再び、映像は移り変わる。場所はどこか見たことのある病院の廊下だった。
「ここって……」
「20XX年6月4日、時間軸では今より11年前であり、先程の映像より13年後……つまりは小鴉、貴様が産まれた日の海鳴総合病院の分娩室前だ」
「私の……産まれた日」
「そうだ、そして、この約1、2年後に先代の『闇の書』が終わりを告げる」
ディアーチェがそう言うと、逆側の廊下から黒いスーツ姿の二人の男性が姿を現す。一人は間違いなく流だった。
『つ、妻は!!茜は!!』
『教授、落ち着いてください!!』
流は近くに居た看護師に慌てるように聞き、どうやら付き人らしき人に宥められている。
「教授?」
「お前の父親である流は数年前に天文学の教授になったんだ。なんでも新しい恒星だかを見つけたとからしい」
ふーん、と聞き流していると、流は漸く落ち着いた。
『つい三時間前に中に入られました』
『そう……ですか……』
『奥様の心配も無理もありません。初出産でなにより……』
『ええ……』
流は心配そうに手を組んで祈っている。
『教授……こんなときに失礼かもしれませんが、教授は少しだけ仮眠を取られたほうが』
『……それは、どういう意味かい?妻が頑張っているのに、僕に眠れって言うのかい?』
付き人の言葉に、彼は怒気を孕ませた声で聞き返す。
『お言葉を返すようですが、教授は奥様の妊娠が分かってからというのも、それこそ寝る間を惜しんで、教授としての仕事も家での家事などを行ってきました。それは、今、出産という大変なことを行っている奥様は勿論、教授の助手であり付き人である私もよく知ってます。ここ数日は特にです』
『…………』
流は何も言わないが、確かにその目元にはかなり酷い隈ができていた。
『奥様が頑張っているのからこそ、教授が倒れたりしては本末転倒です!!少しは自分の体を労ってください!!これからは本当の意味で、自分だけの命では無くなるんですよ!!』
『…………そうだな。すまない』
流はため息と共に付き人の男性に謝る。
『…………すまないが、どこかコンビニで軽食を買ってきて貰えないか、仮眠するにしろ私はここから離れたくはない』
『…………分かりました。数十分掛かりますので、それまでちゃんと寝てて下さいよ』
そう言うと男性はいそいそとこの場から離れていった。そして流は懐から1枚のカードを取り出す。
『茜……頑張ってくれ……』
それは流が茜から初めて貰ったカードにして、今まで一時もデッキから外したことの無い『アテナ』のカードだった。だいぶボロボロになったそれは、流が茜のことを大事に思ってる証だった。
それから数時間が経った。あれから30分程度寝て、付き人が買ってきたサンドイッチを口に入れるが、その心は今頑張っている茜に夢中だった。
『茜…………私は、ダメな夫だろうな』
『教授!!何をそんなことを仰ってるんですか!!教授は忙しい中で頑張ってきたじゃないですか!!』
『妻の妊娠に立ち会えず、大事なときに側にいてやれない…………これでは天国の茜の両親に顔向け出来ないじゃないか……』
『え?』
「どういうこと?」
私と付き人は口を揃えて疑問に思う。
『茜の両親は、彼女が幼稚園の頃に交通事故で亡くなっているんだ』
『な!?』
『彼女は親戚が一人も居なくて、いつも辛い思いをしてきた。その度に、私や私の両親が支えてきたが、それでも心の中では哀しんでいる筈だ』
『奥様にそんな過去が……』
『実際、僕が茜と初めて出会ったのも、茜の両親が交通事故で亡くなった数週間後だった。その時僕は公園で近所の友達と遊んでいたが、茜はどこか寂しそうにベンチでここではない空を見ていた。まさしく心此処に在らずって感じでね。そんなのが数日続いて、気になって声を掛けてみたんだ。「一緒に遊ばないか」ってね、そしたら何て言ったと思う?』
『いえ……』
『何も言わなかった。ただ僕のことを見つめるだけで、何も言わずに無視と来たもんだ。その時の僕は負けず嫌いだったからね、話してくれるまで毎日毎日声を掛けた。無視されて無視されて、それでも声を掛けて……漸く話してくれたのは一ヶ月も過ぎてたよ』
『それはまた……今の関係からは思いもよりませんね』
『まぁ当時を振り返ればね。それに話してくれた内容も「良い、どうせ私はいつも一人だから」って物でね、子供ながらに感じ悪、って思ってさ。気に入らなくて後を追っかけてみたら、なんと自分の家の真っ正面と来たもんでね、開いた口が塞がらないとは良く言ったものだよ』
流は何事もなく言ってるが、それでもどこか表情は寂しいものだった。
『だから茜の両親が死んだこともその時初めて知ったんだ。それからは今まで以上に声を掛けるようになって、その度に拒絶されて、それでも声を掛けての繰り返し、まともに話してくれたのはさらに半年は掛かったかな……』
『き、教授……なんか目から光が消えてますよ?』
『いや大丈夫大丈夫……大丈夫やで……』
『口調!!口調変わってますよ!?気をしっかり!?』
どうやらトラウマの類いを掘り返してしまったようで、流の目から本当に光が少しずつ消えていってる。まるで怒った時のなのはちゃんみたいやった。
