IF 〜ルナティック店長と雁夜おじさん〜(一時凍結) 作:気宇
突然ですが、本作を一時的に凍結する事に致しました。現在の世界情勢から判断するとオリ鯖であるダーク店長の設定で更新を続けるには少々無神経だろうと思った次第であります。続きは後書きにて。
「ぁ……」
暗く染まった意識の先に、字面通り一筋の光を見る。未だに混沌の中に堕ちている中、雁夜は必死にそこへ至ろうと手を伸ばした。何者かがこの身を引く感覚に襲われるが、それでも雁夜は手を伸ばす。それはやがて、ベッドの上に寝かされている現実の雁夜の肉体にも反映された。
「よいしょっと」
ぐいっと身体を引き起こされる。その勢いに乗せられ、雁夜の意識は急激に夢のなかよりサルベージされた。精神が再稼動した事により、やがて肉体なり感覚器官の活動も百パーセントの状態に向かって行く。まるで靄がかかっていたかの様に不安定で不確定だった思考回路も、純然とした状態に復活した。そこで雁夜は見知らぬ男がこの手を引いた事を認識する。
「お前は……?」
「オレか?お前が召喚したサーヴァントだよ、マスター」
雁夜の中で何かがズレ無くはまった。そうだ、昨晩命懸けでサーヴァントを召喚したでは無いか。
ハッとした雁夜はサーヴァントを名乗る男をまじまじと見つめる。自分と同じく、白に染まった髪。整った顔立ちに、適度に鍛えられた肉体。現代人のそれを比較しても違和感など無い、出処不明のTシャツとジーンズ。そして一際目に付く、右手中指の指輪。それでいて、この肌を奔る一種の緊張。間違い無い、この男はサーヴァント、神秘の塊だ。
いや待て、雁夜の中で何か違和感が湧き上がる。何か大切な事を無視している様な。もう一度雁夜は彼の顔から胴、つま先までを腕を組みながら観察する。
ーーーそうだ、何故このサーヴァントは理性的な面持ちをしている……?
理解、それは世界を広げるキッカケ。雁夜の中であらゆる疑問と違和感が整理され、分別され、やがて訪ねたい事を形容する一文を自動生成する。
「お前、本当にバーサーカーか…?」
バーサーカー、つまり狂戦士。余程狂化のランクが低くない限り、彼等が言語を操る事は無い。狂化の弊害すら撥ね除けるほどの鋼鉄の精神を持つのならば話は別だがーーー召喚したサーヴァントの伝承から思考すれば、どちらかと言えば彼は本能の咆哮に身を委ねる型の英霊。
まさか別の英霊が召喚されたかーーー?
否、雁夜は微塵の可能性を否定する。あの触媒に由縁があるのは彼のみ。そもそも一つの触媒が複数の英霊と繋がっているなど、トロイア城門かブリテンの円卓でも無い限り、到底可笑しな話だ。つまり、このサーヴァントは狙った彼に違い無い。
ではそれを含めて、何故彼は喋られる?駄目だ、いくら思考しても分から無い。雁夜は小さく息を吐き出した後、目の前に佇むバーサーカーらしき男へその疑問を投げた。
「あー、マスターは一つ勘違いしてるぜ。そもそもオレはバーサーカー……いや、基本のセブンクラスじゃあ呼べないピーキーサーヴァントだ」
「……は?」
「つまり、オレはエクストラクラス出身って訳。
男、バーサーカー改めブラックメイジは、そう告げると小さく微笑んだ。
ーーーーーー
「つまりーーーお前は聖杯にかける望みは無いと」
「ああ。俺の願いは桜ちゃん……ウチに養子に出された子をその子の母親と姉の下に返す事だ。別に根源に至りたい訳でも金も名誉も欲しく無い」
驚いた。メイジは素直にそう呟いた。聖杯戦争に参加する魔術師である以上は「根源に至りたい」などと言うくだらない望みを抱えている者だろうと思っていたが、どうやらこのマスターはその類では無いらしい。では金が欲しいのかと言えば、そうでも無い。そう、彼の願いを定義するなら「生き残る事」。
メイジは舌舐めずりをする。まさかこれ程共感を持てるマスターだとは思いもよらなかった。昨晩蟲蔵で死にかけていたあの男とはまるで別人の逞しさと鋼鉄精神を感じる。
良いだろう、合格だ。
「オーライ、了解した。女の為に戦う男なんざ、オレの同類だ。滅茶苦茶仲間意識を感じるぜマスター。我が名はミラ・レクトリフ。最低最悪、歴史上類を見ない程の裏切りの反英雄だ。こんなバッドな奴で良ければ地獄まで付き合うぜ?」
「地獄に行くなら可愛い女の子と一緒が良い。野郎となんざ行きたく無いな」
「ーーーハッ!言えてるなマスター!」
ケラケラと笑うメイジを見て、雁夜の表情筋も自然も緩む。あの蟲爺から「悪の権化」とまで評されていたメイジだが、話してみると意外と気さくな奴で雁夜も好感を持てた。決意こそあれど自身の無かった雁夜だが、少しずつそれさえもが芽生えて来た。
「……っあ!おいメイジ、ジジィは⁉︎」
「ジジィ?あの蟲蔵にいたあいつか?魂戴いたけど」
へ?と雁夜は間抜けな声を漏らした。ここに来てまた自身の理解範疇を超えた出来事に遭遇した雁夜の脳は、もう一度パンクする。その光景を見たメイジはポンと手を叩き、彼に分かりやすく説明しようと決めた。
「いやな、どう考えても負の奴だし、気持ち悪いし喰っちまった。問題あるなら元に戻すけど」
「いや、そのままで良い。寧ろそうしてくれ。そしてよくやったメイジ」
今度はメイジの方が理解出来なかったが、どうやら先刻の自分の行動は正解らしい。
そうだ、先程の魂喰いのワードでメイジは大事な事を思い出した。
「ああマスター、お前さっき死にかけてたろ?」
「まあな。都合みたいな物だ」
「いや、それだとオレが困る。つぅ訳でマスターの肉体弄って改造しちまったぜ」
ーーー何だって?
