交差した骨の尖兵の首魁の一族に憑依転生した。   作:五平餅

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第九話 嵐の前

 UC0123.3.22。

 その日世界を駆け巡ったフロンティアⅡとⅢの陥落の報を、民衆は自らの耳を疑うと共に驚愕を持って迎えた。

 すでに、メディアがフロンティアⅠが制圧され、去る19日にはフロンティアⅡとⅢに対してクロスボーン・バンガードが襲撃を仕掛けているという報道があったにも関わらず。

 何故それほどまでに人々が驚きを示したのか、それはこの時代の大衆の意識に起因する。

 

 宇宙をその終の棲家にするようになって既に100年を超えてもなお、人は争うことをやめられなかった。だが、それでも100年を過ぎた頃から紛争と呼ばれるほどの大規模な武力衝突は鳴りを潜めていった。

 それは20年の長きにわたり反連邦の象徴として君臨し続けたジオンと言う名が消滅したということも遠因の一つであった。

 勿論、だからと言って衝突が完全に無くなったわけではない。極一部で極短期間、武装組織によるテロ行為が起こり、幾度か世間を賑わせることはあった。

 だが、今回のクロスボーン・バンガードのフロンティアサイド侵攻のようにコロニーがまるまる一つ武装組織の手に落ちる、などといったことは終ぞ起こらず、ましてや次から次へと隣接コロニーまでもが陥落させられる事態など皆無だったのだ。

 ジオンと言う名が表舞台から消えて二十数年。それが人々に、地球連邦に否を唱える存在など何処にもいなくなってしまったのだ、という認識を植え付けていた。

 フロンティアⅣの襲撃が伝えられた時、フロンティアサイドが一年戦争以来ようやく復興を開始した辺境コロニー群であったこともあり大衆の多くは今回もまたいつも通り、自分とは関係の無いところでテロ事件が起こり、そして収まっていくのだろう程度にしか考えていなかった。

 簡単に言ってしまえば、関心が無かったのだ。

 

 しかし、事態は彼らの予想を裏切る。

 フロンティアⅡとⅢに侵攻したクロスボーン・バンガードは連邦軍の抵抗をほとんど受けることなく制圧したというのだ。

 その一気呵成の進撃は、かつてのジオン公国が起こした独立戦争を思い起こさせ、メディアは口を揃えたように引き合いに出す。そして、それに釣られたように人々もまた口の端にそのことを上らせていた。

 

 と言っても、このクロスボーン・バンガードの侵攻にはジオン独立戦争時とは決定的な違いが存在していた。

 ――――それは人々の心の動き。憤りと憎悪、そして恐怖の想起の有無である。

 

 ジオンはその戦争初期にコロニーを地球に落とすという前代未聞の行動を起こしている。この天災にも等しい人為的な災禍、戦禍の被害者は一説には二次被害も含めその当時の人類の総人口の半分、50億人をも超えていると言われている。

 人々は、その狂気の行動に震え上がり、憤り、憎悪し、恐怖した。人類の滅亡、絶滅の恐れをその肌で感じとっていたのだ。

 

 それに比べればクロスボーン・バンガードの蜂起は、空疎に感じられたことだろう。彼らは、未だサイド4を、一つのサイドすら手中に収めていない。

 クロスボーン・バンガードは、その規模も、本拠地も、目的すら未だ周知には至っていない謎の武装組織ではある。その点に不安が有りはした。しかし、それは裏返せば世間に知られるほどの大きな組織ではないことの証左とも言えた。

 だから、メディアがクロスボーン・バンガードの侵攻に対して、かつてのジオンを引き合いに出して刺激的に報道を繰り返していたとしても、他のサイドの住民、ましてや地球に住まう人々は一応あれやこれやと口の端に上らせるも実質は対岸の火事のように眺めるのみ。

 ただ、そうではあっても確かに人々の耳目が連邦政府の対応に集まっていたことは疑いようもなかった。

 

 そう、そしてそれは地球圏に住まう人々のみのことではない。

 

 遠く――――再接近時でも地球から6億kmの遥か彼方、木星。そこに住まう者達もまた目と耳を向けていた。

 地球連邦の動きを、そして地球圏の動向を。彼らは、深く静かに窺っていたのである。

 

 

  ◇

 

 

