交差した骨の尖兵の首魁の一族に憑依転生した。   作:五平餅

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第四話 フロンティアサイド侵攻

 サイド4、フロンティアサイド、四番目のコロニー、フロンティアⅣ。羽の生えた巨大なシリンダーが漆黒の宇宙を音もなく回っている。

 その姿を捉えながら、ディナハン・ロナは沸き起こる不快感に顔を歪ませていた。

 

 闇の中に唐突に火球が生まれ、その度にあがる断末魔と怨嗟の思念。それが宇宙に撒き散らかされていく。

 散りゆく命の呻きをその肌に感じ取り、ディナハンはヘルメットの下で脂汗を流しながら歯を食いしばり耐え続けていた。

 

「わかってたはずだ……こうなるって、わかって、た、はずだろ」

 

 三機の連邦のモビルスーツが迫る。大柄ながら体の細い緑色のモビルスーツが放ったビームの黄色く光る筋が脇を抜けていく。

 旧式で大型の連邦軍の制式モビルスーツ、ジェガンが何度も何度もライフルを撃つ。それはパイロットの恐怖の大きさを表していた。

 

 ディナハンの乗る丸眼鏡のモビルスーツが一瞬のうちにビームをかいくぐり、盾を構えたジェガンの懐へと近づく。

 その急接近に驚き対処しようとビームサーベルを発振しかけた瞬間、手に持たれた槍状の武器、ショットランサーの穂先でコックピットごとパイロットは刺し貫かれた。

 

「っう――」

 

 主を無くし力を失ったジェガンへと蹴りを入れ、反動を使って距離をとるディナハン。その直後、ビームの粒が通り過ぎる。

 再び霰のように降り注ぐそれを回転しながら躱してヘビーマシンガンを撃ちこんだ。

 ズガガガッ、と方に大きな砲を備え、カナリアイエロー色の少しばかりずんぐりとしたモビルスーツの盾に大粒の穴が、二個、三個、四個と開いて行き、最後には千切られるが如く吹っ飛んでいく。瞬間、守る者のいなくなったモビルスーツもまた銃弾の雨を浴び千切れ火球となって消えた。

 

「――くっ」

 

 ジェガンの盾から発射され、迫り来るミサイルをピンク色のビームの膜で弾き飛ばす。ミサイルが作る爆煙を利用して姿を隠し、ビームサーベルを左手に握らせる。

 相手もまたビームサーベルを引き抜くとそのままの勢いで突き殺さんと剣先が突き出し、バーニアを吹かした。

 しかし、ディナハンのベルガ・ギロスはその必死の抵抗を紙一重で避けると、無駄だと言わんばかりにジェガンの両腕を切り飛ばす。そして、返す刀で胴を薙いだ。

 励起した超高温の重粒子流がパイロットを一瞬の内に蒸発させてしまった。

 

「……ご――」

 

 無意識に謝罪を言葉にしようとして、ディナハンは口をつぐんだ。自分達が仕掛けさせておいて何を一体謝ると言うのか、と彼の内なる彼が言う。

 悪いのは自分だと言う自覚はある。ゆえに謝るのか?謝罪を口にすれば許されるのか?何かが変わるのか?

 自問にディナハンは首を横に振った。誰も、何も、許されはしない。

 

 彼は、この戦争を止められる立場にあった。その可能性を握っていた。

 例え情報源が歪な知識ではあっても、ずっと前から今起こっている惨状を知っていた。自らの肉親が起こす戦争で多くの人が惨たらしく命を落としていくのを知っていた。

 だが彼はそれを未然に防ぐための手を打たなかった。

 

 その力がない、子供に過ぎない、という言い訳は一見正しいように見える。

 だが、極論すれば通用しない。彼は家族だったのだ。この惨状を作り出している者達を唆している人物は他でもない、彼の家族だったのだ。ならば幾らでもやりようはあった。

 そう最悪、マイッツァーをカロッゾを、自分の祖父や叔父、一族郎党を皆殺しにすれば良かったのだ。

 

