切なさの距離感 ~ Story of Nozomi   作:Kohya S.

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1. 占いが示すもの

 占いが人生を切り開くものなら、うちの人生はあの占いから大きく変わったのかもしれへん。

 

 音ノ木坂学院、二年の教室。

 最終時限の授業が終わり東條希(とうじょうのぞみ)は帰り支度を始めていた。希は部活には入っておらず今日は生徒会の仕事もない。なんとなくまっすぐ帰るのは気が向かなかったので買い物でもして帰ろうかと考えていた。

 同級生たちもそれぞれ部活の準備をしたり、希と同じように帰る準備をしたりしている。

 

 希がふと窓を見ると、窓は湯気ですっかり曇っていた。暦の上では春だそうだがまだまだ寒い。しかし外はこの時期の東京らしくよく晴れていた。

「んーっ」

 希は椅子の上で伸びをした。制服の上からもわかる豊かな胸が強調される。

 希はともすると紫に近く見える腰までの黒髪をシュシュで二束にまとめていた。緑色めいた瞳が髪の色によくあっていた。

 

「東條さん」

 希を呼ぶ声がした。そちらに顔を向けると同級生の野中美紀(のなかみき)が立っていた。

 やや明るい色のボブカットの野中は小柄ですらりとした体形で、どちらというと長身の希とは対照的だった。

 

 希と野中とはときどき会話する程度で特に親しくはない。また野中はわりと控えめな性格のようでクラスの中でも目立っているということはなかった。

「ん、うちになにか用かな?」と希。

「あの、よかったら占ってほしいことがあるんだけど……」

 野中はすこし恥ずかしそうにいった。

 

 希は占いが趣味でよく同級生を占ったりしていた。この年頃の女子は占いやおまじないといったものに神秘的な魅力を感じるのか、希は常にクラスで人気者――というか一目置かれる存在になっていた。

 

「もちろんええよ」

 希はにこっと笑った。

 

 まあ、占いは社交術のひとつでもあるし、頼まれたら原則オッケーや。でも、野中さんがうちに頼むなんて珍しいな。初めてかもしれへん。

 

 希の言葉に野中はなにもいおうとしなかった。どうも周囲を気にしている様子だった。

「まあ、座ってよ」と希。

 野中は、希の前の席の椅子を反対側に向け、机を挟んで向き合う形で座った。

「それで、迷える子羊ちゃんの悩みはなにかな?」と希はすこし茶化すような感じでうながしてみた。

 野中はもう一度あたりを見回した。希と野中に挨拶をして帰っていく生徒もいるが、希が放課後に占いをするのはよくあることなので特に気にしている生徒はいない。教室に残る人数もずいぶん減ってきている。

 

 それを見て取ると野中は小声で切り出した。

「恋占い、して欲しいんだけど……」

 ふふーん、だから人がいなくなるまで待ってたんやね。

「ええよ」

 希は笑みを浮かべてそうこたえると鞄からタロットカードを入れたポーチと机に敷くための紫色の布を取り出した。

 希が恋占いを頼まれることはすくなくなかった。音ノ木坂学院は女子高なのに、どこで出会いの機会を見つけてくるんやろ……。

 

 希は机の上に布を敷き、ポーチから取り出したタロットカードの束をその上に置いた。

 

「それで、知りたいことはなんやろか」

 やや真剣さをまじえて希はいった。

 野中は話し出した。

「えっと、去年、学園祭のときに知り合った子がいて……。他校の子で」

「ふむふむ」

「冬休みに遊んだりしたんだけど……そろそろバレンタインでしょ」

 そういえばそんなイベントもあったな。絵里ちにチョコレートでもあげようかな……。

「あの、告白とかして、希望があるのかなって……」

 野中はすこし赤くなっている。

「なるほどな」

 希は腕組みをする。

 

「もうすこし積極的に考えてみよか」

 希は右手の人差し指を立てて左右に振る。

「積極的……?」と野中が聞き直す。

「そう。たとえば、うまくいくためにはどうしたらいいですか、とかやね」

「そっか」

「行動を起こすことが必要。カードはそれを助けてくれるん」

 希は野中をはげますようにいった。

「わかった。えっと、それじゃ、彼とお付き合いするにはどうしたらいいかな。……ってこんな感じ?」

「そうそう」

 希はうなずいた。

 

 そして希は目をつぶりどう占うか考えた。うーん、あまり深刻な相談でもないけど……いや、本人にとっては深刻やね。ここはしっかりやらなあかんね。

 

 希はタロットカードを広げてシグニフィケーター――依頼者を象徴するカードを選ぶ。……うーん、この子の場合は、ちょっと控えめな未婚の女性……カップのペイジ、かな。

 そのカードを表にして机の真ん中に置いた。そして残りのカードの束をその隣に置く。

 野中はそんな希の様子を神妙な顔で見守っていた。

 

