ジャンク屋組合。ジャンク屋とは、スペースデブリなどのジャンク回収や修理、生産活動全般を生業とする人々である。
本来、ジャンク屋達は独立意識が強い傾向があり、個人あるいは数名程度での活動が多く、同業者との接点は少なかった。しかし、地球連合とザフトの戦争勃発に際して自らの身を守る為と戦争で大量発生したジャンクのリサイクルのため、マルキオ導士を中心とした有識者達の働きかけによって誕生したのがジャンク屋組合である。
また、前線で破壊され帰還不能となって各国が回収リサイクルを必要とする兵器の量も激増する。このため、業界全体の統一された仕組み作りが必要になった。
ジャンク屋組合参加者は回収したジャンクの所有者を与えられるほか、地球連合とザフトの両支配エリアでの活動が許可されている。ただし、中立遵守と脅威に対しても先制攻撃を許されないなどの制約も課せられている。組合マーク付き船舶の入港は如何なる国家でも拒否できない為、極めて大規模な活動範囲を約束されている。これらの権限や義務は国際条約によって取り決められた。
地球上を含め、広範囲で活動するジャンク屋だが例外として戦時中のプラントからは直接侵入することは禁じられている。ただし、「出島」と俗称される取引専用ステーションを用意され、「手形」が発行された者には監視員付きながらも侵入許可が出る。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
ユーラシア連邦の軍事要塞アルテミス脱出から三日。アークエンジェルは孤独に虚空の宇宙を進んでいた。
ブリッジに張りつめる空気はお世辞にも良いとは言い難い。クルーは等しく針の筵に座っているような気持ちを抱いていた。
「再度確認しました。半径5000に、敵艦の反応は捉えられません。完全にこちらをロストした模様」
空気と同じくジャッキー・トノムラの張りつめた声がブリッジに響き渡る。
トノムラが報告しているのは艦長席に座る目元に濃い隈を残すナタル・ハジルールである。この三日間座り続けている艦長席で制帽を深く被ってよほど注意深く観察しなければ表情すらも分からない。分かるのはただ前だけを見ていることだけ。
「了解。引き続き、警戒を厳にするように」
報告に硬質な声が答える。そこに余裕や情は感じ取れない。ヘリオポリスから追い続けてきたザフトの姿がないことに喜んでいる様子は見られない。あるのは硬質なまでの愚直さだけで、人を委縮させる威圧さだけだった。
ナタルの変容に操舵席に座るアーノルド・ノイマンは痛ましそうに瞼を閉じた。
「艦長の容体は?」
「医務室からは以前変わらないとの報告あり。意識は戻られたのですがまだ熱が下がらず、完治にはまだ時間がかかると」
続いた問いにはロメロ・パルが答えた。
アークエンジェルの急造艦長を務めていたマリュー・ラミアスはアルテミス脱出後に積もりに積もった心労も合わさって倒れた。40℃近い熱を出して当初は意識不明だったが三日も経てば多少は回復してきた様子だった。
数少ない良い情報にもナタルは引き締まったままで固まったように表情を動かなさい。
「フラガ大尉は部屋に戻られています。二、三日中には復帰できると報告がありました」
「そうか」
この三日の間に繰り返された流れなので、続けたパルも頷いたナタルの返答も一辺通りだった。
アルテミスでの尋問によって怪我を負ったムウもこの三日間、医務室に缶詰め状態だった。骨折や神経には問題なかったが打撲が酷く、本当ならば一週間は寝て過ごさなければならない傷だったのに半分で動けるようになっているムウが凄いのか。
「…………民間人の様子で何か問題はあるか?」
始めてナタルが声に迷いと不安を滲ませた。その声に操舵を握るノイマンが全身をピクリと反応させて振り向きかけたが自身の職責を思い出したように振り返りかけた体を元に戻す。
「問題報告は上がってきていません。各自、割り当てられた仕事を行なっています」
「状況は逐一上げさせろ。問題があれば直ぐに対処せねばならん」
「しかし、民間人に仕事を手伝わせて本当に良かったのですか?」
「重要部署や艦の運航には関わらせておらん。絶対的に人手が足らんのだ。避難民といえど無為に遊ばせておく余裕はない」
パルとナタルの会話にノイマンは操舵を行ないながら表情を曇らせた。
先のアルテミスで軍人二人と民間人一人が死亡した。三人とも銃を持つアルテミスの軍人に立ち向かっていった結果だ。
全員死ぬかどうかの瀬戸際だったのだから少ない犠牲ですんで良かったと喜ぶべきなのかもしれないが、人はそう容易く死を受け入れられる種ではない。受け入れられるなら戦争は起こらず、争いも発生しない。
この犠牲によってただでさえ人手不足の中を水に溺れる中を喘ぎながら空気を求めるように艦を運航していたアークエンジェルは完全に手が回らなくなった。 非常時、一時だけならどうにかなっても、今のアークエンジェルは24時間艦を動かしている状態にある。休憩をしている間の交代要員が必ず必要になるが人が足りない。もはやアークエンジェルは軍人だけでは立ち行かなくなった。
追い打ちをかけるように艦長のマリューが倒れ、同階級のムウも負った負傷によって数日は安静。階級で続くナタルに白羽の矢が立つのは当然の流れだったが彼女もまた悲惨な状況に陥っていた。
アルテミス行きを決めたアークエンジェルの上層部三人が揃ってそんな状態なのだから民間人や下の者が文句を言える状況でもない。文句が言えるほどの余裕もない。
「艦内の見回りに行ってくる。何かあったらインカムに連絡を」
頑なにも思える硬質な声だけを残して、インカムを取り付けたナタルは艦長席から立ち上がってブリッジを出て行った。
ナタルがブリッジからいなくなると固まりきっていた空気が解れて何人かがホッとしたように息をついた。前を通って入り口に向かわれたカズィなど誰よりも深い息を吐いていた。それほどにナタルが醸し出す空気が彼らに緊張を強いていたということだ。
ノイマンはナタルがいなくなった途端に緊張感を緩めすぎるブリッジクルーに腹の底から湧き上がって来る怒りが表情に出るのを感じた。だが、自分もまたナタルがブリッジを出たことに少なからぬ安堵を覚えて肩から力が抜けたこともまた事実。何も言えるはずがない。
「俺って奴は……」
情けなさから操縦桿に突っ伏したくなったがなけなしの職業意識と艦の運命を握る物にみっともなさをぶつけたくなかったので堪えた。
周りの安堵が理解できてしまう苦悩。ヘリオポリスからの数度の戦闘とコロニーの崩壊。そしてアルテミスで友軍であるはずのユーラシア連邦のエゴを剥き出しにした姿。ここ数日の間に緊迫し続けている艦内の空気に神経が参っているのはノイマンも同じだ。
「ザフトが俺達を見失ったのはアルテミスが上手く目を眩ませてくれたってことかな? だったら、それだけは感謝しないと」
「そんな気持ちにはとても慣れません。あんなことがあった後ですよ? 感謝なんてとても」
「俺も同じ気持ちだけどさ、冗談を分かってくれよ」
疲れが澱のように沈殿している頭では暗くなりすぎる空気を明るくしようとして空回りしているパルと嘆息を深めるカズィの会話は雑音としか感じられなかった。
(疲れてるな、俺も)
右手だけを操縦桿から外して目元を揉む。
民間人に艦の仕事を手伝わせているといっても操舵やエンジン類等、触らせてはいけない部署には入らせていない。特にブリッジが最たるもので、二交代でギリギリ回しているような状態なので疲労も大きい。
特にザフトがまた襲ってくるのではないかという不安はブリッジクルーに強い緊張を強いている。アルテミスでの凶行を思い出して熟睡できず、少しも寝た気がしないから起きている間も常に倦怠感が全身を支配している。
自分もナタルのように目元に濃い隈が出来ているだろう。それはブリッジクルーや艦内にいる軍人や民間人も変わらない。壊れた水車を空回りさせるような虚しい気持ちを味わっていた。
「交代です」
「ああ、そんな時間か」
何時の間にか隣に来て肩に手を置いていたトールの顔を見上げて、予想以上に疲れが全身に回っていることを認めざるをえなかった。
意固地に操縦席に座り続ける理由はない。操縦桿に凍り付いてしまったような左手を離して立ち上がる。振り返れば、トール・ケーニヒが直前まで寝ていたのだろう、膨大に爆発している寝ぐせのままで立っていた。
「髪の毛、立ってるぞ」
「え、どこですか?」
「ここだ、ここ」
言いながら手串で立っている髪の毛を抑えるが癖毛が強いのか一向に直らない。トール自身も自分の髪質のことは良く解っているのか、直すのを諦めたように笑った。
「もういいです。それよりノイマンさんは休んでください。顔凄いことになってますよ」
人懐こく弟のようにも思える少年の眼差しに暗いところはない。
目の前で一人の軍人がトールを庇って死んだにも関わらず平静でいる。このような状況下であっても逞しく在れるトールを羨ましくも思うが同時に危ういとも思う。
「悪い。後を頼む」
「任っせて下さい」
胸を張って答えるトールに、しかしノイマンは何も言えずに肩に手を置いて後を任せた。
離れた操縦席にトールが座るのを確認して、床を蹴って入り口を目指す。こういう時、無重力なら歩く必要も無いので疲れた体には慣性さえあれば動いてくれるから本当に有難い。
上から見下ろすと誰もが疲労の色の濃い顔でモニターに向き直っている。ノイマンは改めてクルーの顔を見て限界が近いと思った。
「ザフトがこっちを見失ってくれたのは幸いですけど、こっちの問題は何一つ解決していないんですから」
上を通りかかった時にカズィがパルに向かってポツリと呟いた言葉にその通りだと認めてしまい、軍人なのに何の解決策も見いだせない自分を恥じた。
ユーラシア連邦の軍事要塞アルテミス。数日前にアークエンジェルが入港したこの要塞はたった数日の間に様変わりしていた。
辛うじて一部分だけ光波防御帯シールドが展開されているが虫に食われたように穴だらけ。穴開き部分を埋めようと艦艇が出ているが損傷が目立つ。
「無様だな」
たった数日でボロボロになったアルテミスを見て、アガメムノン級オルテュギアのブリッジで一人の少年が冷笑を浮かべていた。
「墜とされたと聞いたがボロボロになった割に健壮なのはご苦労なことだ」
まだ年若い少年が浮かべるには残酷すぎる笑みを隣で見た女性兵士は僅かに眉を顰めた。
「カナード」
「分かっている。あの蛸坊主の前で言いはしない。それぐらい俺も弁えている」
