モト冬木をモルト冬木と空目した。
二期ィー! 早く来てくれぇー!!
特地の冥府を司る神に祈ると徐に大剣を振り上げる。そして遺体を両断した。袈裟に押し斬り、脊椎を断つ。そうして砕け落ちた生ける屍はもう動くことはない。
「ひ、火威三尉!?」
「貴様!何やってるんだッ!?」
予想通り、栗林の戸惑いと激高するアドラの抗議の声を受ける火威は今の男の状態を彼等に手早く事の詳細を説明する。
「この人は亡くなってから時間が経っている。遺体の一部が蝋化しているでしょ?」
言いながら、遺体の蝋化した部位をアドラら3人の兵士と栗林に見せる。人間の亡骸が蝋化するスピードは遺体周囲の環境にもよるが、1~2時間で変化するとも思えない。火威が学生時代に仕入れた知識では、蝋化が完了するまで3カ月ほどかかった筈だ。
火威が来るだいぶ前から、この遺体は仏様になっていたと考えるのが自然と言える。
拉致された者の救出作戦が失敗したことには変わりないが、この場合は救出部隊から犠牲者を出さなかっただけでも良しとしなければならない。
男の魂魄を半死の練獄から解き放つべく、火の精霊で遺体を焼却した時である。一陣の風が塔の中に吹き込み、遺体を贄に燃え盛る炎をを煽る。
その時、火威と栗林の耳に聞き覚えのない声が入った。
「無様だなミュドラ。やはり貴様ら帝国のただのヒト種には荷が重過ぎたようだな」
見れば、火威しがサリメルから借りたアイテムで見た重要参考人のヒト種の女がいる。火威も栗林も、突如出現した敵か味方か分からない存在に即座に小銃を向ける。
「ト、トーデイン様!?」
「今まで飼ってやったが、使い物にならぬならこれまでだな」
ミュドラという名は火威の記憶の中にもある。内戦中、ゾルザル派帝国軍の3将軍の一人の名だった筈だ。そしてミュドラにトーデインと呼ばれた人物の物の言いようも昨今の記憶に新しい。
一度はロゼナ・クランツに恭順し、そして脱走して盗賊団にまで身を陥とした元ゾルザル派帝国軍の連中をテルタまで移送した南雲が言っていた「ヒトを器物か家畜のように使う」態度である。
そしてそれは火威自身にも心当たりはある。銀座事件では昼から次の日の夕刻近くまで怪異含む多数の敵を殺害し、再起不能にしてきた。それは自分自身を守り、逃げ遅れた民間人の避難を手助けする為ではあったのだが、所属不明勢力に対する自身の意趣返しも多分にあった。
だが、目の前に現われた女はミュドラ……アドラと名乗った男に対して圧倒的な高所からものを言っている。
このやり取りを見て理解できるのは、ミュドラが何らかの意図を持って隊に向かい、この塔の男の保護を求めたということだ。
罠だったのであろうことは、現れた女の言動を聞けば分かる。その女は、先ほど火威がサリメルから借りたアイテムで氷の城の内部で確認した重要参考人だ。
この場で逮捕することも考えたが、相手は実力の知れない魔導士。下手に手出せば味方が危ない。
魔法を禁じられている火威は大腿に携行している11ミリ拳銃にも手を伸ばし、先に安全装置を解除してから構えつつ立ち上がる。
「し、しかしトーデイン様がいらしたのですから、もはや奪ったも同然……!」
そうミュドラが言いかけて、突然胸を抑えた。
そればかりか同道してきたサルメとカーバインまでもがその場で腹を抑え、地に突っ伏して苦悶の声を上げる。
何が起きたのか戸惑う火威と栗林だが、状況からすると「トーデイン」と呼ばれた女が成したことだと考えられる。
これが日本なら「腹が冷えたんだろう」というところだが、今は特地で強大な力を持つ魔導士を相手に戦っているのだ。敵の仕業という考えを持つ。
そしてそれは概ね正解だった。
サルメが苦痛に呻き上げると、それを断末魔として背中を突き破って一本…続いて二本目の腕が生えた。
「げぇっ!?」
常識の通じない特地に慣れた火威も、この場面には焦る。特殊な任務だとは考えていたが、まさか婚約者を連れてサバイバルホラーをすることになるとは思わない。
「ト、トーデイン様…っ」
「が……シ、シュテルンの娘が…」
「この地に……っ」
ミュドラとカーバインが言葉を言い切るまえに火威は拳銃の引き金を引き、二発の乾いた破裂音が塔内に響く。この連中が敵で策を抱いて隊に保護されたのは明らかだ。重要な情報が敵の首領に渡る前に黙らせたかったが、発砲された2発の弾丸は見えない壁に阻まれた。
弾丸は二人の男に突き刺さったが、即死させるには至らない。栗林も同時に短連射で総撃したが、仕留める前にトーデインという女が闇の帳で二人を包んで消えてしまった。
舌打ちする火威だが、その注意は既にサルメを殺した化け物に向いている。
「栗林、退がれ。俺に任せ……」
化物はサルメの死体を食い尽くすと、紅く筋肉が剥き出しになった悪魔の翼のような背中から伸びる第3肢と4肢を広げる。爆轟で吹き飛ばそうかと考えた火威だが、今は魔法は厳禁である。かといって近付きたくないので、隊の装備で対応する。
小銃の短連射をする火威だが、余り効いている感じがしない。肉に引き込まれて、見た目にも手応えがないのだ。
白兵で分かり易くバッサリ斬り捨てるしかないかな…と、背に携行する大剣を抜こうとする火威だが、その手は剣の柄ではなく宙を掴む。
