翌朝。いつものように6時前に目覚めた俺は、日課の早朝のランニングに行こうとして思い出す。
「そういや、アリアがいたんだったな」
仰向けになって寝転んだまま、自分が使っている2段ベッドの上段を見上げる。そちらに向って耳を澄ますと、アリアのものらしい小さな寝息が聞えてくる。まだアリアちゃんは夢のなかのようだ。
「じゅるる……あっちにももまん、こっちにももまん、たくさんのももまん……うふふふ……」
……夢の中までももまんかよ。さすがももまん中毒者。だてに毎日食べてないな。
上で寝ているアリアから視線を横へ移すと、もう片側の壁にある2段ベッドの下段で寝ている金次の姿があった。こちらも熟睡しているようで、まったく起きる気配はない。
(なら今のうちにシャワーでも浴びるか)
昨夜アリアに対して金次が寝込みを襲い掛かるようだったら殴ると言った手前、長い間部屋を開けることはできないのでランニングは諦めるが、シャワーぐらいはいいだろう。
金次を信用していないわけではないが、アリアのことを考え、一応2段ベッド間に警報が鳴るタイプのトラップを仕掛けてから風呂場へと向った。
いつもより手早くシャワーを浴びて、武偵高の制服に着替える。脱衣所の棚に置いたバスタオルで体を拭き、洗濯機を回す。いつもなら金次の分の洗濯物もまとめて回すが、昨日風呂に入らなかったのか、洗濯物は自分の分だけだった。……ちなみにアリアの洗濯物が昨夜のまま脱衣所の隅に置いてあったが、こちらは無視することにした。見掛けは幼児でも同い年だからな。あいつも同い年の男に洗濯物なんて洗われたくないだろう。
洗濯機が回っている間に、マンションの下にあるコンビニで全員分の朝食を購入する。朝食の入った袋をまとめてリビングのテーブルに置いて、寝室に戻る。
(気の使いすぎだと思うが……一応な)
まだ2人が寝ているのを確認して、自分のベッドに座る。ベッドの下に置いている自分のノートパソコンを取り出す。
ノートパソコンを起動させたところで、
「あ、そうだ」
ある悪戯を思いついた。
俺はケータイのカメラを使ってアリアのマヌケな寝顔を激写し、ノートパソコンに画像を送る。
メールボックスを開いて、イギリスにいるあいつに画像を送り付ける。
すると、ものの数分もしない内に返信メールが返ってきた。イギリスと日本の時差は約8時間で、日本のほうが進んでいるから、あっちは今頃夜の10時を越えた辺りなんだがなぁ……お早い返信だとこで。
『これは、どういうことかしら?』
返ってきたメールにはそのたった一文だけ。たったそれだけの文章だけでも相手の怒りの感情が簡単に読み取れる。
これは……早まったか?
俺は軽い悪戯のつもりだったんだが……、
『返答しだいではあなたを抹殺するわ』
『お姉さまと必要以上に接触しないという、私との約束を破ったわね』
『お姉さまに何か不埒なことをしていたらどうなるか分かっているでしょう?』
『あなたは私を怒らせた』
怒りの感情が込められたメールが続けざまに送られてくる。俺は慌てて弁解のメールを送信する。
『アリアとは何もない。単なる悪戯だ』
『悪戯? 悪戯でなぜお姉さまの寝顔なんてものが撮れているのかしら?』
『パートナー探しの一環。って言えば伝わるだろ?』
『そのパートナー候補はあなたじゃないでしょうね?』
『違う。俺の同居人が候補だ。まぁ、相変わらず俺にもパートナーになってくれって頼まれてるがな』
『ちゃんと断わってるんでしょうね?』
『ああ。あの事件に関して協力するとは言ったけど、パートナーの件はちゃんと断わったぞ』
『そう。ちゃんと断わったのね』
ふぅ……何とか怒りを納めてくれたか。
『それはそうと、お姉さまの寝顔を盗撮するなんて最低ね』
……うっ。
『武偵には武偵3倍法なんてものがあるんでしょう? 盗撮であなたを告発してあげましょうか?』
『それは止めてもらえると助かる』
――と、ここで洗濯機から洗濯が終わったことを告げる音が聞えてきた。
『洗濯が終わったみたいだから、メールを止めるぞ』
『お姉さまの衣服まで洗濯してないでしょうね?』
『するわけがないだろ……。じゃあ、そっちじゃもう遅い時間なんだし、おまえも早く寝ろよ』
『あなたに言われなくてもちゃんとわかってるわ』
『そうかい。――あと、最後に。今月の中ごろぐらいからヨーロッパの武偵局に応援に行くことになってるから、日本のモノで欲しいものがあれば言っておいてくれ。それじゃあな』
返信を待たずにノートパソコンを閉じる。スリープモードにして、洗濯物を干しに行った。
◆
洗濯物をベランダに干してリビングに戻ると、丁度アリアが起きてきたところだった。
「ふああぁ……」
かわいらしいあくびをかみころし、ソファに座るアリア。低血圧なのかまだ寝ぼけているようだ。寝間着にしてるキャミソールの肩紐がずれているのも気にせず、ボケーっとどこかを見つめている。
俺はアリアの目覚まし代わりに砂糖とミルクをたっぷり入れたインスタントのコーヒーを作って手渡してやる。
