蠱毒と共に歩む者   作:Klotho

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『目に見えぬ約定』

 

 

 

 

 

「ん、早かったわね。お帰りなさい」

 

 

 地底に続く風穴を抜け、妖怪の山を出て真っすぐに博麗神社へと飛翔した戻った私を出迎えてくれたのは参道を竹箒で掃除している霊夢だった。手にもっているそれは博麗神社に備え付けてあった竹帚とは少し違う新しめの……多分、魔理沙の箒である。

 それで何の気もなしに石畳に散った葉を片付ける霊夢を見て、私は居間か縁側で寝ているであろう魔理沙に心の中で合掌をしておいた。

 

葉を散らさないように静かに霊夢の前に着地。

 

彼女も手を止めて私の方を見た。

 

「ただいま」

 

「てっきり三日位ゆっくりしてくるものだと思ってたわ。どう?ちゃんと会えたの?」

 

「うん、お陰様で」

 

じゃあいいわと言って霊夢は集めていた木葉を参道の脇に散らす。

 

「そういえば、ひよりが出た後のお昼に慧音が来てたわよ」

 

「ん、寺子屋の人だっけ」

 

慧音……確か、妹紅と再会を記念した祝宴をしていた時に聞いた名前だったか。

 

『それより問題なのは慧音だよ。話しただろ?人里で教師をしてる奴なんだけど、ひよりと会うのを死ぬ程楽しみにしてたんだぜ?』

 

妹紅の話だと半人半妖で、更には人里で寺子屋で先生をしているらしい。

 

 何故そんなに私に会いたがっているのは分からないが、どうやらあの日慧音は私と妹紅の再会を邪魔しないようにと肝試しに来ていた霊夢や紫の相手をしてくれていたらしい。

 本来ならばその後戻ってくる筈だったらしいが何故か戻って来ず。あの日は外から声を掛けた慧音と顔だけ出して答えていた妹紅の会話の一部しか拾うことが出来ず結局会うことは出来なかったのだ。

 

それが昨日のお昼、態々博麗神社に来てくれていたのだという。

 

「……怒ってた?」

 

「なんで怒るのよ。ふつーにひよりに会いに来たって言ってたから、今日明日くらいは多分帰って来ないって伝えただけよ……まあ項垂れるくらい残念がってたけど」

 

そう言って何かを思い出し苦笑する霊夢。

 

彼女がそんな風に同情するということは余程慧音は落ち込んでいたのだろう。

 

「寺子屋……」

 

「そ、人里の中央に近い横長の建物。何だったらこっそり授業を受けてくると良いんじゃない?この近くの湖でうろちょろしてる氷精達も参加することがあるから、席は余分にあるだろうし」

 

そう言って此方を見る霊夢の顔は悪戯心に満ちた笑みを浮かべている。

 

 成程、飛び入りで参加も出来るのであればそれも楽しそうだ。これ以上慧音の方から態々来てもらうのも申し訳ないし、それに寺子屋というのも興味がある。霊夢の悪戯に乗るかは別としても、それは此方から赴くには十分な理由であった。

 

一帯の掃除を終えた霊夢は良し、と呟いて神社へと歩き出す。

 

「まあ慧音の件はひよりに任せるわ。それよりもご飯にしましょう、早くしないと魔理沙が飢え死にするわよ」

 

「ちゃんと二人が食べても三日は大丈夫な様にしておいたと思うんだけど……」

 

「魔理沙は朝から『ひよりが帰ってくるかも』の一点張りで林檎位しか食べてないけど?自炊を殆どしないアイツにとってひよりの料理は致命的過ぎたのよ。才能って残酷ね」

 

私は慌てて背後を見る。既に夕日は落ちかけて夜になろうかという時間だ。

 

「霊夢、私は先に戻ってるから」

 

「えぇ、私もすぐに行くわ。水だけ汲んで来るわね」

 

