切なさの距離感 ~ Story of Nozomi 作:Kohya S.
数日後、二月十四日。
あらかじめ評判のいい地元の洋菓子店でチョコレートを調達していた希は、放課後の生徒会室で絵里に渡した。絵里からもリースを模したチョコレートが希にプレゼントされた。
「ありがとう、希」
絵里は満面の笑みだ。
「こちらこそありがとう、絵里ち」
希もそうこたえた。
「……こういうのが女子高の醍醐味よね……」
絵里は夢見るような口調だ。
「……? そんなもんやろか……?」
希の独白は絵里には聞こえなかったようだった。
そのあとその場でチョコレートを開けてお互いに味見をしたのだった。
・
土曜日。幸い良い天気に恵まれた。
野中からは先日連絡があり、相手は和泉と
野中とはお昼過ぎに駅で待ち合わせ、遊園地の最寄り駅まで地下鉄に乗った。
野中はざっくりとしたオフホワイトのニットにオリーブ色のひざ下丈のスカート、ネイビーのマフラーをあわせていた。
希は橙色のニットワンピースの上に、オフグリーンのPコートを組み合わせ、グレーのオーバーニーソックスをはいていた。小ぶりのトートバッグを下げている。ベージュのベレー帽がアクセントになっいた。
地下鉄の座席で揺られながら野中がいう。
「東條さん、今日はありがとう」
「ええんよ、たまにはうちも遊びに出んとね」
「本当は、一緒に来てもらえるか、不安だったんだ」と野中。
「ん、どして」
「東條さん、クラスのみんなと仲がいいけど、あまりお休みの話とか、してないし……」
意外に見てる子やね……。
「まあ恋する女の子は応援せんとね」と希。
「うん、うまくいくといいな。よろしくね、東條さん」
そういうと野中は希の両手を握った。
「希でええよ」
「じゃあ、私も美紀って呼んでね」
「了解、今日はがんばろ、美紀ちゃん」
希も美紀の手を握り返した。
数駅で地下鉄は最寄り駅に到着した。
駅から出てしばらく歩くと待ち合わせ場所の遊園地の入り口だ。
「男性陣は来とるかな……」
希は背伸びをしてきょろきょろと見渡す。
「あ、もう来てるみたい」
美紀が足を速めた。希もついていく。
「和泉さん」
美紀が緊張した声で呼びかけた。
入り口の近くにいた二人連れがこちらに気付いた。
ひとりは長身で短髪、決して太ってはいないものの筋肉質でいかもに運動部系だった。もうひとりは希よりわずかに高いくらいの身長だろうか、やや小柄でどちらかというと痩せ型だった。
「あ、野中さん」と長身の少年がこたえた。ということは、こっちが和泉君やね。
小柄なほうの少年、遠田も会釈する。
「えっと、急に誘っちゃってごめんなさい」と美紀。「こちらが同級生の東條希さん」
「東條希です、よろしく」にっこりと笑う希。
「で、こちらが和泉透さん」
そういう美紀の顔はすこしほてっているように見えた。
「よろしく、和泉です」と和泉。
美紀が軽く和泉にうながすそぶりをするかしないかのうちに、もう片方の少年が口を開いた。
「で、俺が遠田直樹です。よろしくね、ふたりとも」
彼はにこにこと笑っている。
「お前、俺が紹介しようとしてたのに……」と和泉。
「いいじゃんいいじゃん。希ちゃん、だっけ。かわいいいねー。俺、来てよかった」
遠田の口調は軽かった。ひとりでガッツポーズをしている。
「まあこんなやつだけど、悪い奴じゃないから」と和泉。
希と美紀は苦笑した。
遠田があらためて希に話しかけた。
「で、希ちゃん、って呼んでいいかな?」
希は一瞬あっけにとられたがこたえる。
「……うん、ええよ、遠田君」
にっこりと笑いかける。
「そこは名前で呼んでよ……」という遠田の声を希は無視した。
「……じゃあ、私も、名前で呼んでもらおうかな」と美紀。
「美紀ちゃん、でいいかな……ちょっと照れるね」と和泉。
「透さん、今日はよろしくね!」
お、なんかいい雰囲気やん。もしかして遠田君はこれを狙ってたのかな……。だとしたら策士やね……。
券売機でチケットを買って中に入った。
都心の遊園地らしく敷地は限られているようだ 。しかしアトラクションが随所に配置されていてうまく視線をさえぎり狭さを感じさせなかった。なによりおもちゃ箱をさかさまにしたような混沌が楽しかった。
