきた重度の二日酔いが一瞬で来たように気持ち悪くなった。

 キラは酔っていた、ガルシアから発散される悪意に。

 

「今日の私はなんて幸運なんだ! 大西洋連邦の極秘計画の産物だけでなくモビルスーツの産みの親にヒビキ博士の最高傑作さえも手に入れられるとは!!」

 

 目の前の男が何を言っているのかが分からない。吐き気を催すほどの邪悪さが今のガルシアにはある。人がここまで醜く笑うのをキラは始めて見た。そもそも人間であるとも思えなかった。

 

「ヒビキ博士?」

 

 男が何を言っているのかが分からない。でも、言葉から最高傑作という単語が自分を指していることは薄らと判った。

 

「君が知らない? 真実を知っていればそんな甘ちゃんの顔を出来るはずがないか。はっ、カナードが聞けば君を殺しただろうに」

 

 笑い続けて疲れた様子のガルシアは忙しなく息を繰り返しながらも、目に宿る野望の光は留まるどころか身を焼き尽くさんばかりに燃えていた。

 

「モビルスーツに乗っていたのは君だろう。裏切り者のコーディネイターが同胞ではなく地球軍側に付いた理由が気になってはいたが、君を手に入れられた今となってはどうでもいい」

「!? 裏切り者? 違う! 僕は……」

 

 言いかけたキラは、このアルテミスの外で戦って墜としたジンのパイロットの怨念に満ちた声が脳裏に響いて続く言葉を失った。

 地球連合に協力して同胞を殺しておきながら裏切り者でないとどの口で言えるのかと、唐突に悟らされた。

 

「僕は裏切り者なの?」

 

 キラの瞳から我知らずに涙が一滴零れ落ちた。

 今まで溜め込んでいた精神的ダメージに与えられた心的ショックが強すぎて感情が振れ過ぎた精神は、表情に何の影響も及ぼすことなく無表情のままに涙を流させる。涙を零すキラは人形のようだった。そしてそんなキラをトールが見ていられるはずがない。

 

「違う! キラは俺達を守ろうとしてくれただけだ! 裏切り者なんかじゃない!」

 

 銃口が向けられていようが構っていられるはずがなかった。

 青い軍服を纏っているので正規の軍人よりは危険度が低いとされ、跪きながらも民間人達に近い場所にいたトールが叫びながら立ち上がった。両手の後ろで組んでいた手も離している。

 

「訂正しろ!」

「止めてトール!」

 

 叫ぶトールを必死にミリアリアが押さえつける。

 銃に囲まれた中にあって動く少年の蛮勇とでも呼ぶべき行動に、興奮の極致にあったガルシアであっても呆気に取られた。他の軍人達も同じである。友達を守るというどれだけ賞賛される行為であっても、やはり愚かな行動だった。

 

「興が冷めた。小僧と博士やオーブの技術者を連れて行け」

 

 ガルシアが掴んでいたキラの髪の毛を離して突きつけていた拳銃を直す。

 

「それ以外は軍人も民間人もいらん。貴様らの好きにしろ。ただし、始末だけは忘れるな」

「「「「「「はっ!」」」」」

 

 男は殺し、女は犯せ、と無言の許可を出したに等しい無慈悲とも言える指示を下して、元気よく返事しながらも好色に笑う部下達を見もせずに襟を正して制帽を被り直す。

 

「特にその白い髪の女は真っ先に処分しろ。強化人間に暴れられては叶わん」

 

 ガルシアの命令によってオーブの技術者の最前列にいたユイが銃を突きつけられ、アークエンジェルに乗っている軍人達の方へと追いやられる。ユイも大人しく従うしかなかった。

 

「さぁ、歩け」

 

 キラを拘束していた軍人が手に力を込めた。

 

「っ……、離せ!」

 

 関節を極められているのでコーディネイターといえど抜け出すことは出来ない。どれだけ力があろうとも関節技を外すのにはコツと技術がいる。多少の護身術を習っただけのキラに外せるはずがない。

 

「動くな!」

 

