交差した骨の尖兵の首魁の一族に憑依転生した。   作:五平餅

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第五話 囚われた妹二人

 戦闘を終え、フロンティアⅣの宙港に入港したクロスボーン・バンガードの艦艇、ザムス・ジェス級巡洋艦ザムス・イシュムのモビルスーツ格納庫は緊張に包まれていた。

 その元凶は、格納庫に鎮座するモビルスーツ群の中で明らかに違う意匠を持つ一体のモビルスーツであった。

 額に左右斜めにに伸びるアンテナを持ち、ひさしの下から除く瞳はデュアルアイ。青と白の赤のトリコロールカラーに黄色が混ざったカラーリング。F90Vと名付けられた連邦軍の新型モビルスーツ。

 ――ガンダム。

 

 モビルスーツに携わるものならばその名を知らない者の方が少ない。それは、常に連邦という体制に勝利をもたらしてきたもの。連邦の勝利の象徴。連邦の力の象徴。その時代、時代を代表するモビルスーツ。

 そのガンダムが、今、目の前にあったのだ。

 

 すでにそこにはパイロット連中だけでなく、ガンダムのパイロットを拘束するため憲兵や医務官なども準備を整え、今や遅しと整備兵がコックピットハッチのロックを解除するさまを固唾を飲んで見守っている。

 ピッ。端末がそんな音を奏で、整備兵が憲兵隊の隊長に顔を向ける。憲兵が頷くのを確認すると、整備兵はその指先を動かした。

 

 ガグンッ。と金属同士の噛合が外れる音が聞こえ、次いでモーターの作動音とともにコックピットハッチが開いていく。

 と、同時に憲兵達がサブマシンガンを中にいるであろう人物へと向け、構えた。しかし、コックピットが開け放たれ、中の様子がわかるとその行為に大した意味がないことが明らかとなった。。

 見守る彼らの目に写ったのは、一度膨らみ萎んだエアバックの残骸と、ぐったりと力なくシートに倒れ伏すまだ若い女性パイロットの姿だった。

 

 憲兵隊長が、拳銃を下ろさずゆっくりと近づき、動く様子もないのを確認すると、

 

「医務官」

 

 そこでようやく医務官を呼び寄せる。医務官が取り付くと手慣れた様子でヘルメットを取り去り、容態を確認し、すぐに担架を呼び寄せた。

 両脇を憲兵に固められた担架は、薄桃色をした髪の少女、ナナ・タチバナを乗せてモビルスーツ格納庫から出て行く。

 

 それに付いて出て行こうとする憲兵隊長は、そこで声をかけられた。声をかけたのはパイロット用のノーマルスーツを着込んだ子供。

 声をかけた少年。それはこのクロスボーン・バンガード、ひいてはコスモ・バビロニアを打ち立てんと欲する一族の嫡子、ディナハン・ロナだった。

 

「彼女が気がついたら、私にも連絡を。後で会いに行きますので、くれぐれも粗略に扱わないようお願いします。」

「ハッ」

 

  ◇

 

 そうして虜囚となったナナを見送ったディナハンは、鹵獲したガンダム、F90Vへと意識を向けた。

 数人の整備兵が周囲に取り付き何やらデータを取っているのが見える。本格的な調査はブッホ・エアロダイナミクスに送ってからになるが、彼等はその時に一緒に送るデータを抽出しているのだ。

 それらを眺め、感慨深げにガンダムを見上げるディナハン。

 

 と、ふと同じようにガンダムを見上げる人物を見かけた。彼の側役、護衛役になってしまっているクロスボーン・バンガードの士官。シェルフ・シェフィールド大尉だった。

 彼はその厳しい顔に複雑な表情を浮かべ、じっと自らが倒した敵を見つめていた。

 

「どうしました?」

「ディナハン様。―――いえ、大したことではありません」

 

 その瞳に映る悲憤と悔恨の情をサッと消し、シェルフはディナハンへ敬礼する。

 

「もしかして……先の任務でのことですか。」

「……。―――ディナハン様は他人《ひと》の心を読むのに長けておられる」

 

 そうではない。本当は、彼の異常、穴だらけの『前世の記憶』が教えてくれているだけなのだ。

 流石にディナハンも事の詳細までは覚えてはいないが、シェルフが部下を失った原因は連邦と裏取引を行った上での口封じ。そう、彼は認識していた。

 

「わかっています。軍人は命令に絶対。それに異を唱えることはありません。」

「……それでも、オバリーや他の者たちのことを思うと、その無念を晴らしてやりたくあります。しかし―――」

 

