クラスメートであり、寮のルームメイトでもある友人の遠山金次にホモ疑惑だけでなく、新たにロリコン疑惑が浮上して数日。週の間に存在する祝日に、俺はひとりでオタクの聖地といわれる日本一の電気街、秋葉原へとやって来ていた。
秋葉原の最寄り駅から出てすぐに広がるビル街。大小さまざまで建ち並ぶビルには、アニメや漫画のイラストやゲームや近々放送予定の新作アニメの広告がいたるところに掲げられていて、道行く人々のなかにはアニメや漫画のコスプレしている人や、大きなリュックにポスターをいくつも装備した人の姿がちらほら。なかでも元気いっぱいの笑顔で客引きするメイドさんたちは目を引いていた。
1年前に日本へとやって来てからずっと変わらない秋葉原独特の空気を吸い込み、ゆっくりと吐き出す。
常に人で溢れかえり、入り組んだ路地が多いことから別名、「武偵殺し」と呼ばれている秋葉原だが、オタク趣味の俺にとっては疲れを癒し、明日への希望を抱かせるパラダイスだった。
「そういや、ひとりでアキバに来るのも久しぶりだな」
いつもは理子と一緒に着ていたからな。ひとりで来るのは、だいたい1ヶ月ぶりぐらいか? 確か今年のバレンタイン――メイドコスした理子と、理子の行きつけのメイド喫茶のメイドさんたちとお店でハーレム接待――のお返しに3月のホワイトデーにその逆バーションを企画して、執事喫茶にひとりで下見にやって来たときぐらいか。……ちなみに執事喫茶にひとりで入店した際に周りの女性客たちからガチホモ疑惑をかけられ、薔薇で覆われた妄想の糧にされたために逆ハー企画は早々に断念して、『1日理子の執事券』なるものを渡して済ませた。
今回はクエスト前の息抜きもかねて、理子の分は全て奢るつもりで理子を自分から誘ったのだが、色々と忙しいからと珍しく断わられたのだ。
誘いを断わる際に俺の奢りだと聞いた理子はものすごーく行きたそうに数十秒うんうんと唸り続けたぐらいだから、どうしても外せない用でもあったんだろう。
「――さてと、とりあえず今月の新刊からチェックしに行くか」
そう呟いて歩き出す。
オタクの聖地と言われるだけあって、漫画やラノベをおいてるショップはいくつも存在するが……どこの店にするか迷うな。
別にどこのショップでも――とは言うなかれ。
ショップごとにポイントカードが存在していて、各ショップごとにそのポイントでしか貰えない激レアグッズが存在するのだ。しかも、ポイントを溜めた先着順で激レアグッズは引き換えられていき、その在庫数は日々減っていく。さらにショップごとに購入特典も違うので、それも考慮してショップを選ばなければいけない。欲しい購入特典が複数ある場合は同じ店や別の店で同じ物を複数購入しなければいけなくなったりと――まあ、大変なのだ。ショップ選びひとつ取り上げても。
そして今回買う予定なのは、いつもの漫画とラノベの新刊と新作のゲームに加えて、ロンドンにいる友人に頼まれた品だ。
脳内に各ショップのポイントカードと現在までに溜まっているポイント。ポイントで引き換えられる特典を思い浮かべ、笑顔で誘ってくるメイドさんたちからの誘惑を振り切りながら秋葉原をひとり歩いて行く。
◆
「ありがとうございましたー」
ショップ店員のハキハキトした声を背に、俺はホクホク顔でショップをあとにする。片手には大きな紙袋。一見するとお洒落な紙袋に見えるが、アニメに登場するロゴマークがプリントされた品である。もちろんその中身は、今月の新刊や新作ゲームだ。
「ふふふふ~ん、次はどこに行こうっかなぁ」
鼻歌混じりに秋葉原を練り歩く。
おっ、あのメイドさんすっごく綺麗だ。あっちのメイドさんはゴスロリメイド服が似合っててかわいいな。ああ、そういやメイド喫茶もいいな。理子が贔屓にしてるメイド喫茶に行くか? でもなぁ、あそこはよく理子と行ってるし、ひとりで行くのはなぁ。それに忙しくて来れなかった理子が、俺ひとりでメイド喫茶に行ったことを知ったら面倒くさいことになりそうだし……。
「ん~……たまにはフィギュアでも見に行くかな?」
