クロスボーン・バンガードの訓練施設、通称『洗濯板』にそれはあった。
ザムス・ジェス級と呼ばれる艦艇の一つ、ザムス・イシュム。
古代バビロニアで、人の守護神として祀られた神イシュムの名を冠された艦艇のモビルスーツ格納庫に、ディナハン・ロナはいた。
ぜぇぜぇ、と病的とも思えるほどに酷く荒い息をつき、彼の体は空気を欲していた。
普段使わない筋肉がひどく痛み、三半規管が悲鳴を上げ、目の前がぐるぐるぐるぐる揺れている。気持、ち、が悪、い。
モビルスーツのコックピットから抜け出したディナハンは、自らを襲う悪感にタラップをフラつきながら降りると堪らずその場に崩れるように蹲った。
嘔気を抑えられない。
「ディナハン様!」
厳つい顔の男、シェルフ・シェフィールド大尉が少年の名を叫ぶように呼ぶと駆け寄って、小さな背を撫ぜながら介抱をし始めた。
「これ以上は無理です。今日はこの位にしてお休み下さい」
「ディナハン!」
呻くディナハンがシェルフの気遣いに答える間も無く声が降って来た。紫色の髪に凛々しい顔立ち、髪の色に合わせたノーマルスーツを着込んだ青年が空を滑ってやってくる。
ドレル・ロナ。ディナハンの父、ハウゼリーの実妹、ナディア・ロナと結婚したカロッゾ・ビゲンゾンの間にできた二子のうちの兄。
シェルフがすぐさま敬礼する。それに答礼を返したドレルはドレルでディナハンに声をかける。その声音は心配気と言うよりも呆れを含んだものだった。
「無理をする」
「ぅぉぇっ」
「ふん……大尉、ディナハンは限界だ。直ぐに医務室へ」
「はっ」
ドレルの嘲弄とも呆れとも取れる笑いがディナハンの耳に届いた。しかし、体の不調にあえぐ少年は情けなくもまともな言葉を返すことさえ出来なかった。
◇
医務室に担ぎ込まれ、処方され酔い止めをディナハンが飲んで数時間。
薬が効いたらしく自室療養となった彼は、大分意識もはっきりとしたのをいいことにベッドに横たわりながら自身のコンピュータ端末を叩いていた。
家庭教師から出されたその日のノルマである勉強も終えたディナハンは、目下の興味の対象、Gジェネアプリへと意識を移す。
画面上にはオペレーションルームと銘打たれた画面が映っていた。
そこには自軍の編成に関わる項目やモビルスーツや艦艇の開発、設計の項目、鹵獲MS、人員等のリストがある。
そして、それら項目に新たに一つ、カスタマイズルームと言うものが追加されていたることを彼の眼が捉えてた。
「これは……」
読み進めていくと、どうやらモビルスーツの改造やら人員の各種パラメータの上げ下げをキャピタルを消費して行うという代物だと分かる。
ディナハンの口角が釣りあがりニンマリとしたいやらしい笑みを作った。これで、激烈に弱い自分から解放される。そうした思いからの笑みだった。
上手く作用するかはわからない。だが試してみなければ始まらない。
はやる気持ちに後押しされ、有り余るキャピタルを使いディナハンは自分のパラメータを弄り始めた。
だが、いきなり全てを最大値の99、99、99、……としてしまうと、他人から異常であると見られることもある。そして何よりも自分がその変化についていけないのでは?と心配になった彼は考えを巡らせた。
シェルフ・シェフィールド大尉のステータスをテキストエディタ上に写し取り、自分のステータスを見比べながら頭を捻る。最下級の兵士、もしくは新兵辺りのパラメータを目指して調整するにはどのくらいの数値が適当だろうか、と。
ディナハン・ロナ → ディナハン・ロナ
射撃力 2 射撃力 6
格闘力 2 格闘力 6
反応力 3 反応力 6
NT値 1 NT値 3
