月夜に潜む狂犬   作:狂犬

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風邪引くと、辛い。


第5話

夜の海へと出た夕立は、拠点から西南方向…〈南西諸島海域〉へと向かった。

 

昼に整備した艤装の調子は快調。背中に背負う艤装から小気味好い音が鳴り、海面に立つ為の浮力と進む為の推進力を作り、脚へと伝導する。

 

そして。

 

 

「…そこ!!」

 

「!!」

 

全速力で海面を駆けていた夕立は連装砲で、離れた場所にいる〈輸送ワ級〉の船体を撃ち抜く。

 

「…よし」

 

構えていた連装砲を下げ、速度を落とす。

 

夕立の周辺には、深海棲艦の血の海と残骸が海面に浮いていた。

 

「これで七艦隊目…本当に数だけは多いわね」

 

そう、夕立は南西諸島海域に到着するまでの道中に三艦隊、海域内にて四艦隊、合計七つの深海棲艦の艦隊と接触、交戦。その全てを撃破している。

 

弾薬にはまだ余裕はあるが、流石にこれ以上の接触は面倒だと、夕立は考えている。

 

何せ、まだ夕立の〈標的〉は見付けられていない。弾薬の消費は兎も角、これ以上の体力を無駄に消費するのは可能な限り避けたい所。

 

しかし深海棲艦はとにかく数が多い。今帰るにしても、留まるにしても、複数回の戦闘になるのはほぼ確定的だろう。

 

 

そして、次の瞬間。〈掃討し終わった〉と思って油断していた夕立の後ろの海面から、〈戦艦ル級flagship〉が飛び出し、二つの16inch(インチ)三連装砲の全砲口が夕立に向けられる。

 

「!!」

 

それに気付いた夕立はすぐさま振り返り、紅く輝くその目で、連装砲と単装砲を即時照準。

 

 

その瞬間、夕立の連装砲と単装砲、ル級の主砲が同時に発射。その距離は、僅か30m。

 

 

両者が発射した四発の砲弾は全て正面衝突し、爆発。しかし、それだけでは足りない。

 

ル級は六発の砲弾を発射したのに対し、夕立が発射出来たのは四発のみ。つまり、残り二発は夕立に直撃するコースを取っている。

 

だが。

 

「──!!」

 

一発は、夕立が持つ連装砲の装甲を使って砲弾を〈受け流し〉。

 

 

 

もう一発は、自らの口を使って砲弾を〈噛み止めた〉。

 

 

 

そのまま左手で噛み止めた砲弾を掴み、ル級へと投げ返す。

 

空中から着水したばかりのル級に回避する手段は存在せず、左手に持つ艤装に直撃。戦艦の火力で、砲台を完全に破壊。

 

それだけに終わらず、夕立はル級へと突撃し、左手を構える。同時に艤装を半壊されたル級は、左手に持つ艤装を破棄し、夕立へと突撃。

 

 

至近距離まで距離を詰めた両者は、同時に拳を振るう。そして、拳同時が衝突。

 

 

 

駆逐艦である夕立。戦艦であり、更に上位個体であるル級flagship。単純な力勝負なら、普通に考えてル級に分配が上がる。

 

 

 

そして拳が衝突した途端、左腕から大量の血が噴出。

 

それだけで収まらず、左手が完全に破壊され、相手の拳に押し潰され、二の腕を抉り、血に濡れた拳が胸部に直撃。

 

その威力は、左腕を破壊したその火力を保ったままであり、呆気なく胸骨を折って内臓を傷つけ、その身体を仰け反らせて宙に浮かす。

 

 

 

そうして、〈戦艦ル級flagship〉は二度目の空中浮遊を体験する事となった。

 

 

 

夕立の拳はル級の予測の遥か上を越え、その左腕を破壊し、その身体を吹き飛ばした。

 

そして、ル級の身体は海面を打ち付け、その勢いで横たわる。

 

すぐさま起き上がろうとしたル級だったが、頭を上げた瞬間に夕立の蹴りが顔面に命中。頭部を粉砕し、完全に沈黙。

 

 

こうして、突如現れたル級によって始まった奇襲は。

 

 

 

「…罠、ね」

 

 

 

終わることは無い。

 

周囲には戦艦ル級と空母ヲ級を含む、深海棲艦の大規模艦隊が海中から現れて、夕立を完全包囲。その艦数、21隻。その全てがelite以上。更に上空には艦載機の大群が飛来。夜に艦載機を飛ばす事はあり得ない筈だが、今この場では例外となっている。

