Justice中章:歌姫と蘇生と復讐と   作:斬刄

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63話黒騎士と黒正輝

キャスターを倒したばかりだというのに、凛達の近くで新たな敵がまた出現し、最悪な状況に陥ってしまった。

 

「凛さんっ…‼︎」

「待って!」

『落ち着いてくださいイリヤさん!』

イリヤが飛び出そうとするものの美遊に止められる。凛達が無事であるかどうか心配なのは美遊と正輝もわかっているが、ここで物音を激しく立てて動けば標的にされる。

イリヤが向かう前に、ルビーが凛達の状態を調べている。

 

『生体反応あり!お二人は無事なようです‼︎』

「だったら尚更っ…!」

(落ち着けイリヤ!くそっ、あの二人のところに行ってすぐにでも策を練りたいのに…迂闊に動いたら確実に殺られる)

凛達がまだ生きているのに、こうして助けに行けれないのは近くに敵がいること。無策で行こうとしたら、今度はイリヤが凛達の二の舞になる。

正輝からだとイリヤ達とは遠く離れており、合流が難しい。

「それは…」

「だからこそ、この状況を冷静に考えないといけない」

イリヤ達が出来る選択肢は二つ。

二人で協力(可能であれば正輝と合流して加勢)して敵を倒すか、隙をついて二人を確保して脱出するかだった。

 

イリヤ達は手にしているクラスカードを確認した。『ライダー』のカードは単体では意味をなさないからセイバー戦では役に立たず、『キャスター』は入手したばかりだからぶっつけ本番で使用は危険が高い、『アーチャー』を使っても弓しか出てず肝心な矢が出てこないから役に立たない。

『ランサー』のカードなら一撃で倒すことは可能だが、一度使ったカードを再度限定展開(インクルード)するには数時間かかってしまう。これでは敵を倒す手段が一つもないため、イリヤ達が最も取れる行動を優先するなら

『選択肢2番でいくしかなさそうな感じですねー』

「私が敵を引きつける。イリヤスフィールは、右側から木に隠れつつ二人に接近して確保すること。確保できたらこの空間から脱出して…正輝さんも私とイリヤを見る位置にいるし、私達の行動から大体は予測できるはず…イリヤはその作戦で、いい?」

「う、うんっ!」

一方の正輝は、身を隠しつつ一人でどうしたらいいか考えていた。イリヤ達とは遠くに離れているから、合流するにもまずセイバーを欺かなければならない。

(流石に助けるために突っ込むっつーのは、無理だな。敵が凛達の近くで周囲を見張ってやがる。囮に使ってるかどうかはまだ分からんが…)

唯でさえみんな疲労しているのに新たに出現した敵を倒すのは至極難しい。ならば、皆が生き残れるとするならばこの空間から脱出するしか方法はない。

(ってことは美優が誘き出すための陽動で、イリヤが二人の救助か)

 

美遊は空から敵をおびき出すために散弾を魔力弾を撃っているものの全く通用しない。敵は凛達のそばで動こうとはせず、魔力弾は霧に阻まれて防がれる。セイバーの剣が黒い霧状を包み、それを剣圧にして美遊に飛ばした。

(アレはやばいっ…避けろ美遊っ‼︎)

 

見ている正輝は大声で叫ぶわけにはいかず、ただ眺めることしかできない。美遊は回避せずに攻撃を防ぐが、攻撃が受け止めきれずに怯んでしまう。

「美遊さんっ‼︎」

(ちょっ⁉︎声なんて出したら)

『逃げてください!イリヤさん!』

敵は美優の方を向いていたのに、今度は救出側のイリヤに標的が変更される。美遊だけではなくイリヤにも剣圧を飛ばした。

「きゃあっ⁉︎」

咄嗟にステッキで防いだおかげで、軽症で免れたがこのままいけば美遊ではなくイリヤが襲われる。

 

(イリヤが危ないっ…⁉︎あの敵相手に無駄かもしれないが、やるしかない!)

