オーバーロードと至高の這いよる声優さん   作:オルセン

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束縛契約

「……ねえモモンガさん」

 

「なんでしょう」

 

 テラーとモモンガは、ソリュシャンが出て行った扉を見ていた。我を忘れて逃げ出したわりに、開けた扉をしっかり閉めていったあたりは流石と言わざるを得ない。

 

「僕は……彼女を探しに行きます」

 

「!……テラーさん」

 

 一瞬、驚きで言葉が詰まる。モモンガは左右に首を振って続けた。

 

「本気なんですか。恋人でもない女性を追い回すその行為の意味……貴方にも分かる筈でしょう?」

 

「ストーキング……いや、上司と部下という関係性を考慮すれば、パワハラも付いてダブル役満は免れないでしょうね」

 

 モモンガはハッとなってテラーを見る。顔があるべき部分には虚無を思わせるような昏い空洞しか無かったが、彼は覚悟を完了させた漢の顔をしていた……ように見えた。

 ならばこれ以上引き止めるのは無粋……そう判断したモモンガは、勇気ある友を送り出すべく餞別の言葉を贈った。

 

「もし訴えられたら、弁護を引き受けますよ」

 

「ありがとう。……行ってきます」

 

 軽く握った拳を当て合い、お互いに小さく笑った。

 

 

 扉を開けて通路側に出たテラーは、まず<伝言>(メッセージ)を試みることにした。モモンガが使用しているところを横目で見ていただけなのでちゃんと使えるのかは分からないが、まずはやってみなければ始まらない。

 ゲームだった頃のことは忘れて、魔法という概念自体を『息を吸って吐くことのように、出来て当然のもの』と脳内で反復し、強くイメージした。

 

<伝言>(メッセージ)

 

「……よし」

 

 透明な糸が伸びていくような感覚。どうやら無事発動したようである。

 ソリュシャンが<伝言>(メッセージ)に応えてくれるのを祈りながら、テラーは歩を進めだした。

 

 

   ▽   ▽   ▽

 

 

 使用人……メイドや執事達には、個人として使用できる部屋は用意されていない。プレアデスの6人も同様であり、例外として個室を割り振られているのはそれらを統括しているセバス・チャンとペストーニャ・S・ワンコのふたりのみである。

 ソリュシャンはその中の一室、プレアデス用の待機室に閉じこもり、うずくまっていた。彼女の顔は絶望に染まりきっていた。自分のしでかしてしまった罪の重さのために。

 至高の存在である主人の命令を無視し、己の欲望を優先して逃げ出したのだ。しかも、優しく置かれた手を乱暴に振り払って。どのような任務でもそつなくこなす事ができ、同時に完璧主義者でもあったソリュシャンの精神は、今やズタズタに引き裂かれていた。

 そんな彼女のもとへ、<伝言>(メッセージ)の魔法がかけられる。

 

『――ソリュシャン』

 

 テラーだ。その声にソリュシャンの心は乱れ、欲望が再びジワリと広がっていく。彼女はその気持ちを抑えこもうと、必死に胸を掻き抱いた。

 

『返事はしなくても構いません。そのままで聞いてください』

 

 ソリュシャンは応えない。返事をしなくていいと言われたからではない。口を開けば、余計なことまで吐露してしまいそうだったからだ。

 

『……こんなことを言ったって言い訳にもならないでしょうが、どうにも女性の扱いというものに慣れていないもので。だからきっと、今回のことは僕が悪かったんだと思います』

 

 ――違う。

 

『……すみませ……いや、こんな風に<伝言>(メッセージ)で謝るのは狡いな。今から行きますから、そこで待っていてください』

 

 ――優しくしないで。

 

「……わ……わたくしなどに、」

 

『ソリュシャン?』

 

 ――もうやめて。

 

 彼に名前を呼ばれる度に、燃えるように顔が熱くなる。「至高の御身に気遣われている」ということへの多幸感と、その優しさを自分だけに向けてほしいと思う身勝手な感情がソリュシャンの中で綯い交ぜになっていった。

 

「わ、わたくしの……ッ、わたくしごときのためにそのようなことをされてはいけません」

 