「うわ、これはすごいね」と希。
「あれ、希ちゃん、初めて?」と美紀がたずねる。
「うん、うち、ずっと東京から離れてたから」
「あ、俺も初めて」と遠田。
「そっか、みんな、来たことあると思ってた」と美紀。
「近所だと、小学校の遠足で来たりするんだけどね」と和泉もいう。
土曜日の午後とあって園内は混雑していた。
しばらく園内を歩いてから美紀の希望でまずはメリーゴーランドにのった。
続いてデートの定番ということでお化け屋敷に入ることにする。
なぜか鳥居をくぐってから園内の通路を進む。異界への入り口って感じかな、と希は思った。
しばらく進むとお化け屋敷の入り口だった。
「じゃあまずは、和泉と美紀ちゃんで……」と遠田。
ふたりはうなずき合うと狭い入り口から入っていった。
残りのふたりはしばらく待たされる。
「希ちゃんって、こういうの苦手なタイプ?」
遠田はなにかを期待してるのか笑みを浮かべて聞いた。
「うち、ぜんぜん平気なタイプ」
希はつれない返事を返す。
「あっ、そうなの……」遠田はすこし残念そうだ。
しばらくして係員に案内されてふたりは中に入った。
「希ちゃん、行こうか」
「おっけー」
中に入ると想像していたよりもさらに暗かった。古い日本家屋をイメージしているのか、ところどころに
狭い通路を希と遠田はゆっくりと進んだ。
どこからともなく読経の声が聞こえてくる。ときおり生暖かい風が吹いてくるようだった。
「雰囲気は、でてるね」と希は小声でいう。
「おう」と遠田が返した。
突然、一角に置いてあった日本人形が動き出し、希はびくっとした。
前方、遠くから美紀のものらしい悲鳴が聞こえてきた。
「希ちゃんも、ああいうの、どう」
明るければきっと遠田が笑いを浮かべてるのが見えただろう。
「いや、キャラじゃないし」
希はばっさりと返す。
「そうですか……」
途中の扉を開けて次の通路にはいる。ふたりの後ろで扉が閉まった直後、ふっと照明が消えてあたりは完全な闇に包まれた。
思わず息をのむ希。
すぐに明かりがちらつきながら灯った。暗闇だったのはほんの数瞬のはずだが、希にはずいぶん長く感じられた。
ふーっと希は息をはきだした。
その後も女性の幽霊に出会ったり、日本人形がずらっと並んだ長い廊下を歩いたりして――ようやく出口から外に出たときには、希はほっとしたことは否めなかった。
外には先に出た美紀と和泉が待っていた。ふたりは手を握っていた。
手を握って……?
ふと気付くと希はいつのまにか遠田の手をしっかりと握っていた。パッと手をはなす希。
遠田がにやっと笑った。希も笑うしかなかった。
・
「次はどうしよっかな?」
美紀が園内の案内図を見ながらいった。
「やっぱりジェットコースターかな」と和泉。
園の外周を走るようにレールが張り巡らされ、コースターが走っているのに希は気付いていた。
「あまりスピードは出ないみたいやね」と希。
「小学生のころはすごく怖かった気がするな」美紀はいう。
「まあ子供のころは純粋やからね」
四人は順番待ちの列に並んだ。
しばらくすると順番が来たがこの回で乗れるのは二人だけらしい。四人は相談して列の後ろの二人に譲った。
「で、先頭に乗れることになったわけですが」と遠田。顔から笑いが消えていた。
「ここはふたりに譲らんとね」と希。
「いいの? じゃあ、そうさせてもらうね」
美紀と和泉は見つめ合って笑っている。おーおー、いいねいいね。
ふと横を見ると遠田は心なしかほっとしているようだった。
一周したコースターが戻ってきた。
美紀と和泉が先頭に、その後ろに希と遠田が乗った。
係員の合図とともにコースターが動き出した。最初の坂をゆっくり上っていく。がたがたと不安定に揺れていて――いつ止まってもおかしくないといったら失礼だろうか。
頂上まで来るとコースターは一気に加速して走り出した。
いきなりの急カーブで希は園内の建物に衝突しそうな錯覚を覚えた。一瞬空中に投げ出されそうになったあと、今度は建物の中に飛び込んでいく。
「きゃー!」
希は思い切って叫んでみた。
前の席をみると美紀も楽しそうに叫び声を上げていた。