 虚空の宇宙をゆっくりと地球に向けて進む物体。一つのコロニーほどの大きさを持つそれの正体は、木星船団公社所属木星-地球間往還超大型輸送船サウザンズジュピター。

 その艦長室で一人の男が右手を右胸前に曲げながら通信モニターに頭を垂れていた。

 

[ようやくブッホが動いたか]

 

 聞き方によっては問い掛けとも取れる言葉に艦長は黙して答えない。それもそのはず通信の相手は遥か遠く木星圏。通信の時間差を考えると相手の言葉を遮る不敬を犯しかねない。

 

[全て予定通りに進めよ、将軍]

 

 艦長、いや将軍は頭の中でこれからを考える。

 新興勢力であるクロスボーン・バンガード、すなわちブッホは必ず接触を取ってくるだろう。

 未だ確固たる地盤を持たない中、コバヤシマルの時のようにエネルギー供給先である木星公社と事を構えるのは得策ではないと考えるはず。

 そしてそれを拒む理由はない。もし仮に連邦がそのことに文句を言ってきたとしても、表向き中立であること、先のコバヤシマル撃沈のことなどを上げれば彼らは口を噤まざるをえない。

 勿論、中立を盾に連邦にもこれまで通りの接触を続ける。ブッホと連邦、風見鶏に徹すること疑いを向けさせない。その匙加減こそ重要だ。

 

[ふ、ふ―――奴等には精々肥やしになってもらうとしよう。連邦、各コロニーがどう動くのか―――我らが動く時の良いデータとなる]

 

 ブッホ、連邦、そして生まれるであろうレジスタンス、それらを煽り、助力することで出来る限り地球圏の混乱を続けさせる。そうすることで人々の耳目は戦争へと集まり、こちらの動きを気にするものは少なくなる。

 木星の悲願を、大望を地球圏の誰にも悟らせるわけにはいかないのだ。

 

[では、期待しておるぞ……将軍]

 

 ブツン―――とそこで通信は途絶える。

 その後に部屋に響いたのは将軍と呼ばれた艦長の敬礼の言葉。

 

「ジーク、ドゥガチ! ジーク、ジュピター!」

 

 その勇ましい声は宇宙の闇に阻まれて地球圏の誰の耳には決して届きはしなかった。

 

 

  ◇

 

 

 クロスボーン・バンガードのフロンティアⅣ襲撃からフロンティアⅡ、Ⅲの陥落。その6日の間、地球連邦政府、議会そして軍は何もしていなかったわけではない。

 

「で、あるからクロスボーン・バンガードと名乗る輩の本拠地すら見つかっておらず、どれほどの規模かも未だ把握できていない。この状況下で各サイドの駐留艦隊を動かすことはリスクが高過ぎる」

「かつてジオンはその戦争初期に、コロニー落としを敢行した。その際に使われた毒ガス攻撃などは密閉環境であるコロニーにとって大きな脅威だ。クロスボーンが他のサイドにそのような攻撃を加える可能性もある」

「フロンティアⅣが幾ら建設中だからと言って、既に50万人以上が移民している。これでは人質に取られたも同じである。うかつな反抗作戦で彼らを危険に晒すわけにはいかない」

 

 議場では連日白熱した議論を交わされ、その様子はメディアによって世界中に発信されていた。

 確かにそれは一見すれば「白熱した議論」に見えただろう。議員達が口にする言葉はどれも正しく間違ってはいない。だが、よくよくその中身を吟味すればその言葉は戦禍の只中にいる人々へ差し伸べる手に足り得ないものだと気づく。

 彼等からしてみれば、この降って沸いた難局で如何に失言をせず、責任を負わず、それらしいパフォーマンスで自分の支持率を上げ次の選挙の票に繋げるか、それこそが重要であり、真にクロスボーン・バンガードの危険性に目を向ける者などいなかった。

 とある議員の発言、「クロスボーンと名乗る海賊もどきの軍隊はその(=フロンティアサイドの4基のコロニーの)うち一つを手に入れれば良しとするであろう」やメディアに流れたストアスト長官の発言「フロンティア駐留艦隊で撃滅できますよ」からもクロスボーン・バンガードが軽視していることがわかるだろう。

