Justice中章:歌姫と蘇生と復讐と   作:斬刄

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天秤ー信頼の価値

供奉院は放送室へと向かい、竹成もまた彼女を追っている。竹成自身彼女がどこに向かうかまだ分かっていないが、その情報を学校内の大勢に広めてバラすような場所へ向かっていることは間違いないと頭の中で考えていた。

彼女をここで見失えば、その情報が広まり、聞いた生徒達は生徒会全員に説明を要求してくるだろう。

誤魔化したところで何処かで情報が漏れ、証拠まで持ち合わせたら確実に集達は恨まれ、騙したなと感情的になって殺そうと行動に移す生徒が続出する。

逆に真相を言えば、こんな場所に居てたまるかとルールに背き、学校から出ていく人もいれば、生徒を纏められない貧弱なリーダーの座を引き摺り下ろそうのする。自分さえ生き残ればそれでいいと手段を選ばずに他人を蹴落とし、陥れようとする。

 

どちらを選んでも、最悪な事態になりかねなかった。

 

(彼女を引き止めるのはいい…だが、どうやって説得する?正直俺もヴォイドが壊れたらあんな風になるとは思ってもなかったが…)

竹成は彼女をなんとかして止めようと走っているが、他の誰かにバラさないように上手いこと説得しなければならない。

 

「早くみんなに知らせないと…!ヴォイドがまさか…そんな⁉︎」

 

勢いよく放送室の扉を開け、背後から追われている気配を感じている彼女は、焦りながらマイクの電源を付けようとする。取り押さえられる前に、学校の生徒達にこのことを伝えないといけないと手は震えていた。

 

『はーい。ダメダメダメダメダーメ…そんなことしちゃ。君が今ここで生徒達に明かしたら、せっかくの醍醐味がおじゃんになる

 

へたっぴだなぁ…焦っているとはいえ、みんなに危機を知らせるのが下手。

こんなもん、ド素人がやることさ。それじゃあ伝わらならいし、こんな風に邪魔されることだってある』

 

黄色ロープが背後に突然転移し、手と口を抑える。彼女は抑えられてない手で隠し持っていた短刀を持って反撃する。

『おぉ、物騒な物なんか持っちゃってー』

が、黄色ロープの反射によって弾かれ、壁に突き刺さった。

『でもね、本当のことを吐くどころか、こんな風に口止めに始末されてしまう。

生徒の誰かにチクろうとする前に。

でも俺なら、ちゃんとした舞台で誰にも邪魔されることなく王様の操り人形になっている生徒達を解放させることができる』

今度は力技でどうにかしようするが、黄色ロープが頭に触ると、手も足も動かせることが出来なくなってしまう。

 

(だ、誰かっ…!)

『叫ばない、抵抗しない、逆らわない…オーケー?

 

三つのうちどれか一つでも破ったら…まぁ分かってるよね?』

 

今の彼女は首だけ動かせることができ、その返事にコクリと頷くことしかできない。

逆らえば、何をされるか。

抵抗をしても無意味だと悟り、恐怖で青ざめた彼女は黄色ロープの指示通りに何もしなかった。

『ここで明かすのはなんの面白みもないからね?』

 

黄色ロープはそのまま亜里沙を転移させ、亜里沙を連れていく。彼女の後を追っていた竹成が開きっぱなしの放送室近くに到着すると、その周辺に生徒は誰一人いない。放送室の中には荒らされた痕跡もなく、マイクの電源はつけていない。

放送から生徒に報告もされてはいなかった。

「彼女が見当たらない…一体何処に」

 

周囲を見渡すと壁に刃物が突き刺さっていたことを確認し、それを抜き取ろうとする。

開いた放送室から察するに亜里沙が入っていたことと、もう一人誰かがいたことを。

 

(このナイフは彼女が持っていたものか?

戦いが終わっても集達に連絡はできないし、ここに残ったってどうしようもねぇ…生徒会室に戻るしかないか)

 

集達と連絡が取れず、すべきこととすれば生徒会室へと戻って報告するしかなかった。

 

*****

 

一方、生徒会室に戻っている集達は揉めていた。麻紀含む彼の仲間が大暴れしていたことを知り、余計アルゴは混乱している。

 

「あぁぁっ、たくっ!