あとこれだけ魔理沙の横に転がして置いて頂戴、と言われて手渡された箒を掴んで飛翔する。

 

 出発前にサムズアップと共に見送ってくれた魔理沙の姿が脳裏に……いや、あの時彼女はちゃぶ台の向こうで寝転がっていて私の側からは掲げられた手と足しか見えなかったか。思いの外信頼度の低い魔理沙の『任せろ』のサインに内心で愕然とする。彼女の言を信じる時は、もしかしたら正座で帽子を取り敬語を使うレベルではないといけないのかも知れない。

 

 しかし差し当たっては二人の為に夕飯を作ることが先決だ。聞きたいことは幾つかあったけれども、本当に魔理沙が餓死したら困る。二人とも育ち盛りの年齢なのだ、先ほどの霊夢の林檎一個は冗談だと思いたい。

 

 

 

居間に入った私は結局それが冗談ではなかったことを知る訳だが。

 

 

 

 

 

 

 

「はー、生き返った。ご馳走様!」

 

「ん、お粗末様」

 

隣でそんなことを言って腹を撫でる魔理沙を横目で睨む。

 

 紫が定期的に食料を持ってきて、且つひよりも毎日必要な分だけ調達してきてくれている。それでも朝から晩まで入り浸ってご飯だけ食べるというのは如何な物だろうか。彼女が逆の立場であれば絶対に小言の一つや二つは言ったであろう、故に私もそんな思いを込めて魔理沙を見た。一瞬不思議そうな顔で此方を見た魔理沙だったが、私の視線が意図する物をすぐに感じ取ったらしい。

 

食器に手を伸ばそうとしていたひよりを手で制して魔理沙が腰を上げる。

 

「さって、じゃあ今日は私が片付けるか」

 

 言うが早いかそそくさと食器を片付ける魔理沙を見て、私と魔理沙の無言のやり取りを見ていたらしいひよりが苦笑する。彼女にとっては一人分多く作る手間よりも、一人分多く食卓を囲む方が良いから気にしていないという風だが。

 

それはそれ、これはこれである。食べた以上は働いて貰う。

 

「魔理沙はともかく、魔理沙の箒が代わりに働いたと思うけど」

 

「んー?私がどうかしたかー?」

 

台所で洗い物をしていた魔理沙が耳聡く聞きつけて顔を出した。

 

「何でもないわ。あんたの住んでる森について話をしてただけよ」

 

「……おう?」

 

少し疑問は残ったようだが、再び洗い物を再開するべく顔が引っ込む。

 

 そして再び顔が出てこないことを確認して、私はひよりに目だけで魔理沙の箒のことは言わないで置くようにと伝えた。私が縁側で魔理沙と共に昼寝をしていた時に、掃除に使う竹箒を取りに行くのが面倒で魔理沙の箒を引っ掴んで出て行ったのだ。当然魔理沙はそのことを知らない。

 

 良くも悪くも周囲の人妖から普通の魔法使いと呼ばれている魔理沙の箒は、しかし彼女の中の魔法使いとしての誇りのお陰もあってか普通ではないようだ。実際、先代の頃から神社で使っている竹帚よりも驚くほど綺麗に掃除することが出来た。まあ、本人に言える話ではないけれど。

 

ひよりもそこまで魔理沙の肩を持つ気はないらしく静かにお茶を啜る。

 

程なくして洗い物を終えた魔理沙が戻ってきた。

 

「もう十月ってことを抜きにしたって、此処の水は冷たすぎるんじゃないのか」

 

 手をプラプラと振りながらちゃぶ台に戻ってきた魔理沙は、何故か座ったちゃぶ台の足元から空気を掴み、自身の膝に掛ける動作をした。私とひよりが訝し気な様子でそれを見ていると、どうやら無自覚だったらしい魔理沙がハッとした表情で私とひよりを見る。

 

そして次第に赤みを帯びていく頬。

 

「……おい霊夢ー、そろそろ炬燵を出しても良い頃なんじゃないのか?」

 