 これは勿論マイッツァー・ロナ、その兄エンゲイスト・ブッホ、マイッツァーの子であり凶弾に倒れた連邦議会議員ハウゼリー・ロナ等が政界、経済界で広げた親ブッホ、すなわち親コスモバビロニアの人脈による情報操作によるものでもあったが、自らが矢面に立つべき立場にいるのだという自覚の欠如によるところが大きかった。

 

 そういった自覚の欠如は、地球連邦軍全体にも広がっていた。

 軍の上層部は、軍事行動とは政治の延長であるのだから最終的な判断は政治家がするべきで、軍から口を挟むべきではなく助言を求められた時にだけ見解を示せば良い、という考えであった。

 文民統制という考え方からすれば正しいのかもしれないが、その裏には自分たちが口にした作戦が採用され、その成否の責任を押し付けられた上で戦場に出なければならなくなってしまうのが嫌だという思いが存在していた。

 

 それでも時間が経ちフロンティアサイドの大部分を制圧が知れると地球連邦政府も焦りだす。

 クロスボーン・バンガードの行為を一方的な暴挙であり許されざるテロリズムであると指弾し、地球連邦軍統合司令本部は鎮圧、撃滅のための艦隊を派遣することをようよう決定した。

 

 ―――しかし、上層部がそうであるならば、その下につく多くの将兵もまたそうであった。

 フロンティアサイドへの派遣が決定し、自らが戦場に行かなければならないと分かると突然除隊を申し出たり、転属願いを出したり、果ては脱走するといった将兵の数が部隊の編成に支障をきたす程に急激に増えたのだ。

 更にはメディアに公然と戦闘放棄を訴え、戦争反対の市民団体の支援を受けて自己の保身を図る者まで出る始末。そして軍が彼らの行動を阻止し軍法会議にかけるため拘束しようとすれば戦争反対を声高に上げる市民の平和団体とメディアが騒ぎ立て、大衆を煽る。

 

 民主主義、そして文民統制という体制。

 確かにそれは、独裁や専制といった体制を作り出さないためには有効な仕組みではあったが、それ故に、人に「我こそは」という意志の発露を薄れさせ、「自らの負うべき責」への念をもぼやけさせるという惨状を産みだしてしまっていたのだ。

 人が宇宙に出て百二十数年、いやその前からずっと、この絶対的とも言える体制にどっぷりと浸かってきた人々には、その理念こそが確かな真実、絶対の正善であるのだと思い込み、それが我が身に染みついていて、それら惨状を省みることをしない。いや、省みなければならないことに気が付きもしない。

 

 地球連邦政府、そして地球連邦軍の現状はそうした体制とその体制を鵜呑みにし続ける人の愚かさの表れであり、それを糾そうとしているのがマイッツァー・ロナでありコスモ・バビロニアだったのだ。

 しかし、汚泥の中に自らの身を浸しながらも尚、清からんとする者達もいる。それは本来マイッツァーがコスモ・バビロニアが戦うべき相手ではなく、共に手を取り合うべき人であり賞賛されるべき人なのだ。

 だが悲しいかな。時はゆっくりと、そして確実にその針を戦いへと進み続けていた。

 

 

  ◇

 

 

 月のフォン・ブラウン。

 中世のロケット開発史において大きな足跡を残した偉人の一人、ヴェルナー・フォン・ブラウンの名を冠した月の表側に建設された月面最大の都市。

 この都市には連邦軍の参謀本部が置かれており、そのため自然多くの高級将校の邸宅が建てられている。そうした一角にフロンティアⅣから撤退したカムナ・タチバナ准将の自宅も建てられていた。

 

 カムナは夢を見ていた。長い長い己の半生と言う過去の夢。

 一年戦争で仲間を得て、デラーズ紛争で父を失った。平和を守るためにティターンズに入るも、そのティターンズに幼馴染であった許嫁を殺されると同時に信じていた理想を裏切られた。一線を離れるも、シャアの反乱で運命の悪戯を目の当たりにして再び戦場へ。やがて結婚、二児に恵まれた。息子と娘の成長、突然の妻との死別。

 そして―――

 

「死ねぇえ!!」

 

 自らの子供が殺意のこもった目で銃を向ける――――

 

「ハッ――――ゆ、め……か」

 

 目に飛び込んできた見知った部屋に自分が夢を見ていたことに気がついたカムナは深く安堵の息を吐いた。

 しかし、ややあって片手で顔を覆うと、今しがたの結論を否定した。夢ではない、と。

 

