始めて、その組織と接触したのは
今より1年ほど前の事であった。
その豊かな財源と、様々な人材を有する組織に目を付け
私はその組織と協力関係を結ぼうと
博士の命により遣わされた。
私が所属する組織は主に特殊な研究を行っていたが
様々な事情から金と人材に困っていた。
研究を進めるためには
膨大な金と、優秀な研究員が必要。
だから、その両方を有する組織と協力出来れば・・・
否、協力関係を結ばなくてはならない。
それが私の使命だった。
だが、蓋を開けてみれば
「誰が、そのような“神”を弄ぶ組織に協力するというのだ?」
冷ややかな声が、そこには有った。
こちらで用意した会議室には
呼び集められた幹部と思われる男たちがいたが
誰もが私に対して、妙な目を向けていた。
今思えば、そのような熱烈な視線を向けられたのは
私の事を神だと思い込んでいたからだと分かるが
この時は意味が分からず、別の意味で怯えていた。
私の第一印象は“異常そのもの”だった。
血走った目の老人
挙動不審で異常にやせ細った男
舐め回すように私を見つめる様子
これには私は逃げ出したくて仕方がなかった。
恐ろしくて、恐ろしくて震えた。
私は何も、臆病者ではない。
だからこそ、そんな私をここまで戦慄させる
この連中は信頼するわけには行かなかった。
「神とな?」
「お前たちの研究は神を愚弄するものだ
むしろ、そのおぞましい研究を直ちに止める事を要求する!」
「・・・我々の研究は人類の進歩に欠かさない事だと考えている
人類が有する素晴らしい能力を覚醒させるのに
なにゆえ、“神”のためにそれを止めねばならぬのだ?」
とても信頼出来ない相手だと感じるが
博士はこの連中が有する財力と人材を必要としている。
何としてでも説得せねば。
私はそう考え、違和感と恐怖を押し殺し
あくまでも奴らの考えに沿って平和的に話し合った。
「人は人でなくなった時こそ神に近づける」
そんな私の思いを踏みにじる、正気とは程遠い男は口走った。
熱のこもった声は強いものだ。
「何も、そのような研究をしなくとも
人は神に近づけるのだ!
むしろ、人の身のまま神に成ろうなど断じて許される事ではない!」
その強い言葉に、室内に集まった男たちは同調する。
男たちは席を立ち、盛大に拍手を送る。
やがて、その拍手の中に
私の組織に対する罵声が混じるようになると
私は“交渉決裂”を宣言し、その場を退いた。
博士に悪いと思うが、この組織は駄目だ。
正気とは呼び難い。
私にはどうしても、あの組織は耐えられなかった。
あの熱烈な視線・・・
あの“異常”を当たり前のように推し進める姿勢・・・
嫌な記憶を呼び覚まされ、私は震えたのだ。
あの狂気の組織は私の“受け付けないもの”全てだった。
ゆえに、私はその組織に良い印象が何一つ無かった。
・・・・
我々の研究に反対し
抗議活動としてラルーの命を狙うなど
その行動は常軌を逸していた。
今回の一連の行動だって意味不明だ。
せっかくかき集めた殺し屋をゾンビにしたり
女ならば箱に閉じ込めるなど・・・。
こやつらは何がしたいのか、私には何一つ分からない。
「神よ!
今こそあの狂った女を殺せる最大のチャンスだと言うのに
何故、行動を共にしているのです!?」
「あの女・・・?
ラルーの事か、彼女を殺すわけが無かろう」
「何を言っているのです! 神!!」
熱心に“神”に語りかける男は
長さの異なる2つの短剣を両手に持ち
私に斬りかかってきた。
私が組織に協力を求めた時はあれほど冷ややかだったのに
実際はこれほど熱く思われていたとは
身の毛もよだつ・・・。
男に応戦するべく、私は“力”を男に照射した。
袖から取り出した札は私の力を織り交ぜて作ったものだ。
札を破り捨てると、剣が立ちどころに姿を現す。
両刃の直刀は白く美しい模様が刻まれ
漆塗りの柄には金の細工が施されている。
この剣は私の唯一自慢の剣だ。
剣の柄を握り締め、振るう。
男は咄嗟に私の剣を片手の短剣で受け止め
もう片手の剣で私の首を掻き切ろうと突き立てた。
だが、その短剣は虚を彷徨った。
私の曖昧な力が、男を惑わせ
幻を見せているようだった。
この程度で幻を見るようなら、私が作った札も効くだろう。
そう判断し、私は男から離れる。
一定の距離を取り、男に札を投げつける。
そうすれば男を無力化できるはず。
しかし、男は離れた私を簡単に逃がしてくれなかった。
離れた私を見て追う男は
2つの短剣を同時に叩きつけるように上から振り下ろす。
剣で受け止めると男は自由な足で私の腹を蹴る。
突然の衝撃に私は1メートルほど倒れて転がる。
そんな無抵抗の私に追い討ちを掛ける男は
私に馬乗りになり、2つの短剣を再び突き立てる。
2つの短剣から身を守るため
私は男の両手首を押さえて、必死に耐える。
「あの女は危険です・・・! 神!」
「確かに、ラルーが強力な力を持っているのは認めるが
私に対しては脅威ではない!