 シェルフが口ごもり、そして噤んだ言葉を、受け継ぐようにディナハンが口を開く。

 

「仇が敵ならば問題はない。しかし、身内となると……ですか?」

「ッ!――何故それを!?」

「先日の敵味方識別のデータの件で、察しは付きます」

 

 その言葉は、一概に嘘とは言い難かった。

 

 それはディナハンがモビルスーツでの訓練の際にベルガ・ギロスに搭載されている連邦のモビルスーツについてのデータを閲覧したことに端を発する事柄だった。

 彼が奇妙に思ったのは、連邦の新型、つまりガンダムがデータが見当たらないということだった。

 他の将兵にとってそれは、大したことではないのかもしれなかったが、『前世の知識』によってこの時期、連邦にガンダムが存在することを知っていた彼にとっては非常に気になることであった。

 なぜなら、クロスボーン・バンガードの実践的な暗躍はおよそ一年前から始まっている。その際には小型で強力なモビルスーツが確認されていた。

 しかし、ならば何故、それらの事実を反映したデータが更新されていないのか?

 

 不審に思ったディナハンが動いた。

 と言っても出来る事は限られている。証言を集めて、告げ口をする。彼がしたのはそれだけだった。しかし、それが出来る立場こそが重要。

 家族の晩餐の時に、これみよがしにマイッツァーへと集めた証言と自分が見たデータのことを報告する。当然、パイロットであるドレルはその話に興味を持ち、そう言えばと補足してくれる。

 連邦の、しかも新型モビルスーツの情報のみが隠蔽されているなどあまりに出来過ぎた偶然。カロッゾが動かざる得なくなった。

 そして数日後、無事、連邦の新型モビルスーツの情報は全軍で共有されることとなった。ディナハンは、その日、情報部の数人が処分されたとカロッゾから伝えれた。

 

 このことがディナハンの『前世の記憶』から得た事のあらましを補強したことに違いはないのだから。

 

「……大尉は、クロスボーン・バンガードに入ったことを後悔していますか?」

「どういう、意味でしょう?」

 

 ディナハンが口にした質問は、シェルフの耳には少しだけ悲しげに聞こえ、そしてその内容に顔が強張った。そして少しの間をおいてからシェルフは言葉を選ぶ。

 

「―――いえ、決して。私は職業訓練校を卒業して後、連邦に入り、そのの腐敗を無能ぶりをこの目で見て来ました。だからこそクロスボーン・バンガードに戻ったのですから」

「ならば、無為に有志の命を散らかせた無能のロナ家もまた、断ずるべき対象でしょう?」

「……」

 

 シェルフには、目の前の子供が一体何を答えて欲しいのか分からなかった。どういう言葉を望んでいるのか分からなかった。

 だから、彼は沈黙する。

 

「良いんです。討たれた者が討った者へ刃を返すのは当然のこと、正当な権利です。お祖父様は、私達ロナ家はそれを承知の上で世界の敵になったのですから。」

「……」

「彼らの死を意味のないものにするわけにはいかない。それ相応の報いは受けねばならない」

「ッ……」

「そういうことだと、思います」

「……」

 

 シェルフ・シェフィールド大尉は何も言葉を返さなかった。

 

  ◇

 

 セシリー・フェアチャイルドは、おおよそ10年ぶりに邂逅を果たした実兄ドレルにフロンティアⅣの迎賓館へと連れられて来ていた。

 そこは、フロンティアⅣの多分に漏れずクラッシックな建物であった。案内の者に付いていく際に目に入った内装や調度品もまた、豪奢なれど落ち着いていて、品が良いとはこういうことか、と見る者に思わせる姿をしている。

 彼女は、あてがわれた部屋を見回して、自分には似合わない場所だとも感じていたが、それを口にすることはなかった。

 ただ、薄汚れた焼け出され薄汚れてしまった安っぽいディパックを下ろす時、その場違いさ加減に首を横に振り、目立たないように窓際の隅の床へと置いた。

 

「そうか……これではねぇ……」と。

 

 窓から見える迎賓館の前庭を1機のずんぐりとしたモビルスーツがゆっくりと歩いている。迎賓館の前方、政庁の向こう、市街地の空には僅かな煙が流れているも、戦闘が放つ光は見えない。

 戦闘が終わったのだ、と理解すると同時に占領されてしまったのだという事実もまた彼女には理解できた。

 

「……」

 