 あの時、クロスボーン・バンガードがフロンティアⅣに侵攻してきた際に艦に襲いかかってきた金色のモビルスーツ。そのパイロットは彼の息子シュン・タチバナであった。

 無線で歪んでいたとはいえ自分の子供の声を聞き間違えるようなことは無い。シュンは、彼の息子は本気で彼の乗る艦を彼諸共沈めようとしていた。

 そしてそれを阻止しようとした娘ナナも、敵によって捕らえられてしまった。

 

「どう、すべきだった……どこで選択を間違えた……」

 

 独白。悔恨か、それとも懺悔か。

 

「教えてくれ、エレン」

 

 だがそれに応えてくれる者は既に亡く、ただカムナの言葉は静かに消えていくのみ。そこに、訪いを告げるノックの音が響いた。

 

「入ってくれ」

「旦那様、ワイブル・ガードナー様がお見えになりましたが、いかが致しましょう?」

 

 フロンティアⅣの陥落、撤退の際に倒れ意識不明となったカムナは月は着くなり軍病院へと搬送された。

 その後、意識を取り戻した彼を待っていたのは軍法会議への出廷であった。

 

「長官が駐留軍だけで事態を収められると言ってしまったのだぞ!それを撤退?これでは我々の面子がたたんではないか!」

「新型機がありながら、それを奪われるとは」

「だいたいF90(あの機体)は何度敵に奪われれば気が済むのかね。そう言えば敵には君の息子が居たそうだね?しかもパイロットは君の娘だ。まさかと思うが―――」

「いやいや、自伝まで出された自称軍人の鑑であるタチバナ准将に限って、そのような事はないでしょう。それよりこの人のみを殺す大量殺戮兵器ですか?いやぁ、実に面白い発想ですなぁ。今度はヒロイック・ファンタジー小説でも書かれたら如何です?」

「タチバナ君、噂を鵜呑みとは君らしくもない。撤退中に倒れたそうじゃないか?病による気の弱りから、在りもしない大兵力をさも在るかのように錯覚でもしたのではないか?」

 

 軍法会議と言う名のあげつらいは終始こう言った感じであった。

 結局、カムナはフロンティア陥落の責任を取らされてフロンティア方面艦隊司令の座を更迭、持病の件もあって自宅での静養を命じられていたのだ。

 

 そんな彼の下を訪ねてきた初老の男は、ラー・カイラム級戦艦エイブラムの艦長ワイブル・ガードナー中佐。カムナの後輩でもあった。

 彼は、つい数ヶ月前に起きたオールズモビルズ戦役の際、クロスボーン・バンガードと思しき敵と交戦しており、その経験を買われフロンティアサイド奪還任務に派遣されることが決定している。

 そんな彼が今日、カムナに会いに来たのは見舞いもさることながら―――

 

「先輩、具合はどうですか?」

「すまんな。こんな格好で」

 

 ベッドの上で上半身だけを起こしてカムナは心配気な顔で尋ねてきたワイブルに小さく笑みを浮かべて答えた。

 

「いえ。倒れられたと聞きましたが」

「ああ、情けない限りだ。作戦中に意識を失い民間人を見捨てて逃げるなど軍人としてあってはならないことなのにな」

「それは……部下の判断だったと聞いています」

「それでもだ。それでも私の責任だよ、ワイブル」

「先輩……」

 

 一時の前後不覚により命令権を部下に移譲しなければならなくなる。軍人ならばいつでも誰の身にも起こり得ることだった。

 しかし、カムナの性格を考えればそのことで自らを責めるであろうことは分かっていた。長い付き合いなのだ。それ故に慰めの言葉はチープなものとなり、ワイブルは何と声をかけるべきか迷った。

 

「私も老いた、ということなんだろう。つくづく痛感させられたよ」

「ッ―――」

 

 カムナの諦観の言葉にワイブルは沸々と怒りが湧いてくるのを感じた。

 

「第二艦隊の司令としてフロンティアサイドに派遣されることなったそうだね」

「……はい」

「そう……そうか、君なら安心できる」

 

 安堵の表情を見せるカムナにワイブルは沸騰した。こんな姿を見るために、ここに来たんじゃない!

