オーバーロードと至高の這いよる声優さん   作:オルセン

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プロローグ

 

 その部屋は、アニメーション作品に声優たちが声を当てる収録用のスタジオであった。

 扉は雑音が入り込むのを防ぐためしっかりと閉めきられており、赤地に白文字の『録音中』という表示板が点灯していた。部屋の中には、ずらりと並べられたマイクスタンドの前に立っている男たち。全員が部屋の一方向に視線を向け、目まぐるしく動き続ける映像を真剣な面持ちで見上げていた。その中のひとりが、映像の中のキャラクターが喋り出すタイミングに合わせてセリフを口にする。

 

「ンッン~~♪ 実に清々しい気分だ。歌でも一つ歌いたいようなイイ~気分だァ」

 

 彼の名前は高柳守也、声優だ。

 デビューしてから5~6年あまりはチャンスに恵まれず、モブ役とアルバイトなどをしながら細々と食いつないでいた彼にとって、初の大抜擢となる作品がこれである。その理由は、ある声優に声質が酷似することに起因していた。

 

「6秒経過ッ!! 100年前に不老不死を手に入れたが……これほどまでに絶好調の晴々した気分は無かったなァ! ジョースターの血は本当に良く馴染むゥ!」

 

 諸君は、今彼が演じているキャラクターをご存知だろうか。

 もしも「知らない」と答える者がいたとしても、どうか責めないでやってほしい、それは無理からぬことだからだ。何故なら西暦2138年現在から遡ること、100年以上も昔に書籍化されていた漫画のキャラクターだからだ。その作品は同時期にアニメ化もされたのだが、DIOという名のキャラクターを演じた声優の声は、大変特徴的なものであったという。

 その声優によって生命を吹き込まれたアニメやゲームの登場人物たちは、彼の名に因んでこう呼ばれていた。

 

 テラコヤスと。

 

「最ッ高にハイってヤツだァ――ッ!!」

 

 この男、高柳守也の声はテラコヤスであった。

 

「じ、ジジイ……あんたの言う通り、」

 

「あー、ちょっと止めてもらっていいかな?」

 

 次の台詞を続けようとした主人公役の声を遮って、マイク音声がスタジオ内に響いてくる。別室で収録の様子を確認していた監督の声だ。

 

「高柳、6秒じゃなくて8秒経過ね。巻き戻っちゃってるよ。それと、『最高にハイ』のところが弱いな。もっと声が裏返るくらいアゲて言ってみてくれる?」

 

「あ……あ! はい! すいません、皆さんすいませんでした!」

 

 指摘を受けた男は、スタッフや共演者たちにしきりに頭を下げた。

 

 

   ▽   ▽   ▽

 

 

「……はぁ」

 

 休憩室で缶コーヒーをひとくち啜り、高柳はため息を漏らす。監督からの駄目出しの後も何度かNGが出てしまったが、どうにか最後まで演じきることができた。壁時計に目を向けると、午後11時を過ぎていた。

 

「こりゃあ、0時までに間に合わないなぁ」

 

 彼は携帯端末を懐から取り出し、10日前に届いていたメールをもう一度開いた。

 

『突然のメール失礼いたします。覚えておいででしょうか。アインズ・ウール・ゴウンのモモンガです。皆さんも既にご存知かもしれませんが、ユグドラシルのサービス終了まであと10日を切りました。何か派手なことを企画しようというわけではありませんが、最終日までにもう一度ギルドの皆で集まれたらな、と思っています。もし気が向きましたら是非ともいらして下さい。お待ちしております』

 

「はは、相変わらず生真面目な人だよなぁ」

 

 メールの文面を見て高柳は表情を綻ばせた。

 高柳はユグドラシルという、かつて一世を風靡したDMMORPGのネットゲームプレイヤーであった。そのゲームにおいて上位にランクインしていたギルド『アインズ・ウール・ゴウン』のギルド長が、このメールの送り主、モモンガその人である。

