切なさの距離感 ~ Story of Nozomi 作:Kohya S.
音ノ木坂学院でμ'sは活動を続けていた。
新しく三人の一年生と三年生の
そして高坂穂乃果や
・
「お誕生日おめでとう、希」
小さな丸いケーキをはさんで希と向き合いながら絵里がいった。
「ありがとう、絵里ち」
六月九日の日曜日は希の誕生日だった。その日の午後、音ノ木坂学院の近くのカフェで希は絵里と会っていた。
「これ、どうぞ」
そういって絵里は満面の笑みとともに、小さな白い紙袋を希に手渡した。
「あとで開けてみてね」
ウインクをする絵里。さまになっていた。
「うん、ありがとう」
希はあらためて礼をいった。
絵里はケーキを切り分ける。
ふたりでひとつのケーキを食べながら希は絵里の心遣いを嬉しく感じるのだった。
絵里ちの誕生日は、盛大にお祝い、しなくちゃやね……。
・
その日の夕方遅く。
いったん帰宅した希は直樹と、とある駅で待ち合わせた。
以前のデートで誕生日の話題が出たことがあり直樹は希の誕生日を知っていた。直樹の誕生日は十一月らしかった。
希の誕生日ということで直樹からはデートの誘いがあったのだが、希は日中は用事があると伝えていた。
絵里ちに紹介するには、いいタイミングなのかもしれないんやけど……。我ながら思い切りが悪いやね……。
無事に待ち合わせたふたりは直樹の案内でお店に向かった。その店はチェーンの料理屋のようで直樹は個室を予約していた。
個室に案内されて落ち着く。
「その、希ちゃん、誕生日おめでとうございまーす」
直樹が照れくささを隠すようにそういった。
「うん、ありがとう」
希も照れながら返した。
なんというか、その、絵里ちにいわれるのとはまた違った嬉しさがあるね……。
「コースを予約しておいたんで……。なんと、しゃぶしゃぶが食べ放題です!」
直樹はメニューを見せて強調した。
「ほう」と希。
「でも……焼き肉じゃなくてすみませんでした……」
直樹は肩を落とした。
「いやいや、しゃぶしゃぶも大好きやよ」
希は笑ってなぐさめた。
やがて料理が運ばれてきてふたりは思い思いのペースで食べた。
コースもデザートになったころ。
「あの、これ……」
直樹が緊張したようすでブラウンの紙袋を鞄から取り出した。
そして照れくさそうに「どうぞ」と希に手渡す。
「どうもありがとう」
希はにっこりと笑い両手で受け取った。
「いま、開けてみてもいいかな」
首をかしげて聞く希。
「えっ……はい、かまいませんよ」
直樹は緊張した面持ちで見守るなか希は紙袋を開いた。
紙袋の中にはリボンがかけられた細長い箱があった。希がそれを開けてみると中には銀色のネックレスが収められていた。ネックレスには同じく銀色の小さなト音記号が付いていて、紫色の輝石が添えられていた。
もう一度、箱のふたを閉じて希はそれを胸にいだく。
「……ありがとう。大切にするね」
すこしうるんだ目で希はそういった。
直樹はほっとしたようだった。
「その、そういってもらえると……俺も、嬉しいです」
思い切り目をそらしていった。直樹の顔は真っ赤になっていた。
食事を終えて今日に限っては直樹が支払い、ふたりは外に出た。
駅までゆっくりと歩く。いつの間にかふたりは手を握っていた。すこし遠回りになるが人通りのすくないほうへ、なんとなく進む。
ちょうど小さな公園があった。希と直樹は立ち止まる。
そして公園のなかに入ろうとして――そこの暗がりに先客がふたりいることに気付いた。
希と直樹は足早に駅のほうに向かって歩行を再開した。
「うふふ……」
途中、希は思わず笑いだしていた。直樹も苦笑しているようだった。
もう、タイミングが悪いな……。まあ、こういうこともあるやね……。
ふたりの乗る電車は逆方向だった。いつかのように希の乗るホームまで直樹がついてきた。
「じゃあね、直樹君」
希は手を振った。希の顔には穏やかな笑みが浮かんでいた。
「はい、希ちゃんも気を付けて」
直樹も静かにいった。
扉が閉まり電車が走り出した。