 カレッジの仲間や自分が助けた避難民が殺されるなんて我慢できるわけがない。必死に拘束を外そうと暴れるが腕が痛むだけ。それどころから抵抗するキラを、オーブの技術者達を連行しようとしていた別の軍人が頭に銃床を叩きつける。

 

「がっ」

「痛い目に遭いたくなければ大人しくしてろ」

 

 叩かれた頭から血が吹き出し、キラ以外にも抵抗しようとしたオーブの技術者達の気勢を削ぐ。この場に置いて暴力ほどに強い力はなかった。

 

「サ、サィ……」

 

 キラやオーブの技術者達が連行されていく中で、軍服を着ているので民間人の輪には入れないサイに少しでも近づこうと最前列にいたフレイがサイに縋りつく。縋りつかれたサイにしたって銃を持った軍人達に囲まれ、事実上の死刑を宣告された武器も持たない彼らに何が出来ようか。

 アークエンジェルの乗組員達にとって誰にとって最悪であっても、殺されるだけの男は尊厳を奪われる女性に比べればまだマシかもしれない。こういうのも五十歩百歩というのか。

 誰もが恐怖に震える中で、フレイに縋りつかれているサイと同じようにミリアリアが捕まえているトールだけはガルシアを怒りの籠った目で睨み付けていた。もしもミリアリアが捕まえていなければトールはガルシアに殴り掛かっていたことだろう。

 トールに睨まれているガルシアはその視線に気づくとニヤリと厭らしく笑った。

 

「幸運を届けてくれた君達の働きには感謝する」

 

 言いながら右手を上げた。同時に軍人達が銃を腰だめに構える。その狙いが男がいる所で、女がいる所は外されている辺りが軍人達の望みを現している。

 無重力とはいえ、移動速度は遅い。周りを囲まれていては遮蔽物に隠れる前に撃ち殺されるのは見えている。分からぬほどの子供はたった一人。その子供は母親に強く抱き付いている。

 

「では、さらばだ」

 

 腕が下ろされる。悪魔によって下される審判に誰もが怯えて目を閉じた。

 

 

 

 

 

 ガルシアの命令で尋問室に連れて行かれたマリュー・ラミアスは重い徒労感の中にあった。

 

「いい加減に話してはくれないか?」

「……………」

 

 前に座る尋問官は言葉尻だけは優しくしながらも、その実は乱暴にマリューの髪の毛を掴んで恫喝している。

 

「君も何度も殴られたくはあるまい。話せば楽になるものを」

「あうっ」

 

 言いながらまた頬を一発。平手ではなく固めた拳によるものだった。払うように裏拳で頬が殴られた。

 両手を後ろ手に二個の手錠で椅子に拘束されて座っているので、見えるのは自分の体や床と乱暴に掴まれて荒れている髪の毛だけだ。こうやって殴られたのも一度や二度ではない。片手の数で数えられる程度は覚えているが、両手の数を超えてからは頭も大分朦朧としていて考えることすら億劫になっていた。

 ポタリ、と幾度目かに顔を殴られた時に切れた口の中から血が垂れて、真っ白の軍服に赤い血の色が染みていくのがおかしなことに思えた。

 

(どこで何を間違ったのかしら)

 

 アルテミスに逃げ込んだことか、ザフトと戦ったことか、キラをストライクに乗せたことか、ヘリオポリスに来たことか、Gに関わったことか、今の上司の下についたことか、軍人になったことか。つらつらと自分の間違いを探そうとしても分からない。

 左右の頬骨や何度も髪を引っ張られた頭皮がズキズキと痛んだが、虚無感に苛まれているマリューには自分のことなのにどこか遠い世界のように感じていた。

 

「…………まったく、強情な奴だ。それはお仲間もか」

 

 声に顔を上げれば、のっぺらとした顔の特徴がないことが特徴のような個性のない男が見えた。尋問官の顔が嗜虐に震えていた。

 尋問官が部屋にいる別の軍人に目で合図を送ると、マリューの前の壁が開いてモニターが現れた。

 

「見たまえ」

 

 言葉の直ぐ後に、電源が入れられて真ん中で二分割された映像が映される。

 

