切なさの距離感 ~ Story of Nozomi 作:Kohya S.
希は秋葉原駅の中央改札を出た。
「こっちに来るのは珍しいやね」とつぶやく。
希はそもそも電車で秋葉原に来るのがまれなのだが、駅を使うとしても電気街口がほとんどだった。
そこは広い通路になっていて左右に出口があり、正面の壁面には直樹のいった通り秋葉原の地図や大きなポスターなどがあった。
人混みをすり抜けるようにしてそちらへ向かう。
「希ちゃん!」
直樹の声がした。笑顔で手を振っている。希はそちらに駆け寄った。
直樹は白いTシャツにデニムシャツ、カーゴパンツだった。
「すぐわかりました?」と直樹。
「うん、わかったよ」
希も笑顔を返した。
「それはよかったです」
直樹はちらっと希の全身に目を走らせたようだった。
希は黒のタンクトップに丈の短めな白のシフォンチュニックを重ね、ブラウン系のショートパンツをあわせていた。
「それで、今日はどこへ連れていってくれるのかな?」
希は首をかしげて聞いた。
「……その、希ちゃん、退屈するかもしれませんよ」
直樹はすこし困ったようにこたえた。
「うん、まあそれはそれで、ええよ」
希ははげますようにいう。
「じゃあ、とりあえず、こっちですよ」
直樹がごく自然に希の手を取った。希は一瞬驚いたがすぐに手を握り返した。笑みがこぼれた。
秋葉原駅から出ると、近付いた初夏を思わせるまぶしい日差しが降り注いでいた。
駅を出てすぐ横断歩道を渡る。家電量販店の目の前だ。
「ここの上のほうの階ですよ」
直樹が見上げていった。
「近いんやね」
もうすこし、手を握っていたかったやん……。
エスカレーターで量販店の七階まで上がるとCDショップだった。
「とりあえずCDショップかなと、思いまして」
直樹が説明するようにいった。
「へえ、広いね……」
希は感心する。先日の御茶ノ水の店よりも広いようだった。
「希ちゃん、来たことないですか?」
「初めてやね」
「それはよかったです」
直樹が嬉しそうなので希はくすりと笑った。
たんに、興味がなかったから、初めてなだけやけどね……。
店内のフロアには数多くの棚が並んでいた。しかし棚は低めで通路も広く開放感がある。また一角にはちょっとしたスペースがありイベントなどもおこなえるようだった。
「じゃ、俺、適当に見てきますんで……」
直樹はそういって行こうとする。希はあとをついていくことにした。
「あ、気にしないでね」
ふりかえる直樹に希は軽く手を振った。
「……ちょっと、気になりますねー」
苦笑する直樹。
とはいえそれも最初だけで、そのうちに直樹は自分のペースで棚を見始めた。興味のあるコーナーまでいってざっと眺め、ときどき細かくチェックしている。
希はそんなようすを面白く感じた。
この店にもスクールアイドルのコーナーが設けられていた。人気というのは本当らしい。
それを見て思い出したのか直樹が希を見ていった。
「あ、そういえば、CD持ってきましたんで、あとでお貸ししますねー」
「おー、ありがとう」
うん、μ'sのこともあるし、聞いてみたいな……。
しばらくして店内を一周し終える。
入り口付近まで戻ってきた直樹は伸びをして希のほうに振り返る。
「お目当ては、あったかな?」
希は直樹に聞いた。
「うーん、ときどき来てるんで、新作は、なかったです。……今回はパスですかねー」
直樹はかぶりを振った。
「残念やったね」
店を出て下りエスカレーターに乗った。
「ほかの売り場は、みてくん?」
エスカレーターに乗りながら前の段の直樹に希がいう。
「うーん、きりがないんで……」
直樹は体をひねって続けた。
「希ちゃんは、どうですか。おもちゃとか、ありますけど」
直樹の目が笑っている。
「ちょっと楽しそうやけど……今日は直樹君の行きたいところで、いいよ」