あぁ、成程。

 

「こたつ?」

 

「もしかしてひよりの居た頃にはなかったのか。炬燵ってのはえーと、電気やら炭やらで机の下を暖かくしてくれる奴だ。こう、布団を掛けてな……わかるか?」

 

「……あんまり」

 

その説明でこたつを知らない人間に理解して貰える方が可笑しいだろう。

 

「ま、見せた方が早いわよこういうのは。修理に出しているから今はないけど」

 

「霖之助の所か?」

 

「あの人じゃ直せないと思うから河童の所に回されるとして、戻ってくるのは十二月頃かしら」

 

それを聞いた魔理沙はいよいよやり切れなくなったのか、深いため息を吐いてちゃぶ台に倒れた。

 

「うぅ、くそ……二カ月は家で過ごすか?いやでも、ひよりの飯は捨てがたいし……とはいえ、今後の寒空を毎朝飛んできてたら寿命が縮んじまう……」

 

そうではなく、どうやら暖かさと食を同時に解決する方法を探していたらしい。

 

呆れた魔法使いである。私とひよりは肩を竦めて魔理沙から視線を外した。

 

そうして家といえばさ、とひよりが話を切り出す。

 

「二人は紫の家って知ってる?」

 

「紫の家?」

 

そういえば思い当たる節がない。私は自身の頭の中を探る。

 

 普段妖怪退治を依頼する時は紫の方から博麗神社に来ていたし、修行だなんだと言いながら私の様子を見に来る時も彼女の方から。食料を定期的に持ってきてくれる時は、最近ではそもそも紫ではなくて藍である。それも時たま橙であるのは、果たして紫の怠慢なのか二人の従者として橙の仕事なのか。

 

私の沈黙を否と受け取ったのか、ひよりは少し考えて口を開く。

 

「少し紫に聞きたいことがあって。前は旧地獄と地上の行き来って禁止されていたんだけど、今はどうなっているのかな」 

 

その言葉を皮切りにしょうもないことを呟いていた魔理沙も身体を起こした。

 

「え、だって萃香が出てきてるんじゃないのか」

 

「うん」

 

「そういえばそうね……」

 

朝餉だけ食べてそそくさと居なくなった鬼の姿を脳裏に浮かべる。

 

 彼女――伊吹萃香が地底から地上へと出てきて異変を起こしたのは今から三カ月程前。吸血鬼や亡霊が起こした赤かったり白かったりする異変の解決祝いとして行われた宴会の熱が丁度引いてきた七月頃である。なんとはなしに開催した筈の宴会が何故か数日置きに行われて続けて、しかも次第に参加者が増加していくというものであった。

 

いやまぁ、何回目かまで誰も疑問に思わないのも問題ではあるのだが。

 

 流石にこれはおかしいと、参加者がそれぞれ解決に乗り込んだ直後に伊吹萃香は自分から姿を現した。それぞれが伊吹萃香と対峙した日にちがバラバラだった故に皆から話を聞いてみたが、どうやらあの鬼、対峙(退治)した全員に対しててんでバラバラな目的を伝えていたらしい。桜が短くて残念だったからとか、賑やかな宴会が見たかったからとか、あるいは殴り合いたかっただけだったとか。ちなみに私は後者である。

 

 博麗神社に居候として住んでいる彼女だが、その件については何度聞いても曖昧な答えではぐらかされてしまうが故に真相は闇の中だった。少なくとも以前までは。

 

――だが、地底と地上でそんな条約が結ばれていることは知らなかった。

 

「そんな決まり事があるんだったら、そもそもただ宴会をさせたり賑やかな様子を楽しみたいってだけで地上に出てくるのが変になるよな」

 

「そうね、私もその事については初耳。とはいえそこまで興味のある話ではないけど……ひよりの疑問を解決するには根本的に考え直した方が良さそうね」

 

「根本的?」

 