 しかし、彼はしなかった。いや出来なかった。したくなかった。なぜなら家族だったから。自らを育て育み愛しんでくれる家族だからこそ出来なかった。

 家族を選び、多くの何の罪もない他人を殺す。それは彼のエゴによるものだった。

 

[ご無事で、ディナハン様] 

 

 通信機から聞き知った声が流れ出した。ディナハンの護衛として随伴しているシェルフ・シェフィールド大尉のものだった。

 ミノフスキー粒子による電波撹乱でも、ある程度の近距離ならば無線が使える。しかし、今は接触回線用のワイヤーを撃ち着けられた上でのものでその音声は明瞭だ。

 だが、その声にディナハンは応えない。

 

 マイッツァーが言うコスモ貴族主義において貴き者とは、自ら悪をなしてでも、世のために人のため未来のために戦い血を流す者のことを言う。

 戦うこと、それは決して自分のためではない。世のため人のため、後の時代のため、そんな抽象的なものにこそ命をかけられる精神性を持ったもののことを言う。

 

 だが、翻って見てディナハンはどうだ。

 Gジェネのシステム、キャラクターカスタマイズという異常を使ってパイロットの能力を上げたのはディナハン自身の欲望に端を発している。

 家族と世界を天秤にかけ、家族を取った。自分と家族の明るい未来を守るために、人を殺すための力を欲した。

 全てが自分、自分が良ければ他人など死んでしまっても構わないと言う姿勢。そこに高貴さなど何処にも見当たらない、そこにあるのは汚泥に塗れたエゴがあるのみ。

 それは悪だ。腐臭を放つ穢らわしい悪。

 悪は許されてはいけない。因果応報、善きにつけ悪しきにつけ因果は巡りそれに応じて必ず報いを受けるだろう。それが正しい世界というものだ。

 

 そう、ディナハンは思った。

 

[ディナハン様? 大丈夫ですか?]

 

 応答が無いのを心配したシェルフの再びの声に、思考を終わらせディナハンが返す。

 

「―――大事ない。大尉、状況はどうなっています」

[ハッ、ドレル様の第二大隊と第三大隊はフロンティアⅣの制圧を順調に行っており、駐留艦隊も撤退を開始しました]

「……従姉上は?」

[未だ発見の報は届いておりません]

「……」

 

 フロンティアⅣの制圧が順調と聞きディナハンは、そこでの被害とベラ・ロナのことに思いを巡らせる。そして、申し訳ばかりに逃げる難民、スペースポートには手を出さないように念を押した時だった。

 

 -シュンお兄ちゃん!もう止めて!!-

 

 不意に脳裏に女の思念が響いた。

 言葉として明確に届いたわけではなかったソレは、言葉にすればそんなようなことを意味したものだった。

 戦場を覆う驚嘆、憤怒、絶望、そういったものとは毛色の違った思いの詰まった人の思念だった。それは親しき者の変貌と暴挙に困惑し、悲しみ、それを止めようとする悲痛な叫び声に他ならず。

 それはディナハンが終ぞ言葉とにできず、行動に出せなかった家族への思いそのものでもあった。

 

「――家族ッ、家族か」

「ディナハン様?」

 

 シェルフの彼を気遣う言葉を無視して、ディナハンは思念の発信元を求め目を凝らす。視線の先にはこれと言って見えない。だが、コンピュータにその場所を拡大させ敵味方識別をかけてディナハンは目を見開いた。 

 そこに映ったのはフロンティアⅣを逃げ出そうとする艦艇とそれを追う金色のベルガ・ギロスにノーマルのデナン・ゾン。

 そして―― 

 

「あれはッ! F90∨!」  

 

 放熱フィンと思しき板を両肩と両ももに取り付けた青と白にカラーリングされたモビルスーツ。

 サブモニターは敵機の種別を、先の、つまりU.C.0123年の10月にフロンティアⅠにある連邦の資源基地襲撃時に防衛に出てきた新型機とだけだと告げていた。

 未だクロスボーン・バンガード内ではそのモビルスーツの名前を知る者はいない、しかしディナハンだけは『前世の記憶』によって、そのモビルスーツの名前を知っていた。

  

[大尉、連邦の新型を見つけた]