「すみませんねー」
「お礼は不要やん」
希は直樹の肩をぽんぽんと叩いた。
家電量販店を出たふたりは直樹の案内で駅のほうへ戻り、次に中古CDショップへ行った。直樹は何枚か買ったようだった。
JRのガードをくぐって中央通りのほうへ出る。
「あ、せっかくだから寄っていこうかな……」
雑踏の中を歩きながら直樹が思い出したかのようにいった。
「ん? なあに」
希は直樹に近付いて聞いた。
「いや、買うわけじゃないんですけど、寄りたいお店がありまして……」
直樹は遠慮がちにいった。
「うちは、かまわへんよ」
希は笑っていった。
直樹君がどうしてそんな感じなのか、興味あるしね。
・
中央通りからそれると人通りがへりぐっと静かになった。
「実は、俺、聞くほうにも興味があるんですよねー」
なぜかすこし照れたように直樹がいった。
「聞くほうって?」と希。
「そうですね、ヘッドホンとか、スピーカーとか、そんな感じですかね」
頭をかく直樹。
「ああ、なるほど」
希はうなずいた。
たしかに、こだわる人はこだわると、聞いたことはあるね……でも、うちは興味ないからなあ……。
希がそう考えていると直樹はすまなそうに続けた。
「……その、女の子は、あまり興味ないですよねー」
希はぎくっとする。
「いやいや、そんなことないよ」
希は大きくかぶりを振ってこたえた。
ああ、だからちょっと遠慮がちだったんやね……。
「あ、ここですね」
直樹の顔が明るくなった。
それほど大きなビルではないがまるごと一棟が店舗になっているようだった。
ふたりは店内に入った。静かなBGMが流れている。数名の先客がいた。
一階は入り口に近いあたりにヘッドホンが並び、奥のほうにはスピーカーが展示されているようだった。
希はこのような専門店に来るのはまったくの初めてだ。物珍しさにきょろきょろしてしまう。
「俺でも買えるのは、ヘッドホンくらいですかね……」
雰囲気にあわせたのか小声で直樹がいった。
「ふむふむ」
希は値段を見てみるが……うーん、ちょっと勇気がいる金額やね……。
「スピーカーとかも、いいやつ、欲しいんですけどねー」
溜め息まじりの直樹。
奥のほうに歩いていく直樹に希もついていく。
BGMはたくさん並んでいるスピーカーのうちの一台から流れていたようだ。
「へえ、あんな小さいスピーカーから、こんな音がでるんやね」
希は感心した。
「そうなんですよー」
直樹はまるで自分がほめられたかように嬉しそうだ。
スピーカーには六桁の値札が付いていて――希はそちらにも感心したのだった。
「二階、一応、いってみましょうか……」
直樹がなぜかこわがるかのようにいった。
「ええよ……」と希。
しかし、その態度はなんなんよ……。
二階に上がるとそこにはさらに多くのスピーカーと機材が展示されていた。照明も暖色系でより高級感が漂っていた。
女性ボーカルの静かな曲が聞こえる。
「いらっしゃいませ」
店員に挨拶される。ふたりは軽く頭を下げた。
まあ、冷やかしなのは、ばればれやろね……。
曲の聞こえるほうにふたりで進む。
「これ、ジャズ……?」
希は直樹の耳元で小声で聞いた。
「うーん、ボサノバですかねー」
直樹も小声でこたえた。
希は目を閉じて希は耳を澄ます。まるで目の前にシンガーがいて歌っているようだった。細かい息遣い、ギターの弦の響き、ハイハットの乾いた音――。
そのまま曲が終わるまでふたりは聞き入っていた。
「すごいね、目の前にいるみたい……」
すこし興奮して希はいった。
「そうですね」直樹の目も輝いていた。「店員にいえば、ほかのやつも聞かせてくれますけど……」
「いやいや、止めとこ」
希は引き止める。希がちらっとお値段を見ると六桁も後半に突入していた。
「上、いきますか……?」
直樹が静かに聞いた。
