交差した骨の尖兵の首魁の一族に憑依転生した。   作:五平餅

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第十話 密やかに

 ドレル・ロナは目の前の現実に歯噛みした。

 

「三機が撃墜されて、二機が損傷しただとッ……」

 

 周囲を見回し傷つき火花を散らす僚機の姿に自分のとった行動が愚かであったと痛感する。

 

 フロンティアⅣ、Ⅱ及びⅢとクロスボーン・バンガードの進撃は順調であった。破竹の勢いと言っても良い。

 想定通り進むそれは、連邦の怠惰の証明であり同時に自分たちの強さと正しさの証明でもあった。

 自身のやってきたことが結果につながる、その楽しさ。常勝という結果が戦闘の楽しさを教えてくれていた。

 そうしたものが、ドレルの心に慢心を生み出すのだった。

 

 この時、ドレル達に与えられた任務は、内部への侵入路、坑道の制圧こそが目的であってフロンティアⅠ内部への侵攻自体はコスモ・バビロニア宣言、つまりコスモ・バビロニアの建国を全世界に喧伝した後に行うとされていた。

 しかし、ドレルは同道した他部隊の士官の制止も聞かず、独断で部隊を率い内部への侵入を試みたのだ。

 ドレルに制止の声をかけた士官が通称、黒の部隊と呼ばれるザビーネ・シャル率いる部隊の出であったことも、彼の癇に障った。

 ザビーネ・シャル。職業訓練学校を卒業後、連邦軍を経てブッホエアロマシンのテストパイロットを務めた俊英。マイッツアーからの覚えも良く、クロスボーン・バンガードの中でも一、二を争うモビルスーツの操縦技能を持ち、大隊を任せられる男。

 ロナ家という色眼鏡で見られるドレルに対し、裸一貫、叩き上げのザビーネ。そして実際に自身よりも実力があるとわかるからこそ、ドレルはマイッツアーや皆が度々口にするその名に酷く対抗心を覚えずにはいられなかった。

 今現在、ザビーネはベラ・ロナの護衛、教育係としての任務をマイッツアー直々に任されていて戦場には出てこれない。

 手柄を上げて出し抜くには格好の機会であった。

 

 そして、もう一つ。ディナハン・ロナという存在がドレルには小さな引っ掛かりを与えていた。

 同じロナ姓であったもドレルはあくまでも庶流であり、ディナハンこそが嫡子である。ベラ・ロナが将来の女王として嘱望されている状況下では、そうした血統などは別段大した意味を持ちはしないが、祖父の理想を実現しようとして凶弾に倒れた父を持つディナハンに対し、家を捨て自分を捨てた母を持つ身としては、ふとした時に気になってくる。

 そしてディナハンは連邦のモビルスーツ“ガンダム”を鹵獲するという手柄をあげていた。勿論それは彼自身の手柄ではなく随伴していたシェルフ・シェフィールドによってもたらされたものではあったが、詳細などはどうでも良い。

 ディナハンの評価は総じて高い。まだ幼く露出が多いわけでも無いため大々的にというわけでもないが、さすがはロナ家、彼のハウゼリー・ロナの息子でありドレル・ロナの従弟だ、とした評がドレルの耳にも入ってくる。

 そのことに、焦りを覚えるわけではない。悔しいというわけでもない。

 ただ、年長者としての意地―――というよりも挟持にも似た感情。兄として、先を征く者として常に前に立っていたい。

 そうした感情が湧き上がるのだ。

 

 傲慢と敵愾と気負い。それらが彼をして命令を無視させ、突き進ませる要因となっていた。

 そして―――

 

「傲慢が綻びを生むと言うのかッ……」

 

 自戒の言葉が耳朶を打つ。

 

「 くっ、撤退する」

 

 次第に遠ざかり小さくなっていく連邦のモビルスーツの姿を彼は目に焼き付けた。

 

「あれが連邦の新型。白いモビルスーツ―――ガンダムか。

 その姿、忘れん」

 

 雪辱を胸に秘めたドレルは、フロンティアⅠを後にし一路、コスモ・バビロンへと帰還のため速度を上げていった。

 

  ◇

 

 奇しくもそれは、フロンティアⅠへの強行偵察からドレル・ロナが撤退を余儀なくされた直後に起きた出来事だった。

 丁度その頃、ディナハン・ロナはフロンティアⅣに作られた大学より呼び寄せられた講師から、コロニーでの食料自給システムの講義を受けていた。

 

「コロニーでは気温、日照量、雨量、土壌、その他諸々の環境を農作物に合わせて作り出し、それを安定、制御することが容易です。

 そのことは飛躍的に生産量を増やすことに繋がり、結果、世界中の人間に食料を安定して供給することが可能となりました。

 更に言えば、現在の冷凍技術など保存技術の高まりも流通における味や栄養分の劣化等の問題を解決して、これを支えています。」

 