車窓を流れる広告の電飾を眺めながら――希はほっとしたような、残念なような、複雑な気分だった。
帰宅した希は絵里からもらった紙袋を開けた。
そこにはメッセージカードが添えられた箱が入っていた。
「希、誕生日おめでとう。いつも生徒会の仕事を手伝ってくれてありがとう。……」
そんな書き出しのメッセージカードからは絵里の真心が伝わってきた。
箱を開ける。そこにはペールピンクの光沢のある生地で作られたシュシュが入っていた。音楽記号の柄がプリントされている。銀色の二連の八分音符のチャームが付いていた。
それはさきほど直樹からもらったネックレスとよく似合っていて――まるで一緒にあつらえたかのようだった。
希は嬉しくて――涙がこぼれてくるのを止められないのだった。
・
音ノ木坂学院のオープンキャンパスも近付いたある日。
希の後押しもあって本当にやりたいことに気付いた絵里はμ'sに加入したのだった――希も一緒に。
「希のいった通りになったわね」
長机の前に座った絵里は静かにいった。
ふたりだけの生徒会室。μ'sに加わってから数日たっていた。
窓から外をながめていた希は絵里のほうを向いた。
「そうやね……」
「私がやりたいこと……私自身も最初は気付いてなかった。……希はいつから気付いてたの?」
絵里は希をまっすぐに見つめる。
「さあ、いつからやろ」
希はかぶりを振った。希自身にもそれはわからなかった。
「……希は、ずっと高坂さんのことを……μ'sのみんなを、応援してたのよね」
絵里は確認するようにいう。
「そうやね」
希は繰り返した。
絵里はすこし間を置いた。
「その……希には、感謝してるわ。希がいなかったら、私は……」
絵里の顔はすこし赤くなっていた。その素直な言葉は希の心に響いた。
「それ以上は、いわんといて……」
希は優しくいった。絵里はうなずいた。
ふと思いついたように絵里が続けた。
「もし、私がμ'sに入らなかったら……希はどうしていたのかしら」
「さあ、どうやろうね……」
希は静かにこたえた。
しかし今回の問いの答えは、希にはわかっていた。
沈黙がおとずれた。
「……μ'sは九人。もしは、なしや」
希はわざと明るくいった。
「……そうね」
絵里も笑った。
「また明日からよろしくね、絵里ち!」
そういって希は絵里の背中を軽くたたいた。
「ええ、びしびし行くわよ!」
絵里も晴れ晴れとしたようすでそうこたえた。
・
数日後の放課後。希から直樹に連絡して秋葉原駅から近いファーストフード店で待ち合わせた。誕生日以来だった。
制服姿の直樹が待ち合わせ場所にあらわれた。
「直樹君」
先に来ていた希が注文をすませた直樹に声をかける。
「あ、希ちゃん」
直樹は希の前の席に座った。
「お久しぶりです」
直樹はにこっと笑っていう。
「その、この前はありがとう……」
その日のことを思い出して希はすこし赤くなりながらいった。
「とんでもないです」
手を振って否定する直樹。しかしやはり嬉しそうだった。
「……その、希ちゃん、制服姿もかわいいですねー」と続ける。
放課後にもときどき会っていたので初めてというわけではないが、たしかにめずらしいかもしれない。
「もう……」
希はますます赤くなった。
気を取り直して希は鞄から紙袋を取り出した。
「これ、CD、どうもありがとう」
「あ、気に入りました?」
直樹は希の感想が気になるようだった。
「うん」と希は素直にいう。
「A-RISE、やっぱりすごいんやね……」
希は曲のことを思い出してそう続けた。
「そうですね、別格ですねー」
直樹も腕を組んでいった。
A-RISEのことを自分から口に出してしまい気おくれしたものの、希は続けた。
「その、音ノ木坂学院のスクールアイドルの話、この前したやん……」
希は目の前のカップを両手でもてあそぶ。
「はい、μ'sっていうんですよね。ネットで動画、見ましたよ。なかなか、いい感じじゃないですか」
直樹はうなずいていった。
「じつはね……うちも、その、メンバーになったんよ」