「フラガ大尉! バジルール少尉!」 

 

 映像を見たマリューは電撃が全身を走り抜けたような衝撃に思わず叫んだ。

 モニターに映っているのは映像だけで音声は流れない。マリューから見て左側にムウが、右側にナタルが映し出されている。その様子は尋問などでは決してなかった。

 ムウは上の服を全て脱がされて何かで両手を頭上に吊るされ、拳を傷めないようにかパンチンググローブを付けた屈強な男数人に代わる代わる殴られている。既にその顔や体は傷だらけだ。

 ナタルはマリューと同じく椅子に拘束されており、前にある机に置かれた水の入ったバケツに顔を落されて窒息しそうになったら戻し、呼吸が戻ってきたらまた顔を水に落されるというサイクルを繰り返されている。

 

「あなたたちは!」

 

 虚無感が支配しているなど言っている場合ではない。怒りを燃料にして尋問官を睨み付ける。体が自由ならば殴り掛かっているところだ。実際には椅子をガタガタと動かすだけで拘束から抜け出ることは出来ない。

 荒々しいマリューを見ても尋問官は嗜虐に満ちた笑みを崩さず、それどころか髪を掴み上げて耳元に口を近づけた。

 

「彼らを助けられるのは君だけだ。艦の制御コードを言いたまえ」

 

 それこそがこの尋問で求められている答えだった。

 マリューも絶対の味方ではないユーラシア連邦の軍事基地に入るのに予防策を講じていなかったわけではない。アークエンジェルには制御システムにロックをかけて動かすどころか起動できないようにした。ミスズに頼んでモビルスーツも同じようにしてもらっている。モビルスーツはともかく、アークエンジェルのシステムにかけられたロックを外すには艦長であるマリューしか知らない制御コードがなければならない。

 

「次はない。言わなければ……」

 

 掴んでいる髪の毛はそのままに尋問官が横にどいた。

 マリューの視界の先、映されている映像の向こうでは銃を向けられた二人の姿があった。

 

「分かっているね?」 

 

 言わなければ撃ち殺す、と愉悦に濡れる瞳が語っていた。

 マリューは自分の顔から色が抜け落ちていくのが見なくても分かった。

 

「5秒与える」

「待って!」

「5」

 

 考える猶予の時間はたったの5秒。静止の声で止まるような尋問官ではなく、直ぐに数を数え始めた。

 

「4」

 

 時間が足りない。たった5秒で何が出来る。

 

「3」

 

 数えるのはゆっくりだが何も出来ないマリューの中に焦りだけが暴れ回る。彼女の決断一つでムウとナタルの命が決まる。

 

「2」

 

 吐き気がするような動悸の中で選択肢を迫られる。

 

「1」

「大天使! 制御コードは大天使よ……」

 

 究極の選択肢を求められたマリューが秤の上から落としたのはアークエンジェルだった。残り「1」になった時、隠し通していた制御コードを口に出していた。上司の信頼を裏切れても、人の命を見捨てることはマリューには出来なかった。

 俯き、失意に沈んで涙を零すマリューに尋問官は最高の愉悦を感じていた。同席している別の兵が司令部に制御コードを伝えたのを確認して、尋問官は懐から拳銃を取り出した。

 

「ご苦労。これで君達の役目も終わった」

 

 ハッ、と声に顔を上げたマリューの眉間に拳銃を突きつける。

 

「…………騙したの?」

「誰も助けるなどとは言っていない。勝手に君が勘違いしただけだ」

 

 馬鹿な女と尋問官は声を上げて嘲笑う。

 彼女の視線の先に映る映像でも銃は下ろされてない。最初から自分達を殺すつもりで、助ける気などなかったのだとマリューも騙されたと悟った。

 

「こんな良い女を殺してしまうのですか?」

 

 今まで黙っていたもう一人の軍人が残念そうに言った。

 

「せめてヤってからの方が良いと思いますが」

「不満ならもう一人の方に行け。私はこうやって絶望した女を殺す方がエクスタシーを感じられる」

 