指揮力 6 指揮力 6
通信力 3 通信力 5
操舵力 2 操舵力 5
整備力 2 整備力 5
魅力値 5 魅力値 5
ディナハンが、ついつい度を越してしまう己の欲求を自重しながら数値を検討することしばし、よし、と一つ頷いたところで来客を告げる訪ないが入った。
「もう起き上がって大丈夫なのか?」
「従兄上」
訪問者はドレルであった。ディナハンが右手を上げて健在ぶりをアピールするも、従兄は眉間に皺を寄せたままであった。
「……ディナハン。はっきり言う、モビルスーツのことはもう諦めろ」
「ッ?」
「もともとお前ががモビルスーツに乗るなど、無理なことは何より自分で分かっていただろう。第一、お前はまだ、体も出来上がっていない子供だ。
お祖父様はお前の心意気を評価して許してくれたが、今回のことで身に染みて分かっただろう。」
言葉の裏にあるのは心配、疑念、呆れ、そして僅かな優越。ディナハンは、そんな感じを受けた。
「はい。……でも、それでも降りるつもりはありません」
「何故そうまでモビルスーツに拘る?高貴なる者は何も万能であれというわけではない。
人は平等ではない。能力の差異は人の生まれもった天命だ。己の能力を見極め、自らの欲を抑え、その能力を活かすことこそコスモ・ノーブルの在り様だろう」
「……」
「乗ってみたいと言う気持ちは分からんでもない。男の子だ、憧れるのもわかる。
だが、お前は口にしたのだ。高貴なる者、ロナ家の者だと。ならば、わかっているな?」
「……」
「今でなくとも良いじゃないか」
「……」
沈黙が降りる。
それは正論だった。ディナハンには正論だと断言できた。自分の能力を客観的なステータスという数値で知っているディナハンには、言い返す術も言葉もありはしない。
能力主義に先鋭化しているコスモ・貴族主義。それを論の基本においている時点で能力のない彼がモビルスーツのパイロットになることを希望してもそれが成せる訳はないのだ。
だが、僕にはチートという反則がある。だから――――
「嫌です」
「ディナハン……」
ディナハンの絞り出すように言った言葉に返ってきたのは、深い嘆息。それでも彼は続ける。
「嫌です、従兄上。
私に才能がないのは僕が一番良く知っています。今日やってみて分かりました。辛かった、苦しかった、死ぬかと思った」
「だったら」
「でも、僕は言いました。逃げ出すわけに行かないと。」
「ッ?――」
「僕はディナハン・ロナ。僕は、ディナハン・ロナという存在から目を背けちゃいけないんです。それが僕なのだから」
「……」
「父を失った悲しみも、怒りも、母を失った辛さも、苦しさも何もかも他の誰でもない、僕のものです」
ドレルの顔が困惑に歪む。彼にはディナハンが何を言いたいのか、何を言っているのかわからない。
「そしてディナハン・ロナは、僕は、ロナ家の、ハウゼリー・ロナの子供なんだ。なら!」
親の罪を子に問うな、と人は言う。子に親は選べない、とも人は言う。
確かにその通りだ、とディナハンも思っている。だが、親は親なのだ。例え愛そうとも憎もうとも、誇ろうとも蔑もうとも、その関係を繋がりを無しには出来ない。
血は水よりも濃く、粘りを帯びる。それが自分にとって良き家族であったならば、その繋がりは太くなり強くなる。
ディナハン・ロナの不幸がそこにあった。
彼は知っていたのだ。彼の特異性『前世の記憶』というおぞましい何かによって。自らの家族が人類の粛清へと乗り出すことを。
人は、自分の大事な相手が悪事に手を染めるとしたら、どうするだろう? 止める? それとも、手を貸す? はたまた見て見ぬふりをする?
