アイリスと出会って次の日、王都についたユウヒはギルドではなくアイリスの泊まっている宿屋へと向かった。
Dランクとなったのを丁度いい区切りとし、本日は休息日も兼ねて、新しい家に置く家具を探すことに決めていた。残りの金は金貨二枚と銀貨五十枚程とあり、多少使ってもこの後の生活には困らないだろう。
宿屋に到着して中に入ると、昨日と同じ男が店番をしていた。
お互いに挨拶を交わした後に二階へと上がり、アイリスの部屋へと向かった。
「クロだ。開けてくれ」
ドアをノックした後にそう言うと、走ってくるかの勢いでバタバタと足音が鳴り響く。
開けてと言ってから三秒も経たない程の速さでドアは開かれる。フードを深く被っており、ユウヒとあまり背丈の変わらない子供が出てきた。
「おはようございます、クロ様。わざわざお越しいただいて申し訳ございません」
「いや、いいよ。外に出られるほうが心配になるからね」
「心配なんてそんな……勿体ないお言葉です」
「中に入ってもいいか?」
「何もないところですがどうぞ」
「はは、分かってるよ」
二階でこんな会話がされている事を知らない店番の男は大きなくしゃみを出した。風邪を引いたのだろうかと誤解していることは言うまでもないだろう。
部屋へと入ると、小さな机には空の食器が置かれていた。ちょうどよく朝食を食べ終えたのだろうか、タイミング良かったらしい。
昨日と同じように座った後、ユウヒはフードを、アイリスはマントを取り始めた。
ここまでは昨日と全く同じであったが、ここからが違っていた。
昨日はところどころに血が滲んでいる服だったのだが、真新しい服へと変わっていた。
お風呂に入ったためかふわりといい匂いがする。昨日は少しだけぼさぼさだった髪も整えられており、少し短めの銀髪とそれに同調するかのように生えている銀色の耳。
白色をベースとした服が清潔さと清楚さを醸し出しており、とても似合っている。
「その服似合ってるよ、アイリス」
「あ、ありがとうございます……」
ユウヒは本心から思った言葉を言うと、アイリスは頬を赤く染めながらお礼を返した。
ユウヒは手を伸ばし、昨日と同じようにアイリスの頭を撫で始める。より頬を赤らめる事となってアイリスだが、その手を振りほどくことはせずに気持ちよさそうにしていた。
「今日は新しい家に置く家具を買いに行くぞ」
「分かりました、お供してよろしいですか?」
「ああ、勿論だ。むしろ俺はセンスというものがないから、アイリスが選んでほしい」
「が、頑張ります!」
ユウヒの言葉に責任重大だと感じ、気合を入れなおすアイリス。
アイリスは外に出るため、マントを再び着用しようとするが、ユウヒから止められる。
「ストップストップ。そのマントは汚れが酷いから捨てちゃおうか――代わりにこっち着て」
ユウヒは異空間から新品である白色のマントを取り出した。
自分のマント同様にユウヒが作ったものであり、正真正銘のユウヒとお揃いの色違いマントである。
ペアルックというわけではないが、白黒のマントを羽織った小さな子供の二人組が街中を歩き回るという行為は考えただけでもシュールである。
「それとアイリスの外での名前はシロな。念のため変えておこう」
「ユウヒ様がクロで、私はシロ……分かりました!」
安易なネーミングセンスだなと突っ込むことは藪を突くのと同じ行為である。
ディアルが自分にクロという名前が付けられた時に安易なネーミングセンスと突っ込んでいたが、ユウヒ自身も人のことが言えない程のセンスだ。
アイリス自身は心から喜んでいるのだからそれでいいのだろう。
早速アイリスはもらったマントを羽織り、二人は家具屋へと向けて歩き出した。
家具についてだが、ユウヒが作ればいいのだろうと思う人のほうが多いだろう。確かに作ることもできるのに加え、そちらのほうがお金は使わなくていいだろう。
しかし、何度も言うがユウヒにはセンスというものがない。
剣などの武器は前世でやっていたゲームを参考にして作れるが、他の物に対してのセンスが絶望的なのだ。