たまたま目に付いたショップを見ながら呟く。
これまで興味はあっても購入したことは一度もなかったんだよなぁ。かさ張って処分に困るから。これを期にひとつ買って見るのも良いかもしれない。どうせあと1年間は日本にいるんだし。
「行ってみるか」
そう結論を出して歩き始めようとした俺に、後ろから声がかけられる。
「――あれ、レオン先輩?」
ややハスキーな女の子の声。その聞き覚えのある声のほうを振り返って見ると、強襲科の後輩、火野ライカが立っていた。
「お、ライカか?」
今のライカの服装はいつもの武偵高の防弾制服ではなく、珍しい私服姿だった。
黒と白の縞模様のTシャツにキャミソール。ショートパンツに黒のジャケットというボーイッシュなスタイル。いつも無雑作に後ろでまとめている髪も下ろしてストレートにしていた。そして顔には目元を隠す大き目の色つきサングラスを付けていて、ひと目ではライカとは気づかれにくくなっている。お忍び、という言葉が浮んできそうな格好だ。
「ほぉ~、武偵高の制服着てないライカは新鮮だな」
「へっ!? えっと……似合い、ませんか?」
「いや。よく似合ってると思うよ。髪下ろすと結構雰囲気変わるんだな」
「そ、そうですか? へへっ」
照れくさそうに小さく笑って金髪を弄るライカ。
俺はそんなライカを見て、素直に感想を呟く。
「ああ、かわいいよ」
「かわっ……!? あたしが!?」
突然顔を真っ赤にして、その赤い顔を左腕で隠すようにして半歩後ろに仰け反るライカ。そのあまりのオーバーリアクションに呟いた俺のほうが驚いてしまう。
「そんなに意外なことか?」
「それは――そうですよ。あたしなんか男女がかわいいなんて、あり得ないですよ」
……いや、いきなり暗くなられて断言されても困るんだが。
いきなり表情ごと雰囲気を暗くしたライカは、笑顔を振りまきながら呼び込みをしているメイドさんたちのほうに視線を向け、どこか羨ましそうに呟いた。
「かわいいってのは、あんな風に笑顔を振りまけて、かわいい服が似合う子のことをいうんですよ。――だから、あたしなんかは……」
――かわいくない。
なんて、口の中で小さく呟いたライカだが、
「俺はライカにもああいう格好は似合うと思うけどなぁ」
「……え? ああいう格好って、あのひらひらしてるメイド服がですか?」
「それ以外に何があるんだよ? まぁ、白のワンピースとかも似合いそうではあるな」
しかし、いいよなぁ。金髪のメイドさんって。きっとライカが着れば高レベルのツンデレ金髪メイドさんになれると思う。つーか、純粋に見てみたい。ライカのメイド服姿。きっとすごく似合っててかわいいと思うし。
「メイド服に白のワンピースって、そんなわけないじゃないですか。もうからかわないでくださいよ、レオン先輩」
そう言って困ったように笑うライカ。……今日は本当にどうしたんだ? いつもの元気はどこに行ったよ?
普段とは違ってどこか影のあるライカに戸惑いつつ、腕時計の時間を見てハッと思いつく。
「――あ、そうだ。ライカ。今、暇か?」
「今は……。えーっと……」
気まずそうにどこかに視線をやるライカ。
「何か予定でもあるのか?」
まぁ、それもそうか。秋葉原にひとりでやって来てるぐらいだし。何か予定があっても不思議じゃない。待ち合わせとかの可能性だって――
「だ、大丈夫です! 別に今日どうしてもやらなきゃいけないことじゃないですし、気にしないでください!」
「ん、そうか? じゃあ、これから俺が――」
昼飯奢ってやる――じゃあ、色気も何もないな。
俺はライカと視線を合わせて、改めて呟く。
「――俺とデートしようぜ、ライカ」
「はい! ……へ? デート?」
おお、まさかの突然誘ったデートを二つ返事でOKが貰えるなんて驚きだな。これはライカの気が変わらない内に行動したほうが良さそうだ。
俺は片手でライカの手を取って、
「じゃあ、行こうか」
「ええっ!? せ、先輩ぃいい!?」
顔を真っ赤にしたライカを連れて、再び秋葉原を歩き始める。
昼飯奢るにしても昼にはまだちょっと早いし……さて、どこに連れて行くか。
