緋弾のアリア K・O・H リメイク   作:上平 英

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第2話

 日が沈み始め、下校時刻からだいぶ時間が経った武偵校。今日が始業式だったこともあり、校舎に残っている生徒の姿はほとんど見られない。

 

 そんな無人に近い武偵高の強襲科の施設に存在する、映画のセットのようなものが組まれた訓練場で、男が女を組み敷いていた。

 

 男は女の下腹辺りにドガッと腰を下ろし、両脇の下に足の裏を押しつける。

 

 両脇の下に足を挟まれていることで、満足に腕を動かすことができず女は歯噛みする。鋭い犬歯をむき出しにしながら怒気を込めた眼光で男を睨みつけ、顔とは逆に冷静になった頭で男の下から脱出する方法を考える。

 

 愛銃でたるS&W M500は男によってすでに奪われ、訓練場のどこかへ投げ捨てられた。

 

 自分の最大の武器である自慢の怪力と培ってきた格闘技術は、男には通用しない。

 

 腕も足も封じられ、武器もない。

 

 そんな自分に対して、男の手にはコンバット・マグナムが一丁、弾薬を残して握られている。

 

 誰の目から見ても女より男のほうが有利な状況にあることは明らかだ。有利な状況から生まれる油断を上手く利用し、状況を打開しようと考えるが、男に油断は全く無い。

 

 静かに引き金を引き、女の眉間目掛けて銃口をつき付ける。

 

「クソがっ!」

 

 このまま何もせずには終われない。女は豪快に悪態をつきながら両足に力を込めた。コンクリートで出来た地面を自慢の怪力使って蹴りつけ、その反動によって腹の上に乗った男を強引にどかそうとするが……

 

「くっ……」

 

 ――巧みな体重移動によって勢いを完全に相殺される。

 

 最後の賭けも徒労に終わり、女は大きく息を吐く。男の銃口は完全に自分の額に標準が定めらている。もはやこの状況下で銃弾を避けることは不可能に近い。

 

「ちっ。…………。……あー……まいった。降参だ」

 

 苦虫を踏み潰したような何とも嫌そうな顔でつぶやく女。そんな女の顔に銃口を向けたまま、男は訊ねる。

 

「以前のように嘘とかじゃないですよね?」

 

「……今さら嘘なんかつくかよ」

 

 吐き捨てるようにつぶやいた女。しかし以前、負けたと宣言したあとに「油断してんじゃねーよ!」と背後からブレーンバスターを受けたことがある男――霧島 レオンからしてみれば、イマイチ信用できない。

 

 まったくもって信用できないのだが……、

 

 相手は仮にも教師。

 

 19歳と17歳という2歳ほどしか離れていないが教師である蘭豹(らんぴょう)に言われれば、自分は素直に銃を下ろし、上からどく以外に選択肢は無い。

 

 せめて油断だけはしないよう気をつけながら、蘭豹の上から立ち上がってホルスターに拳銃を収める。

 

「あー……クソッ。これで94戦8勝76敗12分けかよ。教師が生徒に負けっぱなしとか、マジでへこむじゃねえか」

 

 レオンの拘束から解放された蘭豹は手足を地面に投げ出し、大きく息を吐いた。

 

 

 

 

 

 

 強襲科担当の先生である蘭豹との模擬戦を終えた俺は、模擬戦の最中に奪って投げ捨てた蘭豹の愛銃であるS&W M500を回収し、未だに地面に仰向けになって休んでいる蘭豹の元へと向った。

 

「先生、どうぞ」

 

「おう」

 

 俺から拳銃を受け取った蘭豹は、それをホルスターに収め、飛び上がるように地面から起き上がる。首を振ってゴキゴキと音を鳴らし、腕を組んで全身のコリを解すように腕を真上に上げる。

 

「んー……」

 

 その状態で気持ち良さそうに蘭豹が息を吐くと、黒のタンクトップに包まれた巨大な双球が強調され、

 

「……はぁ」

 

 腕が解かれるのと同時にブルンと上下に跳ねる。

 

 さすが教務科の巨乳三人衆のリーダー、蘭豹。ものすごい重量感だ。正確なバストサイズこそ不明だが、あの大きさからいってEは堅い。しかも蘭豹の服装がヒョウ柄のジャケットに黒のタンクトップという組み合わせで、おまけに汗をかいてるから、肌に服が張り付いてこれがまた何とも……。

 

「おい、なにガン見してやがんだよ?」

 

「いえ。俺は別に何も見てません」

 

 蘭豹の胸から顔を逸らす。前もって買っておいたスポーツドリンク(普通)を2本取って、片方を蘭豹に渡す。

 

「ちっ。酒じゃねえのかよ」

 

「未成年が酒を買えるわけないでしょう」

 

 つーか、いい加減酒を控えたほうがいいんじゃないか、あんた。強襲科の訓練中でも酒瓶片手に飲みながら指導したり、アルコール中毒に……は、もう手遅れか。

 

 蘭豹はスポーツドリンクを半分まで煽ると、残りを頭の上からぶちまけた。黒の混じった赤髪から滴る水滴を顔を振ることで飛ばし……

 

「あの、せめて俺がいないところでしませんか? スポーツドリンク混じりの汗がかかりまくってるんですけど」

 

「ハッ、おまえにはご褒美みてぇなもんだろ」

 

