(仮題)坐して眺む   作:リコ

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久しぶり。

流魂街。

魂魄の大多数が住む尸魂界内の貧民街であり、尸魂界の大部分を占める生活区。

その中の古ぼけた小屋の中に彼女はいた。

 

「大分容姿が変わってる......」

 

白銀の髪に蒼空のような瞳。それが今の彼女の容姿だった。

かつての容姿と比べるに、それ以外に特に変わったところはない。

全身に入っていた大小の傷が、綺麗さっぱり無くなったくらいだろうか。

十一番隊ならば傷は勲章、などと言うだろうが彼女としては別に思うところはない。

肌はかつての白磁のような色を取り戻し、女性としてはむしろ嬉しく感じるくらいだ。

 

では、内面はどうだろう。

 

「......白露夕莉」

 

その音の響きに、思わずにこりとする。

名前も何も憶えていなかった彼女にあの子が付けてくれた、命よりも大切な名前。

それを覚えているだけでも充分だったが、更に幸いなことに記憶はほぼ抜け落ちてはいないようだった。

それなりに時間をかけて記憶を振り返り、

 

「さて、それじゃあ行きましょっか」

 

服を整え、白い手袋と同じく白いマフラーを身に付ける。

何があったのかはわからないが、瀞霊壁が降りていた。

それはつまり流魂街と瀞霊廷が隔絶されたことを意味しており、当初の予定だった通行証を奪う作戦は使えなくなってしまった。

門を通ろうにも門番が居るし、それ以外の場所は霊子を隔絶するためリスクを伴う。

全く、どこの誰だか知らないけれど面倒なことをしてくれた。

夕莉は小さくため息を吐く。

潜入するなら相手に気付かせず、騒ぎを出来るだけ起こさないのが基本だろうに。

まぁ、壁が降りた時点で侵入者は撃退されてしまっただろうけど。

唯一救いとなる点は、そのおかげで自分がここに現れたことが誰にもばれていないことくらいか。最もバレていたとしても何かはわからないだろうし、壁が降りた今では偵察が来ることもないだろう。

とりあえず入る方法については、壁の近くまで行ってから考えよう。

外に出て大体の位置を割り出せばどうやら白道門の近くに来ているらしい。

とりあえず門に、そう考え夕莉はのんびりとした足取りで歩き出した。

 

「......おかしいですね」

 

白道門に来た、そこまではよかった。でも肝心の門を守っているはずの存在がいない。

かわりに門には大きく傷が入り、辺りは地面が大きく盛り上がったり、凹んだりしている。

 

「まさか突破されたんですかねー」

 

そうならばその侵入者達はそれなりの実力者となる。

一度戦ってみたい、とそんなことを思いながら、夕莉は門の前までやってきた。

 

「まぁ、門番が居ないなら都合がいい。勝手に通らせてもらいますからね?」

 

目の前に聳え立つ門の大きさからすれば、夕莉は余りにも小さい。

それもそのはず。本来ここは、十尺はある巨大な門番によって守られており、彼らの力を持ってようやく扉を開けることができるのだから。

しかし夕莉は、まるで落としたものを拾うかのような気軽さで門の前にしゃがみこむと、縁に手をかけた。

 

「んしょっと」

 

どこか気の抜けるような声とともに、夕莉は腕に力を込める。

しかし剣も振れないような細腕に見える彼女がどう頑張ったところで莫大な質量を持つ門が上がる訳がない――――はずだった。

門はまるで軽石で出来ているかのような軽さで、夕莉の手によって持ち上げられてゆく。

簡単にあけられてしまった空間が人一人通れるくらいの高さになるまで、そう時間はかからなかった。

 

 

 

旅禍に備えて見回りをしていた死神達は、信じられないものを見たかのように停止していた。

既に瀞霊廷内への旅禍の侵入を許してしまっていたが、後から増援が来ないとも限らない。

そういった考えのもと門の近くを哨戒する命が下ったものの、その死神達は何処かで思っていた。

門を守っていた兕丹坊は旅禍によって斬られてしまったが、それは同時に門を上げることが出来る存在がいなくなってしまったことを意味する。

守る存在が消えることにより門は鉄壁と化す。二重の防衛システムによって瀞霊廷は守られていた。

瀞霊廷へ侵入した旅禍達ですらこれによって門を通れずに、別の方法をとったのだ。

つまり門は破られるはずがないのだ、と。

しかし今、門は宙へと身を投げ出し道を開いている。

一体どんな化物が来たというのか。

それぞれが斬魄刀を抜き、少しずつ明らかになる侵入者を注視する。

その姿は想像していた大きさよりかなり小さく、死神らしき格好で――そして全貌が明らかになった。

 

「......女?」

 