◆
「せ、先輩……。やっぱりあたしにこういうのは無理ですよぉ」
「大丈夫だって。ほら、こっちもどうだ?」
「なっ――こんなの無理! 絶対無理ですって! 絶対着たとこ見て笑うつもりでしょ、レオン先輩っ」
ここは秋葉原に存在する雑居ビルに入った洋服店。俺はライカに似合いそうなかわいい服を選んでいる最中だった。
しかし、入店からすでに30分近く、俺が勧めるかわいい服はことごとくライカにNGを出されていた。さっき勧めたメイド服も、ライカは「うわぁ」っと一瞬瞳を輝かせるもすぐにブンブンと首を横に振り、自分には似合わないと試着も拒否してしまうのだ。
「いやいや、笑わないから着てみろって。こういうのもいい経験になると思うしさ」
「けど……」
渋るライカに俺は別の衣装を手に取って渡す。
「む~……だったら、こっちはどうだ?」
「これですか? これならまぁ……って、これゴスロリ衣装じゃないですか! こんなのあたしが着れるわけ……」
そして、今度も先ほどと同じように衣装を見てすぐNGを出そうとするライカに、俺は続けて別の衣装を見せる。
「なら巫女服か? ピンクのナース服や白スク水なんてのもあるぞ。それとこの店、ネコミミカチューシャもあるから一緒に付けてみたらどうだ?」
「スク水にネコミミ!? ……あ、あ~……もぅ、わかりました。これを着ます。着ればいいんでしょ、もうっ……」
「おお、そうかそうか。ようやく着てくれる気になったか。――で。ネコミミはどうする? きっとゴスロリ衣装と相まってかわいいと思うぞ」
「いっ、いりませんっ!」
ライカはぴしゃりと言って、店の奥に設置されてる更衣室へ向い、シャッと更衣室のカーテンを閉めた。
――よし、作戦成功。
やっぱり消去法って使える手だよな。
露出の少な目のゴスロリ、コスプレ仕様の巫女服、なんだか犯罪臭がする白スクの3択なら、ライカはゴスロリを選んでくれると思ってたよ。いや~、全部嫌だって拒否されなくてよかった。自然な形で試着するよう誘導することも成功したし、楽しみだなぁ。
「もう、こんなひらひらした服……あたしに似合うわけないのに……」
更衣室の入り口として付けられた分厚いカーテンなかから、ブツブツと呟かれる文句と一緒にライカの服を脱ぐ音が聞えてきた。
「ううぅ……せめてもの救いはミニスカじゃないことか。けど、ロングスカートってあたしに似合うのか? ……へ、へえ。結構良い……かもしれねえな、へへへ……」
姿が見えないってのも色々と想像が膨らんでなかなか……。しかもカーテン越しに同世代の女子が着替えをしてるってシチュエーションがまたなんとも言えない。…音からしてまずは上から脱いで、次に下を……
――高校2年生の春。青春も思春期も真っ盛りで、簡単に脳内がピンク色に染まる自分を残念に思いつつも、嫌いになれないことに愛おしさを感じていると、
「う~……」
カーテンの隙間から恐る恐るライカが顔を出した。
「どうした? サイズが合わなかったのか?」
「いえ、そうじゃなくて……。着替え……終わりました」
「そうか! なら、さっそくお披露目して見せてくれよ」
わくわく、ドキドキ。
期待を胸に待っていると、ライカは恐る恐るカーテンに手を伸ばして、
「ええいっ、どうにでもなれ!」
豪快に、一気にカーテンを全開にした。
「おおっ……!」
ボーイッシュなスタイルから一転、黒を基調にした白のかわいらしいゴスロリ衣装に身を包んだライカを見て、俺は思わず目を大きくして感嘆の息を漏らしてしまう。
「どう、ですか……?」
恐る恐る顔を見上げてきたライカ。元々発育の良い胸元が深い谷間と作り、清楚でどこか近寄りがたい高貴な雰囲気をかもし出すロングスカートが普段とは違った雰囲気を演出する。
しかも元々素材がいいだけに、その破壊力はバツグンだ。
もうっ、ギャップ萌え! たぶん、今の俺の感情や興奮を言葉で言い表すならギャップ萌えが1番相応しいだろう! いつもは強気なライカが弱々しく、しかも頬を赤らめて恥らっている。時折スカートの裾を両手で握ったりするのも高得点だ!
