さてさて、今の状況をなんと言えば良いのだろうか。いや、まぁ、確かにどこかの集落ではそういう風習があると聞いたことはあるが、しかし、それを目の当たりにすると動揺というものは起こるのだ。
生贄なんて非常識的なことを――、と言えば、まぁ、神の力を得ることが出来る島なんてものも冷静に考えてみれば非常識なことなのだから、あまり深く言及は出来ない。
しかし、そんな生贄で死んだ姉妹二人よりも驚いたのはもう一人の方なのだ。
「ははははっ! 最高最高最高ッ!! ねぇ、私も、私も一緒に喰らってよ! ねぇ、そのでかい口で、私をすり潰して、ぐちゃぐちゃにしてよッ!!」
そう言って、最後から二人目に船に乗った少女も船から飛び降りたのだ。
しかし、姉妹がその禍々しい口の中に入った時点で魔物は消えてしまっている。
少女の笑い声は狂気的で、死を躊躇わないような口調だった。それでも、そこはただの海。冷たいだけの、ただの海なのだ。
「あの人、死に取り憑かれているね。死にたくて死にたくて仕方がない。まぁ、そんな人からすれば、あの魔物――『世界の欠穴』は憧憬の対象になるだろうね。ふふっ、でもまぁ、それも人間らしいか」
ぼそっと、そんなことを最後の客が呟く。
「お前、何を知っているんだ!?」
彼の知ったような口調が気になった。何十年と小さな島と大きな島と移動し続けたこの俺が知らない魔物の名前を、どうして彼は知っているのだろうか。
「僕は全知全能だ。正確には、僕と同じ構成をしている人間が全知全能で、それの巻き添えになっただけなんだけどね。どうしようか、船長役さん。あの女の子助けた方がいい?」
船長役、という言葉に何か引っ掛かりを覚えたが、しかし、俺はあくまでも船長なのだ。この定期船を小さな島へと運ばなければならないのだ。
「助けた方がいいに決まっているだろうが!」
「そうか。よかった。じゃあ、助けようか」
そう言って、それと同時に気を失った少女が何かの見えない力によって引き上げられる。
「……ほら、助けたよ」
「お、おう……。そうか」
戸惑う。確かに助けているが、そうなると疑問が思い浮かぶ。一体、どうやってそんなことをしているのだろうか。
「僕は全知全能だからね。ほら、起きなよ、死にたがりの少女ちゃん」
「ん、んぅ……、あれ……? どうして? どうして私は生きているの?」
「僕が助けたんだ。あれ? もしかして迷惑だった?」
「ええ、迷惑だったわよ。どうして見殺しにしてくれなかったのよ! 殺してくれなかったのよ!」
「そうか。ねぇ、船長役さん、これから僕はどうしたらいい?」
「どう、って……、何が、だよ」
「いやいや、常識的な判断をした船長役さんだけれども、どうやらこの少女は死にたかったようだ。彼女の意思を尊重して、僕は彼女を殺してもいいんだ。だけれど、それはやはり倫理的にはいけないことなんでしょう? だけど、彼女の意思を無視して生かすのもそれはそれで酷いことなんじゃないのかな? ねぇ、死にたがりちゃん、このまま生きるよりも、僕に殺されてしまった方が幸せなんでしょう?」
「殺してくれるの? なら殺して! 今すぐ殺して! 早く、ほら、なるべく酷く酷い手段で、私を殺して! ほら、ほら、ほら、早くッ! 早くっ!」
「って言ってるけど、どうしよう。船長役さんが決めてよ」
「っ」
この少年は、恐らく常識という概念がない。ただひたすらに、どちらの希望を叶えるべきなのかを考えているだけだ。どちらの願いを叶えれば誰もが幸せになれるのかを考えているのだ。
少女は死にたい。その為に、海に飛び込むほど、死を望んでいる。ならばそれを叶えるのが相合わせなのではないかと思う。しかし、目の前で三人も人が死ぬ場所を見たくないという俺自身の願いもある。
ああ、一体どうすれば良いのだろうか。分からない分からない分からない。
「分からないか。そっか。じゃあ、こうしようか。ねぇ、死にたがりちゃん。もし、死ぬとして、例えば、死ではなくて存在の消失、なんて消え方ならば君はとても満足できるかい?」
「存在の消失!? それって、私が生きていたっていう事実が消されるってこと!? 誰も私の存在を知らない世界になるって、そういうこと!?」
「うん。そうだよ。君はこの世に何も刻めずに消える。死ではなく、消える。それは君を満足させるかい?」
「ええ、出来るわ。そうして、そうして、お願いっ!」
「やめろ! そんなこと――!」
遅かった。
目の前で彼女が消えていく。
……彼女? 一体、何のことだ。消えていく。何がだ。この船は七人のりで、だけれど六人しかいなくて、姉妹が死んだ。それだけだ。他にも誰もいないし何もない。俺は一体何を焦っていたんだ。
「さて、船長役さん。早く、小さな島へ言ってよ。ほら、早く」
「……あ、ああ、分かった」
「ほら、早く。今のところたった一人しか辿り着いたことのないはずの島と人々が住む島を行き来するこの船で、早くあの島へ行ってよ」
「分かっている」
波を相手に海を進んでいく船は見ていると面白いなと思います。