 そう言って尋問官がモニターの方を指さすと、ナタルが映る映像の向こうで男達がこれからすることに自分の服を邪魔だと脱いでいるところだった。興奮のあまり服を脱ぐのに手間取っているようだが、自分の末路を予測させられて絶望するナタルを見るのも楽しいと下卑た笑みを上げていると音声が流れなくても分かった。

 

「分かりました」

 

 軍人はまだ不満そうな表情を浮かべながら出遅れてなるものかとさっさと部屋を出て鍵も閉めずに行ってしまった。

 

「さて、待たせてすまない」

 

 カチリ、と撃鉄が起こされた。

 殺す瞬間は合わせるのか、ムウが映る映像の銃は微動だにしない。

 

「恨むなら大西洋連邦に所属している我が身を恨むことだ」

 

 直後、尋問室に爆音が響いた。

 

 

 

 

 

 アークエンジェルのモビルスーツデッキで、今まさに多くの人の命を奪うために下ろされようとしていたガルシアの腕が艦を揺らすほどの振動によって流れた。

 

「なんだ!? どうした!!」

 

 アルテミスの軍人の誰かが振動が続くことに動揺して叫んだが外で何かが起こっていたのは明白だった。

 アークエンジェルに乗っている軍人の最前列にいたユイが頭の後ろに回していた手首から先だけを動かした。背後にいたアーノルド・ノイマンはそれが軍で使われるハンドサインであることを理解し、周りの目が自分に向いていないことを確認して両隣に耳打ちする。

 この場にいるアルテミスの軍人で最も早く冷静になったのは司令のジェラード・ガルシアだった。

 

「管制室! この振動は何だ!」

 

 ガルシアが部下が持っている無線を奪って叫ぶ。

 

『不明です! 周辺に機影なし!』

「これは爆発の振動だろうが! 長々距離からの攻撃かもしれん! 傘を早く開け!」

 

 直後にまた振動がって動揺している管制室にいる部下へと怒鳴りつける。

 その時、全員の視線と意識が外部との繋がりを持っているガルシアに集中した。

 

『ぼ、防御エリア内にモビルスーツ!? リフレクターが落とされていきます!』

「なんだと!?」

 

 今度の管制室の報告はガルシアが続く振動で聞き取りにくいからと音量を上げたことが裏目に出た。モビルスーツデッキ中とまではいかなくても銃を構えていた軍人達が動揺するほどに響いてしまった。

 傘の有用性はアルテミスにいる軍人達の方が良く知っている。それが破られることが何を示すかも。

 

「傘が破られた?! そんな馬鹿なっ!」

 

 アルテミスの軍人達の動揺を見て取ったユイが動いた。その場で大きく飛び上がったのだ。

 無重力であることを利用してどこまでも高度を上げていく。斜め上にジャンプした先にあるのはストライクのコクピット。

 

「司令! 女がモビルスーツに!」

 

 ガルシア達が気づいた時には既にユイはストライクに取り付いていた。

 

「撃ち殺せ!」

「させるか!」

 

 ガルシアが命令を下すのと同時に今までジッと耐えていたアークエンジェルに乗っていた軍人が、遅れて民間人の男達とオーブの技術者が動いた。ユイの行動を起点として、真っ先に動いたノイマンに吊られるようにストライクに銃を向けた軍人達に数の利を活かして次々と飛びつく。

 危険だなんだと言ってられない。彼らの命と尊厳がかかっているのだ。そこに軍人や民間人はない。

 女や子供は四肢の大半を失ってロープで固定されているアストレイ・グリーンフレームやメビウス・ゼロや柱の影など、どこでもいいから隠れようとバラバラに動き出した。

 全員がバラバラに動いたことが余計にアルテミスの軍人達の混乱を招き、叫ぶガルシアの声すらも満足に届かない命をかけた怒号が飛び交う。

 

「キラを離せ!」

 

 その中でミリアリアを、フレイにしがみ付かれているサイではなく身軽なカズィに押し付けたトールがキラを拘束している軍人に殴り掛かった。

 まさか自分に向かってくるとは思わなかった軍人はもろにトールのパンチを食らってキラの拘束を離してしまう。が、そこは軍人。体勢を立て直すよりも背中の方に回していた銃を掴んで構える。