 今の自分には待つことしか出来ない。諦観にも似た状況認識が返って彼女を落ち着かせた。

 しかし、そこに、一先ずは自分の身が戦火によって害されることはないと言う安堵が裏にあることに思い至り、自分の汚さに嫌悪すると同時にそれは逃避行を共にした者たちへ意識を向けるきっかけとなった。

 あの時、義父シオ・フェアチャイルドに銃を向けられた時にガンタンクの出す騒音の中で、確かに聞いた自分を名を呼ぶ彼の声が、シーブック・アノーの声が思い出される。

 いつまでもマヌケなタキシード姿のドワイト・カムリ。眉をひそめてしまう程扇情的な格好なのに赤ん坊に優しい笑みを見せるドロシー・ムーア。情報能力が高く、人をよく見ている東洋人のジョージ・アズマに血気盛んなサム・エルグ。

 自分に似たきの強さで泣きたいのを我慢する女の子、リア・マリーバ。その代わりとばかりに泣いてばかりの男の子。それに赤ん坊。シーブックの妹、リィズアノーにその友達のベルト―。そしてシーブックのお父さん。

 

 シーブックの、アノー一家を除けば、ほとんど皆家族とは離れ離れ。そして自分は義父に裏切られ、本当の家族の下に戻った。―――家族。

 

「……家族、か」

 

 セシリーは椅子に腰を下ろしてそう呟いた。

 モビルスーツの放つスポットライトの光の中、ドレルの声を聞いた時、彼女の中にあった昔の記憶が鮮明に蘇った。大好きだったマイッツァーお祖父様の記憶が。それはロナ家というものが自分の家であるという感覚を目覚めさせてくれた。それは懐かしくも温かい感覚だった。

 それが、本当の父親のことを思っても良いのかもしれない、という母ナディアと義父シオに遠慮して封じ込めていた思いの蓋をあける。

 

 しかし、何故か、セシリーは父カロッゾの顔を思い浮かべることができなかった。

 

  ◇

 

 ディナハン・ロナが迎賓館へと入ったのはコロニーに太陽の光を取り込むミラーが完全に閉じられる、つまり陽が完全に落ちる時間帯であった。

 彼がここに戻ってきた理由はクロスボーン・バンガードの総司令である鉄仮面、すなわちカロッゾによる要請、いや命令によるものだった。

 

 ディナハンはクロスボーン・バンガードに籍をおくどころか、軍属でもない。ましてや13歳の餓鬼んちょだ。

 コスモ・バビロニア、ひいてはクロスボーン・バンガードの創設者の直系の血筋とはいえ、そんなお客様がいつまでもウロウロされていては規律が乱れる。

 確かにディナハンには、Gジェネアプリの恩恵、すなわち才能、能力の改変による力があった。他の兵士達、しかもトップクラスのモビルスーツパイロットと比較しても、なんら遜色のない操縦技術と戦闘能力を身に着けていた。

 しかし、幾ら能力があり、能力主義を基盤としているクロスボーン・バンガードとは言え軍隊は軍隊。イレギュラーな存在は邪魔以外の何物でもない。

 だから、お帰り下さい。

 平易な言葉で言えばそういうことだった。

 当然、そんなことは彼も承知していたので、唯々諾々とその旨を了解し、あとの処理をシェルフ・シェフィールド大尉に任せザムス・イシュムを後にしたのだった。 

 

 迎賓館の女性職員、ハウスメイド姿の職員に滞在する部屋へと案内されると、ディナハンは持っていた端末をテーブルに置いて着ていた上着を脱ぐ。

 スッ、と差し出された手に「ありがとう」と上着を預けた。それから椅子に腰を下ろすと、一つ飲み物、オレンジジュースを頼む。

 

「かしこまりました」

 

 恭しく頭を下げ出て行くメイド。程なくして冷えたオレンジジュースを持って来た女給が下がるのを見送った後、ディナハンは服の第一ボタンを外し、一息ついた。そして意識を端末へと向ける。

 彼の心は浮き足立っていた。なぜならそれは、―――ガンダムF90∨。そう、ガンダムを鹵獲した。つまりガンダムを手に入れたからだった。

 

 現在、Gジェネアプリによって生産できるモビルスーツとして登録されているモビルスーツはどれもクロスボーン・バンガードが現時点で生産しているモビルスーツに限られていた。

 しかし、Gジェネというゲームのシステムには敵方のモビルスーツを鹵獲することにより自軍の物として使え、またある程度それを運用していくと生産出来るようになる仕組みが組み込まれていた。