「これは……本当にすごいな。正直予想以上だよ。まさかこんなに似合うなんて」
「に、にあっ……!? ~~っ!」
ジロジロと観察するように見つめると、ライカはボフンと小さな爆発音が聞えてきそうなほど一瞬で顔を真っ赤に染めた。そして陸に上げられた魚のように口をパクパクして、
「ほ、本当に、似合ってます?」
そんなことを確認してきた。
……またこの問いかけかよ。何度目だ、いったい。いい加減、面倒くさくなってきたぞ。
俺は小さく息を吐いてライカの両肩に手を置く。「え、ええっ!?」とライトグリーンの瞳を大きくして顔を見上げてくるライカの体をくるっと反転。更衣室の壁についている姿見のほうを向かせて呟く。
「ほら、ちゃんと鏡見てみろよ。すごく似合ってんだろ」
「…………」
「いや、俺じゃなくて。鏡を見ろって」
「は、はいっ!」
慌てながらようやく姿見を見たライカは「う……」と、ゴスロリ衣装に身を包んでいる自分の姿を見て、一瞬苦い顔になるが、
(せ、先輩の言う通り、意外と、似合ってんのかな?)
しだいに表情を緩めていき、姿見に映る自分の姿を受け入れ始めてくれたようだ。
「ほら、俺の言った通りだっただろ」
「――っ! そ、そんなこと……」
また急に影を背負い出して言いよどむ。いったいどうしたってんだよ、今日のライカさんは。
俺は大きく息を吐いて、姿見ごしにライカの顔を見つめる。
「ライカ。何かあったか?」
「――っ」
ライカの体がビクッと跳ねる。姿見に映っているライカの顔も「なんでそれを……!?」とでも言いたげに驚愕している様子が見て取れた。……なんとも分かりやすいヤツだ。
「やっぱり何かあったんだな?」
「…………」
無言は肯定ってな。やっぱり何かあったのか。
俺は俯いてるライカの頭にポンッと手を乗せて、
「よかったらでいいから、話してみないか?」
と呟いた。
ライカは俯いたまま、小さく頷いた。
後輩の悩みを聞くのも先輩の役目ってな。
◆
普通の洋服よりもコスプレ衣装のほうを豊富に取り揃えている秋葉原の洋服店から移動すること十数分。デパート内に存在するメイドさんがいない普通の喫茶店へとライカを連れてやって来ていた。
「あの……ここって、先輩の行き着けの店だったりするんですか?」
「ん? いや、別に行き着けってほどじゃないかな。着たのもこれが3回目ぐらいだし。けど、ここの料理……とくにデザートはどれも絶品だから期待していいぞ」
「へえ、そうなんですか! じゃあ、何かおススメとかありますか?」
「おススメは……。ん~……どれも本当に美味いからなぁ。強いて言えばチョコレートケーキか? けど、今は持ち帰りで食べれないパフェ系のデザートがおススメだぞ」
「パフェもあるんですか!? へえ~」
期待にライトグリーンの瞳をキラキラさせながら、案内された奥のテーブル席へと座る。ほどなくして置かれたお冷で喉を潤す。
――で。
かわいい後輩であるライカのお悩みを聞いた俺は、
「アハハハハッ! まさか、そんなことで悩んでいたのか。くくっ……! ああぁ、まさかライカがそういうことで悩むなんてなぁ」
打ち明けられた悩みの内容に大笑いしていた。
大笑いする俺に、俺の向かい側の椅子に座ったライカの顔がカーッと顔を真っ赤になる。
「あたしには……あたしにはショックなことだったんです! 何もそんなに笑わなくてもいいじゃないですか」
「あー……そうだよな。悩みを聞いて置いて笑うのはあまりにも失礼だったな。謝るよ、ゴメン」
誠意を見せるように姿勢を正して頭を下げる。大笑いは本当に失礼すぎたな。
「――けど、まさかライカが『男女』って呼ばれていることをそんな気にしてたなんて思わなかったからさ」
「――っ」
再びライカの顔が赤くなるが、今度は笑われた怒り――というか、羞恥心が原因のようだ。顔を合わせないようそっぽを向いて、ふんっと息を吐く。
そして、横目で俺の方をちらちらと窺うように見ながら、
「……レオン先輩もあたしのこと、『男女』って思ってますよね」
恐る恐るそんなことを聞いて――いや、断言してるから違うか――言ってきた。
俺はそっぽを向き、どこか遠い目になって何か嫌なことでも思い出してるのか、暗い表情になるライカにため息を吐く。
「なんで思ってること確定なんだよ? 俺は別にライカのこと、『男女』だなんて思ったことは一度もないぞ」
「え……!? 一度もですか?」
「ああ。むしろ好み……ゴホン。スタイルもかなり良いし。俺には女にしか見えねえよ。……なんだよ? そんなに信じられないことか?」
「……で、でも、皆あたしのこと『男女』だって。昨日だってクラスの男子たちが……火野はないって」
火野はない? 何が?