「ほら、アリア」
「ん……? ああ、ありがと、レオン」
俺からコーヒーを受け取ったアリアはカップに口を付けてちびちびと飲み始めた。これで少しは目が覚めるだろう。
「じゃ、俺はキンジを起してくるからな」
「ん」
アリアにそう言ってリビングを出る。寝室へ向って仕掛けたトラップを解除し、金次を起す。
「おーい、キンジ。そろそろ起きろー。もう7時だぞー」
何度か呼びかけると、目を擦りながら金次が目を覚ました。こいつも朝は低血圧で寝起きはだいたい機嫌が悪いんだが、アリアのこともあってか普段よりさらに機嫌が悪いようだ。
睨むようにアリアが寝ていたベッドを見上げ、ため息を吐きながら金次が俺に訊ねてくる。
「あいつは……?」
「アリアなら少し前に起きてきて、今はリビングでコーヒー飲んでるよ」
「……まだ居やがるのか……」
「ああ。当分はずっと、おまえの周りに付いてまとうつもりなんだろうさ」
「……はぁ、勘弁してくれよ……」
閉まっているカーテンを開けて朝日を部屋に取り込む。窓を開け放って空気を入れ替える。
「まぁ、とりあえず制服に着替えてリビングに来いよ。お前の分の朝飯も買ってきてやったんだからさ」
「……ああ、助かる」
……そういえば。アリアのヤツ、制服はどうするつもりだ? 昨日と同じモノ……は女の子として着ないと思うだろうし、持ち込んだトランクの中に替えの制服が入っていたりするのか?
…………。
……一応、トランクを持っていくか。
トランプ柄のトランクを手に、俺は寝室のドアを開けながら金次のほうに振り返り、
「アリアの着替えシーンを見たいなら脱衣所かリビングの扉を開ける際、気配を殺してノックをしないで開けろよ」
「誰があんなデコチビの着替えなんか見たがるかっ!」
マジギレで返す金次。おいおい、単なるジョークだろ。女のことになるとほんと余裕がないヤツだぜ。
◆
アリアと金次がそれぞれ武偵高の制服に着替え、リビングに集まったところで今朝方買ってきた朝食をテーブルに用意する。
今朝の朝食のメニューは皆別々で、
金次が、白雪さん特製のタケノコ弁当。
アリアが、今朝俺が下のコンビニで買ってきたももまん(もものかたちをしたただのあんまんで、アリアの大好物)5つ。
俺が、サンドウィッチ3パックにハンバーグ弁当がひとつ、アメリカンドック1本に、から揚げ棒2本、肉まん3つ。
――というラインナップだった。
ちなみに今朝、俺が金次へと買ってきた『ウナギまん』は白雪さんの弁当が残っていたので、昼食に回された。
俺と金次が並んでテーブルの片側につき、その反対側にアリアが座って朝食を食べているわけだが、
「いつ見ても胸やけしそうになる光景だな」
休むことなくももまんを次々に口へと放り込んでいくアリアを見るのは、結構くるものがある。よくあんな甘ったるいモノをいくつも続けて食えるものだ。見てるだけで口のなかが甘く思えてくる。
「……毎食フードファイター並みに食べるおまえが他人に言っていいようなセリフじゃないと俺は思うぞ」
「ん? まあ、それもそうか」
ジト目の金次にそう言われ、自分の目の前に置かれた朝食を見る。確かに、ひとり分を遥かに超える量の食料だ。自分でも、よくこんな大量に食べれるな、と思うが、全部訓練で消費するエネルギーだからなぁ。食わないと動けないし、一応まだ成長期だからな。1ヶ月の食費はかなりかかるが、こればっかりは仕方がない。
そんな大量の食事を摂取する俺だが、食べるスピードも早く、比較的に普通の量を食べている金次やアリアとほぼ同時に食べ終わった。
いつものようにコンビニ袋の中にゴミをまとめ、ゴミ箱へと捨てる。
「さてと……じゃあ、俺は先に学校行くな」
あらかじめ用意していた武偵高の学ランをシャツの上から羽織り、壁に立てかけている日本刀が入った竹刀袋を肩にかける。ソファの上に置いた学生カバンを空いているほうの手に持って、リビングのドアを開ける。
「お、おい待てレオン! このデコチビも持っていけ!」
「なっ!? 誰がデコチビよ! このバカキンジ!」
「誰がバカだ! って、それよりほら、レオンに付いて先に登校しろよ」
「なんでよ」
「なんでも何も、この部屋から俺とお前が並んで出てってみろ? 見つかったら面倒なことになる。ここは一応、男子寮ってことになってんだからな」
「うまいこと言って逃げるつもりでしょ! 男子寮で見つかることが面倒なら、あたしとレオンが一緒に行っても何もかわらないじゃない!」
「それは……ほら、レオンのヤツは巨乳好きで有名だから……。おまえと一緒のとこ見つかってもクエスト受けてる関係だとかで誤魔化しやすいだろ」
「それどういう意味よ! あ、あたしの胸が小さいって言いたいわけ!?」
「そ、それは……」
……背後で金次とアリアの言い争う声が聞えているが、無視して足を前へ踏み出す。
「あ、おい! レオンっ!」
「まだ話は終わってないでしょうが! このバカキンジ~!」
「ちょっ!? 銃は……!」
ずきゅぎゅん!