 それを『前世の記憶』から知っていたディナハンはそれが出来るかどうかを確かめたくて、ウズウズしていたのだった。

 

 端末を開き、おもむろにGジェネアプリを開く。

 取り立てて変わったところはなかった。以前のように金色の文字が出たり、資金であるキャピタルが増えたりといったことはなかった。

 ディナハンがフム、と唸る。

 

 クロスボーン・バンガードがフロンティアⅣを襲撃、制圧し、その間にシーブック・アノー達がスペースポートで脱出すると言うところは、一つの話の区切りとして調度良いところであった。

 それらガンダムという話の中での場面の転換手点、話の区切りはディナハンの知るゲーム、Gジェネシリーズでは、ひとつのステージのクリアと言う形で表されていた。

 そうして、ゲームではステージをクリアするごとにキャピタルを獲得し、鹵獲した敵モビルスーツを確保したり、そのまま破棄して資材、すなわちキャピタルに戻したりができた。

 

 ステージのクリアに至っていない、ということか。

 そうディナハンはそう考える。そして、せっかく手に入れたガンダムF90まで駄目に、すなわち自軍の戦力として使えない仕様になっていたりはしないだろうなと、端末をいじり始めた。

 そして数分の後、彼は再び同じ結論に達せざるを得ない状況を目の当たりにする。

 確かに捕獲ユニットと銘打たれた画面にはガンダムと思しきアイコンが映っていた。しかし、それを選択しても出てくる選択肢は[プロフィール]だけで[確保]、[解体]と言ったディナハンが望んでいた物は出て来ない。

 だから、彼は落胆の溜息とともに、未だステージクリアに至っていないからなのだ、と淡い希望を事実と信じて納得することにしたのだった。 

 

  ◇

 

 そうしてディナハンがチートの確認を終え、日課の勉強に移る。社会学のテキストを端末上に呼び出した時、扉が叩かれ訪いが入った。

 

「失礼致します」

 

 彼の許諾の返事のあとに室内に入ってきたのは、迎賓館の執事と思われる年嵩の男であった。

 

「何か?」 

「はい。セシリー・フェアチャイルド様が御滞在中ですがお食事はご一緒にご用意しても宜しいでしょうか?」

 

 そんな言葉を聞いてディナハンはようやくセシリーがここに連れて来られているのであったと思い出した。

 会ってみたい、と思った。過去に自分は会っているらしいが、3、4歳の頃に数回出会っただけのベラ・ロナの記憶など疾うの昔に何処かに行ってしまっていた。

 それよりも鮮明に覚えているのは『前世の記憶』にあるセシリー・フェアチャイルドのほうに心が動く。

 

「そうですね。ええ、お願いしましょう。ああ、聞いているとは思いますが、食事の内容は皆さんと変りなくてかまいせん」

「はい、承っております」

「そうでしたか。では、よろしくお願いします」

 

 扉が閉まるとディナハンは端末へと目を落とし目が文字を追っていく。しばらくして、不意にそれが止まった。

 

「ベラ・ロナ……セシリー・フェアチャイルド、か」

 

 ふふ、と短くて小さい愉しげな笑いが部屋に現れ、そして溶けるように消えていく。

 ディナハンの顔には未知への興味が浮かんでいたのだった。

 

  ◇ 

 

 セシリーは用意されるであろう夕食を充てがわれた部屋で取るものと思い込んでいた。

 ドレルや祖父、マイッツァー、そして父カロッゾはここにはいない。それにドレルによって連れて来られた際に彼からそう聞いていいる。それに何より、「ベラ・ロナではなくまだセシリー・フェアチャイルドだ」と言われていたからだった。

 だから、一緒に食事を取る相手がいるなど思いもよらなかったのだ。

 

 執事に案内されたそこに居たのは、ようやくジュニアハイに通おうかという年の頃の子供だった。 

 そんな少年がセシリーと目線が重なり合わせるなり、座っていた椅子から立ち上がり彼女に歩み寄っていった。

 

「お久しぶりです、従姉上」

「え、ええ。……でもごめんなさい。私、貴方を覚えていないの」

「正直言うと私もです。でも、初めましては変でしょう?」

 

 少年が破顔して言うので、セシリーはそれもそうだと思い、やはり笑みを浮かべ返した。

 

「ディナハン・ロナ。従弟です。父が従姉上のお母上の兄だったそうです」

「従姉弟……そうか、私にも親戚がいたんだ」

 