 

そしてその中心にいるのは、深海棲艦の中でも頂点の位置に立つ〈姫級〉と〈鬼級〉の一人、〈戦艦棲姫〉。

 

全ての深海棲艦がその砲口、艦載機の狙いを夕立に向ける。

 

「流石に本腰も上げる、か…だけど」

 

夕立は冷静に周囲を見渡し、脅威度が高い艦艇を見定める。

 

同時に、魚雷発射菅から魚雷を二本取り出し、人差し指、中指、薬指に挟む。

 

 

「私を沈める(殺す)にはまだ足りないわよ?」

 

 

そして、連装砲の照準を前方に。両腰の単装砲の照準を左右に向ける。

 

 

「さぁ、素敵(クソッタレ)なパーティーを始めましょうか!!」

 

 

そう叫んだ瞬間、全砲口から砲弾が撃ち出された。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

戦艦棲姫は、目の前の光景を信じられなかった。

 

総勢28隻で構成された艦隊が、たった一隻の駆逐艦に、夕立に押し負けている。

 

自身が率いていた艦隊は既に半数以上が沈み、更に交戦を続ける残りの僚艦は半数が中破以上の損害を負っている。

 

月夜の中、全方位から飛来する砲撃の雨を、艦載機から放たれる爆弾の雨を掻い潜り、深海棲艦を遠距離から正確に撃ち抜き、瞳を紅く輝かせながら突き進むその姿は。

 

 

 

正に、〈鬼神〉。

 

 

 

「…!!」

 

そこまで考えてしまった戦艦棲姫は、そこで思考を断ち切り、恐怖心を抑えて砲撃に集中する。

 

夜にも関わず、無理矢理発進させた艦載機達は着艦は出来ない。爆弾が尽きた艦載機は機銃で牽制射撃、もしくは特攻を仕掛ける。

 

だが、それさえも夕立は利用する。

 

艦載機が投下した爆弾は砲弾で撃ち落とし。

 

特攻を仕掛ける艦載機は〈掴み取り〉、深海棲艦へと投げ返す。

 

そして夕立は残っていた包囲網の端、戦艦タ級flagshipの懐へと入り、近接格闘戦を開始。これにより、深海棲艦は味方への誤射を恐れ、中距離以降の射撃が困難となる。

 

懐へと入られたタ級は二門の16inch三連装砲と12.5inch連装副砲を一斉射撃。敢えて広範囲に砲弾を散らばせて回避を不可能とさせた。

 

 

だが、それは〈横方向〉に対して。〈縦方向〉には全くの対策はされていない。

 

 

タ級の照準を見た彼女は、砲撃と同時にジャンプ。横方向に大きく散開された砲撃を躱す。

 

しかし、果たして砲口の照準から発射の時間まで、砲撃の狙いを正確に判断し、それを躱す行動を取れるのだろうか?ましてや、砲撃の速度は超音速。例え行動出来たとしても、砲撃と同時に行動して砲弾を躱す事はあり得ないだろう。

 

 

だが、彼女はその〈あり得ない〉を平然とやってのけた。この事実から、彼女の持つ凄まじい反射能力と身体能力を証明している。

 

 

彼女の行動を見たタ級は拳を構える。そして目の前に着水した彼女もそのままタ級へと突撃。

 

まずはタ級が先制攻撃。右ストレートを彼女の顔面に放つ。

 

それを彼女は頭を右に逸らす事で回避。彼女の長髪が舞いながら、左手で伸びきったタ級の右腕を掴む。

 

そして。

 

「ハァァァァァァァァァァァッッッ!!!!!!!」

 

右足を軸に、タ級を近くまで距離を詰めていた戦艦棲姫へと投げた。

 

が、戦艦棲姫の、怪物の姿の様な艤装が防御行動。その巨大な右腕で本体を庇う様に突き出し、タ級を受け止める。

 

その瞬間、夕立が続けて投擲した61cm酸素魚雷がタ級に命中、爆発。タ級の体内まで弾頭が入り込んでから爆発した為、タ級の胸部は完全に吹き飛んで頭と腰から下に分かれ、戦艦棲鬼の艤装の右腕を損傷させた。

 

が、反撃に左肩の16inch三連装砲が発射。体勢を崩していた夕立へとその砲弾が向かう。

 

「!!」

 

回避は不可能と判断し、夕立は両腕で顔を庇って防御体勢を取る。

 

 

 

その直後、夕立に砲弾が直撃。周囲が爆煙に覆われる。

 

 

 