諌めるように名前を言ってくれるボブカットに実用性重視の眼鏡をかけたメリオル・ピスティスに、カナード・パルスは説教は御免だと手を振った。
出来る女というオーラを自然と出すメリオルは雰囲気とは裏腹に迂闊すぎるカナードにまだ言いたいことがあったようだが、当のカナードに聞く気がないと解ると口から出る矛を収めた。
カナードとの付き合いは開戦当初に上層部に引き合わされてからなので、半年程度にしか満たないが毎日顔を合わせていれば大体のことは解って来る。それでも一言だけでも言わずにはおけないほど、カナードは無鉄砲な所がある。
「くれぐれも言葉には気を付けて下さい。ただでさえ、あなたは口が悪いんですから」
「分かっていると言っていただろ。しつこいぞ」
こちらが気を回しても受け入れようとしないのがカナード・パルスという人間であることは十重に承知している。利かん坊な弟を持ったような気分であるが実際にはそんな生易しい相手ではない。
常に相手を睨むような目つきさえ抑えればどこにでもいる優男風の少年になるのだがその本質は獰猛な肉食獣と大差ない。今は鎖に繋がれているだけで何時自分達にも牙を剥くか判らない。
メリオルはアルテミスを常の睨むような視線で見ているカナードの首を見た。
肩下まで垂れる女性のように長い黒髪と特殊部隊の戦闘服の襟で見えないがそこにはユーラシア連邦が文字通りの首輪が付けられている。逃亡を防止するために取り付けられた金属製の爆弾付きの首輪が。
「どうした?」
「いえ、なにも」
僅かな視線の動きすらも見ずに感じ取ってしまえる少年の感覚の鋭敏さに寒気を覚えながらも、データとして渡されたカナードの今までの経歴と扱いを知れば同情もする。
(スーパーコーディネイター)
いまカナードが見ているジェラード・ガルシア少将よりも更に上の、ユーラシア連邦でも最上層に近い人間が言っていた言葉を思い出す。その時の光景もまた。
『カナード・パルス特務兵?』
『そうだ』
時は今から半年ほどまで。ガルシアとカナードと始めて引き合わされたのだが、少年は他者よりも圧倒的に秀でた能力を有しながらも囚人のように手錠を嵌められていた。
『現在、プラントと交戦状態にある地球連合だがその実、支配権を強めているのは大西洋連邦であることは君も知っていよう』
『はい。エンデュミオン・クレーターでの真相を隠匿するために私をアルテミスに左遷させ、敗戦の責任をビラード准将に押し付けたことを忘れるはずがありません』
『そうだ。そしてコーディネイター共との戦争が終われば我々の敵となるのは奴ら大西洋連邦だ!!』
有能といえども一介の士官でしかないメリオルには上層部が私怨で動いているしか思えない光景を見るのは苦痛であった。だが、この時のメリオルは苦痛を感じてはいなかった。それよりも馬鹿な子供を嘲笑うように口の端を微かに持ち上げる手錠の少年に意識が向いていた。
髪は伸び放題、細く青白い肌は一種病的なものがあったがそれが余計に神秘さを増して少年を彩る。もしも天界などというものがあるのなら下界を見下ろす神はこのような少年のように笑うのだと何故か思った。
『大西洋連邦が極秘裏にモビルスーツを開発しようとしている情報が手に入った。そこでガルシア君、メリオル君。君達二人に特命を与える』
男の言葉に少年に吸い寄せられていた視線を戻さねばならないことにとてもつもない努力を擁した。
少年の後に俗物に塗れた男を見ると自分まで汚されるようで強い我慢が必要だった。それほどに少年の内側から発散される強い意志はメリオルに影響を与えている。
『我がユーラシア連邦独自のモビルスーツ開発部隊として特務部隊Xを結成する。ガルシア君、君をその司令に任命する。これからの情勢を左右する重要な任務だ。ここで実績を上げれば上に君のポストを用意しよう』
『あ……ありがとうございます! 必ずやお役に立ってみせます!』
喜び勇んで敬礼するガルシアに少年が忌々しそうに舌打ちしたのをメリオルは聞き逃さなかった。
『では、カナード・パルス特務兵を君の配下とする。気難しいヤツだが腕は確かだ。なに曲がりなにもスーパーコーディネイターだからな』
『は? スーパー?』
コーディネイターはコーディネイターでしかない。そこにスーパーが付く意味が解らないのはメリオルもガルシアを同じだった。ただ、今にも飛び掛かりそうな少年――――カナードと、言った男が見せびらかすように何かのボタンが付いたリモコンをこれ見よがしに掲げているのを見れば誰のことを指しているのかは分かる。
『この少年がスーパーコーディネイターだと仰られるのですか?』
思わずメリオルが男に尋ねたのは、この美しい獣が鎖に繋がれているのが我慢ならなかったからである。
『L4のメンデルの事は知っているかね?』
『一昨年に大規模なバイオハザードが発生したコロニーと記憶しています。X線照射により全域が消毒されたためコロニー内環境は無害となりましたがG.A.R.M. R&Dが倒産したことで放置されていると』
『流石は我がユーラシア連邦が誇る才媛。良く知っている』
『恐縮です』
男の言い方はとても褒められているように感じなかった。男も皮肉のつもりで言っているだろうことは、今までに女伊達らに昇進を重ねてきたことに対する嫉妬や羨望を多分に受けてきたメリオルなら良く解り、また十分に受け流せるものだった。
可愛くない、とガルシアが呟いたのも聞こえていたが階級が上の者に進んで立て付くつもりのないメリオルは敢えて聞き流した。
『…………メンデルが「禁断の聖域」「遺伝子研究のメッカ」とも呼ばれているのは君も知っているな?』
『はい』
自分で全てを話したい独善的な男だ、と途端に不機嫌になったことから望まれている答えだけを返すために頷いた。
『ならば、メンデルにあるG.A.R.M. R&Dが所有する研究所施設でより先進的なコーディネイターを生み出す研究も行われていたことは?』
『…………いえ、過分にして知りません』
メリオルがいくら才媛と言われていても、知っていることと知らないことがある。前者は主に一般に広まっていることやメリオルの階級で知れる範囲の中で、後者は軍事機密に指定されていたり歴史の裏側にある情報である。男が言っているのは後者だった。
メリオルが知らないと解ると男は途端に機嫌を良くした。
『当時のブルーコスモスの最大の標的であるユーレン・ヒビキ博士。彼が生み出した最高傑作こそが……』
『パルス特務兵であると? では――』
カナードを見るガルシアの目が欲望にギラギラと輝いた。
ユーレン・ヒビキのことをメリオルは知らないが当時のブルーコスモスが最大の標的としていたと聞けば大体の予想はつく。ガルシアが何を考えているかも。
『残念ながらパルス特務兵は失敗作の烙印を押された出来損ないだ。残念ながら最高傑作は博士と共に死んだらしい』
口調ほどには残念がらず、それどころか愉悦を明らかにする男にメリオルは吐き気を覚えずにはいられなかった。
人を目の前にして失敗作呼ばわりして何も考えずにいられるほど厚顔無恥ではなかった。だが、軍人の家系に生まれて流されるように軍人となったメリオルは感情を制御する術を身に着けており、表に出すことはなかった。
『失敗作として破棄されるのを研究者の一人が情けをかけて逃がしたらしい』
『それは心優しい者もいたものです。感謝しなくてはなりませんな』
『パルス特務兵のデータではヒントにもならないと報告が上がっている。どうせ逃がすならオリジナルにすれば良かったものを。失敗作は所詮、失敗作に過ぎんというのに』
『全く以て同感です』
そうやってゲラゲラと笑う男とガルシアをメリオルは遠い異世界の住人のように感じていた。
人はここまで他人に残酷になれるものなのかと、人間の醜さに直面している気さえした。この現実は夢だと思いたいメリオルが意識を逸らしていると、突然笑っていた男が笑みを止めてメリオルを睨んだ。
『なんて目をしている』
男が睨んでいたのはメリオルではない。視線が僅かにずれているのを感じ取ったメリオルは体を横にずらして背後を見た。
『!?』
メリオルは今まで殺気というものを感じたことはあっても殺されると思ったことはない。なのに、振り返った先にいるカナード・パルスの憎しみに染まりきった目を見て失禁しかけるほどの恐怖を覚えた。
同時に背筋に走る快感にも似た戦慄を覚えた。
メリオルの人生は常に他者によって流されてきた。軍人の家系に生まれ、周りに求められるままに軍人になって結果を出し続ける。自分の望みなど持ったことはないし、これからも持つことはないと思っていた。
『生きているだけでもありがたく思え!! この失敗作が!!』
メリオルとは反対に、いたく気に入らなかった男は手に持つリモコンのボタンを押した。
『あああっ!?』
男がリモコンのボタンを押すと手錠から高圧の電気ショックがカナードの全身に走るのがメリオルからでも分かった。
『まったく! 痛い目に遭わせないと理解できないとは動物と一緒だな!!』
倒れ伏すカナードを忌々しそうに見る男を見た瞬間、メリオルの手は携帯している拳銃を探して動いたがこの部屋に入る前に憲兵に渡していることを思い出して抑えた。
傍目には動いたとすら分からないほどメリオルの挙動を見過ごさなかったのは、電気ショックで倒れ伏したカナードだけだった。
『このように少しやんちゃが過ぎるが、能力は失敗作と言えども並みのコーディネイターを遥かに上回る。ガルシア君、君なら上手く飼い慣らせる期待している』
『はっ、閣下の期待に応えてみせます』
『良い成果を期待している』
もはやメリオルの頭の中から男とガルシアの存在はどこかへ飛んでいた。
メリオルの頭の中を占めていたのは、傷ついて立ち上がることも出来ないカナード・パルスだけだった。
痛みに喘ぎながらも世界全てに憎しみを叩きつけるような視線が自分に向けられていないと解っても体を震わせずにはいられない。メリオルは自分が発情しているのを認めなければいけなかった。
自分にはあそこまで強い意志を持つことは出来ない。強い力に膝を屈して屈伏する道を選ぶだろう。どれだけ蔑まれ、痛めつけられても折れず曲がらず不屈であることは流されて生きてきたメリオルには出来ない。
メリオル・ピスティスはカナード・パルスの不屈の意志に魅了されていた。
『メリオル君、君にはパルス特務兵の副官を命ずる。良く管理してくれ』
『了解しました』
そのような命令を下されるまでもなく、メリオルの価値観は既に激変している。
男に敬礼をしながらも、メリオルの忠誠はカナードにのみ向けられている。男達さえいなければ不屈の意志を持つ黄金の獣に深々と頭を垂れていたことだろう。
