切なさの距離感 ~ Story of Nozomi 作:Kohya S.
翌日、希は絵里と一緒に買い物に行った。絵里からは昨日どうだったか聞かれたが、希はふたりはうまく行きそうだとこたえた。
「それで、希のほうはどうだったの?」と絵里。
「うち?」
「ほら、ダブルデートでしょ。希にもお相手がいたわけでしょ」
すこし早口になる絵里。
「ああ。うちらは一日お話しして、連絡先も交換しないで別れたよ」
希はなるべくあっさりとこたえた。
「あら、そう。残念だったわね」
絵里はそういいながら、どこか安心したようだった。
・
翌週の土曜日、午後。やや風の強い日だった。
神田明神での巫女のアルバイトを終えた希は、すこし遠回りになるが秋葉原駅の方へ向かった。ふと秋葉原のお稲荷様にお参りする気になったのだった。
希は縁あって秋葉原から近い神田明神で不定期に巫女のアルバイトをしていた。神社の荘厳でありながらどこか心安らぐ雰囲気が好きだし、巫女姿になると気分まで凛とする気がして、希はアルバイトを気に入っていた。
神田明神下の交差点から駅のほうにすこし歩くと、ビルに囲まれた一角に小さな神社があった。赤く塗られた鳥居と柵が目立つ。
希は短いが急な階段をのぼり賽銭を入れる。
「油揚げはないけど、許してな」
作法にのっとって礼拝してから階段をゆっくりとおりた。
「さてと」
自宅に向かおうとしたとき強い風が吹き付けてきた。
「おおっと」
希は思わず目を閉じた。一瞬、風にまぎれて狐の姿が空を飛んでいくのが見えた気がした。
「ふー、びっくりした。なんやろね……」
狐にうながされるように希は自宅ではなく駅のほうに向かって歩き出した。
ビルのあいだの通りをすこし歩くと秋葉原の雑踏が近付いてくる雰囲気が感じられた。
ふと気付くと前から見覚えのある男性が歩いてくるのが見えた。イヤホンを付けている。遠田だ。
希はそのまま通り過ぎようとしたが遠田も希に気が付いたようだった。遠田はイヤホンを急いで外す。
「希ちゃん?」
あちゃー、気付かれちゃったか。
「いやー、希ちゃん、今日も可愛いですね」
「ども」と希は気のない返事をする。
「こんなところで会うなんて、奇遇ですね。運命を感じますね」
遠田は相変わらずの調子だった。
「そうかな……」
希の淡白な返事には気付きもしないように遠田は続ける。
「今日はどうしたの? 部活の帰り、とか?」
「いや、バイトの帰りなんよ。遠田君は?」
あまり深く聞かれても困るので希は質問を返す。
「俺は、ちょっと買い物に来たところ。ねえ、希ちゃん、これもなにかの縁だし、お茶でもしていきません?」
「うーん、そうやねえ……」
縁、か。そういえばさっきのお狐様……なんとなくこっちに来ちゃったけど、この出会いのためなのかな……。
「俺、いい店、知ってますよ」
遠田の言葉に希はくすっと笑った。
「……ええよ」と希。
「え、ほんとにいいんですか。やったー」
両手を挙げて大げさに喜ぶ遠田。
「……大げさやな、遠田君は」
希も笑いながらいう。
「いやほんと、嬉しいです。こっちですよ」
遠田は希が来た方向へ歩き出した。
お稲荷様の横を通る。
「こんなところに神社があるんですよね。知ってました?」と遠田。
「もちろん知っとるよ。遠田君、お稲荷様のおかげなんだからね。ちゃんとお参りしとき」
「はあ。希ちゃんは?」
「うちはもう済ませたよ」
遠田は不思議な顔をしながらも参拝する。
「行ってきました」
「よしよし」
二、三ブロック歩いて遠田が立ち止まる。
「ここです」
「ここって……」
そこにあったのは希にも非常に見覚えのあるチェーンのコーヒー店だった。
「思いっきり普通のお店やん」
