ゲート 魔導自衛官 彼の地にて斯く戦えり   作:庵パン

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ドーモ、庵パンです。お久しぶりです。
101話に発狂しつつもダラダラ書いていたら、物凄く長くなってしまいました。
キリの良い所で……と思ってたら、過去一番の長さ疑惑が付いてしまいました。
余り長いと読む方が疲れるというのに……。


第二十八話 溜め

毎度の如くロマの森まで着替えを取りに行ったサリメルと自衛官達、そしてリーリエやナサギは、リッテラと名乗った白毛のキャットピープルの扱いを話し合う。

戦闘に巻き込まれた避難民なら、アルヌスかロマの森に避難させる必要があるが、リッテラはロゼナ・クランツの都市や要塞、そして未だ隠された戦力をそしてを知っているという。

これは誰が聞いても警戒する。敵の回し者である可能性しか考えられない。ノスリの連中が警戒するくらいだ。

だがノスリでも警戒する程度の嘘を、わざわざ敵集団の中で吐くだろうか? 虚言を流すにしても、もう少しやりようがあるのではないか?

「怪しさ満点だな゛ぁ~ん。どう考えて罠臭いな゛ぁ~ん。既に性別を偽ったな゛ぁ~ん」

「必要なことはエロ()が占えば良いなぁ~ん。猫野郎に聞くことなんて無いなぁ~ん」

「その通りなぁ~ん。性別詐称とかロゼナ・クランツも進退窮まり過ぎの証拠だぁ~ん」|

リッテラは自身が女だと言ってたことは無いのに、サリメルに()()()()勝手に騙されたノスリは怒り心頭だった。

雄だったということが、余程ショックだったらしい。

「全身海綿体の言うことなんてほっとけニャ。さっさと連中の本拠地を叩き潰しに行くニャ」

コイツらを全身海綿体と評すとは、以前から火威が言いたかったことを物の見事に言いあらわしている。

日本の巨大掲示板風に言えば、「的確過ぎて草生える」といったところか。

「ちょっと待て。なんで海綿体なんてモンを知ってんだ?」

「ウチの二親は両方とも賢者で医術者ニャ。しかも腰周り専門の医術者だから「海綿体」が何処のナニか聞いたあるニャ」

一応、専門は理に適っている……のか? かと言って戦災難民を連れ廻す訳には行かない。未だに知られぬ敵の戦力を知っているというリッテラを、連れ回して良いものか……。

思案し呻く自衛官らヒト種の脇で、サリメルはポンと手を叩く。

「うむ、解ったぞリッテラ。ヌシの言う新勢力とはラウアとか言うヤツが別の世界から召喚した六肢族のような連中じゃろう?」

「ニャッ! どうしてそれを!?」

サガルマタを攻略し、リッテラに悶絶した直後にツスカでプロトンの精霊に聞いたらしい。ついでに火威が始末した一頭の龍も、敵本拠地を守るように囲む7本の柱の一本であることも解っているという。

先日、氷雪山脈の精霊と歓交したサリメルは一度の歓交で精霊と意思の疎通が出来るようになっていた。

頼もしさを通り越して、ネットゲームなら即GMに蹴り出されるようなチート行為である。この女、日本に連れて行ってもネトゲはやらせちゃいけないな……。そう火威は考えたりするのだが、何時までも憶えていられるほど重大な要件でもない。

「つかサリさん、六肢族っすか?」

「いや、ただ単に蟲が二肢か三肢で立ったでけの連中じゃな。“あかばえ”みたいな感じで」

それは随分と気持ち悪いかも知れない。カブトムシっぽい生物がカンガルーのようにして尻尾の力込みで立っているのは見たい気もするるが、ゴキ野郎が直立歩行するのは見たくない。許せない。