……7時半のバスには乗れそうだな。
◆
金次が疲れた顔でアリアと一緒に登校してきた、その日の午後。午前中に行なわれる一般教科を終えた俺は、探偵科の施設へと向っていた。
本来なら今月中に行なわれるクエストのために強襲科で訓練しなければいけないのだが、金次からの依頼があったからだ。
探偵科の施設内にあるコンピュータルームに入室する。探偵科のコンピュータルームは依頼の内容流出などといったトラブルを防ぐため、席は防弾性能がある強化プラスチックの仕切りで区切られ、簡単にはパソコン画面を覗き見れないようになっている。
見かけこそネットカフェに近いそこで、一番奥の席に設置されているパソコンを起動させる。すぐにネットを開いて、グーグル先生に教えを請う。
グーグル先生が見つけ出して着てくれた、アリア関連のサイトをひとつクリックする。
「……むむ、すごいな」
アリアの写真1枚3000円からで、高いものとなると軽く数万円を越えるらしい。特にフィギュアスケートやチアリーディングのポラ写真は人気があるようで、万単位で取引が行なわれているようだ。この前開催されたオークションではスク水姿の写真に11万円の高値がついているそうだ。
一緒にパーティを組む武偵としては人気のないアリアだが、その他ではかなりの人気があるらしい。特に男子生徒から人気があり、一部後輩の女子生徒からも高い人気があるとか。
「それにしても、フィギュアスケートとかチアリーディリングの授業って……この学校は大丈夫なのか?」
しかもその授業風景を普通に盗撮して売りさばいてるし、犯罪を取り締まるべき武偵が犯罪を起してるじゃないか。
まったく……けしからんヤツらがいるものだ。
…………。
……いや、それにしてもよく撮れてるな。この写真を撮ったのは諜報科の生徒だろうか? なかなかいいアングルで撮れている。しかし、麗のチア写真とは……。これは戦兄として買っておかないと……いやいや、ネット上から削除しないと……。だが、それにしても大きな胸だ。これで高1だなんて信じられない。戦兄という立場じゃなかったらこの乳の魔力の前に俺は屈していただろう。……あいつを戦妹にしたのもそれが少しだけ関係しているわけだし。
「ヤッホー、レオポン! 何熱心に見てるのかなぁー?」
「――っ!」
背後からの声に俺は即座に戻るボタンをクリックする! そして丁度画面が切り替わったところで、後ろから覗き込まれた。
「えーっと、なになに……神埼・H・アリアについて? むー……理子りんという美少女がありながらアリアのこと調べるってどーいうことなのかなぁー? ねえ、レオポン」
「頬っぺたを抓ってくるな、理子。アリアを調べてるのは、あくまでキンジからの依頼だからだよ」
「キーくんの?」
「ああ。なんでも付きまとわれて困ってるそうでな。探偵科でも強襲科によく行く俺に、アリアについて調べてきて欲しいって頼まれたんだよ」
そう説明しながらアリアが所属しているロンドン武偵局のサイトをクリックする。アリアの項目を捜してクリックし、公式で公開されている情報をパソコン台の下に設置された印刷機で印刷していく。……何とか誤魔化せたようだ。
理子が俺の首に両手を回しながらつぶやいてくる。
「へー、そうなんだ。じゃあ、理子も調べるの手伝ってあげようか?」
「それは……俺としては助かるし、おまえのパソコン技術は勉強になるが……いいのか?」
「うん! 一緒に受けてるクエストはもう洗い出しも終わって作戦考えてるとこだからねー。この理子りんにとってアリアを調べるぐらいなんてことないんだよ」
