オーバーロードと至高の這いよる声優さん   作:オルセン

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「ッはぁ! はぁッはぁッはぁッ!」

 

 高柳を突如襲った謎の症状は、視界が完全にブラックアウトした直後に消え去った。まるで肉体をまるごと新しく交換したかのように、それは一瞬のことだった。黒一色に染まっていた視界が徐々に回復してくる。最初に眼前に飛び込んできた色は、緑だった。

 

「なんだ……これ」

 

 紙のような薄く細長いものが下から大量に伸びていた。中には横に平たいものや、薄い毛のようなものが無数に生えた棒状のものもいくつか見える。

 

「もしかして、草か?」

 

 西暦2138年の世界では大気や水が酷く汚染されており、都市部においては人工呼吸器無しでは外に出ることもできなくなっていた。当然のことながら、そのような環境下ではまともに生育できる植物など殆ど存在せず、記録映像やバーチャル空間でしかそういったものを目にすることができなくなっていた。

 高柳は自分が仰向けに倒れていたことに気づいて立ち上がると、周囲を見渡した。あたり一面が、鮮やかな緑に覆われていた。冷たい風が草原を吹き抜けていく。匂いがした。彼にとっては初めて嗅ぐ匂いだったが、それは植物の青臭い匂い、そして有害物質で汚されていない綺麗な土の匂いであった。つい数分前まで、自分がいたのはビルの中だったはずである。そもそもこのような場所など見たことすら無い。上を見上げると、そこには夜空があった。本来なら汚染物質によるスモッグのせいで空など見えるわけがない筈だ。

 ギルドメンバーのブループラネットがギルド拠点の第六階層に作り上げた自然環境と同じ……いや、それ以上の美しい世界がそこかしこに広がっていた。

 

「どうなってるんだ……ここは一体?」

 

 あり得ない状況に放り出され、高柳はただ呆然と立ち尽くしていた。

 

 

   ▽   ▽   ▽

 

 

 白亜の巨大な建造物から、執事服で身を包んだひとりの老紳士が姿を現した。彼の一挙手一投足に洗練された完璧さが窺い知れる。名はセバス・チャン。己の主から命を受け、建物外の周辺地理を確認するため表に出てきたのだ。

 

「沼地が無くなっている……」

 

 彼が踏みしめている大地には本来、見渡すかぎりの大湿地帯が広がっていたはずである。それが今は全て普通の草原に変化してしまったいた。

 セバスにはどのような脅威にも冷静に対処できる自信があったが、この事態はまったくの想定外であった。だが、このまま手ぶらで帰るわけにはいかない。彼の主、モモンガは知的生命体の有無を調べろと命令を下した。ならばやることは決まっている。セバスは意を決したように歩を進めた。

 

 

   ▽   ▽   ▽

 

 

 30~40分ほど周囲の探索を続けたところで、セバスに対してモモンガから〈伝言〉(メッセージ)の魔法が飛んできた。

 

「これはモモンガ様」

 

『セバス、周囲の状況はどうだ?」

 

「はい、辺りは草原に覆われており、知性を持つ生物は確認できておりません」

 

『草原……沼地ではなく?』

 

 セバスの回答に対し、モモンガから当惑したような声が聞こえた。聡明なる主にとっても現在の状況が全くの未知であることを知り、初めてセバスは戦慄を覚えた。しかし、ここで動揺を見せれば主の全幅の信頼を裏切る行為にも等しい。至高の御方のシモベであるという矜持が、辛うじてセバスの冷静さを維持し続けた。

 続けて周囲を探索して最低限知り得たこと……人工的な建築物が他に見当たらないこと、そして空には夜空が広がっていることをモモンガに告げる。

 

『そうか……そうか……』

 

 セバスの報告を聞きながら、モモンガは考えこむように相槌を繰り返す。

 モモンガは自分たちが住処としている拠点、ナザリック地下大墳墓ごと何処か別の場所へ転移したのではないかと推察していた。それを聞いたセバスは成る程と納得する。それならばこの状況も腑に落ちるからだ。しかし、何処に転移したのだろうか。それが不明な現状では決して安心はできまい。

 次はどうするか思案しながら周囲を見渡していると、遠くから微かに草をかき分ける音が聞こえてきた。

 

「お待ち下さいモモンガ様……何者かが近づいてきております」

 

『何!?』

 

 セバスは意識を前方に向け、ガイキ・マスターの索敵力上昇スキルである〈八卦陣〉を発動させた。

 

「敵意は発していないようです。接触いたしますか?」

 