「汗をぶっかけられて喜ぶ特殊な趣味はないです。ていうか、透けて見えてますよ、色々と」

 

 顔を逸らしながら蘭豹の体を指を指す。スポーツドリンクにより、さらに水気を含んだ黒のタンクトップから浮かび上がるレース状の模様。薄い生地で出来ているようで、注意して見てみると乳首の位置が勃起で分かる。おいおい、結構エロい下着穿いてんなぁ。

 

 そんな俺の指摘に普通の女子だったなら胸を隠して怒ったり、恥ずかしがったりするんだろうが、目の前の女は普通とはかけ離れた存在だ。むしろ俺に見せ付けるように胸を張り、ニカッと男前な笑みを浮べてアームロックを仕掛けてくる。

 

「ハハハハ、うるせぇんだよ、このクソ童貞っ!」

 

「ら、蘭豹先生、苦しい……以前に胸が当たってますって。あと童貞とか言わないでくださいよ」

 

「ああん? 童貞を童貞って呼んで何が悪いんだよ」

 

「ぐっ……。俺だって好きで童貞でいるわけじゃ……」

 

「より取り見取りのクセしやがって。意気地がねえのか、おまえは」

 

「は? より取り見取り?」

 

 ぐぐぐ……と締め上げられる。顔に押し付けられてる感触は最高だが、ベルトが邪魔だ。いや、服が邪魔だ。やるんだったらせめて素っ裸でやって欲しかった。下着姿でもうれしい。

 

「おまえの元戦妹はもちろん。よく面倒見てる強襲科の後輩たちに、強襲科1番の問題児でチビガキの神埼。探偵科の峰とより取り見取りじゃねえかよ」

 

 蘭豹はセクハラ親父のような下品な笑みを浮かべ、拳を頭にぐりぐりと押し付けてくる。

 

「戦妹に手を出せるわけがないだろっ。後輩たちもただの後輩だし。理子は……好みだけどそういう関係じゃねえし。アリアなんて端から候補にねえよっ!」

 

「酷いヤツだな、おい。……あー、そーいやおまえって巨乳好きだったもんなぁ?」

 

「……いや、それだけの理由じゃないデスヨ? 性格とか立場とかで神崎さんはNGなだけで。決してぺたんこだからって理由じゃないです」

 

「ハッ。下らねえ嘘ついてんじゃねーよ、霧島。単なる巨乳好きだからダメなだけだろ。現に今もあたしから逃げようともしてねえし。美人のお姉さんに乳押しつけられてうれしーんだよなぁ、おい? ほれほれ」

 

「……否定は、しない」

 

 いや。むしろ肯定しよう。汗で濡れしたタンクトップとブラ越しの乳押し付けられるとか、サイコーっスよ! ランラン!

 

「見境の無いヤツ。これだから童貞は……」

 

 童貞は関係ない。男なら誰だって喜ぶはずだ。……金次や不知火みたいなホモじゃねえ限り。

 

「わざわざ『なごじょ』に送ってやったのによぉ。まったく成長してねえじゃねえか」

 

 やれやれだぜ、とため息を吐く蘭豹。

 

『なごじょ』とは名古屋武偵女子校の略称で、武偵を志望の女子が集まる女子校。そこは軍人養成校なんて呼ばれ方をしていて、所属する生徒の9割が強襲科という、日本一物騒な女子たちが集まる女子校である。

 

 去年俺は教務科からの依頼で、なごじょへ戦闘訓練の教導へ行かされたんだが……

 

「勘弁してくださいよ……。あそこ、本当に大変だったんですよ……」

 

 依頼である戦闘訓練の教導自体は問題なかった。あちらの強襲科の先生と事前に話し合い、Sランク武偵の実力をわからせるのと、強大な敵を相手にどう立ち向かえばいいか考えさせるために模擬戦することを決めていて、模擬戦でもきちんと強襲科の生徒全員を倒し、個人個人で問題点や改善点を教えたから、教導自体には何も問題がなかったわけなんだが……、

 

 そのあとに、問題が起こったんだ。

 

 名古屋武偵女子校に存在する校訓。

 

 ――第8項、『他者の下に敷かれる事まがりならず』

 

 ただし、例外として16項、『配偶者の下になら敷かれてもやむなし』

 

 中学までアメリカの武偵局に所属し、世界各地を飛び回っていた俺は、そんな校訓が名古屋女子校に存在する事なんて知るわけもなく、

 

 強襲科の模擬戦に参加した生徒たちを全員、完膚なきまでに倒してしまったんだ……。

 

 その結果――俺は……『なごじょ』の生徒たちから何度も同じような告白されることになった。

 

 その告白を簡単に表すと、

 

 私、負けた。

 

 お前、勝った。

 

 お前、強い。

 

 私、自分より強い相手と結婚する。

 

 嫁にしろ。

 

 …………。

 

 あいつらは現代に蘇ったアマゾネスなのだろうか? いくらなんでも男に飢えすぎだろう。武偵校でも変人率・危険度共にナンバーワンを誇る強襲科の生徒が9割もいるせいだろうか? はたまた女子校という環境がそうさせるのか?