大きな胸を前へ突き出して得意げにそう言うと、理子は仕切りと椅子の間を通って俺の前へやって来くる。椅子に座っている俺の膝の上に腰を下ろしてきた。
「おい」
そこは彼女だけの特等席だぞ。……まあ、俺に彼女なんていたことないけどさ。
「えーとね、アリアを調べるなら彼女の出身であるイギリスのサイトでググるのが1番効率的でねー」
膝の上からどくつもりのないらしい理子は俺の声を無視して検索をかけていく。英語で書かれたサイト名をクリックし、次々にアリアの情報を表示していった。
本来、俺が受けた依頼なので、俺が解決しなければいけないのだが……まあ、いいか。どうせ金次からの依頼だし。理子の技術を見るのは勉強になる。時間短縮にもなるしな。
膝からどかすことを諦め、俺は理子の細い腰に両手を回す。シートベルトの代わりのように理子の腹の前で軽く手を組んだ。
これで落っこちたりしないだろ。……他意はほとんどない。あっても多くて3割程度だ。
理子は左右に体を揺らし、鼻歌を口ずさみながらノリノリでパソコンを操作していく。
「じゃあ、アリアの情報印刷していくねー」
「ああ、キンジのヤツは英語読めないから日本語のヤツも印刷してくれよ」
「んーっ、つまり英語で書かれてるヤツも一緒に混ぜていいってことだよねぇ? レオポン、キーくんが英語読めないのわかってて渡すとかひどーい」
「読めないあいつが悪いんだよ。それに、そういう理子だって俺に言われる前から英語で書かれてる資料印刷してるじゃねーか」
「だってそっちのほうが面白そうでしょ!」
ニッコリ笑ってポチッとマウスをクリックする理子。ふっ、さすがは俺のパートナー。よくわかってやがる。
「これもキーくんに見せたらどうなるかなぁ?」
「喜ぶだろうな、あいつなら。いや、喜んでもらわないと俺が困る」
「むむっ? それってどういう意味で?」
「は? どういう意味?」
聞き返された意味がわからず理子に訊ね返すと、理子は俺のほうを振り返り、正面から顔を見据えてきた。
「どうしたんだ、いきなり」
「ねえ、レオポン」
いきなり、マジな表情になる理子。その突然の変化に俺は戸惑ってしまう。
「……なんだよ?」
「レオポンは、アリアのパートナーにならないかって誘われたんだよね?」
「ああ。断わったけどな」
「どうして?」
「どうしてって……。前にも話したと思うが、あいつと俺は同じタイプの武偵で、アリアが求めてるパートナーには該当しなかったからだけど……?」
「……だったら。該当してたら? レオポンはアリアのパートナーになった?」
「それは……まあ、なったかもしれないし、ならなかったも知れない。出会い方とかでそのつど変わるもんだし。そもそもその話はもう終わった話だろ? 今さら考えてなんになるんだよ」
ポンと理子の頭に手を置く。……なんだか今日は変だな、こいつ。
手触りのいいハチミツ色の金糸をなでていると、理子は顔を上げ……あ、これ昨日のデジャブか?
「アリアが好きなの?」
「……は?」
昨日アリアに訊ねられたこととまったく同じ質問を理子にされて呆ける俺。理子はそんな俺から視線を外し、これまた昨日のアリアのようにつぶやき始めた。
「レオポン、強襲科行くときはよくアリアの訓練に付き合ってるし、しつこく付きまとわれても本気で突き放さなしたことないし……さっきだって、アリアのファンサイトなんか見てた」
み、見られてたのか!?
