IF 〜ルナティック店長と雁夜おじさん〜(一時凍結) 作:気宇
※ただし救済対象には自分も入ってる。
ーーー青年は絶望した。
失望した。この穢れた皇族に、扇動される烏合の民衆に。否、世界に。神に。
さる信頼する貴族により密告された、シャルル七世による自身と救国の聖女ジャンヌ・ダルクの暗殺。彼らはあろう事か都合の悪い存在となった二人を亡き者とし、敵国と和平を結ぼうと画策していた。それだけに非ず。事実無根の虚言を大衆に撒き散らし、彼らに味方する者を無くす術まで思案していた。
青年は絶望した。自身に期待する民衆の為に、貴族の為に、皇族の為に。今まで傷付き傷付き、倒れ伏せても再起して来た。それがまさか、その結末が虚偽による屈辱の死とは。
ーーーこれも神の試練なのか?
否、否、否。これは人の醜悪なる欲望なり。その犠牲がこの身ならば青年も憤怒と絶望に身を委ねる事は無かった。元よりこの身はあの日以来空白の物。生殺与奪を国に預けている物。今更、国に殺されるなど名誉だ。
許容出来ないのは彼女への仕打ち。救国の聖女なる大層な物に祭り上げておいて、不都合が発生すれば裏切りの魔女として消すだと?醜悪もここまで増長すれば一種の芸術だ。彼女の夢を自分達の都合に利用しておいて、その報酬は死と言う永遠の闇なのか。馬鹿なーーー。
青年は最後の再起を果たした。しかしその双眼には、最早神への忠誠も理想への渇望も無い。只々、復讐。その黒に染められていた。
青年は嘗て封じた黒魔術を蘇らせた。あまりにも残虐過ぎるそれは、正義感に燃えていた当時では忌避すべき代物だったが、まさか今になってこれ程役に立つ日が来ようとは思わなかった。
青年は女子供、上流階級平民の境無く襲った。人知れず、誰にも分からせず、闇に溶け血を奪った。自由を奪った。
終局、ついに彼らの命の灯火と生の希望、その血肉を生贄とする事により、ついに彼は神代の悪魔の召喚成功にまで至ってしまった。異形のソレを見て、青年は酷く純粋な笑声を上げた。狂う程笑い、嗤い、微笑い続けた。
「ーーー行くぞ第八柱。鉄血の盟約により、フランスを死の国に。成功の暁には全ての命を貴様らへ供物として捧げよう」
運命とは非常に皮肉に満ちた脚本である。今にも崩れ落ちそうな曇天の空の下、悪魔を率いた彼の前に立ち塞がったのは、彼女であった。尊いユメを抱き、誰よりも平和に焦がれ、そして祖国の為に余生を捨てた、彼の半身とも呼べる女。彼女の背後には二人の元帥と、嘗て先導し背を押した兵達。彼は身を以て、この身が悪だと言う事を実感した。まさか、真っ先に討つ敵が元・仲間だとな。
女は問う。どうしてそうなってしまったのかと。
男は答える。全てはフランスが原因だと。
女は問う。正しき貴方に戻る事は出来ないのかと。
男は答える。それは叶わぬ理想だと。
女は叫ぶ。
「どうして貴方が……、私の隣にいた貴方が!私の前に立っているのですか‼︎」
男は無情に答える。
「ーーーそれはな、ジャンヌ。答えを見たからなんだ」
女は悟った。自分が勝利しない限り、彼は元に戻る事は無い。
男は悟った。ここで女さえも殺す事が、彼女の最善の死となる事を。
故に二人は、互いの剣を抜く。それは決別を意味する行為。
互いに軍団と加護をぶつけ合う死闘は三日三晩続いた。兵達は悪魔に殺され、悪魔達は神の加護を得た兵達に殺され。互いに兵力の八割を
失った刻、決着は訪れる。
聖女の剣が黒魔術師の腹を貫き、黒魔術師の剣が聖女の腹を貫いた。交差する様に二人は倒れ伏せる。
相討ち。互いの余命は、後一分程度ーーー。