 高柳は声優になってからも仕事にはあまり恵まれなかったため、ひと月に何度かはストレス解消を兼ねてログインし、モモンガの狩りに付き合ったりしていた。しかし、今回の役がオーディションで抜擢されてからは、役作りの為にと完全にゲーム断ちをしていたのだ。しかもタイミングの悪いことに、ユグドラシルは本日の0時でサービス終了となる。

 

「ごめん、モモンガさん。ちょっと行けそうにないや……」

 

 せめて最後に話したかったなと思い、高柳は肩を落とした。

 

『♪~~』

 

「ん?」

 

 手の中の携帯端末から軽快なメロディーが聞こえてきた。電話の着信だ。

 

「一体誰から……って、あっ」

 

 送信相手の名前を確認し、高柳は慌てて通話ボタンを押した。

 

『もしもし久しぶり~今電話大丈夫だった?』

 

「大丈夫です! お疲れ様です茶釜さん」

 

『キャラネームで呼ぶなっつたろチ○カス野郎☆』

 

「あああ、すんません先輩」

 

 独特の子供っぽい声でドスを効かせるという器用な喋りをするこの電話の相手は、高柳が所属しているギルド『アインズ・ウール・ゴウン』の古参メンバーである。ユグドラシル内でのキャラネームはぶくぶく茶釜という。

 可愛らしい声に反して、ゲームで使用しているアバターはピンク色の蠢く肉棒としか形容できない、見る者のSAN値を削りに来ているかのような粘液状生物である。彼女は高柳よりも先にデビューして実績を重ねていた実力派声優であり、互いのリアル素性を知ってからは、よく技術面での相談に乗ってもらっていた。

 

『まったく、ネットとリアルは切り離す。ネットマナーの常識だよキミぃ?』

 

「ははは……。まあ、その名前で呼ぶことになるのも今日が最後でしょうけどね」

 

 高柳が残念そうに言うと、楽しそうに笑っていた彼女も「ぁ、」と小さく声を漏らした。

 

『……ユグドラシル、終わるんだって? 私、モモンガさんからのメールで初めて知ったよ』

 

「仕方ないですよ、先輩も忙しいですから」

 

 茶釜はここ数年で主役や準主役として多方面に出演する機会が多くなり、仕事量が倍以上に増えてしまっていた。故にアカウントこそ残していたものの、ログイン自体殆どできなくなるだろうと随分前にギルドメンバー達に告げていた。実質上の引退を余儀なくされていたのだ。

 

『高柳くんは今日ログインするの?』

 

「いやそれが……収録の方が長引いてしまいまして、さっき終わったんですけど、正直今からじゃ間に合いそうにないです」

 

 高柳はもう一度時計に目をやった。移動にかかる時間を逆算して、やはり無理そうだと思って済まなそうに伝える。

 

『あ~、大昔にやってたアニメのリメイクだっけ? 自重なジョンに暴言だかなんだかっていう……』

 

「『ジョジョの奇妙な冒険』ですよ! ジョンさん自重してるのになんでひどいこと言われるんですか」

 

『惜しい!』

 

「惜しくないですからね!?」

 

 茶釜はこういう時に空気を読まないような人では決してない。きっと彼女なりに冗談を言って気を紛らわせてくれたのだろうと高柳は思い、呆れたような口調で笑いながらも、電話口の茶釜に対して頭を下げた。

 

「ところで先輩とペロ……あー、と、弟さんは? ログインできそうですか?」

 

『私はこの後ラジオ放送の出演があるから……帰宅は午前2時過ぎかなぁ。無理っぽい。弟は……どうかな。確か三徹目突入だって言ってたから、今頃仮眠とってるかも。電話でもかけて叩き起こそうか?』

 

「やめたげてください」

 