ディナハンには、自分の行いが悪だと理解しているマイッツァーを止める言葉を持てなかった。
手助けしようにもディナハンの年齢と能力では、こなせる役割など何もなかった。
結局、彼は知っているのに知らないふりをして、罪の意識を感じながら、ただ成り行きを黙って見守り続けることしか出来なかった。
だが、今、力の欠片を手にしかけた今ならば出来るかもしれない。
止める言葉を持たぬならば、力づくでも止めに入ろう。こなす役割がないならば、自ら脚本を書き舞台袖から躍り出よう。
罪の意識を感じるならば、免罪符を手に入れるのだ。僕は出来る事をやったという免罪符を。
決定された歴史、コスモ・バビロニアの建国と崩壊。そして木星帝国の襲来。
それは、ハウゼリーの死は無駄死にで、母が精神を壊したのにも意味はなく、祖父の夢は破れ、叔父は娘の男に殺され、従兄は生死不明なり、姉は餓鬼に殴られる。
そんな未来をディナハンに味わえと言っているのだった。
だからディナハンは、戦わなければいけない。訪れるであろう確定した未来を、ほんの少しでも良いから変えるために。
ドレルを見据える視線に力が込もる。
「なら、僕は、そこから逃げる訳にはいかない!」
ディナハンの口から歴史への挑戦状が叩きつけられる。
「ディナハン、お前……」
ディナハンの意志に気圧されたのか、ドレルは驚愕の表情をその顔に貼り付け、そして何事かを言おうとして口ごもる。その矢先、その言葉に言葉を被せたのは新たな訪問者だった。
「良くぞ言った」
「「ッ!お、お祖父さま」」
声に気付いたディナハンとドレルが振り向き、声を重ねて戸口に立つ人物の敬称を口にした。
マイッツァーが鷹揚に頷く。
「ディナハンがMSの訓練で倒れたと聞いてな。意思が揺らいだかどうかを確かめに来てみたが……無駄足だったようだ。
それ以上に頼もしい言葉を聞けた」
「……はい、私も驚きました。ここまで激しいディナハンの言葉を聞いたのは初めてです」
ドレルの言葉に、うむうむ、と嬉しそうにマイッツァーが頷く。
二人して持ち上げられて正直居心地を悪く感じた僕は、誤魔化し空気を変えるべく軽口を叩くことにした。
「あー……も、持ち上げるのは止めてください、お祖父さま。それにドレル従兄上も。正直言えば、従兄上に負けないようにモビルスーツに乗ってみたいなぁ、とか低俗な願望だってあるのです。私だって男の子だから」
そんな照れ隠しの言葉を聞いて、ドレルは先程までとの落差に目を丸くすると、すぐに呆れ顔を作った。が、マイッツァーは逆に呵々と笑い、孫二人はその様子に驚いてしまった。
「良い。何者にも劣りたくないという心は人を成長させる原動力となる。方向性さえ間違えなければ賞賛されるべきものだ。
二人は互いに切磋琢磨し、我がロナ家の、コスモ・貴族主義の旗印となってくれると嬉しい」
祖父の穏やかな笑みに二人の孫は確りと肯定の返事を返すのだった。
◇
デナン・ゾンのコックピットから外へ出たディナハンがヘルメットを脱ぎ襟を緩め空気に肌を晒す。ふぅ、と溜息のように呼吸を一つ漏らした。
「ディナハン様」
シェルフ・シェフィールド大尉がその厳つい顔と大きな身体を揺すって、教導を担当してくれている黒い肌を持つアフリカ系と思しき軍曹エイブラム=ラムザット教導官を連れてやってきた。
「大尉、軍曹」
「格段に進歩されましたな、ディナハン様」
「世辞でも嬉しく思う。が、実際私はどうなのだろうか、軍曹。大尉はこう言ってくれているが」
「私も大尉と同意見であります。さすがはコスモ・ノーブルと噂されるドレル様の従兄弟。先日とは別人なのではと疑うほどです」
「そう、か」
確かに、基礎シミュレーションでの射撃、格闘、回避など、全くと言って良いほど出来なかった前回と比べ、まだまだ全然ではあるものの明らかな進歩をディナハンは自分でも認識していた。
それは当然、モビルスーツへの理解が深まったことも起因しているだろうが、ここまで劇的に影響を齎すものではない。
原因はやはりGジェネアプリによる自分自身の改造によるものだ、と彼は心の中でチートツールの凄さを褒め称えた。
