切なさの距離感 ~ Story of Nozomi   作:Kohya S.

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11. 最後のデート

 夏休みが明けて新学期。

 μ'sのアイドルランキングは順調に伸びてラブライブ!への出場も夢ではなくなっていた。メンバーたちは学園祭に向けて努力を続けていた。

 希も懸命に練習をこなしていたが――心のどこかで直樹のことが常に気になっていた。

 

 学園祭でのライブの予定が決まった日の夜。

 食事と入浴を済ませた希はベッドに腰をかけてスマートフォンを手に取った。連絡先から直樹を選ぶ。

 数コールの呼び出し音のあと直樹が出た。

 

「はい」と直樹。

「希です」

「希ちゃん」

 いつも通りの優しい声だが希はどこかに壁を感じた。

 

 しばらくふたりとも黙っていた。希の脳裏には先日秋葉原で見かけた光景がよぎるのだが――希もなにもいうことができなかった。

 

「……元気でしたか」

 沈黙をやぶって直樹。

「うん、おかげさまで」

 直樹もそのことについてはなにもいう気はないようだった。

 希は静かな口調で続ける。

「……それでね、直樹君。学園祭で、μ'sのライブ、することになったんよ」

「おめでとうございます」

 直樹も静かにこたえた。

「あの……来てくれるかな」

 希は断られるのではないかとすこし不安になる。

「もちろん、行きます」

 直樹は即答した。

「よかった……。それでね、場所がとれなくて、屋上なんだけど……」

 時間を伝える希。

「わかりました。……その、楽しみにしてます」

 直樹の声がようやくいくらか明るくなった。

「うん、よろしくね。その……ライブ、終わったら、すこし時間、とれると思うから」

 希も柔らかな声で伝えた。

「はい」

「……じゃ、おやすみなさい」

「はい、希ちゃんも」

 希は電話を切るとベッドに倒れこんだ。

 

 希は学園祭の日が不安だった。

 

 ライブのことももちろんやけど……直樹君と、どんなことを話したらいいのやろ……。うちら、どうなってしまうんやろ……。

 

        ・

 

 学園祭当日。あいにく天気は朝から雨だった。

 昼を過ぎて開催の予定時間が近付く。部室の窓から希たちは空を見上げるが雨は弱まらずむしろ強くなる一方だった。

「ぜんぜん弱くならないわね」と絵里。

「ていうか、さっきより強くなってない?」

 にこも不安そうだ。

 顔を見合わせるメンバーたち。

「やろう!」

 穂乃果がいった。

「穂乃果……」と絵里。

 

 穂乃果のようすが今朝からすこしおかしいように希は感じていた。しかしその穂乃果がそういうのなら、希には異論はなかった。

 

 全員で準備をしてステージに上がった。

 雨が降るなか、かなりの観客が来ているようだった。客席に傘の花が広がっていた。

 

 希たちは打ち合わせ通りに広がっていったん観客に背を向けた。練習で何度も聞いたイントロが流れ始めた。

『♪~♬~』

 ハイテンポなロックナンバーで振り付けも激しい。

 希はともすれば滑りそうになるステージの上で、精一杯歌って踊った。

 

 最後の決めポーズを取った。ステージの近くにいた直樹の姿がようやくしっかりと見えた。

 観客から沸き起こる拍手。

 

 しかしそこで異変が起きた。歌い終えた穂乃果がその場に倒れてしまったのだ。希たちメンバーが駆け寄った。

 穂乃果はかろうじて意識はあるようだったが高い熱だった。

 

「続けられるわよね」

 にこはライブ続行を主張した。

「穂乃果ちゃんは無理や」

 しかし希にはそれはどうしても不可能に見えた。

 

 海未とことりが穂乃果を保健室に連れていく。

 結局ライブはそのまま中止にせざるを得なかった。

 

 メンバーもあとから保健室へ駆け付けた。保健の先生と相談するメンバーたち。

 