一体全体どうなってんだよこれはっ!大体、つぐみや綾瀬もなんでそのことを言わなかった⁉︎」

「私達だってアルゴが唐突に行動に移すなんて思ってもなかったんだから⁉︎」

 

気絶から目を覚ましたアルゴは、二人に事情を聞いていくうちに眩暈がしており、頭も抱えている。

 

「安全な場所までは連れてきたが、まだ竹成は来ないのか?」

「どうするっつたってさ…」

 

生徒会室まで安全に護衛していた竹成の仲間達は彼らの様子に困惑しており、集達は説明を要求している。麻紀以外にも竹成に仲間がいるということは知っているが、どんな仲間なのかは知らない。

 

その説明の内容も具体的にどう言えばいいのか。

 

「その、ヴォイドは…」

「言わなくていい。3人にそれを伝えてどうなるかことぐらい分かっているだろ」

「で、でも…」

 

言えば、この体制は必ず崩壊する。

アルゴや二人がどんな反応をするか、かといって黙って隠すのも後々バレたらそれこそ悪化する。それでも八尋に口止めされ、集と祭の二人は申し訳なさそうな顔をしていた。

麻紀達が動いたから、それを阻止するために竹成の指示で助けに来た。と言っても下手に真実を伝えないようにと竹成が加賀美に言伝でみんなに伝えている。

 

竹成の仲間も説明がしずらかった。

 

「待たせたな…」

「竹成さん、供奉院さんは?」

「見失ってしまった…逃げ込んだ放送室にこんなものが刺さっていたんだが。

何か知っているか?」

 

逃げた亜里沙は見失い、手掛かりとなるものを集達に見せる。放送室を使ってみんなに知らせているわけでもないため、騒ぎにはなってない。この中で知ってるのは集、祭、いのり、八尋、竹成達しかいない。

 

「護身用の小刀か。しかもこの形…供奉院家の」

「それが放送室にあったってことは…俺が駆けつける前には既に…」

 

彼女は放送室へ逃げ込み、その事実を伝えようとしたが、誰かに襲われた可能性が高い。

そんな時、

 

『つーかさ、ヴォイドが壊れたら死ぬっていうことが分かった時点でみなさんもう詰んでるのまだ気づかない?』

「「「「⁉︎」」」」」

そんな話し合いをしている最中に、黄色ロープが転移し、話に割って入ってきた。

みんなが引き下がる。

 

黄色ロープの存在に八尋は、どうなってしまうかを察してしまった。もしヴォイドを使わない方針では絶対に東京脱出なんてできるわけがないと。

 

「お前っ…供奉院を連れ去ったのか⁉︎

大体ここに何しにきた!」

『いやーなんか、ウチの麻紀くんが痺れをきらしているせいでさー。いい加減決着つけろって言ってくるもんだからねー』

供奉院のことについては無視し、自分の話を続けていく。竹成や仲間に囲まれても、黄色ロープには無敵の反射があるため手を出せなかった。

 

『はい、ここで皆さんに君達が築き上げている王国にとって致命的な三つを挙げていきましょう!

 

 

一番!

ヴォイドの欠点がバレる!

二番!

それを知った生徒達は阿鼻叫喚となり、そして秩序が崩壊する!

そして、三番!

現実は非情であり、この世界に残された人たちは皆地獄に落ちる‼︎』

「…は?ヴォイドの欠点?

一体何の話をしてるんだこいつは⁉︎」

気絶していたアルゴ達は黄色ロープの発言を理解していない。次から次へと喋っている黄色ロープに口止めができない。

ペラペラと喋っていく。

 

「だが、その情報を学校の生徒全員に知らせた様子はなかった。何を企んで『いいや、もうとっくに集合させてるよ。体育館に』なんだとっ⁉︎」

 

生徒会室の周囲を探し回っても、生徒が一人も見つからない。生徒会室に戻ってきた時に、一体何をやったのか。

 

「ま、まさか全員を」

『そう!暗示で移動させましたよーっ!』

「なんだとっ…⁉︎」

 

放送室を使った痕跡もなく、ナイフだけ残していただけだった。それにこんな短期間に生徒全員に接触し、暗示をかけるなんて芸当ができるわけがないと竹成達は思っていた。

だが、生徒に伝える手段(ツール)は一つだけじゃない。

 

「まさか…学校専用のローカルネットワークを使って⁉︎」

『ピンポーン!だいせいかーい‼︎

でもちょーっと、条件を弄ったけどね。

例えば生徒会長組を除くとか?』

 

アルゴと綾瀬達を見失ったことで集達が慌ただしい中、誰も端末の確認をすることができなかった。学校にいた生徒達は手駒にし、体育館へと誘導していく。

 

『通知連絡して、学校のみんな揃って引っかかりましたー!残念〜!』

「⁉︎急いで体育館に戻るぞ、何かやばいっ‼︎」

 

*****

 

「あ、あれ?

