劣化品の物語   作:鎌鼬

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劣化品

 

「……ただいま」

 

 

夜の十時、すでに寝ているであろう家族を起こさない様に静かにそう言って織斑家の長女である千冬はドアを開けた。友人である篠ノ之束の家を訪ね、そのまま夕食をご馳走になってしまったのだ。遅い時間だからと束は泊まるように言っていたが千冬は弟たちが待っているからと拒否した。

 

 

それでもすでに十時、年の離れた弟たちは睡魔に負けて眠っているだろうと千冬は思っていた。暗くなっている家の中で、リビングから溢れる明かりを見るまでは。

 

 

消し忘れかと思いリビングに向かうとそこにはテーブルの上でプリントを広げて書き込んでいる少年がいた。

 

 

「春樹、まだ起きていたのか?」

「ん?あぁ、お帰り、姉さん」

 

 

春樹と呼ばれた少年は手を止めて千冬の方に振り返る。

 

 

「宿題やってたんだけど……うわ、もう十時?俺遅すぎ……」

「いつも済まんな、家の事をやってくれて」

「ん〜?モーマンタイモーマンタイ、姉さんにやらせると余計に酷くなるから俺がやるしか無いってだけだから」

 

 

そう言って春樹はケラケラと笑った。今年で十歳になる春樹には五歳下の双子の弟たちがいる。そして去年、織斑夫妻が理由も告げずに二女を連れて蒸発した。幸いというべきか貯金は残されていたので生活をするのに困る訳ではなかった。しかしそれまで親がやっていた家事をしなければならなくなる。始めの頃は千冬がやろうとしていたのだが……料理をすれば失敗する、掃除をすれば余計に散らかる、洗濯物を畳めば皺だらけになると文武両道を地で行く千冬だが家事がまったく出来なかったのだ。

 

 

そこで春樹が家事を引き受ける事になる。最初は千冬と同じようなレベルの家事能力だったがそれでも食べられなくはないレベルの料理を作れるようになり、掃除は見た目だけは綺麗になり、洗濯物は何とか見苦しくない程度に畳めるようになっていた。周りからすればほとんど進歩していない様にしか思えないのだが千冬は春樹が成長していることを誰よりも喜んでいた。

 

 

春樹は一般的に言えば無能と呼ばれる人種である。文武両道で剣道の腕前が日本一の千冬、まだ幼いながらも同年代の子供と比べれば聡明な一夏と秋十、両親と共に居なくなった妹も年の割には賢かったことを今でも思い出せる。そんな織斑家の中で春樹だけが才能を持たなかった。一度聞けば覚えられるようなことがなかなか覚えられない、簡単なことが出来るようになるまで時間がかかる、本当に千冬の弟で一夏と秋十の兄なのかと周りの人間から言われた事など数え切れない程にある。

 

 

だが、それでも千冬は家族として春樹を愛していた。努力している春樹を応援したり、春樹が何かを出来るようになった時にはこっそりと喜んだりしていた。その事で一夏と秋十が拗ねたような反応をして春樹から二人を構うように頼まれることになるのだが。

 

 

「そうか……一夏と秋十は?」

「寝たよ。千冬姉が帰るまで起きてるって言ってたけど九時前にはウトウトしてたから寝かせた。その時に秋十にゴネられたけどね。あ、そこに洗濯物畳んであるから持って行ってね、それと風呂に入るなら早めに。姉さん上がったら掃除してしまうから」

 

 

そう言って春樹は教科書を片手にプリントに向き直った。千冬はそれを邪魔しない様にそっと畳まれた洗濯物を拾うとリビングから出て行く。確かに春樹は同世代の子供と比べたら劣っているのかもしれない。それでも腐らず、現実と向き合って前に進もうと努力している。神は肉体や頭脳の才能を与えなかったかもしれないが努力をする才能を与えていると千冬は思った。

 

 

「……頑張れよ」

 

 

リビングから出て行く時にこっそりと呟く。邪魔をしたくないからと小さな声で言ったのだが春樹には届いていたらしく、鉛筆を持っている手とは反対の手を振って返してくれた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

翌日、春樹は学校終わりに買い物をしていた。千冬は部活で剣道をしているので帰りは遅くなり、一夏と秋十はまだ幼い。消去法で春樹が買い物をすることになる。

 

 

向かった先にあるのは商店街。八百屋、魚屋と巡るのだが店員たちは春樹の顔を見て不機嫌さを隠そうとしなかった。

 

 

織斑春樹、その名は織斑家を知っている人間からすれば忌諱する名である。剣道で日本一になれる程の腕を持ちながら勉強も優秀な千冬、幼いながらも同年代の子供よりも聡明な一夏と秋十、そして三人の足を引っ張る無能の春樹。誰もが優秀である織斑家の中で春樹だけが劣っている、それは千冬たちが凄いと知っている人間たちにとっては認められないことだった。