 ひよりが首を傾げるのも無理もない。彼女には萃香が起こした異変については概要しか伝えていないのだから。それも『萃香らしいね』の一言で終わらせていた辺り、彼女達にとってはそれほど不自然なことではないようだ。

 

だから推理するのは私と魔理沙。今度は二人から視線を外して空を見る。

 

「……あの異変、誰が参加してた?」

 

「私とアリスだろ?紅魔館の奴らと冥界の二人、それに妖怪の山の烏天狗も取材に来てたか。

……あとは、えーと確か、一回だけ阿求と慧音も見に来てたと思うぜ」

 

私の独り言染みた呟きに反応した魔理沙。

 

「その辺りについては特に問題ないわね。夜中に慧音がいるとはいえ阿求が一人は少し気がかりだけど、まあ多分今回の件とは関係ないんじゃないかしら」

 

「いや、お前が阿求に過保護過ぎるだけなんじゃないのか」

 

無視。余計なノイズはカットするに限る。

 

だがその僅かな私と魔理沙の冗談めいた遣り取りの間に、ひよりが声を上げた。

 

「ん、その宴会って紫は――」

 

「……あぁ、そこだな」

 

「そう、()()()()()()()()()()()。……正確には、異変として始まる前の宴会に、結構な人妖の前に現れたみたいだけど」

 

「私は後で何かを漬けようとしてた焼酎を、霊夢は供えてあった御神酒をだったか?皆それぞれ何か食料系を持ってかれたみたいだったな。結局宴会では出てこなかったし」

 

そして全ての人妖は異変解決の為、一度は紫と出会っているのだという。

 

「じゃあその辺りが焦点か。即ち『どうして萃香が人妖を一堂に会したのか』『どうしてその場に八雲紫がいなかったのか』……どうしてだと思う?」

 

「本当の理由を話していないなら、異変の時に話した理由は全て嘘ってことでしょうね。残っている有力な理由は『地底と地上の行き来の約束』の為よ」

 

だが、それらが何を意味するのか。私たちの持っている情報では此処が限界だ。

 

しかしここに一人、更に踏み込める可能性のある人物がいる。

 

ひよりは私たちの話を聞くや否や立ち上がった。

 

「二人ともありがとう。少し紫の所へ行ってくる」

 

「もしも紫が家にいるんだったら、家を探すよりも藍を探した方がいいと思うぜ。この時間なら橙と迷い家(マヨヒガ)にいると思うから――ひより!妖怪の山の麓、人里寄りの場所の中腹辺りだ!」

 

「あんたよく覚えてるわねそういうの……私には到底真似出来そうにないわ」

 

何はともあれ結論は出た。私達に背を向け縁側へと向かうひよりに声を掛ける。

 

「ま、ただの食後の雑談として話に出ただけだから報告は任せるわ。萃香も紫も別に意味もなく理由をはぐらかす奴じゃないし。もしも話すべきじゃないと思うならそのまま胸に秘めておいて」

 

分かった、といって縁側から夜空へと飛び立ったひより。

 

不服そうに此方を見る魔理沙を無視して、私は彼女が視界から見えなくなるまで見送った。

 

「さて、じゃあ片付けも終わってるんだし私は寝るわよ。アンタはどうするの?泊まってく?」

 

「うーん、折角だし私としては真相を知りたかったんだが」

 

どうやらそれが不服だったらしい。私は魔理沙を見ることもせずに言葉を繋ぐ。

 

「そ、じゃあ聞けばいいんじゃない?もし二人の目的が酒に酔った魔理沙の行動観察日記をつけることとかだったらその日記そのまま阿求に渡してあげるから」

 

寝室への襖を開けて中に入り、そして明かりを点けて襖を閉じる。

 

 押し入れから二人分の布団を取り出して、とりあえずは自分の分だけ敷いて中に潜り込んだ。何も問題はない。あとは全自動式の白黒魔法使いが全てやってくれるだろう。

 

数秒を待たずして襖が開かれた。

 