前世での服は友達から選んでもらったものを買って、部屋にあった家具や飾りつけは親に任せていたため、自分で考えるということは一切しなかったのである。
センス皆無なのを本人が自覚しているだけマシだろう。
「リビングと俺とアイリスの部屋――今日のところはこの三部屋だけ考えよう。空き部屋はいったん放置する方向で」
「クロ様はどんな部屋にしたいとかありますか?」
「んー、あまりカラフルなのは苦手かな。落ち着く感じで頼む」
「分かりました。頑張って選びます」
「二人の家の事なんだから、値段が……とか考えなくていいよ。自分の部屋の物に対してもね? 自分が欲しいって思ったものを選びなさい」
「はい! ありがとうございます!」
そんな会話を広げつつ、家具屋へと到着する二人。様付けと敬語がなければ、これから同棲や結婚を控えている夫婦のような会話だ。
家具屋へと入った二人だが、どの店も同じように子供の相手はしていられないような態度を取る店員。ユウヒは同じように金が入っている袋を軽く振ると、店員さんの目つきが一転する。
「クロ様、このリビングにこの机はいかがですか?」
「丁度いい大きさだな。これならいくつも物をおいても困らなさそうだ。店員これをくれ」
「は、はい! 直ちに準備します!」
「この椅子と組み合わせるといい色合いになると思うんですが……」
「ほう、確かにいいな。店員これを四つ頼む」
「た、直ちに準備します!」
「この食器棚も色がいいですし。角がちゃんと丸められてて、もしぶつかっても――」
「買おう。店員よ」
「た、直ちに!」
「クロ様、こちらのソファーが――」
「買い。店員」
「しょ、少々お待ちください! 他の店員も呼んできます!」
「おいおい店員よ、あと二部屋分あるんだからしっかりしてくれよ」
「ひ、ひぇぇぇ……」
ついには弱々しい悲鳴を上げる店員であった。
その後、一ペアの客に三人の店員が対応しなければ間に合わない程の勢いで買い物をするユウヒ達である。
展示品だった家具にどんどん売り切れという看板が立てられていく。その原因がたった二人の子供である。
「ご、合計銀貨七十三枚となります……」
あまりの金額に店員ですらも震えた声を出す。
ユウヒを中心としていると感覚がおかしくなるが、銀貨二枚が四人親子の一般家庭が一ヵ月不自由なく生活出来るほどの金額だ。一度の買い物でここまで使う人なんて王家と肩を並べるほどだ。
ユウヒは金貨一枚を差し出すと、恐る恐るそれを手に取り、お釣りの銀貨二十七枚を持ってくる店員。まさか金貨が出てくるなんて思ってもみなかったのだろう。
何度も言うが、銀貨二枚が一般家庭における一ヵ月の基準生活費だ。
その後、ユウヒは日にちと場所を指定して発送するようにと頼んで家具屋を出た。
「いやー、いい買い物をしたなぁ……」
「そうですね、クロ様。店の方驚いてましたもの」
「はは、せっかく新しい家なんだ。豪快に行かなきゃな?」
「クロ様の場合は豪快すぎるんですよ!」
アイリスの的確な突っ込みに、二人して笑いの声を上げる。二人ともマントを羽織っていなければ、その姿はカップルそのものだろう。
「次は皿とかコップとかだな。あと調理用品とかも必要になってくるな」
「はい、クロ様! どんどん行きましょう!」
「そういえば、アイリスは料理できるのか?」
「あ……出来ないです……」
「ふむ……まぁ、これから練習していけばいいさ。とりあえず目についたものをいろいろと買っていこう」
「はい! 頑張ります!」
その後も目についた良さそうな物をたくさん買っていく二人。
流石に小物は発送できないが、買った物はユウヒが異空間にしまうので何の不都合なく、金が尽きるまで永遠と買い物ができる。
周りを見てみると、いつの間にか宿屋の近くへと戻ってきていた。どうやら住人区をほぼ一周してしまったようだ。
大抵の必需品を買い終えたユウヒはお腹が空いてきたことに気付く。昼飯を食べるには丁度いい時間帯であり、丁度近くにある事から喫茶店リアルへと入る事にした。
「いらっしゃいませ。また来たんですね」
「その来ちゃ悪いような言い方はなんだ?」