なんで俺達体育館に入ってるんだ?」

 

学校の生徒達が封鎖された筈の体育館へと集まっていく。警備していた生徒も、ローカルネットの通知を確認したことで暗示をかけられている。

 

もう誰にも止めることはできない。彼らの暗示が解けるまでの間、体育館内で整列していた。黄色ロープが舞台に立ち、指を鳴らしたと同時に暗示を解く。

 

『レディースエーンドジェットルメェェェン‼︎』

 

高らかに叫んだ。突然のことに生徒達は動揺し、騒ついている。こいつは誰なのか、どうしてここに集まっているのか、頭が回らなかった。

 

『皆様方、ここにお集まりいただきどうもありがとうございまーすっ!

これから君達にある映像を見えて頂こうと思っておりまーす!それではどうぞー!』

 

混乱している彼らの気持ちを無視して、そのまま話を続けていく黄色ロープ。

映像機器を出し、生徒全員に見せるように準備もした。ヴォイドが壊れたら、どうなるのかも映像が映されていく。ヴォイドの残骸から画面が変わり、壊れたことで身体中に結晶のようなものが侵食していく。

 

「お、おい!見ろよ!」

「どういうことだよこれ⁉︎なんでヴォイドが」

『ヴォイドが壊されたら、その人間は…死んでしまうんだってさーっ!しかも、生徒会長達はその事実を全員に隠していたのです‼︎』

 

生徒達がヴォイドを使うことに恐怖に怯え、死ぬということを実感させた。ここで貢献しても、ヴォイドの破壊によって粉微塵にされることに。

 

(なんてことだっ…)

「あいつ、やりやがった…‼︎」

 

集達は急いで体育館へ向かい、阻止しようと動いたが、辿り着いた時には時すでに遅い。

 

*****

 

体育館には黄色ロープだけではなく、麻紀もその場にいる。殴られた頰も完治され、余裕の笑みを見せている。

黄色ロープはあらかじめ知っていた。

 

ー物語に殺される

 

ここで一気に竹成達を地獄の底に叩き落とすための切り札を。

 

「物語の進行なんてなに一つ考えちゃあいねぇ…!」

『では、助かりたい人は挙手して下さーいっ!』

 

生徒達が続々と手を上げ、現状から脱したいと黄色ロープの話に賛同している。

 

「じ、冗談じゃない!お、俺はこの学校を出るぞ!」

「それじゃあ知ってて私達を…⁉︎」

「生徒会が利用したって言うのか!」

「けるなっ…ふざけるなよ!

よくも俺達を騙したな‼︎」

 

知った時の怒り、悲しみ、絶望。生徒達の心の中ではそんな感情が混じり合い、生徒会長の集に失望していく。

 

「ち、違う、僕はみんなを騙してなんか、騙すつもりなんて…」

『へー?それなら証拠はありますか?』

「つっ…⁉︎」

 

幻想殺し・武器化で生成した拳銃の弾は既になくなっている。本来ヴォイドを壊したのは黄色ロープというのに生徒達からしたら事故で壊れたという風に映像が流れている。

 

(集本人は確かに騙していなかった。

むしろ生徒達を騙しているのは黄色ロープだ。だが、あんな証拠を用意している…それも、俺達に気づかせないまま。しかも、あの映像が間違っているといっても、それを証明できるものもねぇ…)

集と竹成の二人には嫌な汗が額から流れ落ちる。ヴォイドを壊したのも、学校の体制を崩壊を招くための布石であることを。

 

『それは違うでしょ?王馬集くん。

人の心を覗き見し、所有物だと勘違いしている王子様が、彼らの気持ちなんて到底理解できないもんねー』

「あ、あぁっ…」

『王様にとって、ここにいる連中全員が都合の良い武器や道具としてみてたんじゃないの?』

「ち、違う…僕は、僕はっ…‼︎」

 

集がみんなを騙してないと発言しても、説得性に欠けている。公平にしようと懸命に頑張っていたはずが、黄色ロープの辛辣な発言に段々と心が折れていく。

 

『王様は人の気持ちが分からない‼︎うんうん!全くその通「違う!そんなことないよっ‼︎」…およ?メランコリック気味な王子の次はお姫様かな?

