艦娘の世紀 第一集「物語の始まり」
●河内基世NKHアナウンサー
「みなさん、こんばんは。あの第三次世界大戦よりすでに四半世紀の時が流れました。その戦禍の傷跡も、記憶も、遠い歴史のかなたへと忘却されつつあります。しかし、そのことは良いのかどうか議論があります。今回、
(肩書は取材時の最終的な階級・役職を使用しました。数名はその後の役職・階級も表示しています。)
~漂着~
●西浦篤余市警備府司令官
「当時私は、北海道の札幌市郊外で療養中でした。それまでの市ヶ谷の国防省勤務で体調を崩し、休職していたのです。あれは、確か5月16日だったと思います。私の静養先に北海道警察本部の担当者が駆け込んできました。」
●北海道警察本部幹部
「余市の海岸に、数百名の女性が文字通り漂着しているとの連絡が地元の駐在所からありました。そりゃあ驚きましたよ。深海棲艦との戦争が続いているなかで、正体不明の、それこそ艦娘なのか深海棲艦なのか、大陸からの難民なのかわからない連中が漂着したのですから。完全装備の機動隊に、知事から派遣要請を出してもらって災害派遣の名目で陸上自衛軍を出してもらう手筈になりました。ただ、海上自衛軍関係者も必要との判断がありましたので、道庁にあいさつに来ていた際に面識のあった西浦さんに協力を依頼したのです。」
●西浦篤余市警備府司令官
「道警幹部が駆け込んできたときのことは、今でも鮮明に覚えています。車が来る音がしたので外に出ると、大慌てで警察の制服を着た男性がかけてきたのです。「西浦中将閣下。海軍関係で重大な事案が生じました。至急道庁までお越しください。」とね。その表情は、切迫感にあふれていましたので、深海棲艦がついに上陸作戦を開始したのかと覚悟を決めました。」
●天海武夫国防大臣
「当時、我が国と深海棲艦との戦闘は一進一退、悪く言うとこう着状態と言っても過言ではない状態でした。一番国防省内で危惧されていたことは、深海棲艦が本土への上陸作戦を開始するというものです。北海道庁からの緊急連絡を受けて、私が最初に懸念したのは、その点でした。」
陸上自衛軍真駒内駐屯地
「早くしろ!」
「乗車!」
出動命令を受けた、陸上自衛軍普通科連隊のうち、約1,000名と同地に駐在していた北海道警察機動隊200名が、連絡を受けた余市町の海岸に向けて出発したのは、連絡を受けた2時間後のことでした。
●河内基世NKHアナウンサー
「実際、連絡を受けてから2時間で対応行動に出たのは、事前の準備があったと当時から言われておりました。ですが今回、NKHの取材で明らかになったのは、その対応計画は艦娘の漂着を想定したものではなく、深海棲艦の上陸を想定したものだったということです。」
●新見政三統合軍幕僚長
「先発した一個普通科連隊はまぁ、実質1個大隊戦闘団相当です。もし、深海棲艦の着上陸作戦が発生している場合には、斥候部隊として一撃を加える計画でした。」
●北海道警察本部幹部
「この件に関して、最初に連絡を入れたのは余市町の地元住民です。沿岸部に数百名の人が漂着した、というものです。その際、私の脳裏によぎったのは、この戦争発生当時のことです。深海棲艦の攻撃を受けた大陸からの難民がオホーツク海沿岸各地に漂着したあの件です。その際のマニュアルを部下に指示して引っ張り出させました。」
余市町沿岸
「ああ、海軍の西浦中将ですね!小官は陸軍北部方面総監部第11師団の小山内であります。」
「状況は?」
沿岸に漂着された女性たちが毛布に包まれてトラックに乗せられている。
海岸は陸軍の迷彩服を着た兵隊に警察の濃紺の制服を着た機動隊が漂着した女性の介抱をしている。私は険しい表情を浮かべてその様子を眺めた。
「小山内大佐!彼女たちの収容先は?」
「余市町の総合体育館になりました!」
「見た限りでは数百名はいるだろうが、収容できるのか?!」
「ええ!仮設テントも設営します。」
「良いですね、間違っても彼女たちに銃口を向けないでくださいよ!見た限り深海棲艦ではないのですからね!」
「承知しました!」
その時、私に駆け寄ってくる濃紺の制服を着た男が見えた。
「西浦中将!北海道庁から連絡です。」
「貴官は!?」
「北海道警察本部機動隊の山内であります。」
