月夜に潜む狂犬 作:狂犬
駆逐棲姫。
佐世保鎮守府壊滅事件後に目撃されるようになった、姫級の深海棲艦。
確認された武装は、5inch連装砲、22inch魚雷後期型の二つ。
現時点で確認される深海棲艦の最上級の中では非常に珍しい駆逐艦タイプの深海棲艦であり、両脚の代わりに存在するホバーによって高い機動力を持つ。
その容姿は、白露型駆逐艦5番艦「春雨」と酷似している。
以上の二点から、佐世保鎮守府に所属していた春雨と何らかの関係があるという説が浮上しているが、詳細は分かっていない。
避けれたのは、奇跡に等しかった。
「ッ!!!!」
身体を咄嗟に逸らして砲弾を躱し、夕立は口元を覆っていたマフラーを首元に下げ、再度目の前の深海棲艦、〈駆逐棲姫〉に呼びかける。
「春雨ッ!!貴女なんでしょ!?」
駆逐棲姫はその呼びかけに応えず、両脚の代わりに付いているホバーユニットから獲得する強力な推力で、高速移動しながら右手の連装砲を速射する。
夕立は全速力でその攻撃を回避。攻撃はせず、必死の形相で呼びかけを続ける。
「春雨!!私よ、夕立よ!!お願い、返事をして!!」
しかし。
「シズメ…シズメ…!!」
「!!」
駆逐棲姫からの応答は、怨念の言葉と、砲撃のみ。
それを再度回避し、連装砲を駆逐棲姫に照準する。
「ッ…!!」
だが、撃てない。
引き金に掛ける指が鉛、いや、鋼鉄のように固くなり、撃つ事を躊躇してしまっている。
「くっ…!!」
連装砲の照準を下方に修正し、速射。海面を叩き、駆逐棲姫を牽制させる。
同時に、牽制しながら全速力で海域から離脱を図る夕立。
駆逐棲姫も砲撃しつつ追撃に入るが、如何せん牽制が激しい為に全速を出せず、どんどんと距離が離されて行く。
そして、双方の射程範囲外へと入り、駆逐棲姫は追撃を諦め、夕立は背を向けて海域から真っ直ぐと離脱して行った。
気が付けば、
多分、今の今まで休憩せずに航行していたんだろう。日は西へと傾いていて、身体はいつもよりも疲労が溜まっている。
だけど、今の私にはそんな事は些細な事だった。
砂浜に上がって、すっかり重くなっていた両足を数歩動かした瞬間、私は砂浜にへたり込んだ。
「…」
最後に交戦した、あの深海棲艦。
あれはきっと…いや、絶対に、春雨だった。見間違う筈が無い。
半年前のあの時、佐世保鎮守府で、〈あいつ〉の手で
きっと、春雨は負けてしまったんだろう。深海に潜む、あの〈怨念〉に。そして、春雨が持つ器によって…姫級、鬼級として
「………ッ」
分かっている。理解している。
あれは深海棲艦であって、私の知っている春雨じゃなくなっている。
けど、撃てなかった。撃つ事が出来なかった。
多分〈他の私〉なら、躊躇無く撃てたと思う。あの
だけど、〈私〉には出来なかった。
だって、私はその〈苦しみ〉を、〈苦痛〉を、知ってしまっているから。あの〈怨念〉を知ってしまっているから。
その〈苦しみ〉と〈苦痛〉から解放される方法を、知ってしまっているから。
「…っう…あ…」
知ってしまっている。そう考えた瞬間、涙が出て、止まらなくなった。
あの〈怨念〉に取り憑かれるのは一度だけ。二度目は無い。だけど、〈怨念〉は執着深い。一度完全に取り憑かれたら、二度と元に戻れない。
完全に〈怨念〉に取り憑かれたら最後。その〈怨念〉の思うがままの駒にされてしまう。
〈怨念〉から解放出来る方法は、ただ一つ。
「────────ッ!!!!!!!!!!」
今度こそ、その魂を眠らせる為に。
もう一度、
そして、言葉に出来ない叫びを上げたのを最後に、それ以降の事はよく覚えていない。
ただ言える事は、気が付いた時には小屋の毛布で艤装を乱暴に外して寝ていて、砂浜は、一箇所の地形が大きく変化していた。そして、私の両手の平には、爪が食い込んで出血した跡があった。
「…」
朝日が登る中、その光景を見て、私は再度自覚する。
艦娘と深海棲艦の戦争は、嫌なくらいに
これを知っているのは、私一人だけで良い。私一人でなければならない。
こんな悪夢を見続けるのは、私一人だけで十分だ。他の皆は、知ってはならない悪夢。
私以外に理解されなくて良い。私以外が知らなくて良い。そうすれば、何も知らずに、この悪夢を知らなくて済む。
だからこそ。必ず〈あいつ〉を見つけ出して、
皆の仇を取る為に。この悪夢を見続けるのは、私一人だけである為に。
そして…春雨も、私の手で
だけど、その前に。
──クルルル。
腹が減っては戦が出来ぬ、っぽい。