 

「先輩!何を他人事のように仰っているんです!!」

「ッ?」

「……先輩。私は先輩を艦隊参謀にと上層部へ打診しました。医師の確認は取っています。上は先輩にその意志があれば汚名を濯ぐ良い機会だ、と返事をしてきました」

「ッ!―――しかし、私は……」

「先輩、何故私がこの艦隊の司令に任じられたか先輩ならお分かりでしょう? 今回派兵される者にクロスボーンを実際に見たものがどれだけいると思いますか?

 情報部から上がってくる情報もどれほど当てにして良いかわからない。未だ彼等の規模や戦略目標すら把握できていないのが実情です。そんな状況でフロンティアサイドを奪還しなければならないのです」

「……」

 

 ワイブルの言葉を軍法会議で聞いた上層部の認識の甘い言葉が補強する。

 

「だから我々には少しでも敵を識る者が必要なんです。そして何より戦争を識る者が必要なんです。一年戦争からずっと戦ってこられた先輩の経験こそが、先輩の力が必要なんです」

「……」

 

 過大な評価だ、とカムナは思った。自分はそんなものではない。

 その時々で選択を迫られ、その結果が今に繋がったにすぎない。多くの部下を死なせた。多くの人を守れなかった。多くの敵を殺してきた。

 ただ、それだけのことだ。

 

「……二人のお子さんのことは、聞いています」

 

 チラリ、とワイブルはベッドの上で俯いたまま視線を固定しているカムナを見た。その心の内は如何ばかりか。

 心中を察するにはあまりある。だが、それでもワイブルは言わなければならなかった。

 

「ですが!いえ、だからこそ――――」

「久し振りに父の夢を見たよ」

 

 不意にそんなことをカムナが口にした。

 代々軍人の家系であるタチバナの家。カムナの父もまた軍人であった。ニシバ・タチバナ。UC0083、デラーズ・フリートのコンペイトウ襲撃で命を散らした自らの責務に果たすことを厭わなかった連邦軍中将。

 

「父は、最後まで軍人だった。そう思う」

「……」

「少し……考えさせてくれ」

 

 カムナはそう言うと押し黙った。

 暗に独りにしてくれと言われていると察したワイブルは一言、「また来ます」とだけ告げ去っていった。

 

「父さん、シュン、ナナ…エレン……」

 

 いなくなってしまった者達に彼の声は届かない。

 

 

  ◇

 

 

 丁度その頃、ヨーロッパ地区最大の連邦軍基地ベルファストでは―――

 一人の下士官がだるそうな表情を隠しもせずに出頭命令に従って上官の部屋の前にやってきた。そして「だりぃ……」と一つ呟いた後、姿勢を正しドアを叩いた。

 

「ウォルフ・ライル少尉、入ります」

「遅いぞ、ウォルフ!」 

 

 敬礼とともに部屋に入ると途端叱責が飛んだ。その声に敬礼したままでビクッと首をすくめたウォルフが見やると、そこには彼の直属の上司であるラウル大尉が不機嫌な表情を浮かべて立っていた。

 その横にはオフィスの主である大佐がデスクに座ったままウォルフを静かに見つめていた。

 

「はぁ、すいません。糞してたもんで」

 

 いつもの不真面目な調子のウォルフに大尉は口元を引く付かせ再び叱責の言葉を口にしようとしたが大佐によって遮られる。

 

「任務だ、少尉。ラウル大尉」

「ハッ。ウォルフ、お前にはフロンティアⅠに行って貰う」

 

 上官が告げる行き先にウォルフは眉根を寄せた。言われた先を聞き知っていたからだ。連日メディアが騒ぎ立てれば否応なしに耳に入ってくる。

 

「はぁ?フロンティアⅠってサイド4? あそこってクロ何とかが攻めて来てんだったよな、確か」

「クロスボーン・バンガード。奴らはそう称している」

「そいつらをどうにかしろって? うちの基地から何人出すんです?」

 

 部隊が編成されるという噂は彼の耳にも入ってきていた。しかし、それは月基地を中心としたものになるだろうと言われていたので彼自身は他人事と高をくくっていたのだが、

 

「そうではない。作戦は君単独で行ってもらう」

 

 首を振ったのはラウル大尉ではなくこの部屋の主でもあり、連隊長である大佐だった。

 