コースターは民家の間をすり抜け真っ暗な通路に突入した。最後に坂を上り明るい空間に戻ってくるとそこはもう元の乗り場だった。
ごく短いコースターだったが希は思ったよりもスリルが感じられ興奮していた。
横をみると遠田が固まっていた。
「遠田君、ついたよー」
「……お、おう」
希にうながされて遠田はぎくしゃくとコースターから降りた。
「結構、怖かったな」
「ほんと、びっくりしたね」
和泉と美紀が話している。希も同意見だった。
「んー、次はどうしようかな」と美紀。
「はーい、おじさんは休憩します」と遠田が手を上げていった。心なしか顔色が悪い。
「みんな同い年やないかい」と希は突っ込んでおく。
「あーでも、ちょっと疲れたのはほんと。あとは若いふたりにまかせます」
んー、たしかに遠田君のいうとおり、そろそろふたりきりにしても大丈夫そうやね……。
「うちと遠田君はちょっと休むから、ふたりで遊んできたら」
「悪いね、東條さん」と和泉。
「じゃあ、また連絡するね。……透さん、行こう」
美紀と和泉は園内の人混みにまぎれていった。
・
希と遠田はテーブルや椅子の並んだスペースに行って腰を下ろした。テーブルに突っ伏す遠田。
「遠田君って、ジェットコースターとか苦手なタイプ?」
希はさきほどの遠田の言葉を思い出して意地悪く聞いた。
「……はい、苦手なタイプです……」
しばらくすると彼もようやく落ち着いてきたようだ。ようやく体を起こす。
「意外やね」
「誰かがスピード出てないっていうから、挑戦してみたんだけど、だめでしたね」
希をすねたように見つめる遠田。
「あはは……。すまんね。でも、うちも怖かったよ。あんなところ通るなんて、思ってなかったから」
「いや、心臓に悪いです」
遠田はまた下を向いてしまった。
「……なんか飲む?」
希は遠田の顔を覗き込むようにして聞いた。
「じゃあなにか炭酸系で……」
希は自販機でジュースを二本買ってきて一本を遠田に手渡した。
「はい、うちのおごり」
遠田は顔を上げた。
「ありがとう」
ふたりはしばらく無言でジュースを飲んだ。
「あのふたり、うまくいってるみたいだね」と遠田。
「んー、みたところええ感じやね」
「えー、それで俺たちは……?」
遠田が薄笑いを浮かべて聞いた。
「んー、……友達関係?」
希はとぼけてみせる。
「そうですよねー。はい」露骨に落ち込んでみせる遠田。
「今日は、恋のキューピット役、やしね」
「まあね。で、このあと、どうしましょうかね」
遠田は飲み終えたペットボトルを両手でいじりながらそういった。
「んー、そのまま帰るわけにはいかんし」と希。
「やっぱり、食事とかですかね?」
「おしゃれなところとかいいんやけど。男性陣に期待していいのかな?」
希は遠田ににやりと笑いかける。
「あー、高校生のお財布にはちょっと辛いかなー」
遠田は苦笑いしている。
「じゃあ、カフェとか」
首をかしげる希。
「それがいいですかね」
遠田もうなずいた。
「なにか下調べとかしてあるん?」
「ないでーす」
悪びれもせずに遠田はいった。
「もう、今からでも調べんと」
「はいはい。泥縄だなあ」
遠田はスマートフォンを取り出した。しばらく触っていたがやがていった。
「……こことか、どうですかね?」と希にスマートフォンを示す。
「ふむふむ」と希。
希の顔が遠田に近付く。遠田はびくっと体を固くした。希はそれに気づかず続ける。
「悪くないんじゃないかな」
「……じゃ、とりあえずここにします」
遠田はそういった。
方針も決まったのでふたりは立ち上がった。
そのあとはふたりでゲームコーナーに立ち寄ったり、アトラクションに乗ったりして過ごした。バイキングにも乗ったが、遠田曰く、ジェットコースター以外は大丈夫らしい。
そろそろだろうと希は美紀に連絡した。入り口で待ち合わせる。日がだいぶ傾いてきていた。
入り口の前で待っていると遠田が希にいった。
「俺、相手が希ちゃんで、ほんと、よかったです」
口調は軽いが真実味を帯びているように希は感じた。
「なんで?」と聞いてみる。
「よく気が付くし、すっごく可愛いし、なんかいい匂いもするし」
「おだててもなにも出えへんよ」
希は茶化すようにそうこたえたがまんざら悪い気はしなかった。でも、匂いは……どうなんやろね。