 

 

その評価を春樹は知っている。だが、足掻いてもすぐに状況が改善される訳では無いので無視することにしているのだ。店員たちも千冬の弟ということで商品は売ってくれるが顔が明らかに客にする顔では無い。それでも目的の物を買えたので春樹は一応の礼を言って商店街から去っていく。

 

 

その帰り道だった。ゴルフボール程の石が春樹目掛けて投げられ、頭に当たる。春樹が石が飛んできた方向を見ればそこには千冬が通う学校の制服を着た女子たちの後ろ姿があった。

 

 

「またか……毎度毎度飽きないねぇ」

 

 

石を投げられる、そんな下手をすれば命が無くなりかねない事も春樹にとっては当たり前の事になっていた。まだ幼い一夏と秋十はともかく、千冬は同世代よりも上を行く才能で人を引きつけている。千冬の話では本人非公認の熱狂的なファンクラブまであるらしい。そう言った千冬のことを上辺だけで判断した連中が春樹のことを千冬の汚点だと認識して排除しようとこうした暴力行為に出るのだ。

 

 

始まったのは春樹が小学校に入学して千冬の弟だとばれた時から。校舎裏に呼び出されてリンチされたり、倉庫に閉じ込められたり、上履きをゴミ箱に捨てられたりとされるようになったのだ。幸いにも千冬がその事にすぐ気がつき、呼びかける事で表面上は収まったように見えたのだがその日から春樹の筆記用具が無くなったり、上履きに画鋲を入れられたりする事になる。千冬は怒りのあまりに竹刀を持って特攻しようとしたのだが春樹がすぐに収まるだろうと説得して落ち着いた。

 

 

事実、千冬が小学校を卒業するとイジメはピタリと止んだ。春樹はやっと終わったかと安堵の溜息をついて小学校へと通うことになる……だが、収まったように見えたのは『学校』だけだった。

 

 

千冬が卒業して始めの夏休み、気晴らしに散歩に出掛けていた春樹は複数の中学生に囲まれ、リンチされた。叫ぶように千冬の弟に相応しく無いと口走っていたのでそれが動機なのだろう。それから頻繁に春樹は中学生に襲われる事になる。直接的なリンチから先ほどのような何かを投げられたり。

 

 

「アホくさ……」

 

 

石が当たった事で流れ出した血を服の袖で拭うと既に出血は止まっていた。これは春樹の体質で、兎に角傷や病気の治りが常人よりも早いのだ。切り傷程度ならすぐにカサブタが出来るし、風邪を引いたとしても数時間寝れば治る。リンチで骨が折れた時なんて固定してしまえば数日で完治する。それが周りにバレると化け物でも見るような目で見られたが春樹自身は便利だと思うだけでこの体質を嫌ってはいなかった。千冬も忌諱する様な素振りは見せていないが傷だらけで家に帰ると悲しそうな顔になるのが春樹にとって辛かった。

 

 

服についてしまった血の後始末をどうするか考えながら歩いていると春樹の目の前に黒塗りの車が止まる。刑事ドラマで誘拐犯が使用する様なボックスタイプで、窓から車内の様子を見ることが出来なくなっている。

 

 

嫌な予感がしたので直ぐに回れ右をしてその場から立ち去ろうとする。しかしそれと同時に車のドアが開き、手が伸びて春樹を車の中に引きずり込んだ。

 

 

そして車が走り出す。残ったのは野菜と魚が詰め込まれた買い物袋だけだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「へへっ!!やったぜ!!」

 

 

埃臭い廃工場で春樹はロープで縛られて床に転がされていた。春樹の他には喜んでいる身なりの良い格好をした少年と下卑た笑いで少年から渡された金を数えている男達の姿がある。どうやら暴力では効果が薄いと判断して誘拐という手段に出た様だ。わざわざ金を払ってまでご苦労な事だと春樹は内心で溜息をつく。

 

 

「よぉ、気分はどうだ?劣化品」

「……これを見て気分が良いと考えられる?頭の中お花畑か?」

 

 

せめてもの意趣返しに煽る様な言い方をしたところ少年は額に青筋を立てて春樹の腹目掛けてサッカーボールを蹴る様な大振りの蹴りを放って来た。少年と春樹の体格差で春樹は一瞬宙に浮き、咳込んで胃液を吐き出す事になる。

 

 

「これで千冬さんの汚点が消える……そうなれば汚点を消した俺と付き合ってくれる……!!」

「ほんと、頭の中お花畑だな」

 