言葉の意味が分からずに首を傾げると、ライカは言い難そうに表情を歪めながらも補足するように呟いた。小さな声で。
「か、彼女にするなら」
「彼女? それって……ああ、そういうことか」
火野はないって、彼女にするならライカはないってことだったのか。
けどなぁ……この場合、結構な確立でアレだよな。思春期の照れ隠しとか、その場のノリとか、周りが言ってるから自分も言っておくとかいう、まあ、特に深くもない考えから呟かれた軽口だよな。……言われた本人はすごく気にしてるみたいだけど。
「まぁ、俺だったらライカみたいな女が彼女だったらすごく嬉しいと思うけどな」
「えっ!? なっ……ええっ!?」
今日1番のすげぇオーバーリアクション。もしもお冷に口を付けてる最中だったらぶっかけられてたな。
「先輩の彼女って、あたしがですか!?」
「もしもライカが彼女だったら嬉しいって話だよ」
告白はしてないからなー?
「けど、それでも……。あたしみたいな男女が彼女だと嬉しいだなんて……。そんなこと……」
とても信じられない、という様子のライカ。
……今日のライカさんは本当に面倒くさいな。
まあ、男勝りで自分に女としての自信がないのは――この1時間ちょっとでわかったけど。実際にはスタイルがよくて美人なのに「自分はかわいくない」って何度も呟いて暗くなるのは、正直嫌味に聞える。俺の髪色もライカみたいな綺麗な金髪だったらどんなに良かったか……いや、これは今考えるのはよそう。それよりもネガティブライカさんのほうをどうにかするのが専決だ。
「――まっ、とにかくだ。ライカ自身が自分のことをどう思ってようと、俺には――俺から見た火野ライカは美人でスタイルの良い、ちゃんとした『女』に見えてるから。そんなに自分のことを『男女』だなんて何度も卑下しないでもいいんじゃないか?」
「レオン先輩……」
ライカは俺の顔を見つめ――ゆっくり、じわっとライカのライトグリーンの瞳が輝きを増して始め、
――ポタッ。
小さな滴が机に落ちて跳ねた。
……へ?
「……あ、ありがとう、ございます……。あたし、今までずっとそんなこと言われたことなくて……」
――ポタッ、ポタポタッ。
いくつもの滴がおち始め、机に落ちては跳ねる。
ずずぅ、っと鼻を啜る音がライカのほうから聞えてくる。
ちょ……!? え……。
「す、すみません……あたし……」
そう言って手で目元を隠すライカ。
手の隙間からは滴が頬を伝って机へと――、
な……泣いたぁああああああ!? ええっ!? ど……いきなり、え……!? なんでだ!? 俺の所為? 俺の所為だよな? 俺の所為か。俺の所為なのかぁあああ!?
と、とりあえずどうする? 謝るか? とりあえず謝るのはてっとり早くて良い手だが、何について謝るんだよ!? 俺の今までの会話で謝るところなんてねえだろ。……ないよな? えー……っと。そもそもライカが泣いた理由は、アレでアレがアレなんだから……謝るのはやっぱりおかしいよな、うん。
――そうすると、この場合は、
「――ほら、使えよ」
ポケットからハンカチを取り出してライカへと渡す。
「あ、ありがとう……ございます」
濁点が付きそうなお礼を言われた俺はライカの頭へと手を伸ばし、ポンッと手を置いた。ちょっとクセはあるが、サラサラとした細い女の子の髪だな。つーか、綺麗に色が統一されてて綺麗だし、羨ましい。
「――っ」
目元に当てたハンカチの間から、少し赤くなったライトグリーンの瞳がこちらを窺うように視線を向けてきた。
俺はその視線を正面から、微笑という名のポーカーフェイスで受け止め、ライカの頭をやさしく撫でる。
「よしよし……」
「…………」
……うん。
俺の行動にライカはポカーン、無言からの涙大量排出&鼻を啜る回数増加コンボが発動しちまった……。
ラノベ主人公しかり、エロゲ主人公しかりの「撫でポ」なんて高等テクは狙ってなかったけど、さらに状況が悪化するとは……。
あー……でも、よーく思い出せば、泣いてるところを慰めると気と一緒に涙腺も緩んで決壊するのが自然だったな。ライカが号泣してしまったのも当然のことだろう。
「ううぅ……レオンぜんばぃいい……」
「よしよし」
――しかし、だが、
お冷を貰って注文もせず、店の奥の席で女の子を号泣させた男として、店員、客問わず周りからの視線が痛い。嫌悪感を通り越して殺気みたいなものも向けられてる気がする――が、今は耐えるしかねえんだよなぁ。……号泣については俺が原因みたいなものだし。
ほらほら、もうこの際だ! これまで溜め込んだストレスとか不満とか、負の感情をもろもろ全部吐き出しちまえ! 最後までこのレオン先輩が付き合ってやんよ!