「あ、あれは……こんなもんもあるんだなって興味本位で見てただけで……」
「でも理子が声かけたらすぐに閉じたよね? それってやましいことがあったからじゃないの?」
「それは……」
言い訳したいが後輩……しかも戦妹の盗撮写真を見ていたからだなんて口が裂けても言えるわけがない。というか、今日の理子は本当にどうしたんだ? いつもはこういうことをマジなテンションで聞いてくるヤツじゃないのに……。
「レオポンはアリアのことが好きなの?」
「す、好きか嫌いかで聞けば、好きの分類に入る……が、あくまで人間的にだぞ?」
「じゃあ、恋愛対象としては?」
恋愛対象って……おいおい。
「それはないな。俺はロリコンじゃないし、アリアはタイプじゃない」
いうなれば俺にとってアリアは手の掛かる妹のような存在だと思う。性欲の対象としては大きく俺のストライクゾーンから離れてるし、実際に全裸見てもほとんど反応しなかった。やっぱり胸だよな、胸。AAはいくらなんでも性欲湧かない。
「へえ、そうなんだ」
「……なんでニヤニヤしてるんだよ?」
「べっ、別にニヤニヤしてないよ。もうレオポンったら、ぷんぷんガオーだぞ?」
「いや、それは意味わからない」
「むふふー、じゃあちゃちゃっと印刷していくねー」
くるんと回って画面に向き直ると、理子はご機嫌で印刷を開始していった。
……さっきのはいったい何だったよ、おい。
「あーそれとレオポン」
「今度は何だよ?」
「アリアの情報は理子が調べたんだから、キーくんから貰う報酬、理子も貰っていいよね?」
「……ちゃっかりしてやがるな、まったく……」
「むふふー」
ご機嫌で微笑んでやがる理子の頭をぐりぐりと髪型を乱すように撫でまくってやった。
◆
翌日の放課後。俺は金次を連れて女子寮の温室へと向っていた。
「なんで女子寮なんだよ?」
「昨日説明しただろ。おまえに引っ付いて寮の部屋にいるアリアの前じゃ情報を渡せないし、持って帰れないから、情報まとめたファイルを理子に預けて他の場所で渡すって」
「だからって女子寮はないだろ。見つかったらどうするんだよ?」
不機嫌なことを全面に出して歩いてる金次。待ち合わせ場所が女子寮の温室であることが気に入らないらしい。
「心配しなくてもそう簡単に見つからねえよ。いつも人けがない場所なんだからさ」
「むぅ……」
やっと黙ってくれた金次だが、相変わらず不機嫌そうな顔で周囲を警戒していた。健全な男子高校生なら一度は憧れるだろう女子寮訪問なのに、おまえはなんでそんなに嫌がってるんだよ……。
「理子」
前もって待ち合わせしていた通り、女子寮の前の温室に理子はいた。
「レオポン!」
バラ園の奥で、理子がくるっと振り返り、俺の隣に立っている金次を見つけて手を振った。
「ヤッホー、キーくん!」
「相変わらずの改造制服だな。なんだその白いフワフワは」
「これは武偵高の女子制服・白ロリ風アレンジだよ! キーくん、いいかげんロリータの種類ぐらい覚えようよぉ」
「キッパリと断わる。ったく、お前はいったい何着制服を持ってるんだ」
指を折り折り改造制服の種類を数え始めた理子を金次は呆れながら見下ろしつつ、鞄から紙袋で厳重に隠したゲームを取り出した。
「理子こっち向け。いいか。ここでの事はアリアには秘密だぞ」
「うー! らじゃー!」
びしっ。
理子はキヲツケの姿勢になり、両手でびびしっと敬礼のポーズを取る。
苦い顔になった金次が紙袋を差し出すと、理子は袋をびりびりと破いていった。ふんふんふん。荒い鼻息。まるでケモノだな。
「うっっっわぁーー! 『しろくろっ!』と『白詰草物語』と『妹ゴス』だよぉー!」
ぴょんぴょんと跳びはねながら理子が両手でぶんぶん振り回しているのは、R-15指定、つまり15歳以上でないと購入できないギャルゲーだ。
そのギャルゲーを持って跳びはねているところを見てわかるとおり、理子はオタクだ。それも、世間一般のオタク女子と違い、女の子なのにギャルゲー好きのマニアという趣味の持ち主なのだ。中でも特に自分と同じようなゴスロリ系のヒロインにかなりの関心を示す。
もちろん理子も俺たちと同い年なのでR-15歳以上であるこれらのゲームも買うことはできる。できるのだが理子は背がアリア並みに低いため、店員さんには中学生ぐらいだと判断されてしまい、R-15歳以上のゲームを売ってもらえないことが多いのだ。先日も理子はゲームショップも兼ねている学園島のビデオ屋でR-15のゲームを売ってもらえなかったとぶつぶつ言ってて、今度俺が代わりに購入してやる予定だったのだが、今回はアリアの情報を調べた報酬として金次に買ってきてもらったというわけだ。
それにしても店員のお姉さんに、恥ずかしそうに顔を真っ赤にしながらギャルゲーを差し出す金次を少し離れた位置から眺めるのは楽しかったなぁ。某動画サイトに『初めてのギャルゲー購入』という名でアップしてやりたいと思ってしまったぐらいだ。