だれかのその声で、その場の指揮官である死神は我に返る。

外見など何の指標にもならない。現にあの侵入者は、今まで破られたことのないこの門を今もまだ持ち上げているのだから。

周りの死神と共に刀を構え、声を張り上げる。

 

「何者だ――っ!?」

 

そして、彼らの意識はそこで尽きた。

 

 

 

 

気絶させられた十数もの死神が倒れている中心に、夕莉は立っていた。

 

「思ったよりも少なかったですね」

 

侵入者が瀞霊廷に入ったとは思っていなかったが、この様子だともしかしたらあり得るかも知れない。

内心で感心しながら、なれた手付きで倒れた死神の隊証と斬魄刀"浅打"を奪う。

偶然か十番隊の隊証をとった夕莉はしばしそれを眺めた後、それぞれを身に付ける。

これでぱっと見た限りなら疑われることもないだろう。

あとは何処に向かうか、最終的な目的は決まっているが細かい予定までは決まっていない。

いっそその侵入者達を見てみるのもいいかもしれない。

そんなことを考えていると、突如霊圧の膨れ上がりを感じた。

 

「......ふむ」

 

身に覚えのある霊圧だ。

彼が動いたということは、侵入者と交戦している可能性が高い。

昔のよしみで、協力してみるのもいいかもしれない。

それに自分が生きているとしった時の彼の反応も楽しみでもある。

迷惑極まりない思考だが、夕莉は気にした様子もなくそちらの方向へと姿を消した。

 

 

 

 

その空間は、異様な雰囲気に満ちていた。

空間を作り出している片割れは右腕に異形の何かをつけた大きな体躯の青年。

もう片方は隊長羽織の上に女物の着物を羽織った軽薄そうな笑みを浮かべた男。

その瞳だけは欠片も笑ってはおらず、地に膝をつく少年を眺めている。

 

「ルキアちゃんを助ける為に?君達が出会ってまだ数ヶ月だろう。命を掛けるに足るとは思えないね」

 

誰の目から見ても形勢は明らか。しかし、青年は悲鳴をあげる身体で再び立ち上がった。

 

「確かに、俺は彼女のことは何も知らない。命をかけるには少しばかり足りないかもしれない――――だが、一護が助けたがっている」

 

しっかり大地を踏みしめ、青年は口の箸に笑みすら浮かべてみせる。

 

「充分だ。俺が命をかけるのに、それ以上の理由は必要ない」

「......まいったね」

 

男は傘で顔を隠し、呟く。

その下でどんな表情をしているか伺い知ることは出来ない。

しかし傘を押しあげた時、その表情には再び笑みが浮かんでいた。

 

「そこまでの覚悟があるなら......仕方ない」

 

腕を交差するように二本の柄に触れ、そのまま引き出す。

長さの違う二本の刀が、天からの光を受け鈍く輝いた。

 

「そいじゃ一つ、命を貰っておくとしましょうか」

 

瞬間、青年は勢いよく走り出す。

異形の右腕に力を集め、持てる最高の速度を持って男に肉薄する。

常人ならば気絶してもおかしくないような圧。それでも男は表情を変えなかった。

青年が刀の間合いに入った瞬間、目に映らないほどの速度で刀を振るうと同時に位置を入れ替える。

神速の太刀筋によって斬られた青年は致命傷を負いその場に倒れる――はずだった。

 

「......なに?」

「ぐうっ......!」

 

確かに狙った通りの位置に傷の入った青年は、胸から血を流し倒れるように膝をつく。

しかしその傷は考えていたよりもずっと浅く、事実青年は意識を失っていなかった。

 

原因は分かっている。

刀を振るうときに両手にあたった小さな小石。

勿論、隊長を任されている男が風に舞った小石程度で太刀筋を鈍らせるはずがない。

それが、妨害という明確な意図を持って投げ込まれた小石でもない限りは。

 

「......誰だい?僕達の決闘を邪魔した無粋な輩は」

 

小石がどこから投げ込まれたかは当たり方で分かっている。

振り返ると介入者は、存在を隠そうともせずにその場に立っていた。

 

「京楽くんの口からそんな言葉が出るなんて。勝利の為なら手段を選ばない君が」

 

振り向いた男の高さに合わせるように、夕莉は瓦から降り立つ。

それは丁度男と青年の間、青年を守るような立ち位置となっていた。

 

「何者ですか!」

 

男――八番隊隊長京楽春水を守るように、ひとりの女性が現れる。

気の強そうな瞳にメタリックフレームの眼鏡。そして肩には副隊長を示す証。

 

「なるほど、今は君が副隊長なんですね。リサちゃんは......やはりあの時、死にましたか」

 

