泊地物語   作:まるあ

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着任

 陽炎型駆逐艦十八番艦、舞風は中部海域にある島嶼群の中心にある、ある泊地へと向かっていた。

 艦娘と呼ばれる特異な存在である彼女は、就役して以来、栄えある第一航空艦隊に所属していた。親友であった野分と離れ離れであったこともあり、あまり面白くない日々であったことは確かであるが、しかしだからといって主力艦隊である第一航空艦隊から泊地防衛の命令が下されるのは左遷ともいえよう。

 もっとも、舞風自身はそこまで気にしていなかった。彼女は栄達だの左遷だのといったことを真面目に考えるたちではないし、主力艦隊の一員として各所に引っ張りだこなことよりも、暖かい地域でのんびり過ごせた方がいいと思うからである。

 泊地防衛の艦隊と言っても、れっきとした連合艦隊司令部直属の第四艦隊である。一部の艦娘が噂しているような、護衛艦隊司令部の創設とそこへの移籍とは異なるのである。

 多くの―特に駆逐艦娘は護衛艦隊司令部の創設に内心反対していた。なぜならば、彼女たちがその中核を担うことが予想されたし、多くの艦娘は海上決戦こそ栄えある任務であると考えているからであった。もっとも、舞風は海上決戦であろうがネズミ輸送であろうが船団護衛であろうが戦争遂行のために必要であれば従事すべきなんだろうな、くらいには思っていたが。

 戦争は総力戦(トータルウォー)の時代に突入しているのである。いつまでも日本海の栄光を引きずるわけにはいかないのだ。

「ついたー」

 さびれた桟橋に足をかけた舞風は浜辺に一人の少女が立っているのに気づいた。

「舞風!」

 その少女はそわそわとしていたが、舞風の姿を認めるや否や駆け寄ってくる。

「野分じゃん!おひさー!」

 舞風は駆け寄ってきた野分の腕の中に飛び込んだ。久しぶりの感触に、思わず頬をほころばせる。

 陽炎型十五番艦、野分は舞風の姉にあたると同時に無二の親友であった。同僚として共に大海原を駆け回り、二人で多くの敵を打ち破ってきたものである。

「さ、行こう。司令がお待ちだよ。まずは艤装を置かなきゃいけないし」

 野分は舞風の手をつかんで引っ張る。

「行くよ。でも、野分が同じ艦隊に所属していて嬉しいよっ。すごい偶然だねっ」

 偶然、という単語に野分は微妙な顔をして、だが慌ててにこやかな表情を作りなおした。

「…そうだね」

 野分の表情と口調に、舞風は疑問を抱いたが、あまり深く考えないようにした。

 

 司令室に通された舞風は、見慣れた顔が執務室に座っていることに気付いた。

「あれ…、陽炎姉?」

 敬礼も忘れて思わずつぶやいた舞風に、陽炎は不機嫌そうに頷いた。そして、忌々しそうに、机上の制帽をかぶると、

「第四艦隊司令長官代理兼第四艦隊旗艦、陽炎型一番艦、陽炎よ。陽炎型第十八番艦、舞風、あなたの着任を当艦隊は歓迎するわ」

「…ほんとの司令は?」

「いないの」

 陽炎は忌々しそうに、そしてはき捨てるように言った。

「…え?」

 思わず舞風は野分の顔を見る。野分は気まずそうな顔をして首を横に振った。

 陽炎は制帽を手に取ると、一瞬机に叩きつけるような動作をしたが、さすがに思いとどまってゆっくりと机の上に置いた。

「ここはね、大本営から忘れ去られた場所。私たちが守るべき、そして私たちを使うべき『人間』は誰もいないの」

 本来、艦娘を指揮する軍人がいなければならない。また、それを補佐する参謀にも人間がいることが多い。艦隊司令部レベルであったら、人間の軍人が複数人いなければならない決まりであった。

「…マジで?」

「マジマジ。大マジ」

 舞風はがくっと肩を落とした。

「そんなー。かっこいいオジサマ提督と踊りたかったのにー」

「ま、いいじゃない」

 軽くため息をつきながら、陽炎は席を立った。

「堅苦しい司令長官業務もこれでおしまい。今度は旗艦として他の子たちを紹介するわ」

 今の挨拶のどこに堅苦しい要素があったのだろう、と舞風は思ったがそれは腹のうちにしまっておくことにした。

「のわきー、今他の子たちはどこにいると思う?」

「みんな釣りじゃないでしょうか」

「あー、なるほどね」

 戦争を遂行することが期待されている、艦隊と言う大きな単位に属している艦娘たちがそろいもそろって釣りというのは、舞風は今まで聞いたことがなかった。

「あー、大丈夫よ、舞風。本国からちゃんと配給は届くわ。娯楽よ娯楽。他に娯楽なんてないもの」

 第一艦隊に属していた駆逐艦響が洋上で鱈を釣って怒られた話を思い起こしつつ、舞風は長姉のだるそうな声を聞いていた。

 