どうしてそう言い切れるのかな?』

 

今度は幼馴染の祭が集を庇った。集が発言できなくても、支えになっていた彼女が彼の頑張りを知っている。

 

 

「集だって…ヴォイドが壊れたら死ぬって知ってたらヴォイドは使わなかったよ…それにヴォイド制を」

『ヌーン、君の頭ン中はそう思ってるのね?』

「へ…?」

 

例え庇っても、意味はない。彼ら側からしたら集に気に入られたからと、自分の身を守るために必死に集を立てようとしているようにしか見えない。

 

「何言ってるんだ!そいつが使うかどうかなんて俺達に分かるわけ無いだろうが!」

「そうよ!もしかして自分の身を守るためにそいつを守ってるんじゃないの!」

「側において、俺達のことなんて捨て石だもんな!」

『これが当然の結果。誰だってそう批判するでしょ、当たり前じゃん。

じ、実は壊れてしまうなんて知らなかってんでちゅー…って当事者でもない彼らに言い訳を言ったところで一体誰が信じるんですかねー?

 

証拠もねぇ、綺麗事しか言わねぇ、かと言って知らなかったっていう証明もねぇ。

いやぁ…ドン詰まりですなぁ?』

(この狂った状況を楽しんでやがるっ…)

 

生徒達が罵詈雑言を叫び、怯えている集と戸惑っている祭だったが、今度はいのりが前に出る。普段あまり喋ろうとはしなかった彼女が、こうして口を開いた。

 

「…違う」

『え、なんだって?』

 

今度は彼女が声を張って、集を助ける。

それに対し黄色ロープは、某難聴主人公のような反応を取る。

手に耳を当て、聞こえたようなふりをしつつ煽っていた。

 

「集は、みんなを騙してない。本当に人の心が分からないのなら…平等にする必要なんてなかった。取り出したヴォイドで誰かを区別することも、脅すこともしてない」

 

集は八尋が提示した、ランクヴォイド制を思い出す。それは生き残る為に手段を選んでいられないということもあったが、集本人は釈然とできず、乗り気ではなかった事も知っている。

彼女なりに、集が精一杯の思いでみんなを支えようとしていたことを見ていたのだから、

 

「それに、集は自分の気持ちにも、責任も、ヴォイドの力にも向き合った。

人の心が分からないのは貴方達の方」

 

かつて生徒会長になる前の彼は臆病で空気を読めず、自分勝手に軽率な発言をすることを葬儀社であるいのり達は知っている。だが、今の彼はみんなを助ける為に力を証明し、生徒達を導こうとしている。

彼女は集が彼なりのやり方で戦い、その戦いの中で葛藤してきたことを何も知らずに人の心が分からないと非難している麻紀達にそんなことを言われる筋合いはないと言う。

いのり自身も集のやり方を選んだことに、祭と同じように集を守る。

その次に、生徒会に集を勧めた八尋もまた、前に出て集を助けようと発言した。

 

「あぁそうだ!集がみんなを欺いて利用しようというなら、俺達にだってその事を黙っているはずだ!

でも、あんなポッと出の奴らの言葉を鵜呑みにして…騙してるって言うのならお前らも集の心を、覚悟を裏切っているのと一緒なんだぞ!」

 

黄色ロープと麻紀の二人に指を指した。映像が確かであっても、集の言葉や行動の全てが自己都合の為に動いていなのならば、八尋達にも黙っているはずだと。

 

「そーだよ!集に賛成したのだってみんなが挙手したからじゃないの!」

「大体、ヴォイドを使わなかったら…今頃この学校は崩壊してたでしょ‼︎」

 

そして、綾瀬とツグミの言うとおり集がみんなの目の前で力を使わなければ、この学校の均衡は崩れ、皆が疑心暗鬼なまま団結する事もせず、生き延びる事も難しかった。

 

「た、確かに…俺達、危険といってもあれのおかげでここまで生き残れたんだよな」

「で、でもどっちを信じたらいいの?」

 

生徒も不安げになりつつも、集の友達と仲間の言葉に若干ながらも理解し、何人かは怒鳴るような事をしなくなる。

だが、黄色ロープがいる限り彼等の負の感情は強引に引き上げようとする。

麻紀は上に拳銃を撃ち、生徒達に銃声を聞かせつつ恐怖させる。

 

「…ちょっと、君達黙っててくれないかな?」

 

威嚇射撃で騒ついている生徒達を黙らせた。

ようやっと静かになったところで、黄色ロープが喋る。

 

『いやいや…こりゃあ参った。みんなを向き合うだの、支えるだの、集の心を裏切るだの、終いにゃ人の心が分からないのは貴方達だーって言われる始末だよ。

王子の取り巻きの言葉には溜息がついてしまいますなぁ。

じゃあさ。納得している生徒共に言うけどさ…

 

 

あ ほ く さ

 

 

何で納得した気になってんの?