「くそっ、一つの真相を闇から暴くよりは一つの真相を闇に葬る方が良いに決まってるだろ。世の中は知らなくていいことの方が多いんだ」

 

特に私の悪酔いした姿とかはな、と言って魔理沙は私の用意した布団を敷き始めた。

 

程なくして明かりも消えるであろう。私は目を瞑って想いを馳せる。

 

 

 

自分(真相)を隠したままにしがちな二人の友人(八雲紫と伊吹萃香)に――

 

 

 

 

 

 

 

 

「紫、萃香。今ちょっといい?」

 

 

二人で縁側にて酒を酌み交わしていた時に突如背後から聞こえた声。

 

 振り返れば、そこには見知った黒衣の少女――ひよりの姿。彼女は私の家の場所も来る方法も知らない筈なのだが……と、彼女の更に背後にて私達の様子を伺っている狐と猫の姿を捉えた。

 

あぁ、成程。

 

〈ひよりを此処に連れてきたのは貴女ね、藍〉

 

式神に対して使う事の出来る言霊を飛ばしてそう声を掛けた。

 

程なくして申し訳なさそうな声が返ってくる。

 

〈申し訳ありません、一応指示通りに弾幕ごっこで戦いはしたのですが〉

 

〈驚いた、まさかひよりが弾幕ごっこで勝つだなんて〉

 

一瞬だけ沈黙。迷ったらしい藍のうめき声が聞こえた。

 

〈いえその、先に橙と遊んで貰いまして。その時に見事に花を持たせてくれたというか〉

 

 その言葉を聞いて私はとうとう笑いを堪えられずに口元に笑みを浮かべてしまった。正面で私と萃香を見据えるひよりが怪訝な顔をするが、その程度で抑えられる物ではない。成程、万全だと思っていたがまさかそういう落とし穴があるとは思ってもみなかった。

 

 そもそも今日、私も萃香もひよりと会う予定はなかったのである。それは私たちが昨日から常に彼女が地底に向かう様子や、地底の面々と再会する様子をスキマから覗き見ていたからだ。

 この覗き見ともいえる行為を誤魔化す為に萃香は今日の朝まで神社で過ごし、朝食を食べてから此方に来ている。その後にこうして覗き見た内容を肴に私と酒を酌み交わすことを約束して。

 

 だからこそ、藍にはひよりが来たら弾幕ごっこで追い払うように指示した。実際弾幕ごっこをなら藍が勝つだろう。しかし橙となら本来はひよりが勝利する。

 

そして私と対等の友人であり、藍が尊敬するひよりに勝てば橙がどうなるか……想像に難くない。

 

「ちょ、なんでひよりが……おい紫!もう既に色々と計画がご破算なんだが!」

 

そして藍からの報告が聞こえない萃香は小声で私に声を掛ける。

 

既に私の中では解決した疑問ではあったのだが、萃香の為に口を開いた。

 

「ふふ、どうやら最後の最後で読みを誤ったみたいね……地底でぬえ達と地底と地上の約定について話すことも想定内、戻って霊夢や魔理沙達に私の家について聞くことも想定内。ただ――」

 

霊夢や魔理沙がひよりの為に知恵を絞ったこと、それは私の想定外であった。

 

 二人のことだからてっきり萃香の起こした異変の詳細なんてとうの昔に忘れていると思っていたのだ。それも多くの人妖が集まり一日とて同じ様相を見せなかった宴会の異変である。ひよりと共に過ごし、仲良くなる上で二人にも『変化』が訪れたということか。

 

そして理由は兎も角、ひよりは私と萃香の予想を裏切って目の前に立っている。

 

「――こうなった時点で私と萃香の今回の企みは失敗ね」

 

「くぅ、嘘こそ吐いちゃいないが前回の異変もこの二日間のことも鬼としては大分ギリギリだってのに……しょうがない。甘んじて受け入れるしかないか」

 

落胆する私たちを無視してひよりは縁側へと座る。

 