「ひょっとして……」
「そう、だんだん……お値段が、高級になっていくんです……」
直樹がなぜか怪談でも話すような口調でいった。
「ひー」と希も怖がってみせる。
「あ……直樹君が行きたいなら、止めないけど……」
「いや、もう十分ですね……」
直樹はささやくようにいった。
「じゃあ、でよっか……」
ふたりは一階に戻って店を出た。通りをふたたび歩き出す。
「その、すみません、付き合わせちゃって……」
恐縮する直樹。
「そんなことないよ」
希は笑みを浮かべて続ける。
「……直樹君がこだわるの、わかった気がする」
「そうですか」
直樹は嬉しそうだ。
「うん、たしかにぜんぜん違った。……でもあのお値段は、無理やねー」
希は大げさに溜め息をついてみせた。
「まあ、そうですね」と直樹も肩をすくめた。「でも、いつかは買いたいですねー」
「就職するまでは無理やねー」
希の言葉に直樹もうなずいた。
次に直樹は中央通り沿いの店に立ち寄った。同人誌などを扱っている店らしい。
「こういうお店に、女の子連れで、寄っちゃうんだ……」
希はわざと、からかうようにいってみた。
「そんな、なにか誤解してませんかね」
すこし慌てて直樹がいう。
「ここ、自主制作CDもあつかってるんですよ……」
ほら、というように示してみせる。
CDはケースに収められていて希の目にはそれらしく見えた。
「スクールアイドルって、なかなかCDを売り出すの、難しいんですよねー」
直樹は嘆いてみせた。
「なるほどねー」
たしかに全国の店頭で売るのには相当なハードルがありそうなことは、希にも想像できた。
あとでうちも個人的に来てみようかな……。
「もう一軒、ですかねー。行きたいところは」
店を出た直樹はいった。
「ほい」と希。
「付き合ってもらって、すみませんねー」
直樹が歩きながらいった。
「もう、何度目かなー。それはいいっこなしや」
希はにっこりと笑いかけた。
直樹にしたがって中央通りをしばらく北に向かい、通りを渡ってJRのほうへ歩いた。雑居ビルの上層階に目当ての店があるらしかった。
今度のお店もオーディオ関係らしいが、店内は白が基調の明るい雰囲気だった。かなりの混雑で若い客が多いようだった。女性客も少なくない。
「ここは?」
店内を見渡しながら希。
「イヤホンとヘッドホンの専門店ですね」
「へー、そんな店があるんやね」
希には存在自体が想像もできなかった。
「あるんですよー」
直樹は嬉しそうにこたえた。
店頭には試聴機が並んでいた。希は適当に試してみた。
ふーん、なるほど……よくわからんね。でも、いつも使ってるスマートフォンのやつとは、なんか違うかも。
こっちのはどうかな……お、たしかに雰囲気が違うんね。
希は楽しくなってきて、とっかえひっかえ、いろいろ試してみた。そんな希を直樹は面白そうに見守っていた。
直樹に気付いた希はいう。
「なに見てるん……」
「いや、楽しそうだなって」
直樹がにやっと笑った。
「もう……」
希はなぜか恥ずかしくなって顔をふせた。
ヘッドホンのコーナーで直樹がいった。
「このへんからひとつ、欲しいんですけどねー」
腕組みをする直樹。
うん、お値段はそれなりだけど……お小遣いをためればなんとかなりそうな感じやね。
「……これ、珍しいね」
希は緑色が目立つひとつを指差した。
「おお、A社のやつ。お目が高い。それ、第一候補です」
直樹は手に取ってじっくり眺めている。
「こっちのこれも、なんかおいしそうやね」
希は別のヘッドホンを手に取った。
クリーム色に茶色がアクセントでプリンのような色遣いだ。
「希ちゃん、センスいいですね。それもいいんですよ」
直樹は感心してみせたが、なにかに気付いたのか続けた。
「……って外見だけで選んでません?」
「えへへ」
希は笑ってごまかした。