「ッ? ディナハン様?」

 

 ディナハンからの通信を受けてシェルフは通信とともに添えられてきた座標データから、その正否を確認を急いだ。

 そこに示されたのは確かに連邦の新型モビルスーツ。彼がつい先日ゼブラゾーンで煮え湯を飲まされ、多くの部下を奪われた相手とは少しばかり異なるようではあったがよく似た外観の、いや同じガンダムタイプであった。

 そのことが、シェルフの内にあり続ける炎に薪をくべる。

 

「ディナハン様、申し訳ありません。この新型―――」

[大尉、この新型を捕らえたい。出来るか?]

「ッ――」

 

 部下にディナハンの護衛を任せ、自分一人でこの獲物に噛み付くつもりだったシェルフは通信機から聞こえた言葉に驚く。護衛の任務と自身の思いを天秤にかけ、そして問い返した。

 

「ハンターにその問いは愚問です。それよりも付いて来られますか、ディナハン様」

[虎の狩りの仕方、見させてもらいます]

「ハッ、存分に」

 

 ディナハンの答えを聞いて、彼は獰猛な笑みを浮かべた。

   

  ◇

 

 シーブック・アノーは目の前の光景が信じられなかった。それは、彼が彼女と出会い、言葉を交わして、淡い期待とともに自分の胸の中で生まれた気持ちを自覚した矢先の光景だった。

 だから彼は、彼女の名前を叫ばずにはいられない。

 

「セシリー!」

 

 彼女、セシリー・フェアチャイルドに銃を向けているのは、以前シーブックが彼女の実家であるテスのパン屋に立ち寄った時に少し言葉を交わした相手。

 似てないことを理由として養父なんだろうと少しばかり要らぬ勘ぐりをしてしまった知らぬ彼女の義父。シオ・フェアチャイルド。

 

 そのときまでシーブックの意識の中には親が子供に銃を向けるだなんて現実は、ありはしないものだった。

 テレビの向こう、何処か遠くにそんなようなことがあるとは知っていても、そんな人として、いや生物として狂った行いが自分のすぐ側で起こりうるとは思いもしていなかった。

 それは、彼の規範において許し難い蛮行であった。

 

「親が子に銃を向けるなんて!」

 

 怒声が彼の憤りを表す。操縦しているガンタンクを二人の間に割り込ませるべく右足でアクセルと踏み込ませる。

 意図に気がついたのか、シオが開け放たれたままのコックピットでガンタンクを操るシーブックへと手に持つ銃を向けた。 

 

「うぉおおー」

 

 悪意を目にしてシーブックが吠える。巨大なモビルスーツが入り乱れ飛ぶ街中をここまでやってきたんだそんな小さい銃一つ、今更そんな物怖くあるか!と。

 オレンジの一般作業用ノーマルスーツを着込んだ小男が持った拳銃がポッと光った。チンッ、チューンと言う甲高い金属音と火花がガンタンクの装甲から生まれ、次の瞬間。

 シーブックは左腕に重い衝撃を受け、その勢いで体を座席に打ち付けられて、「うっ!?」と呻きを漏らした。

 

「ッ!こいつーっ!」

 

 撃たれたと分かったシーブックは、何としてでもセシリーからこの男を遠ざけないとならないと操縦桿を握りアクセルを踏み込む。その段になってようやく左腕はズギンと強い痛みを訴え始めた。

 その痛みをこらえながらのせいもあってガンタンクの制御がおぼつかない。ノーマルスーツの男はやすやすとシーブックの狙いを避けてしまった。

 激痛と焦りで上手く立ち回れない。シーブックの制御を離れたガンタンクが激しい衝撃とともに何かに乗り上げてしまったようだった。

 

「く、そっ」

 

 あわててアクセルを離し、操縦桿でギアを操作する。腕は重く、激痛が走り、脂汗が全身から吹き出ている。早く、早くしないと―――

 ようやくガンタンクが後ろに下がりはじめた時だった。

 突然の激しい横殴りの衝撃に「ぅあっ!」とシーブックが声を立てる間もなく、バランスを崩した彼はそのまま狭いコックピットの横壁に撃たれた左腕を下敷きに体を叩きつけられた。