なーんで、マジになって王子の取り巻き風情の戯言に耳傾けてんの?集の言い分を正当化させる為に、あんな風に君らを勘違いしてるだけなんじゃーねーの。

つーか、集の案が正しいからそのやり方を批判した奴の方がおかしいって言ってるのと一緒でしょ。所詮、根拠のない感情論をいくら言ったってこの現状は変えられないのに。

 

ヴォイドは壊れると、死ぬ。

 

結局、この事実を捻じ曲げることもできない以上、集と仲良くしているが故の言葉であって、みんなにはそうであってほしいって思っているだーけ。

 

はい論破!残念でしたー!

つーかさ、もう何を言ったってこの映像がある限り手遅れなんだよ。

 

あ!それならさ、ヴォイドで捏造かどうか確かめてみる?この映像が捏造だったら、もしかしたらワンチャンあるかもしれないよ。

ただし、逆にこの映像がモノホンだったら、結局生徒達側は自分の生死をそこの貧弱王子に命を委ねないといけねーんだけど?

自信があるならやってみなよ』

 

たった一言、その言葉だけで生徒達の過半数を震え上がらせるのは十分だった。重い空気が漂い、生徒達を恐怖に陥れる。

(あいつ、一体何を…⁉︎)

生徒達の様子が異様なことを竹成がすぐに気がつくが、生徒達に近づいているわけでもなければ、黄色ロープは何も動いていない。

生徒達は息切れしながら、額には汗が流れている。映像という不安要素もあるが、圧力に耐えきれず、どうしたらいいか分からずに悩んでいる生徒達はその場に座り込んで留まるしかできなかった。

 

集が良い人なのは彼と一緒にいた祭達がよく知っている。

導いたことも、彼が本当はみんなの心の支えになってくれたことも。

だが、いくら集のことを公言しても証拠そのものを歪めることは絶対にできない。どんなに調べても、その映像は間違いなく本物なのだ。

こうしてみんなに見せている以上集も、他の生徒達も逃げ場はなかった。

 

「それじゃあこれで話は終わったことだし…君達が無駄死にしないためにも、僕の元に来て欲しい!

こんな残酷な運命から逃れるためにね!」

黄色ロープは悲鳴で嘆き悲しんでいる生徒達の反応を見て楽しみ、麻紀はこの策略によって膨大な戦力がこれで増えると喜んでいる。

女子生徒はもう嫌と悲鳴をあげ、男子生徒は恐怖でガクガクと震えている。

「俺達に死ねってよ!

お、俺は降りるぞ!

こんなところにいたら命がいくつあっても足りないっ…!」

「あ、私もっ!」

「無意味に殺されるなんて絶対に嫌だっ…‼︎」

集まった生徒の中から一人、また一人と体育館に出ようとする。

「あ!僕について行きたい人は体育館から外に出るようにねー!そしたら纏めて転移させるから!」

(まずい…このままだと秩序が崩壊するっ…!)

集が心を鬼にし、力で生徒達を脅す事も可能だ。だが今の集は、生徒達の罵詈雑言で責め立てれたことで心が崩れている。かといってヴォイド抜きで今いる生徒会全員で止めようとしても、数が多過ぎてもう手に負えない。

 

そんな時、竹成はマイクを用意して、体育館にいる人全員が聞こえるように叫ぶ。

 

ーーーー集の代わりに俺が命じる‼

 

︎あの映像を見てヴォイドの力に恐れているのなら…悔いを残す事なくここから立ち去るがいいっ‼︎‼︎

 

生徒は黄色ロープから、竹成へと耳を傾ける。麻紀は竹成がこれ以上言わせないために拳銃を構えるが、黄色ロープが止めていた。

「っ…いいのかい?親友」

『好きにやらせたら』

どちらにせよ何を言っても破滅すると。

 

「…ヴォイドを知って、それを用いる事で色々と便利に事が運んだ。

俺も、そのデメリットを今知った。

 

その上でヴォイドを使う勇気があるというのなら…ここから去らなくても、助かる道はあるっ‼」

耳を傾けてもどうせ嘘なんだろと竹成の言葉を信じてくれる人はそんなにいなかった。

「どうすれば良いか迷っている人も聞いてくれ!ここで無抵抗なまま生き残ったとしても、迫り行くデッドラインで皆殺しにされるだけだ!