「避難所の警備をするのは道警ですよね!良いですか、間違っても敵意は向けないでくださいね!」
●西浦篤余市警備府司令官
「その時に最優先に考えたのは、彼女たちの保護、ということです。つまり、あの段階では艦娘なのか、深海棲艦なのか、難民なのか、まったくもって分かりませんでした。艤装すらなかったのですから。ですが、深海棲艦の姿はしておらず、艤装もしていない。これは難民だと判断しました。」
●しらね級護衛艦娘“しらね”
「それは吃驚しました。太平洋沿岸を母港に向けて航行中にいきなり、人間の女性の姿で海岸に打ち上げられていたのですから。何が起こったのか、全く分かりませんでした。自分が、5000トン級の黒鋼の艦から、20歳前半ぐらい女性になったのです。全く持って、意味が分かりませんでした。」
●しらね級護衛艦娘“くらま”
「私が事態を認識して、まずしたのは当然周囲の確認です。見渡す限り女性が倒れていました。最終的には500名になったわけですが。最初に確認できたのは、しらね姉さんが隣にいたことです。それは・・・驚きました。すでに退役していた姉さんだったのですから。」
●キティホーク級航空母艦娘“キティホーク”
「自分の姿を確認して、三重の意味で驚きました。まず、自分が女性の姿をしていて、50年代の若い女性のような服装をしていたこと。次に、なぜかどこかの海岸に漂着していたこと。最後に、すでに退役していた自分がなぜか最盛期に近い艤装があると認識できたことです。ただ、それはすぐには展開できませんでした。周りを確認すると、自分と同じような服装をした女性を数名確認しました。それも不思議なことに、私にとって親戚にあたるフォレスタル級航空母艦“フォレスタル”そして、自分の妹の“J・F・K”。さらにはインディ姉さんにミディ姉さん、さらにはエンターなどがいるのが分かりました。」
●小山内知行陸軍大佐(のち、特殊作戦部隊司令官)
「初動段階で非常に良かったのは、彼女たちも戸惑っていたことです。のちに分かったことですが彼女たちは元の所属国籍同士で漂着地点に固まっていたとのことです。それが、communicationがスムーズに進んだ原因かもしれません。また、アメリカ艦娘の多くが日本語を理解し、日本語がわからない他国の艦娘に通訳してもらったのも、混乱が起こらなかった原因かもしれません。」
余市町総合体育館
「みなさん!まずは温かい飲み物を用意しました。スープも、軽食もあります!まずは落ち着いてください!」
彼女たちの身元の確認は優先事項でしたが、より優先するべきは、彼女たちをまず落ち着かせることでした。落ち着けば、自然に話をするだろうとの考えもありましたが、実際、にあったのは、自暴自棄になって何をするのかわからないという恐怖感からでした。
●小山内知行陸軍大佐
「大変でした。彼女たちが話している言葉で、日本語以外には英語とロシア語があるのは分かりましたが、さらにはフランス語らしき言語やオランダ語らしき言語まで聞こえてくるのです。急いで北海道全域に駐屯している陸軍全体から分かる人間をこっちに送り込む必要がありました。」
●西浦篤余市警備府司令官
「私が道庁に駆け付けた時には、すでに対策室が設置されていました。報道発表前だったので、極秘に、ですが。中にいたのは、知事・総務部長・危機管理部長・道警本部本部長・道警警備部部長とそのスタッフたち。突然の事態に、慌てているようでした。」
●町村善五北海道知事
「連絡が入った際に、一瞬頭の中が真っ白になったのを今でも覚えています。本当に深海棲艦の上陸が起こったのかと思って、死を覚悟しました。ただ、正確な情報がなければなにもできません。急いで道庁に駆け付けました。」
●北海道道庁危機管理部長
「詳細が明らかになるにつれて、事態が混迷を深めることがはっきりわかってきました。まず、当時は道内に海軍基地がなかったため、海軍関係者がいませんでした。ただ、たまたま療養入りする前に道庁にあいさつに来た西浦中将を思い出して、至急現場を確認してもらいました。その西浦中将が対策室に入ってきて、開口一番発した言葉を忘れません。「知事、彼女たちは深海棲艦ではありませんでした。難民か、艦娘です。まずは法務省と警察庁に連絡して、難民保護法の適用を視野にことを進めましょう。」と。この発言にはみな驚きました。」