 

 最初の教導で生徒たちを伸してから、クエストが終わるまでの2週間。俺はずっと襲撃され続けた。心休まる時間なんて存在せず、用意されたマンションにも度々強襲かけられて。突如スタングレネードと煙幕弾をぶち込まれ、ゴムスタン弾を装填した拳銃を乱射される。通学途中には不良漫画ばりに待ち伏せされて、突然のエンカウントバトルが始まり、昼食や休憩時間ですら隙を見つければ襲ってきて。

 

 最後のほうでは、俺に自分の力を認めさせた者が、俺『を』嫁にできるルールがなごじょの間では出来ていたようで、ものすごーく大変だった。

 

「なごじょの制服は過激だからな。相当いい思いしてたんじゃねえのか」

 

 豪快に笑いながら訊ねる蘭豹。……まあ、確かにいい思いはしたよ、視覚的にはな。なごじょの制服は半制服というか、『弾丸なんて端から当たらないぜ! だから私には防弾制服なんて必要ないんだぜ!』とかいう、ものすごい精神理論でヘソだし&超ミニスカが普通だし。そりゃあ、いい思いもするだろう。特にC以上の胸となると、少し動いただけで丈が異様に短いセーラー服やミニスカートの下から下着が覗けるんだから。健全な男子高校生なら、喜ばないわけがない。

 

「……突然強襲かけられたりしなければ、もっと素直にうなずけていたんですけどね」

 

 魂まで抜けていってしまうかのような長いため息を吐く。あの100人を超える女生徒たちから求婚という名の襲撃されていた状況のなかで誰かを気に入り、俺がサルのように何も考えず生徒に手を出していれば……あれだぞ。色んな人の血の雨が降ること確定してるだろ。ひとりを選んだ場合でも物騒なキャットファイトが始まることは違い無しだし、むしろ手を出せない状況で迫られて苦しんでいたよ……。

 

 ――と、少々名残惜しいがそろそろ抜けるか。蘭豹の腕をタップして、外してくださいという意思表示を行なうと、蘭豹はあっさりとアームロックを解いてくれた。

 

 俺は立ち上がって制服のシワを伸ばし、ネクタイを直す。赤い髪をいつのもポニーテールにセットしなおしている蘭豹に向い、頭を下げる。

 

「今日はありがとうございました」

 

「いいってことよ。生徒の訓練に付き合うのがあたしたち先生の仕事だからな」

 

 そう言ってくれる蘭豹。だけど、それでも俺はあなたに感謝する。世界的に、人類的に規格外の部類に入ってる俺の戦闘訓練に付き合える数少ない人間だから。

 

「さてと、じゃあシャワーでも浴びにいくか。結構汚れちまったし」

 

「そうですね」

 

 蘭豹に同意して模擬戦場から出る。強襲科の施設に設けられた大浴場……は、時間的に使えないので、シャワールームのほうへ向う。 

 

「……おい、霧島。まさかとは思うが、あたしと一緒におまえもシャワー浴びる気か?」

 

「? そうですけど。それが何か?」

 

 入ったらダメなのか? 俺だって汚れたまま帰りたくないんだが……。

 

 俺の一歩前を歩いていた蘭豹が顔だけを振り返えさせる。苦虫を踏み潰したような苦い顔で、こっちを見てくる。

 

「何か?」

 

「……ちっ、なんでもねえよ。それより、あたしに何かしようとしたらブッ殺すからな」

 

 ガチャっと愛銃を抜いて見せてくる蘭豹。……何をしろってんだよ。

 

 とりあえず両手をあげて降参の意を示す。俺の気持ちが伝わったのか、蘭豹は愛銃をホルスターへしまい、歩き出した。

 

 男女別に別れたシャワールーム。女性用の扉に手をかけた蘭豹に続いて、俺も隣にある男性用の扉に手をかける。……おい、なんでこっちを見てるんだよ、蘭豹。

 

「なんだ、一緒に入らないのか?」

 

 手をかけたまま訊ねてくる蘭豹。……一緒にって、そういう意味なのか。

 

 俺は内心で小さくため息を吐き、蘭豹に言う。

 

「何もできないんでしょ?」

 

「…………」

 

 おい蘭豹、そこで沈黙するなよ。怖いだろ。

 

「……もしかして。何か(・・)していいんですか?」

 

 この場合の『何か』って、あれだよな?

 

 ギャルゲでいうところの覗き。

 

 エロゲでいうところの教師と生徒の背徳青姦セックス。

 

 おいおい、いつの間にフラグ立ったんだ? まさかの蘭豹ルート突入か? しかもこんなエロゲみたいな展開で。

 

「――なわけねえだろうが」

 

 まァ、そうですよねー。そんなうまい話があるわけがない。ほら、もうわかったから銃を仕舞おう、な?

 

「まったく、おまえは……」

 

 やれやれだと息を吐き、シャワールームの扉を開ける蘭豹。

 

 このすぐに拳銃を抜いたり暴力を振るう蘭豹だが、巨乳美人教師というカテゴリにいながら19歳と若いので、強襲科の一部男子にはかなり人気があったりする。個人的にクセのある赤毛をポニーテールにしてるところもポイントが高い。

 

「……蘭豹と一緒にシャワー浴びるなんてことになったら、性欲抑えられる自信ないからな」

 

「――っ」

 

「かなり惜しいけど、我慢するさ」

 

「…………」

 

 自分にそう言い聞かせ、俺はシャワールームのなかへ入った。

 

 

 

 

 

 

 時間も遅いので手早くシャワーを浴びて外に出ると、まだ蘭豹はシャワーを浴びているようだった。

 

