ゲート 魔導自衛官 彼の地にて斯く戦えり   作:庵パン

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ドーモ。
構成力が拙すぎて栗林本気モード回に中々到達しないのです。
そのクセ、サブヒロインばかりが悪目立ちします。
本業作家さんは凄いわぁ……。


第三十二話 影縫

地下都市を進む火威らが辿り着いたのは、地下墓地とも言うべき石の棺の山だ。今の氷雪山脈の状況だと、整然と並べられた棺から死者が這い出てくるんじゃないかと心配した火威であるが、棺の中身である死体は既に渇き、山脈の冷気で冷凍されたミイラだ。

「えっと、こういう場合は生ける屍になったりするんですかねぇ……」

生物として最低限の生存条件が整っていないと蘇らない……そう考える火威である。未だに起き上がっていない所を見るとその推論は正しかったようだ。

「エルフの干物なぁ~ん?」

脇から首を突っ込むジオがそんな事を言う。エルフ出身の亜神がいる傍で丁重に埋葬された遺体を乾物みたいに言う辺り、ノスリは相変わらずである。

「これ、ヒトじゃなくてエルフなの?」

「微妙に耳が出っ張ってるじゃないかなぁ~ん」

「あぁ、これはエルフか近い種族の木乃伊だね」

1000年以上を生き、物事の違いを見る目が火威より遥かに鍛えられたグランハムまでもが同じ事を言う。ノスリという種族は意外に観察眼があるようだ。

やがて、一枚の大きな壁が見えてきた。

「丁度この上が大きな氷の建物の下なぁ~ん」

ノスリに「城」という語彙はない。

ノスリという種族は距離の感覚が優れているの知れない。或は口を開いたジオ個人の能力かも知れないが、火威もグランハムも同じ意見だ。

「ハンゾウ、サリメルから連絡はねぇか?」

「さっきまでしつこいくらい来てたんだけどねぇ。さっきからマルで無いです。ここで行き止まりだから、こっちから連絡しますね」

ジゼルの問いに火威は篭手を外し、自身の手の甲に刃を近付ける。眷属と眷主の間にのみ可能な連絡方法だ。

しかしその時、火威やグランハムの隊の後方から血相を変えて来たのはガナーの連絡隊だ。彼等は火威達と行動を共にしているダーに驚き、警戒していたがそれにも構わず火威への伝達を急ぐ。

ちなみにリッテラやリドラの父親はキャットピープルの賢者だが、母親は知能の高いダーのような生き物らしい。

兄弟かと思われたリドラは兄妹で、ダーの状態を解くと幼子とは言え雌の獣人が乳房を丸出しの状態になってしまうので、ノスリ連中がちょっかいを出さない為にも今現在はダーのままでいてもらってる。

「どうした?」

「エロフさんがやられたな゛ぁ~ん!」

「なんとっ……。他の被害、状況は!?」

ガナーは質問の意味を砕いて呑みめず回答をもたつかせていたが、同行するマリエス兵が即座に口を開く。

「悦下を斃したのは我々が使っている“ゴーレム”を小型化した個体。直後に聖下と一時交戦した後に悦下の躯を城内に移送した模様です。現在、城内からの攻撃で近付く事ができません。左右の塔は依然として動きありません」

「サリメルの他に被害は無いんですか?」

「大きく後退することを余儀なくされましたがヒオドシ殿、悦下、リーリエ様が広範囲に掛けて下さった防御魔法の効果で被害はありません」

ガナーが口にした〝エロフ”というのは、今のところサリメルに限定される。というか確実にサリメルだ。サリメルは亜神だから、レールガンの直撃を受けようが核爆発に巻き込まれようが死なない。だが、穿門法を封じられるのは厄介だ。