『うむ、だが油断はするなよ。念の為に時間を設けておこう。今から10分後に再度〈伝言〉(メッセージ)を送る』

 

「畏まりました」

 

 深々と頭を下げて〈伝言〉(メッセージ)の解除を待ち、すぐにセバスは体勢を整えた。月光に照らされて、相手の姿が徐々にはっきりと見えてくる。

 

「ッ!?」

 

 対象の全身を視界に捉えた瞬間、セバスは全身を雷に打たれたかのような衝撃に襲われた。

 

「あ……あの雄姿は……まさか……!」

 

「ん……、そこに誰かいるんですか?」

 

 声をかけられて、疑惑は確信に変わった。自分がこの御方を間違える筈がないと。セバスは即座にその場で片膝をつき、忠誠の意を示した。

 

「よくぞ御還り下さいました、我らが至高の御方、テラー・コヤ=ス様……!」

 

「え、ちょ……! は!?」

 

 感動に打ち震えるセバスをよそに、至上の御方と呼ばれた当の本人は困惑を露わにしていた。その男は先ほど草原のど真ん中に突然放り出され、わけも分からず歩きまわっていた高柳守也その人であった。

 

「その名前って確か僕のキャラネーム……あの、どこかで会いましたっけ……?」

 

 もしや、テラー様は記憶を失ってしまわれたのか、そう不安に駆られ顔を上げると、彼はまじまじと自分を観察し、ふと思い至ったかのように口を開きかけ、「まさか……いや、でも」と逡巡を繰り返した。やがて遠慮がちにセバスに顔を向け直すと、もう一度語りかけた。

 

「せ……セバス?」

 

 おおっ!、と口内の奥から声が漏れる。覚えていただけていた……ただそれだけで安堵の涙がこぼれる。「至高の御方を前になんと無様な」と己を叱咤しても、止めどなく溢れ出す涙を止めることができなかった。当の高柳ことテラー本人は、訳が分からないといった様子で終始まごまごしていたが。

 

「えーとまず状況を整理しよう……。セバスがいるってことは、ここってユグドラシルの中なのか? いや、それはあり得ないか。DMMO-RPG用のコンソールを装着せずにゲームを始められるわけがない。そもそも……」

 

 ちらり、と未だに傅いたまま涙を流し続けているセバスの方を見る。

 

(NPCであるセバスがこんなに表情豊かに動くなんてありえない。予め定められたプログラムに沿って簡単な動作をさせることなら出来たけど、プレイヤーと意思疎通ができるなんて、これじゃあまるで……生きた人間みたいじゃないか)

 

 そう、このセバス・チャンという老執事はユグドラシル内において、プレイヤーではなくプログラムによって動くだけのノンプレイヤーキャラクター(N   P   C)だったのだ。これこそ、現在巻き込まれている状況がゲームの中ではないことの証明となっていた。

 

「テラー様、僭越ながら申し上げたきことが。宜しいでしょうか」

 

「はいや!? 宜しいですよ宜しいですよ、なんでしょう」

 

 思案しているところを唐突に呼びかけられ、素っ頓狂な返事をしてしまう。テラーは咄嗟のアドリブに弱い自分をしこたま殴りなくなり、台本をくださいお願いしますなんでもしますからなどと頭の隅で連呼していた。

 

「私は、モモンガ様の命を受けてこの周辺の地理を調べていたのです」

 

 セバスの口から出た名前を聞いて、テラーは動きを止めた。

 

「……モモンガさん? ちょっと待った。モモンガさんもここにいるって?」

 

「左様でございます」

 

 セバスがいるのだから、冷静に考えてみれば十分にあり得る話であった。モモンガに会うことができれば、文字通り暗中模索のこの状況にも少しは光明を見いだせるかもしれない。そう考えてテラーはセバスの目を見た。命令が下されるのを待っているのが分かる。テラーは真剣な面持ちで一度だけ頷き、口を開いた。

 

「すぐに案内してください」

 

「御心のままに」

 

 

   ▽   ▽   ▽

 

 

「そろそろ10分か……」

 

 『アインズ・ウール・ゴウン』、そのギルドの拠点であったナザリック地下大墳墓は、様々なコンセプトでデザインされた全十階層からなる広大な要塞である。モモンガは現在、その第六階層にいた。

 モモンガの眼前に傅くのは大小様々な6体の異形たち。彼らは階層守護者である。ユグドラシル時代にそれぞれの階層を守護する番人としてデザインされた、中ボス的な役割のNPCであり、彼ら全員が、例外なくモモンガに絶対なる忠誠を誓っていた。

 

「お前たち、そのまま少し待て。セバスに〈伝言〉(メッセージ)を送る」

 