あの女は狂っているとはいえ、殺す相手くらい選ぶ!」
「その相手に、いずれ貴方は選ばれる!
だから危険なのです!!」
「ぬしはあやつの何を知っておるのだ!?」
「未来です!
予言があるのです!
予言は必ず当たる!」
「・・・戯言を!」
男は先ほどから
しきりに“ラルーは危険”だと警告するが
この男の何を信じよう?
今まさに私を殺そうとするこの男をどうして信じられる?
いくら私を神と思っていても
その私を殺そうとするなど滅茶苦茶だ。
剣の柄で男の喉元を突き
痛みで生まれた隙に私は男を蹴り上げた。
衝撃で男は仰け反り、終いには私から転げ落ちた。
この瞬間を待っていた。
即座に私は男から距離を取る。
あとは札を・・・!
「グレンカ・スコピティエ様の言葉だ!!
戯言などではない・・・!!」
そんな奇声を上げながら
男は信じ難い速度で迫ってくる。
信じ難い、というのは
“戦略性の無さ”からだった。
通常、戦闘においての戦略というものは
なるべく生存率を上げ、なおかつ戦闘後も
通常の生活が出来る程度に被害を抑えるためのものだ。
だが、その男は自分が不自由になろうが構わないが如く
捨て身で突進してきたのだ。
だから“戦略性がない”
一方、私には戦略があった。
“奴を無力化し
同時に己の安全を確保し、情報源を獲得する”
私のこの戦略には様々な前提が存在するが
その内の一つが“敵にも戦略がある事”
自分を傷付けず、そして当然ながら生きる気でいる事だ。
なのに、奴にはその気が無かった。
私は狂信者というものを甘く見ていた。
その戦略性の無い、捨て身の攻撃などは想定の範囲外のものであり
戦略のある私にそれを防ぐ策は無い。
そのために、私は重い一撃を受ける羽目になる。
―――鈍い衝撃は痛みを伴って
後方3メートルは吹っ飛んだと思う。
全身くまなく感じられるのは痛みであった。
憎らしい痛みに、私は柄にもなく頭に血が昇った。
これまでの行動は
あの男を殺さず、無力化するためのものだった。
理由は奴の情報をやはり欲しかったから。
しかし、もうそんな事はどうでも良い。
あんな狂った男など、死んでしまえ。
そう、私はとうとう諦めたのだ。
「ぬし・・・
悪いが見ていると不愉快だ
殺させてもらおうか」
「貴方に殺されるのは本望ですよ・・・
神・・・!」
「私は神ではない・・・!」
私がそう宣言すると、相手はすぐに出た。
再び男は私の懐まで飛び込んでくると
巧みな剣術で2つの短剣が私に襲いかかる。
まるでそれぞれに意思があるように
それぞれが異なる動きをするため
2つの短剣は脅威的であった。
私が必死に奴から距離を取ろうとしたのは
その2つの短剣が原因だ。
2つの短剣を、1つの剣で捌くのは骨が折れる。
一撃、二撃、三撃
目まぐるしく繰り広げられる剣撃を
私の持てる全てでかわし続けた。
だが、数が重なる度に
追い詰められているのを感じると
業を煮やした私は勝負に出た。
今まで距離を取って
遠距離で撃ち込もうとした札を
私はこの超近距離で奴に突きつけたのだ。
その刹那
「あああぁぁぁぁああぁあ!!
焼けッッ・・・焼けるッ・・・!」
奴の悲鳴が目の前で響き渡った。
この勝負、私の勝ちだ。
そう実感し、やっと私は緊張から解放された。
私が編み出したあの“札”は
剣を収納していた札とは異なる力を持っている。
最初に奴を惑わし、幻を見せた力で作ったからだ。
つまり、あの札には強力な幻覚効果があるため
実際には奴は燃えてなどいないが
そのような痛みの幻覚を見て、苦しんでいる。
おかげで、奴はとうとう無力化したのだ。
当初の目的通り、奴を無力化できて良かった。
そう私は胸をなで下ろした。
無様な奴から目を逸らした
まさにその瞬間
「・・・汚い叫び声ね
焼ける程度の事どうでもいいでしょう?