「これが野中さんを象徴するカードやね」と真ん中のカードをさして希がいう。

 うなずく野中。

「左手を出して、この束の上に置いてもらえるかな」

 希は静かに、かつゆっくりといった。

 野中はいわれた通り左手をカードの束に乗せる。

「では、目を閉じて、そっと彼の名前をつぶやいて……そして、さっきのことを念じてください」

 野中はしばらく目を閉じる。

「……はい、念じました」

 

 希はカードの束を崩し机の上でかき混ぜていく。それから再びひとつの束にした。

「んじゃ、左手で三つの山にわけて」と希。

 野中がすこし緊張した面持ちでしたがう。

「そうそう、そしたら、どれでもいいので向きをさかさまにして……。最後にまたひとつの山に戻してね……。はい、ええよ」

 ふーっと息をつく野中。

 

「緊張することはないんよ」と希。

「でも、東條さんに占ってもらうの、初めてだから」

「そうやね。まあリラックスしてね」

 希は安心するように笑いかけた。

 

 そして希はカードの束を取りしばらく目を閉じて念じた。

 机の上に一枚ずつカードを置いていく。まずは六枚を十字になるように、次に四枚を縦に並べた。

 希は全体をながめてカードから印象をつかむ。

 うーん、なんか明るい感じのカードが多いね。悪くない感じや。死神が目をひくけど……。

 

 そして一枚ずつカードを読み解いていく。

 

 中央にカップの九の逆位置、ワンドの三。上下には死神、カップの三。左右にソードの四の逆位置とカップの二。最後のカードにはカップルの姿が描かれていた。

 おおっと、ええ感じやね。恋のはじまりってとこやね。

 希の顔がほころんでくる。そんな希を野中が見つめている。

 

 そして右側の四枚は、コインの十、節制、運命の輪。そして魔術師……無限の可能性、新しい出会い、希望……。いやはや、うらやましくなるような結果やね……。

 

 希はカードから顔を上げると野中にほほえんだ。

「ええ感じだよ」

「よかった」

 緊張していた野中の顔が明るくなった。

 

 希はゆっくりとした調子で話し始める。

「うーん、野中さんは、いままではあまり積極的には動いてこなかった」

「そうかも。遊びに行ったのも、友達に誘われてだし」

 野中は過去を思い出すように目を閉じた。

「でも、それじゃダメだと思ってる。……まあこうして占ってほしい、っていってきたくらいだもんね」

「うん」

 うなずく野中。

「カードによれば、もうすこし早めに動いてもよかったみたいやね」

「でも、ちょっと怖くて……」

 野中はすこし小声になった。

「ん、それもカードに出てるみたい。でも、未来には恋のはじまりがあると告げています」

 希はもったいぶってそういった。

「え、ほんとに」と野中。

「ほんとだって。環境もばっちり整ってるみたい。信頼できる協力者の存在を暗示してるね」

 希ははげますように笑いかけた。

「協力者か……」

 

 希は最後のカードを示して続ける。

「んで、最後だけど、このカード」

「マジシャン……魔法使い?」

「可能性とか希望とかをあらわしてるん。野中さんの今に、ぴったりやん」

「……希望をもって動いてみろってことかな?」

「そうやね」

 にっこりと希は笑みを浮かべた。

「私、がんばってみるね」と野中もわらった。

 

「ありがとう、東條さん! じゃあ、また明日ね」

「またね」

 野中は教室から出ていった。教室に残っているのは希ひとりだ。

 希はタロットカードをそろえて束にする。ふと一番手前のカードが目に入った。星だ。明るい未来、成功の予感。これも野中さんを暗示してるんかな……。

 

 希はカードと布を元通り鞄に入れると立ち上がり、教室を後にした。

 

        ・

 

 翌週、放課後。

 希は授業道具を片付けていた。今日は生徒会の仕事のため生徒会室に向かうつもりだった。

 そんな希のところに野中が近付いてきた。

「東條さん、ちょっといいかな」

 小声で希に声をかける。

「ん、ええよ」

 野中は前回と同じく周囲を気にしている様子だったが、とりあえず希の前の席に座った。また占いかな、と希は思った。

 

「あの、この前は占い、ありがとう」と野中は声をひそめていう。すこし興奮した様子だった。

「どういたしまして」

 ほほえむ希。

「実は、先週末に、思い切って告白したんだ」

 野中の顔がすこし赤くなっている。

「ふむふむ」

 これはええ感じだったかな……。

「そうしたら、今度デートに行こうってことになったの」

「おー、やったやん」

 希は笑みを浮かべた。絵里ちならハラショーっていうところやね。

 

 えへへ、とわらって野中は続けた。

「それで、東條さんにお願いなんだけど」

「なんやろ」

「……今度の土曜日、空いてるかな?」

 首をかしげる野中。

「うん、特に予定はないけど……」

 一緒に買い物に行って、とかやろか。

 

 野中はしばらく間を置いてから切り出した。

「実は……いきなりふたりきりって、ちょっと怖くて……ダブルデートにしちゃったの。一緒に行って、くれないかな……?」

 野中はすこし困ったような笑みをうかべる。

「……」

 思わぬ言葉に希は絶句した。内心の動揺を気付かれないように気を落ち着けてから口を開く。

「うちが……?」

「あの、信頼できる協力者って……東條さんしか思いつかなかったの。ごめんなさい」

 そうきたか……。

 