「君は月で新型モビルスーツを受領後フロンティアⅠのサナリィ本社に残されてしまった研究データの奪回、もしくは破棄。そして新型モビルスーツの回収だ」

「それを俺にやれって?独りで」

 

 ウォルフの言葉は上官に対する言葉遣いではなかったが、それを咎められることもなく話は続く。 

 

「君の行動力と操縦センスは連邦軍の中でもトップクラス。そのことを鑑みた上での抜擢だよ」

「へ、へへ……分かってるじゃないですか。確かに俺は腕利きのパイロットに違いねぇもんな」

「私としては連邦きっての問題児であるお前には重すぎる任務だとは思うが……」

 

 得意気なウォルフと全幅の信頼を見せる上官にラウル大尉の心配は募る。

 直援どころか後方支援すらない。現地に明るいわけでも内通者や手引きしてくれる協力者がいるわけでもない。単独の潜入任務。しかも、何故、態々地上勤務であるウォルフを全軍の中からこの任務に選んだのか?

 彼には上官の示す信頼に疑念を払拭できずに居た。

 

「月方面軍がフロンティア奪回に動く。フロンティアサイドまでは便乗させてもらえるよう手はずを取った。まずはそちらに挨拶に行きたまえ。その後サナリィに向かい新型機の説明と技術講習を受けた後、向こうに厄介になってくれ」

「ん? 月の軍が動くんならそいつらに任せればいいんじゃないですか?」

「飽く迄、月艦隊はクロスボーン・バンガードの撃破、フロンティアサイド奪回が任務であって、サナリィが公社とはいえ連邦軍が一企業の尻拭いをするわけにいかん。だからこその特務だ」

「はぁ、めんどくさいこって」

 

 ボリボリと頭を掻き心底つまらなさそうにそんなことを口にするウォルフだったが、自分に与えられた任務の重要性に沸々と湧き上がるものがあった。

 名指しの命令。上が自分の実力を認めているという事実。ニヤけてくる頬を彼は苦労して抑えこんだ。

 

「タイムスケジュール等の詳細はこのディスクに入っている。目を通しておきたまえ。では、健闘を祈る」

「ハッ、ウォルフ・ライル少尉、任務を受領しました」

 

 そうしてウォルフは今までで一番美しい敬礼を見せてその場を後にしていった。

 その後姿を見送ってから暫くして躊躇いがちにラウル大尉が口を開いた。

 

「本当に宜しかったのですか、奴で」

「心配かね?」

「……正直申し上げて」

「彼ならきっと……上手くやってくれる。部下を信じるのも我々の仕事だよ、大尉」

「……ハッ」

 

 承服しかねる、という思いを滲ませながらも返事を返したラウル大尉は部屋を出て行った。少しでもウォルフの任務を成功させる確率を上げるために自分の出来る事をしようと胸に決めて。

 

 閉められた扉をしばし無言のまま眺めて続けていた大佐は、おもむろに席を立った。

 窓辺へと歩み寄ると遥か向こうに見える軍港と、その先に広がる海原へと視線を向けた。陽光を反射しきらめく水面は宇宙で起こっている喧騒など思い起こさせもしない。 

 

「ふー」

 

 深く息を吐くと眉間に手をやり軽く揉む。これで賽は投げられた。

 ウォルフが上手くやるにせよ、失敗するにせよ、どちらであっても自分に被害はさして及ばないはずだ。そういう人選をしたのだから。 

 上から彼に回ってきた今回の案件には、少しばかり面倒な背景があった。

 依頼の大元である海軍戦略研究所《サナリィ》は、その名の示す通り地球連邦海軍と深いつながりを持つ。そのため軍への話となれば自然と海軍へと流れ、今回の依頼は海軍が受け持つこととなった。 

 当然、新型モビルスーツの開発データという重要性と潜入工作という性質上それに向いた人員、すなわち選り抜きの特殊部隊員が派遣される手筈が整えられた。

 が、しかし―――ここに異なる立場の意向が加えられることになる。

 アナハイム・エレクトロニクス。

 

 UC100年代初頭、UC100年のジオン共和国の自治権放棄によりジオンという脅威を取り去った連邦は、それまで増え続ける一方であった軍事費の削減を決定し、軍備の増強ではなく維持へと舵を切った。

