花咲く干物妹!うまるちゃん 作:Hai人
一応今回で花咲くキャラは登場します。
それと時系列でアニメ終了直後と描きましたが、時系列は独自でアニメ終了直後から1年後とさせていただきます(緒花たちが二年生でうまるが一年生のため)。
それと前回のタイトルを修正しました。
「この度はようこそお越しくださいました。四十万縁と申します。この喜翆荘で番頭をさせていただいているものです」
俺とうまるが旅館に入り、名前を名乗ると事務室に通された。そこには番頭が待っていた。番頭とは、その店を仕切ることが出来る立場であり、社長と言っても差し支えはない。だけれども、大人しそうな雰囲気を持つ人で話しやすそうだ。俺は椅子に座り、頭を下げる。
「初めまして、土間タイヘイです。一生懸命働かせていただきます。それと……隣にいるのは俺の妹で、うまると言います」
「こんにちは」
うまるは外でのやばすぎるほどの愛想を振り撒きながら挨拶をする。番頭さんは一瞬顔を赤くするが、咳き込んでどうにか落ち着かせた。
「……ゴホン、遠路遙々ご苦労様です。長旅お疲れでしょう、ゆっくりおくつろぎ下さい」
「では、遠慮なく」
俺たちは深く腰かけて、息をついた。まもなくお茶が置かれ、それをすすると疲れが解れていった。うまるも幸せそうな表情をしている。
「こちらは遠くて、大変だったでしょう?」
「ええ、まあ。ですがこの辺りは良いところですね。自然に溢れていて、料理も美味しいです」
「それが唯一の取り柄ですね。うちもお食事に関しては誇りを持っております」
なるほど、やはりそうか。
俺はここに来る前に、口コミなどを見ておいた。お客さんの満足しているものとして食事だけがあったが、やはりここには素晴らしい料理人がいるのだろう。
正直この旅館のレベルは低くはなく、むしろ高い。だが、経営難に陥る理由としてはやはり立地であろう。最寄り駅からも十分ほどかかってしまうし、そもそも金沢駅からここまで来るのに相当時間がかかった。近くには温泉があるとはいえ、それだけのためにわざわざここに来ることはないだろう。
ならば旅館の宣伝の方から始めないといけないかもしれない。俺はここまでの会話で経営方針を固めつつあった。
だが、いきなりお堅いビジネスの話をするのはあまり気が進まない。それにうまるもいるため、避けておくべきだろう。
「あの、少し疲れてしまったので、休ませていただけないでしょうか?」
「ええ、もちろんです。長旅で大変お疲れのようでしたからね。では、お部屋までご案内します」
俺とうまるは番頭の縁さんについていき、下宿用の部屋へと通される。
しかし、今のところお客とは会っていない。昼だから何処か出掛けているのだろうか?
「あの……失礼ですが、今お客さんはどれくらい入っていますか?」
「……恥ずかしながら、4組ほどです」
4組か……。確かに今日は平日であり、月曜であるため少ないのは仕方がないがたった4組だけというのは寂しい。やはり、立地に問題がある。さて、どうすればいいかな……?