そもそもゴキという時点で存在してはならない。

「そういう訳でリッテラ、ヌシはアルヌスに避難しておれ。ここには古代龍を殴り殺せる程の者がおるからな。ほら、ここのハゲがそうじゃよ」

実に解り易く有り体に説得するものだと思う。

「あの程度なら10杯はイケる。リッテラとか言ったな? 君の親兄弟を殺したという仇は必ず葬る。信用してく……」

「待つニャ。ウチは連中のウルプ・グラキス。敵の本拠地までの抜け道を知っているニャ。そこまでに道を知っているのは……」

「いやちょと待て。“うるぷぐらぎす”ってのは何だ?」

知らぬ単語を出して会話を続けようとするリッテラに先んじて火威が止める。そして皆の疑問を代表して聞いた。

ウルプ(凍結)グラキス(帝国)だニャ。サガルマタから何人も建設の為に連れて行かれたニャ」

「ふむン?」

先程捕った捕虜からは、未だに何の情報も得ていない。情報を照らし合わせるにしても、もう少し時間が必要か……。

否、時間は無いのだ。季節が進めば今季中にロゼナ・クランツ討伐は不可能となる。

直ぐに精神魔法で記憶を喋らせるなり、拷問にでも掛けるなりして喋らせなければならない。

皆がそう思った時、捕虜の身柄を抑えていたノスリの一人がサリメルの元に走ってきた。

「捕虜の一人を(エロイ)拷問に掛けてゲロさせたなぁ~ん。オラっ! こっち来いなぁん!」

ノスリが縄を引っ張ると、荒縄で亀甲縛りにされたオッサンが引き摺られて出てきた。この種族、穴さえあれば雌雄は関係ない恐るべき習性を持っていた……と、全ての他種族は理解したことだろう。

「し、知らないっ……!俺は何も言ってな…」

「黙らっしゃいなん~~~ッ! 舌を抜かれたいのかなンッ!?」

ノスリの事だから、捕虜が何か言葉を吐いたのを勝手に自白と解釈した可能性もる。コイツ(ノスリ)らは先程から怒りで正常な判断を欠いているようだし。

「あー、そうじゃな。シノや、ちょっとこのオヤジ寝かせて」

「了解」

栗林の上段蹴りがオッサン兵の頭部に決まり、その意識を容易に刈り取る。サリメルが手早く精神魔法で自白させようというのだ。

この妻と長い人生、連れ合うのか……。栗林の力を見て、火威は畏れるやら惚れ直すやら……自分の神経が一般とズレて来ているのを実感するのであった。

 

 

*  *                            *  *

 

夢魔アルプで自身の意識とは関係なく、ロゼナ・クランツ即戦力だったヒト種の兵は語った。

自身は元はゾルザル派帝国軍で、仰ぎ見る旗を今更変える事を良しとぜず軍閥化した敗残兵である。

その兵の中心となったのは、帝国の内戦でゾルザル派帝国軍の三将軍の一人であったミュドラであった。

フォルマル領イタリカの決戦で、ピニャの軍勢側に付いていた災害のような力を持つ者に吹き飛ばされた彼等は、何者かの意思が働いたのか多くの者が氷雪山脈の麓に叩き付けられた。

その衝撃で命を絶たれた者も多いが、叩き付けられた地面が泥だったので生き残った者も少なくない。

彼等の頭の中に響く女声に導かれて死線の山脈を越えた者が多数いた。

イタリカの決戦でゾルザル派帝国軍が敗退したことを、正体不明の女声は彼等に伝えた。同時に、これ以上生きるつもりであれば、山脈に踏み入りその深部の氷の都を目指せとも言う。

それから暫くして、ウルプ(凍結)グラキス(帝国)は動き始めた。本格的に山脈内の集落に進攻し始めたのは三ヶ月程前、丁度大祭典の準備の真っ最中である。

「仲間…殺した魔導兵器………ナグラヴィ、ここから逃げた………」

「なにっ!? いつ逃げたんじゃっ」

サリメルが珍しく厳しい口調で、寝ているオッサンに問い詰める。

「三日前……誰にも止められない……」

サリメルはオッサンを張り倒すと、穿門法でマリエスへの扉を開いた。

何の知らせも無かったが……と呻きながらも、開いた門に飛び込む。

「ちょっ、何やってンのサリさん!?」

サリメルの無体を見て、火威は栗林に事の事態を南雲に知らせるよう言ってから急いで後を追った。

 

 

「サリさん、急にどうしたんですか?」

緊急の事態かと思ったが、何事もないマリノスの情景を見てサリメルは胸を撫で下ろす。

「すまんスマン、さっき捕虜の言葉の中にな、禁忌の最上位とも言うべきヤツの名が出たからな。それで見に来たのだが……」

どう見てもマリノスは平穏無事。サリメルは自身の早合点に焦っただけのようだ。しかし見た目には無事でもマリノス城内が無事とは限らない。

何れにせよ、防備の点でサガルマタはマリエスを上回る。マリノスにいる人々はサガルマタに移動した方が良い。

多方向から敵に攻められ続け、城門や城壁が何度も破壊されたマリノスより、城壁が高く、高い雪山が自然の城壁となって、地上からの敵勢力が攻め来れる方角も一方向に限られるサガルマタの方が良いに決まっている。

