オーバーロードと至高の這いよる声優さん   作:オルセン

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罪と親切と罰

 一言で言い表すなら、優男。そんな雰囲気の男だった。

 青い上下のスーツを身につけ、首に白一色のスカーフ。両手には黒手袋をつけている。センター分けにした髪はブロンドだが、大きく開かれた嘴のような前髪だけが、黒く染め上げられていた。一見すると只の人間のようだが、滲み出る瘴気が、それを『魔』に近しい者であると見る者に感じさせる。

 ここにいる守護者達の誰ひとりとして、そのような姿を見た者はいなかった。だが、理解できた。理屈や言葉ではなく、心で。紛れも無くいま目の前にいる人物こそ、無貌にして大いなる混沌、テラー・コヤ=ス本人であるのだと。

 皆、感動に打ち震えていた。しんと静まり返った円形劇場(アンフィテアトルム)で、声を上げる者は誰もいない。

 しかしその中のひとり、アルベドは青ざめた顔で震えていた。恐怖ではない。不忠者である自己に対する、吐き気を催す程の嫌悪のためだ。

 何故、信じられなかったのか。何故、もう戻ってこないと思ってしまったのか。この御方は、こうして自分たちの元へ帰ってきてくださったというのに。仕えるべき主はもはやただお一人のみ……そう勝手に結論づけてしまったこの愚か者(アルベド)を罰してしまわないと、心が擦り切れてしまいそうだった。

 今すぐ死罪を嘆願しよう。そう決心して立ち上がろうとした時、まるで見計らっていたかのようにテラーが爽やかな笑みを作り、第一声を発した。

 

「まずはただいまと言うべきでしょうか。皆さん、長らく留守にしてすみませんでした」

 

 守護者達の妙な空気を訝しんでいたモモンガが我に返り、言葉を続ける。

 

「……お前たちにも説明をしなければならないな」

 

 モモンガはどうやらこのナザリック地下大墳墓は謎の転移現象に巻き込まれたらしいこと。状況把握のためセバスを外周の探索に送り出した際、彷徨っていたテラーを偶然発見したことを全員に説明した。テラーも、この世界で置かれていた自身の状況を簡単に説明し、それに付け加える。

 

「どうやら僕も謎の転移とやらで飛ばされてきたようで。右も左も分からない状態だったので、こうして見つけてもらえたのはまさに僥倖と言わざるを得ません」

 

 そのような事態になっていたとは露ほども知らず、自分たちは呑気に雑談などに興じていたのかと、自責のあまり沈痛な面持ちになる守護者達。そんな様子を観察していたテラーの顔に、亀裂のような笑みが浮かんだ。

 

「おやぁ? なんだか皆さん疲れているみたいですよ。長時間待たせちゃったせいですかねぇモモンガさん」

 

「ん、うむ? そういえば……そうだな」

 

 わざとらしく困り顔を作って話を振ってくるテラー。だいぶ待たせてしまったのは事実だし、きっと疲れが出ている者もいることだろうと思って、少し驚きながらもモモンガは同調する。それに対して慌てた様子でアルベドが否定の声を上げた。

 

「い、いえ! そのようなことは決して!」

 

 思わず声を荒げてしまったが、他の守護者達はそれを咎めなかった。アルベドが言わずとも、自分が言おうと思っていたからだ。そんなアルベドの話を聞いているのかいないのか、テラーは「あ、そうだぁ!」と良い事でも思いついたかのように手をぽんと叩いた。

 

「実は僕、椅子を持ってきてたんですよ。1、2、3、4……おや、これは偶然! 丁度6つもありました」

 

「て、テラー様。あたしたち本当に疲れてないですから……」

 

 手を上げてそう主張するアウラ。そんな声も聞こえているだろうに、テラーはまるで無視した様子で鼻歌なぞを交えながら軽快に椅子を取り出し並べていく。6人分を並べ終えた時点ではたと気付いたように顔を上げた。

 

「おっと、僕とモモンガさんの分が無いですね。では、」

 

 アイテムボックスから御座を二枚出し、にこやかに言う。

 

「僕たちは地面に座りましょう」

 

 至高の御方々が地べたに腰を下ろすのに、自分たちだけがのうのうと椅子に腰掛けるなど、耐えられるはずがない。しかし、主から勧められた椅子を断るのも無礼。守護者たちがどうすればいいのか分からず固まっていると、躊躇なく御座の上で胡座をかいたモモンガがさらに追い打ちをかけた。

 

「テラーさんは気が利きますね。こんなものいつの間に用意していたのやら。……ん? どうしたお前たち。早く座ったらどうだ」

 

 泣きたくなった。

 進退窮まり、守護者同士でどうすべきか視線を交わし合う一方で、デミウルゴスは必死に思考を巡らせる。至高の御方々への礼を失しずにこの場を切り抜ける方法を。

 