 講師は、ディナハンが頷いたのを確認すると先を口にする。

 

「今説明したことを前提に考えてみましょう。コロニーは農業に適した環境を用意することが簡単であり、流通による農作物の鮮度の劣化は無い。

 だとするならば、一つのサイドを農業サイドとするのは無理でも、各コロニーで農業を営まずサイドの中で一つのコロニーを農業コロニーとしてしまえば集中的に管理でき効率が良いでしょう。

 しかし、現在そのような事を行っているコロニーはありません。かつて北アメリカ大陸にあった穀倉地帯で行われたのと同じように大規模集積農業は効率が良いと分かっているにも関わらず。

 ――――何処のコロニーでも牛乳は朝搾りたてのものが各家庭へと配達されてくるのです」

 

 一旦、言葉を区切った講師はディナハンを見た。

 

「では、質問です。何故今日(こんにち)各コロニーで独立して農業が営まれていると思われますか?」

 

 視線を向けられたディナハンはふむと唸り、首をかしげる。そして少しばかりの間考えてからおもむろに口を開いた。

 

「……リスクの分散、でしょうか? 

 過去―――前世紀からの環境汚染、一年戦争、そしてUC0083年の北アメリカ大陸へのコロニー落着事故。穀倉地帯を大打撃を受けた地球は、その食料生産を宇宙に頼るようになりました。

 一箇所での食料の生産は利点が大きいですが、弱点もまた大きい。一処《ひとつところ》に依存してしまう恐ろしさを身を持って知ったがための、“遅れ馳せながらの知恵”と言ったところでしょうか」

 

 自身の説明を聞く講師の反応を見やり、彼は続ける。

 

「ましてや、コロニーの多くは密閉型としており一年戦争時のジオンやグリプス戦役前にティターンズが行ったようにコロニーの生物を死滅させるのは至って簡単です。農業特化、農業専業コロニーのみで生産するのは危険と判断したのでは無いでしょうか?」

「そうですね。しかし、今、御曹司が仰った事柄は大きくはありますが理由の一つに過ぎません。他には次のような理由が挙げられます。モニターを見て下さい」

 

 端末に映しだされたのは各産業におけるオートメーション化率をグラフにしたものであった。

 それを見てディナハンは最初こそ何の疑念も浮かばなかったものの、やがてあることに気が付いた。今は宇宙世紀、人類が宇宙に住処を造る時代である、と。そして疑問が浮かび上がる。

 モビルスーツと言う人を模した、人のする複雑な動きを何ら遜色無く再現し、あまつさえ単純な入力で多様な動作を選択再現させる。更には人の精神の力すら物理的力に変換するというある種のオカルトじみた現象さえ、機械的に再現可能な程に科学が発達した時代。

 ――にもかかわらず、この割合は低すぎるのではないか?と言う疑問が。

 

「先に説明したコロニーの環境やモビルスーツの実現ように宇宙世紀に入り自動制御技術は非常に発達しました。ありとあらゆる分野で高度に自動化され、初期のスペースコロニーでは生活に必要とされる全てのシステムが揃えられることになったのです。農業もまたしかりです。

 しかし、こうした人手を必要としないシステムの確立は、慢性的な就職難を生み出すことになってしまったのです。その反発でしょう。こうした出来過ぎた環境は人を自堕落にする、人の肉体と精神に良いことでは無い、もっと体を、頭を動かそうという認識が生まれ、社会に浸透していくようになりました。

 故に、今の技術であれば何ら人を介さなくても成立させることが可能であるにも拘わらず、農業や流通その他多くの職業、単純であるにもかかわらず忍耐を必要とする仕事、メイドや執事など無くても構わない仕事があるのにはこういった事情があるためなのです」

 

 講師の長い台詞を吟味し、ややあってディナハンは口を開く。

 

「職業、雇用の創出……情報伝達が瞬時に行う技術もそして利便性も分かっているのに、未だ新聞配達などという仕事があるのも、そうした人を人たらしめるための環境作りの一巻、というわけですか?」

「そうです。ですので各コロニーに農場がある、というのもこのことを前提にすれば―――」

 

 テテ♪ テテ♪ デデン♪ デデデ♪デッデッデーン♪

 

 不意に軽妙な音が生まれた。

 何もかも其処にあった流れの全てを遮るように突如としてディナハンの端末が吐き出した、余りに不釣り合いな軽快な音楽にディナハンもそしてまた講師の男も一様に驚ろき目を剥いてしまった。

 

「失礼。――っ!」

「どうかなさいましたか?」

 