「ラムザット軍曹と話し合い、明日からのシミュレーションには基礎訓練だけではなく、戦闘シミュレーションも取り入れていくように訓練メニューを組みました」
「そうか。良しなに頼む、大尉、教官」
「「ハッ」」
こうしてキャラクターカスタマイズの力を身をもって知ったディナハンの日常は、訓練、キャラクターカスタマイズ、訓練、キャラクターカスタマイズを繰り返し行う日々となっていった。
◇
キャラクターカスタマイズという反則による成長。日を追うごとに著しく技量が上がってゆく。
その成長ぶりは何も知らない他人から見れば異常に見えて当然だった。
「なぁなぁ、知ってるか? ディナハン様のこと」
「あ?聞いた聞いた。焔の虎と互角にやりあったって言うじゃないか」
「まぁ、結局は負けたらしいけど」
「でも、まだ訓練を始めたばかりだろ? 確か虎が帰ってきてまだ間もないだろ」
「三週間ちょっとか?訓練期間。スゲェって言うより異常だよな。やっぱディナハン様もドレル様みたくニュータイプなのかね」
「ニュータイプって、おまえ、古臭い言葉使うなよ。コスモ・ノーブルだろ、コスモ・ノーブル」
「あー。何でもいいけど、とにかく流石はロナ家ってか」
「確かに、戦場に出てくるお偉いさんが無能じゃないってのは良いことだな」
そこかしこで似たような会話が交わされていた。そして、それは引き合いにだされたドレルの耳にも届いたようだった。
「ディナハン」
「従兄上?」
「ドレル様?」
ディナハンが、いつもの時間にモビルスーツでのシミュレーション訓練を始めていると、待ち構えていたかのようにノーマルスーツ姿のドレルが共を二人つけてやってきた。
モビルスーツへ入り込むのを止め、ディナハンは何事かと首を捻る。
「どうしたんです?何かあったのですか?」
「いや、何。兵がしているお前の噂を聞いて来てみた。焔の虎と戦り合えるようになったそうじゃないか」
「いえ、偶然です。未だ大尉の足元にも及びません」
「と、ディナハンは言うが、実際はどうか、シェフィールド大尉」
「はっ。過日の模擬戦において、私は一切の斟酌を加えておりません。ディナハン様は確かな実力を持っていると判断しております」
「と、言うことだ」
「……ぅ」
「そこでだ。私もお前の実力が見てみたい。先日、あれこれ言った自分の目が疑わしくなってしまった。今度こそ、確りとお前を見なければ、な。
外に出ての模擬戦に誘いに来たのだが、どうだ?」
「模擬戦……」
確かにディナハンのパラメータはシェルフとの模擬戦の後も、訓練とチートを繰り返し、既に彼のそれを抜いてしまっていた。。
ドレルと戦り合ってもパラメータ上では十分戦いになるはずだ。だが、経験という点では大きく譲ってしまっていることは否めない。
しかし、これこそ良い機会だとディナハンは思った。だから彼は、ラムザット軍曹を見る。
彼は、ディナハンの視線の意味を正しく介したようで、視線を真っ直ぐ返すと頷いた。
「お願いします、従兄上。是非にも胸を貸してください」
「ああ、では―――」
うむ、とドレルが頷き、てきぱきと後ろに控えていた部下に指示を出し段取りを決めていく。ディナハンはその様子を、指揮をとる者とはこういう風にしていくものかと感心しつつ眺めていた。
「ディナハン、お前は今デナン・ゾンを使っているのだったな。ならば私もそうしたほうが良いだろう」
「良いののですか?」
「ふん、丁度良いハンデといったところさ」
「ふふん、こちらは評価上昇中の注目株ですよ、従兄上?」
「減らず口を」
ディナハンの軽口に、ポスと裏拳を当てるとニヤリと笑ってから、ドレルは自分の機体を用意するために去っていった。
◇
全周囲モニターがCGで処理された宇宙を映す。
ドレルは暗闇に浮かぶ星々の光を眺めながら相手がやって来るのを待っていた。ピピッと警戒を促す電子音が耳に届く。
彼が視線をめぐらせると、右上方に赤いマーカーが表れていた。ディナハンの駆る灰緑色のモビルスーツを示す小さな赤いマーカーが。
「来たか」