正輝はずっと遠くに飛ばしておいた予備のフレイム・ウイングをこの場所に呼び、何羽かそれを飛ばす指示を武器で操作する。

 

「あれって…」

『正輝さんが予備に用意したものですね…』

 

その鳥達を陽動にし、敵は剣圧を飛ばして消そうとするものの空を動き回っているせいで狙いが定まらない。

 

(くそっ…やっぱ、ほんの僅かしか役に立たねぇ…こいつ相手に無理があるか)

 

一瞬身体が鳥の方に向き、数秒間の足止めにはなった。が、攻撃を食らっても効かないことから剣圧を飛ばしても無意味だと無視してまたイリヤの方に向かっている。彼女は防ぎきれなかった衝撃で木にぶつかり、身体が震えて動くことはできない。

 

ルヴィア達から離れていたとはいえ、今度はイリヤが標的にされ、危険な状態に陥っている。時間を稼ごうとしたとはいえ美遊がいくら速射(シュート)を撃ったところで、霧に阻まれている。高密度な魔力の霧が、魔力砲やフレイム・ウイングを弾かれていたのだ。

 

(セイバーを守ってんのは…風王結界の風を霧にしたようなもんか…なら)

 

剣圧も魔力障壁では無力化できない、美遊とイリヤが防ぎきれずによろめいたのがそうだった。

 

「イリヤスフィール避けて!」

「⁉︎つっ…」

 

敵は全く止まってくれない。先程の剣圧を飛ばし、イリヤはその場から咄嗟に避けたものの左肩部分には切傷が付いていた。

 

「腕が…血がっ…」

『大丈夫、軽傷です!すぐに回復できます‼︎』

 

軽傷であってもイリヤの方は恐怖で身体が動けなくなっている。敵は剣圧で仕留められなかったため、今度は接近してイリヤを殺そうと襲う。その時、

 

「BLUE展開っ‼︎」

 

正輝はBLUEを目くらまし用に液状に変異させ、それを横から顔に投げ飛ばす。イリヤだけを視界に入っていたが故に真横からの攻撃は防げない。

「つっ、美遊‼︎やれ‼︎」

「⁉︎」

速射(シュート)‼︎」

敵の視界がBLUEによって大部分を遮られ、イリヤではなく側にある木々を斬ってしまう。正輝の指示で美遊が接近して放った魔力砲は、直撃した。

 

「おいっ、大丈夫かっ…!」

「あ、あぁっ…正輝さん、美遊さんも」

『正輝さん、なんでそんな無茶を』

美遊の魔力砲で敵は遠くに飛ばされる。液状になったBLUEはすぐさま正輝の元へ戻っていき、形も青い球へ戻った。イリヤを標的に変えた時点で時点で正輝も少しずつ近づいて、まず狙われているイリヤを助ける為に彼女の元へ向かった。どのみち結界が張られている以上、隠れたところで逃げ道がないのなら二人と協力するしかない。ここでイリヤと美遊まで倒れたらその時点で詰んでしまう。

「決まってる…イリヤも美遊にも、死んで欲しくないからだよ」

「でもだからってあんな!」

「美遊と俺だけじゃ脱出は到底不可能だ…だから無茶を承知でイリヤを助けた。俺は空は飛べないし、敵のように化け物並の速さを持ち得ていない。あの敵も小細工が効くかどうか分からなかったけど…やっぱりさ、やってみなきゃわかんねーだろ。

凛達のように魔術に携わってんのに無力で何もできないまま逃げ腰になって隠れて敵に怯えるより、今ある力でイリヤを助ける方がよっぽど大事だと思ったからだ。

 

それに失敗しても、怪我してない俺が陽動になって一目散に逃げるか。美遊が動けないイリヤを守るってことになってたしな」

『ですが標的にされたら…』

「武器が無いってわけじゃないが…何とかするさ。頼れるステッキと美遊だっているし、イリヤだって逃げてる間に正気を取り戻せば冷静になれるかもしれないからな」

正輝は視界を遮るといった小細工が通用せずに効かないことも考えたが、それでも美遊が間に合わないことも考えて正輝は行動に移った。

(ま、あの時ダメだったら…シャドーを2体くらい出して、俺とイリヤを突き飛ばすように指示する。シャドー自体を呼び出して操作するにも複数操作するにも今じゃ制約のせいで凄い疲れるし足止めさせてもすぐ消えるだろうし。

 

取り敢えず成功して良かった…冷や汗をかいたぞ)

「兎にも角にも、これでようやっと俺も二人と合流は出来たかな…んでも」

『不味いですね…とんでもない強敵です。魔力砲、魔術も無効。遠距離も近距離も対応可能…こちらの戦術的優位が真正面からことごとく覆されてます。

 

 