 

「wlp;@:ー!!」

 

 許容量を大きく超える激痛に、言葉にならない叫びをあげてシーブックの脳はその機能をシャットダウンした。

 

  ◇

 

 金色のベルガ・ギロスが持つ槍状の武器から銃弾が放たれる。だが、対する青と白に色分けされたガンダムタイプのモビルスーツはそれを軽々と躱していった。

 決闘の様を呈した一対一の攻防戦。しかしそれはどこか血生臭さを感じさせず、かと言って馴れ合っているわけでもなく、何故か悲壮感すら漂わせていた。

 

[シュンお兄ちゃん!お兄ちゃんなんでしょう?!]

 

 ミノフスキー粒子の電波撹乱の中にあって時折無線から聞こえてくる悲痛な叫びに、灰緑色のずんぐりとしたモビルース、デナン・ゾンを駆るエイギス・ヴェラクルスは顔をしかめる。

 今、連邦の新型と渡り合っている金色のベルガ・ギロスに乗る男、彼の友、シュテイン・バニィールのことを思うと手を出すのが躊躇われた。

 

 シュテイン・バニィール。本名、シュン・タチバナ。フロンティアサイド駐留艦隊副司令カムナ・タチバナ准将の息子。

 それが金色のベルガ・ギロスに乗っている男の素性だった。

 

 エイギスにも懸念がなかったわけではない。クロスボーン・バンガードのフロンティアサイド侵攻時にシュテインが肉親と戦うことになるということは、可能性としては十分有り得ることだったからだ。しかし、こうもピンポイントで遭遇するとまでは思っていなかった。

 どうする、と彼は自問した。自分一人では艦隊の足を止められない。かと言って協力してシュテインの妹を落とすというのも気が引ける。

 エイギスが今一度、どうする、と自問した刹那、ピッと味方機が近づいてくることを教える音が彼の耳に届いた。確認のため視線を動かし、ギョッと目を剥いてしまう。

 その味方機が示すコードは、ロナ家の嫡子、ディナハン・ロナの搭乗機のものだったからだ。

 

 一般的な紫色のベルガ・ギロス二機がエイギス自身のデナン・ゾンと同じ灰緑色のデナン・ゾンとデナン・ゲーを従えその場へと現れる。

 

[引き裂かれる家族、―――愁嘆場だな]

 

 友軍同士の光通信が戦場に似つかわしくない子供の声を伝えた。

 

[そこのデナン・ゾン。あの趣味の悪い金ピカギロスと艦隊の足を止めて下さい。連邦の新型はこちらで仕留めます]

「ッ――し、しかし」

[命令だ]

 

 ディナハンの提案にエイギスは異を唱えようとした。が、その直前で今ひとつのベルガ・ギロスからの声を受けて言葉を飲み込まざるを得なかった。

 その機体が示すコードは焔の虎と名高いシェルフ・シェフィールド大尉のものだったからだ。

 

「ぅ――了解」

[大尉……指揮を任せます]

[ハッ! 私があの二機の間に入った後、エターナ、ルロイで牽制、二機を引き離す。エイギス機はその後シュテイン機と接触、艦隊の足止めに迎え。ディナハン様は我らについてきて下さい。では、行くぞ!]

 

 そこにいる全機が了承を示した。

 

「狩りの時間だ!各機獲物に喰らいつけ!」

 

 シェルフはそう凄むと、哀れにも目をつけられた獲物に向かって自分のベルガ・ギロスに青白い軌跡を一直線に描かせるのだった。

 

  ◇

 

 第二次ネオ・ジオン戦争後、地球圏は大規模な紛争に見舞われることはなかった。確かに、ジオン残党や反地球連邦政府組織マフティーによる武力行使はあった。ナナの母もジオンの流れを汲むオールズモビルズによってその命を奪われている。だが、それらはテロという犯罪であり地球圏全体を揺るがすほどの戦争とはなっていなかった。