 この島一番の釣りスポットというところに来てみると、四人の少女が並んでコンクリートに腰をおろし、足をぶらぶらさせていた。

 うち二人は果たして本当に釣りざおを手に握っているし、一人は何をするでもなくぼーっと水平線を眺めている。その脇には釣りざおが置いてあった。最後の一人はスケッチブックを手にそんな三人のことを絵に描いているようだった。

「…紹介するまでもないわね。この子たちが第四艦隊所属の艦娘よ」

 陽炎に言われるまでもなく、舞風は彼女たち四人のことを知っていた。

「久しぶりですね、舞風。一応第四艦隊参謀長代理を拝命している不知火です」

 陽炎型二番艦、不知火は釣竿を握ったまま言う。

「ご苦労さんやったなぁ。本土からここまで遠かったやろ?」

 笑いながらそう言うのは陽炎型三番艦、黒潮である。

「元気そうでなによりです」

 そう言うのは陽炎型八番艦、雪風。

「舞ちゃん、これからよろしくな」

 鉛筆を止めてにかっと笑ったのは陽炎型十九番艦、秋雲であった。

「良かったー、みんな知り合いで~」

 にこにこ笑っていた舞風だが、ふと、表情を曇らせる。

「…あれ?これで全員?」

「そうよ」

 陽炎は頷く。

「ここは第四艦隊だよね?」

「そうね。名称が変わるという話は聞いてないわ」

「なんで駆逐艦しかいないの?」

 通常、艦隊レベルの単位になれば巡洋艦、戦艦といった艦種がいるはずである。駆逐艦だけで構成された艦隊など聞いたことはない。それは駆逐隊と呼ばれる単位になるのだ。

「昔は巡洋艦とかもいたわよ。言ったでしょ。ここは大本営に忘れ去られた場所。表面は第四艦隊なんて勇ましく名乗ってるけど、主力戦力なんていないわよ」

 だからここで釣りしてるんじゃない、と陽炎は言う。

「ところで釣れた?」

 陽炎の問いに、不知火と黒潮は首を横に振る。

「ボウズですよ」

「ひどいんですよ、不知火さんと黒潮さん、自分たちが釣れないからって雪風に竿を握らせてくれないんです」

「自分が釣竿握ったらそこらじゅうの魚を釣りまくるやんか、この奇跡の駆逐艦」

「でも今も釣れないじゃないですか」

「二時間釣れなかったとしてもこの次の瞬間釣れるかもしれません」

 不知火がしかつめらしく言い返したところで、舞風はとんでもない部署に配属されてしまったことに気がついた。

 

 舞風に与えられた部屋は野分と同室のものであった。二人で暮らすにはやや手狭な気がしないでもないが、二段ベッドが備え付けられているほか、並んで机が二つある。それに、テレビが置いてある。本土では絶対にあり得ない。本土においては、特に数の多い駆逐艦娘の部屋にはテレビなどは置いていなく、共有スペースに行ってみるしかなかったものである。

「娯楽がほとんどないからね、この島。だからテレビもあるし寮の中にパソコン室もあれば図書室もあるよ。月に一度欲しい本を発注するからその時に陽炎姉さんに言えば頼んでもらえるよ」

「至れりつくせりだなぁ」

 大本営に忘れ去られた、と陽炎は称した第四艦隊であるが、離島を根拠地にする部隊としては破格の待遇である。大本営に忘れ去られたどころの話ではない。

 野分は何の気なしにテレビをつけた。時代劇をやっているようで、ちょんまげを結った着物姿の男が何人もの男と斬り結んでいる。

「平和になったもんだねー」

 舞風は自分が生まれたころのことを思い出しながら言った。あの頃はと言うと、戦争に関係あるニュースか、もしくは国威発揚のためのプロパガンダくらいしかテレビに映らなかったものである。

 余裕ができたのである。総力戦(トータルウォ―)と言ったところで元々この戦争は限定条件がかなり強い。急速に作り上げた戦時体制も、頃合いを見計らい徐々に解除するだけの余裕が出てきてしまうのである。