 茶釜には弟がいる。やはり高柳と茶釜の二人の例に漏れず、ペロロンチーノというキャラネームでユグドラシルをプレイしていた。

 エロゲー・イズ・マイライフを信条としていた彼はある日「エロゲー王に俺はなる!」と叫びだしてゲームからログアウトし、次の日には勤めていた会社に辞表を叩きつけ、エロゲー製作会社を起業したのだ。後から高柳が聞いた話によると、自分の姉が絶対に主演していない理想のエロゲーをプレイしたいが為に「だったら自分で作ればいんじゃね?」という思考に至り、むしゃくしゃしてやったのだそうだ。それを耳にしたギルドメンバーたちは、「こいつバカだ」「頭おかしい」「どうしてこんなになるまで放っておいたんだ」と彼の見事なまでの行動力を口々に賞賛したものである。

 動機はともかく、死ぬほど頑張っているペロロンチーノに対して「今すぐネトゲにログインしろ」とはとても言えない。言えるわけがない。言えるとしたらこの、姉と書いて「オニ」と読むぶくぶく茶釜だけであろう。

 

『ラジオの放送中にさぁ、引退宣言とかしたら怒られるかなぁ。私、普通のネトゲ廃人に戻ります! なんて言ったりして』

 

「……絶対怒られるから駄目ですよ?」

 

『だよねぇ。まあ半分は冗談だけど』

 

「半分は本気だったんですね」

 

 茶釜は「あはは」と笑って高柳の問いかけをごまかした。

 

『じゃあ、そろそろスタジオ入りしなきゃだから切るね。高柳くんも頑張ってなー』

 

「はい、ありがとうございます。それじゃあ」

 

 簡単に挨拶を済ませて、端末の通話状態をオフにする。

 

「……うん?」

 

 端末の画面に、小さな黒い点ができていた。ゴミでも付いたかと思って指で擦ってみると、今度は指に黒い点が写り込んだ。

 

「え……っ? まさか」

 

 顔を上げ、正面の壁をじっと凝視した。……黒点がある。そのまま少しだけ視線を動かすと、黒点はそれに合わせて同じ方向に動いた。それは目の中にあったのだ。

 

「おいおい……まさか目の病気か何かっていうんじゃ……」

 

 病院に行くべきか?

 でももう深夜だ。

 救急に駆け込む程なのか?

 放置してたらマズいやつか?

 思考が定まらない。若干焦り気味になりながら、まずは落ち着こうと深呼吸をする。気のせいか、さっきよりも黒点が大きくなってきたように……。

 

「うッ!?」

 

 気のせいではなかった。今の一瞬で黒点が直径10cmくらいに広がった。もう視界の半分が黒一色に染まっている。呼吸が荒れ、苦しくなってきた。もはや高柳はどうすればいいのか考える余裕すら無くなってしまっていた。

 ふらついて何かにつまずいた……ような気がする。倒れて頭を強打した……ような気がする。自分の心臓が早鐘のように鳴り続けていることだけ、正常に認識できていた。目の中では、黒い渦とでも形容すべき恐ろしい何かが、少しずつ形を変えながら蠢いていた。

 

(自分はここで死ぬのだろうか。こんなよく分からない状況で。完成したアニメ、見たかったな)

 

 混濁した意識の中でうっすらと考えていると、高柳守也の視界は完全な闇に染まった。

 

 ――そして、時計の針が0時を指し示す。

 

 

 




はい、というわけで異世界へ転移するまでのお話でした。
皆さんご存知の通り、主人公の声はあの方の中の人に瓜二つです。あり、ありえない(迫真)

オリ主の職業が声優ということで、ぶくぶく茶釜さんとリアルで連絡を取り合っていたという設定に。
ペロロンチーノさんのリアル職業についてはどうにも分からなかったので、この人ならいつか絶対やらかすだろうなと妄想して書きました。

次回から異世界のお話になります。それではまた( ´・ω・`)ノシ

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