雪の中から敵性生物が沸いて来るなら二方向を守備しなければならないが、その場合でもマリノスよりは遥かに楽である。

早速アロンの無事を確認し、サガルマタ到達を知らせようとしたサリメルは一歩踏み出した。

「あブッ!?」

しかし踏み出した先に地面というか、雪原は無かった。サリメルはマリノスを囲むように出来た湖に落ちてしまったのである。

 

 

*  *                            *  *

 

 

南側は川に面していたマリエスだが、それが今では南側を中心に湖ができて、脆くなった城壁から水が入りマリエス内部も一部水浸していた。

――これ、ちょっとどういうことなの?――

とはサガルマタ制圧に向かった誰もが思うことだが、捕虜から聞いた『ナグラヴィ』という存在が一度はマリノス周辺まで来たことの証左であるという。

「どゆことス?」

マリノスでアロンやハリマやミューの無事を確認した火威ら自衛官は、サガルマタへの引っ越しを手伝っていた。

驚いた……というか予定通りのことでも火威が忘れていたのだが、テルタを経由して40騎の雪中戦経験のある帝国兵がマリノスに到達していたのだ。

どういうワケだか、その帝国兵に途中から付いてきた鹿を意匠したような獣人を遠くから見たサリメルは、早々にサガルマタに隠れてしまったが、彼女が言うには「ナグラヴィ」は高い温度を保つ魔導生物……というより魔導兵器で、それによってマリエス周辺の雪が溶けたのらしい。

「……そいつと俺達、擦れ違ってるんじゃ?」

「空を浮いて行ったんじゃろ。彼奴は水に浸かると止まってしまうからな」

「そんなモンを氷雪山脈で使おうとは、ロゼナ・クランツって驚くほど馬鹿なの?」

「普通は考えんよなぁ」

サリメルの推測では、帝都を直接奇襲しに行こうとしたことも考えられるそうだ。ナクラヴィとは、それ程までに強力な自立型の魔導兵器らしい。或はロゼナ・クランツが焦った結果とも考えられる。

「古代龍が基礎の魔導生物など、元となる龍に限りがあるしな。それをいとも簡単に屠殺されては、連中もなりふり構っておられんかったのじゃろ」

ロゼナ・クランツを討伐する日も近いと、サリメルは言う。

だがロゼナ・クランツを排除してもナクラヴィは活動し続けるのだ、此れの排除を確認するまでマリエスには戻るべきではない。

そのことをアロンやリーリエに伝えると、ロゼナ・クランツ討伐後もマリエス周辺の安全が確認されるまでサガルマタを山脈の都とするようだ。

そもそも、サガルマタは嘗てシュテルン家が山脈内で真っ先に気付いた都市である。今は砦のような様相だが、城内には市場が開けそうな広場や、時刻を告げる大鐘を持つ時計塔が存在する。

「ところでハンゾウ、龍の肉は喰ったか?」

「す、すいません。余りにも手応えがないから炎龍と同種の生き物とは思わず……」

ついさっき屠殺した龍以外、マリエス付近で討伐した古代龍はフルグランで心臓を抉り、魔法で城門の外に叩き出すと自身の血液で燃え上がった。

炎を吐く龍が体内に化学物質を持っている証だが、その時の火威は龍の肉など気にすることなくアルヌスに帰ってしまっている。

再びマリエスに戻った時、龍の肉はジゼルが連れて来た翼竜や飛龍、そしてノスリの連中が食べてしまった後だった。鱗は綺麗に剥ぎ取り、防具を作っていると聞いている。

「ヌシらが戻るまで、アルヌスに置いて来た龍の肉がちゃんと残っているかじゃな。こっちでもあと1~2回はでてくるかも知れんが」

「ここに来るまでに少し弾薬を消費しちゃったんで、ロゼナ・クランツの最終攻略を前に一度アルヌスに戻る……っていうことになると思うんスがね」

「お、そうなのか」

事実、マリノスからの引っ越しを終えた後、サリメルは南雲から明日の朝一番でアルヌスへの門を開いてくれと依頼されることとなった。

武器・弾薬を補給した後日、リッテラが言っていた凍結帝国への道筋を電撃的に進攻する手筈だ。

その為には、明日の補給の数時間後に、体力と魔導が優れた火威が精霊魔法を使って敵地を偵察しなければならない。

「つか人間が古代龍の肉食っても……」

「忘れてたか。妾の眷属なのだから問題ない」

サリメルに対し、個人的な仮りを作ることに火威は消極的である。

だがサリメルは言う。

「だから偵察からもちゃんと戻って来い。シノの夫が出来るのはヌシしかおらぬ」

この女が真剣になった瞬間を、火威は初めて見たのである。

 