 絞りだすように、言葉を吐き出す。

 テラーは何も応えない。ひょっとしたら拒絶ととられてしまった可能性もある。ソリュシャンは、これでいいのかもしれないと思った。自分のような立場の者が、あの方の寵愛を受けられるはずが無いのだからと。だが、それでも。叶わない願いだとしても、愛されたいと思ってしまう。

 

「……わたくし、バカですわね……」

 

 とっくに出し尽くしていたと思っていた涙を溢れさせ、掠れた声で独りごちた。

 

 

「――ああ、実に愚かだ」

 

 突然、扉のある方から声が聞こえた。その声はテラーのもののようだったが、何かが違う。ソリュシャンはそう感じた。

 

「<第十位階傀儡人形召喚(サモンゴーレム・10th)>、ザ・ワールド」

 

 呪文詠唱の直後にミシリ、と鍵がかけられていた扉を無理やり引き剥がして、部屋の中に等身大のゴーレムが入ってきた。逞しい筋肉質な、平たい逆三角形の兜のようなものを被ったデザインである。

 そのゴーレムの後ろには、同じく筋肉質な金髪の男が腰に手を当てて立っていた。黒一色のインナーに黄色を主体としたジャケットと下衣。衣装のあちこちにハート型のアクセサリーが散りばめられていた。

 彼は部屋の片隅にうずくまっていたソリュシャンを見つけると、ゴーレムを送還してズカズカと歩み寄り、声をかけた。

 

「私が誰か分かるか?」

 

「テラー・コヤ=ス様……」

 

 即答。外見も、声の抑揚もまったく違うのに、ソリュシャンは何故かひと目で彼の変化した姿だと理解できた。目の前の男、テラーはその答えに対して満足そうに頷くと、質問を続けた。

 

「ソリュシャン・イプシロン、貴様は誰のものだ?」

 

「わ、わたくしは……41人の至高の御方々の、ッ」

 

 テラーは跪いて答えようとしたソリュシャンのか細い首を乱暴に掴み、顔を上げさせた。

 

「違うな」

 

 今のテラーには、人間と同じように目鼻口がついていた。その顔でまじまじと観察する。首を掴まれたソリュシャンは羞恥に顔を真っ赤に染めながら、しかし逃れることを許してもらえない。

 

「ソリュシャン・イプシロン。貴様の望みを言ってみろ」

 

「わ、わたくしは、」

 

 言いかけ、まるで射殺すようなテラーの視線を受けた。ソリュシャンの呼吸が一瞬止まる。

 

「偽ることは許さん」

 

「……あ……」

 

 嘘を禁じられたソリュシャンには、もはや心のなかを吐露する以外の道を残されていなかった。喘ぐように掠れた声を漏らし、やっとの思いで言い切る。

 

「……お慕いしております……! どうか、わたくしの全てを捧げさせてください……!」

 

 黙ってそれを聞いていたテラーはニヤリと笑い、ソリュシャンの腰に手を回して立ち上がらせる。密着した部分に、テラーの体温が伝わってくるのを感じた。

 

「許す。今から貴様は我がものとなれ」

 

 テラーの言葉を半ば夢見心地のような状態で聞いたソリュシャンは、すぐに理解できず呆然となった。

 

「お前の生も死も、魂さえもだ。たとえ死んだあとだろうと、自由になれるなどと思うなよ」

 

 シモベとして生まれた者にとって、これ以上に嬉しい言葉があるだろうか。彼が言った言葉を心の中で何度も繰り返し、それが現実であることを確かめる。

 ソリュシャンは歓喜と安堵の涙で顔がぐしゃぐしゃになる。テラーの腕に身体を預けたまま、まるで幼子のように泣きじゃくった。

 

「……う゛う゛……ふぇえ゛え゛ん……ぐずっ、ありがどうございま゛す……!! こ、こんなに幸せな気持ちになったのは、生まれて初めてですぅ……!!」

 

「ふん、いずれ後悔することになるかもしれんぞ?」

 

 そう脅しをかけるテラーに、ソリュシャンは必死にかぶりを振って否定する。

 

「――まあ、良い。私はモモンガさんのところへ戻る。貴様はそのまま休んでいろ」

 

