~保護プログラム~
●河内基世NKHアナウンサー
「当時からすでに国防省や法務省、北海道庁では漂着した女性を艦娘だとして認識していたという事実が、当時の関係者への取材や専門家への取材を通じて判明してきました。では、彼女たちの保護がどのようにして進められたのでしょうか?そこには、意外な事実がありました。」
●北海道庁危機管理部長
「余市町の総合体育館に漂着者全員を収容することなどそもそもできないことは分かっていました。なので、至急かつ火急的に長期間収容できる施設の確保が目下の課題になりました。しかしまぁ、500名に上る女性をほぼほぼ一か所に収容する施設などそうそうあるわけではありませんし。想定しうる最悪の場合を考えると、海に近いほうがよいだろうとの判断で、札幌市及び周辺は避けることになりました。本当に、頭が痛い事態でした。」
●北海道庁経済産業部長
「本来は危機管理の初動に我々が加わることはあまりありません。むしろ、災害後の産業復興対策など被災後の復旧復興計画が主任務です。ですがあの時は、余市町並びに道南エリアの大規模宿泊収容施設を片っ端から連絡し、可能であれば抑えるという仕事にあたらねばなりませんでした。ただし、艦娘なのか難民なのかわからない状況下でしたので、とりあえず大陸からの難民の収容ということで施設側には連絡することとして対処するように指示を出しました。」
●新見政三統合軍幕僚長
「その頃には、すでに陸軍から情報が上がってきていました。艦娘らしいということ、ただ、艤装が確認できないこと、等々です。
道庁にいた西浦中将からも、絶えず私と中園海軍幕僚長のところに連絡が入っていましたし、連絡スタッフの責任者として派遣された杉田中将からも連絡が来ていました。ただ、私としても三軍のバランスを取る方法に苦心していましたから、道庁の要請には素直に従った方がいい。これを契機にして、
●緒方竹志内閣官房長官
「官邸にはリアルタイムで情報が入ってきていました。北海道庁・国防省・警察庁からです。中でも警察庁からの情報は詳細なものでした。総理は大の軍人嫌いでしたので、海軍の現場が大きな力を持ちつつある状況は我慢ができないことはそばにいる私がよく分かっていました。ですので、北海道庁の要請にはすぐに応える方向で検討してほしいと、法務省ならびに関係省庁に総理からの指示として通達しました。」
北海道庁
「知事、官邸からです。」
官邸と言っても、内閣官房副長官からだろうと考えていた私は、知事の受け答えを聞いて驚いた。
「北海道知事の町村です。はい、はい。分かりました。政府も本案件は難民保護法の適用を前提に考えているということですね。国防省サイドも問題はありませんか?はい、はい。分かりました。」
電話を切った知事の言葉を聞くために、室内が静まり返った。
「諸君。本案件は難民保護法の適用事案となりました。大至急、それを前提に行動してください。」
「西浦さん、やりましたね。」
杉田さんが私に話しかけてきた。
「これであなたも現役復帰ですね。提案者ですから、責任を持ってもらわないと。」
「体調、よくないのですけどね。」
私の言葉に、杉田さんは苦笑していた。
「西浦さん、とりあえずひと段落ついたらススキノで一杯やりましょうや。」
「そうしますか。飲まないとやっていられません。」
●山崎勲夫国家公安委員会委員長
「道警からの連絡は詳細なものでした。むしろ、道庁も艦娘の保護にあたっていた陸軍も積極的に情報の提供と交換をしていたように感じていました。難民保護法の適用が決まったということは、本来は警察が主導権を握って管理することになりますが、今回は艦娘の可能性が大とのことで軍との共同任務になりました。もっとも、前面に出てくるのは海軍ではなく、深海棲艦の強襲上陸時の対応訓練の実績がある陸軍との共同になりましたので、その点の
●小原直人法務大臣
「法務省は混乱の極致にありました。難民保護法の適用ということは、出入国管理官による認定や支援が必要になります。ただ、当時の津軽海峡は深海棲艦潜水艦によるゲリラ的な攻撃や機雷敷設により半ば通行止めになっていたため、陸軍所属の飛行機で送り込むしかありませんでした。」
●志村俊之国防大学校教授