◆
号泣すること数分。ようやく落ち着きを取り戻したライカが恥ずかしそうに頭を下げた。
「……すみませんでした、レオン先輩」
「別に気にしてないさ」
そう言って俺はすっかり氷も解けてしまったお冷を傾ける。……まあ、ライカの号泣で周りからの視線は痛かったけど、半ば自業自得みたいなものだからな。気にしてないのは本当だ。むしろレアなライカの泣き顔が見れただけでも……と、蒸し返すのはさすがにマズいか。
俺は話を切り替えるようにメニューを手に取り、テーブルに広げた。
「じゃあ、飯でも食べるか。今日は俺が全部おごってやるから、なんでも好きなもの食べて良いぞ」
「ほんとですか! よっしゃー、ごちになります!」
爛々と、少し赤くなってるライトグリーンの瞳を輝かせてメニューを見つめるライカ。椅子から身を乗り出して「どれにしよっかなぁー?」なんて鼻歌混じりに料理を選んでいる。
……相変わらず切り替えが早いというか、もう大丈夫そうだ。
「これに、これもいいなぁ……。先輩、いくつまで頼んでいんですか?」
「ん? ああ、俺のお財布事情なんて気にしないで食べられるなら食べられるだけ頼んでいいぞ。これでもSランク武偵として高給取りだからな。懐は暖かいんだ」
「ほんとですか! じゃあ、これも頼もうかなぁー」
嬉しそうにメニューからいくつかの料理を選択したライカは、近くにいた店員を呼んで料理を注文し始める。俺もライカに次いで、あらかじめ決めておいた料理を注文した。
そして、しばらく。
たて続けに、ところ狭しにテーブルの上へと置かれていく料理たち。5人……いや、6人前はありそうな量ではあるが、これで全部というわけじゃない。まだいくつかの料理が残っていた。
「じゃっ、食べるか」
「はい、先輩!」
料理が並んだところで俺はライカと一緒に手を合わせ、あらゆるものに感謝を捧げ、
「「いただきます」」
料理を食べ始めた。
◆
「いいなぁ、すごっく美味しそう……。しかもあんなにたくさん。あたしも食べたいなぁ……」
「涎が出てますわよ、あかりさん。それより、あの男ですわ……ッ! お姉さまを泣かせた上に今度は餌付けするなんて! ああ、なんて卑怯で下劣な男なんでしょう!」
「じゅるる……。で、でも、麒麟ちゃん。レオン先輩は卑怯でも下劣な人でもないと思うよ。強襲科での評判もいい、面倒見の良い先輩だし……あたしにもたまにお菓子とか、ご飯おごってくれてね……」
「お姉さまもあかりさんも皆さんも、あの男に騙されてるんですわ! 面倒見の良いのは強襲科の女子生徒を手篭めにするための作戦! あの霧島レオンがこれまで何人の女を泣かせていると思うんですの!?」
「ええっ!? 泣かせてるって……ええーっ!? あのレオン先輩が!? ……あ。で、でも……レオン先輩が誰かと付き合ってるなんて聞いたことないけど……?」
「なにも付き合ってる付き合ってないだけが関係じゃありませんでしょ。私の戦姉……元戦姉のお姉さまは、あの男に毎回のようにこき使われるだけこき使われたり、貢がせるだけ貢がせていっつもポイっ、なんですわよ! そのクセ高千穂麗という戦妹のアプローチを受けていたり、クエストだとか理由付けて『なごじょ』に通ってハーレム気分を満喫しながら『なごじょ』の方々と乳くりあってたんですのよ! しかも、理子お姉さまを放置して! ムキーッ! 絶対に許されることではありませんわ!」
「お、落ち着いてよ麒麟ちゃんっ。さすがにバレちゃうよっ」
「バレたときはバレたときですわ! 今度という今度こそは理子お姉さま仕込みの拳法であの男のを潰し、二度と私のお姉さまたちや他の女子生徒たちにも手を出せなくして差し上げますわ!」
「うわわわ……麒麟ちゃんからどす黒いオーラが溢れちゃってるよぉ……」
◆
昼食を終えて、店を出る。
「ぷはぁーっ、食った食った」