 殴られた怒りに燃える瞳で見据える標的は殴った勢いで体が流れているトール。

 

「トール!?」

 

 拘束から逃れることが出来たキラも直ぐにトールに銃が向けられていることに気づいた。

 間に合わない。銃を持つ軍人を止めるには時間が絶対的に足りない。無重力でなければ自分の体を盾にすることもで来ただろうが、体を捻れても足が床についていない状態では方向転換も不可能なので盾になることも出来ない。軍人の銃が故障して撃てなくなることを祈ることしかキラに出来ることはなかった。

 ターン、と傍から聞けば間抜けな銃声が響いた。次いで上がる複数の銃声に先んじたモビルスーツデッキに最初に響いた銃声だった。

 

「ああ!?」

 

 キラの目の前に血の塊が跳んだ。無重力なので落ちることなく塊となって浮かんでいる。

 撃たれた。トールではない。その前に身を差し出した男がいた。撃たれたのはその男だ。

 

「サンダースさん!?」

 

 トールが撃たれて力を失って漂う男を抱きとめながら名を呼ぶ。

 男はカトウゼミの学生がアークエンジェルに乗り込んで手伝いをすることになった時、医務室にいたサンダース二等兵その人。足を折って治療を受けていたのに寸劇をしていた男だ。足にはギブスがされているし、トールとキラが彼を医務室から部屋にまで運んだので間違えるはずがない。

 

「死ね!」

 

 動きを止めた三人に向けられる銃。トールに殴られた軍人は口が切れたのか、唇の端から血を流しながら狂気に満ちた目でキラに銃口を向けていた。

 キラがそちらを向いてその身体を大きな影が覆った瞬間、銃弾は発射された。

 銃弾はキラに当たらなかった。

 キラの前には大きな機械、振り下ろされた人の物ではありえない大きさの脚があった。キラの体をスッポリと覆ってあまりある脚が銃弾を防ぐ。その機械の脚はモビルスーツの物だった。

 

「ストライク!」

 

 ユイが動かしたストライクが銃弾から辛うじてキラを救った。

 ストライクは足を動かして銃を撃ち続ける軍人を容赦なく蹴り飛ばし、移動しながらアークエンジェルに乗っていた住人から離れた場所にいるアルテミスの軍人を次々と排除していく。

 突如現れた強力な存在にアルテミスの軍人達は逃げ惑う。フェイズシフト装甲を展開させたストライクに銃程度では蚊に刺された程度の損傷も与えることが出来ない。アークエンジェル側の軍人や民間人を人質に取ろうにも数の差は大きく、多数対少数なので武器の利点を活かすために距離を取ろうとすれば容赦なくストライクが攻撃してくる。

 

「これはいかん」

 

 足下にいたら踏み潰されると判断して飛び上がった者目掛けて頭部バルカンのイーゲルシュテルンを撃ち出したストライクに、我が身の安全を考えたガルシアは撤退を決めた。

 

「撤退する!」

 

 決断も早ければ行動も早い。言い出した張本人が部下を置き去りにして、いの一番にアークエンジェルとアルテミスを繋ぐ連結通路がある方向へ逃げ出した。

 続いて部下達も逃げ出して這う這うの体で続く。

 

「あいつらがちゃんと出て行くのを確認するぞ! 何人か俺についてこい!」 

 

 奪った銃を手にしたノイマンがアルテミスの軍人がアークエンジェルに残って破壊工作を行わないように飛び上がった。同じように奪った銃を手にした数人が続く。

 捕まえたアルテミスの軍人を捕まえたアークエンジェル側の軍人と民間人は放心したように彼らを見送り、ストライクが辺りを確認するように見渡す。

 十数秒経ってようやく敵がいないことを確認して女子供達がストライクの下へ集まっていく。圧倒的な戦闘能力を持つストライクの傍にいる方が安心できるからだ。それは腹部に銃創を負ったサンダースを抱えるトールとキラも同じだった。