「着きました。こちらがお二人のお部屋です」
番頭がドアを開け、入ってみると
「え……?」
まず、小さかった。俺たちが前に住んでいたあの家のリビングと殆ど変わらない。しかもベッドは二段ベッド。うまるはたくさんのゲーム機を持ってきたが、スペース的に足りるかどうかだ。下手すれば、前よりも居心地が悪いかもしれない。一応机はあるため、そこを俺の作業スペースにすれば俺には支障はないが、うまるにとっては苦痛でしかないかもしれない。
そんなことなど露知らない番頭はにこやかにごゆっくりと告げて出ていってしまった。夜に歓迎会をやると言い残して。
ばたんとドアが閉まると、俺はため息をつく。取り敢えず荷解きをしなくてはと俺はバッグのところへと向かう。
「うまる、荷物整理しておけよ」
俺は床に座るうまるに一言言っておく。だが、いつのまにか小さくなったうまるは返事をせずに、逆に質問してきた。
「ねえお兄ちゃん、うまる二段ベッドの上使っていい?」
「え? ああ、いいぞ」
「わかったー! うまる二段ベッド憧れてたんだよねえ~、小さいし狭いけど」
「そういえば二段ベッドで寝たことはないよな」
うまると話しながら俺はジッパーを開いて、衣服類やパソコンなどを取り出して収納していく。うまるもバッグからゲーム機等を取り出してベッドに放り投げる。こいつ、ベッドを楽園にするつもりか。
結局ここに来てもぐうたらライフが始まるのかと、半ば呆れながら俺はベッドの上を見た。狭い部屋で不満を言わない分だけまだましだが。
ここで止めてもいい。ぐうたら生活は将来のうまるのためにはならないし、いくら外では優秀でも引きこもりになってしまえばおしまいだ。折角サブカルチャーの中心である東京から離れたのだ、ここでもそういう類いのものに染める必要はない。
だが、それは今この瞬間ではない。何れ、嫌でも離されざるを得なくなるのだから。
それまで、せいぜい楽しもうか。俺は、荷物の整理を終えたところでうまるに声をかけた。
「うまる、歓迎会は夜の6時からだから、それまでゲームしようか」
「えっ、いいの!?」
「ああ。俺も少し遊びたいしな」
「いよしっ、じゃあ先ずはFPSをやろう!!」
「俺それ苦手なんだけど……」
うまるは部屋にあるテレビにゲーム機を繋げて、早速ゲームを始めた。俺も加わり、戦場に繰り出すことになったが……。
「お兄ちゃんリロード!!」
「ええっと、これか……? うわっ!?」
「それ手榴弾!! 何でこんな狭いところで投げちゃうの!? お兄ちゃん死んじゃったし」
「操作が難しいんだよ……」
「ぬわーっ!! こうなったら、うまるが特攻する!! ぬおりゃぁぁっっ!!!!」
戦場を駆け巡るは、ハムスターの着ぐるみを来た、屈強な古参の兵士。新参の兵士のミスを背負い、一人戦場にて火を吹き始めた。次々と多数の兵士を撃ち倒していく姿はまさに鬼神の如く。戦場は業火に包まれていた。
……等と大袈裟に語ってみたが、実際は鬼神などとは程遠いものだ。コントローラ片手に、嬉々とした表情でキャラを操っている姿はまさに小動物の如く。部屋は、平和で包まれていた。
FPSをやり終えたあとは俺たち二人でベッドに寝転んだ。目も疲れたし、移動での疲れもあったためだ。うまるが上を、俺は下を使ってしばらく眠った。布団は少しカビ臭かったので、明日干そうかと考えながら俺たちは一時間ほど寝た。
眠り終え、うまるを起こすともう6時近くだった。眠気眼なうまると共に顔を洗い、支度をして部屋を出る。
歓迎会は事務室にて行われるようだ。そこには食卓があり、豪勢な食事が用意されていた。壁には《土間タイヘイ、うまる様 歓迎》という看板が貼りつけられている。既にそこには沢山の人が椅子に座っていて、俺たちを待っていた。年齢層はバラバラで、大人はおろか、どう考えても学生の女の子までいる。この旅館はどうなっているんだ?