「な? 結構美味かっただろ」
「はい! 先輩の言った通りデザートもほんと美味しかったです」
上機嫌で嬉しそうな笑顔を浮べるライカ。そうまで喜んでもらえると、こっちも奢った甲斐があったというもの。俺も笑みを浮かべて「それはよかった」と頷いた。
ライカと2人、秋葉原を歩きながら、ふと俺は口を開く。
「――さてと。これからどうする? 昼飯は食べたし、このまま一緒にどこか行くか? 別に予定があるのなら解散でもいいが」
「ど、どこかって……えーっと、もしかしてその……それってデートのお誘い、ですか?」
言い難そうに、気まずそうに視線を逸らしながら呟いたライカ。
正直、俺からしたら最初からデートのつもりだったんだけどなぁ。ハッキリとデートに誘ったわけだし。まあ、これからデートってことでもいいか。
「ああ、デートのお誘いってやつだよ。ライカが行きたいところならどこでも付き合ってやるぞ」
「――っ! ほんとにいいんですか?」
「もちろん。――ああけど、下着売り場とかは勘弁してもらえると嬉しいな。さすがにそこはハードルが高すぎる」
「下着売り場って……何言ってるんですか、レオン先輩っ」
「ハハハッ、冗談だよ、冗談」
「もうっ……」
ライカは頬を赤くして拗ねる。そんな子供っぽくてかわいらしいライカに笑みを浮かべていると、ライカは俺を置き去りにするように早歩きで進み、数歩分進んだ辺りで不意に立ち止まった。
視線の先に存在する雑居ビルを思いつめたように眺め、数秒――。
ライカは深呼吸を繰り返し、真剣な眼差しで俺を見つめてきた。
いきなり、どうしたんだ? 何かあの雑居ビルにあるのか?
正面からライカを見つめ返したまま戸惑う俺に、ライカはゆっくりと口を開いた。
「本当にどこでも……いいんですよね?」
恐る恐る、確認するように呟いたライカに「ああ」と頷く。
それを確認したライカは「じゃあ、付いてきてください」と言って、歩き出した。向う場所は先ほどライカが見つめていた雑居ビルだ。
話しかけるのもはばかられるような真剣な雰囲気を身に纏い、俺の数歩先を歩くライカから視線を外し、雑居ビルに掲げられたいくつもの看板を見上げていく。
雑居ビルは7階建てで、1階は本屋、2階は人形売り場、3階は同人誌売り場、4階は漫画に使うトーンやフィギュアに使用する塗料などを扱う雑貨売り場で、5階からはイメージカラーがピンク色な店が最上階まで続いていた。
……いや、まさか、な……。
下着売り場とか、冗談でも俺が言った所為か? いや、元々ライカが行きたかった場所なんじゃ……。しかし、あのライカが行くか? ……むしろ行けるのか? 18歳以上しか入店できないのに。けど、今のライカの服装は武偵高の制服じゃないし……。あっ! この帽子に顔を隠すデカいサングラスって年齢を誤魔化すためのアイテムだったりするんじゃないか? 元々ライカは同世代の女子と比べて身長も発育もいいから、18歳以上に見られないこともないし、俺が店員だとして、今のライカの格好ならスルーしてしまうと思う。しかし、ピンク色な店って……。ライカには早過ぎないか? ……いや、武偵に限っては早いも遅いもないか。CVRの生徒は
「――って、そんなことあるはずがないか」
顔を左右に振って今までの考えを否定する。
そもそも、どこの世界にデートでピンクな店に連れていく女子高生がいるというんだ。一緒に大人のおもちゃ売り場を見学とかありえないだろう。20を超えたラブラブカップルでもそんなことしねえよ。するやつは特殊な性癖の持ち主かハイテンションのバカぐらいなものだろ。それに、うちのライカに限ってそんなエロい場所にデートで連れ込んだりするわけが……
「……で、出来れば、引かないでくださいね、レオン先輩」
……え? なに? 連れて行ったら引くだろう場所に連れていくつもりなの?