 どうにか血を止めようとするが撃たれた腹部からは、水を一杯に詰め込んだ袋が破れたかのように止まらない。

 

「血が止まらない」

 

 サンダースと出会った医務室であの時辣腕を振るっていたミスズの姿が血に塗れたキラの視界に入った。

 

「ミスズさん! サンダースさんが!」

「見せて」

 

 別の人の傷を見ていたミスズはその人のが命に関わるものでないことを確認すると、声を上げたキラ達の下へとやってきた。

 キラが今更気づいたように辺りを見渡すと、何人かがサンダースと同じように銃で負傷しているらしく辺りには血の塊が無数に浮いていた。辺りを見渡してあまりの惨状に絶句している間に、サンダースの傷を触診していたミスズが唇を噛んだ。

 

「駄目。当たり所が悪すぎたわ」

 

 もう助からない、と重苦しく呟かれた一言にトール達に何が言えただろうか。

 

「はは…………いいですって、先生」

 

 ショックを受けるトール達に比べて撃たれた腹部を手で押さえるサンダースは青ざめていながらも安らかな顔を浮かべていた。

 

「背負うな、よ……坊主。これは俺が……勝手にやったことだ」

「でも、俺を庇って」

 

 体を支えるトールにサンダースは、苦しいのかところどころで言葉をつっかえさえながらも今際の親が子に向けるように優しく微笑む。

 

「じゃあ……よ、もっと…………彼女と自分を大事にしな……それだけ……約束すれば……許してやる…………」

「約束します! 約束しますから……!」

「………いいダチ……じゃえねぇか……大事、にしろよ、坊主共…………」

 

 ごめん母さん、と最後に故郷にいる母に謝ってゆっくりと瞼を閉じたサンダースは二度と動かなくなった。

 動かなくなったサンダースの手を取って脈を確認したミスズは、首を横に振ってその手を腹部を押さえていた手に重ねた。

 

「地球標準時間1月26日1時28分、サンダース二等兵の死亡を確認」

 

 またアークエンジェルから一人、いなくなった。

 

 

 

 

 

 アルテミスを揺るがした振動を利用して、右手首の関節を外して手錠から抜け出したマリューは尋問官の銃を瞬く間に奪って逆に射殺した。そして鍵のかかっていなかった尋問室から出て今にも犯されそうになっていたナタルを救出。

 彼らにとっての不幸はマリューが下手なコーディネイターよりも格闘術や銃の腕に優れていたところにあった。誰が手首の関節を自由に付け外しが出来ると思うのか。

 続いてムウも助け出したマリューは二人を連れてアークエンジェルに向かった。途中でアークエンジェルから戻って来たガルシアを見つけたが彼らはマリュー達に気づかなかった。幸いにも外からの襲撃で混乱していてマリュー達の脱走には気付かなかったようだった。

 見つかることなく無事にアークエンジェルまで辿り着いたマリュー達は連絡通路を渡って艦内に入った。そこで敵を警戒していたノイマン達と遭遇した。

 

「…………艦長!? その傷は!?」

 

 捕まえていても邪魔になるだけだとアルテミスの軍人を連絡通路の向こうに叩き出してから待機していたノイマン達。最初はまた敵がやってきたのかと銃を向けたノイマン達だったが、それがマリューらだと分かると一斉に喜色を現しかけたが麗しい彼女の顔が青痣や血に濡れていると分かると慌てて駆け寄った。

 

「フラガ大尉をお願い」

 

 ノイマンが近づいて来るのを遮るようにマリューは片手に抱えていたムウを押し出した。

 

「え?」

「おい、もう少し丁寧に扱ってくれ」

 

 いきなり押し付けられたが顔を上げたムウの怪我はマリュー以上に酷かった。顔の形は原型を留めておらず、羽織っただけの軍服の下の上半身も傷だらけだ。たった数十分の間にアークエンジェル内で起こったこと並の何かが彼女らにもあったのは分かった。

 ムウをノイマンに押し付けたマリューは顔を巡らせた。直ぐにブリッジに向かいたいところだったが、怯えている今のナタルを男に預けるのはマズイと分かる。

 