 好むと好まざると。

「舞風は今までどこにいたんだっけ?」

「第一航空艦隊第十戦隊所属だよ。航空母艦の護衛艦として引っ張りだこだったの」

「ああ、第四水雷戦隊から転属してたんだ」

 かつて野分は舞風と共に第四水雷戦隊に所属していたことがあった。

「第四水雷戦隊って第二艦隊所属じゃん?あそこわりときついから代えてもらったの」

 第二艦隊は第一艦隊と共に連合艦隊の中核を担う主力部隊である。他の艦隊が主に戦時に編成される臨時部隊の側面が強いのに対し、第一艦隊と第二艦隊は常設艦隊として連合艦隊を構成していた。連合艦隊司令部が虎の子である第一艦隊を出し惜しみする傾向があることも相まって、最も出撃率が高く、それゆえに最精鋭が集められるのが第二艦隊であった。陽炎型は駆逐艦娘の中でもスペックが高く、それゆえに第二艦隊に編入されることも多い。

 とはいえ、それだけに所属する艦娘の疲労も激しい。そのため、特に駆逐艦娘は頻繁に入れ替えられることでも有名であった。

「どちらにせよわりときつそうな配属だったんだね…。ここじゃ出撃もまぁほとんどないからゆっくり休むといいよ」

「出撃がないの?」

 舞風は驚いた。いくら戦況がこちらに有利である今の状況でも、陽炎型を遊ばせておくだけの余裕が連合艦隊にあるとは思えなかった。

「近海に敵が近付いてきた時にはさすがに殲滅に向かうけど、それくらい」

「へぇ…」

 驚いたとはいえ、戦わないで済むならばそれに越したことはない、と舞風は思い直した。もともと、戦うよりは踊ることが好きな性分である。求められれば勤勉にもなるが、自発的に勤勉になる様な殊勝な心がけなどあいにくと持ち合わせていない。

「そういえばさ、野分」

「なに?」

「なんでこの泊地には提督がいないの?第四艦隊司令長官はだれ?」

「何から説明すればいいのかな…」

 野分は苦笑したようであった。

「まず、我が誇りある第四艦隊に司令長官は存在しない。書類上もね」

「ふぇっ?」

「一年前までいたんだけど、その人が転属して以来、秘書艦だった陽炎姉さんが第四艦隊司令長官代理という、実質的に司令長官職を担っているの」

「へー、大本営も何考えているのかわかんないねー」

「規定上艦娘は司令長官職に就けない。だから苦し紛れに代理をつけたみたい」

令外官(りょうげのかん)ってやつだね!」

「まぁその認識でいいのかな…?」

 野分は首をひねったが、あまり本題にも関係ないと考えたのであろう、すぐに説明を再開した。

「姉さんが司令長官代理に任命されてから一カ月以内に巡洋艦は他に転属となったの。もとから戦艦だの空母だのはいない艦隊だったしね」

「だから駆逐艦しかいないのか」

 第四艦隊の任務は艦隊決戦ではなく、主に中部海域の島嶼群の海上交通の防衛や根拠地の警備である。そもそも強力な敵部隊と戦闘することが想定されていない部隊であった。そのため、控え目に言っても戦力は大きくない。ただし、中部海域で大規模な作戦があるときは臨時に主力艦やその護衛等が編入されて大きな部隊となる。例えば、航空母艦翔鶴、瑞鶴、翔鳳やその護衛艦が臨時編入された時が最も大所帯であっただろう。

「そう。最近こっちの方の敵の動きも減ってきたし、めっきり暇なわけ」

「ふぅん。じゃあさ、何で陽炎型ばっかいるの?陽炎型ってそんなに使いにくい艦だっけ?」

「それこそ大本営じゃないと分からないんじゃないかな。少なくとも私には分からないし多分陽炎姉さんにも分かんないと思う」

 数と質に充実した陽炎型はかなり重宝された存在であったはずである。それが、このような僻地で暇をつぶすことばかり考えさせられている現状には納得がいかないものがあった。

 しかし、舞風がいくら考えたところで、あるいはいくら野分に聞いたところで仕方ないことである。舞風は深く考えないことにした。

「んー、じゃあ野分、踊ろうか!」

「…え?」

「長旅疲れたし、良くわかんないところに配属されちゃったからとりあえずおどろ?」

「疲れたんなら早く寝なよ」

「えー」

 舞風は口を尖らせたが、野分は一緒に踊ってくれそうにない。

「…仕方ないなぁ」

「んじゃ、とりあえずお風呂入ろう。案内するから支度してー」

「はーい」

 舞風は支給品の下着と寝まきをあさり始めた。

 

 

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