「ねえ……、ミラ」
女が静かに口を開く。声は苦痛に震え、今にも消えてしまいそうな、そんな脆弱な形に満ちていた。
「なんだ……、ジャンヌ・ダルク……」
「私達、仲直り出来ますよね……?」
何を馬鹿な。男は女の希望を一蹴してやりたかったが、心象の奥に封じ込めた何かがふつふつと湧き上がる。
「両方がそうしたいって思えば……。ッ、!出来るんじゃ無いか……?」
「……私は仲直りしたい、です…」
「奇遇だな、あぁ……」
女は男に手を伸ばす。男はその手を、拒む事はしなかった。何と都合のいい事だろうか。今更になって、彼女が恋しくなったのか。見下げ果てるぞ、ミラ・レクトリフ。己自身よ。
ーーーいや、ああそうか。そう言えば第八柱には、友情を回復する善の力があったな。
幼き日の頃と同じ様に、手を繋いだ二人はそのまま息絶えた。ただ一人、後に遺された元帥は、泣き叫び狂う事しか出来なかった。
ーーー歪んだ愛は未だに叫ぶ。解放した殺意は未だに地を這う。そして彼の狂瀾は、可笑しな事に、再び現世に足をつける。
ーーーーーー
ーーーー
ーー
ーーー雁夜は激怒した。
必ず彼の邪智暴虐蟲を除き、増長した魔術師に鉄血の拳を打ち込まなければならぬと決意した。
雁夜は元を辿れば魔術師だった。否、魔術師になるはずだった。しかし彼は、魔術師が忌避する平凡な感性を宿して生まれて来た彼は、魔術師の矜持に理解を示す事が出来なかった。それどころか、彼の生家"間桐家"は蟲を扱い、人を喰らう醜悪な家である。その特性が雁夜の魔術に対する嫌悪を増幅させ、ついには出奔させるにまで至らしめた。
雁夜には初恋の女性がいた。彼女はとても淑女的な雰囲気を纏っていた。意を決して想いを伝えようとするも、仮にそれが実れば美しい彼女を醜悪な蟲蔵に放り込む羽目になる。それに彼のライバルの様な男の告白を受け笑顔の彼女を見て、雁夜は身を引いた。そしてその男が彼女を幸せにしてくれると、魔術師であるその男を信じ、彼は消えた。
結果はどうだろうか。久方振りに再会した彼女曰く、実子を二人設けたらしい。めでたい事だ。しかし特異な才能を持って生まれた二人は、在ろう事か引き裂かれてしまった。魔術師の性に、傲慢さに、我儘に、彼女達は犠牲となったのだ。しかしその一旦を雁夜も担っている。彼はそれをきちんと理解していた。
雁夜は恥じた。己の都合で蟲の毒牙にかかってしまった少女がいる現実を。己の我儘で幸せな一家が割かれかけている事を。そして元凶である、魔術師達と少女の親のあの男に憤怒を抱いた。何故よりにもよってこの家なのだ。貴様の目は節穴なのか。そうか、そこまでして根源に至りたいか。
特異な才能を持つ魔術師、あるいは魔術使いは、その希少性が協会に目をつけられれば、たちまちに保護という名の幽閉に置かれる。更に幽閉とは聞こえがよく、実態はホルマリン漬けの世紀末まで研究解剖。既にいくつの魔術師がそこに閉ざされたか。
夫婦の子は長女は万能の希少を、次女は特異希少を、それぞれが持っていた。どちらとも名門の保護下に置かなければ協会によって連れ去られる可能性がある。それは魔術師としても、親としても、避けるべき未来。
それはともかくだ。次女を養子に出した男の判断は正しい。賞賛すべき事だ。しかし問題はその養子先が間桐家と言う現実。嗚呼、無知とはここまで恐ろしい物なのか。