それを見た深海棲艦は攻撃を停止。戦艦棲姫の指示により、機能を失いかけていた包囲網を再構成する。

 

とはいえ、戦艦、それも最上位の鬼級の砲撃の直撃。唯の駆逐艦がそれに耐えられる筈も無い。そう思っていた。

 

〈そう思ってしまった〉故に、油断していた。

 

爆煙の中、突如四発の砲弾が砲音と共に飛来。

 

更に、爆煙から飛び出した夕立の姿を見て、戦艦棲姫は驚愕した。

 

 

夕立は戦艦棲姫の砲撃を直撃しても、〈殆ど〉損害しておらず、僅かに頬から出血しているのみなのだから。

 

 

戦艦棲姫の本体は咄嗟の事に動けなかったが、本体と艤装はそれぞれが独立している。その為、本能的に12.5inch連装副砲を発射した。しかし、それは手前に着弾するだけに終わる。

 

至近距離まで詰めんとばかりに突撃し、連装砲を持ち替え、右腕を構える夕立。それを感じで咆哮を上げ、右腕を振るう艤装。

 

 

そして、夕立の華奢な右腕が。戦艦棲姫の艤装の巨大な右腕が正面衝突。

 

 

その衝撃を物語る様に、周囲の海面が大きく波立ち、両者の腕が均衡する。

 

「ッ…!!」

 

かと思われたが、夕立の腕が押され始める。

 

やはり、そこは深海棲艦の最上位。いくら特異的な機関出力を持つ夕立でも、姫級、鬼級となると話は別になってくる。

 

 

だが。

 

 

 

 

 

 

 

 

『面白ェ…面白ェヨ、ソノ〈力〉。オ前ナラ、俺ヲモット高ミマデ楽シマセテクレル。ダカラ、強クナッテミセロ。俺ノ前マデ立ッテミセロヨ。ソンデ、カカッテコイ』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ッッッアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!」

 

夕立の両目が一際紅く輝き、同時に艤装からあり得ないレベルの出力が放出。そのほぼ全てが右腕に収縮し、戦艦棲姫の艤装の右腕を一瞬で押し返し、弾き飛ばす。

弾き飛ばされた右腕を起点に体勢を崩す艤装を横目に、右腕に収縮させていたエネルギーを両足に集中。海面を数歩〈走り〉、小さくジャンプし、その勢いで本体へと回転蹴りを食らわせる。

 

常識外の速度で放たれたそれは規格外の威力となり、戦艦棲姫の上半身と下半身を完全に分離させた。

 

そして、本体を失って怒りに燃える艤装のパンチを紙一重で躱し、口内に61cm酸素魚雷を食らわせる。

 

口内で爆発した魚雷は、口内という閉鎖空間により、より強力な爆発となり、艤装の頭部を完全粉砕。それにより艤装は一切のコントロールを失い、海中へと沈んでいった。

 

戦艦棲姫という指揮系統を失い、更に甚大な被害を被っている残りの深海棲艦は、散り散りに逃走を開始。艦載機達は最後の特攻を掛け、時間を一秒でも多く稼ごうとする。

 

しかし、そんな程度では大した時間稼ぎにはならない。無機質な殺気を纏ったその攻撃をいとも簡単に躱し、追撃に入る。

 

 

いや、入ろうとしたその時。別段の殺気と砲音を感じ取り、右手に持ち替えていた連装砲を、見ずに右方向に発射。その結果は、右から飛来していた二発の砲弾に衝突、爆発してその空間に爆煙を作り上げた。

 

 

(…今更増援?だとすると…本当は包囲網の強化だったけど、もう意味を成さないから殿を務めるつもりかしら)

 

そう思いながらも、爆煙の向こうにいる深海棲艦に向け、連装砲を構える。

 

(どっちにしろ、沈めるには変わらない…)

 

そして爆煙が晴れ、その姿が徐々に現される。

 

 

(…………………………え?)

 

 

しかしその姿を見て、夕立は連装砲の構えを下げてしまう。

 

(…………嘘………)

 

そして、夕立はその深海棲艦を見つめてしまう。

 

何故なら。

 

 

 

 

『待ってよ、夕立姉さ〜ん!!』

 

 

 

 

「ヤラセハ…シナイ…ヨ……ッ!」

 

 

 

 

その深海棲艦は、自身の妹に。白露型駆逐艦五番艦〈春雨〉にそっくりだったのだから。

 

「…春雨ェッ!!!!!!!」

 

夕立の悲痛の叫びと共に、再度砲音が響いた。

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