 

*  *                            *  *

   

 

次の朝、サガルマタからはアルヌスに門が開かれた。

「つか、リッテラが言ってた抜け道の話、オッサン捕虜はしなかったね」

「当たり前ニャ。捨て駒にされた連中が知っているワケないニャ」

ゾルザル派とは言え、帝国兵を捨て駒にするのは南雲に聞いた話からしても理解できる。だが帝国と神々に喧嘩を売って、その後にロゼナ・クランツが何をしたいのかという展望が丸で見えない。

グランハムやサリメルの言葉から、火威はロゼナ・クランツ内でもイレギュラーな存在らしいことは解る。

それでサリメルでも狼狽る程の魔導兵器を使うまでに至ったのだろうが、帝国を怨み神々に喧嘩を売る彼らが目的を達成した将来に見る展望が、火威には全く解らなかった。

この世界に生きる者全てに憎しみを向けるかのようなラウア・バル・ローゼンの目指すところが、闇に覆われて見えないのだ。

それがまた、火威の背を薄ら寒くする。連中の目指すことが大陸中を巻き込んでの盛大な自滅なら一刻を争う。何よりこの場には、栗林がいるのだ。大事な将来の妻である。

 

補給物資がサリメルが作った門に搬入されていくなか、火威は伊丹の所在を聞いて話を聴きに行く。

特地派遣隊のなかで、伊丹は資源調査の名目で大陸内を最も長く移動し、遭遇した怪異の種類も一番多い。

敵地への侵入と偵察の任務を控えた火威としては、彼が遭遇した怪異の種類と対策を聞いておきたいのだ。

昨日移送したドラゴンの肉を食うのは、それからでも時間があるだろう。

アルヌスの『門』の再建が始まって二週間が経つ。なので氷雪山脈での戦いはそろそろ片を付けたい。

そう考える火威はロゥリアを詣でた後、駐屯地内の作業場に足を向ける。伊丹は運ばれてきた石材に呪紋を施したり、石工作業をする場にいる筈だ。

だが、火威が着いたその場には伊丹はいなかった。頑固そうなドワーフが岩に楔を打ち込み、叩き割るような場所だ。凄まじい騒音で少し声を掛けた程度では会話もできないし、伊丹の行方を聞こうにも聞く相手もいない。

だが、火威も遊びで来た訳じゃない。この中で、今まで集中を必要としなかったであろう仕事をしていた人物を見つけ、伊丹の行方を聞くしかない。

「ちょっと」

折よく、ドワーフの少年を見つけて彼の肩を叩く。恐らくはここで働くことになったドワーフの弟子か何かだろう。

「っ……!」

声を掛けて肩を叩いただけで怯えられた。もう嫌だこの炎龍顔負けのツラとハゲ頭。

「ここに居た伊丹って言う人が何処に行ったか知らない? その人に用事があるんだけど」

服装からして伊丹の同僚、ないしジエイタイの一員であることが解ると、彼は伊丹とレレイ、そして彼女を呼びに来た犬耳娘が麓の街に行ったことを教えてくれた。なんでも行商人との間で緊急事態が起きたらしい。

「ほうぁっ、なんと言うことか」

特に喋ることも無かったのだが、ドワーフ少年の心象を少しでも和らげようと意味不明な受動詞を吐いた火威だが、それはそれでドワーフ少年の警戒心を強める結果となるころは知る由もない。