 ……あれ? 風呂は長い割りに、シャワーはいつもカラスの行水かってレベルですぐ浴びて出てくるのに。

 

 小さな疑問を抱きつつ、このまま帰るのも悪いのでシャワールームの前に設置されたベンチに座って蘭豹を待つ。

 

 ケータイを取り出して、今朝届いていた周知メールを読み返す。

 

「『武偵殺し』の模倣犯が武偵を襲撃ねぇ……」

 

 周知メールの内容は『武偵殺し』に対する注意喚起だった。

 

 ちなみに『武偵殺し』とは連続殺人犯の呼び名で、その名の通り、武偵を狙って殺す犯罪者。そいつはターゲットが乗った乗り物に『減速すると爆発する爆弾』を仕掛けて自由を奪い、遠隔操作でコントロールしながら武偵がどう動くのかを見ながら殺すという方法を好んで今まで犯罪を繰り返していた。

 

『武偵殺し』の犯人は捕まったというニュースが流れていたが……冤罪らしいんだよな、どうにも。

 

 犯人(?)にかけられた刑罰とか、異例の刑期だとか。証拠もそこまでそろっていたわけでもなしに刑務所にぶち込まれてすぐに終身刑確定は、客観的に見て明らかにおかしい。アリアも冤罪だと声を大にして叫んでいたし、俺が世界でもっとも信用してる探偵も『冤罪』だと断言していたからな。

 

「だとすると、こいつは模倣犯じゃない可能性もある。犯行時刻は朝の8時前後?」

 

 8時前後……。被害者を含めて怪我人もなし。狙われた生徒は武偵高の2年生。

 

 この条件に当てはまってるヤツを、俺は知っている。

 

 始業式に出席せず、机に突っ伏していた、あいつ。

 

 そういや、爆薬と硝煙の臭いしてたなぁ。

 

 アリアも、よく思い出してみるとあいつも始業式には出ていなかった。

 

 周知メールには、被害者を同じ武偵高の生徒が救出したと書いてある。

 

 探偵科に転科して約10ヶ月。ちょっとはマシになったオツムが答えを導き始める。

 

「……被害者はキンジ。キンジを救出したのがアリアってことなのか? だけど、それだけなら今朝と俺にキンジのことを訊ねてきたアリアの態度に説明がつかない。アリアがキンジに興味を抱いた理由……」

 

 目を瞑って壁に背中を預け、推理を深めていく。

 

 アリアは、パートナーを求めている。

 

 Sランク武偵の自分と吊りあうような、自分と周りとの架け橋になれるようなパートナーを。

 

 イ・ウーという、世界でも名の知れた国際犯罪者集団を逮捕するために、パートナーを探している。

 

 そんなアリアが、探偵科Eランクの金次に興味を持った理由。

 

「キンジを救出したあとに、キンジが別人のように強くなったのか? そしてそこでキンジの強さを知ったアリアが、キンジに興味を持った」

 

 そう考えればアリアの行動に説明がつく。今朝の自己紹介の前にアリアが金次に返却したベルトも、あいつらが今日の朝に出会ったのを照明している。

 

 ――謎はすべて解けた!

 

「けど、だからどうだっていう話だよな……」

 

 頭は大人、体は子供の少年探偵なら、ここで一筋の閃光と共に推理を披露したんだろうが、あいにくと今は蘭豹ぐらいしかいない。蘭豹相手に推理を披露したところで、強襲科担当教諭である蘭豹は褒めてくれないどころか「強襲科に帰ってこいやっ!」などと怒るのが目に見えている。

 

 そもそも推理してわかったからといっても、どうということはない。金次とは同室なんだから直接訊ねればいい話だし。

 

「はぁ……」

 

 まあ丁度いい暇潰しにはなったか。目を開けて前を向くと、丁度蘭豹が出てきたところだった。

 

 首にタオルをかけた蘭豹が、こっちをみて驚いたような顔をする。

 

「まだいたのかよ、おまえ」

 

「……先に帰らなかったことを喜んでくださいよ」

 

「ちっ……」

 

 なんで毎回のように舌打ちするんだ、この先生は……。

 

 小さくため息を吐いてベンチから立ち上がる。

 

「じゃあ、帰りましょうか」

 

「……そーだな」

 

 うなずくが歩き出さない蘭豹。先に俺が出口へ向って歩き始めると、蘭豹は俺のあとに続いて歩き出した。

 

 ……いつもは前を歩くのに、なんで今日は半歩後ろを歩いてるんだ?

 

 

 

 

 

 

 武偵高前から出る最後のバスに乗り込み、探偵科の寮へと帰ってきた俺は、近くのコンビニで夕食を購入してから自宅へ向う。

 

 マンションの玄関ロビーを過ぎてエレベーターに乗り、上へと昇る。自室がある階に到着し、エレベーターの扉が開くと、

 

「あっ」

 

 巫女さんがいた。ぱっつり切りそろえられた前髪に、艶やかな黒髪。ぱっちりした瞳に整った顔立ちの。

 

「霧島くん。おかえりなさい」

 

「あ、ああ……」

 

 俺にぺこっと頭を下げて挨拶してくる巫女さん。って、白雪さんかよ。そういえば今朝、金次と「よろしくやれよ」って発破かけてたなぁ。こんなすっかり遅い時間に帰る途中ってことは――、

 

「少しは進展した?」

 

「――っ! ……そ、それがね。私、授業で遅くなっちゃって……キンちゃんにお夕飯届けたかったから、着替えないで来ちゃって……。で、でも、キンちゃんは着替えなくてもいいって言ってくれてね。それで、今朝出てた周知メールの自転車爆破事件に巻き込まれたのがキンちゃんなのか心配になって聞いてみたら、やっぱりキンちゃんが巻き込まれてて、手当てしようとしたら怪我してないからいらなって言われて、キンちゃんを巻き込んだ犯人は八つ裂きにしてコンクリ……じゃなくて、逮捕するの!」

 

 ……え? 何? 何だって?