「いやいや、ここ、穴場なんですよ」
遠田はまるで自分の手柄かのようにいった。
「穴場?」
希は疑わし気にいう。
「サラリーマン向けの店なんで、秋葉原から近いわりに、土日は空いてるんですよ」
「ほう」
「ま、入りましょう」
扉を開けて中に入った。各店とも統一されたおなじみの店内だ。席は一階と二階があり二階が禁煙席になっているようだ。
「なんでもどうぞ」とカウンターの前で遠田がいう。
「じゃ、遠慮なく」
価格帯もそこそこなので希は本当に遠慮せずに選んだ。とはいえ食事には時間が早いのでモンブランと紅茶にする。
「先、二階、行っててくださいね」と遠田。
希は狭い階段を二階に上がった。二階はそれほど広くないが――20席ほどだろうか――二、三人の客がいるだけで、たしかに空いていた。
希は外が見える席に座った。
ほどなくして遠田がトレーを持ってあらわれた。トレーをテーブルに置いてから希の向かいに座った。
「どうぞ」と遠田。
「ごちそうになります」
希はぺこっと頭を下げた。
遠田はチーズケーキとコーヒーを頼んだようだ。
「いただきます」と手を合わせてから希はケーキを一口食べる。うん、甘いものにこだわりがあるわけやないけど、普通においしいやね。
「それで、希ちゃん」
希が一段落したところを見て遠田がいった。
「ん?」
「あんな裏通りにいたってことは、わざわざ神社に来てたんですか?」
遠田は純粋に疑問に思っているらしい。
「そうだよ」
希も素直に答えた。
「うーん、その……最近のひとにしては、珍しいですね」
「あはは、そうかもね」
「なにか理由があるんですか。……あ、占いの関係とかかな」
遠田がひとり合点しそうになるのを希はちょっと不満に思った。
「……うち、ああいうスピリチュアルなところ、なんとなーく、気になるんよ」
希はそういって目を閉じた。色白の顔に長いまつげが映えた。
「スピリチュアル」
そんな希を見ながら遠田が繰り返した。
希は目を開けてこたえる。
「うん、霊的っていうか、神秘的っていうか……まあ、そんな感じかな」
「……わかったようなわからないような、そんな感じですね」
遠田はコーヒーを飲んだ。希も紅茶を口にする。
「……でも、神社とか、お寺とか、そういうところの魅力って、なんかわかる気がします」
いつになく真剣に遠田がいった。
「そう?」
希は聞き返す。
「昔からそこにずっとあって、見守ってくれてるっていうか……。なんかよくわからないですけど……」
遠田の言葉を聞いて希はすこし嬉しくなった。笑みが浮かぶのがわかった。
希はそのまま窓の外をながめた。風で電線が揺れていた。遠田は無言でカップを口に近付ける。
しばらく窓越しに聞こえる風の音と店内の静かなBGMだけが聞こえていた。
さはほど遠田の言葉と、その沈黙にうながされるように、希は思わず口を開いていた。
「うちね、小学生のころから、ずっと転勤族だったんだ」
遠田は軽くうなずいたがそのまま黙っている。
「友達もなかなかできないし、できてもすぐにお別れ……」
遠田がなにかいいたそうな顔をするのを横目で見て、希は遠田に向き直り続けた。
「あ、でも、いじめられてた、ってわけではないんよ」
ほっとしたようにうなずく遠田。希は目を落とし続けた。
「……そんなときにね、鎮守様とか、お社とか、どこの町でも必ずあって……そこにいけばなんとなく、落ち着いたんよね」
紅茶を一口飲んで希はいう。
「人でない、なにかがいるような、そんな気がしてね……」
またしばらく沈黙が流れた。遠田が口を開いた。
「……わかる気がします、その感じ……」
希は遠田を見た。真剣な表情だ。希はすこし恥ずかしくなり顔を伏せる。
「そう……ありがと」