麓の街まで走っていくと、そこで早速伊丹やレレイを見つけた。広くなった街だが行商人の家畜が荷車を曳いて来れる場所は限られている。

見れば幾つかの荷馬車が停まり、行商人であろう男と、その雇われ人か別の行商人かは不明だが複数の男達がいる。

行商人は大理石なら何でも良いと思っているのか、運んで来た大理石は門の建材に使えるような白い石では無く、模様が入っているもの物が複数ある。

日本との『門《ゲート》』を開くなら、『高貴の白』と呼ばれる濁りのない絹漉し豆腐のような大理石でなければならない。

それでトラブルが起きたらしい。火威が遭遇した商人は職業に誇りを持っている者ばかりでキメ細かい商売をしていたが、特地ではいい加減な業者の方が多いようだ。

先程から、レレイとの商談でやかましい声を上げている男はポンコツ商人と言えよう。

そこで、火威は非常に懐かしい顔を見つけた。以前から会いたくて仕方がなかった顔だ。

「この下賤なルルドの小娘が! 下手に出てればいい気になりやがって! 貴様らは黙って俺達帝国市民様が運んできた石に金を払えば良いんだよ!」

行商人は言うだけで収まらないのか、震わせていた拳を高々と振り上げた。

咄嗟のことで、流石のレレイも魔法の発動も間に合わない、襲って来る激痛に堪えるために目を瞑ったが、そのレレイを伊丹が抱き、その背中でポンコツ商人の拳を受けた。

「いててて」

よっぽど痛かったのか、伊丹はひどく顔を(しか)めている。

「何やってんだテメエはっ!!」

「――――!!!」

魔法の如き高速でポンコツ商人に近付くと、その胸倉を掴んでバットのように素振る。

この瞬間、ポンコツ商人は特地でも稀有な絶叫マシーン体験者になったのである。

声を出す暇もない一瞬の出来事だったが、味わった恐怖と共に確かに得難い経験をしたのである。

「あ、火威。山脈の任務終わったんだ」

「いえ、明日から本気出します」

火威個人に限って言えば、そろそろ本気を出す必要を強いられる。

ポンコツ商人はというと、火威達から別のポンコツ商人の陰で心臓を抑え、肩で息をしている。余程恐かったらしい。

そのポンコツ仲間らが一斉に腰の剣を抜き、いよいよ拳以上の暴力をちらつかせ始めた。

「おい、待て、待って待ってよ! 刃物を抜いたら、それはもう商談とは言わないぞ!」

「はっ、こいつを振りかざすのも俺達にとっては商談の進め方の一つなんだよ」

あぁ、商談してたんだっけ? ……というのが火威の素直な感想である。ならばと臍下(せいか)丹田に力を込めて、法理を開き始める。今の火威が本気を出せば、ポンコツ商人の集団など骨も残らない。

「おぅ、来いや。出血大サービスしてもらおうか」

魔導展開に伴って大気が揺らぎ、風が吹き込む。一部のポンコツ商人は只事ではないと、ポンコツながらに気付いたようだが、多くのポンコツは相変わらずのポンコツである。

「なら此の身が御身に刃を突きつけても文句はないな?」

背後からの女声に驚いて振り返るポンコツ達。

そこで初めてポンコツ商人らは、自分達が完全武装の傭兵に取り囲まれていることに気付いた。

彼等を包囲したのは、抜刀したヤオと組合隊商護衛を任務とする傭兵部隊だった。

「ま、待て! 待ってくれ」

「いや、待たん。特にお前」

火威は一人のポンコツ商人に詰め寄ると、胸倉掴んで吊り上げる。そして傭兵の一人からナイフを借りると、物体浮遊の魔法でその男の毛髪をそぎ落とし始めた。

ついつい眉毛の片方も剃り落としてしまったが、やはりその顔は内戦終結後にロンデルから帰還する途中の宿で、火威が情報を記したノートと十枚以上の金貨を盗んだハゲ野郎である。