 希はわずかにできた時間を見て直樹に電話した。

「直樹君」

「あ、希ちゃん。ライブ、見てたけど……高坂さん、大丈夫?」

 直樹の声も心配そうだ。

「うん、いま保健室で……どうするか保健の先生とみんなが話してる」

「そうか」

「それで、今日、ごめん、時間が取れないみたい」

 希は内心の動揺をなるべく伝えないように早口でいった。

「うん、わかった。その、高坂さんのこと、お大事にね」

「ありがとう。ごめんね」

 希は通話を切った。

 

 結局、穂乃果はひとりの先生が車を出して病院に連れていくことにしたようだった。

 希たちは部室に戻って制服に着替えた。

 海未とことりが着替えなどを用意して病院に行くことになった。希たち他のメンバーは穂乃果のことが気がかりながらもそのまま解散したのだった。

 

 その日の夜遅く海未からメールがあった。

 医者によれば穂乃果の症状は風邪が原因で、いまは熱が高いのものの数日安静にしていれば治るだろうとのことだった。

 希はほっと胸をなでおろした。

 

        ・

 

 幸い穂乃果は数日で回復した。

 しかしそのあいだに希たちμ'sのメンバーは重い決断をくだしていた。ラブライブ!の出場辞退だった。

 ほかにも大きなニュースがあった。ことりの海外留学が決まったのだった。

 これらの事実は穂乃果に衝撃を与えた。

 

 幸いにもμ'sの活動が功を奏して音ノ木坂学院の存続が決まったのだが、それもμ'sの存在意義を問い直すことになった。

 

 穂乃果は目的を見失ってしまったのか――メンバーたちにスクールアイドルを止めると告げたのだった。

 μ'sは活動休止状態におちいってしまった。

 

 メンバーたちは思い思いに自らと向き合うことになった。希も例外ではなかった。

 

        ・

 

 それから数日後。夜。自宅にいた希のスマートフォンに着信があった。直樹だった。

 

「希です」

「あ、直樹です。いま、大丈夫ですか」

「うん、へいき」

 希は穂乃果が回復したことは簡単に直樹にメールで連絡していた。

 まずは学園祭の日に会えなかったことをわびた。

「いえ、気にしないでください。あんなことが、あったんじゃ……」

 直樹は静かにいった。

「うん、ごめんね。それでね……」

 希はμ'sの活動休止のことをいおうとして思いとどまった。

「……その、今度、会えるかな」

 直接会って話したほうがいいだろうと希は考えた。

「はい、もちろんです。俺も、誘おうと思って、電話したんです」

 希はなにかを予感して心が痛くなった。

「そっか……。最初のデートの待ち合わせ場所、覚えてる?」

「もちろんです。地下鉄の……」

「うん。そこに、明日の土曜日、午後二時でどうかな」

「わかりました」

 直樹は淡々といった。

「……じゃあ、おやすみなさい」と希。

「おやすみなさい」

 希は直樹のほうから切るのを待ってスマートフォンを置いた。

 

        ・

 

 翌日。朝から小雨が降っていた。残暑が厳しいなか涼しいのはありがたいが――希はやはり憂鬱になるのは否めなかった。

 ストレッチと瞑想をする。

 

 穂乃果ちゃんのμ's脱退宣言……うち、どうすればいいんやろ……。

 

 思い立っていままでのμ'sの曲のCDをかけてみた。にこが新曲が出るたびに編集してメンバーに配っているものだ。

 希がいなかったころの「START:DASH!」や「これからのSomeday」、そして希も加わった「僕らのLIVE 君とのLIFE」、「Wonderful Zone」――そして「No brand girls」。

 

 うん、そうやね、うちの心は決まってるん。うちは、うちや。それに、穂乃果ちゃんなら、きっとまた復活すると、思うんよ……。

 

 ゆっくりと準備をして希は傘を片手に家を出た。

 

 地下鉄を乗り継いで待ち合わせの駅まで向かった。

 改札を出たところでしばらく待つと直樹がやってきた。

 