 断りを入れ、音の原因たる己の端末に視線を巡らせたディナハンが見せた驚きに、講師の男は何か重要ごとでも起きたのだろうか?と、そう尋ねる。

 しかしディナハンは直ぐには反応せず、端末を見入ったまま。そして、やがてそれを取り繕うように口を開いた。

 

「―――いえ、大したことはありません。失礼、お待たせしました。」 

「そう、ですか?」

「はい。……先生、先の続きをお願いします」

 

 教え子でもあり依頼人とも言える人物にそう言われれば、講師は再び授業を続けるしかなかった。

 ディナハンが持つ端末の画面上に踊る[STAGE CLEAR]の金色に輝く文字のことを、熱心に宇宙世紀時代の農業政策についての説明を口にする彼が知ることは決して無いだろう。

 

  ◇

 

 U.C.0123年3月24日。

 はるばる遠く木星から3ヶ月の道のりを経て地球圏へと到着した惑星間航行用宇宙艦。一つのコロニーに匹敵する大きさを持つジュピトリス級の輸送艦。地球-木星往還船サウザンスジュピター。

 その艦内では警報が鳴り響き、ブリッジではオペレータが艦の所属と航海目的を何度も何度も連呼していた。

 

「艦長っ!所属不明艦隊なおも接近!」

「ミノフスキー粒子は?」

「宙域のミノフスキー粒子濃度は規定値から動きません」

 

 艦長はその言葉に安堵するものの、眉根は寄せたままだった。

 

「焦らして来る……。とはいえコバヤシ丸の二の舞は頂けん。いつでもモビルスーツを出せるようにしておけ」

「了解――っ!」

 

 艦長の指示にモビルスーツ隊への待機を命じようとしたオペレータは端末が示した情報にその行動を遮られた。

 

「所属不明艦よりモビルスーツと思しき反応ッ!停船勧告来ました!!」

「そうか、良し―――繋げろ」

 

 わずかの間があった後、モニターに深く暗い紫色にどこかバロックやロココを思わせる金色の装飾を施した軍服を着た男が映った。

 艦長は、その男が何かを口にする前に機先を制して口を開く。

 

「こちらは木星船団公社所属、地球-木星往還輸送船サウザンスジュピター。現在、地球への輸送ヘリウム3任務中である。貴船の航路は我が艦との交差の虞《おそれ》あり、ただちに所属と目的を明らかにし航路を変更されたい。」

[我々はクロスボーン・バンガード。勧告に受け入れ、停船願いたい]

「……クロスボーン・バンガード。確か、先頃フロンティアサイドに侵攻したという軍隊の名前―――でしたな?」

 

 その言葉にクロスボーン・バンガードを名乗った男が首肯する。

 

[ご存知ならば話は早い]

「そのクロスボーン・バンガードが我々に何の用でしょう?停船せよ、とは穏やかではない」

 

 しばしの鋭い視線のやりとりの後、不意に態度を和らげたのはモニターに映る貴族趣味な服装の軍人の方であった。

 

[なに、ご懸念には及びません]

「ふむ?」

[我々は只、我がコスモ・バビロニアへの招待と総帥マイッツアー・ロナより親書をお届けに参ったまでのこと]

「マイッツアー・ロナ……総帥?」

[はい。総帥は常々、遥か遠く木星へと赴き自らの身を賭して開発を進める公社の方々の、その開拓心(フロンティアスピリッツ)と行動力に深い尊敬と感銘をお受けになっておられました。

 ですので此度サウザンスジュピターが地球圏へ到着すると知り、その労をねぎらうとともに我々との友誼を結んで頂きたい願われ親書をしたためられたのです]

「……」

[どうでしょう?総帥からの親書を受け取って頂き我らと同道して頂けると嬉しいが?]

「……お話は、わかりました」

[では]

 

 会話の流れに要求が通る見通しが出来た、と喜色を浮かべるも束の間、それはサウザンスジュピターの艦長が出した手の平で遮られた。

 

「確かに。確かに我々は地球圏、ひいては地球圏に住まう人々のエネルギーを賄うという大事を負っている。如何な勢力、組織であっても商取引には応じましょう。

 ―――とは言え貴方方は武力を持ってフロンティアサイドに侵攻した。悪し様に言えばテロリストに他ならない」

[……]

「そのような連中に唯々諾々と従った、とあっては対外的にも示しがつかない。何より我々は公社だ。地球連邦政府《うえ》へ何と言い訳するのです?」

[――――ふむ、なるほど。理由が必要というわけですか]

「さぁ? 私はそんなことを()()()しておりませんよ」

 

 そう強調することで明け透けに意思が示される。腹芸も何もあったものではない。

 

[仕方ありません。我々は是非にも貴方方をコスモ・バビロニアにご招待するように仰せつかっているのです。少々強引な手を取らせていただきましょうか。モビルスーツ隊発進せよっ!]