本作戦で今以上に穿門法で移動する予定はないが、咄嗟に全隊で移動しなければならない時が来るかも知れない。

「他に聖下や加茂一佐とか南雲二佐……アルヌスから来た厳つい感じの緑のヒトや犬橇で来た俺の上官からの指示は?」

「地下の最深部から進攻できない場合は戻れとのことです」

鼻から息を吐いて顎を掻く火威は、少し逡巡する。

「まぁ、取り敢えずサリさんは助けなきゃならんし……。ゴーレムはサリメルを斃した後に城の内部に入ったんですね?」

「その通りです」

火威は加茂からの司令である「最深部」を「道が続く所まで」と解釈した。明らかな拡大解釈で公務員的に「困ったちゃん」なのだが、この場には火威を諫める者はいない。

サリメルから預かったメンポを顔に当て、一枚の壁を見る。

「ヒオドシ殿。一体何を?」

「道というのは自分で切り拓いて作るものです。皆、ちょっと退いて」

ジオの言葉を聞き、この世界の一般的な建築方法である「石積」や「アーチ」でなく、地下に基礎を築いているようにみえる幅広の壁を疑問符を抱いていた火威だった。

しかし彼が見る壁の向こうは空洞だ。城の地下施設でその空間と考えられる。

念のため、正面だけではなくあらゆる方向を見てみが敵影はない。と、いうより、生物や動く物は見られない。一応、「何が出てくるか解らない」から皆に警戒するよう伝えてから爆轟で大穴を開けると、広い空間が出てきた。

そして火威が見る先の壁には、びっしりと龍の鱗を意匠したような彫刻が彫られている。一瞬、本物の龍がいるのかと驚いたノスリだったが、触ってみるとひんやりして生物の温かみはない。

「ここから上に行くと“しろ”とかいう建物なぁ~ん」

「うん、じゃあちょっと地下から攻めていこうか」

「“しろ”ごと全部叩き潰せないのかなぁ~ん?」

「猊下がベルナーゴ神殿で周辺の村の死者を確認したけど、まだ誘拐された人がいるかもしれないから無理」

ジゼルがベルナーゴに向かい、確認したのは氷雪山脈で死亡した者の魂だ。エムロイの元に向かった魂も少なからず存在すると思われるが、元々山脈に住んでいた者の正確な数が解らないので安全策を執るしかないのだ。

「そうだな。じゃあどうしたものかな……」

相変わらず火威は即断即決が苦手である。しかし今回の決断は比較的早かった。メモ用紙を取り出すと何事か書き込んでからそのページを破き取ると、グランハムに手渡す。

「グランハム輝下。加茂一佐にこの手紙を渡して下さい」

「この手紙? を、カモというジエイカンに渡せば良いんだね」

「はい、カモ・ナオキっていう一佐が今作戦の指揮官です。厳つい顔に眉毛が目立たない強面のヒトだからすぐに解ると思います」

余りの言いようだが、簡潔を求む今の状況で火威に言わせたら仕方ない。

「んじゃ行ってくる」

「ハゲさん独りでかなぁん?」

「だって階段ないしさぁ、空飛んでくしかないじゃん。あと敵がここを通って味方を後ろから襲うこともあるからさ、半分はここを防護して欲しいんだわ」

最後の一言を付け加えないとユエル辺りが反発しそうなので言ったが、存外ユエルは大人しいものだった。まぁ良いユエルは大人だしグランハムと同行するから山脈では戦いのチャンスなど幾らでもあるのだ。

「あ、リドラとリッテラも輝下に着いてって。ダーだけど怪異じゃないし民間人なら保護ってことになるし」

 

*  *  *                      *  *  *

 

ロゼナ・クランツの都市から1km離れた雪山山中。第一戦闘団や特戦群、そして特地の部隊は期を待つ。

「迂闊だったわぁ……。あんな伏兵がいたなんて」

サリメルが人間大のゴーレムに倒され連れ去られた時、ロゥリィとの距離は離れていたが、ロゥリィの目の前であったことには変わりない。「アバー!」という彼女の悲鳴が今もなお耳に残っている。

あのゴーレムはサリメルを回収して城に戻ってから出てこない。恐らくは少しのあいだ動くにも、それだけの「キッカケ」が必要なのだろう。そしてそれだけの「切欠」のためにサリメルに、敢えて彼女が不機嫌になるような幻影を見せたのか……。

だとすれば「切欠」は魔導や、それを纏っている霊格かも知れない。

「大丈夫よ。サリメルさんも亜神なんだし」

「それは分かってるわよぉ。でもぉ、サリメルがいないと拙いんじゃなぁい?」

栗林の言葉にロゥリィは返す。

サリメルがいたから緊急時でもすぐにサガルマタや、モーターやワレハレンら神々がいるアルヌスに全隊で避難出来るのだ。今のような状況で猛吹雪が吹いたらサガルマタまで後退するにも途轍もない苦労をすることになるだろう。