「当時の海軍、特に艦娘運用部隊の思考や行動は、大戦中の海軍と同じになっていました。作戦一辺倒というか、シーレーンの防衛の名のもとに積極的な外洋作戦行動を遂行しており、沿岸・近海の防衛が疎かになっていました。さらに、護衛任務と言っても海外からの輸入にしか目がいかない状況でしたので、津軽海峡でのゲリラ攻撃に対応できませんでした。ある意味、放置していたのではないかと思われます。」
千歳空港
「法務省出入国管理局の久保田です!」
「北海道庁の小西です。」
「海軍の西浦です。」
羽田からの陸軍機で国防省と法務省の担当官チームが到着した。タラップの麓で出迎えた私たちは、プロペラの爆音で音が聞こえない状況になりながらも互いに自己紹介をして、車へと急いだ。
「西浦さん、国防省からの私信です。」
そういって久保田さんから渡された封筒を破り、私は書面を取り出し、読んだ。
「なるほど。本事案の海軍側の責任者は私になったようですね。今頃本省では大騒ぎでしょうね。」
●天海武夫国防大臣
「私が西浦中将を海軍側の責任者にしたのは、ただ単に当初からこの事案にコミットしていた、という理由だけではありません。彼は、国防大臣補佐スタッフの経験も、他省庁特にその時に重要だった法務省・警察庁とのパイプも深く適任だったのです。また、実戦部隊の暴走を防ぐ意味からも、国防省総務部勤務時代の経験を生かしてほしいとの判断もありました。」
●西浦篤余市警備府司令官
「体調を壊した原因は、まぁ、総務部時代に不正軍人の大量検挙、いわば粛清の実行役だったからです。当時は軍人も艦娘も、適性があれば何でもいい、という風潮がありました。それこそ、子供でも適性があれば招集して戦わせようというのです。それは、戦前のような子供の戦場への動員に他なりません。戦争とは、大人が行うことであって子供が動員されてよいものではありません。そのために、私はその考えに近い軍人を粛清しました。」
●横山猪一郎連合艦隊司令長官
「確かに、当時の鎮守府・艦隊の中に、艦娘であれ子供であれ、国防のためなら根こそぎ動員するべしという風潮があったのは事実です。私はその風潮に対して、かねがね懸念を抱いていました。また、我々実戦部隊が肥大化しているとの国防省内の批判に対しても懸念を抱いていました。陸海軍が争い、余力を持って米英と戦う。などという事態はもう御免でした。」
●町村善五北海道知事
「海軍側の責任者が西浦中将になったことに、我々北海道道庁関係者は安堵しました。陸軍担当者とはお話ししたように友好的な関係を築いていました。ただ、海軍とのパイプは無きに等しく、好戦的な軍人が来て、定めた方向を破壊するがごとき事態を憂慮していたからです。」
●プルクワ・パ?級海洋観測艦娘“プルクワ・パ?”
「漂着時、私たちフランス艦娘は4名しかいませんでした。英語はある程度は理解していましたが、当時の私たちは日本語について全く分かりませんでした。なので、何が起こって、どこに誘導されるのかわからないまま、私はトラックに乗せられました。ついた先では多数のテントが設営されていて、温かいスープにブレッドがあり、そのまま処刑されるとか、犯罪者扱いされるのではないことがわかってほっとしました。その頃には誰が誰だかおぼろげにわかってきて、私は一緒にいたリュビ級原子力潜水艦娘“リュビ”“エメロード”姉妹に様子を探ってほしいとお願いしました。」
●リュビ級原子力潜水艦娘“エメロード”
「NATO軍の演習で、私たち潜水艦娘は米英艦娘と密接な付き合いがありました。なので、アメリカ艦娘の集団をすぐに見つけることができ、様子を聞くことができてほっとしました。姉の“リュビ”はイギリス艦娘から様子を聞いていました。どうやら、ここは日本で、私たち海軍艦船・沿岸警備隊船艇は女性の姿になってしまったようだ。事故で喪われたもの、プロメテウスの炎で焼かれたもの、蝙蝠にやられたもの、そのようなこともなくなぜここにいるのか分からないもの、それまでの境遇は様々です。自分たちがこれからどうなるのか、それが心配でした。」
●タイコンデロガ級巡洋艦娘“ヴィンセンス”
「さすがに多国籍の500名及ぶ人間が犇めいているのです。旧約聖書におけるノアの方舟やバベルの塔直後の状況はこういうものかと思いました。ただ、そう嘆いても始まらないので、私はとりあえず誰が誰だか纏めましょうと名乗りを挙げました。幸い、ベルナップ級巡洋艦娘“ベルナップ”姉さん、O・H・ペリー級フリゲート艦娘“スターク”、アーレイ・バーグ級駆逐艦娘“ニッツェ”“ウェイン・E・マイヤー”、それにスプルーアンス級駆逐艦娘“サミュエル・E・ロバーツ”、それに日本の“氷川丸”“宗谷”姉さんの協力を得ることができたので、スムーズに進めることができました。さすがに船歴が長い日本の姐御2名の声は大きく、少しの混乱もなく氏名と国籍が明らかになりました。」