男はガルシアを頭に据え、カナードを動かしてメリオルに手綱を握らせようとしている。その思惑は始まる前から破綻していた。手綱を握るべきメリオルがカナードに忠誠を誓ったからである。
「……オル…………メリオル!」
「は、はい!」
名前を呼ぶ声に過去を思い出して意識が現実に戻って来る。
気がつけばカナードがこちらを訝しげに見ていた。
「何を呆けてる。着艦の指示を出せ」
「分かりました。総員、着艦準備!」
言われた通りに指示を出しながらメリオルの顔は僅かに赤くなっていた。
気づいたのは最も付き合いが長いカナードだけだが彼の興味は戦うことだけにある。モビルスーツ開発部隊に従事する傍ら鹵獲したジンを改造して実戦経験を積んできた。特務部隊の役目からユーラシア連邦と分からないように秘匿されているが、メリオルの贔屓目なしにザフトの名付きのエースにすら勝ると見ている。
「さて、あの焼いても食えそうにない蛸坊主がわざわざこの時期に呼び出した言い訳を聞くとしようか」
未だに檻に繋がれながらも不遜さを忘れないカナード。忠誠は留まること知らず、もはや信仰の域まで達した主の言葉にメリオルは黙して追従するのみ。
彼女は知らない。たった数日前に大西洋連邦が極秘で建造した新造戦艦とモビルスーツが来訪し、その中にカナードに関係のある少年がいたことを、ガルシアが勿体ぶって話すことをまだ知らなかった。
アークエンジェルで最も慌ただしく人が動いているのはモビルスーツデッキである。
先の戦闘で大きな損傷を負ったアストレイ・グリーンフレームに、オーブの技術者やアークエンジェルの整備員が象に集る蟻の如く機体のあちこちに張り付いて作業していた。頭に包帯を巻いているマードックが部下に怒鳴ったり、部品をくれとオーブの技術者が喚いていたりするので五月蠅いことこの上ない。
そんな喧騒が支配しているモビルスーツデッキに一角だけ、不自然に静まっている場所があった。
オーブ側が持ち込んだモビルスーツのシュミレータにキラ・ヤマトが乗り込んでいた。苦しげに顔を歪めるキラを見ればシュミレショーン内容は良いものではないようだった。
「くっ」
「攻撃と防御の意識の切り替えが遅い」
モニターの中で敵機に追い込まれていく状況に息を詰めたキラの横で相変わらずの淡々とした様子でユイが突っ込む。
「そんなこと言ったて……」
横から突っ込んでくるユイに文句を言いつつもキラの目は前に向けられている。
視線を前から外せるはずがない。彼の目の前にはストライクの戦闘データから抽出されたオレンジ色に着色されたカスタムジンがいる。ヘリオポリスで散々に翻弄してくれた相手に目を外せるほどキラは驕っていない。
カスタムジンが狙いを絞り込ませないように機体を細かく揺らしながら接近してくると、突然重斬刀を投げた。
真っ直ぐ飛んで来る重斬刀をシールドで弾くと、目の前にはカスタムジンの姿。
咄嗟に腕を動かしてシールドで防御しようとしたが嘗てのように腹部を蹴られる。
「速い!」
「ストライクよりも速くなんてない。差を覆しているのはパイロットの腕」
激震するシートに座っているキラにユイは本当に容赦ない。
カスタムしていてもベースがジンではストライクよりもどうしても機動力で劣る。機体の機動力の差を埋めるのは純粋にモビルスーツパイロットの技量でしかない。新米どころから半人前にも届いていないキラと名付きのエースでは技量も経験も何もかもが違いすぎる。
蹴られた体勢を整えたところで攻撃オプションに悩む。
手に持つビームライフルを撃つか、持ち替えてビームサーベルで攻撃するか微妙な距離だった。
「迷ったのなら一度引くべき」
ユイが言ったようにカスタムジンはキラの悩みなど知らないのだから、迷いを突くように機体各所に設置されているバーニアを吹かして一気に距離を詰めて来る。
遅れながらもキラもストライクを後退させようとしたが、その時には逆に距離を離されて重突撃機銃が装甲に次々と着弾する。
「引くと決めたのならシールドを前面に掲げて防御するってさっきから何度も言っている」
注意を受けたのはこれで何度目だったかと数えかけて、言われた通りにシールドを前面に掲げる。
性能差をパイロットが埋めるなら、キラがすることは少しでも堅実にストライクを動かすこと。性能差を活かしたごり押しをしても覆してしまえるだけのパイロットが目の前にいる。
キラは後になって聞いたことだがモニターに表示されているカスタムジンは『黄昏の魔弾』と評されるほどに優秀なパイロットらしい。そんな優秀なパイロットと比べて実戦どころか訓練も碌に受けていない素人に毛が生えた程度のキラでは逆立ちしても敵うはずがない。奇策に走っても実戦経験の桁が違うのだから通用するかも怪しいが、カスタムジンの行動は経験に裏打ちされた読みから導き出されている。手本とするとなればこの上ない教材なのもまた事実。
操縦桿を動かしてシールドを前面に出して重突撃機銃を防いでいるストライクにビームライフルを構えさせる。
じっとしていてはいい的だ。照準スコープを覗き込みながらもストライクを動かすのも忘れない。
照準は中々合わない。当然だ。この程度で上手くいくような相手ならとっくの昔に誰かが撃ち取っている。それどころから急速な方向転換でスコープの中からも消えてしまった。
「ちっ、また見失った!?」
これもまた何度目かも分からない結果だった。照準スコープを戻してカスタムジンの姿を探す。
キラではカスタムジンの行動を予測しきれない。下手に欲を出せばあっさりとモニターから消える。次の瞬間にはモニターの死角から回り込まれてセンサーが反応して慌てて反応するということ繰り返す。
この時もそうだった。ストライクを反転させるのと背後から忍び寄ってきたカスタムジンが重斬刀を振り上げるのが重なる。
キラは咄嗟にシールドで重斬刀を受け止める。
パワーではストライクの方が圧倒的に上回っている。地力の差を活かして弾き飛ばそうとするがその前に既にカスタムジンは離脱している。折角、ビームライフルからビームサーベルに持ち替えたのに届く距離にはもう敵がいない。
再びビームライフルに持ち替えるが当てる確信が得られず、銃口を向けるだけに留まる。
「当てることに集中し過ぎ」
「じゃあ、どうしろっていうのさ!」
小うるさい小姑のようにジクジクと痛む場所を突いてくるユイに思わず叫んでしまう。それでも顔と視線はモニターから離さないのだから数日分の成果は出ているだろう。
「相手の進路を塞ぐとか牽制をして行動を限定させれば次の予測が立てやすい」
「でも、ビームライフルは使いすぎるとエネルギーが直ぐになくなるよ。無駄撃ちを避けろって言ったのは君じゃないか」
キラが今まで当てることにばかり意識を割いていたのはストライクの燃費の悪さ故だ。これはG全てに共通することだが、ジンとは比べ物にならないエネルギーを持つがフェイズシフト装甲とビーム兵装が馬鹿食いするので継戦能力に難のある機体になっている。
ヘリオポリス脱出後の戦闘の前に同じようにシュミレータを動かしていたキラにユイは無駄撃ちは避けるように言っている。システムの調整を行ったキラも承知の事実だった。だから出来るだけビームライフルは撃たないようにしているのに、キラにはユイが全く違うことを言っているように感じた。
「相手の行動を誘導するために撃つのと闇雲に撃つのは別物」
敵はこちらの思惑通りに止まってくれるはずがないのだから、と続けられた言葉は散々駄目だしされているキラでも認めなければならない現実だった。
指摘を念頭において戦うにはキラは素人過ぎた。戦っている間に熱くなって目の前のことに集中し過ぎてしまう。硬質な思考ではなく柔軟さを求められても直ぐに答えられるような精神性をキラは持っていない。
「分かった」
そんな素人が頑張らなくてはならないのが今のアークエンジェルだ。
最大戦力がユイのアストレイ・グリーンフレームなのは動かしようのない事実であるがキラが乗るストライクも性能ならば引けを取らない。後はパイロットの、つまりは素人であるが故に伸びしろの大きいキラの出来次第でアークエンジェルの趨勢が決してしまうこともありうる。
上達は急務であった。だからこそ、こうやってシュミレータで腕を上げようともする。
今のキラは素人に毛が生えたレベルをようやく脱しかけているというところ。目の前のことに集中しているだけでもカスタムジンは遥かに荷が重い相手なのに意識を逸らしたら墜とされるのは自明の理。
「…………あ」
撃墜を示すモニターを前にしてキラは阿呆のように口を開けることしか出来なかった。
「無様」
「ごめん」
感情を感じさせない言葉が責められているように感じて思わず謝ってしまうキラだった。
シートの横にいるユイをこっそりと覗き見れば人形のように表情を動かさない何時もの顔である。怒っているわけでも呆れているわけでもない。パイロットとして接する機会は多い。だからか、少しはユイの表情や雰囲気から感情を察っせれていると感じるのはキラの傲慢か、責められていると感じるのはキラの先入観からかは分からない。
視線を前に向ければモニターに先程の戦闘のスコアが映し出されていた。
回数を重ねれば重ねるほどスコア自体は上がっている。モビルスーツのシュミレータでのスコア上昇は言葉を変えれば人殺しの技術が向上しているとも考えられて、機体自体を動かすことに面白さは覚えるが嬉しくは思えなかった。
キラの中ではストライクを人殺しの道具よりも他の用途で使いたいという欲求が消えない。それほどに動かして楽しいと感じる機体なのだ。
「上手くなってるのかな?」
キラがこうやってアルテミス脱出後にシュミレータに没頭しているのには理由があった。
目の前でサンダース二等兵が死んだ原因が自分にあるキラは考えていた。重すぎる他人の死の自責から逃げたかったのだ。キラが捕まりさえしなければサンダースは死なずにすんだかもしれないと、ありもしない妄想を抱きもする。
「最初よりはマシ」
一度もカスタムジンに勝てないので実感はないがユイの言葉を信用すれば上達はしているらしい。
褒めているのか分からない言葉だったがモニターに映るスコアの上位が全てユイので埋め尽くされているから、キラのモビルスーツの師とも呼べる相手に口答えの一つも言えるはずがない。
「次は私の番」
文句を言いたいけど言えずに口の中でぶつぶつと呟いていたキラを押し退けるようにしてユイがシートに身を乗り出してきた。
ユイがシートに固定しているベルトを外そうと身を乗り出してくると困ったのはキラの方だった。表情や雰囲気が人形染みていても体まで硬質ではない。
