切なさの距離感 ~ Story of Nozomi   作:Kohya S.

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9. 遭遇

「今日の東京二十三区は朝から雨。夜まで降り続くでしょう……」

 テレビの天気予報がそう告げていた。

 μ'sの練習も雨で中止となり希はぽっかりと空いた暇な一日をすこし持て余していた。

 

 直樹君に連絡しよっかな……。でも、突然だと迷惑かもしれんし……。

 

 持ち前の内気さが久しぶりに出てきて希は躊躇していた。

 そのときスマートフォンの着信音が鳴った。直樹からかとすこし期待して画面を見ると「にこっち」の文字列が表示されていた。

 受話ボタンをタップして電話に出る。

「希?」いきなりのにこの声。

「にこっち、どうしたん」

「希、今日、暇よね」

 にこはいつもの調子で決めつけた。

「うん、もともと練習の予定やったし、空いてるけど」

 希は内心苦笑しながら素直にそうこたえる。

「よかったら、買い物に付き合ってくれない?」

「もちろんええけど。……うちを誘うなんて、珍しいね。真姫(まき)ちゃんとか、凛ちゃんとか花陽(はなよ)ちゃんじゃなくて」

 希は嫌味にならないように明るく問いかけた。

「別にいいじゃない」

 にこはぶっきらぼうにそういってから、にこには珍しくすこし真剣なようすで続ける。

「……その、一学期、みんなに迷惑をかけちゃったじゃない?」

 赤点ぎりぎりだった件やね……。

「ああ、そんなこともあったね」

 希は苦笑まじりにいった。

「それで、ちょっと参考書とか、用意しようかなって……」

 にこはすこし小声になる。

「なるほど。殊勝やね」

 希は電話口でにやりと笑う。

「べべべ、別に、ちょっとまじめに勉強すれば、ぜんっぜん大丈夫よ。念のためよ、念のため」

 すっかり元に戻るにこ。

「はいはい。で、どこで待ち合わせよっか……」

「その、希が決めてくれると……嬉しいんだけど」

 ああ、そうか。そもそもどこに買いに行くか、からやね。

 うーん、やっぱり、ある程度は数がそろっていたほうがよさそうやね。

 

「それじゃ、御茶ノ水駅の西口でどうかな」

 希は場所を思い浮かべていった。

「秋葉原から遠いほう?」

「そうやね」

「わかったわ。今からだと……十時くらいかしら」

「おっけー」

「その、悪いわね、急に。じゃ、よろしくね」

 そういってにこは電話を切った。

 

 にこっち、言葉はわるいけど、まじめでいい子なんよね……。

 

 時計を見るとそれほど時間に余裕はなかった。先についていたほうがいいだろう。

 希は手早く準備して家を出た。

 

 晴れていればなんとか歩ける距離だが雨のため希は素直に電車に乗った。

 改札から出たところの駅舎の屋根の下で待つ。幸いにこはまだ来ていないようだった。

 

 ここに立つと、いつか直樹と待ち合わせたときのことが思い出されて、希はすこし胸がきゅんとした。

 

 ほどなくしてにこが改札からではなく左手からやってきた。そっか、にこっちの家、あまり遠くないんだっけ。

 

「おはよう、希。待たせちゃった?」

 いったん傘を畳んでにこがいった。

「ううん、いま来たとこやん」

 希は笑ってこたえた。

「それで、どこに行くの?」

「すこし歩くと大きな本屋さんがあるから。そこに行こ」

 

 駅から出てふたりで傘をさして歩き出した。坂を下っていく。

「もう、雨って嫌ね。髪の毛はまとまらないし……希もそうでしょ」

 髪をいじりながら、にこは不機嫌そうな顔でいう。

 にこの髪は真っ黒でさらさらのストレートヘアで――希がうらやましくなるほどだった。

「うちは……ふたつにしばってるだけだから、あまり、気にならないかな」

 希は苦笑する。

「なによそれ、うらやましいわね……」

 にこはすこしふてくされたようにいった。

 おしゃべりをしながら歩くと書店まではすぐだった。

 

 大きな書店に入る。

「あら、ここね。なんどか来たことあるわ」とにこ。

「参考書もいっぱい並んどるよ」

 希は茶化すようにいう。

「……そのときは別の本を買いに来たのよ」

 つんとした調子のにこ。

 うふふ、あまりいじめるのも、かわいそうやね……。

 

 エスカレーターで上層階の参考書の売り場に上がった。

 

 希はにこの相談を聞きながらよさそうな本を選んでいった。

 数学は基礎がなってなさそうやし、そこからやね。英語は単語力かな……。

 

