月夜に潜む狂犬 作:狂犬
夕立のタンカー襲撃から約半日。
「また現れたのか?」
「うん。詳細はこれに纏めてるよ」
タンカーの輸送先だった横須賀鎮守府の提督室に、二人の人物はいた。
一人は、横須賀鎮守府を取りまとめる最高位、提督。一人は、提督の秘書艦、白露型駆逐艦二番艦〈時雨〉。
時雨が提督に手渡したのは、タンカー輸送作戦の報告書。
「輸送自体は順調に進んでいたけど、二時間に響がレーダーに一隻の艦娘を捕捉。直後、砲撃の後に輸送していた弾薬と燃料を要求。これを断って所属と艦名を明かす事を要求したら、相手は…」
そこで、時雨の言葉は途切れる。
「〈佐世保の亡霊〉、と名乗ったんだろう?」
「…うん」
佐世保の亡霊。
それは、九州に位置する佐世保鎮守府で起こった事件の直後、各海域にて時々目撃されるようになった謎の艦娘の総称。
曰く、駆逐艦のような艤装を背負っていた。
曰く、汚れた白いマフラーで口元を隠していた。
曰く、特異的な髪色をした長髪。
曰く、一撃で戦艦をも中破に追い込む砲撃を放った。
曰く、艦娘最速の島風よりも素早く航行していた。
曰く、戦艦の深海棲艦と〈殴り合い〉をしていた。
曰く、その殺気と威圧感は別格。
これらの、目撃した艦娘の証言には容姿の共通点こそあるものの、艦種艦名を特定するに至っていない。
何せ、証言によって特定された容姿に酷似した艦娘は今現在、佐世保の亡霊以外に確認されていないのだから。
総称である〈佐世保の亡霊〉も、その艦娘が名乗っただけ。しかし、一つの有力な仮説はあった。
「…やっぱり、気になるか?」
「…そう、だね。だけど、あそこにそんな艦娘は居なかった。だから気になるのかもね」
それは、〈佐世保鎮守府壊滅事件〉の生き残り。
今から一年前、佐世保鎮守府が深海棲艦の襲撃を受け、壊滅した事件が発生した。
佐世保鎮守府は比較的小さい規模ではあったが、それでも戦艦三隻を含む計二十一隻が所属しており、その関係上少数精鋭で動く彼女達は全員が高練度を有していた。
しかし、突如現れた深海棲艦の奇襲によりなす術も無く壊滅。
鎮守府は復興不可能な程に破壊され、提督は死亡。轟沈が正式に確認されたのは十六隻。消息不明となっているのは四隻。生存が確認されたのは、たった一隻のみという大惨事となった。
消息不明となっているのは、雲龍型航空母艦二番艦〈天城〉、利根型重巡洋艦二番艦〈筑摩〉、睦月型駆逐艦十番艦〈三日月〉、白露型駆逐艦四番艦〈夕立〉。
以上の四隻の誰かが佐世保の亡霊ではないか、と言われているが、その容姿に酷似する者は誰一人いないため、その説の信憑性も殆ど無い。
尚、唯一生存した艦娘〈時雨〉も生死を彷徨う重症により、襲撃から数日前の記憶を失ってしまい、襲撃した深海棲艦の戦力、状況は不明。
その後横須賀鎮守府に異動となり、そこで秘書艦として活動している。
「今それを気にしてても仕方ないさ。会ったとしてもリスクが高過ぎる。亡霊は艦娘にも砲口を向けるからな」
「…そうだね。それと、これが届いてたよ」
そう言って話を切り上げた時雨は、右手に持っていた封筒を提督に手渡した。
同時刻、太平洋 〈沖ノ島海域〉。
「あーもう、しつこい!!」
タンカーから弾薬と燃料を強奪した夕立は今どういう状況かと言うと。
追われていた。それも深海棲艦の艦載機の大群に。
こうなった原因は、数分前に深海棲艦の偵察機に見つかってしまい、深海棲艦の艦載機の攻撃を受ける事になってしまった。