そうして萃香が振り返った際に置きっぱなしにしていた瓢箪に口をつけた。

 

 

「……」

 

「……」

 

 

瞬間訪れる静寂。私と萃香は息を呑んでひよりを見守る。

 

それはまるで自分たちが重ねた罪に対する裁判(判決)を待つようであった。

 

 

 

 

コクリコクリと小さく鳴っていた喉が止まり、口が瓢箪から離れて――

 

 

 

 

「最初から全部説明して」

 

 

 

あ、終わった。

 

 

据わった目で此方を睨むひよりを見て、萃香もきっとそう思ったことだろう。

 

 

 

 

 

 

 

だから私は会いたくなかったのだ。

 

紛れもない本心である。最後にあった一千年前からその気持ちは変わっていない。

 

 だから私は目前にいる彼女から逃げるように視線を外した。開け放たれた部屋に縁側から差し込む日の光。風情を重視する従者が庭に備え付けた池と鹿威しが微かに音を此処まで運んでくる。恐らくは池にいるであろう何かの生き物が水を撥ねる音、お茶を淹れるよう頼んだ橙がパタパタと廊下を移動する音、ほのかに香るお茶とお茶菓子の香り――

 

「そんなに私が苦手なら、最初から逃げていれば良いでしょう」

 

無論そう出来るならそうしている。そう出来ないから私は正面に座る彼女を見た。

 

「お久しぶりですわね、閻魔様。旧地獄で会って以来かしら」

 

「えぇ、その節はどうも。その件について()()は地獄を代表する者として妖怪の賢者に感謝を」

 

四季映姫はそう言ったが、その声音と視線には感謝の念など欠片もない。私の頬が引き攣った気がする。

 

程なくして、私と閻魔の間にはお茶とお茶菓子が置かれた。

 

「……とりあえずはお茶菓子でも如何?自信作ですのよ」

 

「自信作ですか。人から奪うという行為の結果得た作成物という意味では、まあ確かに自信作ではあるのでしょう。強奪に自信を持っているのであればですが」

 

そう言って此方を睨む四季映姫。バレている。完全に、何もかも。

 

 萃香が異変を起こした時、私たちには二つの目的があった。一つは、文字通り萃香が異変を起こし人妖が一堂に会する場を設けること。もう一つは、繰り返す宴会によって持ち寄る物を消耗させ、幻想郷の人妖が持っている様々な秘蔵の品を半ば強引に手に入れるというものである。

 

そして今四季映姫の前に出されているこれは、魔法の森に住む人形遣いお手製のクッキーである。

 

「そうは言っても日持ちするものでもないし、作った本人の為にも駄目になってしまわない内に食べてしまうのが最善だと思うのだけれど?ほら、こんなに美味しい」

 

「今からでも早くはありません。地獄に落ちませんか?」

 

「まだ判決を出すには早いのではなくて?挽回の余地くらいあると思うけれど」

 

もう手遅れですよと言って溜息を吐いた映姫。

 

その右手が魔女特製のクッキーを掴み口に運んでいった所で、私は内心で歓喜する。

 

これで同罪。

 

「……なんですかその目は」

 

「いえ、結局食べるのだなあと」

 

「食べますよ、えぇ食べますとも。確かに現状これは食べてしまう他ないでしょう。私が叱り貴女が謝って作った本人にクッキーを返した所で、もうこのお菓子の行き先はゴミ箱以外ないでしょうから」

 

少なくとも私が本人ならそうします、そう言って映姫は此方を見た。

 

「さて、雑談はこの位にしておきましょうか。これ以上貴女の罪を探した所で判決が変わる訳でもなし。何度でも言いますが私は暇ではありませんので」

 

「あら、てっきり雑談をしに来た物だと思ったからお茶菓子まで出したのに」

 

あと数分遅ければ橙の胃の中に行く予定ではあったが。

 