 野中は胸の前で両手をあわせて希に祈るような格好でいう。

「お願い!」

 あーもう、そんな顔で頼まれたら……断るわけにはいかないやん。

「はーっ」

 希は大げさに溜め息をついた。

「わかったわかった。うちの負けやね。一緒に行こか」

「ありがとう!」

 野中は明るい声でいった。

「まあ、枯れ木も山の賑わい、壁の花、だからね。期待せんといてね」

 希は投げやり気味にいった。

「もう、東條さん、そんなに大人っぽくて、きれいなのに……」

 野中はうらやむような口調だった。希はかぶりを振る。

 

 希は椅子に座りなおした。

「で、相手の人はどんな人なん?」

「えっと、青藍高校の二年生で、和泉透(いずみとおる)さんっていうんだ。すごくかっこよくて……」

 野中は中空に目を向けてすこし夢見るような調子だ。

「もうひとりは?」

「同級生を連れてくるって」

 ふーん。ブラインドデート的やね。

 

 希と野中は連絡先を交換し、待ち合わせの場所と時間を確認した。

 

「じゃあ、うち、生徒会だから」

「うん、よろしくね!」

 野中は手を振って教室から出ていった。

 

「はぁー」

 その姿を見送った希はもういちど大きな溜め息をついた。

 

 うーん、あの占いがこうなるとは。自縄自縛やね……。まあアフターサービスの一環として諦めるしかないか。デートなんて生まれて初めて、かもしれへん……。

 

 希はゆっくりと立ち上がり重い足取りで生徒会室へ向かった。

 

        ・

 

 希は生徒会室の扉を開いた。

 同学年の絢瀬絵里(あやせえり)が先に来て、長机の前に座って書類の整理をしていた。

「あら、希。遅かったわね」

 

 音ノ木坂学院の生徒会では絵里が生徒会長、希が副会長を務めていた。ほかに書記が何人かいるが日常の仕事はふたりだけでこなすことも多かった。

 

 希は後ろ手で扉を閉める。

「ごめん、野暮用で……」と目を落としたまま暗い声でこたえる希。

 そんな希を絵里は心配そうに見つめた。

「そう……。希、どうかしたの。ちょっと落ち込んでるみたいだけど」

 

 絵里はロシア系とのクォーターでその金髪が人目をひいた。希よりもさらに背が高く、スタイルもよい。希から見ても正統派の美人だった。

 

「いや別に。なんもないよ」

 希は顔をあげて首を振った。

「ならいいけど……」

 絵里の顔には若干の懸念が浮かんていたが彼女はそれ以上なにもいわなかった。

 希は絵里の隣の席に腰を下ろした。絵里の作業を手伝いはじめる。

 

 整理を続けながら絵里がいった。

「希、今度の週末、よかったら一緒に買い物でも行かない? そろそろ春物のセールがはじまると思うんだけど」

 そういう間も手はてきぱきと動いている。

「日曜ならおっけーよ」

 希も書類から目をそらさず、あいかわらずすこし暗い声でこたえる。

「……あら、ということは、土曜日は何かあるの?」

 希は手を止める。

「……デートや」と希。

 ぱさり、と軽い音がした。絵里が手にしていた書類を取り落としていた。

「ででで、デートですって?」

 絵里がゆっくりと希のほうを向く。平静さを装っているが笑顔が引きつっているように見える。

「そう、デートなんよ」

 希はうなずきながらこたえた。

「あ、あ、相手は……どなたかしら?」

 絵里の言葉には内心の動揺があらわれていた。

 

「実は、占いの結果でね……」

 おもむろに希は顛末を話した。

 

「そういうことね。もう、びっくりしたわ」

 希の話を聞き終えた絵里はすこし安心したようだった。

「まあ、顧客サービスのひとつやね」

 溜め息交じりに希はこたえた。

 

「私はてっきり希がお付き合いでも……」

 絵里が小声でつぶやいている。

「ん、なあに?」と希。

「な、なんでもないわ」

 絵里は首を振った。

 

 希はすこしためらったものの続けた。

「でも、うち、あまりそういうの、慣れてないから気が重いんよ……」

 絵里は希が本音を出せるほぼ唯一に近い友人だった。

「あら、ずいぶん社交的になった思ったけど」

 絵里はそんな希を見て面白そうにいった。

 

 たしかに高校に入学して以来、絵里という友人もでき、占いを通じて人間関係も広がったが深い付き合いは少ない。希はもともと孤独に慣れた少女だった。

 

「それはまあ、そうやけど……」

「今回は、いるだけでいいんだから、せいぜい楽しんできたら」

 にこりと笑う絵里。

「そうやね……」

 希も笑みを浮かべた。

 

 たしかにそう考えれば、気は楽やね……。

 希は絵里の気遣いが嬉しかった。

 

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