「今日は楽しかったです」
「……うちも、楽しかったよ」
これは本音やん。
「希ちゃん!」
美紀と和泉がやってきた。
「美紀ちゃん、どうだった、楽しかった?」
「うん、すごく。透さんは?」
「俺も楽しかった」
「よかった」と美紀は透に笑いかける。和泉も笑った。
・
遊園地から外に出た。
「これからどうしようかな?」と美紀。
まだ別れたくなさそうな雰囲気を漂わせている。
「ちょっとおなかが空いたし、なにか食べていこうか」と和泉。
「夕ご飯にはまだ早いし、おやつでも食べよっか」
そう提案する希。
「はーい、俺、いい店、知ってます」と遠田が手を上げていった。
「へー、遠田が。意外だな」と和泉
「まあまあ、細かいことは置いといて、こっちですよー」
遠田はにこにこと笑いながら先に立って進み始めた。
雑居ビルやお店が並んだ通りをしばらく歩いた。そして細い路地に入ってすぐが目的のカフェだった。
「うわ、すてきね」と美紀。
間口は狭いが白い外壁とダークブラウンの建具がよくマッチしていた。ところどころにアイビーが絡まりアクセントになっている。入り口にはグリーンのオーニングがかかっていた。
「あー、迷わずについてよかった……」と遠田が小声でいった。
「ぐっじょぶや、遠田君」と希も小声で遠田に伝えた。
遠田はにやりと笑った。
店内は一階にカウンターとキッチン、席がいくつかあり、さらに二階にも席があるようだった。テーブルや椅子はそれぞれ形が異なっている。どうやらアンティークらしい。
カウンターでそれぞれケーキやタルトなどのスイーツとドリンク注文した。
「ここは任せてよ」という和泉と遠田に会計はお願いして、希と美紀は二階に上がった。ちょうど空いていた窓際の席に座った。
都会の町中の店舗なので眺めは決してよくはないが、窓際に植えられた観葉植物と太陽の光のせいで開放感があった。
男性陣が席についた。希と美紀が隣り合わせで、美紀の向かいに和泉、希の向かいに遠田だ。
しばらくすると店員が注文の品を持ってきた。さっそく食べ始める四人。
「うん、おいしいね」
ケーキをひとくち食べた美紀がいった。
「なかなかやね」とタルトを食べつつ希もうなずく。
「遠田、ありがとう」と和泉。
「いやー、あはは。うん、でも本当においしいなー」
スイーツを食べ終え、しばらくして落ち着いたころ。
美紀が鞄の中から紙袋を取り出した。
「透さん、これ……すこし遅くなっちゃったけど」
「これって……」と和泉。
「チョコレートだよ」と遠田が和泉に小声でいった。
「あ、そうか。ありがとう」
和泉は素直に嬉しそうだ。
遠田は希のことをじっと見つめている。これは、思いっきり期待されとるね……。
「しゃーないなあ」
そういうと希も小さな包みを取り出した。絵里へのチョコレートを買ったときに一番小さいものを買っておいたのだった。
「はい、どうぞ」
すこし照れながら希は手渡した。
「おおー、ありがとうございます」
遠田はおしいただくようにして受け取った。
まあ、用意してきてよかった、かな。
そのあとも四人はおしゃべりに花を咲かせた。
美紀がふとしたことから占いのことを話題に出した。
「希ちゃんは占いが趣味なんだよね」
「うん、そうやね」と希。
「あ、美紀さんから聞いてました」と和泉。
遠田もうなずいた。
「この前も私、占ってもらって……すっごくよく当たるんだよ」と美紀。
「たまたまやん、たまたま」
希はかぶりを振る。
「透さんも占ってもらったら?」
「うーん、俺は占ってほしいこととか、ないしなあ。遠田は?」
「あ、俺、占ってほしいです」
いつになく真剣な口調だった。
希に三人の期待のこもった視線が集まった。
「……はいはい、じゃ、占いましょ」
希は鞄からポーチと布を取り出した。遠田がテーブルの上を片付けてナプキンでふいた。
「ありがとう、遠田君」と希。
「いえいえ」
希は紫色の布をテーブルに広げた。真ん中にタロットカードの束を置いた。
「本格的だね」と和泉。「でしょ」と美紀がこたえる。
「なにを占う?」
希は遠田をじっと見ながらいった。
その視線に遠田はすこし動揺しているようだった。
「えーと、恋愛……もとい、これからの人間関係とか、でお願いします」
