交差した骨の尖兵の首魁の一族に憑依転生した。   作:五平餅

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第一話 憑依転生チート主人公設定

 宇宙世紀0118年、この年、一人の地球連邦議会議員が死んだ。テロで死んだ。

 その男は伯父にあたるエンゲイスト・ブッホの地盤を引き継ぎ政界へと進出していた。男の名はハウゼリー・ロナ。

 彼の祖父シャルンホルスト・ロナや父マイッツァー・ロナから連綿と続く主義主張の薫陶を受けて育ったハウゼリーは、素直にその言葉を受け継ぎ、その理想の世を実現するべく活動していた。

 

 コスモ・貴族主義。

 人が宇宙へと居を広げるに至った根本の理由、地球の汚染を食い止めるため、能力のある者が人類の行く末を決め、統率しなければならない。 

 

 ハウゼリーはその主張を胸に、不当に地球に住み続ける人を衛星軌道上からビームによる撃ち殺すことも辞さない地球保全法案や延命のみを目的とした医療の根絶をうたう過当医療廃止法案を連邦議会へと提案したのだが、その内容の過激さから否決されてしまう。

 二度目、二期連続の地球連邦議会議員の選出。その時にも地球保全法案を再度提出し、完全に地球での利権を持つ人達から危険視されることになってしまった。

 そしてハウゼリーを中心とした派閥の広がり、それが政敵によるテロと見せかけた排除へとつながったのだろう。

 

 彼には妻と二人の子供が居た。

 妻テスは、ハウゼリー殺害により精神を病み、別人となってしまっていた。そのせいもあってか二人の子供、姉弟は彼らの祖父マイッツァーに引き取られることになった。

 姉の名はシェリンドン・ロナ。弟の名はディナハン・ロナ。

 

 コスモ・貴族主義を唱え、フロンティアサイド(旧ルウムつまりサイド5、今は一年戦争でほぼ壊滅したので改称してフロンティアつまりサイド4)にコスモ・バビロニアを建国する一族の一人。

 それが少年ディナハン・ロナであった。

 

  ◇

 

 ここでディナハン・ロナという人間の異常性を書いておかねばなるまい。彼には他人とは違う異常性が大きく分けて二つある。

 

 その一つはオカルティズムに言うところの『前世の記憶』。

 しかも笑えることに、この世界をアニメ機動戦士ガンダムという作品を出発点としたガンダムシリーズの世界だと認識している世界に生まれた人物の記憶を持っているのだ。

 つまり、現実とは全て作り物の虚構の世界だと認識できる、さながら胡蝶の夢だと言わんばかりの記憶を、である。これが笑わずにいられようか。

 しかも、彼の持つ『前世の記憶』では、彼自身のこと、すなわちディナハン・ロナと言う登場人物を覚えてはいなかった。

 最初から存在しないのか、覚えていないのか、それとも只知らないだけなのか、それすら分からない。姉シェリーの、シェリンドン・ロナのことは覚えていたと言うのにである。

 このことが『前世の記憶』の欠陥をディナハンに教えてくれていた。

 

 そして、もう一つは、オーパーツ、『場違いな工芸品』を所持しているというべきだろうか。

 ディナハンに与えられるコンピュータ端末には必ず不可解なアプリケーションが自動的に組み込まれていることだった。

 最初、彼はそれを発見した時、ウイルスかと思い駆除したのだが、消した端から再構築してくるまさに嫌がらせのようなシロモノだった。

 何度やっても消せないそれに、ほとほと疲れ果てた彼は、端末一つをおシャカにするつもりでその正体を探るべくアプリを開いた。

 そこで、ようやくそのアプリの正体を知るに至る。先に示した『前世の記憶』という異常によって。

 

 SDガンダム ジージェネレーション。ガンダム世界の歴史を追体験するテレビゲーム。Gジェネ。

 一年戦争、すなわちUC0079年に起こったジオン独立戦争からUC150年代に起きるザンスカール戦争。さらにはまったく別の歴史を歩み、ガンダムという存在がある世界での紛争、戦争を追体験、もしくは異なった歴史を紡ぐゲーム。