「おっ、来てくれましたね。さあ皆、歓迎会を始めようか」
「はい!!」
番頭さんがいうと皆がにっこり笑って頷いた。縦長のテーブルには殆ど空席はなく、ひとつ空いているだけだ。しかもその空席は番頭のとなり。つまり、それなりに重要なポジションの人だと推測できる。ちなみに俺たちはその空席の反対側に座っている。
「おい、女将まだ来てないぞ」
その空席に気づいたのか、横列の、俺の左2つ隣に座る角刈りの男性が渋い声で皆に問う。それに対し、角刈りの男性の左隣に座る若い男性が答える。
「蓮さん、女将は少ししたら来るって言っていました。あと、女将が来なくても始めていいと」
「……そうか。よし、じゃあ若旦那。始めてください」
「あ、はいはい蓮さん」
角刈り男に指示された若旦那、つまり番頭さんが立ち上がる。全員が若旦那を見つめ、若旦那はそれに答えるように話し始めた。
「ええっと、それでは新しくこちらに入っていただいた方々の歓迎会を始めます。先ずは、お二人の自己紹介を」
自己紹介を促されたので、俺たちは立ち上がる。全員の視線が今度はこちらに集まる。中でも、うまるに対する視線はすごい。目を大きく見開いて、輝かせているのがよくわかる。まあうまるは外面は完璧だし、同姓からも憧れの目線で見られているから、こうなることは予想できている。
「えー、僕の名前は土間タイヘイです。ダイヤモンドサービス社から派遣されてこちらに来させていただきました。主に事務関係をさせていただきます。どうぞよろしくお願いします」
俺がしゃべる終えると、ぱちぱちとまあ無難な拍手で迎えてくれた。もう一度頭を下げると俺は椅子に座った。
それと同時にうまるが立つ。うまるはいつもの愛想笑いを浮かべ、喋り始めた。俺は明らかに感じた。うまるに対する、憧れと羨望の眼差しを。特に俺の左隣の、眼鏡をかけた天然パーマの男なんかは、ニヤニヤとちょっと気味の悪い顔をしている。
「タイヘイの妹のうまるです。えっと、よろしくお願いします」
うまるは特に自己紹介をせずに終えた。確かにうまるにとってしゃべることは殆どないだろう。だが、それにも関わらず拍手は凄まじかった。少なくとも、俺の丁寧な挨拶を遥かに越える反響だった。……やはり、外だけ完璧な妹には勝てないのだな。
数十秒にも及ぶ拍手の嵐が過ぎ去ったあと、番頭さんが口を開いた。
「タイヘイさん、うまるちゃん、よろしくね。じゃあ僕たちの自己紹介をしよう。まず改めまして僕は四十万縁。ここの番頭をさせてもらってます。よろしくお願いします」
最初に紹介された番頭さんが再び自己紹介を行い、他の従業員たちも拍手する。ただ、さすがに気が知れた仲なのか、拍手は数秒で終わり、すぐにその隣の人物へと移った。隣に座るのは、さっきの角刈りの男と話していた、若い男性だった。端正な顔に、紺色の板前服を着ていて、いかにも料理人な風格を出している。しかしそういえば、この人もうまるに対して羨望の視線を送っていたな。そこのところは、やはり男なのかもしれない。
「宮岸徹です。この旅館の板前をやってます。よろしくお願いします」
しかしそれでいて自己紹介はしっかりしている。常識人ではあるんだなと、微かに安心して、俺は頭を下げた。
ふと、俺はあることに気づいた。何故か、きつい視線がうまるの方に来るのだ。俺はその方向を見る。大体みんな穏やかな表情をしているが、明らかに一人だけ、険しい表情をしている。しかもそれはうまると同じ女子高校生っぽい。長い黒髪に地味な服装をした女の子だが、どこか雰囲気が切絵ちゃんに似ている気がする。だが、どうしてそんなきつい視線をうまるに向けるのだろうか。
そんな疑問を抱えながらも次の自己紹介に耳を傾けた。さっきの角刈り男が立ち上がる。
「富樫蓮二です。ここの板前長をしています。どうぞよろしく」