●吉田英二海軍大佐(当時国防省派遣幕僚)
「西浦中将の指示を受けて、私と数名の幕僚は余市町の総合体育館に派遣されました。そこで見たのは、混沌とした状況と言いますか、混乱した状況でした。その中で、何とか状況を収めようとしている数名の女性を見つけたので、私は声をかけました。「状況はどうですか?」とね。」
●ミッドウェイ級航空母艦娘“ミッドウェイ”
「数名の艦娘が状況を収めようと奮闘しているのが見えたので、私とインディ、サラも手伝いに名乗りを挙げました。あの時必要だったのは、威厳というか、背負っている歴史というか、プレッシャーというか、そういうものだったのではないかと思います。その時に、私は見慣れた制服を着た男性数名が体育館の中に入ってくるのが分かりました。「状況はどうか?」と尋ねられたので、「現在、氏名と国籍を確認中です。」と答えました。するとその男性は、「日本国海上自衛軍所属の吉田英二大佐です。詳細をお聞きしたい。」と答えたのです。海上自衛軍など聞いたことがありませんでした。私の知っているその制服は、日本国海上自衛隊のものだったからです。」
●氷川丸級客船“氷川丸”
「状況が明らかになるにつれて、私たちは状況が分からなくなってきました。漂着した女性のうち30%の153名が日本人、60%の316名がアメリカ人、残りが5か国31名とでした。これは、帰国の問題がでるのが明らかでした。一体どうやって、祖国に帰ればよいのでしょうか?私たちは途方にくれました。その頃、吉田大佐が来訪し、現在の世界が置かれている状況について説明したいとのことでした。」
●ニミッツ級原子力航空母艦娘“ロナルド・レーガン”
「一番若い私は状況がわかるにつれて、驚きや懐かしい感覚がこみあげてくるのがわかりました。すでに退役したのか、もう解体されて私の知らない姉さんが多く、自分の参加した作戦にも加わっている仲間も多くいました。ただ、吉田大佐以下の説明を聞いて、諦めの感情が沸々と湧いてきました。なんでも、世界中の海は深海棲艦なる正体不明の存在によって、海洋の自由・航行の自由が破壊されているとのことです。また、年が1961年という話を聞いて、愕然としました。確かに、ここに運ばれてくる途中に乗ったトラックは、私が歴史の映像でしか見たことのない古い物でしたし、途中の建物もどこか古い物でした。日本語のわかる私は、ここが日本のどこかであることもわかっていましたし、ヨコスカを母港にしていることもありましたので、日本の建物に関しても分かります。明らかに、自分のいた時代ではありませんでした。そのことは、ミディ姉さんも、インディ姉さんも、キティ姉さんも分かったようで、唖然としていました。」
●しらね級護衛艦娘“くらま”
「正直、その
●たかつき級護衛艦娘“たかつき”
「我が目を疑いました。自分が建造されていた、しかも黒鋼の艦として建造されていたころの家屋によく似ていたのです。つまり、自分のいた時代から半世紀近くタイムスリップしたということになるのです。状況説明ではさらに驚きました。深海棲艦なる正体不明のものに海洋交通路どころか、海洋国際法の基本原則が壊されていたのです。めまいがしてきました。」
●吉田英二海軍大佐(のち余市警備府司令部作戦管理室室長)
「私たちの状況説明は国籍毎に行いました。ただ、さすがに5か国の艦娘に関しては言葉の問題が、つまり通訳の問題があったので、数名の米艦娘に間に入ってもらって通訳を兼任する形で行いました。日本艦娘の表情には驚愕が、海外の艦娘にはそれに加えて、祖国に帰れないという事実が加わって、重く沈んだという表現以上の空気が会場に流れていました。」
●西浦篤余市警備府司令官
「吉田大佐からの報告で、私は事態の深刻さがわかりました。艦娘に加えて、未来から、強力な武装を持っているかもしれない艦娘が来たのです。この事実をすぐに国防相と統合軍幕僚長、海軍幕僚長に伝えるとともに、現場に行く必要を感じました。町村知事にそのことを伝えると理解していただいて、私は現場に向かうことにしたのです。」