未成熟ながらも女の柔らかさが無防備にも触れてくるのは思春期の少年にとってはあまりにも毒だった。特に熱中して上着を脱いでシャツ姿のキラには肌に直接温もりが触れているような錯覚すらある。
「ちょ、ちょっと……っ!?」
「もう三時間はやってる。いい加減に交代すべき」
男のキラが半身に触れる柔らかさに顔を真っ赤にしているのに、当のユイはモルゲンレーテの制服に身を包んだ幼くとも魅力的な体を自覚もしていない。
分かってやっている行動ではない。小さな子供のような無防備さは時に害となる。この時のキラがそうだった。
「何で知ってるのさ!」
「見てた」
キラが慌てるのでユイも上手くシートベルトを外せず、二人でギャーギャーと言い争う。主に叫んでいるのはキラの方でユイは淡々としていたが。
二人にとっては真面目にやっているつもりなのだが周りから見ればイチャついているのかと思うようなやり取り。アストレイ・グリーンフレームを修復するために忙しく働く男達にとっては聞いていて楽しいものではない。
「うるせぇぞ、お前ら!」
そうやってキラとユイに怒鳴ったのはコジロー・マードックだった。
オーブ側を纏めるミスズがこの場にいないので実質的な纏め役は彼が担っている。マードックが注意するということは整備員達の総意であると言い換えてもいい。
「遊ぶんなら他でやれ! こっちは忙しいだ!」
言われてキラはユイと顔を見合わせた。互いの顔の距離が思いがけずに近いことにキラの頭は真っ白になった。
間近で見るユイの顔は悪い意味ではなく人形のように精緻に整っていて、柔らそうな唇など吸い付きたくなるぐらいに瑞々しい。腕に触れるまだ小さな胸の感触といい、キラの心臓を高鳴らせるのに十分な破壊力がある。今まで悪い意味での人形の表情と雰囲気が他人に少女の魅力を気づかせなかったのだろう。
ユイの方はといえば、キラの変化が理解できないとばかりに首を傾げている。
固まってしまったキラの様子に疑問を覚えなかったはずはないのだが、元より口数が多いどころか極端に少ない方のユイは気にしないことにしたようでシートベルトを外した。
「どいて」
固定具がなくなってしまえば無理に逆らう必要のないキラが何時までもシートに乗っている理由はなくなる。
大人しくシートから降りると、ユイが座って座席位置の調整を行う。キラが使っていた位置よりも大分前に動かしているのを見ると、やはり自分よりも小さな体なのだと実感が湧く。
身長が10㎝近くも違うのだから当然だと頭では分かっていても鬼神の如き戦いをしたモビルスーツと重ならないことに何故か安堵を覚えた。
キラが使っていてユイが乗り込んだシュミレータは、ミスズがプラントからオーブに渡ってモビルスーツの開発に携わるようになってから作り上げた物らしく、複数のパイロットが使うことを前提として座席位置の調整も出来るようになっている。
キラにとっての幸運は、Gがアストレイをモデルに作られただけあって細かな違いはあっても操縦系統が酷似していたことにある。でなければキラの技量は実戦任せで向上することを頼んだ危険な賭けを繰り返すことになっていただろう。そもそも、オーブ側との接触がアークエンジェルはヘリオポリスから脱出できたかも怪しい。
キラがつらつらと考えながら漂っていると、視線の先にいるユイは準備が出来たようでシュミレータを起動させていた。
「え!?」
シートの背凭れを掴んで覗き込むと舞台は宇宙のようで、それは別に驚くには値しなかったが問題は戦っている相手にあった。一体ではない。複数機、キラの乗機たるストライクを含めたG5機を相手にしていた。
ヘリオポリスにシュミレータを持ち込んでいてGのデータも盗用されているらしいので敵機として出て来ることは戦ったことが良く知っているが、G5機と同時に戦うなんて勝機の沙汰ではない。
「五月蠅い」
視線も向けずに言われた言葉に開けていた口を手で押さえる。キラだって横から口を出されるのに良い気分は抱く受け入れたのは助言であったからこそだ。
観戦するなら黙って邪魔をしないようにするべきと考えたキラだったが三時間もぶっ続けでシュミレータを動かし続けた体は疲労を覚え、消費したエネルギーを求めて空腹を訴えている。
ユイもまたキラと同じく長時間のシュミレータでの訓練を行っている。理由は後でも聞けるので少し離れても続けているだろうと考え、シートの背凭れを掴んでいた手で体を引っ張り、体を中空に浮かばせた。
シュミレータを見下ろせる位置にまで移動すると見えてくるのは二体の巨人の姿だった。
ストライクとその横でメンテナンスヘッドを改造することによってワイヤーを使わずとも設置が可能になったアストレイ・グリーンフレーム。
キラの前を見覚えのある整備服の人間が横切った。ストライクの調整や修理で何度か会話を交わした事のある相手だった。
「あの……ラムルさん」
「ん? なんだ坊主か」
モルゲンレーテの技術者でミスズ・アイカワの部下であるラムル・リスティアーノは呼びかけたキラの方を振り向いた。
マードックがキラを坊主と最初に呼んだ所為で技術者や整備員は全員そのように呼んでいた。16歳なのだから坊主呼ばわりは止めてほしいのだが年長者に、口達者どころか口下手の部類に入るキラでは口で勝てるはずもない。今となっては坊主と呼ばれることに諦めの境地に入っていた。
諦めの境地のままアストレイ・グリーンフレームを指差す。
「あれって壊れたところを修復してるんじゃないんですか? 違うところも触っているようですけど」
四肢の殆どを失ったアストレイ・グリーンフレームの背後にも人が入り込んで作業をしているので損傷箇所だけを修復しているようには見えなかった。
「博士の指示で改良しているのさ。ストライカーパックを取り付けられるようにバックパックを改造してるんだ」
「そんなこと出来るんですか?」
「出来る。といっても博士の知恵がなければやろうと思わなかった。あの人は本当に凄い人だと改めて思う」
一人で納得したように頷くラムルにキラは聞きたいことがあった。だが、口に出していいかとも悩んでいた。
ラムルはキラの悩みも知らずに、本質的に喋りたがりなのだろう。聞かれてもいないのにペラペラと話し続ける。
「バックパック以外にも改造しているんだが、これは出来てからの秘密だ」
見た限りでは損傷した四肢以外に整備員達が取り付いているのは背部しか見えない。気になったがアムルもそれ以上のことは言わなかった。
「元々、P04はユイさんの専用機という意味合いも強くてな。あの子だけがナチュラルでもモビルスーツを扱えたこともあるんだが、ここまでとは正直思っていなかった」
強化人間、とアルテミスでジェラード・ガルシアがユイを指して言ったことを思い出してキラは顔を曇らせた。ユイが本来ならばコーディネイターしか扱えないモビルスーツを乗れるのにはそこら辺に関係しているだろうことは想像に難くない。
キラには分からないがラムルも思うところがあるのだろう。読み取れないが表情は常と少し違うように見えた。そこに安易な否定や嫌悪の感情はなかったので少し安心して口を開いた。
「あなた達はどう思っているんですか? ユイさんのことや…………博士がコーディネイターでモビルスーツの開発者だったてことに」
「………………」
アムルはキラの問いに直ぐに返答することなく思案するように視線をアストレイ・グリーンフレームに向けた。
キラは視線を眼下でシュミレータを動かしているユイに向け、意識を与えられた自室に自ら籠って出て来ないミスズに割いた。
コーディネイターであるだけならまだしも、ザフトの主力であるモビルスーツの産みの親であることを知られて、言い方は悪いが軟禁のようなものだ。それが自主的かどうかの違いでしかない。ナタルの指示でドアの前にはMPもいるのでやはり軟禁と言った方がいいのかもしれない。守るのはどっちかは分からないが。
地球連合の艦に彼女が乗っていることにガルシアでなくても皮肉を感じずにはいられない。それは同じコーディネイターであるキラもまた同じであるが。
「あの人の部下を長いことをやっているが、始めて聞いたことだから全く思うところがないと言ったら流石に嘘になる」
少しの自嘲を乗せて笑みの形に唇を動かしながらも苦笑いにも似たそれがアムルの内心を言葉よりも雄弁に物語っていた。
「他はどうか分からないが二人との付き合いを変える気は少なくとも俺にはない」
「…………理由を聞いてもいいですか?」
キラでさえ思うところが多いのに二人に近しいアムルが笑って言い切ったことに爽快感を感じた。悩みを放り捨てたのとは違う。裡に抱えた上で受け入れたと感じ取れたからだ。
ラムルが不安そうに見るキラの頭に手を伸ばした。そしてそのままキラのショートシャギーの髪の毛を弄繰り回す。
「わぷっ……」
父親が小さな息子にそうするように遠慮なしな手付きにキラが感じたのは嫌悪ではなく嬉しさだった。
キラは父を写真を通してでしか知らない。写真は語り掛けてくれはしないし、触れてもくれない。
近い表現の仕方をトールがするが二歳しか違わないのと、性格的に父性を持っていない彼では兄的な存在にしかなれない。サイならば性格的にキラの父親代わりをやれたかもしれないがあまりにも若く未熟過ぎる。
その点、四十代を少し回ったぐらいのアムルならばキラぐらいの子供がいても不思議ではない。キラは無意識に父性を発するアムルに縋りつきたい衝動に駆られた。
「子供が気を回し過ぎだ。うちの息子みたいに生意気なぐらいが丁度いい」
最も息子のように生意気になられたら困る、と快活に笑うアムルを見てキラの中で湧き上がっていた衝動が急速に窄んでいった。
アムルはキラの父親役足りえない。血を継ぐ息子がいる相手に父親役をやってもらうほどキラも厚顔無恥ではない。他人に父親役をやってもらおうしていたとしてもだ。
「事実を受け入れるには時間が必要だ。分かり合うにも納得するにしても。博士も聡明な方だからそれが分かっているから自室から出て来ないのだろう」
いきなり初対面のキラにディープキスをしてくるようなハッちゃけた人ではあるが知性という点に置いてアークエンジェル内で及ぶ者がいないのは間違いない。分野の違いや年齢の差はあれど、キラにはモビルスーツが作れるようになるとは思えない。キラよりもよほど頭の良い人が自分から閉じこもっているのだから行動にも何か意味があると考える。
時間が必要だというアムルの言にはキラも納得が出来た。同時に思う。
(時間で全部が癒されるのかな?)