そのあとしばらく店内をうろうろしてから店を出た。ふたりはなんとなく歩きはじめる。
「なにも買わなかったねー」と希。
「はい、もうすこし貯金します」
直樹は残念そうだ。
希は試聴したことを思い出していう。
「……うちも、ちょっと興味出てきたな。ヘッドホンとか、買ってみようかな」
「あ、それは嬉しいですねー」
直樹が笑った。そして続ける。
「今日はありがとうございました」
「いやいや、意外に、うちも楽しかったよ」
希は笑みを浮かべてそうこたえた。
「意外には余計じゃないですかー」
そういいながらも直樹も嬉しそうだ。
ふと気付くとそろそろ夕方の気配がただよいつつあった。
「どこかで休んでいきましょうか」と直樹が提案する。
「そうやね」
希はしばらく考え込んだ。なにがいいかな……。
「そういえば」とふと思い出したように直樹がいった。
「希ちゃんちって、このへんなんですか」
たしかに秋葉原駅からずいぶん歩いてきていた。
さりげない直樹のひとことに希は深く考えずに答える。
「そうやね……ここまで来れば、歩いて行けるかな」
しばらく直樹は黙っていたが、小声でいった。
「あのー、希ちゃんちに行きたいっていったら、だめですかねー」
予想していなかった直樹の言葉に希は一瞬、返す言葉を失った。
希の脳裏に自宅のマンションが浮かぶ。いつもの音、誰もいない部屋――希は胸が締め付けられるように感じた。
希がなにもいわないのを見て「あ、すみません。いってみただけです」とすぐに直樹は目をそらして打ち消した。
「……ええよ」
希は思わずそうこたえていた。
「え、いいんですか」
直樹が希を見て聞き直した。今度は希が目を落とす。
「いいけど……なにも出ないからね」
希はすこし顔が赤くなるのを感じた。
「はい、もう十分です。やったー」
直樹は心底嬉しそうにいった。
・
「うーん、ここからだと、こっちかな」
希は頭の中の地図と照らしあわせて案内した。中央通りをしばらく進んでから曲がる。
途中、和菓子屋さんの前を通りかかった。芋菓子の専門店のようで、ふたりで大学いもと芋ようかんを買った。
さらに進むとマンションや雑居ビルなどの並ぶ都心の住宅街だった。
「ここだよ」
希は十階建てほどの中規模なマンションの前で立ち止まる。
「へー、ひとり暮らしだって聞いてたんで、もっと小さいところかと、思ってました」
建物を見上げて直樹が感心した。
エレベータのほうに進みながら希はこたえる。
「両親のマンションなんだ」小声で続ける。「……いまは、ひとりだけど」
エレベータでふたりで上層階へ上がった。
通路を歩く。足音が響くが――いつものひとりだけの音ではなく、今日はふたりだ。
鍵を外して扉を開ける。
「ちょっと待ってね」
希はそういってから先に部屋に入り明かりをつけた。
「どうぞ」と扉を開けて直樹を呼ぶ。
「おじゃましまーす」
おっかなびっくりというようすで直樹が入ってきた。
希は直樹を部屋に通してから鍵を閉めた。
「はー、広いんですね」
部屋を見渡しながら直樹。
「なにもなくて驚いたでしょ」
殺風景なLDKだと希は思う。希の自室への扉も閉まっていた。
「いま、お茶入れるから、座っててね」
希は直樹に笑いかけるとキッチンに立った。
「あ、すみません」
直樹は神妙にこたえた。
希はケトルでお湯を沸かす。ポットと紅茶の茶葉、カップ、それに砂時計を取り出して準備するうちにお湯が沸いた。ポットに茶葉を入れ、お湯を注いで砂時計をさかさまにした。そこでお菓子のことを思い出してお皿とフォークを用意した。
直樹は椅子に座ってテーブルの上に置いてあった雑誌をぱらぱらとめくっていた。
希は砂時計の砂が落ちるのを眺めていた。思わず直樹の願いを聞いてしまったものの――心の準備はなにもできていなかった。希は胸の鼓動が早くなるのを感じた。