「「「「「「はっ!」」」」」」

 

 体格も性格も、種族もまるで違う6人が、まるで予め何度も練習していたかのように一斉に頭を下げる。モモンガは内心で「なんだかなぁ」と若干呆れつつ、円形闘技場の壁際に寄って〈伝言〉(メッセージ)を飛ばした。脳内で糸が引かれるような気配を感じる。今度も問題なく繋がったようだ。

 

「セバス」

 

『おおっ、モモンガ様でございますか!』

 

 先ほどとうってかわって興奮気味のセバスの声が〈伝言〉(メッセージ)を通して鳴り響く。モモンガが呆気にとられていると、すぐに自分の失態に気付いて謝罪した。

 

『も、申し訳ありません。大声などを上げてしまうとは』

 

「良い、気にするな。それよりも、何かあったのか?」

 

『そうでした。お喜びくださいモモンガ様。たった今、テラー・コヤ=ス様がご帰還なされたのです』

 

「な」

 

 セバスの報告を聞いたモモンガは、一瞬頭の中が真っ白になった。

 

「何だとぉッ!?」

 

 主の口から唐突に発せられた叫び声に、待機していた守護者達はビクリと身を震わせた。セバスが何か不敬を働いたのだろうか。もし仮にそうだとすればとてお許されることではないが、視線を向けた守護者たちが見る限り、モモンガから怒気のような気配は感じられなかった。

 疑問を抱く皆を代表して、ひとりの女性が立ち上がる。

 

「モモンガ様……どうなされましたか?」

 

 彼女は守護者統括のアルベド。金糸に純白のドレスで着飾った黒髪の美女である。頭部の両脇から曲線を描くように、捻れて突き出た角。そして腰と背中の間辺りから生えた、髪と同じ漆黒の大きな翼が特徴的であった。

 だが、アルベドの問いには答えない。モモンガは〈伝言〉(メッセージ)相手のセバスと話すの夢中になっているようだった。

 

「それで、彼は今何処に……ナザリックの入り口近く? では私がそこに……あ、いや待て。まずは二人だけで話したいことがある。うむ、そうだ。九階層の円卓の間に案内してやってくれ。ではセバス、頼むぞ」

 

 〈伝言〉(メッセージ)を解除すると、階層守護者たちに向き直って一度咳払いをした。

 

「ゴホン! ああ、大丈夫だアルベド。皆も驚かせてしまったようだな。心配には及ばん。……私は少し急用が出来た。ここを離れるので、もうしばらく楽な姿勢で待機していろ」

 

「は、はい、畏まりました」

 

 モモンガはアルベドの返事を待たず、少しばかり慌てた様子でその場から転移していった。

 暫しの静寂のあと、誰からともかく話を始める者たちが出始める。

 

「も、モモンガ様どうしたんだろう?」

 

「わかりんせん。なんだか慌ててらしたみたいでありんすが……」

 

「モシヤ、敵ガ攻メテキタノカ」

 

「まさか、モモンガ様がお一人で敵を迎撃に!? だったらあたしたちも追いかけた方がいいんじゃ!」

 

「まあ、待ち給え、君たち」

 

 最後に発言した丸眼鏡にスーツ姿の長身の男に、全員の視線が集まった。

 彼は悪魔デミウルゴス。第七階層の守護者であり、知恵者としてナザリックでも一目置かれている存在だ。

 

「悪い予測ばかりしていては思考の幅を狭めてしまうよ。戦略面でも戦術面でも、良いことではない。それに……」

 

「それに?」

 

 言葉を付け足す前に一拍置いたデミウルゴスに、会話に加わらず横で聞いていたアルベドは焦れたように先を促した。

 

「モモンガ様の御声はお怒りのものではなく、歓天喜地とでも言うべきポジティブな感情によるものだった。これはひょっとしたら、嬉しいサプライズなんじゃあないかな?」

 

「嬉しいサプライズって?」

 

「さあ、私にもまだそこまでは。しかし、モモンガ様が我々を吃驚させようとお考えになっているのは確実だろうね。でなければ、何も仰らずにこうして我々に思考する時間をお与えになるわけがないだろう? つまりモモンガ様はこう仰っているのさ。お前たちで私のサプライズが何なのか、予想してみろ、とね」

 

 それを聞いた全員が、期待に胸を膨らませて九階層へと続く通路に視線を向けたのは、当然言うまでもなかった。

 

 




*おおっと*

正規の方法で異世界に転移しなかったので出現位置にズレが生じました。

高柳ことテラーさんのキャラビルドについては次回に持ち越しです。


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