 

 そのゲームのシステムの一部がコンピュータ端末には組み込まれていると、彼は知った。

 一部、飽く迄、一部である。それは、ゲーム中の用語を用いて具体的に言うなら、『オペレーションルーム』と呼ばれる物だった。

 キャピタルという資金にも似た物を消費することで、モビルスーツ、艦艇、オプションパーツを開発、設計、生産が行えた。それだけではなく志願兵だけでは不足する人員をガンダム世界の主要な人物から雇い入れられることすら可能。

 そうして手にした機材、人員を編成配置して一軍(と言っても実際は戦艦二艇だけの小規模戦闘部隊)を編成する。

 

 ただ、ディナハンのコンピュータ端末に入っているそれは『前世の記憶』にあるものと全く同一の物というわけではなかった。

 ゲームならば、過去、現在、未来、世界、陣営を問わず一定の条件を満たせば生産することが可能となるのだが、ディナハンがロナ家の、コスモ・バビロニアすなわちクロスボーン・バンガードの首魁の一族だからだろうか、生産可能な艦艇及びモビルスーツはどれもクロスボーン・バンガードのものに限られていた。

 

 キャピタルさえ許せば生産することが可能な艦艇は、クロスボーン・バンガードの所有する艦艇でも、ザムス・ガル級とザムス・ジェス級の二種類のみ。ザムス・ギリ級やザムス・ナーダ級の姿は影もなかった。ただ、現時点では完成してないバビロニア・バンガード級(マザー・バンガード)と特徴的な形をした輸送船は黒塗りのシルエットに?????としてその姿を確認することが出来たが。

 

 艦艇と同様にモビルスーツもクロスボーン・バンガードが開発した、もしくはするものばかり。

 デナン・ゾン、デナン・ゲー、エビル・Sのデナン系。ベルガ・ダラス、ベルガ、ギロス、ベルガ・バルスのベルガ系。ダギ・イルスを基点としたビギナ・ギナ、ビギナ・ゼナのビギナ系があった。未だ生産の見通しが立っていないシルエットがデナン系に一つ、ビギナ系に2つ。

 

 その他にはモビルアーマーが二種類、サポートメカ一種類表示されている。

 モビルアーマーは、ラフレシアという文字通りラフレシアの花のような形をしたものと、エビルドーガというジオン系モビルアーマーを下敷きにもの。

 最後にバグと呼ばれる空飛ぶ円盤に鋸刃の付いた物があった。

 

 ディナハンは、笑う。

 もし、これが本当にゲームと同じようにモビルスーツや艦艇がポンポンと生産でき、一軍を用意することが出来れば、これほど凄い事は無いだろう。

 しかし、残念ながらこれが本当にゲームのようになるのかどうか、試すことはできていなかった。

 なぜなら、ゲームならば最初から与えられる艦艇もモビルスーツも人材も、そしてキャピタルすらも全く無い。何もかもが無い。無い無い尽くしで何も無い。

 そんな状態だったのだ。はっきり言って使えない。役に立たない。このアプリケーションには意味が無い。

 ディナハンは、笑う。

 

 

 ―――しかし、その認識はある日、唐突に変わった。

 

 ◇

 

 U.C.0123年の二月、サイド1にあるブッホコロニーでのこと。

 ディナハンは、日々忙しく勉学に勤しんでいた。祖父マイッツァーとは後少しに迫ったフロンティアサイドへの侵攻のためか、あまり顔を合わせることはない。

 姉シェリンドンは彼とは違うコスモ・クルス教の教主としての勉強が大変そうではあったが、一緒に食事をする機会も、話す機会もあった。お互い思春期に入りかけで少しばかり距離が生まれてきているような気もしていたが、それでも仲は良いと思う。

 

 それは、そんなふうに彼が日々を過ごしていたある日、夕食の前に家庭教師から出された課題に取り組もうと自室で机に向かい、コンピュータ端末を開くいた矢先のことだった。

 彼の目に飛び込んだのは、立ち上がっていたGジェネアプリと金色に輝く[GET!!CHARACTER!!]と言うポップだった。

 