ドレルにはディナハンが今の時期、侵攻作戦まで一ヶ月を切ったこの大事な時期にいきなりモビルスーツに乗り戦場に出る決意をしたのか、皆目見当もつかなかった。
ディナハンは元々体を動かすことを好むほうではなく、マイッツァーが薦めた通り政治や経済を学び官僚としてコスモ・バビロニアに貢献するつもりなのだと思っていた。
―――しかし、いきなりの変節。何を狂ったか戦場へ行くと言う。
ロナ家の務めだと言って。それがドレルの心に小波《さざなみ》を作った。
ドレルの母、ナディア・ロナは彼が幼い頃に見知らぬ男の元へと走った。彼女は、家を出る際、何故かドレルだけを置き去りにし、妹のベラだけを連れて行った。
捨てられた。
子供心にドレルは母にとって要らない存在だから捨てられたのだと理解する。
そして大きくなるにつれて、こうも思うようになった。
ロナ家としてならば、とりあえず跡を継ぐ男子がいれば、自分たちへの探索の手が厳しくなることはないだろう、という打算。
つまり、追及の手を遅れさせるための囮に使われたのだ、と。
それが事実か否か、本当のところはドレルには分からなかった。母に訊く機会があれば、話の種に訊ねてみても良い気がしていたが、今となってはそれほど重要ではない。
とにかく、当時、幼いドレルは母という居場所を失った。父カロッゾはもともと研究に没頭して余り家庭を顧みる人間ではなかった。だからこそ母は他の男を咥え込んだのだろうが。
そんな父としても夫としても失格な男が、幼い子供の心情など慮ることなどできるはずもなかった。
そんな中、唯一、ドレルに居場所をくれたのが祖父、マイッツァーだった。
マイッツァーはドレルに色々な話を聞かせていた。勿論、ナディアが居なくなる前からそれは変わらなかったが、妹も同時にいなくなった事によりその頻度は増した。
父が彼に話したこと、教えてくれたこと、そして彼自身の考えた、そう、つまりコスモ・貴族主義の基本理念をとくとくと彼はドレルへと語る。
子供の頃こそ、頷くと祖父の機嫌が良くなる、そのことが嬉しくて物分りのいい振りをしているだけのドレルだったが、大きくなってそれなりに視野も広がり、あまつさえ若さ故の純粋さで世を見渡して人の腐敗を目の当たりにすれば、マイッツァーの教えが正しいもののように思えるようになっていた。
より多くの意を汲むという民主主義。大多数の幸せを実現するのが民主主義。だが、その大多数が求める幸せとは、所詮、私《わたくし》の幸せであり、個々の幸せに過ぎない。そのことに汲々とし近視眼的に物を見ることしかできない者が集まり、先を決めようとすれば、それは結局、後先も考えない欲望に塗れた結果しか生まない。
そんな彼等が、人類全体、そして後の世の人々の幸せのために心を砕くことなど出来はしないのだ。
ならば、よりよき指導者による専制政治をもって、人々を導く。そのように世界を刷新することが望ましいではないか。
ドレルは、そこに新たな居場所を見つけたのだ。
コスモ・貴族主義を世に広めるという役目を。コスモ・貴族主義によって統治されたコスモ・バビロンという地を。
彼はそこに立つ自分を夢想してしまった。
確かに、きっかけは確かにマイッツァーの教えだった。だが、結局それを選んだのは彼だった。そここそがドレル・ロナが選んだ居場所。
私はコスモ・貴族主義の体現者、そう、コスモ・ノーブルたらんと欲す。
ドレルは心の中でそう吠える。そして、今、向かい来る幼い血族へと意識を向けた。
ディナハンもまたドレルと事情は違えど、父を亡くし、母を失い、居場所を祖父によって与えられた。そしてマイッツァーの教えを受け、その実現に自分の能力を生かして手を貸そうとしていたはず。そうドレルは思っていた。
ならば、自分同様わかるはず。我がロナ家が目指すものを。
ドレルは次第に接近しつつあるマーカーの向こうにいるディナハンへと心のなかで語りかける。
お前の気持ちは聞いた。その意志の固さも見せてもらった。
だが、ただロナ家というだけで無能が上に立つことなど言語道断。意思だけでは駄目なのだ。能力が無ければ駄目なのだ。
だから――
―――私がお前を試す!