「あ……これと、これはいらない。理子はこういうの、キライなの」
そう言って金次に『妹ゴス』の2と3を突きかえす理子。
「なんでだよ。これ、他と同じようなヤツだろ」
「違う。『2』とか『3』なんて、蔑称。個々の作品に対する侮辱。イヤな呼び方」
不機嫌そうにつぶやく理子。金次はまったくわけがわからないそうにしているが、
「じゃあこれは俺が貰うな」
かくいう俺も理子と同じオタクだ。アメリカ人と日本人のハーフとしてアメリカで暮らしていた頃、日本のアニメに触れて以来、オタク文化に足の先まで毒されてしまっていたのだ。ひと昔前は本当に酷い中二病患者で、『キング・オブ・ハート』という2つ名もその名残であった。
「……レオポン」
ゲームを取った俺を見上げてくる理子。
「ん? 理子はいらないんだろ?」
「そーだけど……」
口を尖らせる理子。俺も理子の続編嫌いの理由は知らないが、まあ、
「俺は続編でもなんでも自分が気に入ればそれでいいからな。
「ああ。どうせ返されても俺はしないしな。理子に渡した分も含めて全部くれてやるよ。そのかわり、こないだ依頼した通り、アリアについて調査したことをきっちり話せよ?」
「……うん」
……お前がいらないゲーム受け取ったぐらいでテンション下げられても俺が困惑するだけだぞ、理子。
「よし、それじゃあとっととしろ。俺はトイレに行くフリをして小窓からベルトのワイヤーを使って脱出してきたんだ。アリアにバレて捕捉されるのは時間の問題なんだからな」
金次はそう言うと、周囲を警戒してから近くの柵に腰を下ろした。
「トイレに行くフリって……確実にもうバレてるだろ。たとえバレてなくても便秘扱いされんじゃねーか?」
「う、うるせえ! 俺だって四六時中付きまとわれてなかったらおまえみたいに連絡取り合って外で合流したわ! それが出来なかったからわざわざトイレに行くフリして脱出してきたんだろうがっ」
「ああ、はいはい。俺が悪かったからそう怒鳴るな」
「ちっ……」
そうとうストレス溜まってやがるなこいつ……。
理子はゲームをなぜか服の中にしまいつつ、ちょっとジャンプしながら金次の隣に腰を下ろした。金次は柵に腰を下ろしても足がついてるが、理子は足がつかないらしく膝下をぶらぶらさせている。
2人が座ったところで、俺は金次から1番遠い理子の隣側に腰を下ろした。……ホモ疑惑が出ているヤツの隣にはあまり近づきたくないんだよ。
「ねーねー、キーくんはアリアのお尻に敷かれてるの? カノジョなんだからプロフィールぐらい自分で直接聞けばいいのに」
「カノジョじゃねえよ」
「えー? 2人は完全にデキてるって噂だよ? 朝、キンジがアリアと腕を組んで寮から出てきたっていうんで、アリアファンクラブの男子が『キンジ殺す!』って大騒ぎになってるんだもん。がおー」
「指でツノをつくらんでいい」
心底疲れた様子で大きなため息を吐く金次。昨日と同じで今朝も家出るときはアリアとケンカしてたみたいだったのに、そのあと腕組んで出てきたのか。仲がいいのか、悪いのかよくわからないヤツらだ。
「そういや俺のところにもお前の暗殺依頼が入ってたなぁ」
「なっ!? それはちゃんと断わったんだろうな?」
「当たり前だろ。……報酬もそこまでよくなかったし」
「確か新作のゲームソフト5本だったけ?」
「そうそう。さすがにゲームソフト5本じゃ同居人をころ……いや、誰に頼まれようと親友を殺すはずがないだろ」
「おい、報酬がよかったら受けてたように聞えたぞ」
「む? そんなこと言ったか理子?」
「んー? 言ったような言ってないような?」
「なら言ってない、だな」
「そーだね。言ってないね」
「「あはははは」」
理子を一緒に声を出して笑う。
「おまえらなぁ……」
手を顔に当てて長いため息を吐いてる金次を横目で見ながら楽しんだあと、理子がニヤニヤしながら金次に訊ねた。
「ねえねえ、それでアリアとはどこまでしたの!?」
「どこまでって」
「えっちいこと」
「バカ! するか!」
「嘘つけぇー! 健全な若い男女のくせにぃー!」
理子は満面の笑みで、金次のわき腹を肘で突く。
「……おまえはいつも話をそっちの方向に飛躍させる。悪いクセだぞ」
「ちぇー」
金次の返答につまらなそうに理子は口をすぼめる。つまらなそうな理子に話題提供として金次のヤツがこの前アリアのシャワー中に服を漁っていたことを話すのもありだが、それだとアリアの全裸を俺も見たことがバレるのでここは黙っておこう。
「それより本題だ。アリアの情報……そうだな、まずは強襲科での評価を教えろ。資料はお前が持ってるんだろ、理子」
「はーい。んと……まずはランクだけど、Sランクだったね。2年でSって、片手で数えられるぐらいしかいないんだよ。理子よりちびっこなのに、徒手格闘もうまくてね。流派はボクシングから間接技までなんでもありの……えっと、バーリ、バーリ……」