「こんにちは」と希。

「こんにちは、希ちゃん」

 ふたりとも表情は硬かった。

「ちょっと、歩こっか」

 

 ふたりは地上に出て歩き始めた。それぞれ傘をさして長く伸びるゆるい坂を下っていく。雨のためか人通りは少なかった。

 

 途中で裏通りにそれてすこし行くと、以前、来たことのある喫茶店だった。

「よってく?」と希。

「はい」

 ふたりは店に入った。静かなBGMが流れている。ほかの客は数組だった。

 席に案内された。ふたりはそれぞれ飲み物を注文した。

 

 あのときと……大きくかわっちゃったな……。それは、うちのせい、やろか……。

 

 注文した品物がふたりの前に置かれた。希は口を付ける。紅茶の味は変わらなかった。

 

 やがて直樹がゆっくりと口を開いた。

「その……俺たち……別れたほうがいいんじゃないかと、思うんです」

 希はその言葉を予期していなかったというと嘘になるが――それでも心に痛みが走った。

 

「どうして……」

 希は目を伏せて小声でいった。

 直樹は言葉をふりしぼるようにいった。

「その……希ちゃんがμ'sに入って……希ちゃん、輝いてて……」

 直樹はすこし間を置いた。そして続ける。

「でも、俺、そんな希ちゃんを見ると、なんか悲しくなって。……その、遠くへ行ってしまう気がして」

「うちは、かわらへんよ」

 希は顔を上げてこたえる。しかしそう口にした瞬間、希は自分自身がそれを信じきれないことに気付いた。

 

「俺が、悪いんです。俺、このままだと……希ちゃんに、俺とμ'sとどっちが大事なんだ、なんて、いってしまいそうで」

 

 直樹の言葉は希に重くのしかかった。両方とも同じくらい大事、というのは、許されないんやろか……。

 

「そうなる前に、俺……。急にごめんなさい」

 直樹はそういうとうつむいた。コーヒーを口に運ぶ。

 

「……実はね、うちら、ラブライブ出場、辞退したんよ」

 希は静かに話し始めた。直樹ははっと顔を上げて希を見るが、なにもいわなかった。

「ほら、あんなことがあったやん……」

 直樹はうなずく。

「……それでね、μ'sも一時活動休止なんよ……」

「それは……驚きです」

 直樹は言葉すくなにそういった。

 

 希は目を落とした。

「だからね、うち、今日、直樹君に、スクールアイドルやめてくれっていわれたら、どうしよう、思うてたん……」

「そんな……」

 直樹はそういったが否定はしなかった。

「もし、そういわれたら、うち……すごく悩んで……直樹君をぽかぽか叩いてたかもしれへん」

 希はそういうと切なそうにほほえんだ。

「でも……希ちゃんは」

 直樹の静かな声。

「うん、そう。うちの心は決まっとる」

 希は顔を上げて直樹を見つめる。

「……スクールアイドル、続けたい」

 

 ふたりの間に沈黙が流れた。やがて希はいった。

「ごめんね、今になって、こんな話して……」

 希は思いを断ち切って続ける。

「だから、うちも……直樹君のいう通りにするのが、いいと思う」

「はい…… 」

 直樹は軽くうなずいた。

 

「直樹君には……すごく、感謝してる。スクールアイドルに……その可能性に、気付かせてくれて」

「そういってもらえると……甲斐が、あったんですかね」

 直樹は泣き笑いが混じったような顔でそうこたえた。

 

 希は静かに続ける。

「それよりもね、もっともっと、感謝してるんは……。うちの心を、開いてくれたこと、かな」

「……それってどういう……」

「それは内緒やけど……すごく、うちにとっては、大事なことやん」

 希はほほえんだ。

 

 直樹はなにか考えているようだった。

「その……俺も、希ちゃんに会って……すこし変わったのかもしれません」

「そうなんや……」

「はい。前の俺なら……まわりと距離を置いて……部活に入ろうなんて……思わなかったかも」

 希の心がまたすこしきゅんとした。

 新しい出会いが、あったみたいやね……。

 