「ふむ……」

 

 やがてクロスボーン・バンガード所属の艦隊と思しき艦艇群の姿がモニターへと映し出される。連邦、ジオン、そして木星、何処とも違う意匠をした灰色を基調とした戦艦。

 その戦艦は停船すると、ランチを一台吐き出した。そこに先んじていた二機のモビルスーツが付く。

 ズングリとした体に古代ギリシアやローマに見られるトサカ頭の兜にそれとは不釣り合いな丸眼鏡をしたモビルスーツが拡大される。手には槍に似た武装を持っていた。 

 

「ほう。小さいとは聞いていたが……」

[如何ですか?]

 

 自身が小さく漏らした言葉に対しての絶妙な合いの手に、艦長は一瞬モビルスーツの感想を聞かれたのかと思ったが直ぐに違う意味の問いだと思い至った。

 

「そうですな。こうハッキリと武力に訴えられては、我々は従わざるを得ませんな」

[それは重畳。では、こちらからは護衛のモビルスーツ2機とともにランチを向かわせますので]

「わかりました。―――しかし、そちらのモビルスーツが近づく以上、我々もモビルスーツを出させてもらいますよ」

 

 飽くまで建前として武威に屈しただけ。そう言いたいのだ。そして、そのことは双方が共に理解していた。

 

[構いません。こちらは、それに反対する権限を持っていませんから]

「―――艦内に通達。これより本艦は一時停船し、客人を迎える。モビルスーツ隊発進、別命あるまで艦周辺にて待機せよ」

[英断、感謝します。ではそちらのモビルスーツの展開を待って伺わせてもらうとします]

「分かりました。お待ちしております」 

 

 通信が切れると艦長は矢継ぎ早に指示を飛ばした。一応の関係が結ばれたが、今はまだ敵ではないというだけに過ぎない。取り入るにしても彼らを思い上がらせる必要は無い。

 モビルスーツが発進していくのを見ながら艦長は、気を引き締める。

 

 やがてモビルスーツの展開も終わると、先の通信通りクロスボーン・バンガードからの使者が乗ったスペースランチが2体の小さなモビルスーツを伴ってゆっくりと向かってくるのが見えた。

 艦長は、艦の周囲を警戒中の自分たちが用意した木星製のモビルスーツに目を向ける。クロスボーン・バンガードのモビルスーツに比べ、その巨大さはまるで大人と子供。

 木星のモビルスーツが地球のそれに比べて巨大なことはある種仕方が無いとも言える。木星圏の強力な重力の中でも十分な推力を得るための高出力のジェネレータと大型のスラスター。それに負けぬための堅牢な内骨格と装甲。それらを合わせればどうあっても機体は大型化せざるを得ない。

 だが機体の大型化、それは地球連邦だろうと何処だろうと金がかかる原因に変わりはなかった。ならば未だ小さな経済力しか持たない木星としてもモビルスーツの小型化は喉から手が出るほどに是非、と言ったところである。

 ブッホの技術が連邦と戦り合える程であることは、コスモ・バビロニアのフロンティア制圧によって示された通りほぼ間違いない。

 ならば―――

 

「クロスボーン・バンガード。ふっ……色々と利用させて頂こうじゃないか」

 

 艦長はこちらに向かいつつあるランチを眺め、不敵な笑みを浮かべて呟いた。

 

 ◇

 

 ブッホ・エアロダイナミクス。

 それは、ロナ家本来の姓であるブッホとエアロダイナミクスすなわち航空力学を冠した新興の航空機製造メーカーであり、ブッホ・コンツェルンという財閥を構成する一企業。

 そして、サウザンスジュピターの艦長が欲しいと口にした技術、つまりクロスボーン・バンガードが用いるモビルスーツを開発し、製造している会社の名前でもあった。

 

 そこでは現在、フロンティアサイド侵攻を皮切りに始まるコスモ・バビロニア建国、そしてその建国後を睨んでの新たなモビルスーツ設計、開発も含め、今も研究が続けられており多くの技術者、研究者達が日々それに従事、注力していた。

 そんな忙しくも充実した時間を過ごす彼ら技術者が本社のあるサイド1のブッホコロニーからわざわざ戦地であるフロンティアⅣに呼び出されたのは、フロンティアⅣの制圧が知らされた直ぐ後のことだった。

 

 この少しでも時間が惜しい時期、設備も何も無い所への呼び出しに開発陣は皆が皆、一様に首をひねった。しかし、自分たちが呼び寄せられた理由を目の当たりにした時、彼らは狂喜することになる。