裏切り者、ヒビキ博士の最高傑作、と二つの単語が何時までもキラの頭の中に消えずに残っていた。
時間は誰にとっても平等で、時に優しく、時には残酷にもなるのだとどこかでキラは聞いた覚えがあった。
この身に染みついた呪いと疑念は時間で払拭するとは思えない。同類を討ってしまった我が身を顧みて、少しずつ当初ほどの心の痛みを覚えなくなっていることに薄ら寒さを感じていた。
(僕もザフトと…………アスランと戦うことに何時かは慣れてしまうんだろうか)
どうしてもそれだけはキラも受け入れたくない考えだった。
モビルスーツデッキを出て水制限もあってシャワーを使えず、仕方なく濡れたタオルで全身の汗を拭いたキラは随分前から鳴っている腹の虫を収める為に食堂に向かっていた。
その道中で疲れたように深く肩を下ろしながら俯きがちに進むカズィ・バスカークが前方からやってきた。
「やあ、キラ。元気?」
「あ、カズィ。元気…………だけど、どうしたの? 何かあったの?」
ヘリオポリスにいた頃、コーディネイターのキラですらダウンしたカトウ教授の課題をこなすために三日間徹夜しても、テンションが異様に高くなるだけで疲れた様子一つすら見せなかった剛の男が見せる弱気な顔にただならぬ予感を感じた。
「いや、何って言うか。バジルール少尉が艦長代理になってからなんかね」
「なんかって?」
アルテミスから逃げ出した後に艦長だったマリュー・ラミアスが高熱を出して倒れ、数時間後に副長だったナタル・バジルールが艦長代理をしているのは誰かから聞いた覚えがあった。
キラはこの三日間の間、ずっとモビルスーツデッキに籠ってストライクの調整かシュミレータ―を使っての訓練ばかりをしていたので艦内の空気に疎かった。当然、ナタルが艦長代理をしていることでの影響なんて知らない。
モビルスーツデッキには艦内で仕事を手伝っている避難民や民間人も完全に兵器一色に染まっている空間に踏み込む者はいなく、作業員達はアストレイ・グリーンフレームの修復に手一杯で一種独立した空間になっている。そこから出てカルチャーショックを受けるのは当然の流れだった。
「まあ、誰かに聞いてみると解るよ。誰でもいいから。僕はブリッジに行かないといけないから」
カズィは具体的なことを何一つ述べることなく、時間を確かめて急かされるように床を蹴った。
「どうしたんだろ?」
どんどん小さくなっていくカズィの背中を見送りながら、キラに出来たのは首を捻ることだけだった。しかし、断続的に鳴り響く腹の虫は限界が近いことを伝えてくれている。
「ま、いっか」
食欲を前にすれば大抵の疑問も横に流せる。この時のキラも深くは考えずに早く食堂に向かおうと足を進めた。
キラが食堂に入った時、席の一つに休憩中らしいミリアリア・ハウが座っていた。
(あ、ミリアリアだ。ん? なんだかちょっと落ち込んでる?)
伏し目がちに億劫そうに料理をゆっくりと口に運ぶ姿は普段の元気ぶりを知っているだけに落差が大きかった。
ずっと腹の虫が餌を要求しているが友達の異変を見逃せるはずがない。少しの辛抱だと腹を撫でてミリアリアの下へ向かって肩に手を置く。
「ミリアリア」
「あ、キラ」
驚いたように振り返るミリアリアの姿に、先程のカズィの様子と合わせて何かがあったのだと確信を抱く。
「元気ないみたいだけど、どうしたの?」
ミリアリアが振り返ったので肩から手を離し、話し易い空気を作るように声を和らげる。
「落ち込んでるんじゃなくて…………あ」
しかし、意に反してミリアリアの顔は強張ったままだった。正確に言えばキラの後ろを見て顔を強張らせた。
後ろを振り返って見れば、そこにいた人は少し予想外の人物だった。
「バジルール少尉?」
キラにはミリアリアが顔を強張らせる理由が分からない。
理由が分からず食堂内部を厳しい視線で見渡すナタルを見るともなしに眺めていると、きつい視線を向けられて何か粗相をしたのかと無条件に思った。それほどにナタルの視線は強すぎた。
「ヤマト」
「は、はい!」
怒られる、と名前を呼ばれて無条件に思ったキラは体を強張らせた。
「君の休憩時間は終わっているはずだが?」
「え、あ、いや…………休憩時間って決まってるんですか?」
盛大に慌てた末に頭の中に定められた休憩時間なんてものがないことに気づいて、怒られると解っていても問いを発していた。
直ぐに取りあえず謝っておけばと気づいたが後の祭り。
「君の休憩時間は一時間前に終わっている。その様子では渡したシフト表に目を通してもいないのか?」
「すみません」
本当の事なので大人しく頭を下げて謝る。
ナタルが艦長代理をすることになってから誰かに紙を渡されたような気がするが、寝泊まりをしている居住区のベッドに放り投げたままで寝る時に邪魔だったから丸めてゴミ箱に入れたような気もする。
大人しく頭を下げながらも内心ではシフト表を捨てたことがバレないかと冷や汗をダラダラと垂らしていた。
「その動揺ぶりからしてシフト表自体を紛失したようだな」
「!?」
キラの慌てようは目の泳ぎ方からしてナタルにはお見通しのようだった。
今度こそ内心だけでなく冷や汗を全身に浮かび上がらせ、ナタルの顔を直視できずに視線を下に向ける。視界に映るのはナタルの黒いパンティストッキングに覆われた細い足だけだった。柔らかくて舐めたら甘そうだな、と性欲を晴らす余裕のない生活を送っているだけに、キラの煩悩がむくりと起き上がって自己嫌悪で即座に萎む。
「君がモビルスーツデッキに詰めているのは知っている。精進しているのもな。その頑張りに免じて、もう一度だけ発行するからちゃんと目を通しておけ。次はないぞ」
「…………はい」
言葉通り、ナタルは次にキラが失敗した時は容赦しないだろう。相手に察せさせるだけの高圧的な威圧を今のナタルは放っている。言葉だけは優しげなので恐らくは無意識なのだろう。
食事を取っているのはミリアリアだけではない。項垂れて謝ることを恥を覚えないでもない。悪いのは自分なので逆らうことは出来ず、大人しく肩身を小さくして頭を垂れるしかない。
「ではな」
それだけ言い残して食堂から去って行く後ろ姿は女性ながらも恰好良いと言えるものであったが、いなくなると肩から力を抜けるのだからナタルから発せられる高圧的な威圧は負担を強いていたらしい。
「大丈夫、キラ?」
「うん、まぁ……」
近くまで来たミリアリアに声をかけられたので咄嗟に頷きを返しながらも、言葉ほどには大丈夫とは言えなかった。
少しだけ会話を交わしただけで何日分もの疲労を覚えた気がして肩が重かった。
「艦長代理になってからあの調子なのよ。ブリッジでも万事あの調子だから少しも気が抜けなくて、ずっと緊張しているの」
「僕はブリッジ要員じゃないからその辺のことは良く解らないけど、あれをずっと?」
想像しただけでもげんなりとして、肩に圧し掛かる疲労が増えた気がするので早々に考えることを止めた。
「私達みたいな民間人にはまだ優しい方なのよ。本職の軍人にはもっと厳しいみたい」
「あれでまだ優しい方って……」
先程の威圧感よりも強いのを、つい好奇心から想像してしまって顔を青くしてしまった。空腹も相まって眩暈がしてきた。
「とにかくマリューさんが治るまでだし、大丈夫だよきっと」
「そうだといいんだけど」
キラやミリアリアではナタルに意見できる立場でないのだから、他人任せだと言われようとも待つしかない。マリューが復帰すればナタルの威圧的な雰囲気が消えずともキラ達にまで被害が来ることは減るだろう。
「二人でどうしたんだ? 立ち呆けて」
ミリアリアと情けない顔をつき合わせていると横から馴染みのある声がかけられた。
「疲れてるわね、サイ」
声をかけてきたサイ・アーガイルの顔を見れば彼もまた疲れているようだった。カズィと同じく研究やら開発やらそっち方面では何日徹夜しても疲れた様子を見せないのに、以前と違って色眼鏡の光に力がない。
「お前達もな」
ブリッジにいて同じ苦労を知る者同士、ミリアリアの声かけにサイは彼女とガッシリと肩を組んでお互いを称えあった。
「サイ!」
「フレイ?」
そこへミリアリアと同じ地球連合のピンクと黄色という派手な女性用の軍服を纏ったフレイ・アルスターがお盆を手に近づいてきていた。だが、三人に一定距離で足を止めて近づこうとしなかった。
「……? なに? どうしたの?」
サイが一歩足を進める度に後退するフレイ。話をするにしても距離を取ったまま近づこうしない彼女を訝しんだ。
キラも同じだったがミリアリアは訳知り顔で頷いていた。
「だって、水の使用制限だってシャワー浴びれなかったんだもん」
ナタルがまず艦長代行になってから指示をしたのが水の使用制限だった。
物資の搬入中にザフトの襲撃を受けたアークエンジェルは、後でオーブ側が合流した後にモビルスーツも導入して搬入したが決して潤沢にあるわけではない。最も水を使う風呂やシャワーなどは一番早く制限がつけられた区分であった。避難民も受け入れたのでナタルの指示は正しい。
「もん、じゃないわよ。それはみんな同じで艦長代理はそこら辺をまだ優遇してくれてるじゃない」
「一人で風呂桶一杯分じゃ何の意味もないわよ」
ストレスが溜まっているのだろう、ミリアリアは文句を垂らすフレイに苦言を呈すがお嬢様である彼女は不満も露わに呟いている。
これでも女はまだマシな方で、男は共用のバケツ一杯の水に各自のタオルを濡らして体を拭くことしか出来ないのだから扱いの差は大きい。
「なんだかな……」
「男女差別ってあるもんだね。文句を言いたいのに言える空気じゃないよ」
「同感だ。そもそも艦長と副長にオーブ側の代表者も女性だからな。男の肩身が狭くなるのは仕方ない」
サイが顔を上に向けたのに習ってキラも新造戦艦らしく染みどころか傷一つないライトグリーンの天井を仰いだ。
人数の比率でいえば圧倒的に男の方が多いのに肩身が狭いのは最上層部が女性で占められているのが主な原因である。艦の運営を指揮する4人の内、三人が女性では男であるムウの立場がそのまま艦の在り様にも影響している。
「なんて私まで軍服を着なきゃいけないのよ!」
「最初に説明があったでしょ? 着の身着の儘で軍艦に乗っちゃったんだから着替えなんてないし、少しでも洗濯の手間を減らすためだって」
「分かってる。分かってるけどさ……」
民間人なのに軍服を着なければいけないことに納得がいかないのか、フレイの癇癪は止まりそうにない。
ナタルのやり方は杓子定規で型に嵌めたがるので不満は見えないところで溜まっている。マリューならばそこら辺を上手く調整できる懐の深さがあったのだが、若く軍人らし過ぎるナタルにまでそれを求めるのは酷というもの。逆にマリューでは甘すぎて纏まりがなくなってしまう恐れがある。どちらがトップでも一長一短があった。