貴様のような人間に幾多の人間が焼かれ殺された
貴様も同じ思いをして苦しみながら死ね、
これが、報いだ」
私はすっかり忘れていた。
ここにいた史上最悪の殺人鬼である女の存在を。
慌てて奴の方を見たときには全てが手遅れだった。
「神ッ・・・!」
「・・・神なんて、残忍なだけの子供よ・・・
ソレに必死にすがり付いて、
救いを求めるなんて・・・
貴方の方が情けない赤ん坊のようだわ」
無表情の殺人鬼は冷酷な眼差しのまま
男の顔面を華奢な手でわし掴みにした。
私は知っている。
あの華奢な手から繰り出される力が如何に強大か。
もう、あの男に生存の望みなど残されていない事を。
「・・・死、に神・・・ッ!?」
―――男の最後の言葉はそれだった。
震える声が微かにした瞬間
死神はもう片方の手で大鎌を突き立てる。
その刃は男の胸を貫く
一瞬で絶命した男から彼女は大鎌を引き抜いた。
「・・・黙った
でも、許してあーげない・・・」
死神ラルーはいつにも増しておかしかった。
“許さない”
言葉の通りなのか、彼女は死体に対し
執拗に刃を振り下ろした。
無駄な返り血を浴びようと
人の形を壊し、細かい肉片に変えてもなお・・・。
彼女は確かに狂っている。
だが、その執着ぶりは
その狂気から生まれたものではない。
研究者のはしくれである私には分かった。
犯罪心理学によれば
死体に対してなお、加える暴力は
その人に対する執着やコンプレックスからなる。
つまり、その人に対して何も思っていないのなら
死体にしたところで関心は無い。
現に、今までのラルーの殺しだってそうだった。
彼女が好むのは首の両断であり
首を両断したら、あとはゴミのように捨てるだけ。
それ以上の事は何かの理由がない限りしない。
1階のあの奇行だって
一応、“内蔵を詰めてくれー”という感じがしたから。
という理由があって行った事だ。
未だに理解不能だが。
すなわち、首も両断せず
死体に対して執拗に攻撃し続けるラルーには
そうする理由があると言う事。
知り合いでもなく、好みの首でもない男に
ラルーが執着する理由があるとすれば
それは“負の感情”
怒り、憎しみ、嫌悪などの感情だ。
だが、ラルーとあの男の間に
そのような因縁があるとは思えない。
ならば、もっと小さなきっかけでも
これだけの事をさせる別の感情とは?
・・・“嫉妬”だ。
原因は不明だが
ラルーはあの男に嫉妬し、怒っているのだ。
「ラルー、一体どうした・・・?
首も刎ねないで・・・」
ラルーを気遣うルクトが不思議そうに尋ねた。
彼女の事を誰よりも理解しているルクトにも分からないのだ。
原因などは私に分かるはずもない。
「・・・知らない」
私の目論みを台無しにしたラルーに対して
私は当然、納得など出来ていない。
だから、せめてもの仕返しがしたかった。
無愛想に、奇行を続けるラルーに私は叫んだ。
「ラルー!」
「何・・・? イヲナ」
「・・・ラルー何を嫉妬している?」
「・・・嫉妬・・・?」
「・・・嫉妬でもしていなければ
あの男にそこまでの事をする理由がないだろう」
「・・・!」
そう指摘すると、何かに気付いた様子を見せるラルー
すると、わなわなと震え出し
今までの余裕そうな表情が歪んだ。
「そりゃあ・・・嫉妬するわ・・・
自分の気持ちを素直にぶつける事が出来るなんて・・・
羨ましすぎるわ・・・!」
「・・・!」
恐らく始めて、私の前で本音を口にしたラルーは俯く
俯いてからはどんな表情をしているのか
私には分からないが
その悲しそうな様子には心打たれざるを得ない。
だが、私には彼女を慰める手段などはない。
何故なら私は赤の他人。
彼女の事をまるで何一つ知らない。
そんな私に、彼女を慰める事など出来るものか。
すると、そっと繊細にラルーの頭を撫でる手が
私の隣から伸びる。
「ラルー・・・嫉妬したんだ・・・
なら全部、僕に言えばいいのに・・・
僕に吐き出せば良かったじゃないか」
「!!」
ラルーの兄ルクトだった。
彼ほどラルーを慰めるのに相応しい人物はいない。
・・・否、ラルーを慰める資格を持つ人間は
ルクト以外にはいない。
そう考えると、如何にラルーが孤独な人間かが分かる。
それゆえに、私はラルーの弱気な姿を見て
非常に居心地が悪かった。
「お兄ちゃんッ・・・!
ごめんッ・・・なさ、い・・・!」
普段の様子から程遠い、消え入りそうな声は
白い顔を濡らす小さな雫と同じようだった。
なろう版ではこの回をラルー視点で。
ハーメルン版ではイヲナ視点にしてみました!
ラルー視点に興味のある御方はどうぞ
なろうの黒炎ルカでご覧くださいな!