(例えば、酷い痔を患っているため座ることができない等。……却下。治癒魔法で治せば済む話だ。では、空気椅子でギリギリ椅子に付かないように座るというのは……。事実はどうあれ主よりも高い位置に腰掛けていることに変わりない。やはり却下。マーレの魔法で地面を陥没させ、相対的に至高のお二人よりも低い位置に座るというのは……。至高の41人の御方々が創造された地形をシモベごときが許可もなく自由にして良い筈がない。これも却下)

 

 思いつく案は全て下策。下手に誤魔化そうとすればするほど滑稽になる始末だ。やはりテラー様の好意を無下にすることになっても、着席しないことが最善か……。そこまで考えたところで、デミウルゴスはあることに気がついた。

 

(いや……、そもそも椅子を6つしか用意していないことからおかしくはないか? モモンガ様からは当然何かしらのお話が前もってあった筈だ。ならば人数分、8席用意するのが普通。そうされなかったのは何故だ?)

 

 デミウルゴスは首を動かさず、目だけでテラーの表情を伺う。そして悟った。主が望んでいることを。

 

(やはり、か……)

 

 デミウルゴスの顔色が苦渋に染まる。理解したからといって、それが実行出来るとは限らないのだ。気付いた者が動くべきだと分かっているのに動けない。決断をためらって周囲に視線を向けると、アルベドと目が合った。時間にして1秒にも満たない一瞬の交錯。その中で、思考の末たどり着いた答えが互いに同じであることを理解したデミウルゴスとアルベドは、微かに頷きあった。あとはどちらが先に実行するか。

 

 跪いていた守護者から立ち上がるものが現れる。先に動いたのは、アルベドだった。

 

「確かに、少し疲れてしまったような気がいたします。折角のテラー様のご厚意、お受けしなければ勿体無うございますね」

 

 そう言って、椅子の前に移動した。

 後ろで未だ動けずにいる守護者たちから、悲鳴のような声が上がる。まさか、本気かと。

 アルベドは二度、三度と深呼吸をして、肘掛けに右手をかけた。電気が走ったかのようにビクリと震える。溢れ出そうになる涙を堪らえるようにぎゅっと目を瞑り、左手も肘掛けに置いて、ゆっくりと腰を下ろした。黒い羽根を痙攣のように震わせながら、「ふっ……ひぃ……っ」と悲痛な声を上げた。

 デミウルゴスは彼女に先んじられたことに僅かな嫉妬を感じながら、誰よりも先に行動してみせたその勇気に感動していた。守護者統括の名は伊達ではないということかと心中で賛辞を送り、アルベドに続くため自らも立ち上がる。

 

「私も少々疲れが出てきたような気がします。着席してよろしいでしょうか。モモンガ様、テラー様」

 

「あ、ああ勿論だともデミウルゴス」

 

「そのために用意したのですから、どんどん使ってください」

 

 デミウルゴスは主たちに頭を下げてから、残りの守護者達に目を向ける。その視線の意味に気付いた者がひとり現れ、2人、3人、最終的には全員が立ち上がり、並べられた椅子の前に移動した。

 

(……やっと分かりました。これはテラー様が我々に科した、各々が自らを罰する為の場。敢えて至高の御方々よりも高い位置に座らせることで、お帰りを疑った我々への報いとさせるということだったのですね……! くッ……だが、これは……!)

 

 椅子に腰を下ろしたデミウルゴスは、襲いかかる苦痛に全身から嫌な汗が吹き出し、顔を大きく歪めた。主を前にして、主よりも高い位置に坐することの精神的重圧がこれ程とは。こんなにも辛い責め苦がよもや存在していたとは思いもしなかった。他の者は大丈夫だろうかと視線を横に移すと、やもすると叫びだしてしまいそうになるのを必死に抑えこもうとする者や、舌を噛んで平静を保とうとする者、耐え切れずに嗚咽する者など、様々な感情がその場にあふれ出ていた。

 

 この世の地獄かと見紛うばかりの守護者達の痛ましい有様に、流石のモモンガもこれはおかしいと気づく。

 

「て、テラーさん? 椅子に座った途端全員苦しみだしたんですけど……?」

 

「ふーむ、あの椅子はどうも彼らに合わなかったようですねぇ」

 

 合わなかったで済むのかこれはという疑問を差し挟む間も無く、テラーは守護者たちに声をかけた。

 

「はいそこまで。椅子から降りて構いませんよ」

 

 その声を待っていたように、全員椅子から転げ落ちるように離れ、地面に伏していく。大きく疲労したように肩で息をし、咳込み、中には吐きそうになって口を抑える者も見える。

 

「しょ、贖罪の……、機会をお与えくださり……ッ、心より感謝致します……テラー様……!」

 

 アルベドが前のめりに倒れたままでそう述べながら、己の浅はかさを噛み締めていた。安易に死を望んだ自分が恥ずかしい。

 

(シモベたちの罪の意識を見透かし、死ぬことよりも重い罰をお与えになるとは……。慈悲深くも、なんと恐ろしいお方……!)