「いえいえ、別にそんな事思ってませんよー。どうぞどうぞー」
アンと軽く会話を交わすユウヒ。今はもう互いに冗談を言えるほどの仲である。
昨日と同じ席に案内されるユウヒとアイリス。少しは別の料理に手を出してみようかと迷うユウヒであったが、本日もカリフの気分であり、アイリスもはまってしまったようなので二人ともカリフを注文する。
相変わらず他に客はいないが、いないからこそゆっくりと食事が出来る。
アンはこの喫茶店リアルの料理人――自分の父親に注文を伝えに裏方に戻ったのかと思えば、すぐにユウヒ達のもとへ戻ってくる。
その両手にはカリフを一皿ずつ持っていた。
「なんか、どうせカリフだろうって昨日あらかじめ準備しておいたらしい。一晩寝かせておいたほうがおいしいよ、とのこと」
「お、おう……なんか恥ずかしいな」
ユウヒ達はカリフを食べ始める。確かに具に味がより染み込んでいるような気がするユウヒ。
アイリスは無言で美味しそうに頬張っていた。
「そういえばアン。ここに料理の本でお薦めはあるか?」
ユウヒはカリフを食べながらアンに尋ねた。料理屋の娘であればいい感じの物を提案してくれるだろうと思ったのだ。
ここに来る前に実際にいろいろな本を見てきたのだが、いろいろと問題があった。
まずはコピー機がないこの世界では、本が全て手書きである。そのためか一冊の価格がなかなか高い。ユウヒの家にはいくつも本があり、田舎でも貴族がどれだけお金を持っていることにようやく気付く。
所持金に余裕もあるため、別に買えないことはないのだが、どれを買うべきかが一番迷ったのである。
ユウヒは前世で簡単な料理は作ったことがあるが、この世界で料理したことはない。豚肉などの基本的な名前は同じであるが、聞いたことのない調味料などが書かれているため、例え本を買ったとしてもいろいろと厳しい点がある。
「んー、料理の本は分かりませんね……クロさんは料理がしたいのですか?」
「いや、俺じゃなくて、こいつ――シロが練習したいって」
シロはその言葉に大きく頷いた。
「それじゃあ、お父様に教えてもらえるように頼んでみましょうか?」
「ん、それってこのカリフを作ってる……?」
「はい、そうです。肉から魚料理、スープも得意なお父様です」
「プロの料理人に教えてもらえるなんて願ったり叶ったりだ。聞いてもらっていいか?」
「ちょっと待っててくださいね」
アンはそう言うと、再び裏方へと戻る。
軽く話し声が聞こえるが、すぐに話が終わったようであり、アンすぐに戻ってきた。
「大丈夫ですって」
「おお、ありがとう。まさか正体も知らない子供のお願いを聞いてくれるなんて思っても見なかったよ」
「料理を学びたいと思う気持ちがあればそれだけで十分だと言っていました」
「アンの父親は格好いいな。講習料も出す、いくらがいいかな?」
「客として来るならお金は取るが、子供が純粋に学びたいと思ってることに金は取らねえって予め言っておけと言われてます」
「ますます格好いいな。惚れてしまいそうだ」
「え!?」
今まで黙々と食べていたアイリスが、ユウヒの冗談であるのにも関わらず反射的に声を上げる。
すぐに冗談だったと理解したようであり、何回か咳払いをした後に何事もなかったかのように再びカリフを口に運び始めた。
「まぁ、お言葉に甘えて、アンの父親に任せることにするよ」
「分かりました。できるなら今からでもどうかと言ってましたが」
「丁度いいな、よろしく頼むよ」
「よ、宜しくお願い致します!」
ユウヒの後に復唱するように答えるアイリス。
家が宿屋と向かい側程度の距離ならアイリス一人でも大丈夫だろう。
アンもアンの父親もいい人であるから、例えアイリスが狼人族だと知っても手を出すなんて真似は絶対にしないだろうと判断する。
「俺はこれからギルドの方に向かうから、シロを宜しくお願いしてもいいか?」
「任せてください。行ってらっしゃい」
「行ってらっしゃいませ、クロ様」
「ああ、行ってくる。また後で向かいに来るよ」
「はい! お待ちしております!」
元気のいい返事を聞いたユウヒはギルドへと向かうことにした。