いやこの際メイジの破天荒振りには目を瞑ろう。そもそも出会い頭に、彼の視点から味方の可能性があった蟲爺を喰らう時点で何が何だかだ。
問題はその先。何をどう改造したのかが気になってしまう。
「ん?いやな、マスターの身体はハッキリ言って脆弱極り無い。て事で取り出したのがこの指輪。簡単に言うとマスターの魂に低級悪魔融合して別の生命体に昇華させちゃいました。てへ」
「ぬぁ⁉︎お、俺が悪魔……?」
「悪魔と人間のハーフだな。凄いぜマスター、筋力Cのサーヴァントとならボクシング張れるし、魔術回路は驚きの3桁越えさ。あ、固有結界は元々悪魔や精霊の物だからもしかすると使えるかも知れないぜ?。そうそう安心しろ、融合したのは空想悪魔の方だ。人格が塗り潰されると言う事は無い」
益々意味が分から無い。悪魔と融合した?その様な事が可能なのか?いや確かに、ミラ・レクトリフの伝承の中には悪魔を使役したと言う項もあちこちの文献で見られるが、今回の事例は悪魔使役どころかまるで薬の様に扱っている。にわかには信じる事が出来ない。黒魔術を極めても精々、最上級の悪魔の召喚で終幕だ。
そう言えば先程からすこぶる体調が良い。肉の中を這っていた蟲共の感覚も今は存在しない。呼吸をすれば体内で魔力が迸る。
そもそもかれが発言した空想悪魔とは何なのか。黒魔術など触れた事すら無い雁夜にはそこからが疑問点だ。敗北感を感じつつも、雁夜は恐る恐るその意味を訪ねる。するときメイジは軽く笑い、その疑問を尤もな物だと雁夜を肯定した。
「では講義を始めよう……と前に、ドアの前に人気を感じるが?」
メイジに指摘された雁夜は立ち上がり、ドアノブに手をかける。既にそこにいる者の正体には見当がついていた。いや、彼女しかいない。扉が開くと、まだ幼い一人の少女が顔を見せた。
「おじさん楽しそう……。何してるの?」
「おはよう桜ちゃん。あいつ、メイジと話してたんだ?」
「おっす!オラメイジ。いっちょやってみっかあ」
ひょうきんな声を出したメイジに雁夜は思わずツボを突かれ、込み上げて来た空気が気管に詰まりむせた。
メイジは雁夜の背を勢い良く叩いた後、背を低くし桜と視線の高さを合わせる。ーーーふむ。成る程。
「君が桜ちゃんだね。マスターと被るから桜と呼ばせて貰うよ。桜、魔術の知識はあるか?」
こくりと頷いた桜に、メイジは柔和を纏う優しい笑みを見せる。彼女の手を引き、雁夜の寝ていたベッドに座らせた後、雁夜自身もベッドへ放逐する。
「レディースアーンド、ジェントルメーン。これよりブラックメイジによる楽しい楽しい召喚儀式を執り行いたいと思います」
「何するつもりだ?」
「いや、桜を楽しませてやろうと思ってな。ああ桜、悪魔って知ってるか?」
「名前ぐらいは……」
メイジはどこからかホワイトボードとペンを取り出し、手早く簡略化されたイラストをそこに描く。上部には大きく「メイジによる楽しい楽しい悪魔講座」と書かれていた。雁夜はこれから起こる事の予報が付かないのか、眉間に皺を寄せる。
「ではまず、悪魔には二種類のタイプがあります。ヒトの夢や悪心から生まれる"空想悪魔"。主に低級悪魔はこれだな。次に元々そこに生まれた"真性悪魔"。最上級の悪魔は全てこいつらだ」
「メイジ、もっと分かりやすく」
「了解っ。要は妄想から生まれたかそうで無いか」
分かりやすく、とは言ったものの大雑把過ぎる説明に面食らいつつも、隣に座る桜が真剣な表情をしている事から、彼女も理解が追い付いているのだろう。メイジに目配りをし、次の催促をする。
「では問題。桜、真性悪魔の中には何がいると思う?」
「えーと、えと……。分からないです」
「仕方無いな。考えようと言う姿勢はグッドだ。マスター、答えろ」