 

もし俺達に委ねてくれるのであれば…指示に従って行動してほしい」

 

竹成の話を聞かずにさっさと立ち去ろうとする生徒達は転移されていく。体育館にいた生徒の人数は減ってゆくが、どうすればいいのか路頭に迷っていた生徒の一人が挙手し、その場で発言する。

 

「なら賛同したとして…もし指示通りに動けたとしても最悪失敗したら…その時は死ぬんですか?」

「…必ず成功するかどうか俺には分からない」

 

死ぬとは言わず、かといって絶対成功できるとも言えない。そんな曖昧なことを言っても、生徒の心を変えることはできない事も竹成自身も分かっている。

だがそれが事実なのだ。

成功するかどうかなんて誰にもわからない。

 

「仮にもし…この世界に生きて止まりたいなら…貴方達に僕達の命を賭けなくちゃいけないんですか?」

「…そうだ」

「でも失敗したら…待っているのは死だけですか?」

 

竹成はその質問には何も答えられない。

失敗した先に何が待ち受けているのかも、分からない。

 

「じゃあ…どうせ死ぬなら…どうやって死のうと、命令に背いたって死んだところで…意味なんかないですよね?何をどう頑張ったって、結果が出なかったら無意味じゃないですか⁉︎」

「…その通りだ」

 

竹成は目を瞑り、質問した生徒は絶望の顔をする。やっぱりここに残っても絶望しかなかったと悲しむばかりだった。

 

「先程答えた通り、全く無意味だ。ここにいる生徒達一人一人がどんな夢と希望を持っていようと…死は平等だ。

それは俺も、例外ではない。

ヴォイドが砕かれて死のうが、幸福な人生を遂げて死んでも同じだ。

人は…いずれ死ぬ。

 

なら人生に意味はなかったのか?この世界でお前達が暮らし、生まれた意味さえもなかったのか?

 

デッドラインの殺戮も、ゲノムウィルスで感染して死んだ人達もまた…本当に生きていたことに意味はなかったのか?

 

いいや違う‼︎彼らの死に意味を与えるのはこの世界の生者だっ‼︎あの惨劇で散っていった死者を想うことができるのは‼︎

 

俺達はここで抗い、命を賭けて定められた運命を覆す!それこそが唯一この残酷な世界に抗う方法なのだから!」

 

 

*****

 

麻紀には突拍子もない説得に、呆れることしか出来なかった。命乞いするかのように必死こいて引き止めたほうが幾分かマシに思えるほどに。

 

「ハハッ…アッハハハハっ‼︎なんだいそのくたらない根性論は?そんな安直なことで解決できるんだったら、彼らはこんな場所で頭を抱えたりしないよ?

ほんっと、バッカみたいだ…!竹成、何をしても君はもう詰んでいるんだよ?それにさ…死人を想うだの、残酷な世界に抗うだの…幾ら何でも生徒に重荷を背負わずぎでしょ?

とんでもない演説だよ。

滅茶苦茶で支離滅裂。

要は彼らに向かって、デッドライン突破の為に犠牲になってくれって言ってるようなものだ。断言するよ。

ここにいる生徒達が…こんな戦いに、命を賭けるような馬鹿な真似するわけがない。

 

誰だってそんな重苦しい責任負えるわけないじゃないか?」

 

集達は強いが、この場にいる生徒達は非力だと主張する。重い責任を負いたくない、命を懸けて戦いたくない。死にたくないと嘆いているのに、生きる為に頑張れというのは彼らにとって酷なことだ。

 

「こんな救いようのない世界、どうやったって無理に決まってるでしょ?

 

そして…こういう世界に住む人達にこそ、僕らが効率よく手を差し伸べた方が良いんじゃないのかな?なのに竹成は未だにこの世界をどうにかできると思っている。

 

この世界はもう手遅れなのにね、諦めることは肝心だよ。それが分からないなら、竹成と愉快な仲間達共々死ぬしかないってことさ。

 

本気でこんな歪な世界を救えれると、思ってるの?

別世界を助けた方が幾分かマシだ。

 

まぁこんな場所で死んでくれるのなら、僕は万々歳だ。

 

 

さぁ、話は終わりだ!