渋い声での紹介を終え、すぐに椅子に座る。さっき俺は若い板前の宮岸徹さんにも、料理人っぽいと感じたが、この人はけた違いだ。顔には包丁傷、そして極められた仏頂面、そしてゴツい腕。嘗て浜松にて厨房経験したことがあったが、そこにいたシェフの海老名公一郎(恐らく海老名ちゃんのお兄さん)も相当な料理人だった。しかし、それと肩を並べる程に風格が立っている。こんなすごい人が、こんな僻地の旅館にいるとは、驚きだ。
衝撃を覚えたところで、右隣の人間……つまり俺の左隣の男性が立ち上がった。さっきうまるに対してにやけていた人だ。
「えー、次郎丸太郎です。ここで一応清掃等の仕事してますが、小説も書いています。よろしくお願いします」
破棄の無さそうな声で紹介を終えるが、恐らく小説が本業だろう。旅館スタッフというよりも、机に向き合って文章を書いている方がお似合いかもしれない。何か事情があるのだろう。
俺たちは既に紹介したので、飛ばしてうまるの右隣の女性に回った。ピンク色の仲居服を着ていて、若そうな人だが、同時に母親っぽく見える。その人は立ち上がって、紹介をし始めた。
「輪島巴です。仲居やってるんで、よろしくね。あとまだ未婚よ……」
最後がすっごく悲しそうだったが、どうも俺に視線が行っている気がしてならない。気のせいだといいのだが、男に飢えているとしたら少し怖いな。
紹介を終えて、隣へと順番が来る。巴さんよりもさらに若い女性、というより女の子だ。薄い茶髪に天然パーマ、そして小柄な体格、オレンジの仲居服が特徴だ。その子は勢いよく立ち上がって、口を開いた。
「松前緒花です! 仲居しています!! よろしくお願いします!!!!」
他と似たような自己紹介だが、何しろ声がでかかった。うまるが駄々をこねるときとあまり変わらない音量で喋るとは、なんというパワフルな女子高校生なんだ? いや、最近の女子高校生はみんなそうなのかもしれない。
さっきと同じように勢いよく座ると今度は大人しそうな女の子が立ち上がった。緒花ちゃんと同じ仲居服を着ている。しかし容姿は非常に整っていて、同じアパートに住んでいた海老名ちゃんを思い出す。ただあそこまで恥ずかしがり屋じゃないだろう、きっと。
「あ、あの……押水菜子です。緒花ちゃんと一緒に、仲居やっています。よ、よろしくお願いします……」
やっぱり恥ずかしがり屋だった。でも、笑顔は自然で接客向きだ。俺は素直にすごいと思った。
さて次はと思い、菜子ちゃんの隣を見てみると、黒髪のポニーテールに、水色の板前制服を着た女の子が座っていた。ムッとした表情で皿を見つめていて、機嫌は悪そうだ。まるで初めて切絵ちゃんが俺の家に来たときのようだった。彼女も相当キツい視線を俺に送っていた。さて、彼女はいったいどういう人物なのだろうか。
「鶴木民子です。よろしく」
短すぎる。ついでにぶっきらぼう。これは、正直切絵ちゃんよりも接しづらいかもしれん。しかも本人は拒絶するようにすぐに椅子に座ってしまい、キツい目付きを保ち続けている。隣に座るうまるもどうしたらいいか俺に目線で助けを求めている。正直、どうしようもない。
とりあえずまだ自己紹介は終わっていない。俺は目線をその隣に移した。そこには縦に長い白いあごひげを伸ばした老人がいた。腰ももう曲がっており、そろそろご隠居した方がいいんじゃないかとすら思えてくるレベルだ。ただ、弱々しさは感じない。寧ろ、仕事に対して情熱があるように見える。
「えー、助川電六です。ワシはここでボイラーを担当しております。どうぞよろしく」
恐らく彼が一番の古株であろう。でなければ、ここで老人になっても働くはずもない。正直俺は、こんなよぼよぼになっても仕事はしたくない。老いたら、うまるのようにごろごろして余生を過ごしたい。
これで一通り終わっただろう。まあ、まだ来ていない人間を除けばだが。番頭は困ったような顔をしながら立ち上がる。
「みんな自己紹介ありがとう。だけど、女将はどうするか……」
「女将ならすぐ来るじゃろ。あ、ほれ足音が聞こえるわい」