全隊を指揮する加茂もそのことを解っている。幸いにして消費したのは弾薬など形のあるものだけだ。なら退ける内に退こうと、転進するまでに時計の秒針が3回転する……もしくは火威を戻るのを待っているのである。

何故ロゼナ・クランツの魔導士が吹雪を起こさないのか不明だし。サリメルを倒したゴーレムが城に戻ったままなのかは不明だが、撤退するなら今しかない。

そこに、ダーや白毛のキャットピーブルを引き連れたグランハムが来た。連れているダーが無害であることを説明しつつ、ロゼナ・クランツへの攻撃隊を預かる加茂を捜していたのだ。

「カモ、ナオキ。カモナオキイッサはいるかい?」

グランハムが探す加茂も姿は、サリメルによって拓かれたゲートを通ってきた74式戦車側の天幕内で見つけることが出来 る。

「貴方はグランハム……輝下でしたか。どうしました? 火威は?」

聞かれたグランハムは加茂に折り畳まれた一枚のメモ用紙を渡す。そして言う。

「彼は道を拓いて進むようだよ」

その時、氷の城の前部から光が放たれた。そして起こった爆発。

加茂は理解した。ロゼナ・クランツの魔導士は吹雪を起こさなかったのではなく、起こせなかったのだと。

 

*  *  *                       *  *  *

 

相手からの攻撃は封じ、潰せる所から潰せる潰す。立場の違う二つの勢力が、目指した方針は同じであった。しかし純粋な戦力の数。人材の多様さ。そして個人の力量は圧倒的に火威ら側が上回っていた。

「話が違うな。ミュドラ」

「言い訳のしようも御座いません」

かつてミュドラが仕えたゾルザル・エル・カエサルなら、その場の造りが帝国の謁見場に似ていることに気付いたかもしれないが、ミュドラが知るのは皇太子府内部だ。

「貴様らゾルザル側に附いた兵を吹き飛ばした異世界のヒト種。どう始末してくれる?」

数段高い場所からミュドラを見下しながら言うのは、腰までの黒い長髪の穂長耳の女だった。

「以前にラウア様が透視され得た情報では、そのヒト種は夫婦でこの戦に加わっているようです。妻の方を人質にすれば……」

「逃げ込んだ洞窟の中から雪竜を捕獲し、単身で龍を殺すような女が貴様らに捕らえることができると思うか?」

「ですから、罠を使います。幸いシュテルンの骸が東のマラク・ロワ塔に放置あります。ニホンは捕虜や非戦闘員に不要とも言える気遣いを見せますので、彼奴の骸を使えば可能です」

「陣の消えた状態での反魂魔法はトーデイン様の負担に……!」

「解った。良かろう」

激高しかけたラウアを、背後の王座に座る女性の声が制した。

「やってみるが良い。貴様には五人付ける。ロゥリィ・マーキュリーまでもが此の地に来ているのだからな。充てがあるなら藁でも縋ろう。しかし失敗したら貴様ら帝国のヒト種の後は無いと思え」

「ハ……! 皇后陛下のご期待に沿えるよう、一命に代えても!」

そう言うミュドラが見せたのは帝国式の敬礼ではない。かつて帝国が滅ぼした国の元で、戦うのであれば敬礼一つにも気をつけなければ、命が幾つ有っても足りない。

その中でも、ゾルザル派の帝国指揮官であったミュドラの立場は非常に神経を擦り減らすものだった。山脈内で死亡した者の骸を生ける屍とし、敵軍を襲わせることを提案し、魔法陣を組んで実行させた元・オプリーチニキの者はラウアという、パラパンの使徒に断罪されて頚を取られた。

