切なさの距離感 ~ Story of Nozomi   作:Kohya S.

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4. スピリチュアルなデート

 しばらくたったある日の夜。希は学校から帰宅し食事と入浴を済ませベッドでくつろいでいた。

 明日の授業、予習でもしておこうかな……。

 

 そのとき机の上に置いてあったスマートフォンに着信があった。誰からやろ……絵里ちかな……。

 希は立ち上がりスマートフォンを手に取った。遠田からの電話だった。

 希はベッドに座り直して受話ボタンをタップする。

 

「あ、遠田です……」すこし弱気そうな声が聞こえた。

 希は普段とのギャップを面白く感じた。

「どうも」

「いま、電話、大丈夫ですか」

「うん、平気だよ」

 希はつとめて明るくこたえる。

「えーと、お元気ですか」

 遠田は相変わらず弱気な口調だった。

「おかげさまで」

「それはよかったです」

 

 しばらく沈黙が流れた。希はそのまま待った。なんとなく……緊張しているのが伝わってくるような気がする。

 

「……あ、あのよかったら、今度、一緒にどこか行きませんか」

 沈黙をやぶった遠田は一気にいった。

「ふふっ」

 希はそんな遠田のようすに思わずほほえんでしまった。

「……あの、希ちゃん?」

「あ、ごめん……。ん、いいよ」

 遠田の誘いをなかば予想していた希は深く考えることもなくそうこたえた。

「ほんとですか。やったー」

 一気に明るくなる遠田の声。

 

「で、どこにしましょうかね。買い物デート、とか、どうですかね。希ちゃん大人っぽいから、美術館とかもいいかな……」

 遠田はテンションが上がったのか一気にまくしたてる。

「……パワースポットめぐり、とか、どう?」

 それをさえぎるように希がいう。

「パワースポット?」と遠田が繰り返す。

「そう、運気が上がるんよ」

 希はもったいぶってこたえた。

「希ちゃんが行きたいところなら、もう、どこでもいいですよ」

 遠田は相変わらずの調子でいった。

「よっしゃ、決まりね」と希。

 

 ふといたずら心を起こした希はいう。

「美紀ちゃんと和泉君も誘う?」

「う……勘弁してくださいよ」

 遠田の動揺が伝わってきた。

「ふふ、冗談や、冗談」

 希は笑った。

「えへん、今度の土曜日でいいですかね」

 気を取り直して遠田が提案する。

「おっけー。場所と時間は、また連絡するね」

「わかりましたー」

 遠田は本当に嬉しそうだった。希も嬉しくなる。

 

 距離感がまだ測れていないせいか、しばらくふたりとも黙る。

「そんなところかな?」希がいう。

「そんなところですね」

 遠田も応じた。

「じゃ、とりあえず、おやすみなさい」

「希ちゃんも、おやすみなさい」

 遠田が通話を切るのを待ってから希はスマートフォンをロックした。

 

 とりあえずパワースポットめぐりなんか提案しちゃったけど、よかったんかな……。まあ、もしつまらないっていうなら……それこそ縁がなかった、って話やね……。

 いろいろ行きたいところがあったから、ちょうどいいやんね。

 どこにしようかな……芝と東京タワー、等々力渓谷、明治神宮、上野から谷中……。

 

 希は我知らずうきうきとしていた。

 自分が一も二もなく誘いを承諾したことは疑問にも感じていないのだった。

 

        ・

 

 翌日以降、希は絵里と話す機会があったのだが、デートのことは口に出せなかった。なんとなく嫌な予感がしたのだった。

 まあ、すこしくらい秘密があってもいいやね……。

 

        ・

 

 土曜日。幸い外は晴れていた。

 いつも通りに起きた希は休日の恒例になっているストレッチと瞑想をこなした。そして朝食を取ってから準備を始めた。

 準備といっても持ち物はデジカメを用意するくらいだ。

 あとは服やね……。

 