『まあ、漸く話してくれたといっても、僕が質問して彼女が小さく呟くってだけだったけど、それでも前よりは良かったさ。それである日、彼女に聞いてみたんだ「一緒に夕食を食べないか」ってね。彼女自身、どうやら親戚から厄介者扱いされてたらしくて、保護者は書類上居ても家には全く居ない、今で言うネグレストというやつだったんだ』
『確か……実の親や保護者が子供に対して充分な食事や教育を行わない虐待行為でしたか?』
『そうだ。事実聞いた話だが、彼女は幼稚園に通っては居たものの、食事の時間になると何も食べずに居ることもざらにあったそうだ。服も毎日毎日汚れだらけで、帰っても真っ暗な部屋に、食事のためのお金すら置いてない事もあったそうだ』
付き人は想像したのか、怒りで右の拳を握りしめている。
『挙げ句の果てに彼女へ支払われた保険金や事故の補償金など、そういったものを葬儀費用を除いて、奴等はギャンブルや旅行など個人的なものにばかり使い込んでいたらしい。もっとも、僕の母親がそれに気付いたみたいで警察に訴えてそいつらはブタ箱行きになったがね』
『とんだゲス野郎ですね、その保護者は』
『全くだ、そのせいで彼女は小学校中学年ぐらいまで人間不信と全くの無感情になってしまってたよ』
『……もしかして食事に誘ったのは』
『母親が異変に気付いてくれたからだな。さっきも言ったけど彼女の家は僕の実家の目の前だったから、大人同士の付き合いもそれなりにあったそうだ。それでどういうことか調べようと食事に誘ったというわけだ。まぁ茜自身、誰かと食べるということを求めていたのか素直に頷いてくれて、そこからはさっきの話に繋がるというわけさ。まぁ保険金やらのことは父親が直接動いてくれたからこそ分かった事らしいがね』
『あ~、たしか龍臣さんでしたっけ?確か少年課の方で今は警部として働いてるとか』
『まぁ当時はただの少年課の警官だったけどね。まぁそんなこともあってか、茜は回りから今まで以上に陰口を言われるようになったんだが…………』
『教授のお母様が奥様の保護者となってくださった、と』
『そういうこと。実家が実家だからね、育児保護という名目もあったから出来たことらしいけど。本来なら里子に出されてもおかしくないって話だし』
流はそういうと少しだけ頭を垂れる。
『今でも思うんだよ、僕は茜に対して何かしてやれたのかって。確かに僕は彼女のお願いはできる限り叶えてきた。付き合ってからはそれなりに痴話喧嘩はあっても、最後には互いに笑ってた。けど……それでも僕は…………』
『…………何を言ってるんだ、君は』
流が思わず見上げると、そこにはグレーのスーツに身を纏ったグレアムおじさんと、どうやら耳と尻尾を隠したリーゼ姉妹が立っていた。
『ギル……お前仕事は』
『アリアとロッテから連絡を受けてな、優秀な部下に頼んで抜けてきた』
『お前は…………一応管理職なんだろ?』
『中間だがな。それより流、君は何をトチ狂ってそんなことを言ってるんだ?』
グレアムおじさんはかなり呆れたようにため息を漏らす。
『君は茜の為に頑張ってきたじゃないか。彼女が虐められてた時に真っ先に駆け付けて止めたのは誰だい?彼女が喜んでくれるように努力してきたのは誰だい?彼女が壊れそうな時に支えになってくれたのは誰だい?全部君だろ?八神流』
『ギル…………』
『そんな君にだからこそ、僕はずっと友人として手を差し伸べたんだ。茜の妊娠が分かって、中々帰れないと嘆いてた時、僕は友人として、君と彼女の幸せを思ってロッテとアリアを家事役として置いてあげたし、『あっち』の技術を使った映像通信用の小形タブレットだって渡した。彼女が少しでも安心できるようにと』
グレアムおじさんは諭すようにそう言った。その時、私の目には少しだけ涙が流れる。
『君以上に、茜のことを思って行動した人間は居ないよ。君はいつも自分の事を過小評価し過ぎてる。少しは自信を持って行動した方が良い』
『…………おう、済まないな。ギル』
『ホントだよね~こりゃ茜の苦労が分かるわ~』
『ロッテ、アンタ雰囲気ぶち壊しよ』
姉妹の言葉に、周囲から微かに笑いが起こる。その時だった。
オギャア!!オギャアァァァ!!
「『『『『『っ!!!???』』』』』」
私たちは一斉に分娩室の中に入ろうとする。看護婦さんの案内で中に入ると、そこにはだいぶ顔の窶れたお母さんと小さな、そして確かな新しい命がそこにはあった。
『おめでとうございます!!元気な
「…………え?」
私は聞き間違いかと思った。だが、確かにそこには
「どういう……事や……双子?私が」
受け入れたくない、だが実際に目の当たりにしてる以上受け入れるしかない現実が、確かにそこにはあった。
「どういうことや……ディアーチェ……」
「それは…………」
ディアーチェは言い淀む。その時だった
「……………………それは、僕らが話すよ、ディア」
映像ではない、だがしかし聞き覚えのある声が後ろから聞こえてくる。私が恐る恐る振り返ると、そこには
「お父さん…………?お母さん…………?」
居るはずのない両親が、目の前で立っていた。
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