そろそろ生徒達に決めてもらおうじゃないか‼︎もう結果は見えてるけどさ!」

 

どちらを信じるかもう目に見えている。このまま自滅してくれることで、麻紀が手を下さなくても竹成達は破滅する。

麻紀は勝利を確信し、竹成達を嘲笑った。

 

*****

 

これだけでは生徒の心には響かず、麻紀の言う通り破滅することのなる。ここに生徒が残っていても、覚悟も決断もできない怯えた生徒達だけだ。

だから、竹成の話はまだ終わっていない。

彼らの心を振るわせる為には、動かせる為には、去ると同時に別の覚悟も必要であることを。

 

「…この生徒の中には家族に、親に、大事な人に会いたい人がいる。その人達にも同じ苦しみを味合わせたいというのであれば、ここから立ち去ればいい。

 

この残酷な世界から逃げるか、それとも立ち向かうか…それは、個人の自由だ」

 

既に、麻紀側につく生徒達もいる。

彼らを引き止めることはできなかったが、今この学校内にいる生徒達だけでも聞かせようとする。

 

「ここに残れと強制はしない。

去ることを引き止めはしない。

この体育館にいる生徒達全員に、問う。

 

俺の言っていることは側から聞いていれば滅茶苦茶だろう、だからこそよく考えて欲しい。どちらを信じるかを」

 

もし終わった時には帰るべき世界も、待ってくれる家族もいなかったら。仮に麻紀に付いて行って生きていたとしても、非力な彼らは大事な人が側にいない孤独に耐えられるだろうか。

そして、それが一部の生徒達を引き止めるきっかけとなった。

 

「それだけは、それだけは駄目だ…」

「私、お母さんに会いたいっ…」

 

真摯に聞いていた人は躊躇っていた。

帰りを待ってくれる人がいる。

演説を聞いても、この生活についていけずに去りたい人もおり、麻紀の船へと転移される。それでも、あの演説で40人がこの体育館を去ることはなかった。

 

『え?マジで?』

「…き、君達は、自分が何をしているのか分かっているのか⁉︎逃れられない死が待ち受けている‼︎なのになんで…なんで、僕のところに来ないんだよっ‼︎‼︎

君達はそんなにも死にたいのか⁉︎」

 

麻紀は驚きながらも、何とかして必死に勧誘しようとする。しかし、彼らはその場から全く動かなかった。

 

「…全て何かの間違いだ。みんな、僕ら所に来ればあんな惨たらしい死を迎えることなく生き残ることができ「…それは生きてるとは言えないんじゃないのかよ」何っ…⁉︎」

 

この世界から麻紀の元に逃げ出すのはいいが、この残酷な世界でも心残りがあるのではないのか。この封鎖された世界で、大事な人に一度でも会いたいのではないのかと。

 

「人間は、損得感情で動くとは限らない…それがこの結果を生んだんだ」

「自分の命すらもか⁉︎」

「それは人による。だが、少なくともここに残っている人は僅かながらの希望を信じてここに残った。

 

人間の感情を軽んじているお前が…その人数を任せられるとは到底思えない。

お前が抱えているその生徒達を…道具のように利用しようと言うのなら、今度は俺に奪い返される覚悟をしておけ」

「な…」

『まぁまぁ、竹成達の作戦が失敗する可能性だってあるんだし。それなりの人数も集めたから、ここは引き上げようかー』

麻紀がまた感情的になり、竹成を殺そうと動くがそれも引き止められる。麻紀側からしたら人数も十分集まり、もうここに残る必要もなかった。だが、

(覚えてろ、竹成っ…!生き残ったら君も殺してやる‼︎)

麻紀は確信した勝利に泥を塗られた。試合には勝ったはずなのに、勝負に負けてしまった。

 

 

*****

 

「集!大丈夫⁉︎」

「ごめん…ごめんなさい…ごめんなさい」

 

集はただひたすらに謝ることしかできない。

心の折れた王様は、ただひたすらに去っていく彼らに頭を下げるしかできなかった。

 

「なんてことをしてくれたんだっ…‼︎」

「集の心はあのロープのせいでズタボロだ。

力ずくでやれば、秩序がなくなってデッドラインどころじゃなくなる。

誰も手を貸さないどころか、内部崩壊する。全員がこの学校から出る可能性だってあった」

 

一方、八尋は竹成が勝手なことをした竹成を責め立ていた。東京脱出もこの人数で可能かどうかも分からない。

 

「おいやめろって…」

「だったら…お前とその仲間がその力でどうにかしてくれるのか?こうなったのはお前達のせいなんだぞ!」

「いい加減にしろ、もうお互いがいがみ合ってる場合じゃねぇだろ」

 