 

 金次は巫女服のままのほうがいい以外、ほとんど聞き取れなかったんだけど……。

 

「と、とにかく。白雪さんは今着たばっかりなんだね?」

 

 それで相変わらず進展もなかったと。

 

「あ、うん。そうだよ。……ご、ごめんね、霧島くん。せっかく2人っきりしてくれたのに」

 

「別に気にしなくてもいいよ、白雪さん。俺の分まで朝ご飯作ってもらったんだし。いつもこれぐらいの時間に帰ってるからさ」

 

「それでもありがとう、霧島くん」

 

 腰を折って丁寧にお礼を言ってくる白雪さん。そこまで畏まられると、こちらも恐縮してしまう。

 

「じゃ、私はこれで帰るね。タケノコご飯、霧島くんの分もあるから良かったら食べてね」

 

 マジで!? 俺の分もあるの!? タケノコご飯!

 

 思わず涎が出てしまいそうになるのをぐっと堪えてお礼を言う。

 

「ありがとう、白雪さん。――っと、もう時間も遅いし、送ろうか?」

 

「うんん。大丈夫だよ。ありがとう」

 

「そっか。じゃあね、白雪さん」

 

「うん。じゃあね」

 

 エレベーターに乗り込んで下へと降りていく白雪さんを見送り、俺は自室へ向う。いつものようにカギを開けてなかへ入り、

 

「キンジー、帰ったぞぉー」

 

 奥にいるだろう金次に呼びかけながら廊下を歩いて行くと、脱衣所の扉が開いていて、そこから光が漏れていることに気づいた。

 

「風呂入ってるのか、キンジ」

 

 声をかけながら俺が脱衣所の扉を開けると、

 

 ツインテールを解いてロングヘアーになっていた全身つるっぺたのアリア嬢が、風呂場のドアを開けて出できたところだった。

 

 さらに脱衣所の床に視線を向けて見ると、アリア嬢の衣服が入ってると思われる洗濯カゴに手を突っ込んでる金次(変態)がいた。

 

 …………。

 

 流れる、沈黙。

 

 見つめ合う、アリアと金次。

 

 見つめ合う、俺とアリア。

 

 見つめ合う、俺と金次。

 

 俺と金次の姿を確認したアリアは、

 

「へ……ヘンタイ……」

 

 ばっ、と右腕で胸を、左手で……あー……うん、へその下を隠した。

 

 そして、アリアは自分の洗濯カゴを漁っている金次を見て、全身に鳥肌を立てる。

 

「ち……ちがッ……!」

 

 金次が何かを抱えて立ち上がる。持上げたモノはアリアの武器である2本の刀のようだが……

 

 右の刀に、ひらり。

 

 左の刀にも、ひららり。

 

 まるで手旗信号のように、アリアの上下の下着が引っかかっていた。ちなみに引っかかってる下着は、小さなトランプのマークがいっぱいプリントされた、ガキっぽい木綿の下着だった。

 

 ……俺の同居人はいったいアリアに何がしたいんだろう? 巨乳で今時珍しい大和撫子タイプの美少女である白雪さんを帰して、アリア嬢の衣服を手に入れたかったのだろうか?

 

「~~~~死ね!」

 

 どごっ!

 

「ぐっ!?」

 

 真っ赤になったアリアが金次を蹴り飛ばす。シャレにならない角度で入った前蹴りが、金次の体を「く」の字に折る。

 

 そのままアリアは2本の刀に引っ掛けられた下着をもぎ取り、反対側の足で、飛び膝蹴りを叩き込んだ。

 

 アリアの強烈な2連撃に、強襲科でも打たれ強いと定評があった金次も耐え切れなかったようだ。完全に意識を飛ばして床へと沈んだ。

 

 ……とりあえず、アリア嬢。マッパでの蹴りはおススメできないぞ。色々モロで見えてしまったから。ツルツルもいいと思うよ、うん。ロリ体型の女の子らしい。

 

「れ、れれれレオン! あ、あああんた、なんでここにいるのよ!?」

 

 キンジが手放した刀を1本掴み、その切っ先を俺に向けてくるアリア。とりあえず俺は、自分に攻撃する意思がないことを示すために両手をあげて訊ねた。

 

「……それはこっちのセリフだ。なんでお前が俺の部屋にいるんだよ?」

 

「――っ。まさかキンジが言ってたもうひとりの同居人ってあんたなの!?」

 

 相変わらず会話のキャッチボールができないヤツ……。俺がアリアに「そうだ」とうなずくと、

 

「な、なら丁度いいわ! あんたも、私のドレイになりなさい!」

 

 アリアがそんなことを言ってきた。

 