 なんだ?なんだ?と彼が驚きに目を見張り、急ぎ端末に指を走らせた。

 見れば、画面の左上、キャピタルを示す数値がついこの間までゼロだったのに対して今は何故か物凄い数字を映し出しているではないか。

 そして、[NEW!]とポップが出ているところを選択していくと、マス状に仕切られたキャラクター一覧というところに一人の男の絵が描かれている。

 意志の強そうな太い眉に巌のような顔をしたクロスボーン・バンガードの士官。

 

 ディナハンはその顔に見覚えがあるような気がした。なんだ?誰だ、これ?この人どこかで見たぞ? と首を捻った。

 不意に、ふっ、と思いついた。いや、思い出したというのが正しい。そう、『前世の記憶』から。

 

「そうだ……シルエットフォーミュラだ」

 

 ぽつり、とつぶやかれた言葉。シルエットフォーミュラ。

 それはガンダムの世界においてある場所で起こった数日間の出来事を扱った作品群の総称。ゲーム、Gジェネでも一つのシナリオとして用意されることもある作品のことであった。

 

 ディナハンは急かされるように端末を操作して、その士官の詳しいプロフィールを表示させた。

 

 シェルフ・シェフィールド大尉。

 クロスボーン・バンガードの試作モビルスーツの運用試験を、月の裏側、月とサイド3との中間に位置する暗礁宙域“ゼブラゾーン”で行なっていた試験部隊ダーク・タイガー大隊の隊長。

 運用試験中、アナハイム・エレクトロニクス及び連邦軍の部隊と交戦。結果、ダークタイガー大隊はほぼ壊滅。シェルフ・シェフィールド大尉は運用データを持って帰還と書かれていた。

 

 そこまで読んで、彼の中で合点が行った。

 ゲーム的に言えばシルエットフォーミュラのシナリオがクリアされた。だからキャピタルが増えたし、キャラクターが選択できるようになった。と、言うことだろう。

 ただ、異様に取得できたキャピタルが多いのだけは理解が追いつかなかった。その数、百数十万。一回のシナリオで得られるキャピタルにしてはいささか多過ぎる。

 

 生産可能リストにあるモビルスーツで一番高いコストはビギナ・ゼラの4万強。建国紛争勃発時の旗艦であるザムス・ガルでも30万弱。そこから考えれば如何に大きな数字であるかわかるだろう。

 確かにゲームと違い周回してキャピタルを得たり、長い歴史の中でキャピタルを溜められないことを考えれば多くはないのかもしれないが、それでもゲームとの違いは否めなかった。

 

 ディナハンは、他にも何か変わったところがあるんじゃないかとアプリケーションを弄り始めた。

 そして、途轍もない異常を見つける。キャラクターリストの一番最後、クロスボーン・バンガードの ノーマルスーツ身に着けた顔の見えないヘルメット姿の兵士の絵を。その男の名はディナハン・ロナ。――――彼だった。

 ――途端、彼の体を震えが駆け抜けた。

 もしかしたら自分はは力を手に入れたかもしれない、と。そして、思う。もしかしたら無理だと諦めた歴史への介入が出来るかもしれない、と。

 

 居ても立っても居られなくなったディナハンは、直ぐさま自分のステータスを表示させた。

 

ディナハン・ロナ   シェルフ・シェフィールド

  射撃力  2         射撃力 21

  格闘力  2         格闘力 21

  反応力  3         反応力 21

  NT値   1         NT値   -

  指揮力  4         指揮力 11

  通信力  3         通信力  6

  操舵力  2         操舵力  6

  整備力  2         整備力  5

  魅力値  5         魅力値  9

 

 ……弱っ。えっ、弱っ。物凄く弱っ。

 ディナハンは余りのことに絶句した。自分の身が幾ら子供だと言えどもGジェネアプリが示す己の価値に凹んでしまう。

 だが、同時に納得もしていた。十人並みのモビルスーツのパイロットと比べるのだっておこがましいのに歴戦の勇士であるシェフィールド大尉と比べたら僕なぞ塵芥に等しいに決まっている。