「マリューさんとバジルール少尉って足して二で割ったら丁度良さそう」
「全く以て同感。そう考えたら周りも上手い塩梅でメンバーが揃ってたもんだ」
方向性が反対な二人を仲立ちするムウと民間人の総意を合わせるミスズといい、バランスが良すぎる。二人がダウンして一人が自己謹慎しているとこうまで悪化するとは考えもしなかった。
「本当に大丈夫かな?」
口論を続けるフレイとミリアリアといい、周りの沈みながら食事をする人達を見渡してキラは先行きに不安を覚えずにはいられなかった。
砂時計型のコロニーが宇宙空間に浮かんでいた。遺伝子調整されたコーディネイターの楽園『プラント』である。中には陸地は勿論、海洋もあり、気温は亜熱帯に調整されている。正しく人工の楽園であった。
プラントの最高意思決定機関である最高評議会が政治拠点を持ち、首都でもあるアプリリウス近くの宙域に一隻の艦艇があった。正確にはアプリリウスに背を向けて遠ざかっている。アプリリウス周辺に滞空する複数の軍艦が追い立てるように感じるのは事件に関わったが故の負い目か。
「手形の抹消。プラントより退去命令だってさ」
単純に母艦を示す『ホーム』と名付けられた艦艇のブリッジで、豊かな赤髪に目元の泣き黒子で妖艶を地でいく本名不明で周りにはプロフェッサーと名乗っている女が手に持つ紙を振る。
人工知能搭載コンピュータ『8』が「oh!!」とコンピュータにあるまじきリアクションを取っている。
「ロウのお蔭でプラントに近づいていたテロリスト集団をやっつけられたのに、追い出すなんて非道いじゃん!!」
「まぁ、どうあれプラントの宙域で戦闘したのはマズかったですね」
プラントからの通知に不満も露わにしているのはまだ16歳と若い山吹樹里で、彼女よりも4歳年上のリーアム・ガーフィールドは大人の事情が分かるだけに腕を組んで溜息を漏らしていた。
8は樹里の意見に賛成のようで、「そうだそうだ」と本当にコンピュータかと思いたくなるリアクションを繰り返している。
「プラントの調べではあのテロリスト達はブルーコスモスだったようです」
「ブルーコスモスって、プラントを…………コーディネイターを目の敵にしてる組織だよね」
「ええ、コーディネイターの身としては関わり合いになりたくないところです」
リーアムはこの艦で唯一のコーディネイター。ブルーコスモスはコーディネイター排斥の急進派なので、身の危険が危ない組織に近づきたいと思う馬鹿はいない。出会ってしまった時を想像したのか、立った鳥肌を擦っているリーアムにナチュラルの樹里が掛けられる言葉は無い。
今まで黙って二人の話を聞いていた最後の一人、ヘアバンドを巻いたロウ・ギュールがデスクに置いた巨大な物体から視線を外してプロフェッサーを見た。
「悪いな、プロフェッサー。折角の手形を不意にしちまって」
「友達からの貰い物だから別に気にしなくていいわよ。有効期限の為に強行日程をさせてこんな事件に巻き込まれたんだから、謝るなら寧ろ私の方よ」
謝るロウにプロフェッサーは手を振る。
手形には有効期限が設けられており、一定期間のみプラント内の出入りが自由になる。ただし監視員付きではある。プロフェッサーが友人から貰った手形は期限間近で別の場所から急いで来たので強行軍と言えなくもない。
「ヘリオポリスでレッドフレームを手に入れられたのもその友達のお蔭なんだろ。なんたってエヴィデンス01を生で見られたんだ。後悔なんてない」
人に謝るような態度ではないプロフェッサーにロウは苦笑いを浮かべながらも、迎撃に出たプラント側よりもテロリスト集団を倒した乗機を手に入れられたことと、ジョージ・グレンが木星から持ち帰った巨大な化石を見られたことに満足していた。
「モンドのおっさんのことは残念だったけどよ、満足して逝ったんだ。これも預かっちまったんだし、この話はここまでにしとこうぜ」
「あなたがそう言うならいいけど」
ヘリオポリスからプラントに向かうまでに立ち寄った補給地で、ロウ達がプラントに入れる手形を持っていることを知って同行を望んだGG友の会のモンド。ジョージ・グレンを心酔していたモンドはエヴィデンス01を見たいと望み、ロウは同行を許可した。
モンドはエヴィデンス01を見られたが直後にブルーコスモスのテロリストの銃弾から化石を守って死んだ。その際にモンドは持っていたユニットをロウに託して事果てた。
「プラントでは思ったよりヘリオポリスの件が報道されていませんでしたね」
「地球連合とザフトの戦闘で壊れたのにおかしくない? ユニウスセブンの件で過敏になってもいいと思うけど静かだったよね」
プラントにいる間にヘリオポリス崩壊の件をニュースでチェックしていたリーアムが、暗くなりそうな空気を変えようと話題を変えた。
樹里が直ぐにリーアムの話題に乗っかって訳知り顔で頷く。
「地球連合が作ったモビルスーツの所為だとか、開発に協力していたオーブの所為にしているとか、後は上の方で情報統制とかしてるからじゃない?」
「え~、なんかそれって嫌な感じ」
「そういうのが政治という奴ですよ。まだそれほど時間も経ってませんし、まだ最高評議会が詳細な情報を手に入れていないだけかもしれませんが。ニュースのトップを占めているのは先のテロと、ユニウスセブン追悼慰霊団派遣が遅れているのと、テロの対応で評議会開催が遅れているというのもあるでしょう」
ジャンク屋組合という国を跨いで動く集団に属しているので樹里は大人の都合で情報が伏せられていることに嫌悪感を覚えているようだった。
話す三人とは違って、政治にはとんと興味のないロウは中空を漂う8を掴んで先の戦闘のデータを表示していた。
「本当にたまげた性能のモビルスーツだぜ。でも、ビームが偉いエネルギーを食ってやがるな」
レッドフレームの性能と残存エネルギーを見て、ロウは攻撃力は高いが燃費の悪い兵装に頭を痛めていた。
「ビームサーベルとか切れすぎだっつうの。あそこまで切断できる必要はないんだけどな」
『バッテリーで動いているんだから文句を言うな。ビームがエネルギーを食うのはしょうがない。諦めろ』
想像よりもテロリストが乗るモビルアーマーを切り裂き過ぎて危うく殺しかけたロウとしては、エネルギーも食うし強大過ぎる攻撃力はいらないと考えている。8がロウの文句を一刀両断するが、レッドフレームをこれからも乗り続けるなら克服しなければならない問題だった。
ロウと8の言い合いに樹里が気づいた。
「なになに、何の話?」
「ビームは攻撃力高すぎ、エネルギー食い過ぎって話」
ロウの返事は略しすぎだが要点は捉えていたので樹里にもよく解った。
「じゃあ、既存の武器…………ジンの剣や銃に変えるの?」
「銃は今のままでもいいんだが、ジンの剣って重さで斬る剣だろ。今度は逆に切れ味が落ちすぎる」
二人の話を横から聞いたプロフェッサーが艦にもあるジンの重斬刀と重突撃機銃をビーム兵装の代わりにするかと尋ねるが、ロウは大概注文が多い男であった。
ロウが持っている8が表示しているレッドフレームのデータを見たプロフェッサーは、確かにエネルギーの消耗が凄いと頷いてリーアムを見た。
「リーアム、モビルスーツの使う剣でエネルギーを食わないのを探してみて」
「分かりました」
会話の流れから自分にデータの検索のお鉢が回ってくると予想していたのか、既にリーアムはパソコンの前に座っていた。
「有益な情報は……」
「わおっ、早」
思ず樹里が流石はコーディネイターと思うほどのキーボードタッチの速さでデータを検索する。それほど時間をかけず、リーアムの前のモニターに検索条件に引っ掛かったデータが表示された。
「量が多すぎます。全部試しますか?」
「この数をか? 冗談」
思わずロウが聞き返してしまったほど、モニターに表示された剣の数は多い。
実用性の高そうな物や、装飾品としての意味が大きそうな物まで合わせれば20を超えるデータを見れば全て試してみようという気はなくなる。機械好きのロウといえど、緊急性が高いとはいえない懸案の為にそこまでの苦労をするつもりはなかった。
「グレイブヤードは調べた?」
「グレイブヤード? いえ、調べていないです」
プロフェッサーの口からで聞き覚えのない名称にリーアムは首を傾げた。
聞き覚えがないのはロウや樹里も同じのようで、リーアム同様に首を傾げていた。同じ動作をする三人に薄く笑ったプロフェッサーは、リーアムの横からキーボードをタッチする。
「これよ」
表示されたのは小惑星に後から次々に継ぎ足していったような建築物が映し出された。
「昔、地球から多くの技術者が移住したという居住衛星グレイブヤード。そしてここには」
博識なリーアムが始めて見たという感想を漏らしながらも、プロフェッサーは更にキーボードをタッチし続ける。
そして映し出されたのは、磨き抜かれた鉄のように光り輝く刀身の武器。
「わあっ!! 綺麗な剣っ!!」
機械には思い入れはあっても武器には良い思いをしない樹里が思わず感嘆してしまうほど、鍛え抜かれた刀身は芸術品のように美しい。
「この剣の名は『ガーベラ・ストレート』。大昔の日本で人の手で使われていた刀をモビルスーツのサイズで再現した武器よ」
「いいねいいね。良く斬れそうな武器だ」
武器の全長を映し出した図と、モビルスーツの手に当て嵌めた図の二つが同時に表示され、ロウの目が格別のジャンクを見い出した時のように輝いた。
「よしっ! じゃあ、決まったぜ!! グレイブヤードに刀を取りに行くぜ!!」
と、ロウが真っ先に言い出したことで、リーアムや樹里はプロフェッサーがガーベラ・ストレートの情報をどこで手に入れたのか聞く機会を失ってしまった。元々、プロフェッサーは過去の経歴や本名、年齢などは一切不明なのでこういう機会でもなければ聞く機会もないのだが、やる気になってしまったロウを止めることは二人には出来ない。
ヘリオポリスや先のテロなど、また厄介事が起きないか心配のリーアムとは違って、芸術品のような刀を見てみたい樹里はプロフェッサーに対する疑問をさっさと忘れることにしたようだった。
「直ぐには無理よ」
「はぁ!? なんで!」
行く気満々でいたところで機先を制され、ロウは無重力なので器用に躓いた。振り向きながら叫んだが躓いた拍子に手から離れた8が勢いで壁に激突して「壁にぶつけるな!」と文句を言っていることに気づいていなかった。
「先約があるから」
「誰から?」
「一言で言うならレッドフレームの情報をくれた人。報酬はモビルスーツって破格でしょ? ヘリオポリスが崩壊する前に地球連合の戦艦に乗り込んだからと、ある場所で回収してくれって頼まれてるのよ」