希は恥ずかしくて顔を伏せたままそういった。
直樹はしばらくなにもいわなかった。希はちらっと直樹を見る。
「そ、それはすごいですね。たしかに……希ちゃん、可愛いし……」
直樹はようやくそうこたえた。
しばらく言葉を切ってから続ける。
「俺、ぜんぜん考えてませんでしたけど、そういうのも、ありなんですよね」
希は顔を上げた。
「うん、ありなんよ」
希はすこし自身なさそうに直樹に笑いかけた。
「俺、応援しますよー」
直樹は気を取り直したようにいった。
「ありがとう」
希は笑ってこたえた。そして続けた。
「その、今度のライブは、非公開なんだけどね……」
「非公開?」
不思議そうに直樹が聞く。
「近所の中学生向けのオープンキャンパスで、部活紹介の一環なんよ」
「そうなんですね」と納得したようだった。
「……でも、そのうち外でライブすると思うから、見にきてね、直樹君」
希は恥ずかしさを感じながらも直樹を見つめていった。
「はい、絶対、行きます」
直樹はしごく真面目にこたえた。
「それでね、直樹君……」
希は次の言葉をいうのが苦痛だった。しばらく黙る。直樹も黙って待っていた。
「……どうしても、その、練習とかあるんよ。だから、今までみたいに、会えないかもしれへん……」
「そう……なんですね」
直樹の声もすこし小さくなっていた。
「うん、ごめんね」
「いえ。仕方ないですよ。μ's、がんばってください」
直樹はつとめて明るくいったが残念そうな気配は隠せていなかった。
「うん、うち、がんばりたいんよ」
希も内心を押し殺して笑みを浮かべながらそういった。
・
音ノ木坂学院近くのファーストフード店。練習を終えたμ'sのメンバーたちは思い思いにおしゃべりしていた。
その輪からすこし離れて希は直樹にメールを書いていた。あれ以来、直樹とは一度、それも短い時間しか会えていなかった。
『ライブ、決まったよ』と件名を入れる。
希は直樹にそう伝えられるのが嬉しかった。
まさか、秋葉原の真ん中での路上ライブが、うちの最初の校外ライブになるとは思ってもなかったけどね……。
場所と時間を記してメールを送信した。
「東條せーんぱい、なに書いてるんですか?」
突然背中から
「いや、ちょっと今度のライブに向けて、自分向けのメモをね……」
「さすがだにゃ、先輩!」
しばらくしてメール着信音が鳴ったがメンバーの目の前でスマートフォンを取り出すわけにもいかず、希はそのまま会話を続けた。
メンバーと別れ希はスマートフォンを取り出した。直樹からのメールが届いていた。
「絶対に行きます」という内容だった。希の顔に笑みが浮かんだ。
・
「みなさん、今日は私たちのために集まってくれて、ありがとうございます」
南ことりの声が路上に響いた。μ'sのメンバーは全員メイド服姿だった。夕日に照らされて白いメイド服がオレンジ色に見える。
秋葉原の中心部の交差点のすぐそば、大きなビルの前の催事スペースがライブの会場だった。事前の告知もあってか、かなりの観客が見に来ていた。通りすがりの客も足を止めていく。
希は目を閉じてスタンバイする。直樹君、来てくれてるかな……。
「この秋葉原のことを思って作った、私たちの曲です。Wonder Zone、聞いてください」
『♪~♬~』
ことりが甘い声で歌い始めた。希も自分のパートを精一杯歌う。振り付けは衣装のせいであまり派手ではないがそれでも懸命に踊った。
ちらっと観客に目を走らせると直樹がいるのが見えた。
「ありがとうございました」
全員で深々とお辞儀をする。観客からおくられる惜しみない拍手。メンバー全員で顔を見合わせて笑った。
それからメイドカフェに引き上げ、着替えてから打ち上げに行った。途中、直樹からのメールに気付いた希は帰宅したら電話すると手早く返信しておいた。
希が帰宅したころには夜も遅くなっていた。
取るものも取りあえずベッドに座り直樹に電話する。
「ごめんね、遅くなっちゃって……」
希はすまなそうにいった。
「大丈夫ですよ」
直樹の声は明るかった。希はほっとする。