 NT値というのはニュータイプの強さを表す数だろう。1でもあることが唯一の救いか。

 

 Gジェネのシステム上にディナハン・ロナがいる。『前世の記憶』にあるゲームには絶対なかった己の名前。

 ディナハンはそこに希望を見た。

 かつて願い、そして諦めた望み。この世界を知って、自分を知って、そして心の奥深く閉じ込め鍵を掛け、まるでそんなものを持ってないかのようにした想い。

 歴史という力に抗う術など無い。状況に流される他に無い。世界に飲み込まれる行くことしか出来ない。

 

 でも……今、今なら、もしかしたら、ひょっとしたらできるかもしれない。

 

 僅かな希望を求めてディナハンの指先が動く。

 画面上の項目がみるみる変わっていく。自軍編成。戦艦編成。生産。ブリッジクルーに志願兵を配置。モビルスーツ生産。ディナハン・ロナ、シェルフ・シェフィールド大尉、配置。パイロットにも志願兵を配置。

 何度も何度も見直し、これで良いか?これなら大丈夫か?と自問する。

 そして、全てに納得した彼は、画面上に映る[決定]と書かれたボタンを押した。

 

 

 

 ――――しかし、何も、何も起きない。そう、何も起きなかった。

 

「ハハッ……」

 

 ディナハンの口から乾いた笑いが漏れる。自分は何と愚かなのだろう。自分は何という馬鹿なのだろう。

 今の今まで自分のやりたいことをだというのに手を伸ばしもしていない自分に、臆病者に何が与えられるというのだ。

 

 その時、ドアが静かに叩かれた。

 

「ッ!―――誰か?」

「ディナハン様、お食事の時間でございます」

「わかった。直ぐ行こう」

 

 侍女の声を扉越しに聞き、いつの間にか感じていた以上の時間が経っていたことを知らされた彼は、夕食を終えてから家庭教師から出された課題を始めることにして端末を閉じた。

 部屋を出ると侍女が恭しく頭を下げる。 

 

「ディナハン様、本日はマイッツァー様、カロッゾ様、ドレル様もご一緒にご夕食を取られるとのこと」

「お祖父さま達が?―――もう、お見えになっているのか?」

「はい。シェリンドン様も含め既に食堂でお待ちになっておられます」

「っ!それを早く言ってくれ」

 

 ディナハンは、頭を下げる侍女を手で制して先を急がせ、食堂への歩みを早めるのだった。

 

  ◇

 

「遅くなりました」

 

 ディナハンが目を伏せるように軽く頭を下げ、食堂の中に足を踏み入れる。

 顔を上げると、テーブルの奥に祖父マイッツァーが、その右手奥に鉄仮面を被った叔父カロッゾが、その横に従兄ドレルが座り、その目の前に姉シェリンドンが座っていた。

 

「ディナハン、遅い」

「すまない、姉様。お祖父さま達が戻ってきていることをさっき知ったばかりだったんだ。

 ―――お祖父さま、遅くなりました。お帰りなさいませ、叔父上も従兄上もお元気そうで何よりです」

 

 開いた席、つまりマイッツァーの左手側、カロッゾの前の席まで来ると、ディナハンは座る前に再びの謝意と再開の喜びを告げる。

 その挨拶にマイッツァーは穏やかな笑みを浮かべ、カロッゾは仮面で分からない表情の代わりに確りと頷く。ドレルもやはり親子なのか同じように頷いた。

 

「さ、座りなさい。食事にしよう、久しぶりの家族が揃ったのだから」

 

 そして、和やかに晩餐が始まる。

 供された食事を口に運びながら、ディナハンは祖父の言葉を思った。祖母レイチェルは同じサイド1とはいえ別のコロニー、ロンデニオンに住んでいる。母テスも病気のため、ここにはいない。叔母ナディアは行方不明、従姉はサイド4のフロンティアⅣに名前を変えて住んでいるはず。

 家族が揃う。そのマイッツァーの言葉が本当になることはあるのだろうか?