 そうした長きに渡る戦乱の後の端境期において巨大化した軍備は、無用の長物を化してしまった。そうなると当然軍事費は削減される運びとなる。しかし、いつ来るかわからない地球外生命体の地球侵略への備えとしての軍の維持は、民衆にも一定の支持を得ていた。また、技術の進歩と軍部の意見とがそこに相まることにより、小型、軽量、高性能、更にローコストなモビルスーツが地球連邦軍に求められるに至った。

 その答えの一つが、連邦の新米士官、ナナ・タチバナが預かるガンダムタイプのモビルスーツ、F90なのだった。

 

 このF90にはある大きな特徴があった。それは、ハードポイントを機体各部に配置、そこに27種類にも及ぶミッションパックから適切な物を局面に応じて選び付け換えることにより、あらゆる状況下での運用を可能にしようというものだった。

 そんなF90が現在装備しているミッションパックは∨型と呼ばれ、高速で貫通力の高いビームから低速で破壊力の強いビームまでを撃ち分けが可能で、しかもその出力はこの時代の戦艦クラスの主砲に匹敵するという携行火器は、その特徴である可変速ビームライフルの頭文字を取りヴェスバーと名付けられている新型火器の試験仕様だった。

 

 しかし、そんな一撃必殺の武装があったとしても、使わなければ意味が無い。

 

 ナナはこちらに銃口を向けてくる丸眼鏡の変な顔をしたモビルスーツに兄が乗っていることを確信していた。六年前、オールズモビルのテロで母親が死んだのをきっかけに彼女の兄、シュン・タチバナは家を捨てるようにサイド1のブッホコロニーにある職業訓練校に進学を決め、数年後その上の特種学校クロスボーン・バンガードに進学したとだけ連絡があったっきり、それ以降はなかった。

 そして、今その聞き覚えのあるクロスボーン・バンガードという名と、市民に被害を出さないと喧伝しているのにもかかわらずタチバナ家だけを狙いすませて撃ち壊す。何よりナナが呼びかけた際の挙動のおかしさ。

 違っていて欲しい、そう彼女が心の中で願ってはいても、それらが彼を兄だと雄弁に語っていた。

 

「どうして!シュンお兄ちゃん、答えてよ!」

 

 だが、金色のベルガ・ギロスからの返答はない。その代わりに――― ビーッ!と接近警報が彼女の耳に届く。

 

「ッ!新手!」

 

 見れば兄の乗るモビルスーツと同型機が近づいてきていた。

 

 シェルフ・シェフィールドは連邦の新型と矛を交える金色にカラーリングされたベルガ・ギロスを動きを見て怒りを覚えていた。明らかに手を抜いていると。

 だが、シェルフの怒りの矛先であるシュテインは、意図して手加減をしていたのではなかった。とは言え、機体の不具合があったわけではない。それは一重に彼の心根によるものだった。彼は名を捨てたとはいえ、彼女の兄だったのだ。

 肉親を手に掛けるということは、それ相応の莫大なエネルギーが要る。シュテインにとって父の元を離れない妹に嫌悪はあった。だが、憎悪はない。家族の情。それが引き金を引く指先に逡巡をもたらすのだった。

 

 しかし、そんな事情などシェルフには知りようもないし、また知ったとしても彼には関係のないことだった。

 目の前の敵は、あの多くの部下を奪った連邦の、アナハイムの、あの新型に酷似したモビルスーツだったのだ。

 

「恨みはない」

 

 シェルフが弁明のように呟く。だが、しかし次の瞬間、虎は咆哮を上げた。

 

「――が、そんな機体に乗った貴様に運が無いのだ!!」

 

 構えられた槍の穂先が高速回転による甲高い音を発しながら撃ちだされ、F90∨へと襲いかかる。

 ナナは迫るショットランサーに回避行動を取った。そこで、更にダメ押しのマシンガンの連射を確認して、金色のベルガ・ギロスとの距離を開けざるを得なかった。

 

「邪魔しな――」

 

 しかし、その間こそがシェルフの思う壺だった。ギラリとその目を輝かせ裂帛の指示がレーザー通信を通して宙を飛ぶ。

 

「今だ!喰らいつけぃ!」

 