「この前は断わられたけど、やっぱりあんたの力が……その、必要なのよ。だから、キンジと一緒にあたしのぱ、パートナーに……」

 

 俺から顔を逸らしながらつぶやくアリア。

 

 そんなアリアに、俺は――、

 

 脱衣所の引き出しからバスタオルを取り出し、アリアへと放った。

 

「まずは服を着ろよ。話はそれからでもいいだろ」

 

「――っ!」

 

 俺の言葉に、自分の現在の姿(つるっぺたの全裸さらし中)を思い出したアリアは、タオルをキャッチして急いで体を隠す。……バスタオル1枚で全身が隠れるとか、マジで小さいんだな、こいつ。

 

 バスタオルで体を隠してなお、警戒し続けるアリアに小さくため息を吐いてから、床で気絶している金次を担ぎ上げる。

 

「こいつがいたんじゃ着替えられないだろうし、リビングのほうに持って行っとくぞ。俺もリビングにいるから、着替えたら来いよ」

 

「う、うん……。わかったわ」

 

 アリアがうなずいたのを確認して、俺はリビングへと向う。……よし、何とかこの場は誤魔化せた。事故で金次の二の舞になるのはさすがに嫌だからな。

 

 ……さてと、金次はソファに寝かせるとして……。

 

 制服のネクタイピンに付けたカメラ(襲撃時、証拠写真を撮るためのもの)で思わず撮っちまったアリアの全裸はどうしようか。

 

 このまま消すのはもったいないし、あいつの土産にでもするかな? あいつはアリアの身内になるんだし、同性だから別にいいだろ。何枚か撮った内、モロに映ってない画像をプリントしようっと。

 

 

 

 

 

 

 気絶している金次をソファに寝かせ、頭に氷嚢を置いたりして看病していると、薄いピンク色のネグリジェに着替えたアリアがやってきた。

 

 ……は? ネグリジェだと? 

 

「アリア。おまえまさか……ここに泊まるつもりか?」

 

「あら、よくわかったわね。そのつもりよ」

 

 男子寮に泊まることを、なんでもないことのようにうなずくアリア。

 

「……わかったもなにも、この時間にネグリジェなんか着てきたら誰だってわかるだろ……」

 

 それにリビングの隅には、お泊りセットのようなトランクが置いてあるし。

 

「う……。だ、だったら! なんであたしがここに泊まることになったのか、その理由がレオンにはわかる?」

 

 こっちを見上げながら訊ねてくるアリアちゃん。こうして見ると本当に同い年とは思えない。ちなみに俺とアリアの身長差は30cm以上ある。

 

 俺は口元に手を当てて、考える素振りをとり、

 

「キンジだな」

 

 前もって推理していたことを、あたかも一瞬で推理して見せたかのようにつぶやいた。

 

 アリアは俺が考え出した推理を訊いて、ニヤッ、と獲物を見つけた猫みたいな笑みを浮かべた。

 

「さすがレオンね。その通りよ。あたしはキンジをぱ……ど、ドレイにしようと思って来たの」

 

 ……わざわざパートナーからドレイに言い直さなくてもいいだろ。さすが天然のツンデレ娘。

 

「それでね……。レオン。さっきも言ったけど、あんたも……あたしのパートナーになってくれない?」

 

「……それは前にも断わっただろ。俺は、おまえの求めているようなパートナーにはなれないって」

 

「――っ」

 

 ショックを受けたような顔をするアリア。俺はアリアの頭に手を伸ばし、

 

「あの理子って子がそんなにいいの?」

 

 ――かけて止める。

 

「……は? おまえ、何を言ってんだ?」

 

「探偵科のAランク武偵、峰 理子。その子がレオンのパートナーなんでしょ?」

 

「パートナーって……。まぁ、この武偵校でいうならそうだな。あいつとは前衛と後衛で1番バランスが……」

 

「や、やっぱり胸なのね……」

 

「おい、話聞けよ」

 

「あの子、すごく大きいものね。あたしと身長はほとんど変わらないのに……。バカみたいに脂肪の塊2つもぶら下げちゃって……」

 

 ギリッ、とアリアが歯を鳴らし、真っ赤になった顔を俯かせる。わなわなと体を震わせて自分の胸に手を当てた。

 

 アリアと理子は同じロリでも、アリアは正統派のロリであり、貧乳。一方の理子はロリだが巨乳という、ハッキリとした違いがお互いの体に現れていて、アリアは理子の豊満な胸が羨ましがっているのだ。

 

 以前、俺を呼びに強襲科の施設へとやって来た理子を見て、アリアは自分のぺたんこな胸と理子の歩くだけで揺れる胸を見比べて以来、アリアは一方的に理子を敵視していた。

 

 今回もそのコンプレックスが原因でこんなことを言い出しているんだろうが、

 

「おいおい、アリア嬢。俺が胸なんぞで仕事相手を選ぶと思ってるのか? それはちょっと失礼だぞ」

 

「じゃあ! だったらなんであんたはあたしのパートナーになってくれないのよ!」

 

 両手を振り上げて癇癪を起すアリア。俺はため息を吐いて、今にも泣き出しそうになっているアリアの頭に手を置く。膝をまげて視線の高さを合わせる。

 

 いい子いい子とアリアの頭を撫でながら、言い聞かせるようにつぶやく。

 