 ディナハンは知っていた。『前世の記憶』の欠片が教えてくれる。祖父は娘を切り捨て、息子は父を侮蔑し、娘は父を機械と罵り、父は自らが愛した者全てに唾棄される。

 そんな哀しい家族の姿を。

 

<どうしたね、ディナハン>

 

 奇妙に反響し機械で歪んだ肉声に現実に引き戻される。ディナハンは知らず、じぃっと食事を取らない叔父の姿を、鉄の仮面を見ていたようだった。

 

「いえ、叔父上」

「訊きたいことがあるなら遠慮せずに言いなさい>¥」

 

 耳に届いた声音は穏やかだ。しかし、この声こそが彼、カロッゾ・ロナ、いやカロッゾ・ビゲンゾンがカロッゾ・ロナとなったが故に狂ってしまった証左だった。

 

「すみません。別に、叔父上に何があるというわけではありません。ただ……少し考え事をしていて偶々視線が一点に留まっていただけですから」

「ん、どうしたディナハン。悩み事か?」

 

 マイッツァーが食事の手を止めて聞いてきた。面倒くさいことになった、とディナハンは思った。だが、それは同時に絶好の機会でもあった。

 求めよ、さらば与えられん。遠く古くから言い習わされてきた言葉。

 

 ……臆するな、手を伸ばせ。

 ディナハンは意志を決めた。それは流れに乗っただけのものなのかもしれない。でも確かに彼は意志を固め、言葉を口にすることを選んだ。

 望みに手を伸ばすことを選択したのだった。

 

「―――お祖父さま、お願いがあります」

「ん?改まって、どうした」

「私も…モビルスーツに乗ってみたく思います」

 

 ディナハンの切り出した言葉に皆の手が止まる。彼の視界の中に彼以外の四者四様の様子が映った。

 祖父マイッツァーは、少しの驚きを表し、叔父カロッゾは、ふむ、と観察するように、従兄ドレルは、何を言い出すのだと若干呆れるように、隣の姉シェリンドンはキョトンとしてあまり意味が分かってなさそうな様子であった。

 

「ディナハン。お前とて今がどんなに大事な時期か分かっていよう。子供の我儘を言う時ではない」

「そうとは、わかっています、従兄上。それを承知でお願いしているのです」

「何を――」

<まぁ、待て、ドレル>

「ッ―――」

 

 カロッゾがドレルを静止する。そしてマイッツァーに言葉を譲った。

 それは、ほんの少しのやり取りにも満たない流れるようなやりとりだった。別にマイッツァーが何を言ったわけでもない。口を挟もうとしたわけでもない。

 ただ、叔父は祖父が何かを言いたそうな顔をしているのを察しただけのことだった。

 

 ディナハンは、そこに叔父の、カロッゾ・ロナの優しさを見た。律儀さを見た。同時にそれらの歪みを見た。

 そうでなければ、そこまで自分を追い詰めることもなかっただろうに。

 他人を圧する厳つい面を被り、体を機械で置き換えてもなお脆弱な男。もっと傲慢でいられたら、そんな哀しい顔をしなくても済んだだろうに。

 

「ディナハン、どうしたのだ急に」

「―――ずっと考えていたんです。中々言い出せませんでしたが。でも、私もロナ家の者なのです。」

「ふむ」

「叔父上、以前に何故叔父上が仮面を被っているのかお尋ねしたことがありましたよね」

<ああ、いつだったか。そんなこともあった>

「叔父上は、こう答えて下さいました。――覚悟、だと。我がロナ家、千年の夢を実現するための覚悟だと」

<ふむ、確かに話した>

「従兄上もそのために体を張っておられるでしょう。それに姉様だってコスモ・ノーブルたる勉強をしている。

 ―――私も、私だって家族の役に立ちたいのです」

「お前の気概は買おう。だがお前は私の言いつけ通り勉学に励んでいる。焦る必要などないよ、ディナハン」

「決して焦っているわけでは。ただ、例え子供であってもこうして傅《かしず》かれる現状、高貴なる者の務めは果たさなくてはいけないと思うのです。皆に範を示すという務めを」

「勉学だけでは足りぬ、と?」

「はい。高貴なる者は血を流すのを厭うてはならぬ。そう私はお祖父さまから教わりました」

「……高貴なる者の、ロナ家の者ゆえ、か。」

 