 クローゼットの扉の内側の鏡を見ながらいろいろと服を変えてみるが、どうもピンとこない。

 というか、うち、本気でデートって初めてやね……。

 

 さらにしばらく悩むがなかなか決まらなかった。

「はー」

 こうなったらもう、神頼みやね……。

 いくつかに候補を絞った希はタロットカードを取り出して数枚選び、シャッフルしてからいちばん上のカードを開いた。よし、これで決まりや……。

 

 軽く昼食を食べてから希は家を出た。

 

        ・

 

 土曜日の昼過ぎ。希が指定した待ち合わせ場所はある地下鉄駅の改札前だった。

 時間のすこし前に着くと遠田はすでに来ていた。遠田は白系のシャツの上にネイビーのパーカー、カーキ色のチノパンだった。スマートフォン覗いたりと落ちかないようすだ。

 

「遠田君」

 改札を抜けて希は声をかけた。

「あ、希ちゃん」

 遠田が希を振り向きぱっと笑顔になった。

「待たせたかな」

「いえ、ぜんぜんです」

 遠田は希のすがたをながめている。

 希はファーの襟つきのイエローベージュのハーフコートに、ブラウン系のチェック柄のミニスカート、黒のタイツをあわせていた。

 

「ん、どうかしたん?」

 無言になった遠田に希は聞いた。

「いや、希ちゃん、今日も可愛い……というかきれいですねー」

 遠田は素直にそういった。

「……もう、なにも出ないよ」

 そういいつつも希は素直に嬉しかった。

 

 ふたりは階段を上って地上に出た。まだまだ寒いが日差しには春の温かさが感じられる気がした。

「それで、どこへ行くんですか」

「そうやね、まずは神社にいこっか」

「了解です」

 敬礼でもしそうな調子で遠田がこたえた。

 

「今日行きたいところは、うちも、まだ行ったことのないところなんよ」

 歩きながら希は話す。

「それは光栄ですねー」と遠田。

 光栄ってどういう意味やろ……。

 

 出口からすこし歩いて角を曲がると通りの先に鳥居が見えた。

「意外に近いんですね」

「そうなんよ」

 

 通りのつきあたり、T字路の交差点をわたると鳥居のすぐ目の前だった。

 希は軽く鳥居に一礼する。遠田も真似をした。

「はじっこを通るんよ。真ん中は神様の通り道だからね」

 そういいながら希は鳥居をくぐった。

「そんなものなんですね」

 遠田もあとに続いた。

 

「参拝のお作法、知らない?」

「うーん、あまり真面目に考えたこと、ないですねー」

 遠田は苦笑いする。

「しゃーないなあ、希お姉さんが教えましょうね」

 希は腕組みをしていった。

「あ、よろしくお願いします」

 遠田はぺこりと頭を下げた。

 変なところで真面目やね、遠田君……。

 

 鳥居のすこしさきの左側に手水があった。

「ここで身を清めるんやね。うちの真似をしてね」

 希は袖をまくった。色白の腕があらわになる。希は左手、右手と清めた。そして次に柄杓から水を受けてふくよかな唇に水を含んだ。

 遠田はそんな希のようすをじっと見ていた。そして希の真似をした。

 

 境内の先には幅の広い、白い石造りの階段が見えていた。その奥には拝殿も見える。

 階段を登り切ってみると拝殿はかなりの大きさだった。拝殿の手前の両側には狛犬が鎮座している。人気のあるところなのか、何人かの参拝客がいた。

 

「なんか……すごく今風な感じですねー」

 遠田は拝殿を見ながらぽかんと口を開けていった。

「うん、最近改築されたらしくて、来たかったんだよね」

 希は遠田のわきで拝殿をながめた。

 

 遠田のいう通り、拝殿は直線的で大きく張り出した屋根と、白木の柱が目立つ、いわゆる神社らしくない作りだった。どこかのおしゃれなお店といわれても納得してしまいそうだった。

 

 妙な狛犬が目をひいたが希はまずは参拝を済ませてからと思い直した。

 