「はぁ?そんな事急に言われて……ああ、サタンとか?」
「グッド。奴は元々神の使いだが、神に反逆する事により地獄に堕とされ堕天した奴だ。それでも、元より生まれた者だから真性悪魔になる。さて、基礎知識はここまでにして」
もう一枚別のホワイトボードを取り出す。変わらずの速記で説明用の板書を記入した後、メイジは急いで部屋から飛び出で階段を駆け下りた。待つ事2分、彼の右手にはスーパーで売っている鶏肉がラップに包まれ握られていた。
「ネクストだ。桜、低級悪魔と上級悪魔、どっちが召喚しやすいと思う?」
「えーと……低級の方?」
「悪いな、不正解だ。正解は上級の方。低級の場合自我が薄いんだ。"これをしたい"何て物が無い。あいつらは定められた悪魔としての行動を繰り返すだけなんだが……」
「その点上級は自我が強いから接触しやすい……とか?」
「ベリーグッド!」
「つまり……賢い悪魔は呼びやすいの?」
「ファンタスティック‼︎頭が良いな桜は!よし、ご褒美に友達を紹介してやろう」
鶏肉を自身の足元に置いた後、メイジは指輪に魔力を通す。それを起点にフローリングに赤黒の陣が描かれ、部屋の中からは明かりが消失する。紫電、赤雷……5色の雷が空間を演出し、そこには妖しさのみが満ちる。雁夜と桜は未だ見ぬ物への好奇心から、メイジに視線を食らい付かせ、起こりうる奇跡に思いを馳せる。
執り行うは悪魔召喚。呼び出すのは悪魔の中でおそらく最上級の知名度を誇るであろう、ソロモン72柱の中の一体。一番容姿のショックが無い、あのフクロウ。
この一連の、一見無意味に見える講義にも、実はメイジには狙いがあった。一目見て桜の現状を看破したメイジは何とか彼女の心を溶かす為に、おそらく経験していないであろう出来事に触れさせる事を実行した。それがこの悪魔召喚。
しかし唐突に悪魔召喚をすると言っても本人からすれば意味と意図が不明だろう。そこで講義と言うエサを桜に撒き、食い付かせてみたのだ。結果は上々。
「ーーー告げる。我が名は鉄血の盟約に従う物。汝らは我が盟約に応える者」
不気味な音を唸らせ、満ちるマナが自壊を始める。その不快な感覚は雁夜と桜にも十分伝わった。それが意味するのは、これから起きるのは逆転の奇跡。悪の属性に満ちる物。
「盟約の指輪により、言葉の供物を棄却する。
悪魔と言えば、虫の羽が付いていたり全身から触手が生えていたりと、所謂"怖い"容姿を連想するだろう。事実雁夜と桜も一体どの様な化け物が呼び出されるのか、と興奮と不安の入り混じった複雑な感情を抱えている。
しかし次の瞬間、魔力によって敷かれた道を歩き、召喚陣と言う門をくぐって来たのは、彼らが想像していたソレらとまるで正反対のーーーそう、可愛らしいフクロウだった。
「ホー、何か用かホー?」
「よく来たストラス。紹介するぜマスター、桜。こいつの名前はストラス。ソロモン72柱序列36位、26の軍団を指揮する大君主だ。可愛いだろ?」
「ソロモン72柱……だって⁉︎」
「可愛い…!」
雁夜の驚愕など露知らず、桜は召喚陣の上で毛繕いをしている大きめのフクロウに駆け寄り、その羽を興味深そうに観察した。
雁夜はようやく、自身が召喚したサーヴァントの真価を想起した。
西暦後唯一、完全なる悪魔の召喚に成功した男。それがこの男ミラ・レクトリフが真なる英雄達と並び得るに足りる要素。
雁夜の思考を読み取ったのか、メイジは彼へ顔を向けると、おそらく本来の物であろう無垢なる笑みを見せた。
やはり第八柱の召喚の為にダーク店長が行った当時のフランス国民の虐殺と言う設定は、先日の痛ましい事件の脅威に晒された現在では不適切だと私は判断致しました。
一介の二次創作物とその作者が何を偉そうにと思われるかも知れません。それでもご理解を頂けたら幸いです。