 そう呟いたのは、赤ん坊の世話をした時にドロシーに言った言葉を思い出したからだ。あの子は大丈夫だろうか、みんなも。シーブックも。

 セシリーが思考の海に漕ぎ出してしまいそうになった時ディナハンが声をかける。

 

「……立ち話もいいですけれど、食事にしましょう」

「え、ええ」

 

 席に着くとすぐに食事が給仕によって持って来られた。ビーフシチューにパン、それにサラダ。

 

「っ、……」

 

 セシリーは肉の入ったスープを避けた。

 シーブックの友人、アーサーと呼ばれた黒人の子は上半身を真っ赤な血と肉片を撒き散らして死んだ。赤ん坊の母親の瞳が写した自分の影が今も思い浮かぶ。

 サラダを口に運びながら、こんな可怪しなことはない、と思っていた。異常だ。異常過ぎる。あんなにも簡単に人は死ぬのに、どうして今自分はこんなところで、こんな見も知らない子供と食事をとっているのか、彼女には明快な理解が追いついて来なかった。

 そんな思いにディナハンと名乗った従弟を見やると、丁度、肉を口に入れる彼を見てしまいセシリーは、うっ、と顔をしかめてしまった。

 その様子に気がついたのだろう、ディナハンが食事の手を休め、口を拭った。

 

「……異常に思いますか?やっぱり」

「ごめんなさい。不快にさせてしまいました」

「いいえ、それが正しい反応だと思います。ここに来られる最中に色々見てしまったのでしょう?」

「……」

 

 セシリーの沈黙がディナハンの問いを肯定していた。二人の間に重苦しい沈黙が降りる。しかし、それを破ったのはディナハンだった。

 

「僕は今日、モビルスーツに乗って人を殺しました」

「ッ!」

 

 突然の、告白に彼女の目が見開かれる。信じられないものを見るような目で目の前の少年を凝視する。

 

「自分でも驚いています。あんなに辛かったのに、あんなに気持ち悪かったのに、今じゃそれを然程に感じない。お肉だって美味しく食べれてしまう」

 

 パンをちぎりシチューを付けて口に放り込むディナハン。それが肉の代わりだと言っているかのようだった。

 

「―――と言っても、告解しているわけではありません。あれは僕が望んでやったことなのですから」

「あ、貴方みたいな子供がどうして、そんな」

 

 平然としているようにみえるディナハンに、セシリーは思わず、本当に思わずそんなふうに口に出して訊いてしまった。

 

「理由は……そうですね、まぁ、色々あります。でも、一番大きいのはやっぱりこの家に生まれてきてしまったから、なんでしょうね」

「この家……ロナ家?」

「ええ」

「……」

 

 まるで自分が悪いの環境のせいだ、と言わんばかりの言葉にセシリーは、そうだろうか?それは違うのではないか、と感想を持つ。

 彼女の感覚として、それは単なる自己欺瞞のようにも感じられた。

 

「戦争などという物を起こし、人の命を奪うことを是とするのは、嫌だ。と言って逃げ出すことだって出来たと思います」

「……」

「でも、やっぱり逃げられないと思います、僕は知っているから。僕はこの家で生まれ、ずっと育ってきたから」

「……」

「ロナ家を放り出して逃げられないんですよ、困ったことに」

 

 セシリーは、ようやくそこでこの少年が伝えようとしていることが何なのか、朧気に分かるような気がしてきた。

 家、家族。ロナ家。

 あの時、ドレルの声を聞いた時、それは確かに懐かしく、温かで、素敵な場所を思い出させた。確かに今もその思いは胸にある。だけれど、彼女はディナハンの言葉に思うところがあった。

 ベラ・ロナという自分。そしてセシリー・フェアチャイルドという自分。

 

「家、族……」

「はい、厄介なもの。でも大事なものです」

「……」

 

 考えこむセシリーを眺めていたディナハンは、やがて口を開いた。

 

「シチュー、冷めてしまいますよ。従姉上」

「え?……ええ、そうね」

 

 そう言われたセシリーは大きな塊肉を避け、野菜と少しのシチューをパンに付け口に放り込むのであった。




【独自解釈&俺が考えた設定】

○フロンティアⅣの迎賓館
フロンティアⅣは、マイッツァーの兄、エインゲイスト・ブッホがコロニー公社副総裁時に立てられている。またディナハンの父ハウゼリーが発案した懐古趣味的な街並みづくりに適応するように政庁、および迎賓館の建物も作られている。

○迎賓館の年嵩の執事。アラン・ドレトアース
(小説 機動戦士ガンダムF91 クロスボーン・バンガード より)

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