「参拝の基本は、二礼二拍手一礼、や」

 希は諭すようにいった。

「はい」

 遠田は素直に聞く。

 

 拝殿の前でまずは一礼した。鈴を鳴らして賽銭を入れる。遠田も隣で繰り返した。

 希は二回、深くおじぎをした。遠田が隣でちらちらと希のほうを見ながら真似しているのがわかる。「二礼二拍手一礼……」とつぶやいているのがわかり希はおかしくなった。

 希は気を取り直して柏手を二回、打った。

 両手をあわせて念じる。……微力を尽くしますので、どうか音ノ木坂学院が存続しますように……。この神社の御利益は厄除け、学問芸術、やったしね……。

 

 最後にもう一度深くおじぎをしてから、希は神前から下がった。

 希のようすを終始見ていた遠田も続いた。

「まじめにやると、けっこう緊張しますねー」

「まあ、神様の前だから、緊張してるくらいでいいんよ。それで、なにをお願いしたの?」

 希は首をかしげる。

「あ、希ちゃんの真似をするのが精一杯で、なにもしませんでした……」

「うふふ、神様も拍子抜けしたやろね」

 希は笑った。

 

 はあ、と肩を落とす遠田を置いて希は狛犬に近付いた。改築と同時に新しくなったのだろう。普通の狛犬よりも装飾がすくなく、まるでスフィンクスのような姿をしている。

 希はデジカメを取り出し狛犬を写真に収めた。続いて拝殿の写真を撮影する。

 

「あ、デジカメですか」

 遠田が近付いてきていった。

「うん、スピリチュアルなスポットで写真を撮って、運気をわけてもらうんやね」

「なるほど。どうですか、希さんと狛犬で一枚」

 にこっと笑う遠田。

「え、いいよ」

「まあまあそういわずに」

 遠田は希からデジカメを取り上げた。

 

「はい、いきますよー」

 遠田が軽快に呼びかけた。

 狛犬が高い位置にあるのでどうしてもローアングルになる。遠田は中腰だ。

 すこし戸惑いながらも希は狛犬の前でほほえんだ。シャッター音が響く。

「はい、おっけーです」

 カメラから目を外して希にほほえんだ。

「……ありがと、遠田君」

 希は遠田からデジカメを返してもらおうとしたが遠田はいった。

「せっかくなので、ふたりで撮ってもらいましょうよ」

 ウインクする遠田。

「え?」

 さらに戸惑う希。

 

「……あ、すみませーん」

 ちょうど通りかがった初老の夫婦に遠田が頼んでいる。

「あ、ここを押せばいいんで。はい、お願いします」

 そういってから遠田は狛犬の下に走り寄る。

「希ちゃん、撮ってくれるって。はいこっちこっちー」

 狛犬の下で並ぶふたり。若干ひきつった顔の希にくらべて遠田は満面の笑みだ。シャッター音が鳴った。

 

「ありがとうございました」

 遠田はカメラを受け取ると夫婦に礼をいった。希にカメラを返す。

「もう、遠田君、強引すぎるよ」

 希は本気ではないものの抗議する。

「あ、ごめんなさい。あまり撮られるの好きじゃない感じですか?」

 遠田は心配そうにいった。

「そういうわけじゃないけど……」

 言葉をにごす希。

「でも、よく撮れてますよ」

 遠田にそういわれてデジカメで確認してみる。たしかにすこしユーモラスな狛犬と希、遠田がバランスよく並んでいた。

 怒るに怒れなくなる希だった。

 

 次にふたりは隣接して建つビルの中にある社務所のほうへ行ってみた。カウンターがありお守りなどが並んでいた。

「希ちゃん、お守りとか、買いますか?」

「うちは、いろいろ行くからね……。本当に気に入ったものだけやね」

 希は続ける。

「それにね、遠田君。お守りは、買うんじゃなくて、お受けするものなんよ」

 また講義モードになってるやね……。希は内心苦笑いする。

「はあ」

「初穂料……まあ、お布施やね、それをお納めして、お守りを授かるんやね。お守りは小さいとはいっても、神様の分身やからね」

「売り買いできない、ってことですね」

 遠田は合点がいったようだった。

「そうやね」

「勉強になります」

 