間桐の者の妻になった女は、蟲蔵に放り込まれ、その属性を間桐の水に改竄される。その間女はありとあらゆる屈辱と苦痛を味わう事になる。古くからの付き合いがあるとは言え、あくまで他人の遠坂がその事実を知らないのは当然だが、何故そうしたのだ。貴様達には分家の者が海外にいるだろう。つまらない因縁でそこを頼らなかったのか。それとも、"聖杯"を知る間桐が根源に尤も近いからと、つまらないどころか憐れみすら感じる目的で預けたのか。ならば男は断罪されるべきだ。
雁夜は決意した。家を支配する蟲の吸血鬼を殺し、何としてでも少女にもう一度笑顔を。
「――――告げる。
汝の身は我が下に、我が命運は汝の剣に。
聖杯の寄るべに従い、この意、この理に従うならば応えよ」
肉の下の蟲共が蠢く。魔術師では無い雁夜には当然だが魔術回路が開いていない。ではいかにして魔力を手に入れるか。
答えは蟲にあり。刻印蟲、体内の肉を喰らう代わりに、埋め込んでいる者の擬似魔術回路として機能する醜悪なる蟲共。そう、雁夜はあれ程忌避していた蟲に己を染めたのだ。それを実行する程、いまの雁夜の決意は固い。私怨このあれど、少女を救いたい気持ちは本物なのだ。
「誓いを此処に。
我は常世総ての善と成る者、
我は……常世総ての悪を敷く者……!」
必死に詠唱を続けるが、正直今にも意識が那由多の彼方に葬られてしまいそうな不安定さがある。何と言う激痛、何と言う苦痛。いいやそれでも、それでもーーー!
「されど汝はその眼を混沌に曇らせ侍るべし。汝、狂乱の檻に囚われし者。我はその鎖を手繰る者――!」
いよいよ召喚陣に紫電が奔る。後少しで全ての工程は凌駕されるだろう。持てこの身よ。まだ倒れる訳にはいかぬ。
「汝三大の言霊を纏う七天、
抑止の輪より来たれ、天秤の守り手よ―――!」
今にも死に絶えてしまいそうな雁夜の肌に、雷の様な鋭さを持つ何かが奔った。
サーヴァント・バーサーカーの召喚。生粋の魔術師では無い雁夜と他の陣営の差を埋める為の苦肉の策だが、その実、彼の父である間桐臓硯は少しも雁夜に勝機を見出していない。寧ろ魔力消費の激しいバーサーカーを雁夜に与え、彼の苦しむ様で退屈凌ぎてもしようかと思案していたのである。無論雁夜も薄々それは理解していたが、戦力差は当然付随しているので、死を覚悟にバーサーカーの召喚を承諾した。
それはまさに人智を超えたモノ。視界が霞み、意識さえも不確定な雁夜でも感じ取れる程、呼び出したバーサーカーの威圧は驚異的な物だった。
「よかっ、…た……。これで桜ちゃんを……、助け…」
雁夜は無事召喚に成功した事に安堵しつつ、そこからなる"緩み"により光から手を離した。最後に、言葉にならない言葉を残して。
深淵の闇に溺れ行く中、雁夜は男の足音と、憎むべき臓硯の断末魔を、聞き逃す事はしなかった。
ーーーーーーー
「ーーーハ、サーヴァントに治療して貰うマスターって何だよ。駄目駄目じゃねえか。しかしここでマスターに死なれて貰っても後味が悪い
そう言い切った男は、目の前に倒れ伏せている雁夜の背に手を添える。接続されたパスから流れる魔力ははっきり言って上質とは呼べず、寧ろ粗悪な姑息の風味を孕んでいる模造品に近しい。正直、この魔力で生かされている事が腹立たしいのだ。
ちらりと右手の中指に目をやる。ーー僥倖、まさに欲していた代物がそこに嵌っていた。美しい蒼銀の指輪。
恍惚の笑みを浮かべ、左手でその縁をやさしく撫でてやる。刹那、紫電を伴い、そこから魔力が泉の様に溢れ出した。
転がっている蟲の遺骸に目をやる。見た目の割には中々上質の素材ーーーと判断した男は、さっさとその四肢を解体した。
「生贄は……この蟲の残骸で良いか。割と良い血が採れるし。
堕落。知らずの内に人間を辞めさせられた現実を、雁夜はまだ知らない。