独り言のように呟いた言葉が京楽の耳に届いた時、彼の口元に浮かんでいる笑みが一瞬固まった。

 

「今は京楽くんとお話したいんです。申し訳ないですが君は......」

「七緒ちゃん!」

 

瞬間、京楽は勢い良く彼女を引っ張った。

女性が驚きの声を上げるよりも早く、地面から突き出した刀が先程まで彼女がいた空間を貫く。

 

「あれ、外れちゃいましたか」

 

そんな言葉とともに刀は京楽によって、半分ほと残して折られた。

京楽は七緒を守るように立ち、夕莉と対峙する。

 

「可愛い割に随分とえげつないことをするじゃないか」

「ちゃんと急所は外したよ。流石の私も京楽くんの部下を殺すのは躊躇います」

 

"京楽くん"と、自分のことを呼ぶ人間を京楽は一人しか知らない。

しかし彼女は110年前に死んだはずだ。他ならぬ京楽自身もその最後を見ていたのだから間違いはない。

だが、目の前の女はいくつかの違いを除けば非常に彼女に似ていた。

 

「立てますか?」

「ぐっ......あぁ。だが、どうして貴方は俺を......」

「格好良かったから、ですかね。とりあえず一旦逃げましょうか」

 

まるで京楽のことなど忘れてしまったかのように、背を向け青年を助け起こす女。

攻撃するなら絶好の機会だが、もし京楽の知る"彼女"だった場合それは全くの見当違いとなる。

だが隊長の名にかけて、旅禍二人をみすみす取り逃がすわけには行かない。

瞬歩で女の真後ろに現れた京楽は、女がどんな行動を起こすよりも早く刀を振るう。

大抵の死神なら簡単に両断してしまうであろうその一撃は、しかし途中で止まっていた。

 

「京楽くんが相変わらずで安心したよ」

 

刀は、添えるように上げられた夕莉の手によって受け止められていた。

力を入れているようには見えないが、刀はそれ以上は少しも夕莉に近づくことはできない。

そして夕莉のもう片方の手は、腰の斬魄刀へと当てられていた。

硬直する戦況。それを破ったのは、七緒の切迫した一声だった。

 

「隊長!一級厳令です!」

 

瞬間、二人は弾かれるようにして夕莉は青年の元へ、京楽は七緒の元へと滑るように着地する。

一級厳令とは隊長二人以上の連名によって発される最上位に位置する報告であり、よほどのことがない限り発せられることはない。

 

「なんだい?」

 

七緒はちらりと夕莉の方を向くが、京楽の無言の促しによって口を開いた。

 

「愛染隊長が......お亡くなりになられました......!」

「――――!」

 

ぴくりと、夕莉の肩が動く。

 

「......なるほど」

 

それがどういう意味を込められた言葉なのか、知る者は本人を除いてほかにはいない。

夕莉は青年を抱えると、京楽達の方を向き直った。

 

「申し訳ないですが、諸用が出来たので失礼します」

「......逃すと思うかい?」

 

京楽は軽く刀を振って見せ、七緒は気道の光を手に宿し横に並び立った。

 

「京楽くんが追いかけっこで私に勝ったことなんてありましたっけ?」

 

夕莉は悪戯っぽく笑うと、一歩下がる。

突然、油断なく構える二人と夕莉との間に壁が突き上がった。

 

「チッ......!」

 

飛び出した京楽により壁が両断される僅かな間に、夕莉は姿を消していた。

 

「......やられたねぇ」

「隊長、今の旅禍は?」

 

七緒の声に、京楽は傘で自分の顔を隠す。

やがて発せられた声は、苦渋に満ち溢れていた。

 

「ごめん、七緒ちゃん。まだ話せない」

「......わかりました」

 

普段と異なる京楽の様子に、七緒は追求をせず下がる。

傘を上げた京楽は先程よりかはいくらか表情も緩み、普段の調子に戻りつつあった。

 

「僕は一旦山じいの所に行く。それが終わったら必ず話すから」

「わかりました。私は引き続き先程の旅禍の追跡を行います」

 

七緒は暫しその場から消え去った隊長、そして乱入者を思案する。

少なくともあの死神をこの護廷十三隊で見たことはない。

しかし彼女は隊長に親しい様子で接し、隊長も彼女を知っている様子だった。

そしてあの瞬歩。

男一人を連れながら霊圧の探知範囲から一瞬で外れ、その後霊圧を完全に絶っている。少なくとも並みの死神には出来ない芸当だ。

ならば彼女の正体は?

そこまで考えて七緒は思考を打ち切った。

今は彼女の正体より、彼女の行方を知ることが優先だ。

一先ずは隊舎に戻り、捜索体制を整えなくては。

七緒は瞬歩を使い、その場から姿を消した。

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