 とりあえずそのまま先に進むとガラス張りの店舗になっていた。カフェのようだった。

「へえ、カフェになってるんやね」

 希も知らなかった。

「驚きですねー……なにか食べていきますか、あれ、おいしそうです」

 サンプルを見て遠田がいう。

「まだちょっと早いかな」

「……そうですね」

 すこし残念そうな遠田がほほえましかった。

 

 ふたりは最後に合祀されている別の神様にもお参りしてから神社をあとにした。

 

 鳥居をくぐると久しぶりに元の世界に帰ってきたかのようだった。雑踏がなぜか新鮮に映る。

 

「どうだった?」

 うしろについてきていた遠田のほうにくるっと向き直って希がたずねた。

「いや……けっこう楽しいですね。いろいろ新鮮でした」

 遠田は目をぱちぱちさせた。

「まあ、それは、この神社が珍しいのもあるかもね。……今日はもうすこし、付き合ってね、遠田君」

 希はにこっと笑った。

「はい、ぜひ!」

 遠田は熱心な口調でそうこたえた。

 

        ・

 

 ふたりは大きな通りに戻りしばらく歩いた。途中の交差点で左折してまた数分歩く。

「ここやね」と希が立ち止まった。

 大きな交差点のすぐ脇に目立たない細い階段が続いていた。その先がすこし小高くなってるらしい。

「あ、なんか鳥居が……じゃないですね、あれ」

「しめ縄やね」

 

 階段の前でふたりは一礼する。急な階段だった。希は先に立って上り始めた。遠田が後に付いてくる。

 階段の途中には鳥居が立っていた。

 しばらく上るとなぜか遠田が急ぎ足で希を追い越していった。

 

 急な階段……うちはいま……ひょっとして……。

 

 階段を上り終えた。遠田は先について肩で息をしていた。

「遠田君……その……なにか見た……?」

 希は静かな口調でたずねる。

「いえ、ぜんぜん、なにも見てませんよ」

 遠田は目をそらしてそうこたえるのだった。

 

 希は自分のうかつさを呪うしかなかった。

 

 階段を上り終えたところは小さな境内だった。さきほどの神社と違って誰もいない。いわゆる神社らしい造りの本殿と社務所があった。ここの狛犬はごく普通だった。

 

「ちなみに、どんな神様なんですかね」

 ようやく落ち着いたようすの遠田がきいた。

「八幡さまだから……武運の神様やね」

 ふたりはさきほどと同じように参拝した。今度は遠田も迷うことなく終えたようだった。

 

 希が何枚か写真を撮ってから、ふたりは境内でしばらくたたずんだ。

 すこし高いところにあるせいか車の音などもあまり気にならず静かだった。

「ここ、由緒あるんですか」と遠田。

「うーん、九世紀の創建っていうから、かなりのものやね」

 希は腕組みをしていう。

「おお、なんかすごいですねー」

 

 境内から出て参道を下り交差点に戻ってきた。

「最初の神社もよかったですけど、こういう静かなのも、いいですね」

 遠田は感銘をうけているようだった。

「そうやろ。とりあえずもう一か所くらい回ってから、ちょっと休もっか」

 希は嬉しくなってそういった。

「はい、先生!」

「先生じゃないって……」

 

        ・

 

 交差点から細い通りに入ってまっすぐに歩く。最初のうちは住宅街だったがそのうちに店なども多くなってきた。飲み屋なども多く夜は相当にぎわうのだろう。

 しばらくしてふたたび大きな通りに出た。

 

「えーっと、この通りのはずだけど……」

 希は通りの左右を見渡す。

「あそこじゃないですか」

 遠田が指さすほうには朱塗りの門らしき建物が見えた。

「そうみたいやね」

 