 テラーが身体を離すとソリュシャンは名残惜しそうに手を伸ばすが、やがて寂しそうに頷いて、部屋を出て行く主の後ろ姿を見送った。

 

 

 ソリュシャンと別れて暫らく歩いているうちに、少しずつ先程までテラーを形作っていた姿が崩れていった。服は一度ドロドロに溶けて、全身を青白い無数の仮面で覆った外套に再構成される。手足は闇色の触手のような形状に変わり、顔にあたる部分には捻じくれた空洞がポッカリと空く。這い寄る混沌(ニャルラトホテプ)であるテラー・コヤ=ス本来の姿である。

 

「何をやってんだ僕は……!?」

 

 先ほどの一連の言動を思い出し、テラーは壁際に突っ伏した。

 

 

   ▽   ▽   ▽

 

 

 円卓の間まで戻ったテラーは、待っていたモモンガに一連の経緯を説明した。それを聞いたモモンガは呆れた様子で尋ねた。

 

「どうしてそうなったんですか……?」

 

「えーと……最初はですね、この外見を怖がっているのかと思って変身スキルを使おうと思ったんですよ」

 

 自分の姿を見せるように手を広げながら、言葉を続けた。

 

「で、上位者っぽいのっていったらDIOかなって思ってそれに変身したらですね……」

 

「いつの間にか言動がその姿の方に引っ張られてしまった、と」

 

「そうなんです」

 

 成る程、とモモンガは円卓の上を指で叩きながら呟いた。ファッションや化粧の仕方を変えるだけで性格に影響を与える、というのは実際にもある事例らしい。本人にとってイメージの固まっているキャラクターへの変身であり、しかも細胞レベルでの変化ともなれば、その影響の大きさはどれほどのものか。キャラクターに成り切ってしまうというのも、十分にあり得る話である。

 

「まあ、悪い結果にはならなかったようですし、良かったじゃないですか」

 

「そ、そうですかねえ……?」

 

 楽天的なモモンガに対し、テラーは頭が痛くなっていた。いくらDIO的ロールプレイだからといって、ソリュシャンに「自分のものになれ」などと口走ってしまった。なんという上から目線か。彼女の方は少なくとも嫌がってはいないように思えたが、それも上司である自分を不快にさせないようにという配慮からだったのかもしれない。

 あとでそれとなく本音のところを聞き出して、フォローをしておかなくては。テラーはそこまで考えて、「そういえば」と思い出したことを口にした。

 

「さっき変身した時に分かったんですけど、こっちの方は朗報ですよ」

 

「なんです?」

 

「変身してる間はその種族の特性が優先されるみたいで、『精神異常感染』が発動しなかったんですよ」

 

 それを聞いたモモンガは「ほう」と興味を持ったように身を乗り出す。

 

「ちなみに、今回変身したDIOの種族クラスはやっぱり……」

 

「アンデッドの『吸血鬼』(ヴァンパイア)と、その上位クラスにあたる『真祖』(トゥルー・バンパイア)です」

 

 この答えは予想できた。『ジョジョの奇妙な冒険』の作中でDIOというキャラクターは、吸血鬼となって主人公の前に立ちふさがった恐ろしい敵だからだ。そのDIOをモデルに制作したのなら、この種族クラスの選択はある意味当然のことである。

 

「じゃあ、アンデッドの『種族特性』も働いてました?」

 

「それどころじゃなかったんでよくは覚えてないですけど、おそらく」

 

「よっしゃ!」

 

 モモンガが両手を上げて小さくガッツポーズする。魔王然とした今の姿でそんなことをしている友人の姿を見て、全然似合わないなぁとテラーは心の中で考えていた。

 そんなテラーの心中を知ってか知らずか、モモンガは我が意を得たりとばかりに立ち上がる。

 

「テラーさん、もう一度DIOに変身してください!」

 

 仰々しく左腕を広げ、力強く声を張り上げる。モモンガの中二病は、まだ完治していなかった。

 




ようやく変身能力の一部のお披露目。

作中でもちらっと書いてますが、原作のDIOが使っていたスタンドは召喚ゴーレムの外装をいじって再現しています。


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