「今日は来てくれて、ありがとう」
「その、すごくよかったです。希ちゃん、初ライブですよね」
直樹はすこし興奮しているようだった。
「うん、まあね」
希はすこし照れくさくなった。
「とてもそうは思えませんでした。曲も、歌も、踊りも……」
そういって直樹は言葉を詰まらせた。
「あ、メンバーにすごい子がいるんよ」
「……希ちゃんも、その、いい感じでしたよ」
直樹はあらためてそういった。
「……うん、ありがと」
希は嬉しくなった。
すこし間があいた。直樹が小声でいう。
「でも、俺……」
「ん?」
「……いえ、なんでもないです」
希は直樹の躊躇が気になった。そのまま希は待ったが直樹はなにもいおうとしなかった。
「ん、それじゃ、また連絡するね」
優しくいう希。
「はい、おやすみなさい」
直樹も静かにこたえた。
「おやすみ」
希は電話を切った。
でも、直樹君、なにをいいかけてたんやろ……。まったく想像がつかないんよ……。
・
梅雨が明けて音ノ木坂学院は夏休みに入った。
μ'sメンバーの夏合宿などもあり希の夏休みはいつになく充実していた。
希と直樹は電話やメールで連絡を取り合っていたものの、どうしても会う機会は少なくなっていた。
そんな中、夏休みのある日の夕方。μ'sの練習が終わったあと希と直樹は珍しく青藍高校の近くのファーストフード店で待ち合わせた。
「希ちゃん、お待たせしました」
希はいったん帰宅して私服だったが待ち合わせ場所にあらわれた直樹は制服姿だった。
「あれ、直樹君、制服なんやね」
直樹はトレーを置いて希の前に座った。
「うん、俺……いまさらですけど、部活にはいったんですよね。夏休み前から」
そういえば二年次に、いまの高校に編入したっていってたっけ。
「へー、それは、おめでとう、というべきなのかな」
眉をあげて問いかける希。
「どうなんでしょうね。……廃部になりそう、ってことで頼まれちゃいまして」
直樹は照れたように笑った。
「たしかにそういうの、断れなさそうやね」
希はうなずいた。
「あはは、そうですね」
直樹は苦笑して続ける。
「……まあ、文化祭くらいまでは、やってみようかなと」
直樹はそういいながらも楽しそうだった。
「……うん、ええことだと思うよ」
希もそういって笑った。
うちがμ'sを始めたんと、なんか関係があるかもしれんね……。
「そういえば、希ちゃんのμ'sですけど……」
ちょうど考えていたところにそう切り出されて希はどきっとする。
「うん」と短くこたえる。
「……人気、出ているみたいですね」
「うーん、そうなんかな。うちにはよくわからんけど」
希はそういって首をかしげる。ただ希に心当たりがないわけではなかった。
「この前、秋葉原のお店に行ったら……特設コーナーとか、できてましたよー」
直樹は軽く笑った。
「そうなんだ」
希はμ'sのみんなでアイドルショップに行ったときのことを思い出す。
直樹の口からそう聞くと希は嬉しくなるのは否めなかった。
直樹は手元のカップから一口飲んだ。
「ラブライブ出場、狙ってるんですね」
直樹がすこしかたい表情でそういった。
「そうやね。うちは、あまり、そのへんの仕組み、わからないんやけど……」
希はメンバーの顔を思い出しながら続ける。
「穂乃果ちゃん……高坂さんとか、矢澤さん、小泉さんなんかは、すごく乗り気やね」
「そうなんですね」
うなずく直樹。
「うん、がんばってるんよ」
希はみんなを代表する気持ちでいった。
直樹はしばらく無言だったがやがて口を開いた。
「その、俺も、応援してます」
直樹はそういいながらも――どこか寂しそうな顔をしているように希には感じられた。
希は直樹を安心させるようにいった。
「ありがとう、直樹君。その、うち、いまとても嬉しいんよ……。μ'sのみんながいて、直樹君がいてくれて……」
そこまでいってすこし恥ずかしくなり希は目を伏せた。小声で続ける。
「うち、がんばりたいと思ってるんよ……」
「……わかりました。がんばってください」
直樹も優しい声でそうこたえた。