「ま、こんなところやね」

 最終的に希は五冊ほど選んだ。

「え、こんなに買うの……」

 にこは絶句していた。

「これでも厳選したつもりなんやけどなあ……」

 希は首を振った。

「わかりました……。お金、足りるかしら」

 にこは不本意そうな顔をしながらもレジで本を買った。

 

 書店から出る。書店の前でにこは目をそらしていった。

「希、その、ありがとう」

「どういたしまして。今度はがんばらないとね」

 にこっと笑いかける希。

「わかってるわよ」

 にこは希に目を戻し、すねたようにそういった。そして続ける。

「それで、このあとだけど……私、秋葉原で行きたいところがあるの。よかったら一緒に行かない」

「ええよ」

 たまにはにこっちと一緒も悪くないやん。

 

「ちょっと電車に乗るのは、微妙な距離なのよね……」とにこ。

「雨も弱くになってきたし、あるこ」

「そうね」

 

 ふたりは連れ立って歩き出した。にこは土地勘があるのかすぐに大通りからはずれて裏通りを歩いていく。

 

「本当はお礼に、なにかおごりたかったんだけど……」とにこ。

「おお」

「予想外の出費でお金がなくなったわ」

 すこし赤くなっているところが可愛かった。

「もう、ぜんぜんかまわへんて……」

 希は安心させるようにいった。

 

 途中で穂乃果の家のあたりを通る。顔を出そうかという話もしたものの、にこは大勢になっても困るしとそのまま進んだ。

 神田川を渡って駅の横を通っていく。

 

「ここよ」

 にこが希を案内したのは先日、希も来た家電量販店だった。

「……なにか家電、買うの?」

「馬鹿ね、そんなわけないじゃない」

 

 エスカレーターで上層階へ上る。

「A-RISEの新作、予約してるのよ」

 ふたりで前後に並びながらにこがいった。

「あー、最上階のCDショップやね」

 にこが前の段に立つといつもと目線が逆転して希はすこし面白く感じた。

「あら、希も来たことあったのね」

 面白そうにいうにこ。

「もちろんや。……でも、通販じゃないんやね」

「……ふふふ、まだまだ希も甘いわね。店舗ごとに予約特典が異なるのよ」

 にこは顔をあげて得意そうにいった。

「ああ、そうなんや」

 いろいろ、こだわりがあるんやね……。

 

 CDショップに、にことふたりで入った。

 ライブ用のスペースを見てにこはいった。

「私たちも、こんなところで、ライブがしてみたいわね」

「ステージじゃなくていいん?」

「オーディエンスとの距離が、近いのがいいのよ」

 

 にこはレジにいって店員と話している。

 そのあいだ希は店内を見てまわることにした。

 

 棚の間の通路を歩いていると前方に見慣れた姿が見えた。

 直樹だった。

 希は近付こうして思いとどまった。直樹の横には希の見覚えのない少女がいて――直樹と楽しそうに話していた。

 直樹もその少女も制服姿だった。

 彼女は直樹よりすこし背が低く色白で、やや茶色がかった長髪をピンクのリボンで後ろでまとめていた。

 

 希は直樹に気付かれないようにゆっくりとレジのほうに向かった。

 

「希、ありがとう。用事、すんだわ」

 にこが話しかけるが希はしばらく無言だった。

「あ、にこっち……出よっか」

 ようやく返事をする。

 

 CDショップの前でにこは希に心配そうに話しかける。

「希、どうしたの。顔色が悪いわよ……」

「ん、なんでもないんよ、なんでも……」

 そうこたえるが希の目はうつろだった。

 

 そう、なんでもないんよ。……たまたま直樹君は、友達と一緒に買い物に来てただけやん……。そうに決まってる。……でも、うち、それをたしかめる勇気、出なかった……。

 

「……希、のぞみ!」

 にこが必死に声をかけていることに希はようやく気付いた。

「……にこっち、ごめん。うち、ちょっと頭が痛いみたい……」

「大丈夫なの、希……」

 眉をひそめて聞くにこ。

「うん、大丈夫や」

 希はなんとか笑みを浮かべた。

 ふたりはエスカレーターで一階まで降りて店を出た。

 

 にこは秋葉原駅までついてきた。

 自宅まで送るというにこを必死に説得して希はひとり改札の中に入った。

 なんとか気を取り直し、懸念を浮かべて見守るにこに手を振ってからホームに上がり自宅へ向かった。

 それからどう歩いたのか覚えていないが――気付くと希は自室のベッドに横になっていた。

 

 服がすこし濡れていた。のろのろと希は起き上がり玄関の鍵を確認してからシャワーを浴びにいった。

 

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