 希はにこっと笑って明るくいった。

「……占って、あげよっか?」

「……遠慮しておきます」

 直樹も笑ってそうこたえた。

 

 ふたりは店を出た。雨は弱くなったものの降り続いていた。

 直樹が傘を開いた。

「入りませんか」

「うん」

 希は直樹によりそった。手をつなぐ。久しぶりに握るその手はひどく暖かかった。

「お参り、していこ」と希。

「……縁結びの神様ですか」

「ちがうよ、厄除け、学業成就、諸芸上達のほうやん……」

 

 ふたりは以前のデートで最初に行った神社に向かった。

 手水で清めて境内を進み参拝する。希は音ノ木坂学院が無事存続できたことの礼をいい、これからのμ'sのことを願った。

 拝殿の前では例の狛犬が雨に濡れていた。

 

 ひとつの傘の下、ふたりは手をつないでゆっくりと歩いて駅まで戻る。

 直樹がゆっくりいった。

「あの、これからもファンでいますから……その、希ちゃんの」

 希は静かにいう。

「うん、ありがと……でも、それよりもね……」

「それよりも……?」

 希は握った手に力を込めた。

「恋人は無理でも……友達でいてくれると、嬉しいな……」

 その言葉は希の本当の願いだった。

「そうですね……よろしくお願いします」

 直樹はしごく真面目にそうこたえた。

 

 一緒に地下鉄に乗った。途中の駅で別々の路線に乗り換えることになるようだった。

 地下鉄はすぐにその駅に着いた。

 

 希は別の路線への改札の手前で直樹と相対した。

「じゃ、ここで……」と希。

「そうですね」

「……ライブのときには、連絡するから」

 希は精一杯の笑顔を作る。直樹も硬い笑みでこたえる。

「はい、希ちゃん、気を付けてください」

「うん、直樹君もね……」

 

 希は改札から外に出た。

 一度だけ振り返ると直樹がこちらを見ていた。希は軽くお辞儀をして向き直り、また歩き始めた。

 

 長い乗り換え通路を歩きながら希は目から涙があふれてくるのを止められなかった。

 

        ・

 

 μ'sのメンバーの働きかけもあって、そのあと穂乃果は希が期待していた通りに無事に復活した。

 ことりの海外留学も土壇場で回避されて――音ノ木坂学院の講堂でのライブは大成功だった。

 

 数日後。

 練習を終えて帰宅した希はいつものようにエアコンのスイッチを入れた。残暑もそろそろ終わりつつありエアコンがいらなくなるのもすぐだろう。

 ケトルに水をいれてコンロにかける。

 しばらく待つとお湯が沸いた。希はいつものように紅茶をいれた。

 

 紅茶と鞄を持って自室に入った。紅茶をテーブルに鞄を床に置く。

 

 希は棚に飾ってあった写真立てを手に取った。そこには希と直樹と狛犬の写真が収められていた。写真の中の希の笑みはすこし引きつっていた。

 写真立てからゆっくりと写真を取り出した。希の顔に悲しげな笑みが浮かんだ。

 

 写真をもう一度ながめてから棚の引き出しを開けて、写真をそこにしまった。

 

 代わりに鞄から別の写真を取り出した。講堂でのライブ、μ's全員で撮った写真だった。

 写真立てに入れて棚の元の位置に戻した。

 

 直樹君……ごめんね。うち、直樹君の望みをかなえてあげられなかった……。でも、うちにとって直樹君は……ずっと大切な人……。

 

 スマートフォンからメール着信音が鳴った。取り上げてみると、にこからのメールだった。

 

 誰もいない部屋、いつもと同じ音――それでも以前のような孤独はもう感じないだろう。希はそう信じられるのだった。

 




 最後までお読みいただき、ありがとうございました。ご感想、評価等いただけると嬉しく思います。また、よろしければ他の作品もご覧いただければ幸いです。よろしくお願いいたします。
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