 マイッツァーの発した許諾を匂わせる声音に、視界の隅で一瞬だけドレルの顔が信じられないという表情をしてマイッツァーを見た。

 彼の心が揺らいでいるようにディナハンには感じられた。それが何かまでは、よく分からない。妬み、優越感、憤り、そんなものが僅かばかりに鎌首を擡《もた》げているようにも思える。

 

「ディナハンがモビルスーツに乗ったからって、ドレル兄様のように格好良くはならないわ。だって、ディナハンだし。それに危ないわ」

「っ――姉様、僕だって従兄上みたく出来ると思ってない。そこまでの自惚れはないよ。でも、それでも為さねばならんことがあると僕は思うんだ」

 

 不意にシェリンドンがそんなことを言う。

 確かに素のディナハンでは天地がひっくり返った所でドレルに敵うわけがない。だから、彼は姉の言葉をその通りだと肯定した。だからか、そのディナハンの言葉を聞いてドレルの心が少しばかり収まったように見えた。

 

「従兄上、許して頂けますか」

「―――ロナ家のために……いや、ロナ家の者足らんとするその心を止められる言葉など私は持っていない。」

「ありがとうございます」

 

 頭を上げ笑みを作ると、ドレルは呆れたように表情を和らげ次いで苦笑した。すると、そこに問いかける声が聞こえた。マイッツァーの声だった。

 

「だが、分かっているのか?ディナハン」

「……?」

「高貴なる者の務め、高貴なる者として鎧を纏うのならば……お前は戦場に立たねばならない。それでもか、と聞いているのだ」

「ッ!」

 

 ディナハンは、静かに問うマイッツァーを見た。彼を見る祖父の目は、祖父ではなくロナ家当主、クロスボーン・バンガードの総帥としての目であった。

 マイッツァーの目を受け止めなる彼の頭の中に、Gジェネアプリのことが過《よ》ぎる。

 あの場違いな工芸品は確かに動いている。だが、まだ効果はわからない。ただ、軍を編成するためには、すなわちクロスボーン・バンガードの一部隊として編成するためには祖父マイッツァーを、叔父カロッゾを動かさなければ出来はしないことは容易に想像がつく。

 ただ安穏と成り行きを見守っているだけで世界が変わるというのならば、人の人生に意味は無い。自分がここにディナハン・ロナとしている意味は無い。自分が異常である意味は無い。

 そうディナハンは思った。そう、思いたかった。

 

「無理強いなどはせんし、しても意味が無い。だが、それを分かっていて言葉にしているのと、していないとでは天と地との開きがある」

「……」

「どうする、ディナハン」

「……お祖父様、それに姉様。人の生命は、魂の修練の場である。もし、そうならば、私は危ないからと逃げる訳にはいきません。

 ――――私はディナハン・ロナ。ロナ家の者なのですから」

 

 ディナハン・ロナは、Gジェネアプリが示すステータスのとおり無能であった。無能なくせにやりたがる、熱意のある無能。最悪な存在でもあった。

 だが、彼は自分でそれが分かっていても止められないでいた。鼓動の高鳴りを、顔の紅潮を、得も言われぬ高揚を制御できないでいた。

 それは『前世の知識』を知り、Gジェネアプリという『場違いな工芸品』を持つが故に抱いた根拠のない期待であったのかもしれない。儚い願望であったのかもしれない。

 

 そして、それは砂上の楼閣のごとく脆く、簡単に期待外れと絶望へと変わるかもしれない。ディナハンに先のことは、本当のところは全く分かっていなかった。でも、しかし―――

 それでも彼は手を伸ばす。

 

「そうか。ならば誰か適当な者を側に用意させよう。カロッゾ」

<はい、手配しましょう>

「はい、宜しくお願いします」

 

 こうしてここに、彼の、この世界のディナハン・ロナの戦いの狼煙が上がったのだった。




【独自解釈&俺設定】
・交差《クロス》した骨《ボーン》の尖兵《バンガード》はクロスボーン・バンガードの日本語訳?日本語表現?そんな感じのもの。他の表現として海賊の旗印というのもある。
前者は小説で、後者の表現は小説、漫画クライマックスUCで書かれている。
ただ、前者の「の」だけはこの小説でくっつけた。