直球ど真ん中で…最強の敵ですよ アレ』

「まぁ、少なくともキャスターよりも厄介だろうな…」

 

仮にイリヤ達がその敵の存在を知った上で準備を備えても勝てるかどうかもわからなかった。策略を以て倒すのならば、これまでの英霊よりも易々とはいかない。

「最強、そんな…」

 

ルビーの話を聞くとイリヤの戦意は喪失していた。さっきまで美遊の指示に従って平気な顔をしていたのに、急に顔が青ざめている。

キャスターとの戦いに身体も心も浪費し、加えて厄介な敵も出てきた。

撤退も、撃破も容易ではない。

 

「おい、来るぞ…!」

 

敵は魔力砲を食らっても無傷のまま、正輝達に歩み寄ろうとする。その時、何者かが敵の目の前に宝石を投げ飛ばし、爆発させた。

『凛さんっ…』

「はぁ…はぁ…」

「困った、ものですわね」

倒れていた凛達が身体をよろめつつも立ち上がっていた。辛うじてまだ戦えているが、敵に斬られた跡が彼女ら二人の身体に残っていた。

「行くわよっ!」

(凛とルヴィアの二人、起き上がれたのか。いやちょっと待て…無事とはいえやっぱ怪我してんじゃねぇかよ⁉︎)

今度はルヴィアと凛の二人で敵と開戦しているが、宝石程度でどうにかなる相手ではないことは彼女達も分かっている。

(あれは多分、凛達は脱出による時間稼ぎの為ではなく敵を倒す為に戦っている。だが、魔力砲さえも効かないことはこっちで分かっている以上っ…)

「どうすれば、どうすればいいのっ⁉︎」

「落ち着いて!私が敵に張り付いて足止めするからその隙に」

「だ、ダメだよ!それじゃあさっきと同じだよ!」

「物理保護を全開にすれば10秒は何とかなる!」

「ダメだってば!美遊さんが危なすぎるよ!」

どの道イリヤ達で敵を倒すのが不可能ならば、脱出に必要な陽動役を誰かが背負わかければならない。正輝の方は危険性を重要視するイリヤよりも打開策を考える美優寄りであったが、どちらにしてもあれもダメこれもダメとばかり互いに口論しても時間が経つばかりで結論は出てこない。

「ちょっとお前ら落ち着け!このまま焦ったって答えは出な『必殺!ルビーデュアルチョップ‼︎』」

二人とも焦っているところをルビーがハリセンみたいに二人の頭を羽で叩いた。時間をかけてお互い無意味に言い合っても、何も解決しないから止めようとするのは正輝だけではない。ルビー、サファイアもまた暴走する主人のブレーキにもなっている。

「いった…こんな時に何するの!」

『お二人とも喧嘩してはいけません!全く、そんなことでは立派な魔法少女になれませんよ」

「だ、だって」

『分かってます。このままでは勝機なし、不本意ですが…良いですね?サファイヤちゃん?』

「…え?」

「おいルビー、何か策があるのか?」

敵がこうも強すぎるのなら逃げる以外に他に策がないと三人とも思っていたが、それでもまだ残されている。

『最後の手段です』

その作戦は逃避ではなく、撃破目的のもの。

撃破するのは美遊とイリヤ、正輝の三人で打倒するのではない。

「こんなところでっ…」

「あれだけやったのに無傷なんてね…」

話している最中に凛達の方もそろそろ、宝石があと僅かになっている。

「凛さん!ルヴィアさん!」

「バカ!退きなさい‼︎あんた達じゃこいつは倒せない‼︎」

「お前らだって現状倒せてないだろ!俺達に考えがあるんだっ!」

ルヴィアと凛に向かって投げ、ステッキを託した。イリヤ、美遊の変身は解除され、今度は凛達に引き継がれる。

「選択肢、3番っ!」

ルヴィアとイリヤの傷は元どおりになり、服も変わっていく。

『全く…世話の焼ける人達です。見捨てるのも忍びないので今回だけですよー』

「よく言うわね…最初っからこうすれば良いのよ」

『ゲスト登録による一時承認です…不本意ですが』

「何を偉そうに、これが本来の形でしょう」

互いに常識的な面は欠けているもののそれでもイリヤと美遊よりも魔力と経験は長い。彼女らの怪我も変身によって完治されていた。

「それじゃ、本番を始めましょうか」

(俺さぁ…転移の時にあんな格好になってる二人との大喧嘩に巻き込まれたのかよ…)