 その際に提起されたのが『小型』かつ『高性能』なモビルスーツの開発である。

 ここでグリプス戦役以後モビルスーツという兵器大系のほぼ全てを製造していたアナハイム・エレクトロニクスは長くモビルスーツ製造の寡占状態であったがゆえの慢心、驕りと自身の見通しの甘さを露呈する。

 開発は遅れに遅れ、結果出来上がったモビルスーツ、ヘビーガンは軍の要求した性能に遠く及ばなかった。そこには自分たち以上のモビルスーツを作る所など無い現在、軍の要求は実現は困難。よって今までと同程度の兵器類の調達費が必要であるというメッセージが込められていた。要するにこれからも金を寄越せというわけだ。

 このアナハイムの態度に業を煮やした軍は次期主力機選定コンペティションを開く。そこでアナハイムは、あろうことに官製企業である海軍戦略研究所《サナリィ》が開発した新型モビルスーツF90に競り負けたのだ。

 アナハイム上層部には衝撃が走った。選定落ちによるダメージは計り知れない。しかも政治力ではなく、純粋な技術力の差があったのだ。

 事態に焦ったアナハイムはその政治力を駆使し、非合法な手段を講じてサナリィの技術を手に入れ、また、同時期小型モビルスーツを発表していたブッホ・エアロマシン、すなわち後のコスモ・バビロニア、クロスボーン・バンガードからの技術供与を受け、その技術格差を埋めることに成功する。

 そうして開発されたモビルスーツAFX-9000は、アナハイム外しに懸念を表した政府高官の政治力や軍のアナハイムへの信頼と思惑なども絡み、最終的にRX-99ネオ・ガンダムとして次期主力モビルスーツのベースとして納入される。

 つまり、既に次期主力モビルスーツ開発は当初予定されていた海軍戦略研究所《サナリィ》からアナハイム・エレクトロニクスに移ることが内定したのだった。

 

 このRX-99ネオガンダムは彼らの威信と自負を回復させるに相応しい能力を持っていたし、実際海軍戦略研究所(サナリィ)の最新型モビルスーツF90Ⅲ-Yクラスターと比較してもその性能は遜色ないものであった。

 しかし、一度煮え湯を飲まされたアナハイム・エレクトロニクスは軍とサナリィの動きに過敏になっていた。恐れていると言っても良い程に。それゆえサナリィが開発データの奪還に動くと聞けば、気が気ではなかったのだ。

 海軍としても軍の一部、アナハイムとの関係を悪化させたくないことに違いは無く、彼等の意向を汲む勢力も当然存在していた。

 そうした思惑の結果、「優秀」なれど海軍、いや連邦軍の中でも指折りの「問題児」であるウォルフ・ライル少尉に白羽の矢が立ったのだった。

 

「……データを回収できれば良し。戦闘データも取れれば尚良し。例え失敗したとしてもアナハイムからの見返りを見越しているのだろう、上は」

 

 大佐は首を横に振って、

 

「たまらんな。政治と言うのは」

 

 面倒な事情に巻き込まれた運の無い青年士官のことを思う。最前線への単独での強行潜入任務。ほぼ死ねと言っているに等しい。

 当人はそのことが分かっていなかったのか、何の文句も不平も口にしなかったが。

 

「―――せめて無事の帰還だけは願っておくぞ、少尉」

 

 大佐はそれだけ言うと、頭を切り替えて次の仕事へと取り掛かるべく再びデスクへと腰を下ろし広がった書類を整理し始めた。




【独自解釈&俺が考えた設定】

○サウザンスジュピター
漫画『機動戦士クロスボーン・ガンダム』に出て来るジュピトリス9と同型艦の惑星間航行用輸送船。
映画F91で艦長とその奥さんがバビロニア宣言時の式典に出席している様子が映っている。が、サウザンスジュピターの画は出てこない。
コバヤシ丸の艦長が連邦の服装であったのに対し、サウザンスジュピターの艦長の服装は連邦のものでは無かったこと、漫画クロスボーンの一巻でカラスの「10年かけて準備してきた」という言葉、スパロボにおいて木星帝国の艦艇として扱われていることからもサウザンスジュピターは木星帝国の支配下にあると考えた。