夕立は、タンカーから奪った弾薬と燃料を守りながら、連装砲と単装砲による対空射撃を展開。しかし如何せん数が多く、次々と爆弾が落とされて行く。
その中をギリギリで回避しつつ、夕立は今出せる全速で(それでも島風と同等だが)艦載機が飛来した方向に向かっている。
「──見えた!!」
そして、夕立は深海棲艦の艦隊を目視。
構成は〈空母ヲ級〉二隻、〈軽空母ヌ級〉二隻、〈重巡リ級
「よくもチマチマとやってくれたわね…」
それを見た夕立の両目の瞳が〈紅色〉に妖しく輝き始め、弾薬が入った布袋を右手に持ち変え。
「ちょっとは」
そして、燃料が入ったドラム缶を掴んだ左手を大きく振りかぶり。
「手加減しなさいよ!!」
その叫びと共に、左手のドラム缶を一隻の空母ヲ級に向かって投擲。
比喩でもなんでもなく、〈ズドォン!!〉という音と共に投擲された燃料入りドラム缶は、その華奢な左腕から放たれたとはとても考えられない速度で、驚愕の表情をしていた空母ヲ級の顔面にクリーンヒット。
その衝撃によってドラム缶は大きくひしゃげ、中身の燃料を噴出。更にヲ級の身体が後方に大きく仰け反り、宙に浮く。
それを見逃す事無く、夕立は左手に布袋を持ち直し、連装砲の照準をドラム缶に合わせていた。
「これでぇ!!」
発砲。連装砲から放たれた砲弾はドラム缶に命中し、大爆発を引き起こす。
その中心部にいた片方の空母ヲ級は勿論、側にいた空母ヌ級もその爆発に巻き込まれ、轟沈。その瞬間、半数以上の艦載機が突如コントロールを失い、墜落した。
更に、リ級の砲撃を紙一重で避け、単装砲の砲口を空母ヌ級に向けて二連射。四発の砲弾がヌ級を貫き、瞬間的に轟沈に追い込む。更にヌ級から発艦された艦載機も墜落。更に航空戦力を大きく削る。
そして左手に持っていた弾薬入り布袋を、上に高く放り投げる。同時にリ級へ突撃。左手で魚雷発射管から魚雷を取り出すのも忘れない。
リ級が再度放った砲弾を単装砲の砲弾で迎撃し、最大速度を上乗せした膝蹴りを腹部にお見舞い。その威力は強烈で、リ級は開けた口から青色の血を吐いてその身体をくの字に曲げる。
その口に魚雷を押し込ませ、続けてリ級の首を掴み。
次の瞬間〈グシャリ〉という音と共に、握力のみで身体から〈引き抜き〉、ヲ級へと全力投擲。頭を引き抜かれたリ級の身体は海面に倒れ、海中へと沈んだ。
ヲ級の回避は間に合わず、胸部に命中。更にリ級の口に押し込めた魚雷が爆発。ヲ級の胸に大きな穴を開け、大量の血を撒き散らして海面に倒れこむ。そして、ヲ級の艦載機も墜ち、航空戦力は全滅。
残ったハ級に連装砲の狙いを付けた時には、既にハ級は全速で逃走していた。
不意に夕立はおもむろに左手を開いて上に上げる。
すると、放り投げていた弾薬入り布袋が落ちてきて、それを見ずに左手でキャッチする。
そして、ゆっくりと倒れ込んでいたヲ級の元へと歩く。
取り残された、魚雷を胸に受けたヲ級は胸と口から大量の青色の血を出し、震える身体を杖で支えながらも立ち上がっていた。
ヲ級が視界を上に上げ、真っ先に映ったのは。
目の前に来ていた、両目を紅く輝かせた夕立が、
次の瞬間、連装砲から発射された砲弾がヲ級の頭部を粉砕。返り血が周囲に飛び散り、夕立の身体にも付着した。
「…全く、お蔭で燃料が無くなったじゃない」
そう言って口元を隠していたマフラーを下げ、ヲ級の死体を避けて再び拠点へと航行を再開させる夕立。
「別に無くても問題無いけど…折角の苦労も水の泡になるわよ」
ブツブツと愚痴を言いながら航行する夕立の瞳は、紅く輝いていなかった。