私の歌には少し特別な力があるらしい。怪我や病気を癒やし、草花や動物に生命力を付与する。そんな力があるらしい。
いや、少し違うか。私の家系にそういう力が遺伝的な割合で受け継がれていくのだ。
だから私は歌う。歌は人に力を与える、なんていう綺麗事を私は体現してしまっている。その責任を私は背負って生きていかなければならない。そういう宿命を私は、生まれてからずっと背負っているのだ。
歌うと言っても、実のところまともに歌う必要はない。ハミングでもいいし、息を使う関連の楽器を使っても良い。要は私の口から、音を紡ぎだすことでその力は効果を示すのだ。だから悲鳴といった、ある種のノイズにも、そういう効果が現れる。しかし、その音が綺麗であれば綺麗であるほど歌の力は強く純度の高いものとして現れる。
歌の力を持つ者は、やはり歌は得意で絶対音感を持っている。遺伝的に受け継がれるのだから、その遺伝にそういうものがあるのかもしれない。それとも単純に環境のせいなのだろうか。いや、せいではないな、環境のおかげだ。おかげさまだ。
歌の英才教育というか、力の運用方法とかを私は同じ力を持った家族からみっちりと教えこまれた。おかげで私も十分にその力を使うことが出来るようになった。
だけども私はそれがどうしようもなく嫌だった。
嫌で嫌で嫌だった。何が嫌なのかと言えば、まるで私の価値がその力だけかのように扱われてきたことだ。私を見れば人々は「◯◯の為に歌を歌ってください」だの、「◯◯を救ってください」だのと言うのだ。歌だけ、歌だけ、歌を歌うだけだ。確かに私の力は誰かを助ける力があるけれど、誰かを救う力はあるけれど、それに頼り切るのはどうなのかと、そんなことを言ってみれば、「私達にはしてくれないのか!」などと怒られてしまった。歌を歌うだけの私にはそれ以外の世迷い事を謳ってはいけないらしい。
「あ、丁度よかった。すいません、この人を助けてくれませんか?」
森の方から、ゆっくりとした、まるでわざと足を遅らせているような足取りで歩いてきた少女は、挨拶もなくそんなことを言った。ああ、またこういう系の人か、と思うが、しかし見せられた人を見て、絶句する。
目を潰され、両足を切り落とされた青年。そんな状態の人間を助けてくれと、彼女は普通に言ったのだ。
流石に目や足を治したりは出来ないが、それでも生命維持に必要な生命力を与えるくらいは大丈夫だろう。少し、時間は掛かるが青年を助けることくらいなら出来るだろう。
「……分かりました」
正直初めてだ。ここまでの大怪我を負った人に私の力を使うのは初めてだ。
歌う。歌詞もメロディもない、ただのハミング。それを周囲の音に反響させて、風を作る。風が木々を揺らし、彼の周囲を包み込むようにして、流れを生み出す。
どの空間にも、言わば魔法のような力がある。私はそれを拝借し、そして任意の相手にその魔法のような力を送り込む。そうすれば生物は勝手に生命力に変換してくれるのだ。そして魔法のような力のリソースを補填する代わりとして私は、歌を歌い、その魔法のような力の元のようなもので満たすのだ。
そしてまた私や私と同じく歌の力を持つ人間が歌を使って生命力を付与する。
そういう循環の役目を私は背負っているのだ。
彼の目や足の方に魔法のような力を送り込む。予想通り、再生することはなかったが、それでも出血は止まり、生命の危機は過ぎ去った。
「ありがとうございます。助かりました」
「……いえ、これが私の役目なので」
ぼそっと呟く。
そうだ、これが私の役目なのだ。これだけが私の役目で、コレ以外は私の役目ではない。
「えっと、歌姫さん。私はあなたの事情を何も知りませんし、知ろうとも思いません。ですけれど、これだけは言わせてください」
「……なんでしょうか?」
珍しい。まさか私にお小言を言う人間がいるなんて。他の人間は私を神聖な人間のように扱うのだ。そして自分の利益を求める。そして利益がなかったならヒステリーを起こして糾弾する。所詮私は、たかだか特別な歌の力を得ただけの人間。そういう時に限って、人々はそこを突いてくるのだ。
「私は、今のあなたが大嫌いです。あなたの、歌の力しか自分にはないのかと、そんなことを思い続けて歌うあなたの姿が嫌いです。その歌は多分、本来の力を発揮しないのだと思います。歌の力しかないと思っていないのなら、あなたは行動してください。もっと素直に、正直に動いてください。そうすれば多分、私はあなたを好きになれます」
「……ッ」
「それでは謳わず歌う歌姫様。あなたのご活躍を、耳に挟めることを心待ちにしています」
「…………」
彼女の言葉に私は立ち尽くした。
彼女は私のことを何も知らないと言った。ならば彼女は、私の歌や立ち振る舞いを聞いて、私の思いを理解したとでも言うのだろうか。
歌にはそんな力もあるのだろうか。誰かに思いを伝える、そんな力もあるのだと言うのだろうか。
「……そうか。謳えないのならば歌えばいいのか」
私が言葉として私の正義や善を謳えないのならば、それを歌えばいい。
生命力を付与する、なんて力ではなく、単純な歌としての力。思いや想いを伝える、そんな、本当の歌の力を使えばいい。
私の歌だけではなく、世界中、どんな人の歌も、下手をすれば機械が歌い上げる歌にすら存在する、本来の、元来の、歌の力を使えばいい。
私の歌の力ではなく、歌が持つ、歌だけの、歌の力を、使えばいい。
歌の力を、私は誰よりも知っているはずなのだ。
「……ありがとう」
歌を歌うのは楽しい。音痴でも下手でも、それは一緒なのだ。ただ、歌が上手であればそれはもっと楽しい。そして私は、その上手い人の一人だ。
ならば楽しもう。歌を歌う人生を。歌を歌い謳わない、そんな人生を。
そういえば最近、いつも一番前で私の歌を聞いてくれている人がいたな。その人なら、もしかしたら私の変化を気付いてくれるのかもしれない。
歌を歌うのは楽しいですが、音痴はちょっとつらいですよね。まぁ、謳い文句は楽しければいいじゃない、で行きましょう。