「アリア。前にも言ったが、俺とお前は同じ本能に従って動くタイプの武偵だ。理性的に動くことが苦手で、突っ走る傾向にある俺らには、自分とは違うタイプのパートナーが必要なんだよ」

 

「……でも、あたしには……」

 

 赤紫色の瞳に涙をいっぱい溜めながら、片手で俺の制服の裾を掴んでくるアリア。

 

「おまえに急がないといけない事情があるのは知ってるよ。――けどな、それでも俺はおまえのパートナーにはなれないんだ」

 

「――っ」

 

 俺の拒絶に、制服の裾を掴んでいる手にぎゅっと力が込められる。フローリングの床へ向けてポタポタと涙が落ちていく。

 

 俺は小さくため息を吐いて、その場でしゃがむ。下からアリアの顔を見上げ、指で涙を掬い取りながら言葉を続ける。

 

「ま、パートナーにはなれないが……協力はしてやるよ」

 

「……きょう、りょく?」

 

 涙を拭いながら訊ねるアリア。俺はアリアの手をしっかりと握り、うなずく。

 

「ああ、協力してやる。おまえひとりでは無理なとき。おまえと、そのパートナーでも解決できない事件が起こったら俺に依頼しろ。この俺が、『キング・オブ・ハート』がおまえを助けに駆けつけてやる。例え、相手があのイ・ウーであってもな」

 

 俺はアリアに向って威勢よく笑いかける。アリアは涙で潤んだ赤紫色の瞳に俺の顔を映したまま、

 

「…………」

 

 なんのリアクションもなしに、固まっている。

 

 ……おーい、アリアさん? 何でもいいから反応を返してくれないと、俺、ものすごく恥ずかしいヤツになるんだけど……。あんまり名乗りたくない2つ名まで言って決めたのに、放置ですか?

 

「アリアー?」

 

「…………」

 

「おーい、アリアさーん?」

 

「…………。――っ。~~~~っ! い、いつまで手を握ってるのよ、このヘンタイっ!」

 

 顔を真っ赤にしたアリアが両手を振り上げ、いきなり蹴りを放ってきた!

 

「おわっ!? あ、危ねえな……いきなり蹴りなんか放ってくるなよ」

 

「あ、あんたがあたしの手をに、握るからよ!」

 

 ……手を握っただけで蹴るのかよ。避けれたけど、かなり本気だったよな、おまえ。

 

 ジト目で見つめる俺をアリアは見ようともせずに振り返り、

 

「もう寝るわ! おやすみ!」

 

 それだけ言ってリビングから出て行ってしまった。

 

「はぁ……」

 

 色々言いたいことはあるが……まあ、いいか。やっぱり泣いて落ち込んでるあいつより、目標に向って一直線なあいつのほうがいつものアリアらしいからな。

 

「じゃっ、俺は白雪さん特製のタケノコご飯でも食べるとするか」

 

 リビングのテーブルに置いてある2つの重箱のウチ、ご丁寧に『霧島君用』と書かれた紙が挟まれた方を手に取り、テレビのバラエティー番組を見ながら夕飯を食べ始めた。

 

「う……ん? こ、ここは……」

 

 あー、さすがは白雪さん。タケノコご飯もサイコーに美味いっ!

 

 おかずひとつにデザートを渡してきた武藤の野郎にも食わせてやりたいが、残念。これは俺が全部いただく。あー、美味いっ。

 

「――っ。……ああクソ、そういえばアリアのヤツに……ん? レオン? ああ、そういえばおまえ、帰ってきて……」

 

「む? おー、キンジ。起きたのか」

 

「……まあな。それで、あのデコチビはどこいったんだ?」

 

 上半身をソファから起こし、きょろきょろとデコチビ――アリアを捜す金次。

 

「もしかしてかえ――って、ないな。あいつが大人しく帰るとは思えん」

 

 顔に手を当て、金次は長いため息を吐く。俺はタケノコご飯を一気に掻きこみつつ、金次に教えてやる。

 

「アリアならもう寝るってよ。今頃使ってない部屋――はないだろうから、寝室だろうな」

 

「マジかよ……。あいつ、本気で家に泊まっていく気なのか?」

 

「ここまで来ればそうだろうなー」

 

「他人事みたいに言ってんじゃねえよ……。お前はアリアが家に泊まっても平気なのか?」

 

「まあ、何かあるわけでもないからな。キンジも、アリアに何かするつもりは――いや、あるのか。お前、アリアのシャワー中に洗濯籠のなかから下着盗もうとしてたもんなぁ」

 

 わざわざ白雪さんを帰してまでアリアの下着が欲しかったんだよな? そうなんだよな、金・次(変・態)

 

「なっ!? それは誤解だ! 俺はあいつから武器を取り上げようと……」

 

「ほう、つまり武器を取り上げた上で何かをしようとしていたと?」

 

「すっ、するわけないだろうがっ! 俺は、女嫌いなんだから!」

 

「…………。あー……そうかい」

 

「おい、なんだその眼は? 信じてないのか?」

 

「いや、信じてるよ。うん。お前、女、嫌いだもんな。アリアに何かするわけがないよな」

 

「当然だろ。誰があんなデコチビなんかに……」

 

 吐き捨てるようにつぶやき、金次はソファに座りなおす。……女嫌いでもなんでもいいから、ホモだけは止めてくれよ、金次。

 

「まあ、それよりなんだ。どうしてアリアが泊まることになったのか、説明してくれないか?」

 

