「……やっと、人間になってくれたね。兄さん」
「――ッ、人間ってのは、こんなに不便だったか」
ようやく兄さんは、僕と同じ場所に、人間として、僕の兄としての立場に立って、話してくれた。
よかった。これでようやく僕は安心出来る。
「兄さん。百年前、兄さんは僕の為に、神になったんだよね。神になって、この世界を変えようとした」
「…………」
「だけど、神の力に飲まれてしまった。そりゃ、そうだよね。神の力は神にしか使いこなせない。結局兄さんは、半分神半分人間という未完成で中途半端な形で存在することによって、自らが崩壊するのを逃れた。そうして、中途半端だからこそ、神の傲慢さと人間の傲慢さが相成った、正しく間違った存在が生まれた。それが、これまでの兄さんだ。嘘吐きであり、神であり、人間だった」
中途半端だったからこそ、人間を止めることも、神を止めることも、可能だった。
僕はそれを突いたのだ。
「……ねぇ、兄さん。兄さんは僕を守ろうとしてくれたんだよね。神の力を、絶対の強さを手にして、そうして僕に訪れる不平等や不公平をなくしてくれたんだよね」
「そう、だ。そうでもしないと、俺はお前を守れなかった」
「……大袈裟だよ。たかが虐待とたかがイジメだよ。それまでだって兄さんは僕を守ってくれたじゃん。それだけでよかったのに」
「守りきれなかっただろ、弟。俺はお前を守れなかった。だから力が欲しかったんだ。どんなことがあっても守り切れる力を」
「いらないよ。そんな力は、そんな強さは僕にはいらない。僕はただ、兄さんがいてくれたらよかったんだ。それだけで僕の生きる力になった。兄さんの存在は、とても心強かったんだ」
「だけどッ!」
「別に怪我したってよかったんだ。怪我なんて放っておけば治るよ。死にはしない。それなのに兄さんはいっつも、僕の話も誰の話も聞かないで一人で突っ走ってさ」
「そんな、こと」
「よかったんだ。いいんだ、兄さんはもういいんだ。もう頑張らなくてもいいんだよ」
「兄さんはもう神にならなくてもいいんだよ。人間も、もう終えていいんだ。僕らはもう終わりなんだ」
兄さんが神になったのはつい百年前のことだ。不老不死の効力はあとすこししか続かない。百年という時の経過に人間となった肉体が耐えられずに腐敗が徐々に訪れている。
「最後に、分かりあえてよかったよ、兄さん」
「……ああ、そうだな」
体が朽ちていく。朽ちて灰になって消えていく。砂のようになって消えていく。
「最後に、あの子に幸せをあげようか。彼女が、多分この世界で一番幸せだ。だから、彼女には最大級の幸せを与えよう」
祇園精舎の鐘の声、諸行無常の響きあり、沙羅双樹の花の色、盛者必衰の理をあらわす、おごれる人も久しからず、ただ春の世の夢のごとし、たけき者も遂には滅びぬ、偏に風の前の塵に同じ。
祇園精舎の金の音は「永久不変なものなどこの世には存在しない、してはいけない」と言っているように聞こえる。沙羅双樹の花は栄えている者は必ず落ちぶれるという意味を表している。思い上がったふるまいをする者は長くは続かない。それは春の夜に見る
夢のようである。荒々しい強者もいずれは滅びしてしまう。それは風に吹かれて散っていく塵と同じなのだ。
強者はいずれ更なる強者によって敗れる。
神の力を持つ人間でさえ、人間によって負けてしまう。
強き者とはつまり、いずれ敗れる者のことだ。だからこそ強き者は更なる強さを求める。敗れない為に。
しかしそれでも次なる強者は現れる。
それはそういう運命であり、定であり、理である。
神の力を持つ人間が定めた理よりもはるかに強固で強硬で恒久的な、世界の、自然の摂理という定めである。
そしてそれは遠い昔、天変地異が起こり、幾つもの大陸だった地球が巨大な大きな島とそれの残りカスが集まった小さな島に分かたれる前、小さな島の大部分を占める八百万の神を信仰した『日本』という島の更に大昔に、ただの人間が見出した究極論である。
強者とは単純に力が強いだけでも知識があるだけではなく。
あらゆる能力において優れていても、驕れることなく、傲慢になることなく、強者である自覚を持ちつつ、それに溺れない人間なのだ。
そしてそんな人間はこの世に存在しない。
だから、どれだけ聞こえのいい戯れ言を述べても全て等しく不正解である。よって、どれだけ聞こえのいい戯れ言を述べたとしても述べなかったとしても、同じである。
強さなんて価値観の違いによって変わります。だけれども、強さは強さです。