 ふたりは門をくぐり中に入った。

 境内さほど広くなかったが、白い砂利敷きの短い参道の先に二十段ほどの階段があり、その上に門と同じく朱塗りの本堂が建っていた。

 繁華街にあるせいか参拝客は多かった。

 

「ここは神社……じゃないですね」と遠田。

「お寺やね。参拝、すませちゃおか」

「はい、そうしましょう」

 遠田はうなずいた。

「お寺では、一礼して合掌、そしてまた一礼や。柏手は打たんからね」

「了解です」

 

 今度は遠田を先に階段を上って本堂に入った。ふたりは賽銭を入れてから鈴を鳴らし一礼。合掌して念じたあともう一礼した。

 

 階段を下りて参道に戻ってきた。

 参道の両側の狛犬が希の目をひいた。よく見ると犬でも獅子でもなくて虎だ。希はカメラに収めた。

 そんな希のようすをながめていた遠田がいう。

「一枚、撮りましょうか」にこりと笑った。

「いや、ええよ」

 遠田は残念そうだったが今回は無理強いはしなかった。

「そろそろでよっか」と希。

「はい」

 

 希と遠田は通りに戻り歩き出した。

「ちょっと落ち着きませんでしたねー」

 遠田が頭の後ろに手をやって嘆くようにいった。

「うん、人が多いと、どうしてもね。朝とかだと、また違うと思うんだけど」

「……希ちゃん、朝、早起きなんですか」

 遠田は希のほうに身を近付けて聞いた。

「うーん、まあわりと、早い方かな」

 希は微妙な距離に内心どきりとしながらこたえた。

「俺、朝、苦手なんですよねー」

 遠田は大げさにうなだれる。

「うふふ、そんな感じやね……」

 希は笑った。

 

 会話が途切れる。希は不思議と沈黙が苦にならなかった。ちらっと横を見ると遠田と目があった。

「ちょっと休もっか」

 希がいうと遠田もうなずいた。ふたりは足を止めた。

「そうですね。なにかいい場所、ありますか」

「……うーん、スピリチュアルなスポットは調べてきたんだけど、ほかは調べてないんよ……。ごめんね」

 希はぺこっと頭を下げた。遠田はかぶりを振った。

「いえ、とんでもないです。じゃ、適当に歩いてみますかねー」

 軽い口調でそういうと遠田はふたたび歩き始めた。

 

 ふたりは大通りを離れて脇道に入ってみた。

 

 その路地には石畳がひかれていた。ところどころで折れ曲がっていて先が見通せなかった。

 すこし進むと太いと思っていた路地はいつの間にか細くなった。通りの喧騒が遠ざかっていく。

 黒塗りの(へい)と白壁が交互に路地の両側に続いていた。ぽつぽつとある植え込みや塀の上まで伸びた松の緑が、石畳と黒塀に映えていた。

 塀にはところどころ格子戸があり、その向こうには日本家屋が見えた。

 格子戸には目立たない形で看板が付いているところを見ると、料理屋などもあるようだった。

 ただ……どこもすごく高そうやね……。

 

 路地にはときおり段差があり、その高低差が短いはずの路地を思いのほか長く感じさせた。

 

 希と遠田はゆっくりと歩いた。路地にふたりの足音だけが響く。不思議と誰も来なかった。

 静謐な路地を進みながら希はまるで過去にタイムスリップしたかのように感じた。まるで芸者さんが、ふっと歩いてきてもおかしくなさそうや……それとも、着物姿の女の子かな……。

 

 ふと気付くと石畳の道は終わり別の通りに出ていた。雑居ビルやアパートが並ぶ普通の通りだ。ぽっかりと空が開けている。

「ふう」

 希はギャップの大きさに驚いて思わず溜め息をついた。

「なんか、いい感じの通りでしたね」

 遠田が路地を振り返りつぶやくようにいった。

「そうやね……」

 