○中世
宇宙世紀から考えての中世――――ということにした。
ギレン・ザビが、アドルフ・ヒトラーを中世期の人物だと指摘した言から第二次世界大戦時を中世とする。
ヴェルナー・フォン・ブラウンはナチス・ドイツが第二次大戦で使用した弾道ミサイルであるV2ロケットを開発しているから中世の人物と表記。

○ >この都市(月面都市フォン・ブラウン市)に連邦軍の参謀本部が置かれ、ウンヌンカンヌン
フォン・ブラウンに参謀本部があることは小説から読み取れるが、それが連邦軍全体の参謀本部なのか、月の連邦軍のものかは分からない。

○エレン
旧姓、エレン・ロシュフィル。オペ娘。ゲームではヒロインの一人にして漫画版では見事カムナを手に入れた人。
漫画版では一年戦争時の作戦で負傷、左耳が聞こえなくなったり、全身に傷を負っている。(全身の傷はベッドのあるシーンで確認できる)
UC0116、フロンティアⅠにオールズモビルズが襲撃をかけた折に死亡。

○ワイブル・ガードナー
スーパーファミコン機動戦士ガンダムF91、同漫画及び漫画クライマックスUCに登場する連邦の中佐。
スーファミ版ではオールズモビルズ掃討部隊へのF90の移送任務を受け、本隊と合流後も何度もOMと戦火を交える。歴戦の艦長。
漫画クライマックスUCでカムナ・タチバナを先輩と呼んでいる。

○ニシバ・タチバナ
漫画クライマックスUCに出て来る人物。UC0083、デラーズフリートの観艦式襲撃の際にGP02の核攻撃により死亡。中将。

〇ベルファスト基地
ヨーロッパ地区最大の地球連邦軍基地。アニメ機動戦士ガンダムではマッドアングラー隊に襲撃されているように海に面した基地。
が、しかし漫画『機動戦士ガンダムシルエットフォーミュラ フォーミュラ91の亡霊』の描写では海どころか荒野の只中にあるという謎の基地でもある。
この小説では普通に海に面し、軍港を持つ基地とした。

○ウォルフ・ライル
漫画『機動戦士ガンダムシルエットフォーミュラ フォーミュラ91の亡霊』に登場するキャラクター。
階級は少尉。連邦軍きっての問題児と上官から評されるも同時に並の人間ではない、腕の良いパイロット等の評価も受けている。

〇RX-99ネオガンダム
RXシリーズを受け継いだモビルスーツ。正しくガンダム。サナリィのFシリーズはガンダムと称されているが、小説F91でも言及されている通りガンダムと言う呼称は正式でなく飽くまで現場が使っている通称に過ぎない。
漫画『機動戦士ガンダムシルエットフォーミュラ』において一号機にバズ・ガレムソン中佐(or大佐)が、二号機にトキオ・ランドール少尉が搭乗し両機とも大破している。
二号機にはクロスボーン・バンガードから供与されたネオサイコミュが搭載され、バイオコンピュータを搭載されたF91と同様に思考のみで操縦が可能。

○F90Ⅲ
F90(サード)もしくはF90(スリー)。通称クラスターガンダム。UC0123年2月、アナハイム・エレクトロニクス社のRX-99ネオガンダムをロールアウトしたのと同じくサナリィでロールアウトした。
性能それ自体はネオガンダムと遜色ないが、異なる特徴としてコアファイターを完全に機体内に収納でき、露出するバックパックがコアファイターと分離できるブースター、つまりコアブースターでもあるという点が挙げられる。
漫画「機動戦士ガンダムシルエット・フォーミュラ ファーミュラ91の亡霊」の描写ではF91と同様?の「残像」を見せ、利き腕が使えないパイロットでも器用に怪我をしていることなど嘘のように動かすことができていることから、脳波コントロールによる操縦が行われている推察することも出来る。
F90Ⅲにも搭載されたとされるバイオコンピュータならばパイロットの思考のみで機体を動かすことが可能とモニカ・アノー博士は息子に話している。
ただ、小説F91でシーブックは「サイコミュにつながっているからヘルメットを外せない」と語り、同様のシステム(=ネオサイコミュ)を搭載するネオガンダムでもパイロットの頭部に電極?が貼り付けられ、ヘルメットからも線伸びている描写がある。
しかし劇中ウォルフ・ライルはヘルメットをかぶっておらず、脳波コントロールによる操縦をしていない可能性もある。謎。

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