そう言って二人がドヤ顔で決めつつ、二人の容姿が魔法少女になっている。正輝は凛達もまた頼もしいと思っているが、その反面変身した二人を見て、目の前にいる世界介入時による転移事故の根源に少し頭を悩ませた。

『いやぁ…しかし相変わらずいい年こいて恥ずかしい格好ですねー』

「うっさいわね!お前が着させてんでしょーがーっ!」

(ほんとそれな)

(側から見ると魔法少女ってやっぱり恥ずかしいなぁ…)

正輝は、なのは達のデバイスのように凛達やルヴィア達の思うような格好にならないのであれば、イリヤ達もまたルビーとサファイアの好みに変えられていると思うとなんとも言えなかった。

「フ…この服を着こなすにも品格が必要でしてよ。この私のように」

「うわっバカだ。バカがいる」

『さすがセレブはファッションセンスも斜め上ですか』

(とはいっても…現状は変身した凛達に任せるしか本当に何も出来ないか)

こんな他愛のないことを余裕な表情で話しているが、本当に二人に任せるしかもう何もできなくなっている。

「気をつけて下さい!その斬撃は魔力と剣圧の複合攻撃です!魔術障壁だけでは無力化できませんっ!」

正輝達側に出来ることとすれば倒れていた間に陽動で得た敵からの情報を凛達に伝えることぐらいだが、情報を得ることもまた有力なもの。敵は黒い剣圧を何度も飛ばしてくるが、倒れ込んでいた凛達には分からない為に陽動で動いていた美遊が伝えている。

しかし、分かったところで防御に徹して魔力を使用し過ぎても、攻撃が貧弱になり黒い霧の壁を突破することができない。

「なら…」

「いきますわよっ!速射(シュート)‼︎」

 

ルヴィアの放つ魔力砲はイリヤ達の放つよりも基本性能が桁違いに強い。しかし、

「でも全然当たってな「それでいいのよっ!」」

イリヤの言う通り敵には届かないが、防いだ後に霧の壁が一旦解除される。その背後から凛がステッキから刃物のような形を魔力で形成して斬りつけた。

 

「かったいわねこいつ…筋力が足りないわ!身体強化7、物理保護3‼︎」

『こき使ってくれますねー」

(ブレード)⁉︎」

(セイバー相手に接近戦か、無茶をする…でもこうしないとあの霧に阻まれるしな)

その方法なら残りを魔力を防御と強化に回すことができる。

しかし、相手はセイバークラスの敵。接近戦を挑もうとするものの、凛が押され気味になる。

『そもそも私としては泥臭い肉弾戦は主義に反するのですけどー魔法少女はもっと派手でキラキラした攻撃をすべきです』

「オーッホホホ!無理なことを言わなくてよルビー。遠坂凛は存在自体がエレガントなこの私とは違うのです!所詮、泥臭い戦い方がお似合いなのですわ!」

「あんた達うっさいわね!ルヴィアはエレガントじゃなくてただ派手なだけでしょうが!それに、刃を交えて見えるものもあるのよ!」

 

敵は先程以上の猛攻を繰り出し、隙をついたところを抑えてきた。身体がよろめいて腹部はガラ空きになってしまう。

「⁉︎凛さん!」

「物理保護展開っ!」

凛はルビーに身体を魔力で防御を一気に高め、敵の剣を防ぐ。逃げないように敵の腕をしっかり離さない。

 

「ようやく捕まえたわ。砲射(ファイア)‼︎」

 

そこから零距離からの砲撃。黒騎士は凛は捕まえられたことで回避することもできないまま魔弾は直撃した。が、魔力砲で敵の鎧にヒビが入っただけで決定打にはならない。

 

(これでもダメか…)

「いっつつ…剣士相手に接近戦なんてやるもんじゃないわね」

『両手持ちだとヤバかったですねー』

 

接近戦に持ち込んだ凛が時間を稼いだおかげで、ルヴィアもためていた魔力を砲撃用に貯めていた。敵はルヴィアではなく凛を相手にしていたのだから、

「ひとまずご苦労様といったたところですわね?」

「…準備できてるんでしょうね?」

「当然ですわ」

(加勢は…どう考えても無理だよな。邪魔になるだけだ)

 