一瞬映姫の視線が氷点下のような鋭い物に変わったが、気づかないふり。

 

少しの間を置いて彼女の口が開く。

 

「今回伊吹萃香が地上へと戻ってきた件についてです。覚えていないとはいいませんよ」

 

そりゃあ勿論、今も結託中ですし。

 

「勿論覚えていますわ。『封印されていた妖怪達は地上へ出さないようにする』……これが、かつて旧地獄を貰い受ける際に交わした約定で間違いないでしょう?」

 

「えぇ、その通りです」

 

「そしてそれと同時に『もし地上で人と妖が共存出来るようになれば、この地底に封印された妖怪を留める必要もなくなるでしょう』と、閻魔様は確かにそう言ったわね」

 

「……それが今だとでも?」

 

訝し気な目で此方を見る四季映姫。私は右手を持ち上げて、静かに降ろした。

 

「今だと言ったのよ」

 

彼女にも見えるように開かれたスキマに映る大宴会の様子。

 

 ワインを嗜む吸血鬼の主と人間の従者が、鳥居にしがみついて眠る白黒の魔法使いが、嘘を吹き込む亡霊とそれを信じる半人半妖の二人が、その様子を呆れたように見守る巫女が、それらを記録しようと、記事にしようとしつつ楽しむ烏天狗と人間の少女の姿が。

 

そこには正しく人と妖の区別があって、しかし隔たりはどこにもなかった。

 

私は横目でそれを見つめ、そして言葉を紡いだ。

 

「……システムとしてはまだまだ不完全。全ての人や妖怪が従ってくれている訳でもない。それでもスペルカードルールで戦った者たちがこうして過ごしているのを見て、私は確信したのよ」

 

この先どのような異変が起こり、どのように解決されるかは分からない。

 

 それでもそれぞれに歩み寄ろうとする者たちが居てくれる限り、きっともう大丈夫なのだという自信が胸の内にあった。不満を持つものが異変を以て主張し、それに対してスペルカードルールで以て決着をつける。解決した後は、双方に不満が残らないように負けた方が勝った方に譲歩する。そうして擦り合わせていく内に、少しずつ様々な者たちが共に生きることが出来るようになると。

 

期待と信頼の入り混じった感情をそのままに――

 

「約束するわ、閻魔様。この景色が特別なものではなくなるということを。今までのように、これからも、こうやって少しずつ人妖の輪が広がっていくことを」

 

そう言い切った私の心境は果たして上手く隠せていただろうか。

 

 本当のところを言えば誇張表現も甚だしい。紅霧異変や春雪異変の結果に嘘偽りはないが、萃香によるこの異変は宴会を行わせる後押しにもなっている。参加者の純粋な気持ちから生まれたものであるとは正直言い難いのだ。

 

それでも私は(霊夢)(と魔)(理沙)に賭けた。

 

歴代でも怠け者の博麗の巫女と、普通の魔法使いの少女に。

 

「だから閻魔様、チャンスを下さいな。世界は変化したということを確かめるために。かつて人々と対立し地底に封印された妖怪達が、今の幻想郷で受け入れられることを証明する機会を――」

 

彼女達を中心として、地底の妖怪達は地上でも上手くやっていける筈だと。

 

私はそう言って四季映姫の瞳を真っすぐに見つめた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「――で、本当のところは?」

 

「皆が美味しそうなものを準備してたから、つい欲しくなっちゃって……」

 

「私がいない間に地上の酒がどんな味になったのか知りたくてさ……」

 

そして現在、私と萃香は正座させられていた。

 

 無論、四季映姫との会話の内容は全て話した。萃香の異変は映姫に人と妖が歩み寄っていけることを証明するためのものであったこと。人形使いのクッキーはとても美味しかったこと。映姫も食べていたので彼女も同罪であることも。

 

割と強めに頭をはたかれた。

 

そして萃香のことも軽く叩いた彼女は深く、深くため息を吐いた。

 