シェルフの号令とともにルロイ=ギリアムのデナン・ゲーとエターナ=フレイルのデナン・ゾンがスラスターを吹かし、一気呵成の勢いで距離を詰めていく。二人のヘビーマシンガンが火を吹いた。

 

「っゃ!こいつら!」

 

 回避出来ないと悟ったナナは防御!とF90∨の左腕に装備された盾を掲げさせた。薄緑色に輝くビームの膜が形成され銃弾を消滅させていく。

 

「ぅ―――この!」

 

 お返し!とばかりに右手のビームライフルが光を放つ。しかし、狙われたルロイのデナン・ゲーは既にその場に無く、代わりに彼が放った三つのグレネードミサイルの内一つが放たれたビームの餌食になった。

 だが、残り2つは確実に敵を捉えていた。

 

「きゃあ!」

 

 辛うじて出しっぱなしのビームシールドがそれを防いではくれた。だが、爆発が視界を遮り、ナナは紫色の指揮官機の接近に気が付けない。

 突然、目の前に現れた丸眼鏡にナナは知らず「ひっ」と恐怖の悲鳴を漏らしてしまった。そして次の瞬間――

 ベルガ・ギロスが持つ槍が右肩の関節部分に突き刺さる。

 

「ぁああ!」

 

 激しい衝撃にナナの体も揺さぶられる。

 機体のダメージを映すサブモニターが、ビーッ!ビーッ!と警報をがなり立てながら右腕の全てが使用不能になったことを伝えてきていた。

 

  ◇

 

 F90Vは手も足も出せず三機のモビルスーツに翻弄され続けていた。

 彼女は元々フロンティアサイド駐留艦隊でオペレーターの任務に付いていて正規のパイロットではない。モビルスーツの操縦は士官学校時代に覚えているとはいえ戦闘の経験など皆無。

 実戦をくぐってきたシェルフや、元々この時のために訓練を積んできた特に才能ある若人達であるクロスボーン・バンガードのパイロットとはその技術に天と地ほどの差がある。

 それでも、そんな彼女が未だ落とされないのは偏にF90∨の性能のおかげであった。

 

「ナ――」

 

 いいようにいたぶられるF90Vを目の当たりにして、シュテインは思わず妹の名を口に出しかけた。

 

[シュテイン! アレは虎に任せて、俺達は艦隊を止めるぞ]

 

 聞き知った声をエイギスのものだと分かったのは彼が横に来たデナン・ゾンの姿を認めたからだった。

 

「虎……焔の虎!」

 

 シュテインはその時になってようやく妹に襲いかかっているベルガ・ギロスのパイロットのコードに気が回った。そして、それに付随する事柄にも。

 シェルフ・シェフィールド大尉の側にどういった人物がいるのかを。

 

[シュテイン・バニィール中尉……いや、シュン・タチバナ中尉と言ったほうが良いですか?大義のためとは言え、ご家族に銃口を向けるのは辛いでしょう、貴方は下がっていて下さい。

 艦隊は私とヴェラクルス機で止めますから]

 

 耳に届いたのは声変わりも済ませていない甲高い餓鬼の声。その正体にシュテイン気が付き、そして言われた言葉に激高し後ろを振り返り浮かんでいるベルガ・ギロスを睨みつけた。

 

「―――俺はあんなっ!」

[? 俺はあんな?何です?]

 

 しかし、その向けられる憎々しげな視線をまるで見えているかのように嗤う冷たい声が問い返してきた。その声音を傍で聞くエイギスは餓鬼の出す威圧感じゃないと空寒いものを感じてしまう。

 

「い、いえ。ディナハン様、艦隊は私が落とします。私とエイギスで落とします。

 私は、シュテイン・バニィール!クロスボーン・バンガードのシュテイン・バニィールなのですから!」

[……そう、ですか、見せてもらいます]

「ッ―――エイギス!」

[お、おうょ]

「艦隊を追う!――付いて来い!」

 

 そう言うが早いか彼等は逃げるフロンティア艦隊の追撃にスラスターの出力を上げるのだった。

 そして、ディナハンもまた自らのベルガ・ギロスをその場へと向かわせるのだった。

 