        ・

 

 ふたりはすこし歩いてから目についた喫茶店に入った。

 さほど広くない店内にダークブラウンの調度と白い壁が上品なお店だった。ほかの客もちらほらといるがさほど混んではいない。

 

 席に案内される。希は紅茶とシフォンケーキを、遠田はコーヒーとチーズケーキを注文した。

 注文が来るまでのあいだに希は遠田に聞いてみた。

「何か所か回ってきたけど……どう、楽しい?」

「はい、あまり行かないところなんで、楽しいですね」

 遠田は笑っていった。

「それはよかった」

 希も笑う。

「それに……パワースポットっていっても、ずいぶん雰囲気が違うもんなんですね」

 遠田はしんみりした口調でそう言った。

「そうやね……みんなに愛されてるんは一緒やけど、その愛されかたっていうのかな……。それが違うんやろね」

 希も静かにこたえた。

「なるほど……」

「まあ、そんなに真剣に考えることはないんよ」

 希はなぜか重くなった雰囲気を打ち消すようにいった。

 

 遠田はすこしいいにくそうに口を開いた。

「それで、その……希ちゃんは、楽しいですか」

「うち? もちろん、うちの行きたいところだからね」

 希は遠田をまっすぐに見ていった。

「……えっと」

 遠田がなにかいいたそうなのを察して希は続ける。

「ひとりで回るより、楽しいかも、ね」

 にこりと笑う。

「そ、それはよかったです!」

 遠田の顔が明るくなった。

 

 飲み物とスイーツが届いた。

「いただきます」と希は手を合わせてからまず紅茶を飲んだ。そしてケーキを口に運ぶ。うん、やっぱりチェーン店とは違うね……。

 遠田もコーヒーを飲みケーキを食べている。

 

 希がケーキを食べているところに遠田がいった。

「ちょっと、気になるんで聞いてきますね」

 遠田はそういうと席を立ちカウンターのほうへ向かった。そこにいた店員となにやら話している。

 遠田はすぐに戻ってきた。

「あの、さっきの細い通り。H横丁っていうらしいですね」

 ……ああ、遠田君、あれが気になって聞きにいったのか。

「映画のロケとかでも使われて、けっこう有名な場所らしいです」

 うんうんとうなずく遠田。

「ふーん、ありがと」と希。

「なんか風情ありましたよねー」

 希の同意を求めるように目が輝いていた。

「そうやね」

 希がうなずくと遠田は満足そうだった。

 

 ふたりともケーキを食べ終えた。静かなBGMと厨房からの食器の音、他の客の小さな話し声――内容まではわからないが――が聞こえた。

 

 遠田が沈黙をやぶって話しはじめた。

「希ちゃん、転勤族だった、って話、されてましたよね」

「うん、そうやけど」

 希は思わぬ話題に戸惑いながらこたえた。

「実は俺も、似たような感じだったんです」

 遠田は静かにいった。希はだまって聞く。

 遠田はコーヒーを一口飲み、続けた。

「今の高校にも、二年の時に編入してきて……。親には一人暮らししたい、っていったんですけど、そんな金はない、っていわれちゃいました」

 遠田は軽く笑った。

「あ、だから希ちゃんのことがよくわかる、なんていう気はないです」

 希は無言でうなずく。

「ただ、いまはちょっとだけ、その、感謝してるっていうか……希ちゃんに会えて」

 遠田はすこし赤くなっている。

「そっか、うん、ありがとう」

 希もすこしだけ顔がほてるのを感じた。

 

「それで、その、お願いなんですけど」

 遠田が改まった口調でいった。

「遠田君、声、大きいよ」

 希は遠田の顔に緊張を見て取った。これはもしかして……。

 

「あ、すみません」

 遠田はコーヒーを一気に飲み干した。あらためて続ける。

「お願いなんですけど……。俺と、付き合ってもらえませんか」

 遠田はそういって頭を下げた。

 

 やっぱり。そうくるよね。

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