「見せてみろ、ディナハン!」
操縦桿を押し傾け、フットペダルを踏みこむと加重に体がシートへと押し付けられる。
二機のずんぐりとした丸眼鏡のモビルスーツが加速を続けたまますれ違う。ここだ、とドレルは生み出された慣性を殺すことなく、モビルスーツの四肢の動きだけで軌道を変えディナハン背後を取った。照準の向こうにデナン・ゾンのずんぐりとした姿を捉え、引き金を引いた。
ヘビーマシンガンから放たれた火線は、真っ直ぐとその気体に吸い込まれる、はずであった。
が、しかし――ー
「ふん……」
ふらりと軌道を変え難を逃れたディナハンを褒めもせずドレルは鼻で笑う。この程度なら避けるは容易い。逆に避けて貰わねば困るとでも言うように。
ジグザグに描かれるスラスターの光に翻弄され照準が絞れない。だが、
「逃がしはせん」
ドレルは自信を持ってそう言った。今までの攻撃でディナハンの回避の癖はある程度掴んだ。回避の際に右に大きく避ける癖は直したほうが良いな、ディナハン。
ヘビーマシンガンを進路上に叩き込み、奴の足を止める。そしてデュアルビームガンを二閃、と同時にディナハンが避けるであろう先にショットランサーを打ち込んだ。
計4発の光弾がデナン・ゾンへと襲い掛かる。しかし、ディナハンは巧みにその間をすり抜け、身を躱す。
が、その時の癖までは直せていなかった。避けきった丁度そこに高速回転する槍の穂先が迫る。
何もかもドレルの狙い通りだった。流石にこれは避けれ得まい。そう彼は確信していた。
しかし―――
「何?!避けた、だと!」
デナン・ゾンはその場でクルリと回転すると突き来る脅威をやり過ごした。それは先ほどドレルがやって見せた四肢を使って慣性を殺さずに軌道と姿勢を変更するAMBACを併用した技術そのものであった。
不意に衝撃が襲う。
「ちぃっ!―――あの体勢から当ててくるとは」
機体の揺れがディナハンによる攻撃によって引き起こされたものだと知ったドレルはすぐに視線を脇に走らせた。サブモニターが知らせてくる損傷は軽微。
その報に安堵するより今受けた攻撃への驚きのほうが優っていた。
ディナハンが攻撃を仕掛けたのはデュアルビームの光弾を回避している最中、ドレルがダメ押しのショットランサーを撃ち終わる瞬間を狙われたのだ。
一ヶ月に満たない操縦経験でこうも鮮やかに空間機動と戦闘技能を我が物にするとは……
ヘビーマシンガンの雨を淀みなくかいくぐり続けるディナハンの技量に舌を巻きつつも、ドレルは次なる一手のために動いていた。
中距離での手並みは十分以上。ならば、
近接戦どう出る? ディナハン!
ビームガンを避けようと足を止めたディナハンのデナン・ゾンに向かい、ドレルのデナン・ゾンがバーニアを吹かし一気に間合いを詰める。
「そこだ!」
演習レベルにまで出力を下げたビームサーベルが勢いのままに、無防備なディナハンへと振り下ろされる。しかし、
ビジュゥンン
ピンク色に輝く重金属粒子同士が干渉し合い弾け飛んでいく。
二度、三度と斬りつけるも、デナン・ゾンの左腕から発生したビームシールドがサーベルのビームを防ぎきっていた。
「ちっ!」
攻撃の流れを止められたドレルは一端、間を開けるべく下がった。
―――が、ディナハンの奴はその撤退に合わせバーニアを吹かし距離を詰めてくる。
牽制を!とヘビーマシンガンを向けようとするも、その行動は遅きに失していた。
ドレルのデナン・ゾンのコックピットに向けて腕部デュアルビームガンの銃口が黒々とその口を開けていたのだから。
―――認めざるを得なかった。ディナハンの力を。
「驚いたな、ディナハン。この私を負かすとは」
ドレルは、そう独りコックピットの中で賛辞を送った。その言葉は通信を通してディナハンに笑顔を作らせたのだった。
【独自解釈&俺が考えた設定】
・洗濯板。この名称は名前の由来となった形状の説明と共に小説F91に出てくる。
ただ、どこにあるのかはわからない。記述としては2つのブッホコロニーが手狭になったため、艦艇やらMSやらを一般市民から隠すために作られた、みたいなこが書かれている。
・ザムス・ジェス級宇宙巡洋艦ザムス・イシュム。独自設定の艦艇。イシュムは古代バビロニアでの人の守護神から。
・キャピタルによるキャラ及びMSの改造。
GジェネF.I.Fにある公式チートツール。普通の人も金さえ払えばニュータイプになれますよ
・ドレルの生死不明。ビギナ・ギナⅡは鹵獲されたのでドレルも生きているはず。
何処の情報かわからないけれど、ネットで見た知識ではドレルは生存しているが、ベラ・ロナの演説後コスモ貴族主義が嫌になったので、どこかに隠れて棲んでいるらしい。
・エイブラム=ラムザット。Gジェネから。祖国の人。
エイブラム=ラムザット
射撃力 17
格闘力 21
反応力 12
NTL値 -
指揮力 6
通信力 3
操舵力 4
整備力 6
魅力値 6