「バーリ・トゥード」
「そうそうそれ。それを使えるの。ありがとね、レオポン」
「どういたしまして。あと、ちなみにイギリスではバーリ・トゥードを縮めてバリツと呼ばれてるそうだ」
「そうか……。じゃあ、他にアリアの得意なことや特技はどうだ? レオンはよく強襲科でアリアと訓練してるって不知火から聞いたぞ」
「まあ、してるな」
……先日、そのことを理子にマジなテンションで突っ込まれたばかりだからここでは蒸し返して欲しくなかったが……仕方がないか。
「とりあえず、拳銃とナイフは天才の領域。どっちも二刀流で使えて、生まれたときから両利きだそうだ」
「それは知ってる」
「……黙って聞いてろ、バカキンジ。――アリアはその優れた二刀流の腕前から『
「なんだ……それ……」
アリアの経歴に信じられないという表情を浮かべる金次。
「
「理子……おまえの笑いどころはよくわからないが……アリアがすごいヤツだってことはよーく理解した」
そう言って頭を抱える金次。金次からしたらバケモノにストーカーされてるようなものだからなぁ。これは力づくじゃどうにもならないことを悟ったか。
「あー……他には。そうだな、体質とか」
あからさまに話題を変えてきた金次に、理子は資料をパラパラと捲りながら言う。
「うーんとね。アリアって、お父さんがイギリス人とのハーフなんだよ」
「てことはクォーターか」
「そう。イギリスの方の家がミドルネームの『H』家なんだよね。すっごく高名な一族らしいよ。おばあちゃんはDameの称号を持ってるんだって」
「ちなみにDameはイギリスの王家が授与する称号で、叙勲された相手が男性ならSir、女性ならDame……まあ、本物の貴族様ってことだな」
「マジかよ……あいつ、貴族だったのか」
「うん。でもアリア自身は『H』家の人たちとうまくいってないらしいんだよね。だから家の名前を言いたがらないんだよ。理子は知っちゃってるけどー。あの一族はちょっとねぇー」
「教えろ。ゲームやっただろ」
「理子は親の七光りとかそういうの大っキライなんだよぉ。まぁ、イギリスのサイトでもググればアタリぐらいはつくんじゃない?」
「……レオン」
「渡す資料にちゃんと書いてあるから安心しろ、キンジ」
「理子」
「ほいほーい」
ファイルにまとめられた書類を金次に手渡す理子。金次はファイルから書類を取り出してパラパラと捲り、
「おい、なんで英語で書いてあるんだよ」
「そりゃあイギリスのサイトから情報を引き出して印刷したヤツなんだからしょうがないだろ」
「嘘つくんじゃねーよ! タイトルに『H家について』って日本語で書いてるくせに内容が英語って確実におまえらの悪戯じゃねえかっ!」
「悪戯って……。俺たちは英語が苦手なお前のことを心配してわざわざ英語で印刷したというのに……」
「うえーん、酷いよキーくん」
「あークソ。ワザとらしく泣きまねしてんじゃねえよ……」
……む、まるでノッてこないか。
「まあ、英語の文章でもネットに打ち込んで翻訳かければ読めるし、勉強にもなるだろ?」
「そうそう。サイトに直接翻訳かけるのもいいしねー」
「……英語が得意なお前らだったら問題ないだろうが、英語が苦手な俺は探したり打ち込むだけでもかなり疲れるんだよ」
「そこはがんばれやー!」
と、金次の背中を叩こうとしたらしい理子の手が――
ぶんっ。
思いっきり空振り、ばし、と金次の手首をぶっ叩いた。
「うぉっ?」
がちゃ。
その勢いで金次の腕時計が外れて足元に落ちた。
金次が拾い上げると、金属ハンドの三つ折れ部分が外れていた。あーあー壊れてら。
「うぁー! ごっ、ごめぇーん!」
「別に安物だからいいよ、台場で1980円で買ったヤツだ」
「だめ! 修理させて! 理子にいっぱい修理させて! 依頼人の持ち物を壊したなんていったら、理子の信頼に関わっちゃうから!」
そう言って金次から腕時計をむしりとると、理子はセーラー服の襟首をぐいーっと引っ張って開け、すぽっと胸の間にそれを入れてしまった。
……ふむ、相変わらずのいい乳だ。理子のお気に入りであるハニーゴールドの下着も似合ってる。
「あー、レオポンが理子の胸ガン見してるー。もう、えっちなんだからー」
「こればかりは仕方がないんだ。男は、誰だってエロいんだよ」
「かっこよく言ってもかっこついてないよぉー。まったくもぉ」
頬を膨らませる理子をかわし、金次のほうに顔を向ける。
「それでキンジ、他には何かあるか?」
「……あ、いや、もうそのぐらいでいい。じゃあ、俺はもう行くから」
そう言うと金次は立ち上がり、早足で温室から出て行ってしまった。
金次のさっきの反応……まさかだとは思うが、理子の胸を見て男の部分が反応したのか?