「三尉。発砲を中止して!」
「ぇ‥え!?」
斜め後ろ辺りから栗林の声がするが、発砲を止めると敵が突撃してくるんじゃないかという気配もあるので戸惑う。
「ちょ待っ‥志乃。何するだァー!?」
「良いから! 突貫すんですよ!」
この突貫爆乳娘さん、ホントやめて欲しい。大剣がないのも志乃が「なんやかんや」したのではないかと思うのだが、栗林からの射撃の邪魔にならないように敵を軸に旋回しながら11ミリ拳銃も牽制に使う。
すると、栗林が「でぇい!」と、ザックリと斬り捨てた。
怪物が何かする前に栗林が袈裟に斬って二分したのである。火威の大剣で。
「志乃さん……あっさりし過ぎ」
敢えて火威の心を言うならば「大好きな人が強すぎて心配」である。
アルヌスに帰還したら、もう少し大人しくしてもらいたい栗林を見る前で、火威は彼女に二分された汚物を焼却所毒してから隊への合流を急いだ。
* * * *
津金や薔薇騎士団の分隊と火威たちは本隊に合流。現在、氷雪山脈任務の最上位階級の佐官である加茂にアドラ達が敵方の工作員であったことと、山脈で拉致されてマクワ・ウワ塔の最上階に監禁されていた者が既に死亡していたことを伝える。
「マリエスの重要人物という話もアテになりません」
火威が付け加えたことは、言わずとも全員の認識だ。
リーリエの兄が生きている可能性があるのは彼女には朗報だろう。
そのリーリエの手に、ハーディの神性を得て金色に輝くサリメルの髪の一房を持っているのが気になった。
その時、下位の曹官がサリメルが天幕の裏に火威を呼んたでいると知らせてきた。普段ならセクハラを警戒する火威だが、ロゥリィもいるということでセクハラい心配も減る。
「どしたんス?」
顔を出してみると、身体を血が乾き黒く変色したとおもしき」元・お色気くの一服」の布切れで纏ったサリメルとロゥリィ、そしてグランハムとジゼルがいた。
「山脈中から拐かされた者が見つかったのじゃ」
言葉少なく、一言で伝えるが、その情報は火威ではなく加茂に伝えるべき内容でる。
「あなたが作った通路を使ったのよぉ」
どうやら4柱の神々は火威らが塔に侵入した際に、地下墓地から火威が作った通路を使って城内に侵入したようだ。アドラがロゼナ・クランツの
「よく分かりましたね」
「女の感よぉ」
九百年以上殴る蹴る系神様をやっていれば女の感もナイフの用に研ぎ澄まされるということらしい。
「というか、地下墓地を通らせてしまいましたね。申し訳御座いません」
ロゥリィ・マーキュリーが地下を苦手とする逸話は、火威も知っている。
なんでも地面を管轄領域とする正神にストーキングされているとか、されていたとか。
「か、神の務めだから……っ」
どうも、地面の下にいた時の感覚を反芻させてしまい、急に身体を硬直させた。
この可愛いロリ神様では、日本本土に非公認ロゥ・シタンが出来るのも納得できる。
ちなみにロゥ・シタンとは、簡単に説明するとロゥリィ・マーキュリーが好きで堪らないファンクラブ的な者達である。
日本では、火威が世話になっている鉄コアのプラスチックモデルを発売している会社が、精巧なロゥリィ立像を売っていた。
誰の許可取って売ってるんだろ?…と、思う火威だが、日本のロゥ・シタンには必須アイテムだろう。
「ジゼルさん、ベルナーゴで見た山脈の死者の中に……」
「その中に、シュテルンの兄貴は居なかったぜ」
火威が聞き終わる前にジゼルが言う。彼女がリーリエの兄との面識があるとも思えない。だがベルナーゴで山脈の死者の数を確かめたのも彼女だ。以前、アルヌスに住み着いて火威と交際し、世俗の人間というもの理解した彼女だから、わざわざ火威をリーリエから離れた場所に呼び寄せたのだろう。
「ジゼルさんが気を使ったのは分かるけど、リーリエさんは武門な感じの貴族だからなぁ」
とはいえ、帝国の皇室と違って家族や兄妹仲は良さそうである。それに敵の首領がケネジュにいるという情報の確実性と危険性を見ないで被害を産む程、熱し易い性格だ。ジゼルの判断は正解かも知れない。
「あと、多くの石人形が納められている部屋も見つけてね」
火威の意識を氷雪山脈に戻したのはグランハムだ。
「多くって……」
岩を人形に整型しているのだ。魔法でも使っているなら、同じ手法でアルヌスの門の再建に使えるだろう。
「あぁ、加茂一佐には既に報告して、皆さんにも追々伝わると思うですけど、敵の重要人物の名が分かりましたよ」
「トーデインって奴じゃないのぉ?」
ロゥリィに言われて話が早いと火威は眼を輝かせる。
「そう! そうです。そういう名前の女」
その言葉を聞いたロゥリィは、虚を突かれたような反論めいた声を出した。
「あ、あいつは爺さんのはずよぉ!?」
* * * *
この世界にもLGBTというのが存在したようで、嘗てロゥリィが断罪した男の名がトーデインという、火威的にスクエニ臭のする老人だった。
勿論、この世界では性的マイノリティが神様的に見て! 罪ということでは無く、数々の禁忌を犯したためだ。
「こっちにもそういう人が居るんすね」
「ヒオドシの世界にも居るのぉ?