「……あいつから聞いてないのか?」

 

「一応聞いたけど、おまえの口からも聞いておきたいんだよ。とりあえず、今朝起こったチャリジャックの被害者っておまえか?」

 

「……ああ。そうだよ」

 

 大きなため息を吐きながら金次はうなずく。……俺以上にため息が多いヤツだな。

 

 それから金次は、アリアに「奴隷になれ」と言われて付きまとわれていることを話し始めた。

 

「俺は武偵を辞めるんだ。強襲科なんかに戻って、女なんかとパーティなんて組めるかよ。ああクソッ、あと少しで一般の高校に転入できるのに、なんでこんな目に……」

 

 ……話し始めたというか、もはや独り言だな。チャリジャックやアリアのことでたまりに溜まったストレスを吐き出そうと盛大に愚痴ってる。

 

 ……まっ、とりあえずこいつらの話を客観的な視点からまとめてみる。

 

 金次はアリアとパーティを組む以前に、武偵なんか辞めたいし、一般高校への転校の手続きが済むまで安全に過ごしたい。そもそも女嫌いだから近づいてくるなよ、デコチビ。

 

 ――と、思っていて。

 

 アリアは金次とパーティを組みたい。できればパートナーになって欲しい。奴隷というのは照れ隠しであり、最大限の譲歩なんだよ。それぐらい言わなくてもわかりなさいよ。

 

 ――と、思っている。

 

 相反する2人の考えに、ある事情から余裕がないアリア。

 

 武偵への情熱をなくし、惰性で生活している、事なかれ主義の金次。

 

 これはちょっとやそっとじゃ動かないだろう。

 

 何かキッカケがないと、こいつらはずっと対立し続ける。

 

 俺がキッカケになってやってもいいが……

 

「なんだよ?」

 

「いや、なんでもない。じゃ、俺ももう寝るから」

 

 それはアリアと金次……2人のためにはならないだろう。

 

 

 

 

 

 

 白雪さんの弁当箱を洗い、自室で寝間着であるジャージに着替えてから寝室へ向う。

 

 俺と金次が住んでいるこの探偵科の寮は元々4人部屋なので、寝室には2段ベットが2基ある。俺と金次は2段ベットのそれぞれ下段を使用していたわけだが、

 

 アリアが2段ベッドの中央にトラップを仕掛けようとしていた。

 

 アリアはお泊りセットが入れられたトランプ柄のトランクからリード線と対人地雷(おそらく見かけだけ)をせっせと取り出し、黒のマジックを手にとって床に――

 

「おい、それは待て」

 

 マジックで床に何かを書こうとしていたアリアを呼び止める。こちらを振り返ったアリアに近づき、マジックを取り上げる。

 

 アリアが頬を膨らませて抗議の声をあげた。

 

「もう何するのよ、レオン」

 

「それはこっちの台詞だ。床に直接マジックで文字書こうとしてただろうが、おまえ。それに、そのトラップの山はなんなんだよ」

 

「もちろん、痴漢対策よ」

 

「痴漢対策って……」

 

 男子寮に自分から乗り込んどいて何言ってんだよ……。

 

「ほら、返してよ。これから境界線を書くんだから」

 

 アリアがマジックへ手を伸ばしてくる。

 

「境界線はいいとして、床に直接マジックで文字を書くのは止めろ。誰が掃除すると思ってんだよ。あと、トラップ仕掛けるのもやりすぎだ」

 

「……だけど……それだとあいつが……」

 

「そりゃあ、シャワー浴びてる最中に自分が脱いだ服探られて、下着盗まれそうになったんだから不安になるのもわかる。……わかるが、男子寮に押しかけてきたのはおまえだろ?」

 

「…………」

 

「自衛することは結構なことだが、住人である俺たちにあまり迷惑のかからない方法でやれよ」

 

「うー……わかったわよ」

 

 しぶしぶながらもうなずいたのを確認して、マジックをアリアに返す。

 

 アリアはA4サイズの用紙に『これ以上入ってこようとしたら殺す』と何とも物騒なメッセージと拳銃のイラストを書いて、2段ベッドの上段の手すりにテープで貼りつけた。

 

「次はトラップな。全部仕舞えよ?」

 

「……わかったわよ」

 

 しぶしぶと、不安げな表情でトラップを片付けていくアリアの頭に後ろから手を乗せてる。

 

「そう心配しなくても大丈夫だって。キンジは一応女嫌いで通っているヤツだし、女の寝込みを襲おうとするヤツはここにはいないからよ」

 

「……でも、もしものときは?」

 

「そのときは、お前に触れる前に俺がキンジをぶん殴ってやるよ」

 

 ま、そんなことはまずありえないと思うがな。

 

 アリアは全部のトラップをトランクに仕舞い込んで立ち上がると、

 

「レオンは……あんたは、どうなのよ?」

 

 そんなことを訊ねてきた。

 

 訊ねられた俺はアリアに向って肩をすくませ、自分のベッド……アリアが紙を貼り付けたベッドの下段に入り、

 

「じゃあ、おやすみ」

 

 そう言って布団に潜り込んだ。

 

「ちょっと! さっきの反応はどういう意味なのよ!? ねえ、レオン! レオンってば!」

 

 揺らしてくるな、アリア。

 

 俺は、今、すっごく眠たいんだ。

 

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