 ―――“ガンダム”。モビルスーツという新しい兵器体系が生まれて以来、原点にして最強と言われ続ける存在。

 その白いモビルスーツがそこにあったからだ。

 

 この時代、多くの一般の大衆が持つ“ガンダム”の認識は「あー、聞いたこと……ある。――ある?」といった程度であり、そして連邦の一般的な兵士でさえ「昔あったね、そんなモビルスーツ」と言った具合であった。

 ただ、その反対にモビルスーツパイロットやモビルスーツの開発者達へのネームバリューはそれなりに大きなものであった。

 特にモビルスーツ開発に従事する者の“ガンダム”に対する想いに比べれば、パイロットが見せるガンダムへの憧れなぞは可愛らしいものとも言えた。なぜなら、彼ら技術者の“ガンダム”に対する評価というのは、そう―――例えて言うなら信仰に近いもの、信仰そのものと言っても良い程になっていたからだ。

 その一端はクロスボーン・バンガードのモビルスーツにも見ることが出来る。

 彼らが用いるモビルスーツの多くはデュアルセンサー、すなわち頭部のツインアイを採用している。これは技術者たちが、ジオン系モビルスーツが採用し続けたモノアイと呼ばれるカメラアイが能力として何ら劣るものではないにも拘らず、ガンダムの特徴である双眸に性能の優秀さを見出した結果であった。

 もっと露骨なものもある。彼らが用意している高性能機(フラッグシップモデル)であるビギナ・ギナⅡやビギナ・ゼラには、わざわざガンダムを模した頭部が用意されていたりするのだ。

 プロパガンダのためと書類上は理由付けをされているが、“ガンダム”はその発生から連邦から今日に至るまで連邦のモビルスーツであり連邦軍の勝利の象徴でもあった。それを無視してでも採用されたのは技術者達のそうした信仰、評価があったればこそであった。

 

 そんな技術者達に言い渡された命令は「このガンダムを徹底的に調べ上げろ」との事。

 ―――言われるまでもない。それを聞いた技術者達は異口同音に言い、目をギラつかせ笑みを浮かべた。

 それから彼らは寸暇を惜しんで機体に齧り付き、寝食を忘れ骨身を惜しまず調査と研究に没頭した。その様子は鬼気迫るもので、後に警護の兵士たちの語り草になるほどであった。

 

 そうして、ガンダム―――鹵獲されたF90Vは丸裸にされた。

 装甲から内部骨格、ジェネレータからコンピュータ、オペレーションシステムに至るまで微に入り細を穿ち徹底的に調べ上げられリバースエンジニアリングを施された結果、彼らは機体本体とその追加武装であるヴェスバーとビームシールドを一から再現出来るまでのノウハウを手に入れる。

 それはアナハイム・エレクトロニクスから裏取引によって手に入れたサナリィの(フォーミュラ)計画とシルエットフォーミュラ計画のデータがあったことも重要な要因だが、何よりそのデータを精査、解読し血肉と出来る程にブッホ・エアロダイナミクスの技術力が高かったから出来たことだった。

 

 もし仮に、軍令部からのGOサインが出さえすれば、彼らは嬉々としてF90V(ガンダム)を作り出すに違いない。

 ディナハン・ロナが記憶に持つGジェネ(ゲーム)を再現するかのごとく。

 

 ◇

 

 木星往還船サウザンス・ジュピターがサイド4、フロンティアサイド宙域に進んだという報せは、サウザンス・ジュピターから地球にある木星公社、そして連邦政府へと伝えられた。クロスボーン・バンガードにより拿捕されたという理由がつけられて。

 当然、連邦政府はクロスボーン・バンガードへの非難の声明を出した。しかし、サウザンスジュピターが無傷だとの報告からクロスボーン・バンガードが木星のヘリウム3確保のために公社と事を構えることを嫌ったと判断。裏の思惑として木星公社にクロスボーンとの橋渡し役を期待し、接触を黙認するのだった。

 しかし、こうした連邦政府の判断と対応もクロスボーン・バンガードにとっては計算の内であった。

 今は亡きハウゼリー・ロナの立案した『コスモ・バビロニア』の建設計画の道程の中には、連邦政府や連邦議会はおろか、各公社、各サイド、そして其処此処の民衆の意識に至るまで今の状況が予測され凡そ正確に記されていたのだ。

 そして、その予測は木星()()の出方にも及んでいる。しかし、それは飽くまで()()の域を出るものではなかったが。

 

 ◇

 