む、と樹里の問いに答えたプロフェッサーの言葉から誰の事を言っているのかが分かってロウは口を噤んだ。
プラントの手形を譲ったプロフェッサーの友人で、ヘリオポリスで地球連合の新型モビルスーツの開発に携わり、レッドフレームらの開発も行っていた技術者。レッドフレームを自分の物としているので、お礼やメカ好きとして色々と聞きたいこともある。
「場所だけ決めていても時間がずれたら意味ないのでは?」
「入れ違いになることもあるしね」
リーアムと樹里の意見は真っ当だった。
「ヘリオポリスから1週間から10日の間に目的の場所で特定の周波数を出すことになってるわ。会えなければそれまでよ」
ドライだな、と樹里はプロフェッサーの返答を聞いて思ったが相手も了承してるのだから似た者同士の友達なのだろうと思うことにした。
「分かった。一度会ってみたかったしな。グレイブヤード行きは後回しだ。で、どこで落ち合う約束になってるんだ?」
会う機会があるなら一度は会ってみたいと考えていた。グレイブヤードに直ぐに行きたい気持ちはあるが居住衛星は逃げやしない。後回しにしたところで問題はない。プロフェッサーの友人にはこの機会を逃してしまったら会えないかもしれないので、会える時に会っておくべきとロウは考えた。
問うたロウに、プロフェッサーは何時ものように妖艶な笑みを向けた。
「――――――悲劇の地、ユニウスセブンよ」
赤い口紅が塗られた唇から零れ落ちた言葉は、彼の地で流された血のように赤かった。
食堂から暫くしてからキラの姿はとある一室の前にあった。
ノックをする手を上げながらも躊躇うようにドアの前で止める。しかし、そうやって手をこまねいていても状況は改善しないと解っているので、意を決してドアにノックした。
「どうぞ~」
ノックをするとドアの向こうからキラの意気込みとは裏腹に暢気すぎる返事が返ってきた。
「失礼します」
肩透かしを食らいながらも意気込みも新たにしてドアを開けた。
この士官の部屋に自己謹慎している主であるミスズ・アマカワは机に向いたまま、キラですら瞠目せざるをえない速さでパソコンのキーボードをタッチしている。
キラでも本気を出せば同じぐらいの速度でタイピングも出来るが指が長時間続かない。持って最高速度を維持できるのは1分程度。長くても5分は超えない。ミスズは余裕を以て今の速度なので本気ではなさそうなので、タイピング速度には仲間内で定評があったキラも自信を失ってしまいそうだった。
「用件はバジルール少尉を止めて下さいって話でしょ」
部屋の主は入り口で口を開きかけたキラを見ることもなく用件を当ててしまった。
「なんで知ってるんですか?」
そろそろと足を進めてみたが特に咎められることもなかったので話が出来る距離にまで近づきながら問いかける。
「他の連中もみんな頼みに来たのよ。ったく、説教は柄じゃないのに」
ブーブー、と文句を言いながらもその目はパソコンのモニターから離れず、一時もキーボードタッチのスピードは緩まない。それどころか調子が乗ってきたようで速度が徐々に増してきている。もはや残像すら発生させそうなタッチに、ナチュラルがコーディネイターを恐れる一端を見た気がした。
「でも、マリューさんやムウさんが動けない以上は博士じゃないとナタルさんを説得できません」
「それも解ってるんだけど」
アークエンジェルの階級で最も一番高いのはマリューとムウの大尉である。続いてナタルの少尉、その下は団子の背比べといった様子だ。
地球連合の割り合いでいえば一番偉いのは大尉のマリューとムウであるが、戦闘部隊の隊長のようなもののムウは艦の運営にはあまり口を出そうとはしない。艦長と副長を務めるマリューとナタルが実質的に艦を動かし、ムウが二人の意見の調整役をすることが多い。
艦を運営する三人に対してミスズの立場は不明確である。一技術者の彼女には軍人のような分かりやすい階級はないし、避難民の意志代行のようなものはなんとなくの内に決まってしまったようなものだった。最高権力者であるマリューと知己であること、彼女に信頼されることが主な要因だろう。
「私がこうやっているのは、自由に出歩いちゃ不味いだろうって思ってのことなのに部屋から出るのもね」
「コーディネイターだからですか?」
「それもあるけど、ザフトのモビルスーツの開発者っていう方が大きいかしら」
キラは自分の懸念と違った答えが返ってきたが同時に納得もした。
アルテミスでの一件以来、ミスズが部屋から出たというのはあまり聞かない。部屋から出る時はノイマンやマードックといった屈強で階級の高い面々数人が共に付くことが多い。キラもノイマンと一緒に歩くミスズを一度だけ見ている。
「私も兵器としてものモビルスーツを作ってしまったことは認めるし、今の世界を作った人間の一人である自覚もある。だから、殊更に問題を起こさないように大人しくしようとしているのに担ぎ出そうっていうの?」
「それを曲げてお願いします」
いらぬ誤解から逆恨みされる恐れもあってのミスズの行動であり士官達の配慮である。だが、他に適任者はいないのだからキラには頭を下げるしかない。
深々と頭を下げると、大きく深い溜息を吐いたミスズが初めてキーボードタッチを止めてキラを見た。
「分かった、分かったわよ。男の子が簡単に頭を下げないの」
「ありがとうございます」
思ったよりも簡単に受け入れてくれたのは、ミスズが言ったように何人も頼みに来た影響で疲れて今後も続く前に折れたとキラは見た。頭を上げてお礼を言うと、「これはこれで良い……」と小声で呟いたが何のことかは分からなかった。
「頭まで下げて頼んできたのはあなたで二人目よ」
「二人目?」
「ええ、ノイマン曹長がね。なんとか追い返したけど、彼の熱意はキラ君の比じゃなかったわよ。バジルール少尉を止めて下さいって凄い熱意だったわ。なにが彼を駆り立てていたのかしら」
どうもミスズが折れたのはノイマンの熱意が大部分を占めていたらしい。
ノイマンの名前だけは知っているがブリッジにいる面々とはあまり交流がないので人となりが分からない。ただ、簡単な自己紹介をした時に得た第一印象的にノイマンがそこまで熱情を持つとは感じなかったので意外といえば意外だった。
「まぁ、いいわ。で、キラ君は誰の知恵で来たのかしら?」
「え?」
「今まで私に頼みに来たのは関わる時間の長いブリッジの面々か、各部署の責任者クラスばかり。その中でキラ君だけは異質。誰かの入れ知恵があったんじゃない?」
全て見通されていると思うのはキラが未熟だからかミスズが聡明だからか、なんとなく前者と後者の混合ではなかろうと思い至って少しへこんだ。
キラにはモビルスーツの設計や開発、ここまでの思考回路の構築は出来そうにない。答えを聞けば納得も出来るがそこまでに至る経路を作ることはキラには向いていないようだった。
「艦長に勧められました」
「あら、ノイマン曹長やマードック曹長っていう大穴は外れたか。大本命過ぎると面白みに欠けるわよ」
「どうして僕が艦長にって分かったんですか?」
「単純な推測よ。消去法と言っていいかもしれないわね」
どうにも全てが予想の内では手の平の上で遊ばれている気がする。良い気分ではないが頼みに来た身分で文句を言える筋合もない。それを解っていながら言っていると察せさせられるので、本当に手の平で遊ばれているのだろう。
「私を説得するのを最初から諦めている部下や艦の状況に興味のないユイは除外。避難民や民間人だと私に頼むって言う意見も出し辛いでしょ? これは士官以下も同じね。マリューと対等の立場に近い私に簡単に物申せるとは思えない。残るは士官かあなたの友達だけ。私達の繋がりを知っているのは最初にモビルスーツデッキで出会った時にその場にいる者に限られる。そして自分達は断られたのに士官がキラ君に頼むとも思えない。となると残るのはあなたの友達だけだけど、フラガ大尉とマリューの体調も回復してきている。フラガ大尉なら自分で仲裁に入ろうとするだろうから除外。残るはマリューだけ。彼女に相談したとしたら、あなたの友達よりかは私に頼むって可能性は高い。ほら、消去法でしょ?」
長々と高説を垂れたミスズに圧倒されてキラには頷くことしか出来ない。完全に思考をトレースされてはお手上げ状態だ。
キラがここまで敗北感を味わうほどに純粋な能力で圧倒されるのは初めてだった。能力の高さではアスラン・ザラも相当なものだったがミスズはその遥か上を行く。
感心しながらもキラの頭には艦長席のベッドで休むマリューの姿が思い描かれていた。
『ミスズさんに、ですか?』
『ええ、私やフラガ大尉が動けないならナタルを諌められるのは博士だけよ』
真っ先にキラがナタルを止める為に選んだのはマリューだった。立場を考えれば真っ当な相談相手だったが、大分熱は下がってもまだまだしんどそうなマリューが勧めたのは現実でキラに正対しているミスズだった。
『勿論、後から聞いた博士の正体とか今までのこととか思うところがないわけじゃないけど、同じようにモビルスーツの開発に関わった私に文句を言う資格は無いわ。技術は所詮は使い様次第で善にも悪にもなるって思うのは言い訳かしら』
確かにミスズがジンのプロトタイプを作ったことで今の戦況を生み出した要員の一つでもあるかもしれないが、技術の使い道で責任を取るとすれば歴史上の人物の多くがリストに上がるだろう。
それに多くの仲間を守る為とはいえ、大西洋連邦制のモビルスーツの開発に携わっていたマリューが文句を言える立場でもない。
ベッドから体を起こしているマリューは言って胸元を探るように手を巡らせて目的の物を見つけられなかったようで手を下ろした。その姿を見て、キラはヘリオポリス崩壊直後にコクピットに流れていたロケットを拾ったことを思い出した。
どこかに置いておくわけにもいかず、常にポケットに入れていたロケットを取り出し差し出した。
『もしかしてこのロケットってマリューさんのですか?』
『あ!? それは…………キラ君が拾ってくれたの?』
マリューは目前に出されたロケットを信じられないように見ていたが、ゆっくりとロケットを受け取ると大事そうに両手で握り締めた。
『はい、そうなんです。でもこれってなんなんですか?』
『大したものじゃないわ。全然……』
そう言いながらも受け取ったロケットを強く握ったまま離さない。その目はどこか遠くを見ているようであった。
『許されたいわけじゃないのよ。償いなのかもしれないわね。失った者に対して、あの時これがあったら生き残れたんじゃないかって未練たらしく縋っているのかもしれないわ』
キラには解らない痛みと苦しみを見ているマリューに社会にも出ていない若造が何を言えるはずもない。
「ミスズさんは……」
「うん?」