●西浦篤余市警備府司令官
「海域での発見であれ、建造と呼ばれる出会いであれ、艦娘と出会えるのは限られた状況においてのみです。海岸への漂着という事態それまではありませんでした。なので、まず脳裏によぎったのは難民であるということです。ですが同時に、艦娘であった場合の対応に関しても考える必要がありました。そのような状況であれば、何か特殊な要因があるとしか考えられません。なので、その要因がわかるまで余計な周りの声を遮るためにも、難民保護法の適用を道知事に進言しました。」
●杉田一継陸軍北部方面総監部副総監
「私が道庁の対策室に入った時にはすでに、西浦さんがこの事態のアドバイザーで加わっていることを知っていました。西浦さんと私は旧知の中で、静養先にもよく訪ねていきましたので、あの時のアドバイザーには道庁的にも、陸軍としては最適でした。」
北海道庁対策室
「ああ、杉田さん。今回はどうも。」
「西浦さん、体調はどうですか?」
彼の体調はあまり良くないことを知っていたので、私は今回の事態に彼が引きずり出されたことについて心配でした。
「まぁ、そんなことを言っている事態ではありませんしね。陸軍の派遣、ありがとうございます。助かりました。」
「いえいえ。西浦さん、今回、知事に難民保護法の適用を要請したとか。理由はなんですか?」
私は自分の意見を杉田さんに話しました。杉田さんも私の考えに賛同したようで、真駒内の総監部に大至急連絡をしました。
●中園祐海軍幕僚長
「道庁にいた西浦中将からの連絡で、海軍幕僚監部は大混乱に陥りました。深海棲艦の上陸作戦となれば本土決戦になってしまいますし、艦娘であれば前代未聞の事態です。ただ、艦娘なのか、難民の上陸なのかその段階では判断がつかないためしばらくは様子を見るべきだ。そのための支援策としての難民保護法の適用を道知事に意見具申した。これでは軍だけの判断ではなくなるため、私としてはその意見具申を追認するしかありませんでした。もっとも、結果的には私にとっても良い判断だったと思います。」
●小原直人法務大臣
「本来は事務レベルで処理できる問題ですが、今回は軍が絡む非常に政治マターな問題になりました。となれば、政治家が判断するしかない事案になるため、私が乗り出すことになりました。四半世紀以上昔、軍の暴走によりあの戦争が起こり、筆舌に尽くしがたい惨禍をこの国に齎しました。深海棲艦との戦争で、もっとも私たちが危機感を抱いていたのは、再び軍が文民統制の枠を超えて行動するのではないか、ということです。本当の意味で恐ろしいのは、シーレーンの破壊でもなければ、深海棲艦の上陸作戦ではなく、暴走した軍隊が、法の枠から超えて行動することです。それは、当時の内閣が一致した見解でした。」
●松村彰北海道国立大学法学部教授
「当時の政権内部には、あの戦争で辛酸をなめた人々が多く在籍していました。首脳部・事務方・下級官吏・上級官吏(文官)問わずに、です。彼らの一致した見解として、軍を制御可能な枠内で押しとどめる、というのがあって当然だったと思います。深海棲艦との戦争では、軍の実戦部隊の影響力が飛躍的に増大し、軍政を司る国防省も、軍令を司る統合軍幕僚監部並びに海軍幕僚監部も、勢力を押しとどめるのに必死でした。国防省内部にも、あの戦争の二の舞になってはいけないという考えが大勢を占めて当然だったように思われます。」
●森川敏国防大学校教授
「深海棲艦との戦争が長期化するにつれて、海軍、特に艦娘を有する実行部隊に権限も人員も集中したのは否めない事実です。結果として、国防省内部に、あの戦争で自分たちが蒙った不利益に対する恐怖感が芽生えたとの結果があります。つまり、軍人の家庭は一般家庭と違って、差別的言動を許される戦後すぐの環境に戻るのではないか、という恐怖心です。特に、海軍の人的・物質的資源を吸収されていった陸空軍の間でその恐怖心が強かったとの研究結果が存在します。つまるところ、戦前のように軍を暴走させることなく法の枠内に留めたい政治家・官僚といった背広組(シビリアン)と、戦後直後のような環境に置かれたくないという陸空軍の思惑が一致した結果、北海道の海岸に漂着した艦娘は難民保護法の枠内での保護処理が進むことになったわけです。」