「あんまり変な暗躍ばっかりしていると霊夢たちに嫌われるよ」

 

そう言って苦笑するひより。だが、その声音はどことなく嬉しそうだ。

 

「……まぁそうよね。普通に萃香が異変を起こしていれば、その解決の流れで宴会自体はしたでしょうし」

 

「奪った分は次の宴会でしっかり返しておくさ。当然ひよりにも手伝ってもらうから覚悟しといてくれよ」

 

そんな調子の良い萃香の言葉に頷くひより。

 

 普段であれば嫌、と即答しそうなところだが。やはり地上と地底の行き来に関する取り決めが()()されたことで内心浮かれてしまっているのだろう。

 

私も同じ気持ちだった。

 

「宴会の準備もいいけれど、地底の妖怪達の進出方法についてもちゃんと考えて頂戴ね。閻魔様と約束した以上、霊夢たちと地底の妖怪とは仲良くなって貰わないと困るんだから」

 

逸る気持ちを抑えてそう言うと、二人は早速地底の面々について話を始める。

 

鬼かぬえか、村紗達はどうだ。船ごと地上に出すのも面白いかも知れないと。

 

 

 

 

そんな風に話す二人を見て幻想郷がまた一歩完成に近づいたような気がした。

 

 

 

 

 

 

 

「……いいでしょう。条約は撤廃、今後は貴女の判断に委ねるとします」

 

そう言って席を立とうとする四季映姫に紫は思わず声を掛けた。

 

「どういう風の吹き回しかしら」

 

相手が相手なら不機嫌になりそうな言い方だったが、閻魔は揺るがない。

 

「意外でしたか?」

 

「……正直に言えば少し、ね。勿論そうなるように計画はしたし勝算はあったけれど、ここまであっさりと許可が出るとは思ってなかったわ。追加の約束の一つや二つは覚悟していたのに」

 

「そうですか。なら――」

 

「今回の取り決め撤廃は当然の結果よ。意外なことなんて一つもないわ」

 

自ら掘った墓穴を即座に埋めた紫に、映姫は小さくため息を吐いた。

 

「約定については前回のもので十分です。貴女と貴女の理想郷が、人の世のルールを壊すようなものではないことは一千年をかけて証明されました。その信用に基づいて、以前取り決めた約定はもう不要であると判断したまで」

 

それは決して個人的な感情ではない、合理的な閻魔故の判断だった。

 

 実際最も世の中のことを知っているのはそこに住む人々ではなく、その者たちに裁きを行う閻魔大王であるというのは不思議なことではない。四季映姫という閻魔大王もまた、一千年前から人と妖怪について学び、移り変わる時代の常識を見定め、そして認識を改めたということである。

 

放たれた言葉に面食らっている紫を無視して彼女は立ち上がった。

 

「では、私はもう行きます。アリス・マーガトロイドには貴女からお礼を伝えておいて下さい。私が()()()()()()になったとはいえ、今はまだ自由に歩き回れるほど仕事に慣れている訳でもありませんので」

 

「――えっ」

 

「あぁそれと、今後の貴女の行いは私が裁く人妖からも筒抜けになるので、その点も注意しておくように。地底の妖怪達が地上で大暴れなんてしたら……どうなるかは言わずとも良いですね」

 

放たれた言葉に狼狽している紫を見向きもせず、四季映姫はそのまま紫の視界から消えていった。

 

「……」

 

後に残されたのは八雲紫、ただ一人。

 

 大局的に見れば今回の会談は八雲紫の勝利である。そもそもにおいて紫の目的は地上と地底の行き来に関する取り決めの撤廃であり、友であるひよりとその友人たちの活動の後押しをすること。映姫に撤廃を宣言させた以上、紫の目的は十二分に達成されたと言える。

 

だが、しかし――

 

 

 

「……あれ、これ以前より私の責任重くなった?」

 

試合に勝って勝負に負けた妖怪の賢者の姿がそこにあった。

 

 

 

 

 

 


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