(仮題)坐して眺む 作:リコ
昏い、暗い、砂の底。
光や、何もかもが届かない世界で"彼女"は再び目を覚ました。
目を開けても何も見えることはなく、服や肌、眼球にすらまとわり付く砂がとても不快だ。
煩わしいそれを払いのけようとするも砂中で身体も満足に動かせず、止めどなく落ちくる砂をどかすことなどとても出来そうもない。
鬱陶しい。
彼女は未だ覚醒には頭で考える。
払っても払ってもなくならぬ砂をどかすにはどうすればよいか。
気も遠くなるような退屈な日々、それを考えるのが彼女の唯一の日課であった。
莫大な質量となって彼女を襲い続ける砂に、彼女一人で抗える手段はそう多くはない。
そしてその手段は全て実行済みであり、結果は彼女が今も砂の牢に捉えられていることからも明白だった。
しかし、と彼女は考える。
昨日までの自分と、今の自分では明確の差があることを彼女は理解していた。
その原因も、そして結果も。
昨日まで仮面に覆われ届くことのなかった砂が直接顔にまとわりついている不快感が、それを証明している。
ならばその力をどうやって使えばいいか?
その答えに彼女が行き着いた瞬間、彼女の元からモノトーンの空まで蒼き光柱が立ち上った。
「けほっ、ごほっ......酷い目にあった」
彼女は、砂埃の舞い上がる中から姿を現した。
戻らない気流に乱される髪を優しく押さえ、吹き荒ぶ風に目を細める。
久々に見た外の世界はしかし、ここに閉じ込められる前と何も変わっていなかった。
砂漠が見渡す限りに広がり、上を見上げれば漆黒の空に浮かぶ月だけが光となり辺りを照らしている。
"
虚ホロウのみが暮らす尸魂界あの世と現世この世の狭間。
白と黒のみで構成された世界は、ありとあらゆる生を拒絶しているように冷たく輝きを放つ。
「相も変わらず寂しい所だ」
しかしそれでも砂の底に寝転がっているよりよほど良い。
彼女は言葉とは裏腹に緩む頬を抑えきれずに笑った。
どちらかといえば端麗な容姿からは想像できない天真爛漫な笑顔は、それだけで場の空気をいくらか明るくさせているように感じられる。
しかしその笑みは、此方に殺気を向ける存在によって消え去った。
目を向ければ、仮面をつけた小さな動物が一匹。
"敵"と呼ぶには余りにも矮小な、吹けば消えてしまいそうな存在。
しかし彼女は驚きに大きく目を見開いた。
「......なるほど。"王"にここまで目をつけられるなんて光栄ですよ」
何処か皮肉めいた口調で呟くと、柔らかな動作で地面に降り立つ。
そして獣に向かって歩き出すが、獣はじりじりと後退すると反転し体躯に似合った素早さで走り出した。
追いついて殺すのは簡単だ。
しかしそれで何かが変わるとは思えない。殺されただけで隠蔽できる見張りなど、わざわざ置く意味もないのだから。
逃げゆく獣から目を外し、代わりに外套のように身に付けていたボロ布に手を掛ける。
「まぁ、いい。
ゆっくりとした手の動きと共にボロ布が引き裂かれてゆく。
下から現れたのは死覇装。それは、唯一死神のみが着ることを赦された服。
「せっかく
ボロ布を投げ捨て、服についた埃を払う。
徐に虚空に指を向ければ、空が割れ黒い空間が姿を現した。
"
虚が世界を行き来するのに使われるその空間は、本来死神が作り出すことなど出来ないはずのものだ。
それを彼女は、何の違和感なく作り出してみせる。
「さようなら常夜の空。さようなら白銀の砂漠。そしてさようなら、虚の同胞達。願わくば......」
暗黒へと足を踏み入れた彼女は、名残惜しむように後ろを振り返る。
「もう二度と、出会うことがないように」
瞬間、穴は閉じ辺りには再び静寂が訪れた。
そこに誰かがいた事を示すのは、まだ元の形へと戻ろうと流動している砂とボロ布のみ。
"彼女"が再び世界に放たれたことを知る者は今はまだ、居ない。