 ◇

 

 ベルガ・ギロスのショットランサーを突き込まれ、接近戦ではどうあがいても勝ち目がないことを知らしめられ、迫る恐怖にナナは

 

「お、兄、ちゃん―――」

 

 と兄が乗る金色のモビルスーツに助けを求めようと視線を彷徨わせた。しかし、そこで見たものは彼女にとって、もっと恐ろしい光景だった。

 二機のモビルスーツが艦隊へと追撃に移っている。艦隊には迎撃できるモビルスーツは既に無く、敵の動きの良さからして下手をすれば艦艇は皆一瞬の内に墜とされてしまいかねない。

 いや、確実に撃沈されてしまう。

 

 兄が父を殺してしまう。そんなことはダメだ。そんな馬鹿なことがあっちゃいけない。そんなのは嫌。家族がこれ以上離れているなんて駄目。もう誰も失いたくないよ、お母さん。

 ナナの心に焦燥が生まれる。それが戦場においてどれほど致命的か、彼女は知っていたが分かっていなかった。

 金色のベルガ・ギロスが宙空に静止し、二人の父、カムナ・タチバナの座乗艦へとその銃口を向け、そして――――

 

「―――ッ!だめぇぇ!!」

 

 放たれたショットランサーの数は二本。それが文字通り白い槍となって血の繋がりを突き破らんと進んでいく。

 父を助けたい一心がF90Vを動かした。バックパックの左側に取り付けられた新型ビームライフルが構えられると同時にジェネレータの出力が跳ね上がる。

 

 キュィン!

 

 ジェネレータからの高出力エネルギーを注ぎ込まれた黄緑色の輝きが漆黒の宇宙に一条の光の筋を作り、放たれたメガ粒子がショットランサーの飛翔速度よりも早く闇を切り裂いた。

 収束され貫通力の高いビーム流が二本の槍の穂をまとめて貫く。

 その瞬間、まるで恐怖を我慢しているかのように強ばっていたシュテインの顔に、驚きの表情が浮かぶ。

 

「なっ、撃ち落されただと!―――ナナ!」

 

 意識の表層に浮かんでくる怒りとともに振り返った。

 そして彼は見た。――――妹が乗るモビルスーツが二体のベルガ・ギロスによって、その機能を停止させられていたのを。 

 思考、が、追い、つかな、い。

 

「……ぁ、ナ…ナ、?」

 

 そんな彼を尻目に、F90Vが拿捕されたのを見た駐留艦隊は完全に逃げに入る。

 元々、試験機の確保を優先し住民を見捨てて逃げ出した艦隊であったが、更に指揮を執るカムナ・タチバナ准将が倒れたことによりその姿勢はより鮮明なものとなった。

 

[シュテイン!艦隊が逃げる]

「ぇ――あっ!逃がすか!」

 

 エイギスの通信にシュテインが我に返り、一先ず妹への思いを押し込め追撃に移ろうとした矢先、口を開いたのはディナハンだった。

 

「もう、無理でしょう。流石に時間をかけすぎました。母艦もできるなら手に入れたかったですが、まぁ仕方ありません。連邦の新型を鹵獲しただけで良しとしましょう」

[ッ……申し訳ありません]

 

 沈黙が降りる。

 その時、発光信号があげられるのが見えた。それは全部隊にフロンティアⅣの制圧が完了したことを告げ、帰投を促す合図であった。

 

[―――制圧は無事完了か。

 では、我々も全機帰投する。お前たちも帰投せよ。ディナハン様参りましょう]

 

 シェルフがシュテインとエイギスの二人にもそう告げた。

 それを合図にしたのか、シェルフのベルガ・ギロスが警戒を解かぬ中、ディナハン達からF90Vを受け取ったエターナのデナン・ゾンとルロイのデナン・ゲーが曳行していく。

 その後についてディナハンが続こうとした時、通信にシュテインの声が届いた。

 

「ディナハン様!」

[あ、あの……]

「……何か聞きたいことでも?」

[……い、いえ]

 