竹成の仲間達が八尋を抑えようとするが、頭に血が上っている彼は仲間に対しても言及する。

みんな、黙り込むことしかできない。

 

「颯太…」

「お前は…麻紀について行っても、良かったんじゃないのか。不満を持っていたのなら尚更…」

魂館颯太

ランクヴォイド制に不満を抱き、馬鹿なことをして祭を命の危機に晒そうとした。それ以降身の程を弁え、言うことを黙って従うしかできなかった。

 

「…俺にだって、心残りはあったんだよ。

この学校で文化祭をやった事も、みんなと一緒に楽しんだ事も忘れたくても忘れられなかった。

 

なぁ集、俺さ…こんなランクの低い俺でも、力になれるかな?」

 

颯太は、集に手を差し伸べる。一度は手を振り払われ、颯太のことをずっと憎んでいた集だったが、生徒を導くのに疲れ、心も弱り切っている。

 

「なぁ、集…握手してくれないか?

馬鹿なことをした俺を、今度は集の言葉を信じる。もう一度、やり直したいんだ」

「もういいよ…僕の言葉なんて…僕は、結局人の気持ちなんて何にも分かってなかった」

 

野次を飛ばされ、これ以上何を言っても徒労に終わってしまうことに。

何をやっても、恨まれると。

「そんなことない「ないことないだろ‼︎僕は…みんなを騙して!人の心を利用して!」何も騙してなんかない‼︎ここに集まっているみんなが、それを証明してるだろ‼︎」

 

いのり達も、祭達も、集が優しいことを知ってついて行っている。たとえ生徒達が集の言葉を信じられなくても、一緒にいてくれた彼らだけはちゃんと信じている。

 

「あの…いのりさんと一緒に部屋に連れていくから、集のことは…」

「また後からにするしかないな…俺の仲間も連れて行け。襲われる可能性もある。

 

 

集、確かに俺達はヴォイドの恐ろしさを知った。

だとしてもみんなが集のことを必要としている。去っていった生徒達の言葉を鵜呑みにする必要なんてない。

ここに残っているみんなは、ヴォイドを使うことを認めてくれたんだ。そして、お前の頑張りのお陰で、この人数を引き止めることができた。

それを忘れないでくれ」

 

集の耳に届いているのかは分からないが、集、祭といのりは竹成の仲間を連れて部屋に戻っていく。残ったメンバーでこれからのことを話し合うこととなった。

 

「…で?結局、これからどうするんだよ」

「人数、結構減っちゃったし…」

 

アルゴが方針について聞く。供奉院は行方不明、生徒も減ってしまった。

今までの体制も生徒達が少なくなった今、もう長続きすればするほど状況は日が経つにつれ悪化する。話をまとめていくうちに状況が芳しくない為にどうすればいいかを少しずつ話し合っていた。

 

「…すまん、ちょっと電話に出る」

竹成の電話からシャドウから連絡がきた。

進捗のことを聞かされたが、竹成は答えづらかった。

人材がいなくなり、支障をきたしたことに。

「シャドウか…すまねぇ。学校の過半数が減っちまった…」

『いや、作戦開始前に何かしらの方法で内部崩壊させてくることは予想していた』

「…なっ、だったらなんで止めてくれなかった⁉︎」

ヴォイドが心で形成されるものだとしたら、壊れたしまったことによる影響も甚大なものではないかと竹成が動いている間に考案していた。

 

『最悪な展開になることも想定済みだった。

人数を大幅に減らされることも、仮にそのことを忠告しても情報の漏洩を止める手段がないことも。

 

こうなることはヴォイドの短所が発覚した時点で、薄々気づいていたんじゃないのか?』

「けどよ…」

『それで、今学校にどれくらいいる?』

「まぁ、40人くらいは…」

 

大幅に減って、返す言葉もないと悔しがっていたが、シャドウは残念がることも、叱ることもなかった。

 

『十分だ。作戦については、私の指示で行動してもらう。まず、君の案を渡してもらうが…それでいいな?』

「な、たったの40人でか…?それに仮にもし連絡手段を潰されてしまったら。能力も制限されることだっ『いいや、その策も既に用意できている』なんだと⁉︎」

『人数がこれだけ揃っているのなら条件はクリアしたも同然。貴方の演説で引き止めたこと、決して無駄ではなかった』

 

あれだけのことを明かされても一クラス分の大人数に留めてくれただけで助かっていた。

電話越しにシャドウこと、ルルーシュは笑みを浮かぶ。この絶望的な状況を打破できる秘策があることを。


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