 クロスボーン・バンガードのフロンティアⅣ制圧以後ロナ家の仮住まいと化していた旧フロンティア政庁の迎賓館では今宵綺羅びやかな宴が催されていた。

 質素を旨とし華美を良しとしないのがロナ家の常であったのだが、今日は普段と違って多くの客を招き入れてのパーティが行われている。

 主賓は勿論、遠路遥々木星からやって来たサウザンス・ジュピターの艦長夫妻や主だった乗組員、随伴する公社の職員達。それにクロスボーン・バンガードが制圧したフロンティアⅡやⅢそしてⅣの政庁の高官、帰順を示した連邦の将官、そしてフロンティアサイドに進出している企業のトップ等がこの宴に招かれていた。

 

 各々がこの先を見据え、己の地場を固めるべく情報収集やら腹の探り合いやら、顔に笑顔を貼り付けて繰り広げている姿。

 そんな大人達の中でオレンジジュースの入ったグラスを片手に主催者の親族として出席させられたディナハンはつまらなそうに眺めながら混じっていた。

 実際、型通りの挨拶を済ませた後で彼に話しかける人物などほとんど居ない。勿論、将来性も含め誼を作っておこうと考える者も居るには居たが、幾らロナ家の嫡子であり亡き父親の名声があるとは言え未だ13才の餓鬼に取り入ろうとする物好きは多くない。

 同年代の子供も出席しておらず、これと言って話し相手もいないディナハンは暇を持て余していた。そして自分がそうであるように護衛のため自分について回らなければならない寡黙な士官もまた暇だろうな、と彼は一つの提案をすることにする。

 振り返り、見上げた。

 

「大尉、私のことは良いですから楽しんで来られたらどうです?せっかくですし」

「はっ。ありがとうございます。ですがそういうわけにも参りません」

 

 生真面目にそう返してくる厳つい顔の大男、シェルフ・シェフィールド大尉の態度にディナハンは小さく破顔する。

 

「ふっ、はは……戦時とはいえ偶には羽根を伸ばしても良いのに。 ほら」

 

 そう言うディナハンの視線の先にはベラ・ロナに随伴して パーティに出席しているシェフィールドの同期でもあり竹馬の友とも言えるザビーネ・シャルの姿があった。

 ベラがマイッツアーに連れられて挨拶回りをさせられている隙を狙っていたのだろう、どこぞの令嬢であろうドレス姿の数人の女性から声を掛けられていた。彼は如才なく断りの言葉を述べていたが。

 見回せば、若く見目も良い、そして何よりロナ家の男子であるドレルもまた若い女性達に集られていたりもしていた。

 

「側にいるのが私のような糞餓鬼では興も削がれるでしょうに」 

「いえ、決してそのようなことは…… ――――ディナハン様」

 

 子供らしからぬ軽口に何とも言えない表情で言葉を濁す大尉。しかし次の瞬間、こちらへと真っ直ぐ歩を進めてくる存在を気取ると普段の厳しい軍人の顔つきへと戻りディナハンへと促した。

 そしてディナハンもまたシェフィールドに促される直前、己に意識を向け近寄ってくる何者かを感じ取り振り返っていた。

 その目に捉えたのは―――クロスボーン・バンガードでも連邦のものでもない軍服と言っても差し支えなさそうな制服を着た後頭部に髪を残した禿頭の男、サウザンスジュピターの艦長に、背広を着てその顔に縁のないメガネをかけている初老の男。そして同じく背広を着た見た目三十近くのまだ年若い男―――の、三人。

 

「ディナハン様」

「これは艦長。楽しまれておられますか?」

「ええ、それは」

「そうですか、それは良かった。……我らの都合でお呼びだてしてしまい、祖父も恐縮しておりましたから、そう言っていただけると我ら一同、心休まります」

「そんな、とんでもございません。マイッツアー総帥には我々に格別の配慮をしてもらっております。木星とコスモ・バビロニア、明日の交渉はお互いにとって良い関係を見いだせることでしょうな」

 

 緩やかな笑みを浮かべならがそんな会話をしつつもディナハンは内心で連れの男の一人を警戒していた。

 彼とディナハンは初対面だった。だが、ディナハンは彼を【前世の記憶】により知っていた。記憶にあるよりも年若く見えるが確かに知っている人物であった。

 

「―――私も、そう願っております。ところで」

 

 チラリ、と視線を送るとその男は柔和な笑みを浮かべ手を右手を胸に置くと優雅に腰を折った。

 

「ああ、ご紹介が遅れました。彼がロナ家の神童と呼ばれる貴方と是非お会いしたいと言うものですから連れてきたのです」

「過分な評価です」

 

 一言謙遜し、ディナハンは視線を件の男に向けた。こいつが――――。油断のならない相手だという認識が鼓動を早めさせる。

 それでも彼は何も知らないかのように、

 

「期待外れも良い所だったでしょう? 私はディナハン。ディナハン・ロナと申します」

 