希はシグニフィケイターとしてカップのナイトを選ぶ。それを表にして真ん中に、残りのカードの束をその横に置いた。
「遠田君を象徴するカードがこれになります」と希。神妙にうなずく遠田。
希はもったいをつけて続ける。
「では、左手をカードの束の上に乗せて、占いたいことを念じましょう」
左手をかざし目を閉じてぶつぶつとつぶやく遠田。遠田が目を開いたのを見て、希はいった。
「はい、手は戻していいよ」
希はカードをシャッフルした。そして以前、野中にやってもらったようにカードの束をカットしてもらう。
遠田がカットを終えると希はカードの束を手に取った。目を閉じてしばらく念を込める。
そしてカードを一枚ずつ置いていった。今回は三枚だけだ。
「あれ、前にやってもらったのと違うね。枚数が少ないみたい」と美紀。
「うん、広げ方はいろいろあるんよ」
「えー、しっかりやってくださいよ」
遠田はすねたようにいう。
「枚数と占いの内容は関係ないんよ」
希はなだめるようにいった。今回は内容がざっくりしてるから、あまり枚数を使っても混乱するだけやしね……。
カードは左からカップの五、ワンドの九の逆位置、そして女司祭長だった。
「いちおう、左から、過去、現在、そして未来やね」と希。
「……それでどういう結果なんですか」と遠田が身を乗り出す。
「あわてるんじゃないの」
希は三枚のカードから印象をつかんでいった。そしておもむろに口を開いた。
「うーん、いままでの人間関係には、遠田君は決して満足していない……って感じ、かな。客観的に見てどうかは、わからないけどね」
遠田がうなずくのを見て希は続ける。
「そしてカードは、今のままでいいかどうかもう一度考えてみては、といってるんよ」
「なるほど」と真剣な表情で考え込む遠田。
「最後、女司祭長ってカードやけど……遠田君の選択によっては、周りもふくめて、落ち着くところに落ち着く、ってことだと思う」
「……なんか、わかったようなわかんないような、感じですね」
遠田の口調に軽さが戻ってきた。
「まあ、占いなんてそんなもんやしね。ヒントになれば、いいんやけど」
希は笑っていった。
「ありがとうございました」と遠田は律儀に頭を下げた。
そのあとすこし話をしてから希たち四人は店を出た。外は暗くなり始めていた。
細い通りを歩くとほどなくして駅についた。
希と美紀は上りの、遠田と和泉は下りの電車だった。
上り電車のホームまで遠田と和泉のふたりがついてきた。
「また連絡するね、透さん」
「うん、またね」
「あの、希ちゃん、連絡先……」
遠田は早口でいう。
「じゃあね、遠田君、和泉君」
希は遠田の言葉にかぶせるようにいった。
ホームに電車が入ってきた。希と美紀が乗り込んだ。
「またね」と手を振る美紀。
「希ちゃん、連絡先を……」
希はにっこりと笑って手を振った。
扉が閉まって電車は走り出した。遠田ががっくりとうなだれているのがガラス越しに見えた。
「……連絡先、教えてあげないの?」と美紀。
「うち、そんな柄じゃないし」
「遠田君、いい人っぽかったけど」
「まあ、そうやけどね……」
希は窓の外を眺めた。電飾の付いた看板がつぎつぎと流れていった。
・
希が帰宅したころには空はすっかり暗くなっていた。
誰もいない部屋。すっかり冷え切っている。扉の鍵を閉めて明かりを付け、エアコンのスイッチを入れた。ケトルに水を入れてコンロにかける。
ひとりで住むには広すぎる2LDKのファミリー向けマンションが希の自宅だった。LDKにはテーブルセットと観葉植物があるくらいでがらんとしている。希は残りふたつの部屋の片方を自室として使っていた。
希はシュシュを外して髪を下ろすと、LDKをぬけて自室に入りベッドに倒れこんだ。長い髪がベッドに広がった。
寝返りをうって天井を眺める。
希は今日一日、遠田と一緒にいて楽しかったし、むしろ彼にはやや好感を覚えた。
うち、どうして連絡先を教えなかったんやろ……。やっぱり深入りするのが怖いんやろか……。
エアコンのコンプレッサーのうなり、遠くの電車、ケトルでお湯がわきつつある。
いつもと同じ音を聞きながら――希はいつもよりも孤独を感じるのだった。