正輝も横あるいは背後から奇襲して入ろうと少しは考えたものの、今度は凛達の邪魔になりそうだからそれよりも新たな敵が出てくることも考えてずっと周囲を警戒してイリヤ達を守ることを徹した。

 

(んでも…どの道凛達が変身して以降は凛達の考えがあったのだから加勢も必要なさそうだ。これでほぼ決まったな)

「魔法…陣」

『全てのチャージ完了です』

「これで、ちょうどさっきの敵とは立場が逆ですわね」

 

凛とルヴィアだからこそ考えることができる作戦。敵を消し炭にする程に容赦なく、魔力を盛大に大盤振る舞いみたく徹底的に潰す。

敵が英霊なのだから全力で潰すのは当たり前だが、これはもう一切の遠慮はない。

 

「まさか、初めからこれを狙ってたのっ…?」

(貯めた分をぶっ放すってことは…やっぱ宝具並みの威力だよな…あれ)

「魔力の霧だろうが、何だろうが…まとめて吹っ飛ばしてあげるわっ‼︎」

 

このまま凛達の攻撃が成功すれば、当然敵は言葉通り吹き飛ばされるだろう。当たりどころが良ければ、ことごとく消しとばされる。

 

斉射(シュート)!」

斉射(ファイア)!」

 

このまま敵を木っ端微塵にしてクラスカードを回収し、無事に帰れることを三人は祈っていた。しかし、

 

ーーーーそこに正輝と同類の異端な介入者がいなければ

 

『障害ヲ発見、空間切断(ディメンションスラッシュ)

 

掃射されたと同時に黒正輝が出現し、最後の劔を取り出す。黒正輝がその剣で斬った亀裂の空間は凛達の全力攻撃を吸い込み、そのまま凛達へ跳ね返した。

大規模な破壊力をもつ魔力砲を、凛達へと。

(…えっ?)

「どう、なってるのっ…」

 

さっきまで用意していたはずの砲撃がいとも簡単に返されている。砲撃が空間によって吸い込まれて、そのままその攻撃を返されたことに三人とも思考が停止し、開いた口が塞がらない。イリヤと、美遊の二人は正体不明の敵の出現に頭が追いついてない状態で、正輝の方は目を見開いて思考がかなり混乱している。

 

 

黒正輝が2ndフォームになって黒い英霊を守り、彼が最期の劔で斬った空間によって吸収された砲撃はそのまま返された。正体不明の新たな敵が出現したことによって、形勢がまた逆転されてしまった。

当然、庇ってもらった方の英霊は無傷だ。

 

(は?え?なんだっ…なんだこれは…なんだよこれはっ⁉︎)

「嘘…だよね」

「どうなってるのっ…⁉︎」

ルヴィアと凛が魔法少女になっても倒せなかった相手が二人もいる。その敵は英霊じゃないとはいえ強大な敵がもう一人どこからともかく前に出て出現し、彼は回り込んでイリヤ達を包囲している。正輝も予想外な事に頭が追いつかなかった。それは、正輝以外の異端者まで存在しているのかを要確認していなかったが故に起こったこと。メールには肝心なものがもう一つ存在している。

 

・黒正輝を倒せ

 

正輝の能力の大部分を制限するだけではない、敵は英霊だけではなく黒正輝という存在も倒さなくてはならないことも必要だった事に。

『ご無事でしたか!美優様っ‼︎』

「⁉︎凛とルヴィアは!」

『二人ともまだ生きてはいます。攻撃が返される前に二人とも僅かに余っていた魔力をギリギリのところで魔術障壁を使って防ぎました!ですがあの敵は一体…』

「んな、んな馬鹿ことがっ…」

サファイアとルビーだけではなく凛とルヴィアの安全は確認できたが、これでは振り出しどころか状況はより一層悪化している。

 

『正輝さん、ご存知なのですか?』

「知っているも何も…だが…でも何で今になってっ⁉︎」

「嫌、嫌っ…もう嫌ぁぁっ‼︎」

 

さっきまで落ち着いていたイリヤがまた恐怖で怯えている。凛達の活躍でカード回収もできるはずだったのに、天国から地獄に叩き落とされた。

「こんなの…嘘だよ。嫌、嫌だよっ…‼︎」

正輝もまさかの事態に頭が働いていない。ここまでの間、能力が制限されてどう戦うかというのを必死に考えることが精一杯で、正輝以外の他に敵の介入者が横からやってくるとは思ってもなかったのだ。こんなことになる前に黒正輝の対処を事前に考えるべきだったが、もう時すでに遅い。