「マリュー!」

 

 この場にいるのが男だけなのでどうするかと考えていたマリューの耳に聞き覚えのある声が入った。

 声の方向に顔を向けるとミスズがやってくるのが見えた。そして纏っている白衣に付く血も。

 当のミスズが怪我をしている様子もなく動いていることから他人の血であることは容易に推察がつき、アークエンジェルの方も自分達の同等かそれ以上の凶事があったのだと理解させられた。

 

「博士……」

「3人死んだわ」

「っ!? ……………分かりました。ナタルをお願いします。今は男性には頼めないので」

 

 聞きたくない面持ちで話しかけたマリューに返されたのは凶報だった。顔を歪めつつも内心で煮え滾る怒りを抑え込んで、ナタルの背中をそっと押した。

 ナタルの姿はムウとは別のベクトルで酷いものだった。スカートはビリビリに破られて殆ど布きれのような状態で、上はマリューの物らしい丈の合っていない軍服を肩から羽織っているような状態だ。腕も通さずに肩を抱くように両腕を強く回しているのを見ればその下がどうなっているかも分かる。

 あの気丈だったナタルが幼子のように抱かれるに任せているのを見て、痛ましそうに目を細めたミスズの目にも怒りがあった。

 

「危ないところでした」

「そう…………フラガ大尉を医務室へ。誰か民間人の中でいいから女性を何人か私の所まで連れて来て」

「はい!」

「大尉は自分が」

 

 重いマリューの言葉でナタルの状態を把握したミスズの指示に、一人が民間人が向かった居住区に、もう一人がノイマンからムウを受け取る。操舵士であるノイマンがいないことには艦は動かせない。

 それぞれが動き出す。マリュー達が戻ってきたことで連絡通路は外され、マリューとノイマンがブリッジを目指す。進みながらマリューがムウとフラガを振り返ったが止まることはなかった。

 そしてブリッジに入って、艦長が戻って来たことを喜んだカズィとパルが傷だらけの顔を見たギョッとするのを無視して一足で艦長室に座る。

 

「状況は!」 

 

 何時もより刺々しいマリューの声が響く。

 ナタルに軍服の上を貸しているのでシャツ一枚は少し肌寒い。だが、それがナタルの受けた屈辱、ムウの受けた痛みを思い起こさせてくれて嘗てないほどにマリューは好戦的だった。

 

「ブリッツがアルテミス内部に侵入! 先だってユイ・アマカワが乗って出撃したストライクと交戦中!」

 

 モニターにはソードストライカーパックを装着したストライクがブリッツと交戦しているのが見えた。

 戦況は互角というよりもストライクがやや押しているといったところだろうか。

 

「あの状況なら援護はいらないわね。アークエンジェル発進します!」

 

 マリューの指示にクルー達もこんなところには一秒たりとも長居したくないと今までにない速さで発進準備が整えられる。

 エンジンに火が灯され、ゆっくりと動き出した瞬間に他の場所でも破壊工作が行われているのだろうアークエンジェルがいるドックにも火の手があっという間に回って来た。これだけのことをされてアルテミスの住人を助ける義理はないとして、情に厚いマリューにしてはアッサリと見捨てた。

 

「反対側の出口からアルテミスを離脱します! 転進してローエングリーン発射準備! ストライクも呼び戻して!」

 

 アドレナリンが出ているのだろう痛みは全く感じないがマリューの視界が歪み出した。もはや忘我の境地のまま指示を出す。

 

「ストライク着艦!」

「転進完了!」

「ローエングリンもいけます!」

 

 もはや誰が言っているかも分からないが内容は理解していた。

 

「ローエングリーン発射! 後にアークエンジェル最大船速で進め!」

 

 指示を下した後で、マリューの意識は本格的にに混濁し出した。それでも一瞬の光の後、少しして馴染んだ漆黒の宇宙が見えて安心したマリューの意識は完全に落ちた。

 アークエンジェルはアルテミスを脱出できたのだ。多くの人間に傷だけを残して天使の名を冠された艦は虚空を進む。

 

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