 

少年の口から出る妄想染みた考えに春樹は溜息を吐くしかなかった。千冬は家族という存在を大切にしている、それなのに弟の春樹に危害を加えて好かれると思っている少年は哀れな道化にしか見えなかった。

 

 

ありえない未来を想像してトリップしているのか少年は春樹の呟きに気づいていない様だ。そしていつの間にか居なくなった男達の代わりにスーツ姿にサングラスをかけたどこからどう見ても堅気には見えない男達が現れる。

 

 

「いよぉ坊ちゃん、久し振りだねぇ」

「あ?……なんだ芒原(すすきはら)か。そいつが例の餓鬼だ。肉なり焼くなり好きにしてくれ。その代わり」

「他言は無用、わかってますよぉ、俺らと坊ちゃんの付き合いですからねぇ」

 

 

少年との会話を切り上げた芒原と呼ばれた男が床に倒れている春樹の前に来てしゃがみ込んだ。そしてサングラスを外して微笑みかける。

 

 

「はじめまして、おいちゃんは芒原鑢(すすきはらやすり)っていうんだ。僕ちゃんの名前は?」

「……織斑春樹」

「織斑、織斑……ああ、あの剣道で日本一になった嬢ちゃんの弟さんかい?あの嬢ちゃんには賭博で儲けさせて貰ったよ、あんがとね」

「……剣道賭博?野球賭博なら聞いた事があるけど」

「おいちゃんの仕事も世知辛くてね、お金になりそうな事ならなんでも飛びつかないとやってられないのさ。春樹の僕ちゃん今の状況理解してる?」

「頭の中お花畑のアホに誘拐された」

「うん、間違ってないね。でもそこから続くんだよ。今から僕ちゃんは外国に売り飛ばされる手筈になっている。中東の辺りのお金持ちさんは日本人の子供を飼うことがステータスになってるんだとよ。お金持ちの考えるこたぁ分からないねぇ」

 

 

やれやれと言いたそうに首を振ると芒原は春樹を肩に担ぎ上げた。

 

 

「じゃ、おいちゃんはこれで」

「千冬さん……千冬さん……!!」

 

 

芒原は一応挨拶をしたがトリップしている少年の耳には届かなかった様だ。公衆の面前でやっていれば即座に逮捕されそうな顔をしている少年を置いて芒原は部下を引き連れて廃工場を後にする。

 

 

そして黒塗りの車に春樹を乗せようとした時だった。

 

 

「グッ!?」

 

 

ここまで無抵抗だった春樹が強引に身体を捻らせて芒原の首筋に噛み付いた。リンチならば耐えれば終わるが流石に外国に売り飛ばされると聞かされて黙っていられるはずが無い。芒原の油断している隙を狙っての行動だった。

 

 

「兄貴!?テメェ!!」

 

 

芒原が振り払って地面に落ちた春樹を部下の一人が蹴る。少年が蹴った時よりも強い蹴りを受けて春樹は意識を失う事になる。

 

 

「大丈夫ですかい!?」

「いったた……鈍っちゃったねぇ、まさかこんな子供にやられるなんてねぇ」

 

 

強引に振り払ったことで芒原の首筋の肉は千切れて血が噴き出している。ハンカチやタオルで押さえているが適切な処置をしなければ出血多量で死んでしまってもおかしくない出血だ。

 

 

「早く車に!!医者のところに向かいやしょう!!」

「そうさせてもらおうかねぇ」

 

 

部下の手を借りながら芒原は車に乗る。春樹は猿轡を咬まされて車のトランクに押し込められる事になった。

 

 

「織斑千冬の弟は劣化品ねぇ……ハハッ、何処がだよ」

 

 

今でこそ金持ちの言いなりになっているが芒原は若い頃武闘派として知られていた暴力団幹部だった。年をとってかなり丸くなったという自覚はあるがそれでもペーペーの若造には負ける事は無い。それなのに油断していたとはいえここまでの手傷を劣化品として知られている子供に負わされたのだ。

 

 

「まともに生きれてりゃあ大物になっただろうに」

 

 

春樹の将来を考えると楽しみだがそれは叶う事は無い。何故なら自分が潰してしまうからだ。春樹の将来を潰してしまう罪悪感を僅かに抱きながら、芒原は部下の運転で医者に向かう事になる。

 

 

そしてこの日を境に、春樹の行方を知る者は誰もいなかった。

 

 

 





織斑家家族表

長女……織斑千冬十四歳

長男……織斑春樹十歳

次男……織斑一夏五歳

三男……織斑秋十五歳


春樹、秋十はオリキャラです。秋十は転生者で、春樹は秋十がいるために産まれたイレギュラーです。


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