砂時計が落ち切った。希はポットからカップに注ぎそれらをトレーに乗せて直樹のいるテーブルへ持っていく。
「ごめんね、緑茶じゃなくて紅茶やけど」
「ぜんぜん大丈夫です。あ、雑誌、みせてもらってました」
直樹は雑誌を閉じる。
「かまわへんよ」
希はカップと皿、フォークを置いていく。直樹が気付いて途中で買ってきた和菓子を取り出した。
希も椅子に座った。
「じゃ、いただきましょか」と希。
「はい」
「いただきます」ふたりの声が重なって、ふたりともくすっと笑った。
和菓子は一日歩いて疲れた体に甘かった。
「この雑誌ですけど……」
お菓子をつまみながら直樹がいう。
「ああ、買ってみたんよ」
希はうなずく。スクールアイドルの雑誌だった。
直樹が鞄をごそごそしていたかと思うと薄い紙袋を取り出した。
「これ、CDです。どうぞ」
「ありがとう」
希は両手で受け取った。
「A-RISEと、もう一枚、はいってます。A-RISEは、毎年メンバーが変わるんで、去年のですけどね」
A-RISEは雑誌でも特集が組まれていた。
「うん、聞いてみるね」
「スクールアイドル、興味持ってもらえました?」
直樹が笑みを浮かべてたずねる。
希はすこし躊躇してからいった。
「実はね……音ノ木坂学院にも、スクールアイドルができたんよ」
直樹は意気込んでこたえた。
「すごいじゃないですか」
「うん、まだまだレベル的にはあれだけど……。うちも、応援したい、って思ってるんよ」
希は前回のライブを思い浮かべながらいった。
「楽しみですね」
直樹もなにかを感じたのか穏やかにいった。
うちも、ちょっとだけやけど、アイドルをやるほうにも興味がある、っていったら、直樹君、どんな顔をするんやろうね……。
お菓子を食べ終えて希はポットからもう一杯紅茶を注いだ。お皿とフォークを片付けてテーブルに座りなおす。
「希ちゃん……ここで寝てるわけじゃ、ないですよね」
直樹がすこし不安そうに聞いた。
「さすがにそれはないよ……。ちゃんと部屋があるんよ」
希はわらってこたえた。
「安心しました」と直樹も笑った。
しばらくして。
「あの、その、よかったら……」
すこし緊張した面持ちで直樹が口を開いた。
「ん……?」
首をかしげる希。
「希ちゃんの、部屋を見せて……」
そのとき希のスマートフォンから着信音が鳴り響いた。
「あ、ごめん、ちょっと待ってね……」
絵里からの電話だった。
『希、ちょっといいかしら……』
「うん、ええよ」
そういいながら一応、LDKから玄関のほうに離れる。
次週の授業についての電話だった。すこし話して希は電話を切りLDKに戻った。
「ごめんね、学校の友達からの電話で……。それで、なんだっけ」と直樹に聞く。
「あ、その、なんでもないです……」
直樹は平静をよそおってそういったが――肩を落としているように希には見えたのだった。
そのあと音楽の話や今日行ったお店の話をしたところで直樹はそろそろ帰るといった。
希はマンションの一階まで一緒に降りた。
「今日は楽しかったんよ」
希の声はいつになく優しかった。
「……俺も、希ちゃんにそういってもらえて、よかったです」
直樹もしごく真面目にこたえた。
直樹は名残惜しそうにしていたが「それじゃあ」というと背を向けて歩き出した。
「気を付けてね」
希はその背中に声をかけた。
直樹は振り向いて希に手を振るとふたたび歩いていった。
直樹が見えなくなるまで見送ってから希は部屋に戻った。カップを片付けて、すこし冷えてきたのを感じてエアコンのスイッチを入れた。
今日は、絵里ちに助けられちゃったけど……うち、本当は、直樹君がなにをいおうとしてたか、気付いてたんよ。でも、まだ、心の準備が、ね。もし、なにかあったら、どうしたらいいんか、うち、わからなくて。直樹君、ごめんね……。