 どう口にすれば良いのか分からなかった。妹は、ナナ・タチバナは連邦士官でシュン・タチバナでないシュテイン・バニィールはクロスボーン・バンガードの士官。 

 シュテインは言葉を見つけられなかった。

 そんな彼にディナハンは、フッと笑う。

 

「何だ、てっきり妹君のことを聞きたいのかと思っていましたが」

[ッ!―――]

「妹君は、生きていますよ。

 モビルスーツの四肢の関節部を破壊しただけでコックピットは潰していません。妹君の腕があまり良くないのが逆に良かったです」

[そ、そう、ですか―――あ、あの]

 

 おずおずと言葉を紡ぐシュテイン、いやシュン・タチバナにディナハンは彼と彼女の確かな家族の繋がりを見た。

 それは、彼の行動原理の一つと全く同じものに他ならない。だから、

 

「ご懸念は分かります。

 ですが、妹君は例え連邦……陣営が違うのが残念ですが、己が身を盾にするような高貴な精神を持っておられるのです。粗略には扱いませんよ」

[……]

「わかりました。私からも一言、口添えしておきましょう」

[……ありがとうございます]

 

 ディナハンは、そうシュテインに約束するのであった。




【独自解釈&俺が考えた設定】

○シュテイン・バニィール(偽名)
本名、シュン・タチバナ。目付きの悪いC・V大尉。男。金色をパーソナルカラーにしてベルガ・ギロスに乗るちょっちイカれた色彩感覚を有する兄ちゃん。戦鬼とか言われてご満悦っぽい。
(機動戦士ガンダム クライマックスU.C. 紡がれし血統より)

漫画では、フロンティアⅠに侵攻の功績でイルルヤンカシュ要塞に栄転したのだが、
フロンティアⅠへの侵攻は、Ⅳ制圧後、Ⅱ、Ⅲと経てだというのは小説、映画とも共通。そうでなければシーブックたちがⅠに逃げ込めない。

セシリーのテスト飛行(つまり「できちゃんたのよ。どうしたらいい?」と意味深な発言をシーブックにする)時と同時にフロンティアⅠに入ったとすると漫画版で駐留艦隊が逃げて、父親と妹が戻ってくる時期と合わない。
更にイルルヤンカシュ要塞はスペースアークがⅠから逃げだした直前に落ちている描写がある。

これらのことから、フロンティアⅠへの侵攻ではなく、Ⅳへの侵攻時だと矛盾が少ないように思える。
よってこの小説ではⅣ侵攻時にF90Vと遭遇、逃げ出す親父を殺そうとしたことにした。

○ナナ・タチバナ
ピンク髪の女。フロンティアⅣ駐留艦隊に所属するオペ子。シュテイン・バニィール(偽名)の実の妹。お兄ちゃん大好き、お父さん大好き娘。名前の由来はキャラクターボイスをあてた声優、水樹奈々(敬称略)からと思われる。
(機動戦士ガンダム クライマックスU.C. 紡がれし血統より)

○F90V。
漫画によるとV型への換装を指示しているシーンがあったので、おそらく他にもミッションパックはあったものと思われる。
ゲーム中では何度か破壊される運命にあるが、漫画版クライマックスUCでは無事帰還している。
この小説では、作者の都合上、別にナナさんはどうでも良かったけれど殺すのも何なのでナナさんごと捕まりました。

ヴェスバーの色は、Gジェネのヴェスバーの色はピンク。クラUCは黄色というかそんな色。
プラモのビームシールドの色は緑なので、この小説では黄緑にしました。
ピンクはクロスボーンのモビルスーツのビームの色となります。

○エイギス・ヴェラクルス
ゲーム、漫画クラUCともに部下になる人。職業訓練校時代からの仲らしい。
(機動戦士ガンダム クライマックスU.C. 紡がれし血統より)

○カムナ・タチバナ
シュテインとナナの父親。元々軍人の家系の出で一年戦争からずっと戦争ばっかやってた人。地球連邦軍准将。UC0116時点でフロンティアサイド駐留艦隊司令。
(機動戦士ガンダム クライマックスU.C. 紡がれし血統より)

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