番頭の近くに座る電六さんが部屋の引き戸を見る。それに併せて皆がそこを見ると確かに、そこには着物姿の女性がいた。
しかし、美しいとか綺麗とかそういう感情はない。先行したのは……怖いというものだった。
齢は恐らく電六さんとそうは変わらない。白髪も生えていて老いを感じさせる一方で、目付きは恐ろしく鋭く、そのまま見つめあったら殺されそうなほどの気迫を持っている。だがこれで上品な着物や歩き方をするものだから、醜い人物ではないことは分かる。
ああ、間違いない。この人は絶対にこの旅館のリーダーだ。
「待たせたね。ちょっとお客様とお話をしていたんだよ」
「かあさん……じゃない、女将だけですよ。自己紹介していないの」
「おや、あんたたちはもう済ませたのかい?」
女将は落ち着いた物腰で番頭さんと話しながら、ジロッと俺たちの顔を見る。マイナスな感情は込められていないはずなのに、ビクッと来てしまう。さっきの、民子ちゃんとは比べ物にならないほどの威圧感だ。
「じゃあ私もしないとね、土間大平さん、うまるさん。名前は既に知っているだろうけど、私は四十万スイ。ここの女将をしています。よろしく」
丁寧な挨拶が終わり、俺たちも頭を下げると、パンパンと手を叩く音が聞こえた。振り向くと、番頭さんがニコニコと笑いながら飲み物の入ったグラスを持っていた。そういえば、お腹が空いてきたな。
「さぁ、全員の自己紹介も住んだところだし、ご馳走を食べよう! じゃあ、タイヘイさんとうまるさんに……乾杯!!」
乾杯と、活気よく全員が唱和したところで宴が始まった。自己紹介で少し緊張した空気が、あっという間に緩んでいき、笑顔を浮かべながらテーブルの食事に手をつけている。
隣を見ると、うまるもばくばくと(もちろん外のためお淑やかに口に運んでいるが)食べている。しかも、外用フェイスだということを忘れているのか、コーラを飲んでいる。普段なら絶対に有り得ないのに。外では普段、お茶やコーヒーなど、家でのぐうたら生活を象徴するものとはかけ離れたものを飲むというのに。
……ああ、そういうことか。
うまるは今まで、外面を気にして生きてきた。外では完璧な人間だけれども、内側ではぐうたらしまくりのダメ人間だ。もしダメ人間がばれてしまったら、それまでの人間関係が崩壊してしまう。それをうまるは極度に恐れている。
だけど、ここにはそんなものはない。何故なら、既存の関係など初めから存在していないからだ。ここで初めて作るのだ。だから、コーラ飲んでようが別に問題なんてない。ゲームしてたって、汚く食べたって、ぐうたらしたって、うまるという人間が定まる以外に何も影響はない。今こうして食べているのを見た他の人間は、うまるをそういう人間だと考えるだろう。コーラを飲む、お淑やかで美人な女子高生と。
でも、これこそが、うまるそのものなんじゃないかと思えた。俺は長いことうまると過ごしてきたけれど、実はうまるというのがわかっていなかったのかもしれない。うまるの素は面倒くさがり屋で、だらだらしていて、それでいて一緒にいて楽しいと思える人間だと思っていた。
確かにその一面もあるだろう。というか半分以上はそれだ。でも、それが全てじゃなかった。残りは、完璧な女子高生だった。上品で、美人で、頭がよくて。うまるは今、素の自分を出しているんだ。完璧だけど、変わった一面を持つ女の子を見せているんだ。
だとしたら、これはこれでよかったかもしれない。うまるは完璧を演じることを強いられていた。でも……その枷を解いたうまるは幸せそうだ。美味しそうに食事を味わい、従業員や同年代の女の子達と話す姿は、小さい頃の無邪気なうまるを思い出させてくれる。
(ここに来たのは、間違いじゃなかったな。うまるも、楽しそうだし)
俺は息を吐き、うまるの笑顔を眺めながら皿に盛られた料理を口に運んだ。