だが、ラウアはロゼナ・クランツ王室の顧問賢者に過ぎない。そして王室のトーデインは帝国への復讐になるなら、手段を問わない女だ。

そんな二人の方針に挟まれ、ミュドラ達ゾルザル派の帝国兵は戸惑う。自分達の命が、子供が虫に対して一切の遠慮もなく、弄ばれているように感じるのだ。

回廊に出て行くミュドラの背を見た後、トーデインはラウアに問う。

「城に侵入した異世界の兵はどうした?」

「城内を破壊しながらサリメルを捜索しているようです」

するとトーデインはコロコロと笑いながらラウアに向かい言う。

「ミュドラと鉢合わせするかもな」

「ご冗談を…………」

「しかし異世界の兵、その妻と共にマクワ・ロワ塔に行くか?」

「ご心配には及びません。時折、強引に事を進める男のようですが基本的に異世界の軍隊に依存している男です。サリメルを連れて一度は自分の軍隊に戻るでしょう」

「そのことをミュドラに教えて良かったんじゃないか?」

「それが解らないようなら飼う意味も御座いません。生きながらにして生ける屍に変えるだけです」

「ラウアは相変わらずヒト種に対して厳しいな」

「我が国を滅ぼした帝国のヒト種のみです。しかしミュドラの策だとサリメルを奪還されることが提になってますが、宜しいのですか?」

「この際だ。仕方あるまい。儂としても惜しいがな」

そこまで言うトーデインの身体が、先程から王座に座ったまま身じろぎもしないことにラウアは気付いた。

「トーデイン様、もしやお身体が?」

「気付かれてしまったか。左様、この身体も老いて言うことを聞かぬようなった。そろそろ変える頃か」

若い娘を拐かしてその身体を頂戴する……というのは、先の反魂魔法と共に禁忌の魔導として知られる。

世界の庭師である亜神となったラウアからすれば、主人を討たねばならないことに繋がるから絶対に辞めてほしいことなのだが、そう出来ない事情が彼女にはあった。

「儂の魂魄が尽き、王が組み上げた石人形が砕けると世界が滅ぶからな。仕方あるまい」

それだけは起きて欲しくないのである。だが「異世界から来た兵の女の方、中々良いな。ミュドラの策が上手く行ったら奴の身体を貰うか」と楽しげに期待しながら口走る主人を見ると、自分の力量でどこまで帝城の地下に眠る神龍に対抗できるか考えてしまうのである。

 

*  *                            *  *

 

氷の城内を跳躍し、出くわした蟲人と擦れ違い様に64式を発砲し吹き飛ばす。

サリメルの行方を知りたい火威であるが、出くわすのは言葉を持たない蟲人ばかりでゾルザル派の残党であるヒト種の戦闘員には会うことがない。

地下二階から地上三階まで、全ての階を端から端まで探してきた火威であるが、未だにサリメルを発見出来ていない。

「クッソ! 何処だ!?」

そう思いながらも急ぐ火威は、透明な防御障壁に衝突して弾かれてしまう。通常の人間であれば大怪我しかねない勢いだったが、不意の襲撃に備えて防御魔法を掛けていたことで事なきを得る。

「ぶっへ、なんだ?」

喋りながらも、この障壁が敵の魔導士が敷いた防御障壁であることは疑いようのないことだ。ならば、この先に敵の首領がいるのであろうが、今探しているのはサリメルである。

防御障壁は術者の意識が途切れるか、時間の経過と共に薄らぐ。サガルマタに異常があった場合は、先ずアロンからサリメルに連絡が行くからサリメルの救出が優先される。

「サリさん、何処なんだ……」

探し物は余り上手くない火威だが、サリメルはそこまで小さくない。とは言え、連絡手段を奪われたと思われる状況で人型の神一柱を探すのはそれなりに大仕事だった。

―――かに思われた。

「あぁ、ハンゾウ。こっちこっち」

声のした方向を見てみれば、サリメルの首が浮いている。

首だけの、サリメルが浮いているのである。

「サリさん……なに遊んでんです」

「…………これが遊んでるように見えるならな、ヌシ……そーとー妾に悪意抱いてるな」

「いやいや、そんなこと無いんですがね。流石は使徒だなスタイリッシュ遊戯だなと」

「そうじゃろ。妾に掛かればこの程度」

神々にのみ赦されたスタイリッシュなレクリエーションらしいが、これを遊びと捉えてるのはサリメルや火威程度である。

「こんなことも出来るぞ」

そう言って、サリメルは自身の長い髪を物体浮遊の魔法で蜘蛛かタコの足のように使い、首だけでシャカシャカと移動する。

「どうじゃ、ハンゾウ。妾にかかればこの程度造作もないわ」

サリメルヘッドの奇行を見ていた火威だが、感想を求められたら言う他ない。

「凄く……キモいです」




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