間を置いてから希は顔を上げた。わざと明るい声でいう。
「はい、昔話は終わり! で、遠田君はなにしに来てたの?」
遠田の顔も明るくなった。
「今日はちょっと趣味の買い物で……。俺、音楽とか聞くんですけどね」
「ふんふん」
希はうなずきながら聞く。
「たいてい通販で買えちゃうんですけど、たまには店頭で棚を眺めるもの悪くないんですよね」
遠田は笑みを浮かべた。
「その感じ、わかる気がする」
あれやね、スピリチュアルなグッズも手に取らないと価値がわからないのと同じやね……。ん、ちょっと違うかな。
「ですよねー」と遠田。
「今度、なにかお勧め、聴かせてね」
「今度?」
遠田が目を輝かせた。
はっ、うちいま、あまりよろしくないことを流れで口走ってしまった気がする。
「じゃあ、期待していいんですね?」テーブル越しに乗り出してくる遠田。
あちゃー、そうなるよね、やっぱり。
「そこは、社交辞令やん」
「そんな、ひどい……」
遠田はがっくりとうなだれる。
しゃーないなあ。
「じゃ、連絡先、教えてくれる?」と希。
「い、いいんですか」
「いい店、紹介してもらったし、ね」
「やったー」
いそいそとスマートフォンを取り出す遠田。希も鞄からスマートフォンを取り出した。電話番号とメールアドレスを交換する。
「ありがとうございます」と深々と頭を下げる遠田。
「はいはい」
そのあとは美紀と和泉のことなどを話した。遠田から見ても和泉と美紀はうまくいっているらしい。しばらく会話してから店を出た。
家まで送るという遠田を希は丁重にお断りしてその場で別れることにした。
「また連絡しますねー」と遠田は手を振りつつ秋葉原駅のほうに歩いていった。
希も遠田に手を振り返すと自宅のほうに歩きだした。
歩きながら希は考える。
うち、どうして昔のこと、遠田君に話してしまったんやろ……。スピリチュアルなことについて否定されなかったから? それとも遠田君が聞き上手なだけかな……。
ただ希は不思議とあまり後悔は感じないのだった。
・
そのあと、ちょうど通り道なのでもう一か所の神社にも立ち寄った。……こっちは遠田君も知らないだろうな。あとで教えてあげよう。
自宅に着くころには日はかなり傾いてきていた。
自宅に入るとカーテンの隙間から夕陽が差し込んでいた。扉の鍵をかけエアコンのスイッチを入れた。
コートをコートハンガーにかけてからダイニングの椅子に座った。
いつもの部屋。いつもの音。
そのときコートのポケットに入れてあったスマートフォンからメール着信音が鳴った。希は一瞬驚いたがハンガーに近付いてスマートフォンを取り出しメールを開く。
遠田からのメールだった。今日のお礼と今度また連絡することが書かれていた。
「もう、遠田君、まめやね……」
希は嬉しくなってほほえんだ。
部屋がすこしだけ、温かくなった気がした。
・
「突然の呼び出し、いったいなんやろね」
廊下を絵里とふたりで歩きながら希はいった。
「さあ、私もわからないわ」
絵里はそうこたえた。
翌週、二月も末に近い日の放課後。生徒会室にいたふたりに生徒会顧問の先生が伝言を持ってきた。都合がつき次第、理事長室に来てほしいということだった。都合がつき次第ということは、いますぐということだろう。
理事長室の前でふたりは息を整えた。絵里が扉をノックする。
「どうぞ」の声。
「失礼します」
絵里が扉を開いた。ふたりは中に入り希が扉を閉めた。
重厚な木製の机の向こうに明るい髪色のスーツ姿の女性が座っていた。音ノ木坂学院の
希と絵里は生徒会の仕事でなんどか南理事長と話したことがあった。生徒のことをよく考えてくれている人だと、希と絵里の意見は一致していた。
「突然呼び出して、ごめんなさいね」と理事長は口を開いた。