一時間と少したったあと、料理はすべて平らげられ、お開きになった。感謝の言葉を述べて、明日からよろしくという心強い返答が返ってきたところで俺たち二人は自分達の部屋へと戻ることにした。
部屋に戻ると早速うまるは小さくなって二段ベッドのはしごを駆け上がり、すぐに寝そべった。俺は椅子に座り、うまるの小さな背中を眺めた。
うまるはお気に入りのフードを被り、天井を眺めている。俺もはしごに手をかけてうまるのところへと向かう。
「なぁうまる、楽しかったか?」
「うん。友達とか、そういうの出来るか不安だったけど……上手く話せたよ」
「そっか」
「緒花ちゃんとか菜子ちゃんとかはすっごく話しやすかったな。……鶴来さんはなんか全然話せなかったし、なんか怒ってたけど」
「そういえば自己紹介中もずっときつい視線をしてたな……何でだろうな?」
「さぁ?」
俺ははしごを登りきり、うまるのとなりに座る。二段ベッドに二人座るのは少々怖いが、うまるは今ものすごく軽いので軋みすらしなかった。
「なぁうまる」
「なに、お兄ちゃん」
「来て、よかったか?」
俺は恐る恐る聞いた。もし、うまるが嫌だったら、今からでも東京に送り返してもいい。実際不可能じゃない。方法なんて色々あるのだから。
俺はうまるの顔を見る。うまるも俺を見てーーー口を思いきり広げて、頷いた。
「うんっ! 来てよかったよ!」
天真爛漫で、嘘偽りない笑顔を浮かべるうまるは、俺にしがみつく。俺はうまるの頭を撫でながら、そっかと相槌を打った。
うまるは行きたがらなかったけれど、こうして今、笑顔を浮かべている。うまるが嫌な思いをしなければ、もうそれでいい。
「じゃあうまる。明日から、またよろしくな」
「うん、お兄ちゃん。お仕事、頑張ってね」
「ああ」
俺はうまるの頭を撫でた。うまるはすっごく嬉しそうに微笑む。だらしなく頬を垂れさせるその様は、まるで動物だ。
きっとうまるは、ここで新しい自分を、いや、ありのままの自分を見せていくのだろう。外と中の激しい落差による苦しみを消し去れる場所なんだ、思いきり自分を表現できる絶好のチャンスだ。うまるはこれから学校に通うことになる。そのときうまるは、仲良くやっていけるだろうか。俺は少し不安だったけれど……きっと大丈夫だろう。うまるは絶対に、大丈夫。だって、外じゃ完璧を演じられたのだから。
俺はとりあえず自分の仕事に専念しよう。何かあったら、その時は助ければいい。
というわけで、ーーー忘れないうちにうまるに一言いっておこう。
「うまる。一つ、言い忘れたことがあった」
「……何?」
うまるは真ん丸な目を向けた。俺は極力笑顔になるように努めて、口を開いた。
「色々複雑だけどこの際面倒だから単刀直入に言う。明日から、仲井の仕事をすることになった」
「え……、え……?」
「え」
「うぅううううううぇぇえええええええええええええええーーーーーー!!!!?」
二段ベッドが崩れるほどの叫びが、狭い部屋に響き渡った。思わず俺は耳を塞ぎ、うまるをなだめることに専念する。
「なんでなんでなんでうまるが働くの!? 聞いてないよお兄ちゃん!!」
「だ、だってしょうがないだろ!? 最初に言ったら絶対にお前行かないっていうだろ!!」
「行かないよ! うまるはすでに仕事しているんだよ、自宅警備員と言う仕事を!!」
「それは仕事とは言わん!! 大体お前はぐうたらしすぎなんだ、少しはここで働くことを学べ!!」
「うぅ……やっぱり来なきゃよかったぁぁーーーーーー !!!!」
「お、おいっベッドで暴れるな!? ついでに俺を落とそうとするなぁ!! やめろおっーーー!!!!」
うまるの叫び声は、
うまるが働くことになりました……。
それと素の自分がうんたらこうたら言いましたが、うまるの中身は基本的には変わらないけれど、外で完璧を演じようと努力することはもうなくなるという意味です。ですので原作のあの強烈な家うまるは顕在します。誤解が生まれるかもしれないので書いておきました。