一時の感情でキラはミスズに向けて口を開いた。
「どうしてプラントを出たんですか?」
誰も聞かなくて、でも気になっていたことをキラは遂に聞いてしまった。
「科学者としてはプラントより良い場所はなかったはずです。モビルスーツの開発者なら厚遇されたはずなのに」
「あなたに答える必要があって?」
「…………ありません。純粋な興味です」
「なら、尚更答える必要はないわね」
冷たく答えるミスズに気圧されながらもキラは口を開き続けた。今更、引っ込みがつくはずがない。出たとこ勝負で分の悪い戦いを続ける。
「ミスズさんを信じたいから。僕が納得したいんです」
始めてミスズが止まった。これは何もキラだけの気持ちではない。彼女の部下も呉越同舟の軍人や民間人達も信じたいと思っている。ミスズが動かなければアークエンジェルが沈まされていた可能性が高く、そのことは特に戦闘をしている軍人から仕事を手伝っている民間人に流れている。だから誰もミスズを罵倒しないし、責めもしない。
「殺し文句ね。あなた、将来はどんな女殺しになるのか不安だわ」
キラとしては純粋な気持ちを込めて言ったつもりなのだがミスズの顔は不自然に赤い。
信頼が込められた視線で真っ直ぐに見つめて言葉で揺るがされては稀代の才媛と言えども揺るがされたらしい。もしくはここまで純粋な感情をぶつけられることが少なかったのか。
「?」
「分からないならいいわ。分かっててやってたら酷いことになりそうだから」
何を言っているのか良く解らないので首を捻ってみたがミスズがそう言うのだからそうなのだろと無理矢理に納得することにした。
ミスズが座っている椅子に深く腰掛けてキラを見た。
「身の上話をすると色々と長くなるから端折るけど、私が宇宙に上がったのはS2型インフルエンザが大流行してコーディネイターによるジョージ・グレン暗殺の報復行為、さらにはナチュラル殲滅作戦であるという噂が一斉を風靡する少し前、ジョージ・グレン暗殺されて情勢が悪化すると予想した時だったかしら」
足を組んで上になった足の膝に両手を乗せて話して過去を思い出す姿には苦痛が溢れていた。
「優れた能力を見せれば差別は当たり前。コーディネイターだからって意味なく風当たりは強いし、今思い出してもあの時はコーディネイターには酷い時代だったわ」
特にS2型インフルエンザが流行ってナチュラルの反コーディネイター感情が最悪になった時は、と当時を生きていないキラには解らない苦悩を告白する。その閉じた瞼の向こうでは当時のことを思い出しているのだろうか。
「生きる為に犯罪紛いのことも、倫理を飛び越えた行為をしたことも一度や二度ではないわ。あの時は生きることに必死にならなければ最低限の事すら認められなかったわ。そんな私を軽蔑する?」
「いえ……」
コーディネイターとはいえ、母に守られて暮らしてきたキラにミスズの何を否定出来るものか。そんな思いから口は重かった。
「私がプラントに渡ったのはC.E.60年代だけど、当時はあそこも今ほど安全な場所ではなかったのよ。理事会は重いノルマを化すし、エネルギー生産部門がブルー・コスモスのテロによって破壊されたなんてこともあった」
アスランが月面都市のコペルニクスに預けられてキラと出会ったのも、情勢が不安定なプラントにいるよりも安心と判断した彼の父の決断があってこそ。
「少なくともC.E.68年までは対立の原因は地球側にあると私は今でも思っているわ」
「僕もそう思います」
この件に関してはキラもミスズに同意した。武力による弾圧やブルーコスモスの暗躍と、公開されている情報ではプラントの方が圧倒的に非が少ない。
「一昨年…………つまりは70年になってから途端に怪しくなってきたのよ、プラントの情勢が」
コペルニクスの悲劇や地球連合の成立。一気に歴史はきな臭くなり始めた年代だ。
「極めつけは血のバレンタインね。あれでプラントは一気に抗戦ムードになったわ。私はその空気に置いて行かれたの」
「今までの熱情が一気に冷めたってことですか?」
「そうね、大体そんな感じ」
ここでようやく閉じていた瞼を開けたミスズは語ることに疲れたように背凭れに体を凭れさせた。
「ユニウスセブンには友達も何人かいたの。薄情でしょ? 友達が死んだら一気に戦う気を失くしちゃうんだから」
「…………分かる気がします」
キラもきっとミスズと同じだろう。アークエンジェルに友達が乗っていなければここまで必死に守ろうと考えていなかった。もし、誰かが死んでしまったらキラは途端に戦う気を失くしてしまうかもしれない。
「徹底抗戦を唱えるプラントの空気に馴染めなくて、伝手を頼ってオーブのモルゲンレーテに就職して今に至るってわけ」
最後は思いっ切り端折ったミスズ。キラとしてはユイと出会った時のことを聞いてみたかったのだがミスズには話す気がなさそうだった。それどころか何時ものチャシャ猫のような笑みを浮かべてキラを見ていた。
「それで、艦全域に私の身の上話をどうしようっていうのかしら?」
「!? 気付いていたんですか」
袖に仕込んでいたマイクの存在に気づかれていたのだと解ってキラは慌てた。
「あら、やっぱりマイクを仕込んでいたのね。発案者はマリュー辺りかしら」
「…………正解です」
「あの超がつくお人好しが今の状況を知って熱が出てるからって大人しくしているはずないじゃない。診察をしているのは私よ? 動けるかどうかは直ぐに分かったし、動かないのなら何かしらの手は打つはず。そこへマリューの勧めで来たキラ君。そこに何かがあると疑うのは当然じゃない?」
「御見それしました。全てその通りです」
「次からはもう少しマイクを上手く隠すことね。見えてるわよ、袖から」
「あ」
言われてみてみれば袖からぴょこんとマイクの端が顔を覗かせている。だとしても、本当に全てを見てきたように当ててしまうミスズに頭を下げるしかない。
「ま、これでバジルール少尉も気づくだろうし、私がわざわざ言わなくても解るわよね?」
「あ、ははははは」
完全に弄ばれてしまったキラはもう笑って誤魔化すしかない。
「もっと精進しなさい、若者。コーディネイターだからって胡坐を掻いて怠けていたら宝の持ち腐れよ」
最後までミスズの手の平の上で遊ばれたキラは緊張が馬鹿らしくなって肩を落とし、頷きの返事だけを残して部屋から出て行った。
キラが部屋を出てから数十秒後。机の方を向いたユイは徐にどこかへ通信を繋いだ。
「これで良かったかしら、マリュー?」
通信相手は艦長室で寝込んでいるマリュー・ラミアス。
連絡を来ると解っていたのであろう、今は椅子に座って通信を行っている。
『十分です。流石は博士』
「ええ、全てがあなたの手の平の上と知ったらどう思うかしらね彼らは」
これが全てのマリューの発案だと、終ぞキラは気付くことはなかった。艦全域に流されている放送でもどれだけの人間が真実に近づいたか。
『私が全て策略したなんて人聞きの悪い。博士の演技力があってこそです』
「良く言うわ。この事態を利用して私への不信感を晴らそうなんて考えた狸の言うことじゃないわ。どうせあなたが艦長職に戻ったら私の事情には不可侵とするとでも言う気でしょ。おおまかとは言っても話したんだから敢えて聞く奴もいないって考えてシナリオを考えたようだし」
『上手くいきすぎとも思いますよ。実況中は艦内の状況を見ていました。正直、ここまで上手くいくとは思っていませんでした。それにキラ君が動いてくれなければどうにもなりませんでした。キラ君さまさまです』
「後で二人にフォローは入れときなさいよ。黒幕にさせられた私には出来ないんだから」
『勿論です』
ミスズは黒幕ではなく実行犯。黒幕はあくまで裏で二人の糸を引いていたマリュー。自分の所の協力者が裏から手を回していれば事情を知らぬはずがない。
黒幕が変わろうが女達の手の平の上で踊っていたことは事実なのだからキラは道化でしかない。だが、その道化の働きがなければ突破口を掴めなかったのもまた事実。
『博士には感謝してもしきれません。ありがとうございます』
「お返しはマリューが持ち込んだ秘蔵の酒でいいわ」
『…………半分こにしませんか?』
「この艦に秘蔵の酒があることにビックリだわ。冗談のつもりだったのに」
ヤベ、と単語二文字で表現できる顔をしたマリューは即座に通信を切った。迂闊な言動をしてしまった自覚があるらしい。
「まだ若いわね、マリューも」
通信が切れたモニターを消して、幾種もの設計図やプログラムが同時展開されている画面に戻す。
ふと、ミスズは椅子の背凭れに身を預け、天井を仰いだ。
「エリカはちゃんと連絡してくれたかしら? 合流地点にいてくれるといいけど」
アストレイシリーズの開発者にして同僚、仲の良い友のことを思い出して呟いた。他に誰もいない部屋に声だけが静々と響いた。
すると途端にミスズの表情から感情が消えた。残るのはどこまでも冷たい冷笑だけだった。
「アルテミスではしてやられたけど、光波防御帯のデータは頂いたわ。何時か蛸坊主にはギャフンって言わせてやる」
ユーラシア連邦の得意技術である光波防御帯シールドを、ミスズは部下を使って奪取までの短い時間の間にアルテミスにハッキングを仕掛けさせて手に入れていた。言い様にしてやられた仕返しとばかりに技術を盗用する気満々のミスズを見れば、当のガルシアも知れば顔を青くしただろう。
顔を青くしたガルシアを想像して嬉々としていたミスズだったが、一度息を吐くと椅子に体を沈み込ませた。
「…………ヒビキ博士の最高傑作、か」
ガルシアが言っていた言葉を思い出す。そして先程まで部屋にいた少年のことも。
ミスズが始めて弱気を見せた。誰にも見せることなく、ただモニターだけがその姿を見ていた。直面させられた現実に迷うように、手を進めることなく顔を伏せる。その姿はまるで懺悔する囚人のようだった。
「カナード…………キラ君に似ているとしたらあの時に逃がした子かしら」
疲れた息を漏らしながらも後悔だけは滲ませなかったミスズが弱気と共に吐き出す。養女のユイですら見たことの無い姿だろう。ミスズでもここまで打ちのめされたのは初めての経験だった。
「まさか生きていたとは。これも運命の悪戯ってやつかしら。それとも、ヴィア。あなたの願いが齎した奇跡なのか」
キラかカナードのどちらを指して言ったのが言ったミスズにしか分からないだろう。
もうすぐマリューが復帰して艦長職に戻る。それまでには何時もの調子に戻さなければならない。その上で部屋から一歩も出ず、誰とも関わらないことはミスズにとって都合の良いことだった。
「感傷ね。許されたいのは私だろうに」
机に肘をついて手で顔を覆う。
時間が必要だったのは軍人や民間人だけではない。ミスズにもまた落ちつくだけの時間が必要だった。