 

「もう家に、家に帰りたいよっ…」

(とにかく落ち着け…落ち着くんだ。考えろ、考えろっ…考えることに集中しろっ‼︎何か他に手はないのか⁉︎この絶体絶命の状況を打開できる策が)

 

サファイアと合流できたのは助かったが、もうイリヤは戦意喪失している。正輝も現実を目の当たりにして、気が滅入りそうになっているが、二人よりも大人である彼は挫けるわけにはいかない。

 

「…俺に似せた黒い方のはこっちで陽動するから、そこの黒騎士は…美遊いけるか?」

「で、でもっ!」

「英霊と渡り合えるのはルビー達のによる魔法少女に適応した二人だけだ。俺があの騎士とやり合ったところで時間稼ぎすらできないまま斬殺されちまう。俺と似たあの黒い俺は、能力を知っている。その説明は後になるが、それでもいいか?」

 

正輝は覚悟を承知で黒正輝に挑もうとする。美遊も黒正輝という存在が黒騎士と同様にかなり危険であることを十分に理解している。

正輝は英霊相手に小細工をするのが定いっぱいなのに、まともに戦えば自殺行為に等しい。

 

「⁉︎…でもそれじゃ正輝さんが‼︎」

「このままだと俺もお前らも、全滅しちまうぞ‼︎」

 

だからといってイリヤを守りつつ、二人の敵と戦うことになるのは正輝も美遊も確実に負ける。凛達の砲撃が無意味となって、無傷の二人を相手に戦うことになる。

 

「なんとかするさ。それにこれは俺の問題だからな、だからイリヤは任せた…討伐対象は俺だろ!来いよっ‼︎」

黒正輝はイリヤよりも一人になって遠くへ行った正輝へと向かっていった。

 

 

*****

 

美遊と協力して戦ったとしても2ndフォームの黒正輝とセイバーの両方を相手にしたらまず勝ち目なんてない。ランサーのクラスカードがまた再使用できたとしても、騎士か黒正輝のどちらかを宝具で倒したところで残った方を倒すことなど土台無理なのだ。時間が経つにつれ、挟み込まれて一巻の終わりとなる。

(能力に制限がかけられてんなら敵だって同じなはず…)

黒正輝もほぼ介入時に同じ条件なら勝ち目はあるかもしれないと考えていた。振り向くと余りにも信じられない光景に正輝の顔は青ざめ、鳥肌が立っている。

 

「は…おい嘘だろ、幾ら何でも冗談キツイぞ。これは」

 

その光景は黒正輝が王の財宝による宝剣宝槍、無数の銃火器を出現させ、全投影連続掃射を展開して迎撃態勢をとっていたのだ。黒正輝は保有している武器だけではなく、その特典まで似せている。自分の力どころか、これまでに勝ち取ってきたものまで黒正輝は使用している。

 

黒正輝という討伐対象は、余りにも強大であった。

 

神の施しも含めて自らが達成して、与えられた報酬も黒正輝は持ち合わせている。

こうして上が見えないほどの巨大な絶壁となって現れ、その敵は手を上げて照準を正輝に向ける。構えられた数々の宝剣宝槍、銃撃による弾丸の嵐が正輝に向かって降り注ごうとしたその時、

 

夢幻召喚(インストール)

 

遠くにいるイリヤは、身体から膨大な魔力を噴出していた。手に持ってあるクラスカード《アーチャー》を使い、彼女の姿は私服ではなく英霊エミヤのような格好になる。

 

黒騎士はすぐさまイリヤに向かって剣圧を飛ばすが、イリヤは背後を察知してそのまま避ける。

その剣圧の方向は黒正輝に向けられ、黒正輝は飛ばされた剣圧に直撃してしまった。前に黒騎士を守ったとしても互いに仲間意識は無かったため、黒正輝に当たったところで全く気に留めたりしていない。

 

(え、ちょっ、おま)

 

運が良かったのか、王の財宝で正輝を潰す前に横からの剣圧が来たおかげで助かった。黒正輝は咄嗟に正輝の攻撃よりも自衛の為の防御に徹し、最期の劔を取り出して防ぐ。

 