 苦笑いを浮かべ初対面の自己紹介を述べた。

 

「いいえ、とんでもありません。噂に違わぬとはこのことですな。

 ――申し遅れました。私、カラス、と申します。木星では多くの若者の前で教鞭をとっております」

 

 カラス。

 それが本名なのか、それともコードネームなのかをディナハンは知らない。

 彼が知っているのは、【前世の記憶】が教えてくれる知識はカラスが木星において指導者の側近とも取れるほどの地位にあり且つ腕利きの特殊工作員(エージェント)であり、本人が言った通り優秀な人材を育てる教授(プロフェッサー)でもあった。

 

「ご挨拶痛み入ります。

 ―――カラス氏は先生なのですか。今回の地球訪問は、そのお仕事の関係で?」

「はい。実は地球圏に木星の子供たちを留学させられないか、そして将来的には交換留学という形で地球の子供達を木星へと招け無いか交渉に参った次第です」

「留学、ですか」

「はい。木星の子供たちは自分たちの故郷である地球をその目で直に見たことはありません。見上げれば赤い星、遠くに望むべくもない。

 そんな現状、私は常々子供たちに地球を見てもらいたいと思っておりました。地球が如何に我らにとって大切な宝であるのか、何故自分達人類が宇宙に出て木星にまで足を伸ばしているのか?その根本的理由を自ら地球を見、触れることで心に刻んで欲しい。そう思っているからです。

 ドゥガチ代表は、そういった私の思いに理解を示してくださり、こうして私を地球へと派遣してくださったのですよ」

 

 教育者が語る理由としては如何にもなものに、なるほど、とディナハンは相槌を打つ。

 

「マイッツアー氏も教育に力を入れていると聞き及んでおります。実際の交渉は彼に任せることになるでしょうが、明日の会談ではこの理念に理解を示してくださると有難いのですが」

 

 そうカラスが若い男を話に出すのでディナハンが視線を向けると、その彼は軽く瞑目し頭を下げた。

 

「……そう、ですね。祖父は教育の重要さを良く良く理解しています。そして何より地球の大切さも。協力出来るか否かは私には判断つきかねますが、悪い印象は持たないとは思います」

「そう聞いて少し安心いたしました。……もし叶いましたらコスモ・バビロニアからも多くの若者が木星へと足を運んでくれることを期待したいですな」

 

 そんなカラスの言葉にディナハンは、にこり、と笑みを浮かべることで玉虫色の返事を返すのだった。

 

 ◇

 

 ディナハンとの束の間の歓談を終えた艦長等木星の一行は、再びパーティの中へと戻っていた。

 彼らは確かにこの宴の主賓ではあったが、かと言ってここに招かれたような多くの企業や軍人などと接点を持つには“公社”という看板は大きすぎて却って彼らに話しかける者は少なかった。

 だが、それが彼らには好都合でもあった。

 周囲の人間、特にホスト側の人員の耳目に注意を払えば、泊まることになる迎賓館の一角と比較して随分と話し易いのが事実だった。

 

「で、どうだったのかな? 教授(プロフェッサー)、君の期待の人物は」

 

 手にしたワインで喉を潤した艦長が、視線をカラスへと送り口を開く。

 

「フフフ、そうですな。サイキッカーか否かまではまだ判断つきかねますが彼は間違いなく才能ある若者ですな。もし叶うならばこの手でその才能を伸ばしてみたいものです」

「ほう?―――確かに13歳というにしては確りとした受け答えではあった。それにこちらに言質を取られないよう配慮していた感はある」

 

 カラスの楽しげな声に頷き、

 

「だが、それだけだ。教育を施せばどうとでもなる程度。君が欲しがるほどか?」

「カガチ君?」

 

 少し意地悪気に問う艦長にカラスは答えず、先ほどディナハンとの会見時にも側にいた男の名を口にした。

 直ぐに側で控えていたその男、フォンセ・カガチが頷いた。

 

「はい。―――ディナハン・ロナが勘の鋭い人間であることは間違いありません」

「ふむ?」

 

 カガチの断言に艦長は続きを促す。

 

「我々があの少年に近付いて行った時、彼はこちらに背を向けていました。

 そして御付きの軍人がこちらを認めるよりも早く、こちらを気にする節が見えました。明らかに視えていないのにです。」

「ほう、そうだったか? ……よく見ている」

「自然発生なのか人工的なのかまではわかりませんが、まず高い資質を持っていると思われます」

 

 ふむ、と顎に手を当て納得行ったのか艦長はカラスを見た。

 

「なるほどな。人材マニアの教授が好みそうな人物というわけか」

「はい、それはもう」

「確かにズガンといい、カガチといい、君の薫陶を受けたものは総じて優秀だからな。君の人を見る目は信用しよう。が、―――」

 