・ディナハン・ロナは小説F91でマイッツァーとカロッゾの会話の中に出てくる人物。この小説ではその凄く影の薄い原作キャラクターに現代人「俺」が憑依転生した。

・ディナハンとシェリンドンの年齢がいまいちわからない。
小説と年表、漫画クロスボーンガンダムの情報を総合するとごちゃごちゃになる。
なので今はテキトー
どのくらいのテキトーかは↓

ベラ・ロナが生まれた年は、UC0123年に高等学校一年であったことから16、もしくは17年前。というか17年前。よって、このUC0106年に誕生。
小説F91ではベラの母ナディアはハウゼリーの結婚式後にマイッツァーにカロッゾを結婚を決めた相手として紹介している。

そこで、ハウゼリーの結婚だが、マイッツァーはモニターでデッサ・タイプの編隊飛行を見ながら、ハウゼリーとの会話の際に今年中に結婚しろと言い、ハウゼリーは了承している。
ブッホ・エアロダイナミクスがデッサ・タイプを開発したのがUC0108.7。よって上の会話はそれ以降。よって結婚もUC108年。

その後、年に一度ブッホコロニーに戻るハウゼリーは、まだ子供ができないのか?別の女を見つけるか?とマイッツァーから言われる。この言い様からするとシェリンドンとハウゼリーの妊娠は遅かったと見られる。
二人の誕生は、最も早くて結婚の翌年UC0109だと仮定する。

漫画機動戦士クロスボーンガンダムではシェリンドンはベラ・ロナを「お姉さま」と呼んでいる。
しかし、マイッツァーはシェリンドンのことをベラに話すときに[お前の従姉」という言葉を使っている。

次に、小説においてナディアがベラをつれてシオ・フェアチャイルドの元に走った年は、ベラが6、7歳の頃に兄と別れたとあるのでUC0113年頃。このナディア出奔にマイツァーが苛立っている頃にハウゼリー暗殺の報が聞こえた、ともある。
そうなるとシェリンドンとハウゼリーは暗殺時に3、4歳。しかし、サイド3からサイド4・フロンティアのフロンティアⅣに引っ越したのがベラが11歳のときとあり、その際マイッツァーはナディアの居場所を知った。そのことを指して苛立っていると書かれているとすると、時期の齟齬が少なくなる。

また、カロッゾが自身にラフレシア・プロジェクトの強化人間化を施す際に、マイッツァーに一年の休暇の許可を求めている。その際にシェリンドンのコスモ・クルス教の教祖化とディナハンは官僚向きが話されている。
年表通りにUC0119年に計画を開始したとすると、この時二人はようやく姉が10歳。先に考えたように暗殺がUC0117だとすると9歳。ディナハンは弟なのでそれより低いか同い年。

以上のことから、整合性を取ることが少し難しい。なのでテキトーに考えて、二人は年下ということにした

この小説では、ディナハン・ロナの年齢は、UC0118年には十に満たず、UC0123.3には13歳ぐらい、UC0133には24歳程度である。

・ディナハンとシェリンドンは小説F91の記述では姉弟。
この小説ではやっぱり姉弟にした。が、二卵性双生児としておこう。

・ゼブラゾーンの位置に関する記述「月の裏側、サイド3と月の中間」はプラモデル、ビギナ・ゼラの説明書の記述より

・ドレル・ロナは映画ではベラ・ロナの異母兄だが、小説では実兄。
この小説では投稿当初、映画版の異母兄ということにしたが、ベラに対する口調の資料の多さからやっぱり実兄にしなおした。

・シェリンドンがニュータイプなのか強化人間なのか分からない。
漫画機動戦士クロスボーンガンダムではニュータイプとして描かれ、小説F91ではマイッツァーの評として「霊感があるかも知れん」とある。がその後「霊的な素養などは、後天的に付与させたもの」と否定する記述がある。
この小説では強化人間ということにする予定

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