 

 辛うじて読み取ることができた思考ですら、それも主の心が僅かに波立ったから見えただけの、ほんの表層の一部分に過ぎないのだとアルベドは理解した。おそらくその心の奥は更に昏く深く、複雑怪奇に満ちていることだろう。

 アルベドはフラつきながらもなんとか体勢を立て直し、その場に傅く。他の守護者たちもダメージは残るものの、彼女に倣い同じように頭を下げた。

 再び頭を上げた守護者達は息も絶え絶えだが、表情は皆、憑き物が落ちたようにどこか晴れやかになっていた。

 

 テラーは「いいものを見せてもらった」とでも言いたげに悠然と頷き、その隣でモモンガはここまでの一連のやり取りが完全に理解の範疇を超えていたため、途中から考えるのをやめていた。

 

 

   ▽   ▽   ▽

 

 

 上位者達が去っていった円形劇場(アンフィテアトルム)で、安堵の溜息が漏らす者がいた。マーレだ。

 

「こ、こ、怖かったぁ~」

 

 マーレの発言を「不敬だ」と咎める者はいない。それこそがテラー・コヤ=スの本質を突いた言葉だと、誰もが思ったからだ。

 

「モモンガ様も恐ろしいオーラをお持ちの方でありんすが……」

 

「ウム、てらー様ニハマタ別種ノ怖サガアルヨウニ感ジタ。アノ時ノ震エハ、ナントモ形容ガシ難イ」

 

 未だ疲労の抜けきらぬ守護者達は地面にへたり込み、思い思いに語り合う。やはり内容は帰還を果たしたばかりのテラーについてだ。デミウルゴスは自分の側頭部を軽く掌で叩き、目眩を追い払うと会話に加わった。

 

「それは、テラー様のお名前を考えれば分かることだよ」

 

「お名前を?」

 

「テラー様のお名前は、『恐怖』という意味にもなるのよ」

 

 どういうことかと、首を傾げるアウラに、アルベドが助け舟を出した。

 

「そう、モモンガ様が死の体現者であるならば、テラー様はさしずめ恐怖の体現者。”死”という根源的恐怖を自在に操るモモンガ様に畏れを抱くのは当然のことだが、こと『恐怖を振りまく』という一点においてテラー様の右に出る者は、おそらく存在しないだろうね」

 

 守護者達が、ゴクリと唾を飲んだ。あれが本当の力をお見せになった姿なのかと。

 

「あれほどのお方が今のナザリックにお戻りになってくださったのは、本当に心強いわ」

 

「ああ、まったくだねアルベド。だからこそ我々も一層精進しなくては」

 

 その言葉を聞き、全員の瞳に力が宿っていった。

 

「まずは警備状況の見直しからね。プランは? デミウルゴス」

 

「勿論考えてあるとも」

 

 アルベドの問いかけに、デミウルゴスはニヤリと笑って答える。

 今の彼らに後ろめたさはもう無い。いずれ帰るだろう至高の41人全員を、胸を張って迎えよう。そのためにこのナザリックを全力で守護しようと、強く誓い合った。

 

 

   ▽   ▽   ▽

 

 

 円卓の間。転移して戻ってきた上位者のふたりは、だらけきっていた。

 

「つ、疲れたぁ~~」

 

「お疲れ様でした……」

 

 テラーは既に変身を解き、這い寄る混沌(ニャルラトホテプ)の姿に戻っていた。彼は肩のこりを解すように首をグルグルと回す。

 

「あれだけの錚々たる顔ぶれに上位者として振る舞うとは……よくやりますねモモンガさんも」

 

「いやぁ……それは流れというかなんというか……。可能な限り上に立つものに相応しい威厳ある振る舞いを見せて失望されないようにしようかと思いまして」

 

 今のモモンガに威厳と呼べるものは何もない。半分ずっこけたような体勢で椅子に腰掛け、肘掛けの外に両手をぶらんと垂れさせていた。テラー以外に誰も見ていないという気の緩みと、先程まで張り詰めていたことの反動だろう。

 

「でも、さっきのは何だったんでしょう? 普通の椅子ですよね? あれ」

 

「そうですよ。かなり待たせちゃったようだから立ちっぱなしは辛いかなって思って用意したんですけど、なんでか評判悪かったですね……」

 

 気の利く上司を演じたつもりが、見事に滑ったかと肩を落とす。

 

「まあ、次がありますよ。元気出して」

 

「そうですね……」

 

 同じ頃、本人が望んだものとは別ベクトルで評価がうなぎ昇りになっていたのだが、この二人には知る由もなかった。

 




特に理由のない親切(ぼうりょく)がシモベたちを襲う!

オーバーロード名物深読みスパイラルは難しいですね……。上手く表現できているでしょうか?
 
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