 艦長がカラスから視線を切ると、少し彷徨わせた後一点に置いた。その先を追えば、そこには歓談するマイッツアー、そして異形の仮面をかぶった男。

 

「引き入れるには、まだ時期尚早というものだと私は思うよ」

「はい、分かっておりますよ。()()

 

 にこやかにカラスはそう口にした。

 

 ◇

 

 ちょうど、晩餐会でディナハンが艦長達に声を掛けられていた頃。

 数台のスペースランチがクロスボーン・バンガードの軍門に下ったフロンティアⅣを目指してフロンティアⅠを後にしていた。

 それには、フロンティアⅣから逃げたは良いがクロスボーン・バンガードの次なる侵攻の噂に他の逃げ場所を何処にも見出せない難民達や、フロンティアⅣ、Ⅱ、Ⅲと連邦が敗走した事実に自身の身の不安を感じた連邦の将兵などがひしめくように乗り込んでいる。 

 そんな大勢の人の中に一人の少年が蹲るように座っていた。

 

「セシリー、父さん……」

 

 呟きが微かに口から漏れた。

 シーブックの瞳には、これからの不安を覆い隠すかのように決意の光が輝いている。

 ただ、それが若さゆえの暴走が作り出したものであると自覚するには、彼はまだ幼すぎた。




【独自解釈と独自設定】

○コロニー内の農業
宇宙世紀は、農作物が安定供給できる。(小説F91)とコロニー落着により穀倉地帯が壊滅。以降食料供給はコロニーに頼る(小説0083)からの独自解釈。
シーブック・アノーは牛乳配達のアルバイトをしていたと小説F91にあり、映画F91ではクロスボーン強襲によりより逃げ惑う馬が出てきたり、壊されて出来たコロニーの穴から乳牛が宇宙に放り出されたりするシーンもがある。
このことから酪農が行われていたと考えられる。
ただし、漫画クロスボーンガンダムではトビア・アロナクスが「コロニーで犬猫より大きな動物を見たことがない」という主旨の言葉を発している。
この点を解決する解釈として、トビアの両親がコロニー開発従事者であったことから建造初期コロニーや規模の小さいコロニーに住んでいたため実際目にしたことがなかった。――――という妄想で補うこととする。

○ブッホ・エアロダイナミクス
UC0123年当時において新興の航空会社として世間には認識されている。デッサ・タイプ(もしくはデンナ・タイプ)というモビルスーツを試作・発表した。
ブッホの名が示す通り、ロナ家が経営するブッホ・コンツェルンのグループ企業で、クロスボーン・バンガードが用いるモビルスーツを製造している。
ザビーネ・シャルがテストパイロットとして就職した当時は社名がブッホ・エアロマシンであったが、デッサ・タイプの正式発表の時に社名変更し現在のものとなった(―――という俺的妄想設定)。

※小説F91では「ッ(小さいツ:促音)」を含むブッホ・エアロダイナミックスと表記があるが、この小説ではブッホ・エアロダイナミクスのほうを採用する。

○サウザンスジュピターのモビルスーツ隊
UC0123年にサウザンスジュピターと同じ木星公社所属の同型艦コバヤシ丸がオールズモビルズによって破壊されたことを受け、木星で使用している作業用モビルスーツに相応の武力を持たせたモビルスーツで構成された部隊。
使用しているモビルスーツは機動戦士クロスボーン・ガンダムに出てくるEMS-06バタラより前の型式を持つ木星帝国製のモビルスーツ。―――という妄想。

〇カラス
通称、教授《プロフェッサー》。漫画機動戦士クロスボーン・ガンダムの登場人物。

○カガチ
フォンセ・カガチ。機動戦士Vガンダムに主に登場する人物。漫画機動戦士クロスボーンガンダムゴーストにもほんの少し出てくる。
UC0153時で65歳なのでUC0123時は35才の青年。きっと髪の毛フサフサの好青年―――妄想。

○ズガン
ムッターマ・ズガン。機動戦士Vガンダムに主に登場する人物。フォンセ・カガチと木星船団公社時代からの付き合い。
絵的にカガチと同い年くらいなのでカガチと共にカラスの薫陶を受けた木星育ちということにした。―――つまり妄想。

○シーブックのフロンティアⅣへの帰還
映画版と小説版の違い。
映画版ではF91に乗ってフロンティアⅣに乗り込んだが、どうやって防空網を突破したのか描かれていないし、どこにF91を隠したのかも(俺には)あまり良くわからない。
正直無理がある気がするので小説版の「逃げ戻る難民たちに紛れて潜入した」を採用。

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