「どうしたのレオポン? 急に考え込んだりして」
「ん……。いやな、ここ最近……というか、探偵科の寮で同室になってから俺はずっと、キンジのヤツがホモだと警戒してたんだが……」
「ぶはっ!? き、キーくんがホモぉ!?」
「おいおい、噴出してまで驚くことか? 見るからに怪しいってのに」
「だってキーくんがホモとか……。レオポンはいったいどーしてキーくんがそうだって思ったの?」
「そりゃあ、女を極力さけてるからだよ。健全な男子高校生のクセしてエロ本やエロビデオ、エロDVDといったものは本当に何一つ持ってねえし。恋愛ドラマを見ても濡れ場が始まった瞬間チャンネルを変えやがる。ものすごく純情なヤツで、エロいのが苦手なヤツだとも考えてみたが、あいつの場合は女を嫌って遠ざけているように見える。1年のとき、武藤や不知火と話してるときに白雪さんやおまえがやって来たらあからさまに金次は嫌な表情を浮かべていたからな。入学して強襲科のときに同じ寮になって、探偵科の寮に移るまでに抱いていた疑惑が、また同じ寮になったことで確信に変わりかけている……って感じだ」
「そ、そうなんだ……」
口を両手で押さえてぷるぷると震えてる理子に、俺は自分の推理を話す。
「おそらく、俺が推理するにキンジのヤツはホモだ。それもなりかけている途中で、男子が気になっている途中といったところか? これで俺や武藤、不知火とか近しい友人が女子と仲良くしたり付き合ったりして、キンジの心に嫉妬が芽生えれば……そこから恋愛感情に発展してしまいそうで、俺は怖い!」
ホモになった同居人を想像し、俺は思わず自分の体を抱きしめる。理子はそんな俺を落ち着かせるように腰を抱き、やさしくつぶやいてきてくる。
「だ、大丈夫……ぶぶっ……うん、だいじょうぶ……ぷぷぷっ……大丈夫、だよ、うははっ、う、うんん……。大丈夫だよ、レオポン」
「……理子、俺の尻は狙われないよな?」
「ぶはっ!? ……っ、……くっ、んんっ……はぁーっ、はぁーっ。だ、だいじょうぶだって! ね、狙われるとしても、さ。最初はあの2人だと思う、からね。だから、レオポンは大丈夫だよ。うん、よーし、よーし」
手を伸ばして理子は俺の頭をなでてくれる。……ああ、こうして頭をなでられながら理子のバニラのような甘い匂いを嗅いでると、
「それにしても面白……いや、なんでもないよ、レオポン」
完全に落ち着いてから、俺は金次とアリアが待つ自宅へと帰宅した。
そして、帰宅してリビングの扉を開けると、
「……1回だけだぞ」
「1回だけ?」
「戻ってやるよ――強襲科に。ただし、組んでやるのは1回だけだ。戻ってから最初に起きた事件を、1件だけ、お前と一緒に解決してやる。それが条件だ」
……ソファに倒れたアリアに向って、金次がそう言っていたところだった。
え? これなんて状況?
「……」
「だから転科じゃない。自由履修として、強襲科の授業を取る。それでもいいだろ」
アリアはソファから上半身を起こし、視線を合わせないよう窓の外に顔を向けている金次のほうを見て、何かを考え始めたようだ。
しばらく沈黙が続き、俺もリビングの扉に手をかけたまま固まっていると、ようやくアリアがうなずいた。
「……いいわ。じゃあ、この部屋から出てってあげる。あたしにも時間がないし。その1件で、あんたの実力を見極めることにする」
「……どんな小さな事件でも、1件だぞ」
「OKよ。そのかわりどんな大きな事件でも1件よ」
「わかった」
「ただし、手抜きしたりしたら風穴あけるわよ」
「ああ。約束する。全力でやってやるよ」
自信たっぷり金次がつぶやくと、アリアはソファから立ち上がった。そこでやっとリビングの扉に立っている俺に気がついたようだ。
「レオン……」
「よお、アリア」
「さっきの話、聞いてたんでしょ。泊まるのはやめて今日から自分の寮に帰るわ」
「ああ、そりゃあよかった。さすがの俺も女の子と何日も同棲なんてことになったら気が休まらないからな」
「……迷惑かけたわね」
「なあに、女の子の寝顔やシャワーシーンが見れただけで十分元は取れてるさ。おまえも、これで少しは落ち着けるだろ」
リビングのドアを開け、横に避ける。アリアは「ふんっ」小さく鼻を鳴らして俺を横切り、荷物が置いてある寝室へと向った。
四六時中付きまとわれないために、あえて相手の条件の一部を受け入れたか。条件決めの際に『どんな事件でも1件』という金次にとって都合がいい条件を出してるし。意外と策士だな、金次。
まっでも、とりあえずは――
「おかえり、キンジ。強襲科はキミの宣戦復帰を心待ちにしていたよ」
「……あくまで一時的だ。俺は戻らねえよ」
どんなかたちであれ、強襲科Sランク武偵の宣戦復帰はよろこばしいことだ。