「これまで誰にも話してなくて、自分では恥ずかしいとか似合わないって思ってた趣味なんですけど……」
目的地へと向うエレベーター内のボタンを押して、頬赤らめてるライカ。
おい何番を押した!? 何階のボタンを押したんだよー!? 恥ずかしい場所って、おい、おいおいおいおい!? アレか? アレなのか!? 俺の予想通りの場所なのか!? ……それはそれで――
周りをモザイクで覆われた、イメージカラーがピンク色の店で大人しか買えないおもちゃを恥ずかしそうに勧めてくるライカ。
ウィンウィンとモーター音が鳴るおもちゃを片手に「へえ、結構激しいんだな」とニヒルに呟くライカ。
喫茶店で言った「男女には見えない」っていう俺の発言を証明するよう求め、「これを使ってみてくれませんか」と正方形の小さい包装紙に包まれたアレを渡してくるライカ。
「ある意味下着売り場ですよね」と悪戯っぽく微笑み、俺の精神をガリガリと削るような布切れを見せてくるライカ。
――これ、どんなエロゲのシチュ?
下半身に血液が集まり始め、前かがみになりそうになるが、済んでのところで堪える!
確かにおいしいシチュエーションだが、ダメだ! 俺にもライカにもあまりにもこのイベントは早すぎる! つーか、逮捕されるぞ!
スコア900越えのクエストでもしないような緊張を感じ、全身からだらだらと汗を流す。
恥ずかしそうにボタンを隠すようにして入り口前に立ってるライカの後姿を見つめ、
静まれ俺! 妄想するんじゃない! 相手はお前が面倒見たこともある後輩なんだぞ! 先輩として後輩に手を出すのは……しかし、それはそれでおいしいシチュ……ああクソッ、考えないようにするとむしろ考えちまう!
数秒を数分、数十分にも感じながら、頭のなかで両手で頭を抱えて身悶えていると、チーンという音に次いでエレベータが停止した。
ゆっくりと左右に開かれていくエレベーターの扉。
扉の向こう側が俺には輝いて見え、緊張で表情を硬くしながらも光りに向っていくライカが、吹っ切れたような笑顔を見せたライカが、いつもより綺麗に見えた。
「――これが、あたしの趣味です」
そして、その言葉と共に見せられたものは――
「……にん、ぎょう? フィギュア、なのか?」
オタク趣味が染み付いた俺には馴染みの深い、フィギュアや人形がところ狭しに並べられた店内だった。
ライカは店内を見つめ、恥ずかしそうに呟き始めた。
「こんなあたしには似合わないだろうけど……。あたし、人形とかかわいい服とかが好きで、少女漫画とかも読んだりするんです」
「そう、なのか……」
「はい……。やっぱり、似合わないですよね? あたしには……」
無理矢理笑顔を作るライカだが、俺は正直これまでくる間に予想していた店じゃなかったことに安心していた。
いやー、やっぱりライカが年齢制限のある店に俺を連れ込むわけないよなぁー。アハハハハ、なんてバカな予想してたんだろ。だから俺は探偵科でもランクが低いままなんだよ。
――っと。
無言の俺にライカが泣きそうになってる。早く弁解しないとまた厄介なことになっちまう。
俺はエレベーターから出て、ライカの隣に並んで呟く。明かされたライカの趣味を前にして感じたことを、素直に。
「まぁ、確かにいつものライカのイメージには合わないけどさ。別にそんなこと気にしないでいいと俺は思うぞ。そもそも趣味ってのは、似合う似合わないってことで選ぶものでもないし。俺だってほら」
俺は片手に持った紙袋からゲームを取り出してライカに見せる。ゲームのタイトルは『妹ゴス』、パッケージには美少女の絵が描かれていた。
「こんなナリでもオタク趣味で、ギャルゲーもエロゲーも大好きだしな」
「レオン先輩……」
「ま、人様に迷惑が掛からないなら趣味は人の自由だと俺は思ってるから。ライカがどんな趣味をしていようと、俺は受け入れるつもりだ」
……まぁ、さすがにピンク色やモザイクで見せれないような趣味だったら、受け入れるまで多少時間が掛かったと思うけど。
「ありがとう、ございます……」
その言葉と共に再び涙を浮べるライカだが、俺も学習している。俺はライカの手を取って、
「ほら、行こうぜ。見て周るんだろ」
フィギュアや人形がところ狭しに飾られた店内を歩き出した。