(よく分からないが…今この機を逃すわけにはいかないっ‼︎)

 

気を取り直した正輝は、すぐさま防御している黒正輝の懐に入った。REDを展開し、鉈形態のまま防いでいるところを斬りつける。

 

(くそっ‼︎あと一歩だってのにっ‼︎)

 

斬られる前に黒正輝は背後に空間の亀裂を用意して撤退し、残るは黒騎士だけ。凛達の時のように正輝も美遊も迂闊に手が出せない。

黒騎士は鎧ごとバッサリと斬りつけられ、黒騎士を相手に翻弄している。

 

だが、決着をつけようと互いに宝具を発動する。黒騎士の魔力は一気に膨れ上がり、確実にイリヤを殺そうと構える。

「なんて、デタラメなっ…」

「逃げてイリヤスフィール!いくら英霊化してもあの聖剣には勝てな「投影開始」」

 

敵の聖剣に勝る宝具。

イリヤはそれを用意しなければならないが、その聖剣以上のものを投影しなくては勝ち目はない。しかし、聖剣以上の武器をイリヤが知っているわけでもない。

 

だが、同じ聖剣ならばどうだろう。

(まさか…敵の宝具を真似て投影しているのかっ⁉︎士郎やあの黒沢くんだってそこに至るまで厳しいのに)

イリヤのは黄金の光に満ち溢れた輝かしき聖剣。本来は風王結界により隠れてはいるが、それを取り払うことによってその形成を直視できる。

 

「「約束された勝利の剣(エクスカリバー)‼︎‼︎」

 

同じ宝具同士のぶつかり合いなど見たことがない。最終的にイリヤの放つ宝具の方が勝り、二人の姿は光でとても眩しくて何も見えなくなった。光がおさまるとイリヤはアーチャーのカードを持ったまま倒れ、敵のいる場所にはセイバーのクラスカードが残っていた。

「イリヤスフィールっ!」

「まさかセイバーを一人で倒したのかっ…⁉︎」

 

イリヤは正輝と美遊の二人が駆けつけた時には倒れている。ルビーの変身魔法でもなく、危機的な本能で何かしら彼女の体内にある魔力が解き放たれたことで、アーチャーの姿になって戦った。

(聖杯だったからイリヤの中に膨大な魔力はやっぱりあったのか…だが)

今夜の戦いはこれで終わったものの、残るはバーサーカーとアサシンだけ。しかし、

(…自分が情けなさ過ぎる)

 

正輝はイリヤ達と一緒ならまともに戦えると思っていたはずだったのに、セイバーとの戦いで本当にピンチだった時に何もしてあげられなかった彼が無力であったことを痛感した。

残り二つの英霊に加えて黒正輝までセイバーと同様に横から入って襲撃したという天国から一気に地獄に叩き落されるほどの絶望をイリヤ達は味わっている。今回は奇跡的に全員ほぼ無事に帰れたが、その強者達を相手にすることがどれだけ過酷なのかを思い知らされた。

 

正輝は今の力でいけるところまでやるとは言ったが、敵がデタラメ過ぎる力を使っているせいで入り込む余地などない。陽動でさえ、イリヤと美遊の二人は助かっても黒正輝による王の財宝と全投影連続掃射で殺されていたかもしれないというのに。

 

(あぁ、これじゃあまるで…あの時と一緒じゃねえかよ)

 

赤ロープ戦と同様に圧倒的な力の差に、彼は押し潰されそうなった。全く歯が立たない相手にそれでも何とかしようとしているが、精々付け焼き刃にしかならない。弱くなってしまった正輝の力だけでは、あの二人には勝てずに全滅しているのだから。

 

イリヤがアーチャーのカードを使ってセイバーと戦ったおかげで黒正輝にも隙が出来き、正輝はそれに助けられただけで、凛達が倒れても代わりにイリヤ達の前に立って守ることもできない。

 

この戦いは、もしイリヤの英霊化がなかったら今頃は全滅している。セイバーと黒正輝、二人が手を組んでいようがいまいがどちらにしても圧倒的な力によって消し炭にされていただろう。

 

【偶然】イリヤが覚醒し、【偶然】黒正輝とセイバーが手を組んでいなかったから攻撃が当たって、そして結果的に運良く勝てただけ。

 

「何やってんだ…俺は」

 

正輝は自分の無力さ、不甲斐なさに悔みながらそう呟いた。


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