「いえ、大丈夫です」と絵里。
「なるべく早めに伝えておいた方がいいと思ったの」
理事長の口調は硬かった。
「はい……なにか、よくないお話でしょうか」絵里が返す。
「察しがいいわね……」
そういうと理事長は間を置いた。そして続けた。
「実は、音ノ木坂学院の廃校が決まりました」
「廃校……?」
絵里の声はすこし震えていた。
「そんな、うち……」
希も思わず口に出していた。
「音ノ木坂の生徒数が減ってきているのは知ってるでしょう……」
理事長が続ける。うなずくふたり。
「来年度の定員割れは確実です……。このまま生徒数が減るようなら、廃校もやむを得ないと、先ほどの理事会で承認されたんです」
「でも、私たち、そんなこと急にいわれても……」と絵里。
ふたりの動揺を見てとった理事長は安心させるようにいった。
「もちろん、この三月で廃校、というわけではありませんよ。再来年度……つまり今度の一年生の次の年は、生徒を募集しない、ということです」
「ということは、今度の一年生が卒業するまでは存続するんですね」
希がたしかめるようにいった。
「そうなるわね」
「……それでも、三年後には廃校、ということですね」
絵里の声は暗かった。
「……そうなるわね」
理事長は繰り返した。
その事実がゆっくりと頭に染み込んでくると希と絵里は無言になった。
絵里ちや、うちが卒業するまではなにも変わらない。でも、いまの一年生が三年になるときには、一年生は入ってこない。そして今度の新一年生には……ずっと後輩がいないんやね……。
「なんとかならないんですか」と絵里。
「……残念ながらもう決まったことよ。生徒が大幅に増えるようなことがあれば別だけど……」
「そんな……」と希。
「私も辛いんです……。私の母校でもありますからね……」
理事長が苦しそうにいう。
「理事長……」と絵里。
「……生徒たちには来年度、始業式が終わったら発表します。……今日は、生徒会のふたりに、先に伝えておくべきだと思ったのよ。ほかの生徒には、まだ内緒にしてね」
理事長は硬い笑みを浮かべてそう締めくくった。
「はい……」希と絵里はこたえた。
「失礼します」
希と絵里は重い足取りで生徒会室へ戻った。
生徒会室に入り扉を閉める。
「廃校か……」
扉の前に立ったままで絵里がいう。
「絵里ち……」
希は心配そうに呼びかけた。
生徒会長に就任してから、絵里が音ノ木坂学院のためにいろいろ努力してきていたのを希は見ていた。そこにいきなり廃校といわれてショックは大きいだろう。
希は思わず絵里を抱きしめていた。絵里のトワレの匂い。絵里は一瞬びくっとするがすぐに力を抜いた。希に体を預けるような格好になる。
「……でも、まだ決まったわけじゃないみたいやん」
絵里の耳元で希はささやいた。
「え、理事会で決まったって……」
絵里が驚いたようにこたえた。
「生徒が大幅に増えれば、ともいってたよ」
「そうだけど……。私たち生徒に、なにができるっていうの」
「うちにもわからへん。でも、なにか、できるんじゃないかな……」
希はすこし腕に力を込めた。
「また、夢みたいなことを……」
絵里はそういうが声には明るさが戻ってきていた。
「えへへ……」
希は絵里にそういったものの、なにか考えがあるわけではなかった。
でも……なにか、なにか方法がありそうな、そんな気がするんやね。ふしぎやけど……。
「ありがとう、希。落ち着いたわ」
絵里はそういって希から体をはなした。
「このままじゃ、来年の一年生がかわいそうよね」と続ける。
「そうそう、可愛い新入生がね」
希は茶化すようにいった。
「なにかできることはないか、すこしずつでも考えてみましょう」
「そうやね」