「身近には居ないですけど、結構あるみたいですね」
ファルマートのような大迷惑な者は居ないですけど……と、関心は持たないものの存在は(消極的に)認めていることを少ない言葉で伝える。
今回の場合、トーデインという男は禁忌の呪文を用いて確実に一人の女性を犠牲にしている。
「女を犠牲にするとは。トーデインとかいうジジイ、許せんな」
比較的近くから、女好きで中二病らしい鹿系亜人が言ってのが聞こえた 本人はパラパンの使徒を主張しているが、他の全亜神が見ると「違うっぽい」らしい。
昇神の基準が正神によってまちまちだから、火威は或いは…とも考えていた。何せ、サリメルが神様だ。
そして、鹿男と同じようだなことを火威も同様に考えていた。
沈黙は金である。
ここで話しは戻す。
サリメルやロゥリィやグランハム、そしてジゼルからのアドバイスを元に、加茂はロゼナ・クランツの攻略を此の期に決めた。
則ち、敵城内の造りが明らかになり、味方戦力に神々や現地人協力者の亜人に半精霊が揃う今こそがロゼナ・クランツを撃滅する絶好の好機と判断したのだ。
隊の一佐官である加茂が、過去の亡霊でありながらロゼナ・クランツという国家の成れ果てを「撃滅」という強い表現で排除を決定する決定するのは無理があるが、加茂を含む多くの自衛官はロゼナ・クランツが破壊活動と住民を拉致・監禁し殺害するテロリストと考え、この場においてその凶行を止める力を有しているのは、神々や魔導士の助力を得た混成軍の他にないと考える。
また、敵の城塞は加工が簡単な氷であり、次の機会を待っていたら把握していた造りではない可能性が高い。
更に言えば、ヒト以外の敵戦力は一日で回復する。
そして拉致被害者の所在も変えられているであろうし、次の機会を待っていたら過酷な山脈の環境に生存が危ぶまれる。
戦意も充実している今を置いて他にないのだ。
曖昧な先送りが、更なる苦難を生むのは近代から現代の日本が経験している。たから、今回はキッチリよトドメを刺して、おきたのたい。
そう考える火威は、今回も隊から離れて行動することになった。かと言って再びスタンドアローンという訳ではない。
「まさかここで神様たちと肩を列べて戦うことになるとは」
神々のチーム、地下から潜入し、本隊に先んじて人間大ゴーレムを破壊する班の一員として活動するため、栗林とのバディを解散した。
「いざって時の魔導士はサリさんがいるでしょうに」
「本隊にはリーリエがいるから大丈夫じゃ。ユエルも残るしな」
戦術待機中の隊を見るとホモォな神と眷属の片割れが、今や遅しと息巻いている。
「彼の代わりが君だよ」
そんなことを眷主の方が言うから、火威は尻が心配になった。
「石人形は数階に渡ってあるからぁ、ヒオドシとサリメルの魔法を使って『真っ直ぐ』進んで早く破壊していくのよぉ」
「あ、そうだったんすか」
「細かく動いているといえ、行動の石人形も数体動くやも知れぬがな。だがジエイタイの武器で倒せることは解ったし、多少被害を被っても今日中には倒さねばならぬ」
この際、多少の被害を被ってでも敵勢力を斃すつもりである。火威は栗林と共に行動するリーリエに敵の目論見を伝えると、兜跋に超電磁砲を連結させて次なる行動を待った。
以前は週二投稿でしたが、ここ数ヶ月は月一投稿です。
そして確実に本編より長くなりそうな気配……。
っていうか、確実に本編より長くなりますねコレ。
何話か前にそろそろ終わる宣言をしたのに。
で、今回のサブタイも前回の漢字表記ってだけのタイトルです。
鬼神の本気モードが出るまで鬼神ってタイトルでやります。
サブタイ考えるのがめんどい…ってことじゃなくて、中々凶神クラスにならないのです。
それはそうと、N-N-N様。アカギ様。
誤字報告有難う御座います!