「遂に見つけたぞ、この盗人が。俺の顔を忘れたか?」

火威の威圧的で特徴的頭部は、こんな時に便利である。ヘッポコ商人Cは泣きそうな顔になってヒトの背丈より少し高い位置に固定されていた。

「い、いや、初めて会うとおも……」

「あ゛ァ゛!?」

「すいませんつい出来心だったんですぅ―――っ!」

「つい……じゃねーよッ! 日本じゃ金貨十枚盗んだらあの世送りなんだよ! 知りませんでしたじゃ済ませんぞゴラァ!?」

江戸時代くらい昔の法律では……であるが。

そして犯罪行為が行われたのも帝国内で、証拠となるのは今のポンコツ商人の自供だけである。

「頼む。殺さないでっ!」

「国による殺人。イイと思います!」

今更ながら明記する。火威という男、犯罪者に情けというものが無い。誰から見ても罪が確定的な死刑囚は「何時までも生かしてンじゃねェーぞ!」というスタンスである。

別のポンコツの首にレイピアを突きつけるヤオも一歩も退かない。

「ま、待ってくれ!」

「嫌だ。此の身は今、猛烈に機嫌が悪いのだ」

そして剣先を使い、じんわり嬲るように行商人の髭を剃っていく。

何故ヤオの機嫌が猛烈に悪いのか、火威にはサッパリ解らないのだが、伊丹がちゃんと周りに居てくれる女性を可愛がらないのが原因だと推測する。

日本との門が再開通したら三人娘とヤオと、栗林から聞いた元嫁を呼んで5人で……いや、ピニャも懸想しているようだから6人の嫁さんと過ごせば良いのに、と思ったりする。

「動くなよ。動くと皮が切れてしまうかも……あるいは血管までばっさり切れてしまうかも」

「た、頼む。殺さないで!」

壊れたレコーダーよろしく同じ文句で命乞いをするポンコツにも飽きてきた。

「どうしようか?」

「コイツらメンド臭いっすわ」

散々脅されたポンコツ商人らは『高貴の白』三つ分の代金を受け取り、その全てを路銀を火威に没収された。シンク金貨10枚の窃盗というのは、火威にとってそれだけの罪である。

だが帝都に行くまで飲まず食わずのデスマーチを強いるという訳でもない。食料にフラ麦と白細豆を渡して最低限には確保させたのである。

これが嫌なら、道端で蛙でも蛇でも捕まえて喰えば良い。何れにせよ盗んだ金を全部返すまで貴様らに平穏は無いと思え……というのがヘッポコ商人への最後の言葉だった。

以降、ヘッポコ商人はアルヌスに近付くことは、一度として無かったのである。

その後、ヤオ曰く「レレイの求めに応じてない」のが原因でレレイに置いてかれた伊丹から、作用場に戻る道すがら火威が知らない怪異についての情報を得た。

ヤオはあのように伊丹がレレイの機嫌を損ねるような発言をしたと言っていたが、もう一度ポンコツ商人とのやり取りの前後を聞かなければ解らない。何せ伊丹は火威から見ても結構な難物である。師匠の為にも現物の「デレ」というものを確認したい火威であるが、栗林はほんの一瞬だけデレ(?)たのか? という程度しか見れなかった。

「ミノタウロスなんかいるんですね。この世界」

伊丹の話を火威はメモに書き留める。存在を初めて知ったのは、独の息を吐く大型鶏のコカトリスと、悪所にいたミノ姐さんとの関係性を知りたいミノタウロスという怪異だ。

ミノ姉さんが立派に社会生活を送っているのに対し、ミノタウロスは他の生物を生で喰らい女を犯す立派な化物だった。

「あぁ、それとダーにも警戒した方が良いんじゃないか?」

「お、そうっすね」

敵の背後には組織立った存在があるんだから、ゾルザル派帝国軍のように怪異テロを敢行する可能性は大いに有り得る。

サガルマタの住民はロゼナ・クランツに連れ去られたのだから、拉致被害者を偽装したブービートラップは有って当然と考えるべきだろう。

ダーの擬態を解く笛がアルヌスの街に未だ売っているのかという心配はあるが、サガルマタに戻り次第、この危険性を皆に伝えなければならない。

 

さておき、火威自身にのみ課された重大な任務がアルヌスには存在する。

昨晩運んで来た古代龍の肉を食うという、地球人の中では、(たぶん誰も)誰も成しえなかった事柄である。

古代龍の肉は、サリメルの口振りからするととても常人が食べれるようなものでは無いだろう。毒性を持っているかのような口振りだった。

歯応えは翼竜より更に悪く、噛めるものではないのかも知れない。舌触りは刺激的を通り越して針の山を舌に乗せるようなものかも知れないし、喉越しも鉛を呑むようなものかも知れない。

だが、火威は怖れずに古代龍の死体の元に向かう。栗林は強さに惚れてくれたが、火威も30代の前半なんだし、どうせなら髪の毛のある旦那が良いに決まっている。

自らの人妻になった栗林と毛の生えた火威が、衆人観衆の下のデートを夢想する。やっぱり良いものだ。子供が出来て家族団欒というのも、頗る良い。

が、アルヌスにもゲテモノ食いは存在した。

ノスリがいないから大丈夫かと思ったが、エフリ―とイフリ―という夫婦飛龍が古代龍の肉を仲良く喰い尽くしていたのである。




サブタイ修正です。
ちょっとあんまり過ぎるので修正してやる!
歯ぁ食いしばれッ!(ドグシャァ

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